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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第15章 孤児の目覚めと邪悪のはじまり
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第143話 ハピネス/楽しければなんでもいいや

     -ハピネス-


 いきなりですが、ピンチです。


「ふっふっふ! さあ、今日こそ決着をつけようじゃないか、エリオット!」


「……いや、あの、その」


 この訓練室は空間を拡張して作っているだけあって、かなりの広さがあります。テーブルや椅子、その他の飲み物や料理が並べられた側机などは、部屋の入口寄りの場所に設けらていますが、その程度では使いきれないスペースが奥へと広がっているんです。


 でも、だからといってパーティ会場のど真ん中で、余興と称した戦闘を始めちゃうとか、実際どうなのでしょう……。


「いいぞー! やれやれー!」


 無責任なヤジを飛ばしているのは、このサプライズパーティーの企画者であるレイフィアさんです。当然この『余興』についても、言い出したのはレイフィアさんでした。いわく、「せっかくこんなに広い会場なのに、フルに使わないのはもったいないよね? 誰か思いっきり暴れなよ」とのことでした。


 馬鹿なのでしょうか? 


 ……いけませんね。このパーティーの立役者である恩人に随分な感想を抱いてしまいました。


 でも……。


「エ、エイミアさん。やめましょうよ。せっかくのパーティーで訓練なんかしなくてもいいじゃないですか」


「訓練? それは違うぞ、エリオット。これは余興だ」


「い、いや、余興なら別の何かでも……」


「憂さ晴らしとも言う」


「憂さ晴らしなんですか!?」


 主にピンチなのはわたしではなく、エリオットさんでした。まさにレイフィアさんの無責任発言の被害者と言うべきでしょう。話によれば、エイミア様は、このサプライズパーティーのことを直前まで知らされていなかったそうです。


 その理由は、わたしにもなんとなくわかりました。エイミア様は竹を割ったような性格の人です。それはつまり、こそこそと何かを秘密にするのには不向きな性格だということですから。とはいえ、彼女がご機嫌斜めなのは間違いなく、そのせいでしょう。


「さて、ルールを確認するぞ? 今回は場所が場所だけに武器や攻撃魔法の使用はなしだ。素手の組み打ちで勝負する。相手の動きを封じるか、クリーンヒット一発で勝ちとしよう。まあ、パーティ会場で顔に怪我をするのもどうかと思うし、顔への攻撃もなしにしようか」


「うう……どっちみちエイミアさんを殴るとか、できるわけがないじゃないか」


 エリオットさんは、部屋の真ん中でエイミア様と向かい合いながら、疲れたように肩を落としています。


「──それから、ここからが大事だぞ」


「え? なんでしょう?」


「負けた方は、勝った方の言うことをなんでも一つだけ聞く」


「ええ!?」


 驚くエリオットさんに向けて、ニヤリと笑うエイミア様。


「いいか? なんでもだぞ、なんでも。これは真剣勝負だ。必ず守ってもらうからな?」


「真剣勝負って……さっき余興だって言ったはずじゃあ……」


「うるさいぞ。男なら四の五の言わず、構えをとれ!」


「うう」


 呻くように声を上げ、エリオットさんは渋々と片足を引き、半身の構えをとりました。見れば、エイミア様の髪飾りが淡くピンク色に輝いています。どうやら身体強化の【生命魔法】ライフ・リィンフォースを発動させたようです。


「こ、こうなったら勝つしかない!」


 悲壮な決意を声に出し、エリオットさんは身体の一部を竜化させました。最近ではシリルお姉ちゃんに手ほどきを受けて『轟き響く葬送の魔槍ゼスト・ヴァーン・ミリオン』なしでも因子制御できるようになったはずなのに、余興で制御を解放するとか、どれだけ本気なのでしょうか?


「エイミアさんのことだ。……何をさせられるかわかったものじゃないぞ」


 ぶつぶつとつぶやくエリオットさんに対し、エイミア様は嬉しそうに笑いながら飛びかかっていきました。


「いざ、尋常に勝負!」


「ま、負けてたまるかあ!」


 ぶつかりあう二人。素手とはいえ、掛け値なしの本気に見えるのは気のせいでしょうか?


「いやあ、見ごたえのある試合が始まったねえ。シャル、どっちが勝つと思う?」


「……楽しそうですね、レイフィアさん」


「うん! 楽しいよ」


 わたしが半ば呆れ気味に言うと、レイフィアさんは猫みたいな金の瞳を楽しげに輝かせて頷きました。


「シャルは楽しくないかい?」


「いいえ、すごく楽しいです。これもレイフィアさんのおかげです。……ほんとに、ありがとう」


 ようやくわたしは、レイフィアさんに正面からの感謝の言葉を伝えることができました。正直、勝ち誇ったような彼女の姿を見ると、素直に感謝するのが悔しいような気持ちもありました。それでもわたしは、言うべき言葉は言わないといけないと思うのです。


「む、やけに素直じゃん」


 なぜか鼻白んだような顔で言うレイフィアさん。


「だって本当のことですから」


 感謝の気持ちを改めて声に込めて、レイフィアさんを見上げます。すると彼女は、ますます狼狽えたような顔になりました。


「や、やめてよね。まぶしい! あんたの顔、眩しすぎるから!」


 言葉のとおり、彼女の猫の瞳孔が細くなっていくのがわかります。……というか、うわあ、丸い時は気にならなかったけど、こうして細くなった瞳孔の目を見るとレイフィアさんってほんとに猫みたい……。


「ちょっとシャル? なんであんた、あたしの喉を撫でてるわけ?」


「あ」


 しまった。つい、やってしまいました。うう、どうしよう……さすがにこれは失礼な真似だったかもしれません。


「ふふん。ようやく尻尾を掴んだぜ」


「え?」


「そうそう、それだよ、それ! そういうちょっと困った顔が見たかったんだよねえ、あたし」


 うんうんと、満足げに頷くレイフィアさん。


「困った顔……ですか?」


「だってさあ、シャル。あんた子供でしょ? 子供っていうのはさ、もっと周りに甘えて、困ったことがあったら助けてもらって、そんでもってそれを当たり前のように考えて過ごす生き物じゃん。そうじゃない子供ってのはさ、なんだか不自然に見えちゃうわけだよ、あたしにはさ」


「もっと周りに甘えて……」


 わたしは言葉を失いました。そんなこと、考えたこともありませんでした。一人前の冒険者になるため、シリルお姉ちゃんに教えを乞うことはあっても、それは将来一人でも生きていけるようになるためでした。ましてや、助けてもらうことを当たり前のように思うだなんて……


「そんなの自分勝手だって思う? それでいいんだよ。だって子供なんだもん。愛されるのは子供の特権って奴だよ。あたしだって小さい頃は無茶ばかりやって両親に注意されたり、怒られたり、叱られたり……あれ? まあ、あたしのことはいいや。とにかく、勝手気ままにやっても、それを無条件で受け入れてもらうって経験もありだと思うよ」


「……何の本に書いてあったんですか?」


「ふふん。残念。これはあたしがたった今、考えたのさ」


 驚きでした。意外です。こんなことがあって良いのでしょうか?


「……何を考えてるのか、よーくわかるよ」


 じろりと睨んでくるレイフィアさん。

 ……そんな彼女に、わたしはにっこり笑って言いました。


「わたしは子供なんですから、許してくださいね?」


「げげ!……なんでこうなるの?」


 悔しそうに肩を落とすレイフィアさん。


 彼女には、いくら感謝しても感謝しきれません。わたしの誕生日をみんながお祝いしてくれるだろうことはわかっていました。でも、こんな形になるなんて、夢にも思わなかったんです。


 部屋に入るなり頭上で割れたくすだま。

 しつらえられたテーブルと椅子。

 並べられた料理や飲み物。


 それらすべてが、わたしのために、みんなが苦労して用意してくれたものなんです。


 わたしに気付かれないようにくすだまを作るのは、大変だったろうな……。あんなに大きいテーブルや椅子を今日の内にここまで運び込むのは、すごく手間だったろうな……。わたしの好物ばかりが並ぶ料理は、一生懸命考えてくれたんだろうな……。そう思うと、今にも涙が溢れそうになってしまいます。


──それから、 垂れ幕にあったみんなからのメッセージ。

──わたしの一生の宝物。


 生まれてきてくれてありがとう。

 生まれてきてくれておめでとう。


 わたしは、こんなにも皆に祝福されている。

 わたしは、こんなにも皆に愛されている。

 胸いっぱいに感じる幸せ。


 でも一方で、微かに感じる鋭い痛み。

 それは、セフィリアのことでした。


 一人ぼっちで寂しくて、誰からも祝福されない少女。

 

 わたしはこんなにも幸せなのに、今、彼女はどうしているのだろう? 『シェリエル第三研究所跡』で会って以来、わたしは彼女と連絡を取っていない。『風糸の指輪』の範囲外にいるのか、それとも返事をしたくないということなのか、何度呼び掛けても彼女からの応答は得られなかった。


〈……きっと大丈夫。だって、約束したじゃない。寂しくなったらお話ししようって。彼女が本当に辛いときは、きっとあなたに会いに来る〉


 心の中で、フィリスが優しく慰めるように語りかけてきました。


〈フェイルが言ってたんだよね? ジャシンとともにある魂。それがセフィリアなんだって。彼女は誰とも何とも関係を持たない、救いがたい存在なんだって……〉


 わたしが気を失っている間、『セリアルの塔』に現れたというフェイルの言葉。


〈うん。ごめんねシャル。本当は、もっと前からわかっていたの。世界そのものであるわたしには、世界から取り残された彼女の本質を理解できていたはずだった〉


 でもそれは、仕方のないことでしょう。『精霊』は世界を巡り、何度も何度も生まれ変わります。そうやって世界そのものであり続けてきたはずの彼女がどんな偶然か、わたしという人間と魂を共有することになったのです。


『世界』でありながら、『自分』というものを生み出してしまったという矛盾。彼女の認識や記憶が混乱するのは、無理もないことでした。


〈ねえ、フィリス。こんなにも幸せなわたしが、そんなセフィリアと友達でいていいのかな……?〉


 わたしの胸の痛み。その原因。自分が幸せだと感じるたびに、彼女の顔を思い出してしまう。罪悪感で、胸が苦しい。


 でも、フィリスは、もう一人の『わたし』は、はっきりと言いました。


〈だから、自分も不幸じゃないといけないの? そんなの間違ってる。……今の彼女は、自分と『同じ』仲間を探しているけど、それじゃ誰も救われない。わたしたちがこの船で感じている幸せは、『幸せなみんな』との絆があるから得られるものなんだよ? 他のみんなが不幸なら、どんな繋がりがあったって幸せじゃないでしょう?〉 


 わたしは、フィリスの言葉に深く頷く。彼女の言うとおりです。

 同じでなくても、違っていても、絆を結ぶことはできる。


 そんなとき、わたしが幸せでなくちゃ、彼女を幸せにすることだってできないんだ。だから、わたしは幸せでいよう。みんなに、誰かに、あの子に、セフィリアに、幸せを分けてあげられるように。


 ──ふと気づけば、会場の中央ではエリオットさんがエイミア様を組み伏せて、安堵の息をついていました。



     -楽しければなんでもいいや-


 いやあ、楽しかった。

 パーティの準備や片づけは面倒だったけど、それを差し引いても余りある楽しさだった。たまにはこうやって、誰かと馬鹿騒ぎをするのもいいものだね。


 夜まで続いたパーティもお開きになり、みんなからのプレゼントを山ほど抱えたシャルを寝室まで送り込んだ後、あたしは自分の部屋で軽く一息ついていた。椅子にだらしなく腰掛けて、テーブルに置かれたお茶をすする。いい匂いがして身体が温まるこのお茶は、ノエルのこだわりの逸品なのだそうだ。


「ふう、馬鹿騒ぎした後は、こういう落ち着いた飲み物がいいね。まったり過ごす時間も大事だよ、ほんと」


 柄にもなくあたしは、そんな言葉を口にした。まあ、ちょっとばかし疲れているのは、『余興』の第二戦であたしがシリルと取っ組み合いのバトルを繰り広げた結果だったりするのだけど。しかも取っ組み合いの最後には、レイミの黒縄にがんじがらめに縛られて、抜け出すのにも苦労したんだよね。


 それにしても……なにさ、あいつ。あたしがちょっとオトナな下着をシャルにプレゼントしようとしたぐらいで怒るとか、了見が狭すぎってもんでしょ。冗談に決まってるのにさ。


「ふう、ほんと落ち着くなあ」


 独り言を繰り返すあたし。

 ……だんだん、耐えられなくなってきた。気にしないふりにだって、限界があろうというものだ。


「…………」


 ちらりと顔を向けた先には、呆然とした顔で寝台に腰かけるエイミアの姿がある。うわあ……目が虚ろなんですけど。


「あ、あのさ。そんなに辛気臭い顔してないでさ、元気だしなよ。同室のあたしの身にもなってほしいんだけど」


「……ああ」


 声まで虚ろだ。うーん、こりゃ処置なしだね。いったいどうしたものか。あたしは、『ナイトオブダークネス』の眼で、改めて彼女を見る。そして……即座に後悔した。痛々しい。うん、酷過ぎる。何をどうやったら、ここまでメタメタに打ちのめされるのかわからないくらいに、彼女の心は弱り切っていた。


 だんだんとイライラしてきたあたしは、気を遣うのをやめることにした。


「ああ、もう! たかだか余興のお遊びで負けたくらいで、この世の終わりみたいな顔してんじゃないっての!」


 その言葉に、びくんと身を震わせるエイミア。


「ま、負け? ち、違うぞ! あれは違う。何かの間違いだ。……うん、そうだ。あれは勝負の設定条件が悪かったんだ。えっと、その……そう! 顔への攻撃を禁止するとか、あれがいけなかったんじゃないか? 実はわたしは、顔への攻撃が得意というか、その……」


 そこまで言って、エイミアは自分の言葉に無理があることに気付いたらしい。


「……い、いやいや! きっと体調が悪かったのだ。そう言えば朝から、お腹の調子が悪かったような……。そ、それにサプライズパーティーだ! みんなと違ってわたしには準備が足りてなかったと言うか……その、いくらなんでもあんなに一方的に敗北するはずが……」


 竹を割ったような性格の女性、エイミアだった。……うそつけ。


「ところで、約束はどうすんの?」


 あたしのその言葉に、ぴたりと動きを止めるエイミア。


「な、何の話かな?」


 おおう、しらばっくれたよ。信じられない。この人ホントに『聖女様』なのか? あたしに見つめられ、狼狽えたように視線を泳がせるエイミア。でも、逃がさないよ。こんな面白い展開、逃してなるものか。


「ほら、こっちに来てお茶でも飲みなよ」


 あたしは聞かなかったふりをして、彼女に席を勧める。彼女は自分でも心を落ち着かせる必要を感じたのだろう。寝台から立ち上がると、いそいそとやってきた。


「で? 約束はどうすんの?」


「うぐ……!」


 失敗を悟った顔だ。でもこの距離では誤魔化しも通じない。彼女は、やがて観念したように息をついた。


「わ、わかっているとも。女に二言はない。ただ、ちょっとショックで現実逃避してしまっただけだ」


「何がショックなんだか。強化魔法使ったくらいで、半竜人の亜人種相手に素手での勝負で勝てるわけがないでしょうが」


 あたしが呆れたように言うまでもなく、これまでみんなが何度なくエイミアにかけてきた言葉だが、彼女にとってそれは言い訳にならないみたいだ。


「確か、負けた方が勝った方の言うことを『なんでも』ひとつ聞く、だったよね?」


 あたしは、わざと確認してやる。


「あ、ああ。そうだ。エリオットは後でお願いしたいことは考えておく、と言っていたが……」


「ふふーん」


「な、なんだ?」


「気にならない?」


「何がだ?」


「エリオットが、エイミアに何をお願いするつもりなのかさ」


 あたしが言うと、エイミアは不思議そうな顔をした。


「うーん、まあ、気にならないこともないが。先ほど言った通り、女に二言はない。わたしにできることなら、どんな願いでも聞いてやるつもりだ」


 ひっひっひ、引っかかったな。


「ふーん。どんな願いでもねえ……」


「さっきから何が言いたいんだ?」


「例えばさあ、例えばだよ? 『エイミアさん、僕とキスしてほしいんです!』とか言われちゃったらどうする?」


「ぶは!」


 口に含んでいたお茶を吐き出すエイミア。もう、汚いなあ。


「げほ! な、何を言い出すんだ! 君は!」


「ええ? そんなにおかしなことじゃないでしょ? あいつだって健全な男の子だし、年上で美人なお姉さんがなんでもひとつ、言うことを聞いてくれるとなればねえ。最近、アリシアとヴァリスがキスとかしちゃってるわけだし、興味を持ってるかもよ」


「い、いや、エリオットに限って、そんなまさか……」


 顔を真っ赤にしておろおろしながら、自分の吐き出したお茶を掃除し始めるエイミア。しかし、あたしはここで手を緩めたりはしないのだ。だって、面白いんだもん。


「あ、でもそっか」


「な、なんだ?」


「『なんでも』なんだから、キスくらいじゃ済まないかもね。くふふ、もっと過激なことを要求されちゃったらどうする?」


「な、な、なななな! いや、ちょっと、待て! 過激ってなんだ、過激って!」


「あ、そうか。エイミアってば鈍いもんね。ちゃんと言わないとわからないなら、言ってあげるよ?」


「い、いや! 言わなくていい! 言わなくていいから!」


 面白い。もう茹でダコみたいに真っ赤になっちゃってさ。


「万が一だよ。万が一。でも、もしそうなっても、女に二言はないんでしょ? どうすんの?」


「…………」


 あたしの言葉に、顔を赤くしたまま真剣な顔で黙り込むエイミア。うわあ、すごい。まじめだよ、この人。あたしには到底真似できないね。


「も、もちろん……二言などない。エ。エリオットがそ、そんなこと言うはずもないが……た、たとえ万が一、そういうことがあっても、……わ、わたしは」


 やばい。目の焦点があってないよ、この人。ぐるぐるだ。大丈夫かな?


「う、うう……なぜこんな展開に?」


 ようやく終わったとばかりに、息をつくエイミアにあたしは休む暇を与えない。


「いいこと聞いちゃったな。うん。さっそくエリオットに教えてきてあげなくちゃ!」


「ば! ちょ! 待て!」


 大慌てで叫ぶエイミア。うわあ、面白い。けれど、その直後だった。


「う、動くんじゃない! 動いたら撃つ!」


 いつの間にか、彼女の手には蒼い弓。そう言えば寝台から歩いてくるとき、さりげなく持って移動してきてたっけ。用心深いと言うかなんというか……。


「ふっふっふ。やっとわかった。君は、今ここで、始末するべきだな。わたしの敵だ。天敵だ!」


「へ? いや、ちょっと冗談だって!」


 全力で弦を引き絞るエイミアの眼が血走っている。

 やばい! やりすぎちゃった! 怖い怖い怖い!


「ごめんごめんごめん!」


「……ふう」


 あたしの必死の謝罪が通じたのか、エイミアはどうにか弓を収めてくれた。


「ところでさ」


「なんだ?」


 じろりと睨まれる。うう、まだ警戒されてるみたいだ。


「あの余興の時、もしエイミアが勝ってたら、何をさせるつもりだったの?」


 一応気になっていたことだったので、訊いてみる。どうせエイミアだって、エリオットのことをまんざらでもないと思っているのだろうし、キスとは言わないまでもデートプランとか考えていたりして。負けてショックを受けていたのも、実はそれが台無しになったせいだとか言ったら面白いのになあ。


 すると彼女は……


「む? ああ、彼には、あれで結構な食べ物の好き嫌いがあるからね。嫌いな野菜を山盛りいっぱい食べてもらおうとか考えていたんだが……」


「お子さまか!」


 いけない。あたしとしたことが、柄にもないツッコミを入れてしまった。はあ、この分じゃ実際にエリオットが言ってくるだろうお願いとやらも、大して期待できそうにないなあ。


「……そろそろ夜も遅い。寝よう」


 しばらく歓談した後、エイミアが眠そうな顔で言ったので、あたしたちは部屋の照明を消し、眠りにつくことにしたのだった。


 ──布団の中で、なんとなく寝返りを打つ。隣の寝台からは規則正しい寝息が聞こえてきている。エイミアはもう夢の中だろう。あたしも眠いことは眠いのだが、なんとなく考え事をしていた。


 ここ最近、あたしは『柄にもなく』って言葉を何回、心に思い浮かべているだろうか? いつだって、あらゆるものに斜に構え、自由気ままに生きてきたあたし。それまで一応仲間として戦ってきた相手だって、必要ならば平然と裏切ることができた。


 無駄によわっちい奴を殺すのは趣味じゃないけど、それは単に趣味じゃないだけ。法に触れるとか、道徳に反するとか、罪悪感を感じるとか、そんな考えは抱いたこともない。


 その証拠に、あたしは『ゼルグの地平』に入った後もその前も、自分に刃向かう気に入らない奴がいれば、何人だって焼き殺してきた。残酷だとか冷酷だとかいう次元じゃなく、いっそ邪悪と称されるぐらい、あたしは周囲に頓着しなかった。


 どこまでも自由で、何よりも勝手で。それでその報いがあたしに降されようと、それが原因で死ぬことになろうと、それはあたしが弱かっただけのこと。だから後悔なんてしない。そう思って生きてきた。実際には、そこまで深く考えたことすらないけれど。


 でも、今のあたしはどうだろう。認めたくはないけれど……。


 失いたくないものができちゃった。

 護りたいものができちゃった。


 どうしたもんかな? 

 考えてみれば、これって全部、シリルのせいだよね。


 前にあたしは、シリルのことを『あたしに目を付けられたのが運の尽きだよね』なんてふうに考えていたことがあったけれど、もしかしてこれって『シリルに目を付けたことがあたしの運の尽きだよね』ってことにならないかな?


 ……ま、いっか。楽しいし。楽しければなんでもいいや。

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