第148話 最初の邪悪/わたしの傷
-最初の邪悪-
フェイルの奴は姿を消したまま、現れない。
僕は悔しさを振り払うように『槍』を振る。苛立ちを隠しきれない。何度も相対しておきながら、僕らはいつだってあいつの好きなように踊らされている。
「エリオット。冷静になるんだ。今、わたしたちがすべきなのは、あの化け物を倒すことだぞ」
「エイミアさん……」
エイミアさんの手が、僕の肩に優しく置かれる。それだけで、僕の身体からは余分な力が抜けていくようだ。僕はちらりと、彼女の顔を見る。目が合った。少し気恥ずかしさを感じつつ、僕は頷きを返した。
「む……。よ、よし、わかればいいんだ。とにかく行くぞ。アリシアたちが危ない」
エイミアさんは少しだけ頬を赤らめている。こんな時だけど、僕は自分の幸せを噛みしめていた。
僕とエイミアさんは、『アリア・ノルン』の甲板上の出来事を経て、恋人同士になったのだ。僕にはそれが嬉しくてたまらなかったのだが、彼女は皆にからかわれたくないからと言って、みんなには内緒にしてほしいとお願いしてきた。
僕としてはむしろ自慢したいくらいだったけれど、あまりに必死にお願いされてしまったので、仕方なく今はそれを受け入れている。
それはともかく、恐らくあの化け物と戦うには、【因子加速】も必要だろう。僕は走りながら、体内の因子を意識しつつ、その準備を整えていく。シリルに因子制御の方法を教わったおかげで、僕の【因子加速】の使い勝手は格段に良くなっていた。
「よし、見えてきたぞ!」
僕たちが辿り着いた時には、ちょうど山頂から降りてきた化け物が、アリシアさんたちに迫っているところだった。
はっきりと姿を確認できる距離まで来て、僕は思った。──あれは『悪魔』だ。
先ほどまでの『邪神もどき』たちよりもなお、禍々しい。見上げるほどの巨大な体躯。漆黒の肌に二本角。真っ赤な頭髪にぎらぎらと赤く輝く落ち窪んだ瞳。両手の指先には燃え盛る炎が灯っている。そして、頬まで裂けた口の中には、鋭い牙が並んでいた。
〈還し給え、千を束ねし一の光〉
“黎明蒼弓”
エイミアさんは、千の光を束ねた『一矢』を奴に落とす。寸分たがわず脳天に直撃した一撃は、千本の矢を凝縮した破壊力を命中した一点で爆発させた。凄まじい衝撃音と共に、『邪神』の身体は大きく揺らぎ、重く音を立てながら倒れ込む。
「やったか?」
「いえ、まだです!」
叫んだのはシャルだった。倒れた『邪神』が起き上がるまでの隙を突いて、どうにか彼女たちと合流を果たす。しかし、倒れたはずの『邪神』はむくりと身を起こし、口から大量の【瘴気】を吐き出してきた。
「く! ここはわたしが!」
シリルの『紫銀天使の聖衣』には、【瘴気】を浄化する強力な作用がある。吐き出された【瘴気】をあえて前面で浴びることで、少しでも周辺濃度の上昇を抑えるつもりだろう。とはいえ、これはあくまで時間稼ぎ。確実に浄化するためには、別の手段が必要だ。
「エイミアさん!」
「わかっている!」
シリルの意図を察知した僕が呼びかけると、エイミアさんも力強く頷く。
〈邪悪なる意識。我に害なす者どもよ。去れ。ここより先は聖域なり〉
《汚れ祓う聖域》!
発動した光属性結界魔法により、ようやく周囲の【瘴気】が軽減されていく。合流してみて気付いたが、アリシアさんとヴァリスは限界まで力を使ったのだろう。かなり辛そうに息をついている。
「きゃあああ!」
けれど僕たちには、息つく暇もなさそうだ。【瘴気】の軽減のために先頭に飛び出したはずのシリルの声が響く。
「シリル!」
ルシアが真っ先に駆け寄った先で、シリルが炎に巻かれていた。どうにか装備による結界が作用しているみたいだけど、それでも防ぎ切れていないのがわかる。奴の指先からの炎は、見た目よりも威力が高いのかもしれない。
「大丈夫、少し炎に巻かれただけよ。結界も使ったから……」
「シリルお姉ちゃん、火傷してる!」
ルシアに抱えられて下がるシリルに、シャルが【生命魔法】をかけて傷を癒す。そうしている間にも、『邪神』は指先から炎を放ち、【瘴気】を吐き散らしながら暴れ続ける。シリルがとっさに『ディ・エルバの剛楯』を発動させて防ぎはしたが、このままではろくに身動きもとれないだろう。
僕が……【因子加速】を使用しない限り。
僕は迷いなく、それを発動させる。
「僕が抑える!」
全身を竜化させ、僕は光の結界を飛び出す。精神状態は、限りなく普段の僕に近い。それは、冷静さを維持したままの因子解放であり、因子加速だった。
「エリオット!」
エイミアさんからの身体強化の【生命魔法】を受け、僕は背中の翼を大きく羽ばたかせる。
僕は奴が指先から放つ炎を掻い潜り、宙を滑空するようにその喉元へと槍を向ける。先ほどのエイミアさんの強力な一撃でも倒せないような防御力を誇る相手だ。僕の『轟音衝撃波』を直撃させたところで、おそらくは同じことだろう。
ならば、奴の存在に少しずつ『干渉』するしかない。僕の『轟き響く葬送の魔槍』は、その神性“狂鳴音叉”により、対象に共鳴・干渉して意のままに支配することができる【魔鍵】だ。
対象が通常の【融合魔法】のような術者の意志を離れた現象や最初から意志を持たない無生物などであれば、大した時間もかけずに支配できる。
だが、その真価は、明確な意志が付随するもの、生き物のような意志あるものでも関係なく、『共鳴』という方法で間接的に支配できてしまえるという点だった。
時間こそかかるものの、僕はこれまで外皮が極めて固いモンスターなどを相手にする時は、この方法で戦ってきたのだ。
『邪神』が吐き出した【瘴気】をブレスで吹き散らしつつ、僕は奴の首へと槍を叩きつけた。固いものに弾かれ、槍を持つ手に痺れが走る。だが、僕は構わず『邪神』の首の周囲を旋回するように飛びながら、手にした槍を奴の首に接触させ続けた。
時折振り回される腕が僕の身体を捉え、大きく弾き飛ばされる。普通なら全身の骨が砕けるような一撃も、身に着けた装備と強化・変化した肉体のおかげでどうにか耐えきれた。
「エリオット、大丈夫か!」
エイミアさんからは、僕を気遣う言葉とともに、立て続けに回復魔法や強化魔法が飛んでくる。それに励まされ、勇気づけられながら、僕は何度も何度も、奴の首を槍で突く。徐々にではあるが、その首に亀裂のようなものが生じてきた。このまま行けば、どうにか倒せるかもしれない。
と、僕がそんな希望を抱いた時だった。
〈グラアアアアア!〉
地を揺るがすほどの咆哮が響き渡る。
「ぐあ!」
大口を開けて叫ぶ奴の身体から、爆発的な力が放たれ、僕は吹き飛ばされてしまった。シリルの張っていた結界も、なぜか今の衝撃を防ぐことができなかったらしい。他の皆もまとめて山道を転がり落ちていく。
《融解》!
声と共に、赤と茶色の光が拡がる。シャルの融合属性魔法が地面や周囲の岩をクッション代わりに軟らかく変化させてくれたようだ。
「サンキュー、シャル!」
ルシアが礼を言って立ち上がり、迫りくる【瘴気】を斬り散らしながら『邪神』に迫る。だが、『邪神』が再び咆哮を上げ、ルシアはなす術もなく吹き飛ばされる。
「うあ! くそ……何なんだ、これは?」
ルシアは、またもシャルの【魔法】に助けられながら立ち上がる。
「アリシア! 今のわかる?」
アリシアさんは、呆然としたまま立ち尽くしている。シリルの声も聞こえていないかのようだ。
「アリシア!」
「え? あ、ごめんなさい!」
再度の呼びかけで、ようやく我に返ったように返事をするアリシアさん。
「……えっと、あれの名前は……最初の邪悪? 【ヴィシャスブランド】……ううん、【ヴァイス】は“拒絶”。すごくわかりづらいけど……あれは近づく者を“拒絶”する力だよ」
「最初の邪悪? どういう意味だ?」
ルシアが痛む体をさすりながら訊く。けれど、その質問にはシャルが答えた。
「あれは、セフィリアが創ったモノなの。彼女はあれを『最初の邪悪』って呼んでた。ジャシンの力。“拒絶”、“侵食”、“暴走”、“喪失”──四元の邪悪のひとつ。邪悪そのものよりも酷いもの……セフィリア、あなたは、『邪悪を生み出す者』にでもなるつもりなの?」
最後の言葉は独り言のようだったけれど、つまり、ただの力押しで倒すには難しい相手だということか。
「なにか方法はないのか?」
こちらを寄せ付けようとしない『最初の邪悪』を睨みつけ、ルシアは迫りくる炎と【瘴気】を斬り散らし続けている。
〈……わらわが見る限り、対抗策はないでもない〉
「そうなのか? じゃあ、早く教えてくれ!」
このままでは手詰まりだ。敵に近づくことができなければ、決定打は難しい。ルシアの急かすような声に、ファラも言葉を急ぐ。
〈『邪神』は、暴走する【事象魔法】だ。あれだけ強力なものとなると全盛期の頃ならいざ知らず、今のわらわたちでは簡単には斬れないだろう。だが、奴の能力“拒絶”を抑える方法ならある〉
「どうやって?」
〈真逆の力を使う。……すなわち、『始原の力』のひとつ、“同調”だ。特定の概念で定義づけられた【魔法】は、その逆の概念には弱い〉
ファラの言葉に、真っ先に反応を見せたのはエイミアさんだった。
「……それは、魔神オルガストの“絶縁障壁”をアベルの《妖魔支配》で弱らせたのと同じ理屈かな?」
〈わらわは『オルガスト』とやらを見ておらんからわからぬが、可能性はあるな〉
いずれにしても、この中で“同調”能力が高い人と言ったら、もちろんアリシアさんだ。
「……仕方ないわね。アリシア、いける?」
シリルが気遣わしげにアリシアの顔を覗き込む。すると彼女は、弱々しいながらも返事をする。
「う、うん。大丈夫だよ。ちょっと疲れてるだけだから」
まったく大丈夫じゃなさそうだった。過去にアベルさんが実行した《妖魔支配》のような攻撃的な“同調”ではないとはいえ、こんな状態のアリシアさんに奴との同調をしてもらうなんて、危険すぎる。
「……わたしがやります」
再び行き詰りかけたところで、そう言って手を挙げたのは、シャルだった。
-わたしの傷-
「わたしがやりますって……でも、アリシアみたいな力は、シャルには無いんじゃないか?」
わたしは唐突なシャルの発言に、とりあえずの問いかけの言葉を返す。
「いいえ、あるんです。【召喚魔法】の適性は、『精霊』や『幻獣』に対する同調能力ですから。……そうだよね? シリルお姉ちゃん」
「……そうね。それは確かにそうだけど、まさか、『精霊』に対するのと同じようにアレと“同調”するつもりなの?」
「うん」
あっさりと頷くシャルに、シリルは首を振る。
「危険だわ。アレはどう考えても、『精霊』のような無害な存在じゃないのよ?」
「でも、それはアリシアさんも同じでしょう? お願い、シリルお姉ちゃん。アレは、セフィリアが残した『邪悪』。……だから、これはわたしがやらなくちゃいけないことなの」
シャルは真剣な眼差しでシリルを見上げている。
「……ファラ。あなたの意見を聞かせて」
そんなシャルに目を向けたまま、ファラに問いかけるシリル。
〈危険が無いとは言えないが、不可能ではあるまい。“拒絶”と真逆の力さえぶつければ、【事象魔法】としてのアレの存在を弱めることができるからな。“同調”する時間自体は短くて構わん。後は、わらわとルシアで片を付けよう〉
ファラがそう言うと、シリルは諦めたように息をついた。
「本当なら“血の契約者”のスキル持ちのわたしがやるべきだと言いたいところだけど、言っても聞かないでしょうね……」
シャルの金の頭に手を置いて身をかがめ、彼女と目を合わせるシリル。
「無理はしないでね」
「うん!」
依然として敵の攻撃はルシアの【魔鍵】とわたしの浄化魔法で防いではいるものの、それにもいい加減限界が訪れようとしている。わたしは疲労の色が濃いルシアに体力回復の【生命魔法】をかけながら、シャルが前へと進み出るのを見送る。
「……セフィリア。あなたのいじけた想いなんかに、わたしは絶対に、負けてなんてあげないんだから。あなたがどんなに否定しても、拒絶しても、わたしはあなたの友達よ」
目を閉じるシャル。悪魔のような巨人の姿は、まだ遠い。だが、それでもシャルの『最初の邪悪』への呼びかけは始まっているようだ。
「自分をしっかり保ちなさい。常に肩に触れているわたしの手を意識して。そのうえで、『最初の邪悪』の拒絶を感じ取るの。アレそのものじゃなく、アレがあなたを拒絶しようとする意思そのものに“同調”するのよ」
シリルは彼女の肩に手を置き、ゆっくりと語りかける。シャルはその一言一言に頷きを返しながら、“同調”を続けているようだ。
「……く、うああ」
苦しそうに呻くシャル。
「シャルちゃん。大丈夫……あたしも、いるから」
アリシアは重い身体を引き摺るようにしてシャルに近づき、シリルが触れているのとは反対の肩に手を置く。
「シリルお姉ちゃん、アリシアさん……」
それまで小刻みに震えていたシャルの身体も、これを境に波が引くように落ち着きを取り戻していく。
〈ふむ。よし、今のうちだ。一気に近づくぞ!〉
ファラの号令を受け、わたしとエリオット、そしてルシアの三人は再び『最初の邪悪』に向かって山道を駆け上がる。ルシアを先頭に降り注ぐ火炎や【瘴気】の塊を掻いくぐり、先ほど“拒絶”の力に弾かれた距離まで間合いを詰めた。
「よし! このまま行けそうだぞ!」
わたしは手にした【魔鍵】『謳い捧ぐ蒼天の聖弓』を掲げ、声高く叫ぶ。
〈還し給え、千を束ねし一の光〉
空から真っ直ぐに撃ち落とされる一筋の光条。前回の脳天への攻撃が有効でなかったため、わたしはそれを『最初の邪悪』の右肩のあたりに命中させる。その狙いのおかげか、はたまたシャルによる“同調”のおかげなのか、その一撃は奴の右腕を根元から叩き落としていた。
「よし! 今だ!」
先頭を行くルシアは、『最初の邪悪』の死角に入りこむべく斜めに走る。
一方、腕を落とされた『最初の邪悪』は、苦悶の声ひとつ上げない。だが、爛々と輝く紅い瞳をこちらに向けた奴は、あろうことか落ちたはずの右腕を左手で持ち、わたし目掛けて投げつけてきた。
「な!?」
巨大な腕は、燃え盛る炎と化して頭上に迫る。あまりのことにわたしは思わず、呆然とそれを見上げてしまった。
防御は……不可能だ。わたしの手持ちの防具や瞬時に使える初級魔法で防げるような攻撃ではない。
回避は……困難だ。降り注ぐ炎の範囲が広すぎる。一瞬とはいえ、驚愕に硬直した今の状態からでは、全てをよけるのは難しい。火傷を覚悟で、被害を最小限に抑えるしかない。だが、わたしが一瞬でそう判断し、足に力を入れようとした、その時だった。
「やらせるか!」
鋭い声と共に、わたしの頭上に割って入る影。全身を竜化させたエリオットは、手にした魔槍から轟音の衝撃波を放ちつつ、翼を全開に広げ、わたしを護るように降り注ぐ炎を受け止める。
「ぐあああ!」
「エリオット!」
衝撃波で散らされた炎の一部をまともに浴びたエリオットは、苦悶の声をあげている。『最初の邪悪』が放つあの炎は、見た目よりもはるかに凶悪なものだ。いくらエリオットが『乾坤霊石の鎧』を着ているからと言って、無事で済むはずがない。
頭上から力無く降りてくるエリオットの身体をどうにか受け止めたわたしは、急いで回復のための【魔法】を使う。『最初の邪悪』の炎にどんな作用があったのか、すでにエリオットの身体は元の人型に戻っている。だからその分、彼が身体に負った酷い火傷がわかってしまった。【魔法陣】の完成をもどかしく待ちながら、わたしは彼の手を握る。
「ばか! どうしてこんな無茶を……」
「う、あ……エイミアさん。無事で、よかったです……」
「しゃべるな。今、回復するから!」
わたしはエリオットを黙らせると、完成した【魔法】を発動させた。
〈萌えいづる命、星に願うは在りし日の輝き〉
《星辰の再生光》
彼が全身に負った酷い火傷が、白光に包まれて見る間に回復していく。だが、わたしの心は全然晴れない。
「もう一度言うぞ。なんて馬鹿な真似をしたんだ。あの程度の攻撃、かわせないわたしじゃないんだぞ」
「でも、完全にはよけられなかったはずです。違いますか?」
わたしの言葉に、見透かしたような反論をしてくるエリオット。むう、生意気な……。
「……だ、だとしてもだ。君はわたしを庇ったせいで、わたしが本来負うべき傷より、ずっと大きな怪我をしたんだぞ?」
「はは。それは違いますよ、エイミアさん」
わたしの腕の中から身を起こしながら、軽く笑うエリオット。
「なに?」
「僕にとって、エイミアさんが負う傷はどんな些細なものだって、僕自身が負う傷より大きいんです。だから、これは当たり前の行動なんですよ」
文字どおり、当たり前のように言うエリオットの言葉に、わたしは呆れて首を振った。いや、本当に呆れてしまったのだ。この子は、まだ、わかっていないのだろうか?
「前にも言ったはずだぞ、エリオット。わたしの傷はわたしのものだ。それを君は……」
マギスレギア城で彼に言った言葉を繰り返そうとしたわたしは、しかし、彼の表情が真剣なものに変わるのに気付いて口を閉ざす。
「……違います。あのときとは違うんです。確かに、あなたの傷はあなたのものです。でも同時に、『僕のもの』でもあるんですよ。……だって、僕たちは恋人同士なんですから」
「……な」
自分の顔が熱くなるのがわかる。不意打ちだ。彼はまったく、どうしてこう、毎回毎回、こんな……。
「だから、僕は遠慮しません。好きな人を護るために、自分が傷を負う自由だって、僕にはあるはずですよね?」
「うう……」
にっこり笑うエリオット。なんだろう、これは。どうして彼は、こんな台詞を口にして恥ずかしくないんだろうか? それとも、これを恥ずかしいと思うわたしがおかしいのだろうか?
……だったら。
「……エリオット。わ、わたしだって、自分のために自分の、す、好きな人が傷つくのを見れば、自分が傷ついた以上に傷つくんだぞ……」
わたしは顔の熱さを自覚しながら、一息にそう言った。するとエリオットは、感極まったような顔でわたしを見る。む、この気配……これは、まさか。
「エイミアさん!」
「おっと、危ない」
わたしは抱きついてくるエリオットを片手でいなし、立ち上がる。
「あ、危ないってなんですか!?」
「い、いや、まあ……なんだ。つい、な」
「そんなあ……酷いですよ、エイミアさん……」
叱られた子犬のような顔で見上げてくるエリオット。わたしは彼の頭を撫でてやりたい気持ちに駆られたが、今はそんな場合ではない。
「ほら、まだ戦闘中だ。気を抜くな!」
わたしは照れ隠しにそんなことを口にしたものの、『最初の邪悪』の方はもうすぐ片が付きそうだ。わたしが目を向けた先では、ルシアが脚に斬りつけて転倒させた相手に、今にもとどめの一撃を加えようとしていた。
──が、その時だった。
「え? うわ!」
倒れた相手の首元に駆け寄ろうとしていたルシアは、急停止して跳びさがる。見れば、これまで指先に炎を灯していた『最初の邪悪』は、今や全身から炎を吹き出していた。
それはまさに、己が身を焼き、近づく者さえ拒絶する、邪悪なる炎だ。
「くそ! まじかよ。これじゃいくらなんでも……」
〈怯むな、たわけ。わらわの力が信じられんのか?〉
炎を纏ったまま起き上がる『最初の邪悪』を前に、ファラが力強い声で言う。
「いや、信じられないって訳じゃないけどさ……」
〈ならば、教えてやろう。わらわは千年前、世界のあらゆる神々の中で、最も多くの『邪神』を滅ぼした女神だ。ましてや『神』が『己が敵わぬ存在』として創りあげた、かつての奴らならいざ知らず、目の前にいるのはただ、駄々をこねた子供が拒絶の意思を込めただけの、木偶人形ではないか。恐るるに足りんわ〉
威勢よく言い放つファラ。わたしには、彼女がその言葉に若干の強がりを込めているのが分かったが、ルシアはそれも含めて心強いものに感じたらしい。傍らで実体化しているファラに、しっかりと頷きを返して言う。
「……ああ。そうだったな。あの程度の奴に勝てないようじゃ、フェイルの野郎にだって勝てるもんか。お前の力は俺の力だ。もちろん、信じてるぜ」
〈当然だ〉
満足げに胸を張って笑うファラ。わたしとエリオットは、救援に向かうのも忘れて二人のやりとりを見守っていた。
もう間違いない。ここはルシアに任せておけばいいだろう。それだけで今回の件には、すべて片が付く。あの二人からは、そう言えるだけの強い意志の力が感じられたのだった。