第152話 手をつなぐ/恋人らしく
-手をつなぐ-
僕は今、エイミアさんと二人きりで知らない町を歩いている。
どうしてこんなことになったのだろう? 思い返してみれば、脳裏に浮かぶのはアリシアさんのにやにやとした笑みだった。
「思い出の場所って言っても、来たことのない二人にはつまらないでしょ? だから遠慮しないで、レイフィアみたいに自由に見て回ってきてもいいんだよ」
そう言ってアリシアさんは、僕にウインクを送ってきた。アリシアさんの言う二人とは、当然僕とエイミアさんのことだ。ノエルさんやレイミさんを数に含めていないところがわざとらしい。
「あれー? エリオットくん。あたしは気を利かせたつもりなんだけどな?」
「あ、いえ! 何でもありません!」
僕は慌てて首を振る。アリシアさんの表情は、『そんな態度をとってると、二人の関係を暴露しちゃうぞ』と言っているようなものだった。僕としては構わないのだけど、エイミアさんが恥ずかしくて嫌だと言う以上、ばらされるわけにはいかない。
「さっきからこそこそと、何を話してるの?」
「ああ、シリルちゃん。実はね、エリオットくんとエイミアさんも、この町のことが気になるから見て回りたいんだって」
「そうなの? だったら、遠慮しないで行って来たら? 確かにこれからわたしたちが行くところは、知らない人から見ればつまらない場所だろうしね」
シリルが当然のようにそう言った時点で、僕としては選択の余地が無くなった。もちろん、エイミアさんと二人きりでデートできるなんて、こんなに嬉しいことはない。でも、流石に唐突過ぎる。
──かくして、心の準備もなければ、何の計画も考えていない状態のまま、二人きりで見知らぬ町に放り出された僕たちがいる、というわけだった。
「あーっと、ど、どうする、エリオット?」
「え? あ、ああ、そうですね……」
僕がアリシアさんに言いくるめられている間、エイミアさんはまったく一言も口を利かなかった。いつもの彼女からすれば、不自然極まりない態度。怪しんでくれと言っているようなものだったけれど、誰も気づいた様子がなかったのは幸いだった。
「そ、それじゃ……と、とりあえず、食事でも……」
「い、いや、エリオット。食事はさっきしたよな?」
「あ、あ! そ、そうでした。すみません……」
「べ、別に謝らなくてもいいんだが……」
だ、駄目だ! 気まずい。どうしていいか、さっぱりわからない。実は、二人きりでこうして街を歩くのは、別に初めてのことじゃない。前には確か……そう、シャルの誕生日プレゼントを選びに南部の町に出かけたことがあったはずだ。
でも、あの時の僕たちは、今のように『恋人同士』の間柄ではなかった。うう、あの時、僕はどうやってエイミアさんに接していたのだろう? そんな簡単なことさえ思い出せない。
「と、とにかく……歩こう。町の景色を眺めるのもいいんじゃないか?」
「は、はい。そうですね」
どうにか気を利かせてくれたエイミアさんの言葉に頷きを返すと、僕らは街並みを眺めつつ歩き出す。大通りに入れば、それなりに出店や出し物なんかもあるかもしれない。何か話題のきっかけになるものを探すんだ。そうでなければ、この空気、僕が窒息して死んでしまう。
大通りには予想通り、華やかな雰囲気があった。規模の割には随分と賑やかな町だが、『竜の谷』こそ近くにあるものの、近隣に危険な【フロンティア】の少ないこの町は、商人たちがちょっとした拠点として使うことも多いらしい。
「お、エリオット。あそこで大道芸をやっているぞ?」
「あ、ほんとですね。見に行きましょうか」
ようやく会話の糸口を見つけた僕たちは、これ幸いと大道芸人の元へと近づいていく。しかし……つまらない。その芸人は頑張って初級魔法を駆使した様々な芸を見せているのだが、流石に【魔法】のレベルが低すぎた。エイミアさんでもできるんじゃないかって言うくらい、当たり前の【魔法】で当たり前のことをしている。
「……うーん、町には【魔法】が使える人があまりいないのかもな」
「そうですね。みなさん、珍しそうに眺めていますし……」
仕方なく、僕らはそこを後にする。だが、人混みを抜けて、通りを歩く人の流れに戻ろうとした、その時だった。
「きゃ!」
「おっと……」
エイミアさんが相向かいに歩いて来た女性と接触してしまった。エイミアさんはよろけた程度だったが、女性の方はよそ見をしていたせいか、バランスを崩して転んでしまったようだ。
「ああ、すまない。大丈夫か?」
しかし、エイミアさんが助け起こそうとするよりも早く、女性に近づく一人の人物がいた。
「メイ! 大丈夫かい?」
「あ……エド。うん、ちょっとぶつかっちゃっただけだから……すみません、本当に」
エドと呼ばれた男性に助け起こされながら、その女性、メイさんは申し訳なさそうにエイミアさんに謝ってくる。
「いやいや、こちらこそ悪かったな。怪我はないか?」
「はい、大丈夫です」
メイさんがうなづく隣では、エドさんが彼女の顔を心配そうに見つめている。
「いや、本当にすみませんでした。……メイ、怪我は無くても痛かっただろ? ほら、肩を貸すよ」
エドさんはメイさん同様、エイミアさんに謝罪の言葉を口にしながら、メイさんを抱きかかえようとする。
「え……、だ、大丈夫よ。ほんとに、大したことないんだから」
メイさんの方はと言えば、エドさんの身体を突き放すようにしながらも、はにかんだように顔を赤くしている。どこからどう見ても、仲睦まじい恋人同士の二人だった。
結局、二人は手をつないで歩くことで妥協したらしい。メイさんは嬉しそうに彼の手を握り、鼻歌でも歌うように軽い足取りで歩いている。実際、痛いところなどどこもないのだろう。
「…………」
「…………」
僕らはその後ろ姿を黙って見送り、やがて見えなくなると、なんとなくお互いの顔を見た。そうだ。僕たちはあの二人と同じ、恋人同士なのだ。だったら、手ぐらい繋ぐべきだろうか?
「あ、あの……エイミアさん」
「ん? な、なんだ?」
エイミアさんの目が泳いでいる。何故か頬がほんのりと赤くなっているようだし、気まずい雰囲気はますます高まっていく。でも、ここは引いちゃ駄目な場面だ。僕は覚悟を決めて口を開く。
「その、手を……」
「手? て、手か?」
「はい! 手を繋いでもいいですか?」
こんな簡単な一言を口にするのに、恐ろしく勇気が必要だった。それを聞いたエイミアさんの顔も、ほぼ一瞬で真っ赤に染まる。彼女は蒼い目を見開き、僕を見て、それから恥ずかしがるようにうつむいて、左手で右肘の辺りを押さえるようにしながら、小さくつぶやく。
「う、うん……」
おずおずと差し出される右手。僕は緊張を押し殺すようにしながら、その手を掴む。毎朝のように『謳い捧ぐ蒼天の聖弓』を使って矢を空に放ち続けるエイミアさんの手は、それでも柔らかく、暖かかった。
「き、君の手は……大きいんだな」
「昔よりは成長しましたからね」
声を震わせないように、そう言うのがやっとだった。緊張からというより、喜びから来る声の震え。今すぐ踊り出したい気持ちをこらえ、僕は改めてエイミアさんに呼び掛ける。
「それじゃ、店でも見て回りませんか?」
「うん。そうしよう」
ようやく笑ってくれた。やっぱりエイミアさんは、笑顔が一番可愛い。
「な! 何を言い出すんだ、君は……」
「あ……」
どうやら今の感想は、声に出してしまっていたらしい。
「ま、まあ、その……わ、わたしだって……か、かわいいと言われて、嬉しくないわけはないんだが……、で、でも、君は年下だぞ? なのに可愛いとか……」
ぶつぶつと不満げな言葉を漏らすエイミアさん。確かにエイミアさんは年上の女性だけれど、こういうところはどうしても微笑ましい気持ちで見てしまう。
大人の女性の落ち着きがありながら、無邪気で子供っぽいところもある女性。レイミさんなどからすれば、まさに好みのど真ん中らしいのだけれど、今はその気持ちがよく分かる。ここは畳み掛けるべきだと判断した僕は、心の赴くままに言う。
「歳とか関係ないですよ。エイミアさんを見て、可愛いと思ってしまうのは僕の自然な感情なんです。僕は自分の気持ちをエイミアさんに伝えたいんです。だから……」
しかし、皆まで言うことはできなかった。エイミアさんが凄い顔で僕を睨みつけ、僕の口を空いている方の手で押さえてきたからだ。しまった……。やりすぎただろうか? 怒らせるつもりなんて、なかったのに。
けれど、エイミアさんは──
「……お、お願いだから、もう許してくれないか? こんな天下の往来で、わたしは恥ずかしくて死んでしまいそうだ」
涙目で言うエイミアさんの言葉に、僕はようやく我に返る。実のところ、僕とエイミアさんの二人は、すごく目立つ存在だ。特にエイミアさんなどは、見目鮮やかな蒼い髪と生き生きとした美貌のために、道行く人の目を釘付けにしているのだ。
今も周囲では、何人かの通行人が足を止め、僕らを見ている。憎々しげな視線を送ってくる男性もいれば、応援するような生暖かい視線を送ってくる女性もいる。どちらかと言えば、今の僕らには後者の方が耐え難い。
「す、すみません、エイミアさん。行きましょう!」
「あ、ああ」
僕はエイミアさんの手を引いて、大通りを小走りに駆け抜ける。とにかく人目の少ない場所まで行かなくてはとの思いがあった。
やがて僕たちは、町の裏通りのような場所へとたどり着き、ようやく息をついた。
「はあ、はあ、はあ」
「ふう……まったく、生きた心地がしなかったぞ?」
その言葉は、なんだか使いどころが間違っているような気はしたけれど、僕も同感だった。
「ほんとにすみませんでした。その、……嬉しくて舞い上がってしまっていたみたいで」
「む、ま、まあ、謝ることはないさ。そ、その、わたしだって途中までは気付かなかったわけだし……」
衆人環視の中であんなやりとりを交わしていたかと思うと、今でも顔から火が出そうだ。でも、逆に言えば、ここは周囲にあまり人もいないわけで、ある意味、チャンスとも言えた。
『アリア・ノルン』の中では、皆に僕らの関係が秘密であるせいで、エイミアさんには近づきづらい。意識してしまう分だけ、余計にいつもより距離を置いてしまうのだ。
だが、僕には日に日に膨れ上がっていく感情がある。だって、僕はエイミアさんとこういう関係になる日を、ずっと夢見てきたのだ。
だから僕は、もっとエイミアさんに近づきたい。もっとエイミアさんと触れ合っていたい。それがここへきて、我慢できなくなってきているようだった。
-恋人らしく-
エリオットが積極的だ。
手を繋いだだけならまだしも、道行く人の目も気にせず、あんな言葉を口にするだなんて普通じゃない。いつもの彼なら、もう少し周囲に気を遣っていたはずだ。
急速に縮まろうとする距離に、戸惑いを隠せない。決して嫌ではないのだけれど、少し怖い。不安だと言うべきなのかもしれない。急激な変化は、その代償に何かを壊す。わたしはそれを恐れているのだろう。
「どうしましたか、エイミアさん?」
握られた手に軽く力がこもり、何かを確認するようにわたしの顔を覗き込むエリオット。
「い、いや……なんでもない。それより、随分人通りの少ない場所に来てしまったな」
「え? あ、ああ、そうですね。裏路地みたいなところでしょうか。どこの街にもこういう場所はあるものですね」
閑散とした狭い路地。両脇には古ぼけた石造りの建物が並んでいる。そのうちのいくつかは、住宅ではなく商店のように入口を開いているが、小さな看板を見落としてしまえば、その区別も怪しいものだ。
「ど、どうしましょうか」
エリオットの手がかすかに震えている。気になって彼の顔を見れば、緊張に表情を硬くして、わたしと合わせた目を泳がせている。
「エリオット? ど、どうしたんだ?」
いつもと違う彼の様子に、思わずそんな風に尋ねてしまったが、それが失敗だった。
「す、すみません……実は、その……、僕、自分の気持ちが抑えきれないんです!」
「え? ええ!?」
掴んでいたわたしの手を持ち上げ、両手で包むようにしながら頬を紅潮させるエリオットに、わたしは軽くのけぞった。
「エ、エイミアさん!」
「は、はい!」
なぜか敬語で返事をしてしまった。熱く潤んだような瞳でわたしを見下ろしてくるエリオットに、わたしの膝がガクガクと震える。い、いや、まさか……こんなところで?
「こ、ここなら、人目もありませんし……」
うああ……間違いない。エリオットの目が、肉食獣のそれに見えてきた。『人目もありませんし』って何だ! 人目だけの問題じゃないだろう! いったい何を考えてるんだ、君は!
だが、わたしの口からは弱々しい言葉しか出てこない。
「こ、こら、何を言ってるんだ。そ、その、そういうことは、屋内でだな……」
「で、でも、もう我慢できないんです」
「が、がまんって……」
全身がわけもなく、熱を帯びてくる。一体どうしたと言うのだろうか? 今日のエリオットは本当に変だ。
「エイミアさん!」
「え? きゃあ!」
らしくもない悲鳴が出てしまった。エリオットに抱きしめられ、全身が硬直してしまう。どうしよう、どうしよう。そんな意味もない言葉の羅列だけが、頭の中を駆け巡る。
「エイミアさん。僕はあなたが好きです。あなたと恋人同士になれるなんて、夢みたいです。今でも毎晩、夢なんじゃないかって思ってます。夢から覚めるのが、恐ろしいんです。僕はそれぐらい幸せなんです。エイミアさんなしでは生きられないくらい……好きなんです」
「う、うん……ありがとう」
他に言葉は出ない。
彼はわたしに依存している──そんな言葉を言われたことがあった。
でも、こんな風に思い慕われてのものなら、悪いことではないのかもしれない。
……わたしの方が、彼の気持ちに応えられるなら。
「だから、お願いです」
「う、うん」
いよいよなのだろうか? ここは覚悟を決めるしかないのかもしれない。……いや、でも、待ってほしい。やっぱりここは裏通りとはいえ、屋外で、……って、わたしは何を考えているんだ!? わたしの頭の中の混乱が最高潮に達した時、エリオットはこう言った。
「もう一度、エイミアさんの気持ちを聞かせてほしいんです。僕がそれを実感できるように、夢だと思わないでいられるように、エイミアさんの気持ちに触れさせてはもらえませんか?」
「…………」
わたしは、黙って両手をエリオットの胸板に押し当てる。そのまま顔を上げ、驚いた彼の顔に睨みあげるような視線を突き刺す。腕に力を入れ、彼の身体を軽く突き放すようにして、わたしの身体を抱きしめる腕の輪から逃れる。
「エ、エイミアさん?」
「……君は、もう少し言葉の選び方を考えるべきだ」
「え?」
呆けたような顔でわたしを見るエリオットに、わたしはなおも怒りの視線を叩きつける。
「自分の気持ちが抑えきれないとか! ここなら人目が無いとか! もう我慢ができないとか! ……ああもう! さっきまでのわたしの覚悟を返せ!」
狂ったようにまくしたてるわたしの言葉に、唖然としていたエリオットだったが、ようやく何かに気づいたような顔をする。
「あ! い、いや! その……そうじゃなくてですね!」
「今さら遅い!」
「す、すみません!」
勢いよく頭を下げてくるエリオットに、わたしは身体の力が抜けてくるような思いがしていた。まったく……これだからこの子は、まだまだ子供なのだ。
「で、でも……さっき覚悟って言いませんでしたか?」
「な、なんのことだ?」
わたしは慌ててそっぽを向き、しらばっくれようとする。だがエリオットは、少し意地の悪そうな笑みを浮かべ、こちらを見ている。うう、いつから君はそんな笑顔ができるようになったんだ。周囲から悪い影響を受けているのではないだろうか?
「顔が赤いですよ?」
「君はわたしに決闘を申し込まれたいのか!?」
『謳い捧ぐ蒼天の聖弓』まで構えてみせたのに、エリオットは笑ったままだ。
「ははは。すみません。冗談です。……でも、僕としてはそっちの触れ合いでも問題ないと言うか……むしろそっちの方が……」
「くうううう!」
思わず弦から手を離す。矢の形をした青い閃光は、エリオットの顔すれすれを通過していった。
「うわ! 今の危ないですよ! まさかほんとに撃つなんて」
「う、うるさい! 君が変なことを言うから悪いんだ! ……まったくもう、と、とにかく、この話はこれで終わりだ」
わたしは心の動揺をどうにか収めると、誤魔化すようにそう言った。だが、エリオットは首を振る。
「駄目ですよ。冗談はともかく、その前の台詞は本気なんです。無理ならあきらめますけど、無理かどうかぐらい聞かせてください」
「わ、わたしの気持ち……のことか?」
「はい」
にこやかな笑みで返事するエリオット。どうやらこれだけは、逃がしてくれる気はないようだ。
わたしは考える。どうしてエリオットは、これほどまでにこんなことに固執するのか? 実感がわかないと言ったところで、こうして二人で過ごしていれば、否が応でもわたしたちは恋人同士でいられるのではないだろうか?
と、そこで気づいた。わたしたちは今、お互いの関係を周囲に秘密にしている。わたしが恥ずかしいからと言って、船の中ではいつも通りの関係の振りをして、そんな素振りさえ見せないように過ごしている。
彼に『実感がわかない』のは、そのせいなのではないだろうか?
いわばわたしの我が儘で、彼に寂しい思いをさせているのではないだろうか?
彼が街の大通りでらしくもなく、愛の言葉を語ったのも、いつになく積極的に迫ってきたのも、結局のところ、わたしに原因があったのだ。
そう思うと、わたしはエリオットのことが、急に愛おしくなってしまった。
「エリオット」
「は、はい」
「そのまま動くなよ?」
「え?」
わたしは彼の元までゆっくりと歩み寄り、その目の前でくるりと身体を反転させる。そしてそのまま、身体から力を抜き、彼の身体に寄り掛かるように背を預けた。
「わわっと、あ、あの……、これは?」
「黙って支えていなさい」
「……はい」
よろしい。素直に言うことを聞いてくれて何よりだ。
「わたしは、君のことが好きだよ。愛してる。大好きだ。こうして君に背中を預けている時が、一番安らぐし、心落ち着く」
一息にそう言った。だが、エリオットは不満げに息を漏らす。
「卑怯ですよ、それ。どうしてこっちを見てくれないんですか? 僕はエイミアさんの顔を見て、聞きたいです」
「ふふ、それはお預けだ」
「そんなあ……」
「でもその代り。……わたしたちのこと、皆に言ってもいいよ」
「え? 本当ですか?」
弾んだ声を上げるエリオット。そんなに嬉しいものだろうか?
「ああ、わたしたちが恋人同士だってことを、みんなにも知ってもらおう」
恥ずかしいには違いない。でも、いつかは乗り越えなければならないことだ。幸いなことにヴァリスとアリシアと言う先例もある。どうにかなるだろう。
「やった! よし、これで思う存分、ルシアに自慢してやれるぞ」
「え? な、何を言っている。エリオット?」
唐突に妙なことを言い出すエリオットに、わたしは困惑の言葉を返す。
「何って決まってるじゃないですか。彼はいつも自分のことを棚に上げて、僕のことを意気地がないとか馬鹿にしてきたんですよ? ここはひとつ、僕はやってやったんだと彼に言って聞かせてやらないと」
「い、いや、ちょっと待て! 何かそれは違わないか!? だいたい、何を言うつもりなんだ君は!」
「もちろん、『アリア・ノルン』の甲板で、僕がした『お願い』のことです。あの時の馴れ初めです。……いやあ、ルシアの悔しがる顔が目に浮かぶようです」
「いやいやいや! それはダメだぞ、エリオット! そんなの、恥ずかしいとか言う次元の話じゃない! わたしを狂い死にさせるつもりか?」
「大げさだなあ、エイミアさんは。大丈夫です。恥ずかしいぐらいじゃ人間死んだりしませんよ」
「あ! さてはお前! わたしのことをからかってるな!」
「あ、ばれちゃいましたか」
「うう、覚えておけよ……」
訂正しよう。エリオットはもう子供じゃない。わたしのことをここまで手玉に取るようになるなんて、成長したものだ。……決してこんな風に成長してほしかったわけじゃないが。
人気のない裏通りとはいえ、途中から声も大きくなっていたわたしたちのやり取りは、辺り一帯に響き渡ってしまっていたようだ。それに気付かされたのは、新たに割り込んできた男性の声によってのことだった。
「いやあ、お熱いね。お二人さん。久しぶりにいいものが見られたよ」
「え!?」
「うわあ!」
わたしは慌てて寄り掛かっていたエリオットの身体から飛び離れる。声のした方を見れば、路地に並ぶ店の1つから、髭を生やした老人が顔を出していた。
「な、ななな……なんのようかな?」
何事もなかったように装おうとしたわたしの声は、かなり上擦っていた。
「いやいや、お若い二人の前途を祝して、アクセサリでもどうかと思ってね。と言ってもわしが以前、職人として造っていた銀細工なんだがね。何となく昔を思い出したんだよ。在庫の品だし、当然安くしておくよ?」
老人はにやにやと笑ってはいるが、悪い人間ではなさそうだ。
「アクセサリ、ですか?」
反応したのはエリオットだった。
「ああ、恋人の二人にピッタリな、お揃いのペアリングなんかどうだい?」
老人の言葉に、エリオットがわたしを見る。
「エイミアさん……」
「そんな、すがるような目で見なくても……」
わたしは少し呆れ気味に言葉を返す。まあ、恋人同士なら、お揃いのアクセサリぐらい持っていて当然なのかもしれない。
「わかったよ。じゃあ、何かいいものがないか。見せてもらおう」
わたしの言葉に、満面の笑みで頷くエリオット。
それからわたしたちは、恋人らしく二人でアクセサリ選びに興じたのだった。