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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第15章 孤児の目覚めと邪悪のはじまり
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第145話 待ち受けるもの/彼女の弱点

     -待ち受けるもの-


 はるか南方に広がる砂漠地帯。そこは、各地に点在するオアシスを拠点にいくつかの部族が生活を営んでいるだけで、国家としての体裁をなしていない地域なのだそうだ。

 今回の目的地である【火の聖地】フォルベルドは、そんな広大な砂漠地帯のど真ん中に立つ、巨大な火山そのものだった。


 俺のいた世界は氷に覆われていたため、滅多に火山など見られなかった。話には聞いたことはあったが、やはり実際に『火を噴く山』を目の当たりにすれば、地獄もかくやというその光景に驚かされるばかりだった。


 俺たちは目的地の様子が確認できる地点まで到着したという知らせを受けて、巨大な映像投影装置がある食堂に集まっていた。


「こ、これはとんでもないな」


 思わず、そんな言わずもがなの言葉を口にしてしまう。火口付近にぐつぐつと燃え滾るマグマだまり。噴煙が巻き上がり、空を灰色に覆い尽くしていく様は、この世のものとは思えなかった。


 だが、何よりも異様だったのは、そんな地獄の中心に『人の影』が存在していることだ。噴火口の中心に立ち尽くす黒い影。人の形をしていることに違いはないが、大きさがとんでもない。かつて見た『魔神ヴァンガリウス』よりも、さらに巨大な姿だった。


「……あれが『ジャシン』かな?」


 誰にともなく、つぶやくノエル。それに応えたのは、アリシアだった。


「……うん。間違いないよ。ここからでも、『あの子』の憎しみと悲しみが、感じ取れるから……」


「他には何か感じ取れる? 能力とか、そう言ったものは?」


「ううん。ごめんねシリルちゃん。実際に目で見ればわかるかもしれないけど、これは映像だからそこまでは……」


「そっか……」


 場を静寂が包み込む。先ほどから皆の口数が少なくなっているのは、映像にある異形の怪物の存在が、今後の多難な道のりをはっきりと物語っているせいだろう。


「……我が《転空飛翔エンゲージ・ウイング》を使用後、あれに全力の【竜族魔法】インターナルバーストを放つ」


 固い声でそう言い放ったのはヴァリスだ。先手必勝にして、一撃必殺。確かに、あんな化け物に不用意に接近するの危険だろう。それも手かもしれない。


「だ、駄目だよ、ヴァリス。あの子が可哀そう……」


「この前、決めたはずだろう? アリシアの手段は奥の手だ。万が一、我の攻撃が通じなかった場合だけだ」


 この前と同じ物言いに聞こえるが、今回のこれは二人で話し合った結果なのだろう。アリシアは少し悲しそうな顔をしながらも、大人しく引き下がった。確かに、落としどころとしてはそんなところなのかもしれない。


「……悪いけど、それだけじゃ済まないかもしれないよ。これを見てくれ」


 だが、ノエルのその声を境に、状況は一変する。

 切り替えられた画面は、さきほどの巨人を拡大して写したものだ。よく見ればその表面には黒い影のような霞がかかっていて、その中には巨人本体のものと思しき紅い表皮が見え隠れしている。


 問題は、その人影の周囲を奇妙な生き物が飛び回っていることだ。


「なにあれ、モンスター?」


 レイフィアが不思議そうな声を出すが、ノエルが首を振る。


「いや、違う。あれは多分、【生体魔装兵器】だよ。モンスターを元にして創り出した、生きた兵器群。『パラダイム』のお家芸だね」


「『パラダイム』だと? それじゃあ、あいつら『ジャシン』が目的で?」


 『真算』のラディスの例を見る限り、『パラダイム』の目的とやらがまともなものであるはずがない。ましてや『ジャシン』がらみとなれば、なおさらだった。ノエルの言うとおり、一刻の猶予もないかもしれない。


「映像を調べた限り、さっきからあの【生体魔装兵器】たちは、『ジャシン』の周囲にある黒い霞のようなものを取り払おうとしているみたいだね。少しずつ紅い肌が見えてきてる」


「そんな! 駄目です! あれは、あの霞は『邪霊』なんです。あの子を眠りにつかせるための『揺り籠』なんです!」


「シャル、落ち着いて。だとすると奴らの目的は、『ジャシン』を完全に覚醒させることのようね。……となると、そうなる前にヴァリス──やっぱり、貴方にやってもらうしかないわ」


「無論、最初からそのつもりだ」


 ヴァリスは力強く頷く。アリシアも仕方がないといった顔だ。


「ただ、あの連中に気付かれれば、この『アリア・ノルン』も危ない。戦闘用に造った船じゃないからね。狙撃に関しては、降りた後にやってもらおう。今だって隠蔽はしているけど、狙撃地点がばれれば、攻撃を仕掛けられる恐れはある」


 俺たちはノエルの言葉に頷くと、適当な着陸場所を決めた。船そのものは、そこに隠蔽したまま置いて行くしかないだろう。


 だが、着陸直後、艦内通信が入った。映像装置の隅に、レイミさんの顔が映し出される。初めてこの船に乗った時の操縦席は、普段は船内に格納されているらしい。恐らく、そこからの通信だろう。


「索敵装置に敵影補足です。どうやら敵さんにも、隠蔽を見破るタイプの【生体魔装兵器】がいたみたいですねえ」


 ゴーグルをはめたレイミさんの気楽な様子とは対照的に、ノエルの顔色が見る間に青ざめていく。


「まずい! レイミ、緊急事態だ。速度を上げて離脱するぞ!」


「今やろうとしてますが、厳しいですね。駆動装置の再起動前に囲まれそうです!」


「くそ! 着陸時を狙ってきたのか!? 僕としたことが迂闊だった……」


 ノエルは悔しげに声を震わせた。先ほどノエルが言った通り、この船が戦闘用でないのであれば、状況はかなり厳しい。俺たちが外に出たところで、果たして船を護りきれるかどうか。


「……ノエルさん、あたしに任せて」


「アリシア?」


「……レミル、いけるよね?」


 アリシアの目は、映像装置に映された空飛ぶ化け物たちの姿を見据えている。彼女の隣には、黒髪を長く伸ばした十歳くらいの少女が一人。こくりと頷く少女の瞳には、強い意思の光が感じられる。


「《転空飛翔エンゲージ・ウイング》を使ってなくても、この船くらいなら護れるよ」


 胸の前で手を握り、祈るように目を閉じるアリシア。


〈さあ、おいで……。この手はあなたを優しく包む。愛する我が子を護る腕〉


抱擁障壁バリアブル・バリア


「敵がきまーす! 風防障壁、展開!」


 さすがのレイミさんも焦った声で叫ぶ。船が衝撃でぐらぐらと揺れる。


「く……! 風除けの結界程度じゃ防ぎ切れないか……」


 そんな中、アリシアを中心に淡い輝きが広がり始める。ヴェールのような光の膜は、周囲にいる俺たちをふわりと内包しながら範囲を広げ、ほぼ一瞬で船体全体を覆い尽くす。


 それはまるで、母親の腕に抱かれているかのような安らぎさえ、感じさせる光だった。


「おお! バリアです! ま、まさか……わたしが日々、お月様に捧げた祈りが、この船に新たな機能を!?」


「……なわけがないだろう。まったく君って奴は」


 レイミの益体やくたいもない言葉に、やれやれと首を振るノエル。


「どうにか助かったかな。でも、いつまでもこうしているわけにはいかないだろうし、外の連中はなんとか片づけなきゃね」


「ああ、任せておけ! 空飛ぶ連中ならわたしの出番だ!」


 エイミアが威勢よく胸を叩いて名乗りを上げると、すぐ隣にエリオットが進み出る。


「それならエイミアさんの周囲は、僕が護ります!」


「うん、任せたぞ。エリオット」


「はい!」


 呆気にとられる皆を置いて、二人は甲板へと向かうべく部屋を飛び出していく。なんだろう、あの二人。随分と張り切っているみたいだな。


「あ、ちょっと待てっておい!」


「ルシア、わたしたちも行くわよ!」


「あ、ああ!」


「み、みんな……頑張ってね」


 結界の展開に集中するアリシアを置いて、俺たちは二人の後に続き、甲板を目指す。彼女の辛そうな様子を見る限り、結界自体は長く持ちそうもない。急ぐ必要があるだろう。


 昇降機を上がりきり、甲板の小屋を飛び出した俺たちの目に飛び込んできたものは、空を覆う、おびただしい化け物の姿だった。


 【生体魔装兵器】


 俺はそう呼ばれる存在を、『ラグナ・メギドス』の中で見た。銀の鎧を着た騎士のような奴や半人半馬の奴、腕が四本映えている奴など様々だったが、こいつらはそれどころじゃない。

 青や赤、緑や黄色などの多種多様な外皮の色。歪な翼をちぐはぐにつけたまま、表面に虚ろな眼球を複数貼りつけた奇怪な姿。どれひとつとっても、他の連中と同じ奴がいないのだ。


 立て続けにエイミアから放たれる光の矢を受け、叫び声すら上げずに落ちていく連中は、生き物ではなく、文字通りの兵器なのだろう。だが、これほどまでに規格も何もあったものじゃない不統一な姿は、何を意味するのか?


 そこへ、そんな疑問に答えるかのような声が響く。


〈『ひとまとまりの斬断』。その対策のために生み出された、多様種兵器『グアルプ・ラプルの道化師団』。──我ら『パラダイム』が、君の力を認めた証だよ。ルシア〉


 酷く耳に心地いい、うっとりするような美声だった。


「あ! あのときのむかつく声の奴だ!」


 叫ぶレイフィア。今の声をむかつくと言える感性は大したものだが、むしろここは、俺がこの声を心地いいと感じてしまっている方がおかしいのかもしれない。


〈わが名は『真霊』のラディス・ゼメイオン。この奇妙な結界さえなければ、船の破壊ぐらいはできたのだろうが、大した悪運だ。とはいえ、これほど強力な結界だ。永遠に張り続けていられるわけもあるまい〉


 感情をまるで見せない声。なのに、奴の話す言葉には、どうしても引き込まれてしまう。


「くそ、数が多すぎるな。ここは“黎明蒼弓フォールダウン”でも使うしかないか?」


 焦ったように言うエイミアの言葉に、エリオットが首を振る。


「駄目です。さっき落ちた連中が復活しているんです! まさかこれは……【瘴気転生術】?」


 エリオットが『セリアルの塔』で戦った時の、モンスターの復活術か。厄介だな。だとすれば矢で貫いたのでは意味がない。周囲の【瘴気】ごと浄化する必要があるんだが……


「ルシア! 何とかならないの?」


「駄目だ! こいつら、一匹一匹が違いすぎる! 【瘴気】もこちらに届いていない以上、俺には認識ができないんだ!」


 シリルの呼びかけに、否定の返事しかできないのがもどかしい。


〈無駄だよ。君らの戦力は、『セリアルの塔』で改めて分析させてもらった。これはその結果の『策』だ。いまや我には『真算』の刻印も刻まれている。我こそが、あの御方の理想の体現者。『ジャシン』の復活がなった以上、君らにはここで死んでもらおう〉


「くそ! でもあの時とは違うはずだ。こんな広い空間じゃあ、復活に必要な【瘴気】なんて、そうそう溜まるはずがない!」


 エリオットが結界に攻撃を仕掛けてくる『グアルプ・ラプルの道化師団』の集団を『轟音衝撃波』で吹き飛ばしている。だが、肉片をばらばらにした程度では、いずれグズグズと肉片同士が寄り集まり、再び化け物となって復活する。たちの悪いことに、復活した後でさえ、一匹として同じ連中はいなかった。


 恐らくこれでは、肉片一つ残さないよう滅ぼし尽くすしかないだろう。


〈ここには、無限ともいうべき【瘴気】の供給源がある。だからこその罠〉


 【瘴気】の供給源?


「『ジャシン』のことです! ……く、ここはわたしが四石増幅版【精霊魔法】エレメンタル・ロウで吹き飛ばすしか……!」


「駄目よ! シャル。『アリア・ノルン』が危ないわ。あれは完全には制御できていないでしょう? アリシアの“抱擁障壁”バリアブル・バリアも、受け入れた対象からの攻撃までは防げないんだから!」


 シャルとシリルは、それぞれ迫りくる『道化師団』に攻撃魔法を叩き込みながら言葉を交わす。どこまでも厄介な罠だった。だが、どうしてラディスは、俺たちがここに来ることがわかったのだろうか。


〈君らが『楔』を手に入れたことなら知っている。我が『真算』をもってすれば、その程度の予測、造作もない〉


 ラディスは、俺の疑問にこともなげに答える。『真算』というのは、俺が殺したあいつの名前ではなかったのだろうか?


 こうなると、自分に遠距離攻撃ができないことがもどかしい。船縁で手近な奴を斬り裂くくらいしか、俺にはできることが無いのだ。だが、そこでふと気づく。そうやって船の端から端へ移動しているのは、俺だけではなかった。


 赤毛の魔女。竜をかたどった杖を持つ彼女は、こそこそと船の隅に行っては屈みこみ、何かの作業に没頭しているようだった。



     -彼女の弱点-


 船体に群がる無数の【生体魔装兵器】。アリシアの結界が尽きる前に彼らを殲滅しなければならないのに、わたしたちは次々と復活する連中を必死に撃ち落とし続けることしかできない。


 ラディスの言う『グアルプ・ラプルの道化師団』は、この場に【瘴気】が無限に存在する以上、肉片一つ残さず殲滅する以外に撃破の方法はない。とはいえ、多大な【魔力】を消費して禁術級魔法を使ったとしても、船を巻き込む危険が高いうえ、敵がここまで広範囲・多量に存在する以上、どうしても撃ち漏らしが生じてしまうだろう。


 わたしは頭の中で目まぐるしく対策案を講じては、それを打ち消していく。駄目だ。ラディスの『策』に穴はない。少なくともこの船を護りながらでは、打つ手は見いだせない。


 そんなふうに諦めかけた、その時だった。


「よーし、準備完了!」


 緊迫した状況にそぐわない、能天気な声が響く。そして次の瞬間、船の周囲に真っ赤な火柱が巻き起こる。


「な! レイフィア! あなた、何をするつもり!?」


 わたしは思わず、自分の【魔法陣】構築を中断し、レイフィアに叫ぶ。彼女は、この『アリア・ノルン』に及ぶ被害のことを考えていないのだろうか?


「いいから、いいから! あたしに任せときなって!」


 異様に高いテンションで叫び返してくるレイフィアの正面には、巨大な白い【魔法陣】、そして深紅の【魔法陣】が二つ、構築されている。あれはまさか、禁術級?


「く! この船を壊すつもり!?」


 彼女としては命には代えられないという判断なのかもしれない。けれど、その決断を下すにはまだ早すぎる。できれば、この船は手放したくない。単に有用だということだけではなく、ここは今や、わたしたちの『家』なのだから。


 しかし、そんなわたしの感傷を無視するように、レイフィアの【魔法陣】は構築されていく。彼女の【魔鍵】『燃え滾る煉獄の竜杖ゼスト・アヴリル・ウィオラ』の能力である“禍熱領域バーニング”。その神性に従い、それは恐ろしい速さで完成しつつあった。


 そこに響く、ラディスの声。


〈無駄だよ。人間の魔女。我は君の戦いも見ていた。我に刻み込まれた『真算』に従い、この『道化師』どもには炎への強い耐性も付加している。いかに君の【魔法】が強力でも、一度に全てを焼き尽くすことなど叶うまい〉


 どこまでも穴のない『策』だった。わたしは歯噛みするように虚空を睨みつけ、続いてレイフィアを止めようと彼女に近づく。


「……だいじょーぶ。ちょっとはあたしを信じてくんないかな? 今回は珍しく真面目なんだよ? ちゃんと船もみんなも護ってあげるって!」


「え?」


 わたしは、彼女から発せられたとは思えない意外な言葉に、思わず動きを止める。


「ラディスだっけ? あんたにいいこと教えてやるよ。……あたしはね、気まぐれなんだ。だから、あたしが使う【魔法】は、いつでもどこでも『あれんじ』してる。あんたなんかが何回それを見たところで、対策なんか立てられるわけないじゃん!」


 その声とともに、彼女の正面に輝く巨大な【魔法陣】は臨界点を迎えた。


〈加熱せよ、過熱せよ、禍熱せよ〉

〈あまねく命を飲み干して、赤より紅く燃え滾る。ここより先は、咎人どもを裁く聖域〉


裁かれる真紅の原罪シン・ザ・ジャッジメント》!


 船の周囲で渦を巻く炎。けれど、その猛火の勢いにも関わらず、まったく熱を感じない。炎に包まれているはずの船体の一部でさえ、焦げた様子を見せていない。その一方で、あたりに群がる『道化師団』は、炎に巻かれて次々と焼け落ちていく。


「よし、こんなもんだね。じゃあ、アリシア! 結界解いてもオッケーだよ!」


 『風糸の指輪』への呼びかけ。わたしはとっさにそれを全員に中継する。


〈え? ……で、でも〉


 戸惑うような声はアリシアのもの。声の調子を聞く限り、大分疲れが出始めているみたいだ。


「あたしが結界を張ってやったから平気なの!」


 だが、アリシアも限界を感じていたらしい。レイフィアの言葉が聞こえるや否や、船体を包んでいた光の膜がゆっくりと消えていく。


〈【生体魔装兵器】だけを焼く炎の結界とはな。だが、それも長続きはするまい〉


 なおも余裕のある声で言うラディス。確かに、わたしもそれが心配だった。レイフィアがこの船を守るつもりになってくれたのは良かったけれど、この【魔法】だって無限じゃ……とそこまで考えて、わたしは思い出す。


 彼女が教えてくれた“禍熱領域バーニング”の特性のひとつ。


『領域内での火属性魔法について、持続型【魔法】の効果時間を永続化する』


「ひっひっひ! 言ったでしょ? あたしは領域内なら無敵なんだよ。ちなみにこの【魔法】、領域に接近するすべての【瘴気】を無差別に焼き尽くす設置型魔法なんだよね」


 レイフィアは、こともなげにそんなことを言う。恐らく彼女は、元々の禁術級魔法を今この場で、この状況に対応するためだけにアレンジしてみせたのだ。


 臨戦即応の天才魔導師──『紅蓮の魔姫』の真価は、【魔鍵】の能力よりもむしろ、こんなところにあるのかもしれない。


〈無限の効果時間だと? ……やむを得ないか。ここは引こう。もともと我らの目的は【ヴァイス】の回収だ。それも間もなく終わる。所詮君らがどんなに足掻こうと、世界を呪う『ジャシン』を止めることなどできないのだから……〉


 ラディスは負け惜しみのような言葉を残し、沈黙する。しかし、依然として周囲には『道化師団』が群がり続けており、【瘴気】の発生源をどうにかしないことには、彼らを殲滅するのは難しそうだった。


「あーあ、せっかく『ジャシン』とかいう面白そうな奴と戦えるかもしれないのに、ここでお留守番なんて、ついてないなあ」


 レイフィアが残念そうに息をつく。わたしは、そんな彼女に目を向けながら、肩からゆっくりと力を抜いていく。小憎らしい態度ばかりの気に食わない女だと思っていたけれど、シャルの誕生日会の件と言い、今回の件と言い、実は案外いいところがあるのかしら?


 わたしは改めて彼女に感謝の言葉をかける。


「ありがとう。あなたのおかげで助かったわ」


「ふふん。あたしが船を壊すんじゃないかって疑ってたくせに」


「う……」


 拗ねたようにそんな言葉を口にするレイフィアに、わたしは言葉を詰まらせる。


「あのな。普段の自分の言動を顧みたらどうだ? 疑われても仕方ないだろうに」


「へえー、さっすがはカレシだね! シリルのことばっかり、かばっちゃってさ」


「んな!? い、いや、別にかばうとかそう言うわけじゃなくてだな……」


 ルシアが出してくれた助け舟も、そんな一言であっさりと撃沈される。しどろもどろになりながら狼狽えるルシアを見て、彼女はなぜか嬉しそうだ。


「…………」


 わたしはそんな彼女を見て、思うことがあった。彼女のこれまでの言動やシャルといる時のやりとりなどを総合的に勘案し、やがて、ひとつの結論に至る。


 うん、やってみよう。


「ねえ、レイフィア」


「なに? 急に気持ち悪い声出して」


 き、気持ち悪いですって? ……いけない、いけない。これが『彼女の手』なんだから。


「実はあなたって、すごくいい人だったのね」


「え?」


 呆気にとられた顔のレイフィア。


「わたし、今まであなたのことを誤解していたわ。シャルの誕生日のこともそうだし、今回だって、船を守るために自分がここに留まる覚悟で結界魔法を使ってくれた。あなたには、いくら感謝してもしきれないくらいよ」


「……えっと、シリル? どうしたんだ?」


「何があった? 大丈夫か?」


「シリルお姉ちゃんが、レイフィアさんのことを褒めてる……?」


 いつの間にか周りに集まってきた皆は、驚愕に打ち震えた声で口々につぶやく。わたしがレイフィアを褒めるぐらいのことが、そんなに衝撃的な出来事なのかしら?

 普段の言動をもう少し注意した方がいいかもしれない。わたしはみんなの反応を見て、そんな反省をしてしまった。


 そして、肝心のレイフィアの反応はと言えば……


「え……? あーっと……あ! ふうん。なんか企んでるんでしょ、あんた」


 少し戸惑ったような顔をした後、そんな風に切り返してくる。ふふん、甘いわね。


「ううん。いきなりこんなこと言っても、信じてもらえないかもしれないけど……本当に反省してるのよ、わたし。ほんとにごめんなさい」


 わたしは、しおらしく頭まで下げて謝る。実際、心にもないことを言っているつもりはないし、だからこそ、彼女には『効果的』だった。


「う、あ、あ。いや、その、別にあたしは……」


 他人の弱みを的確に攻撃し、その反応を見て楽しむレイフィア。そんな彼女の弱点ともいうべきものがこれだった。純粋に、真っ直ぐに自分に向けられる好意や感謝。何故か彼女は、そうしたものが苦手らしい。


 だからこそ彼女は、そうした状況に陥りそうになると、相手を茶化したり怒らせたりして、自分に好意を示さないように仕向けるのだ。


 わたしはこの時、初めて彼女に対し、優位に立てた気分になれた。ただし、この方法、一つだけ問題点もある。……わたし自身が恥ずかしいのだ。今の今まで、憎たらしくて仕方のなかった彼女に対し、素直に好意を示さなければならない。


 でも、それに耐えるだけの価値が、今のレイフィアの狼狽えようにはあった。


「や、やめてよね……。と、とにかくあたしはもう疲れた。ここで陣を張り続けなくちゃいけないし、とっとと行きなってば!」


 突き放すような言い方をしてくるレイフィアを見て、わたしは初めて彼女を可愛いと思ってしまった。


「ええ、じゃあ、留守は任せるわ。……信頼、してるからね」


「あーもう、いったい、ほんとになんなのさ!」


 訳が分からないといった顔で叫ぶレイフィアに、わたしは勝ち誇った顔を見せないように笑い返す。そして、わたしたちはレイフィアとノエル、レイミを置いて船を降りることにした。


「シリル! 気を付けて。何かあったらすぐに呼ぶんだ。レイフィアの結界は船そのものに設置されているから、いざとなればこのままでも発進はさせられる!」


「うん、ノエルたちも気を付けてね!」


 船の周囲には『道化師団』も近づけないらしい。相変わらず燃え盛る炎の中に足を踏み入れるのは勇気が必要だったけれど、実際、わたしたちの身体が焼けるようなことはなかった。


 エイミアが船を降りる直前、周囲を取り囲む『道化師団』に光の雨を降らせる。そして、彼らが復活を果たす前に、わたしたちは火山へ向かって走り出した。


「【瘴気】を持った存在だけを焼く炎なんて、光属性魔法みたいだな」


 十分な距離を置き、『道化師団』がこちらに向かってこないのを確認してから、エイミアが言う。猛火に囲まれた船に集う化け物の群れは、ひたすら船を攻撃するよう命じられているらしく、焼かれても焼かれても復活しながら船を襲い続けていた。


「とはいえ、はやく『ジャシン』をなんとかした方がよさそうね」


 ラディスは別の目的があるらしく、これ以上わたしたちに構うつもりはないらしい。ならば、今度は当面の目的を果たすまでだった。


 わたしが仰ぎ見た火山の頂上には、すでに七割方まで『邪霊』の衣を剥がされた赤い巨人の姿がある。

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