第142話 お祝いしよう/誕生日会
-お祝いしよう-
それから3日間。あたしたちはシャルちゃんの目を盗みつつ、いろいろな準備にとりかかった。ノエルさんにも相談して、物資補給のために近くの街へと立ち寄り、こっそり必要なものを買い込む。パーティー寸前まで飾り付けがばれないようにノエルさんが隠蔽魔法まで施してくれたんだから、本格的だよね。
そんな風に楽しい忙しさに追われていたせいで、あたしはその間、余計なことを考えないで済んだ。基本的にはエイミア以外の全員での作業だったから、当然ヴァリスも協力してくれた。
謝ったり謝られたりはなかったけれど、おかげでどうにか普通に言葉を交わすようにはなれたと思う。急に持ち上がった計画だけど、その点についてはレイフィアに感謝してもいいかもしれない。
ちなみにパーティー会場は食堂ではなく、訓練室を使うことになった。船内では一番広い部屋だし、食堂でするより驚かせることができるだろうとのことで、レイフィアは初めからこの部屋に目を付けていたみたい。
「くすだま作りがこんなに大変だとは思わなかったぜ……」
準備を終えたルシアくんが、ぐったりした顔で言う。くすだま作りの作業そのものは単純だけど、基本的にそうした目立つ準備作業は夜のうちに行われた。そのためか、ルシアくんの目の下にはうっすらと隈ができているみたいだ。
「ふふ、お疲れ様。きっとシャルもフィリスも、喜んでくれるわよ」
「だといいけどな」
シリルちゃんとルシアくんが笑いあっている。
「……はあ。パーティーの準備そのものを手伝っていないのに、僕はどうしてこんなに疲れているんだろう?」
ある意味、エリオットくんが一番大変だったかもしれない。何と言っても今回のサプライズ企画。その中でも一番の難関にして強敵は、ようやく種明かしをされて憮然とした顔をしている蒼髪の女性、エイミア・レイシャルその人だったんだから。
「酷いじゃないか。みんなでわたしを除け者にするだなんて」
頬でも膨らませそうな風情で文句を言うエイミア。でも、こればっかりは仕方ない。
「まったく、君も君だ! 道理でここ最近、様子がおかしいと思ったんだ」
「すみません、エイミアさん。……でも、わかりますよね?」
「む」
何かを言い聞かせるような顔のエリオットくんに、エイミアは軽く鼻白んだ。
「今回のパーティーは秘密だったんです。万が一にも誰かがうっかりシャルに話しでもしたら、台無しだったんです」
「むむ」
秘密を守れない女性ナンバーワン。一応自覚はあるみたいで、エイミアは悔しそうな顔ながらも、エリオットくんに反論しようとはしなかった。
「でも、プレゼントは一緒に買いに行ったじゃないですか。だから、決して仲間外れにしたわけじゃないんですよ。やむを得なかったんです」
エリオットくんったら、まるで聞き分けのない子供を説得しているみたいな口調になってる。不満そうだったエイミアの顔も、親に言いくるめられた子供みたいに変化していく。
「ま、まあ、そういうことなら仕方ないかな」
「はい。そんなことより、もうすぐシャルも来ますから、しっかりお祝いしてあげましょうよ」
エリオットくんって、エイミアの『操作方法』を本当に熟知しているんだね。と思っていたら……
「……エリオット」
「はい、なんでしょう?」
満面の笑みで返事するエリオットくん。心なしか、勝ち誇っているようにも見える。
「理屈はわかるけど、それでもわたしは悔しいし、寂しいぞ」
「え?」
呆気にとられた顔で固まるエリオットくんの胸に指を突きつけるようにして、距離を詰めるエイミア。
「この埋め合わせは、他の何かでしてもらうからな」
「ええ!?」
エイミアに上目使いでそんなことを言われて、エリオットくんは傍目にもわかるほど顔を真っ赤にして狼狽えていた。
と、そうこうしているうちに、扉の向こうから足音が聞こえてくる。適当な理由をつけて、レイミさんがシャルちゃんを連れてきたのだ。後はタイミングを計り、扉が開いて入ってきた瞬間にくすだまを割るだけ。
わたしたちはどきどきしながら、扉が開くのを見守った。くすだまの紐はレイフィアが握っている。彼女はどうしても自分がやりたいと言って聞かなかった。発案者は彼女なのだし、その役目は彼女にお願いすることにした。
「くふふ、もうすぐもうすぐ」
うわあ、嬉しそうだなあ……、金の瞳がいつになく輝いて見える。
と、そのとき。ようやく入口の扉が開く。
「ルシア? どこ? 怪我は大丈夫?」
どうやらレイミさん。訓練中にルシアくんが怪我をしたとでも話したみたい。心配そうなシャルちゃんの顔。そこへ軽い音とともにくすだまが割れ、中から紙吹雪やら垂れ幕やらが降り注ぎ、シャルちゃんの頭にかかる。
「きゃあ! な、なに?」
驚くシャルちゃんに向かって、全員が一言。
「シャル! フィリス! お誕生日、おめでとう!」
タイミングを合わせて唱和したその声に、シャルちゃんの顔が驚きに染まる。続いて、自分の頭の上にかかる垂れ幕を掴み、顔から離してその文字を読むシャルちゃん。
そこには、寄せ書きの形で皆からのお祝いの言葉が書かれている。
〈シャル、フィリス。誕生日おめでとう。あなたたちと出会えてよかった。あなたはいつも『いろいろ教えてくれてありがとう』だなんて言うけれど、むしろわたしの方こそ、あなたたちに教えられてばかりよ。これからもよろしくね──シリルより〉
シリルちゃんらしい、丁寧で、でも思いやりのこもった言葉。
〈二人とも誕生日おめでとう。前に俺に言ってくれた言葉、そのまま返すよ。『生まれてきてくれて、ありがとう』。シャルは素直じゃないどさ、俺も含めて仲間のことを凄く大事に思ってくれてることは、よく知ってる。フィリスともども、これからもよろしく頼むぜ──ルシアより〉
ルシアくんてば、このメッセージを書くのに皆の中で一番時間がかかってたんだよね。まったく、どっちが素直じゃないんだか。
〈おめでとう! 二人とも大好きだよ。あ、これを機会に謝っておきます。シャルちゃん、それからフィリスちゃん、ごめんね。ついつい二人が可愛すぎて、いろいろ暴走しちゃうお姉ちゃんだけど、これからもよろしくね。──アリシアより〉
これはあたし。いつもやり過ぎちゃうせいでシャルちゃんに避けられることが多いだけに、こういう機会になんとか挽回しないといけないのだ。なんてね。
〈誕生日、おめでとう。二人がこうした形でこの世界に生まれ、こうして生きていることには、きっと何らかの意味がある。お前たち二人にしかなしえないことが、あるのだろう。だが、そんなことは別にして、我も二人と同じ時を生きることができてうれしく思う。──ヴァリスより〉
真面目で硬い文章だけど、ヴァリスなりの不器用な思いやりが伝わる言葉。
〈おめでとう、シャル、フィリス。他の皆に比べたら付き合いの短い僕だけど、それでも君たちが凄く頑張り屋さんで優しい子達なのは良く知ってる。はじめて一緒に戦った時も、小さいのになんてすごい子なんだろうと感心していたよ。もちろん、今もね。──エリオットより〉
そう言えばエリオットくんとシャルちゃんって、アルマグリッドにモンスターの群れが襲来した際に、二人で一緒に戦っていたんだっけ?
〈おめでとう、二人とも。わたしにとってシャルは、永遠のライバルだ。ともにシリルという師匠から料理の手ほどきを受けた仲間として、切磋琢磨していこう。それからフィリス。『精霊』である君とこうして仲間として過ごせる奇跡を、神ではなく君自身に感謝したい気持ちだよ。ありがとう──エイミアより〉
エイミアの分は、くすだまに入れること内緒にしながら、エリオットくんが言いくるめて書いてもらったものだった。
〈二人とも誕生日おめでとう。僕にとっては、可愛い妹であるシリルの下に、これまた可愛い妹ができたみたいで、すごく嬉しいよ。シリルと出会ってくれてありがとう。君たちと話している時のシリルは、すごく楽しそうだし、僕から見ても成長したなと思えるんだ。これからもシリルをよろしくね──ノエルより〉
ノエルさん、どうしてシリルちゃんのことばっかり書くかな? でも、今ならわかる。これはノエルさんなりの照れ隠しなのだ。そう思うと、ちょっと可愛いかも。
〈シャルさん、フィリスさん。お誕生日、おめでとうございます。お二人が健やかに成長され、今ここにひとつ歳を重ねられたことを喜ばしく思います。これからも健やかに健康的に、可愛く可愛らしく、成長していってくださいね。わたし、楽しみに待ってます。っていうか、13歳ならいいですよね? それに……(途中で文字が消されている)──レイミより〉
これが書かれた時のレイミさんとシリルちゃんの攻防の激しさは、筆舌に尽くしがたいものがあった。っていうか、13歳でも絶対ダメ!
〈はっぴばーすでー! いやっほー! びっくりしたでしょ。これ、あたしが発案者なんだぜ。いいんだよ? いくらでも感謝してくれて。お礼なら、いついかなる時も受け付けるからね。まあ、ちっさいあんたの誕生日なんだから、これくらいのサプライズは必要だと思ったわけよ──レイフィアより〉
これについては解説はいらないかな……。
垂れ幕を持つシャルちゃんの手が、ぷるぷると震えている。その顔は垂れ下がった幕に隠れて見えないけれど、シャルちゃんと、それからフィリスちゃんの二人、その心の中にものすごい感情の波が起こっているのはわかった。
こんなに喜んでくれるなら、やってみてよかったね。
「シャル? ほら、こっちにいらっしゃい」
シリルちゃんが呼んでも、シャルちゃんは身体を震わせたまま動かない。
「シャル?」
「だめ……」
「え?」
「駄目だよ。こ、こんな顔、みんなに見せられないもん……」
けれど垂れ幕は、軽く引っ張るだけで上の部分が外れるようにできている。シャルちゃんの手の震えに合わせ、それははらりと下に落ちる。その向こうには、目に涙をいっぱいに溜め、くしゃくしゃになった泣き顔を浮かべたシャルちゃんがいた。
「ありがとう……、みんな、ほんとに、ありがとう。凄く嬉しいです。フィリスも、そう言ってます……」
ぽろぽろと涙をこぼすシャルちゃんの足元では、金色の子猫『リュダイン』が心配そうに彼女のことを見上げていた。
-誕生日会-
顔を涙で泣き濡らしたシャルの様子に、ある者は微笑を浮かべ、ある者は慌てふためき、ある者は満足そうに胸を張っている。我も微笑ましい気持ちで、一歩、また一歩とおぼつかない足取りのまま近づいてくるシャルを見つめていた。
これだけ喜んでくれるなら、準備に色々と手間をかけた甲斐があったというものだ。
「へっへっへ。どう? びっくりしたでしょ? この企画、あたしが考えたんだぜ」
「レイブィアざん……」
胸を張って立つレイフィアに、シャルは涙声というより鼻声で呼びかける。
「うんうん、まあ、年長者としては当然のことをしてあげたまでだよ……って、どわあ!」
シャルは突然、彼女の身体に抱きついた。顔を胸の辺りに押し付け、しゃくりあげるように嗚咽を漏らす。
「って、ちょっとシャル? 何もそんなに泣かなくてもさ……」
「……」
動揺したようなレイフィアの呼びかけに対し、その胸に顔を押し付けたまま首を振るシャル。というか、あれはまるで……
「ん? ああ! あんた、ちょっと、まさか! あたしの服で涙を拭いてるでしょ!」
「ぐす……ぐす……」
「うわわ! やめ! やめ! あたしの一張羅が!」
レイフィアは慌てふためいて叫ぶものの、泣いた子供が相手ではさすがに突き放すことまではできないようだ。
やがて存分に顔をこすりつけたシャルは、ゆっくりと身体を離し、やけにすっきりとした顔でレイフィアを見上げる。
「レイフィアさん、助かりました。本当にありがとうございます!」
「いやいや! お礼を言うべきは他の件なんだって! 今の、絶対狙ってやってるでしょ!? そんなの卑怯だ!」
きゃんきゃんと喚き散らすレイフィアに笑いを返しながら、シャルは改めて皆の方へ向き直り、ぺこりと頭を下げた。
「みんなの気持ち、すっごく嬉しかったです。わたしの方こそ、これからもよろしくお願いしますね」
折り目正しく、礼儀正しく、しかし、心からの言葉。
「さ、それくらいにして席に着きましょう」
シリルに促され、訓練室の中ほどに設置したテーブルと椅子のある場所へと移動する。実のところ、二階の食堂にあるこれらの備品をこの訓練室に持ち込む作業が一番苦労した。シャルに気付かれないよう、昼食から夕食の間の短い時間に行わなければならず、中央の大テーブルに至っては、その大きさのあまり、一度分解して組み立てることまでしたのだ。
『竜族』である我が、レイフィアから『力仕事担当』とばかりにそんな役目を押し付けられ、その他さまざまな雑用をこなすことになろうとは、少しばかり情けない気持ちにならないでもない。とはいえ、そうした忙しさの中で、気まずかったアリシアとの関係も、どうにか修復の兆しを見せるようになったのは幸いなことだった。
我は、いつものとおり、アリシアの座る隣の席に腰を下ろそうとする。が、一足先にその席には長い黒髪の少女がいた。──レミルだ。実体化すらできていない彼女だが、そうして椅子の上に腰かけた体勢で姿を見せている以上、そのまま椅子に腰かけるのも難しい。
どうしたものかと思ってアリシアを見るが、彼女は我と目が合うと、ぷいと横を向いてしまう。
修復……できたのではなかっただろうか?
仕方なく一つ離れた席に腰かける。
「さ、それじゃ食事にしましょう。みんな、グラスを持って」
グラスに注がれたレイミ特製果実ジュースを片手に、全員が改めて立ち上がり、乾杯を交わす。それからは、シリルやレイミが作った料理をつまみつつ、和やかな雑談が始まった。
「さっきはごめんなさい。レイフィアさん。ちょっと照れくさかったんです」
「ん? ああ、そうね。わかってるよ。あたしは器が大きいから、シャルが照れ隠しでやったことくらい、とっくに見抜いていたのさ」
得意げな顔で言うレイフィア。
「なるほど。さすがはレイフィアさん。すごいですね」
「……あれ? なんだか馬鹿にされてる気配がするぞ」
「気のせいですよ」
どうやら彼女の言う『年上としての威厳』とやらは、まったく取り戻せてはいないようだった。
「シリルの時の誕生日会もよかったけど、やっぱこういうのはいいな。なんか俺、胸にじんとくるものがあるよ」
左の席に腰かけたルシアが会場を見渡しながら、しみじみと我に声をかけてきた。
「確かにな」
それには同感だが、我にはどうしても自分の右手側の様子が気になってしまう。
先ほど、レミルのせいで一つ空けたアリシアの隣。そこにはなぜかシリルが腰かけている。シリルとアリシアは時折シャルを交えつつ、楽しそうに雑談を続けているが、どうにも入り込める雰囲気ではない。そんな気配をひしひしと感じるのは──そして我が話しかけようとしたときに限って二人の話が盛り上がるのは、果たして気のせいなのだろうか? まるで無言ならぬ、多言の拒絶といった有り様だ。
「どうかしましたか、ヴァリスさん?」
そう声をかけてきたのは、皆に甲斐甲斐しく給仕を続けているレイミだった。
「い、いや、特にどうだという訳ではないのだが……」
答えながらも我の視線は、気付けば楽しげに笑いあうアリシアたちに向けられている。
「うふふ。わたしから忠告してあげますね」
「なに?」
「男女間のすれ違いって、小さいようでいて根が深いことも多いんですよ? 何か問題があるのなら、曖昧にしたり、うやむやにしたり、なし崩しにしたりするのは避けた方が得策です」
「む……」
なんとも耳の痛い言葉だ。忙しさにかまけて『何となく』で仲直りしたつもりになることの危険性を、もっと認識すべきだということかもしれない。
「まあ、なんだかんだで、アリシアさんはヴァリスさんのことが大好きなんですから、しっかり謝れば許してくれますよ」
そう言って我のグラスにジュースを注ぎ足し、離れていくレイミ。この会が終わったら、ちゃんと彼女に謝りに行こう。確かに悪いのは、我なのだから。
──などと思っていたところで、我は思いのほか強い力で肩を叩かれるのを感じた。
〈なんだ、情けない顔をしおってからに。それでも貴様、グランの眷属か?〉
ファラ殿だった。やけに上機嫌で、ばしばしと我の肩を叩いてくる。見れば、彼女の片手にはグラスがある。実体化すると飲み食いまでできるのだろうか?
「ファラ殿か……。そう言えば、ファラ殿とは話しておかねばならぬことがあったな」
〈む? なんだ?〉
言いながら、先ほどまでルシアが腰かけていた席に腰を下ろすファラ殿。ルシアはいつの間にか席を立ち、他のメンバーの傍で話し込んでいるようだ。
「以前、竜王様の元にお連れすべきだろうかと聞いた時の話だ。その時は不完全な姿では会いたくないと言っておられたと思うが……」
〈む、そ、そんなこともあったかな?〉
ファラ殿は、何故か焦ったように視線を泳がせる。
「すでに実体化も問題ないようだが、今もまだ難しいだろうか? 竜王様もきっと首を長くして待っていらっしゃるはずだ」
〈わ、わかっているとも。だが……どんな顔で話したものか〉
ファラ殿はためらいがちに返事をしている。かつて親しかった友人とはいえ、千年ぶりに再会しようというのだ。不安や戸惑いはあって当然だろう。
と思っていたところへ、ノエルが声をかけてきた。
「確か、『竜の谷』はパルキア王国だったね。あそこにはちょうど【風の聖地】ラズベルドがあるし、後でついでに寄ってみようか?」
「かたじけない」
我はノエルの気遣いに感謝した。だが、彼女は気にしなくて良いとばかりに手を振ると、引きずってきた椅子を手近な場所に置いて腰を掛ける。すると、すかさずレイミが近場に側机をセットし、紅茶の入ったカップとソーサーを置いていく。
「前から訊いてみたかったんだけど、教えてもらってもいいかな。ファラ?」
湯気が立ち昇るカップを手にしたまま、何気ない口調でノエルが尋ねる。
〈なんだ?〉
「【魔鍵】と『扉』についてだよ。僕ら『魔族』の間では、【魔鍵】は『神』の復活のための鍵であり、【オリジン】を魂に抱く者だけが『神』の復活に立ち会う栄誉が得られる……だなんて言われてる。でも、肝心の原理に関してはさっぱりなんだよね」
〈原理……か。まあ、そんなに難しい話ではないが、なぜ今になってそんなことを訊く?〉
確かに言われてみれば、気になることではある。とはいえ、ノエルの質問は唐突の感が否めない。
「シリルのことで……ちょっとね。彼女は『最高傑作』として生み出された。それは世界律再構築の術式を使うに足る『古代魔族』の再現のためだ。けど、そもそもの話、異世界に消えた神々を呼び戻すより、目の前の『扉』を開いて『神』を復活させる方がよほど現実的じゃないか?」
なるほど。だが、『魔族』はその方法を採らなかった。ならばそこには、何らかの理由があるはずだ。
ノエルの問いかけに「隠すようなことでもないしな」と前置きをしてから、ファラ殿は重々しく口を開く。
〈『神』は、各々が【想像世界】と呼ばれる精神の器を世界に構築している。わかりやすく言えば、世界の外側に小部屋を創り、その中から世界に顔を出すような形で、『神』はこの世界と関わっているのだ〉
『神』が持つ精神世界か。『竜族』が有する【マナ】の増幅変換機構【内包世界】にも通じるところがあるだろうか?
我がそう言うと、ファラ殿は鷹揚に頷きを返す。
〈そうだな。『竜族』が世界の一部を飲み込んで内包する存在だとするならば、『神』は己の世界を吐き出して具現化する存在だと言えるかもしれない。……まあ、話を戻そう。つまり、『扉』とは文字どおり、【想像世界】とこの世界を繋ぐ小部屋の入口のことなのだ〉
「なるほど。じゃあ、なぜ『魔族』や人間に宿る必要があるの?」
ノエルは興味深そうに身を乗り出している。
〈『神』は自分の精神に甚大な被害を受けた場合に、【鍵】となる意識の欠片のみを世界に残し、己の【想像世界】に退避する。その場合に、この世界との接点となるものが、【オリジン】なのだ。『扉』を開けるには【オリジン】を成長させ、成熟させたうえで【鍵】を使う必要がある。ルシアの場合、わらわの【オリジン】をほぼすべて有していたがゆえに手っ取り早くはあったが、逆に言えば……〉
「通常の人間に宿る少ない【オリジン】では、『扉』にはならないんだね? それはわかるんだ。でも、だったらどうしてシリルは……」
〈うむ。わらわが見る限り、シリルの中の【オリジン】は特定の『神』のものではない。まるで、無理矢理かき集めて強引に『古代魔族』として必要となる【オリジン】の総量を満たしているかのようだ〉
「……量ではなく、性質の問題で彼女には『扉』を開けないと?」
〈そうなる。なぜかは知らんが、今の世界では各々の『神』の【オリジン】は、あり得ないほど細分化されて散っているようだ。わらわとて、世界全体を確認できるわけではないがな〉
「……細分化? 数百年かけてもなお、『神』が形を取り戻せないほどに? ……本当かな?」
ぶつぶつと何事かをつぶやくノエル。
「……ありがとう。だいぶ参考になったよ。ごめんね。楽しいパーティの中でこんな難しい話をさせてしまって」
そう言って微笑むノエルには、今の話に何か思うところがあるようだ。だが、恐らくは聞いても答えまい。シリルのためにあらゆる情報を収集・分析し、その結果を知らせるか否か、またはそのタイミングですら、シリルにとってベストと思われるものを考えているはずだ。
皆が我を忘れて楽しもうとするパーティの中ですら、そうした姿勢を貫いているノエル。万全主義者の彼女の性格は、心強くもあると同時に、厄介なものでもあった。