第141話 はじめての痴話喧嘩/不満と愚痴と決意表明
-はじめての痴話喧嘩-
魔導船『アリア・ノルン』に戻った俺たちは、今後の方針を改めて確認するため、会議室兼食堂となっている例の部屋に集まった。夕食の時間も近いが、流石に食事をしながら話をするという雰囲気でもないため、俺たちの前にはそれぞれレイミが持ってきてくれた果実ジュースのみが置かれている。
「……フィリスの話を総合すると、『ジャシン』は世界中の【聖地】に眠っているということだけど、彼らが目覚めると、どんな問題が起こるのか? それを考えないとね」
ノエルが壁面のモニタに世界地図を表示させつつ、口火を切った。
「え、えっと……正確には、『ジャシン』を眠りにつかせるために『精霊』が集まり、結果としてそこが【聖地】になったんです。今ではそれが世界を正常に保つための【マナ】の結節地点になったわけですけど……存在だけで世界律を歪める彼らが、そんな場所で目覚めれば、世界全体が大変なことになります」
答えたのはシャルだった。『精霊の森』でフィリスが話してくれた内容は、彼女が『精霊』であるせいか、かなり感覚的・抽象的でわかりづらかった。今のは多分、それをシャルがわかりやすく整理して話してくれているのだろう。
「でも、世界中で復活しているかもしれない『ジャシン』すべてを相手にするのは、難しいだろうね。他の場所だって放っておくべきじゃないかもしれないけど、少なくとも重要な結節地点である【四大聖地】だけは、どうにか護らないといけないわけだ」
そこまでは論じるまでもなく、既に結論としてあった話だ。ちょうど俺たちが廻ろうとしている【聖地】である以上、そこには何の問題も生じない。問題なのは……
「そもそも、その『ジャシン』って奴らが、簡単に『ぷちっ』とやっつけられる連中かどうか、が問題だよね」
気楽な調子で口を挟んできたのは、レイフィアだった。
「……うん。『真算』のラディスは、『魔神』のことを『ジャシン』のカケラである【ヴァイス】を持った生物だって言ってたから……」
アリシアは、そこで言葉を途切れさせる。つまり、カケラだけで『魔神』を生み出すような化け物。それが『ジャシン』だ。過去には、『神』ですら滅ぼしている連中でもある。そんなものに俺たちだけで対抗できるかどうか。そこが一番の問題だった。
「目覚めたと言っても、彼らには憎むべき『神』がいません。今の彼らを歪ませているのは、世界の生きとし生けるものへの嫉妬心だけ。想うだけで世界を歪ませる彼らの力の源泉は、負の感情です。憎しみの対象を持たない彼らは、昔ほど強くはないかもしれません」
「なら、勝ち目はあるのか?」
俺が問うと、シャルは難しい顔で目を伏せる。
「……わからない。だって、わたしたちの中には【オリジン】があるんだよ? あの子たちがそれに反応して憎しみを抱かないとも限らないし……」
「……必ずしも、戦わなくちゃいけないって決まったわけじゃないでしょう?」
「だから……え?」
シャルは、途中で口を挟んできたアリシアを驚いた顔で見つめ、言いかけた言葉を飲み込んだ。
「実際に『あの子』たちの意識に触れて……フィリスちゃんの話を聞いて、思ったの。『あの子』たちは、今でも救いを求めてる。確かに『あの子』たちは、神様を憎んで一度は滅ぼした。でも本当は……認めてほしい、愛してほしいと願ってる。あたしは『あの子』たちを助けてあげたいの」
「ならば、どうするというのだ?」
ヴァリスの問いかけに、アリシアは決意に満ちた顔で言う。
「あたしが呼びかけてみる。レミルも『あの子』たちに謝りたいって言ってるの。目を逸らさずに正面から向き合いたいって、言ってる。だから、あたしはレミルに協力したい」
椅子に腰かけるアリシアの膝の上には、いつの間にか長い黒髪の少女がいた。少女はアリシアと同じく、決意に満ちた目で頷いている。
〈……つくづく申し訳ない。先だっての言葉は、お前に関しては取り消させてほしい。『神』でありながら、己が生み出した罪に向かい合うことなど、並大抵の勇気と覚悟でできることではない。わらわは、レミル、君に敬意を表したい〉
俺の背後で実体化したファラは、そんなレミルに深々と頭を下げた。一方のレミルは、アリシアのおかげだと言いたげに、彼女を見上げながら首を振る。
と、その時だった。
「──駄目だ。アリシアに危険が及ぶような真似を容認するわけにはいかない」
ヴァリスだ。彼は厳しい顔つきで言葉を続ける。
「よく考えてみろ。こちらの想いが通じる保証などないのだぞ? そんな悠長なことを考えている間に、もしものことがあったらどうする。我は反対だ」
「でも、ヴァリス。あたしは……!」
語気を強めようとしたアリシアに、ヴァリスは畳み掛けるように繰り返す。
「駄目だ。我はお前を失いたくないのだ。もう、あの時のようなことは御免だ。だから、お前を危険にさらすような真似は許さない。……わかってくれ」
アリシアがフェイルにさらわれた時のことを思いだしてか、最後は絞り出すような言葉だった。
しかし、アリシアは──
「……わからないよ」
「なに?」
「わからないって言ったの! あたしは、『あの子』たちを助けたい! それの何がいけないの?」
「だから、言ったはずだ! 危険すぎる!」
突然始まった二人の言い争いに、皆が驚いて目を丸くしている。特にシャルなんかは傍目にもわかるくらい、おろおろと二人の顔を見比べていた。
「危険だったら、あたしは何もしちゃいけないの? ヴァリスの背中に隠れて、びくびく震えていなくちゃいけないの?」
「そんなことは言っていない!」
「言ってるじゃない! あ、あたしは、あたしはヴァリスの物じゃないんだよ? あたしにだって意思はあるの。やらなきゃならないって思うことがあるの。どうして、そんなこともわかってくれないの?」
アリシアは椅子を蹴って立ち上がり、勢いのままに部屋から飛び出していく。
「アリシア!」
そんな彼女を追いかけようと立ち上がりかけたヴァリスだが、俺がその肩を押さえる。
「ルシア?」
「今追いかけても逆効果だよ」
「だ、だが……」
「いいから落ち着けって。まったく……事の是非はともかく、今のはヴァリス、お前の態度に問題があったんだぜ? だから、今は待て」
「……わかった」
こういうところは、ヴァリスは素直だ。度量が広いと言うべきだろうが、そんな彼でも、アリシアのこととなると、ああも頑固で狭量になるんだから、げに恋とは恐ろしきかな、だな。
「アリシアの様子は、わたしが後で確認するわ。でも、ヴァリス。考えておいて。実際のところ、『ジャシン』を相手に正面からぶつかって勝てる保証こそ、まったくないのよ? 戦闘以外で解決できる手段があるなら、選択肢として考えないわけにはいかないわ」
「ああ、わかっている。少々、取り乱してしまったようだ。我は『竜族』だというのに、情けないことだな。……少し、席を外させてもらおう。いや、追いかけるつもりはない。別の場所で頭でも冷やしてくる」
ヴァリスはシリルの言葉にうなずくと、ゆっくりと立ち上がり、部屋を後にした。部屋の扉が閉じる音が響き、場には静寂が戻る。なんとなく気まずい雰囲気が漂う室内。だが、俺たちの中には、空気を読まないことにかけては天才的な人物が一人いた。
「いやあ、すごかったね。痴話喧嘩。もしかして、このまま破局かな?」
「口を開くと、ろくなことを言わないわね。あなたって……」
シリルは、レイフィアを軽く睨みつけながらぼやく。
「結局、アリシアのいう呼びかけが上手く行くかは未知数だし、少しでも戦力を高められるような準備は必要かもしれないね」
「そう言えばノエル。次はどこに向かうんだ?」
「……まったく君は、話を聞いてなかったのかい? 人が住む土地としては最南端にあたる砂漠地帯──その中にある【火の聖地】フォルベルドだよ。巡る順序としては、あそこから行くのが一番ちょうどいいからね」
むう、またしてもノエルに呆れられてしまった。だが、彼女の顔は何となく楽しそうだ。
「……もうひとつの懸案事項も気に留めておくべきだと思うのだが」
と、そこでそれまで黙って話を聞いていたエイミアが口を挟む。
「なんだい?」
「『パラダイム』だ。彼らは『ジャシン』の復活を目論んでいたのだろう? ならば、彼らは復活した『ジャシン』をどうにかするつもりなのではないか?」
確かに、エイミアの言うとおりだ。『真算』のラディスこそ俺が殺したが、『パラダイム』自体はいまだ健在のはず。今までの連中のやり口から見て、エイミアの言う『どうにか』が悪い方向のものである可能性は高い。
「できれば忘れたかったんだが、フェイルのこともあるしな」
と俺が言えば、
「セフィリアのことも心配です……」
シャルがぽつりとつぶやいた。
つまり、問題は山積みのままだ。
でも俺たちは、いつでも、どんな難題でも皆で乗り越えてきた。だから、これからだってきっと大丈夫。それだけは自信を持って断言できる。
「うーん、お二人が席を外してしまったのでは、夕食はもう少し後にした方がいいですね」
レイミは何事もなかったかのようにそんなことを言いながら、果実ジュースのお代わりを注いでくれている。
──夕食はさらに気まずい雰囲気だったが、終始無言で乗り切った。見ている方が恥ずかしくなるぐらいに仲睦まじかったあの二人が、目も合わせようとしないのだ。そんな状況で、まともな会話なんてできるはずもない。
早々に食事を切り上げ、俺は身体を動かすべく、昇降機を下りて訓練室へと向かう。『ジャシン』と戦うか否かはともかく、鍛錬を怠けていいことはないだろう。
広い訓練場に入ってすぐ、俺は妙な違和感を感じた。そう、かつて俺がいた世界において、敵国に侵入した時の感覚だ。……つまり、待ち伏せされている。
「……おっと」
部屋に足を踏み入れながら、俺はとっさに後ろへ下がる。直後、ぼとりと目の前に何かが落ちた。……靴?
「あー! なによけてんの? 普通そこで避ける? もっと空気を読んでよね!」
「お前にだけは言われたくねえよ……」
入口脇の死角となる場所に、レイフィアが立っていた。彼女は何故か手に紐のようなものを握っており、その紐は足元に落ちた靴に結ばれている。
「なあ? 一度聞いてみようと思ってたんだが、レイフィアっていくつなんだ? やってることが子供過ぎるだろ」
「うわ、引くわー。普通、女性に年齢とか訊く? デリカシーが無いんじゃない、ルシアって」
「心底引いています」といった憎たらしい顔でそんなことを言ってくるレイフィア。
「ますます、お前にだけは言われたくない台詞だな……」
「まあ、いいや」
「いいんだ……」
相変わらず、猫のように気まぐれな女だ。
「これにはちゃんと意味があるんだって」
「なんだよ?」
「ん? サプライズ?」
「疑問形で言うな。わかんねえよ」
いかん。ついつい口調が乱暴になってしまう。どうも彼女が相手だと、丁寧な言葉遣いをする気になれないんだよな。
「ほら、アリシアに聞かなかった? 実はね、もうすぐ、シャルとフィリスの誕生日なんだぜ!」
「……」
俺は黙って彼女の頭に拳骨を叩き込む。こういう場面で俺が女性に手をあげるのも、もしかしたら初めてかもしれない。
「お前の生まれ故郷じゃ、誕生日のお祝いに相手の頭に靴を落とす習慣でもあるのかよ!?」
「いったいなあ! 違うってば。……くすだまの代わりだよ」
頭を押さえ、金の瞳で俺を睨みながら言うレイフィア。
「……ああ、なるほどな」
「そう、なるほどなのだ。だから、ルシア。あんたにもあたし主演のサプライズ企画に協力してもらうからね?」
お前主演じゃ駄目だろうが、と駄目出しを入れながらも、俺は苦笑する。意外とレイフィアにもいいところがあるみたいだ。
-不満と愚痴と決意表明-
夕食後、わたしはアリシアの姿を探した。部屋には戻っていないみたいだけれど、一体どこに行ったのだろう? 船内をうろつきまわっていると、食事の後片付けを終えたらしいレイミに声をかけられた。
「あら? どうなさったんですか、シリルさん」
「ああ、レイミ。アリシアを見なかった?」
「アリシアさん、ですか? そう言えば、甲板に出ていくところをお見かけしたような……」
「甲板? 大丈夫なの?」
「ええ、今はそんなにスピードも出ていませんし、自分から飛び降りでもしない限り、大丈夫ですよ」
「そ、そう……」
飛び降りはしないだろうけれど、少し心配になってしまった。
「行ってみる!」
「あ、わたしもご一緒します」
「え?」
「実はわたしもお月様を見ようと、甲板に向かうところだったんです」
「お月様? えっと……」
「わたしの趣味なんです」
意外だった。まさかこの変人キワモノメイドさんに、月を愛でるだなんて高尚な趣味があろうとは。
「うふふふふ。何を考えているか、丸わかりですよお?」
「う……! ま、まあ、いいわ。なら、一緒に行きましょう」
もしものことを考えれば、人手は多い方がいいかもしれない。わたしはレイミと二人、昇降機に乗って甲板へと向かう。
上がった先は甲板上に設けられた船室のような小屋。そこは応接室兼ノエルとレイミの私室になっている。
「おや? どうしたんだい? 二人して」
「アリシアが通らなかった?」
「え? ああ、そう言えば通ったね」
「いつごろ?」
「ついさっきだけど……」
「そう、ありがと!」
「ではでは~」
呆気にとられるノエルを置いて、わたしとレイミは甲板へと出た。
「ほら、シリルさん。アリシアさんがいましたよ?」
レイミが指差す方を見れば、アリシアが甲板の手すりに寄り掛かり、腰を下ろしている。セリアルの塔での事件の際に、彼女は『星光のドレス』を奪われてしまっている。そのため、今では綺麗なワンピースを身に着けているのだけれど、魔法の防護があるわけでもない服のこと、夜の甲板では少し肌寒い恰好ではないだろうか?
「アリシア?」
わたしは丁寧に呼びかけながら、ゆっくりと彼女に近づいていく。レイミは傍観者を決め込むつもりのようで、ついては来なかった。
「……あ、シリルちゃん」
ぼんやりとした顔で、わたしを見上げてくるアリシア。その隣には、心配そうに彼女の顔を覗き込むレミルの姿があった。
「ごめんなさい。あたしのせいで、皆の楽しい雰囲気をぶち壊しにしちゃって……」
「何言ってるのよ、あなたは全然悪くないわ」
わたしは言いながら、彼女の隣に腰を下ろす。すると、ふわりと何かがわたしを包むのを感じた。
「シリルちゃんには、『紫銀天使の聖衣』があるから寒くなんてないかもだけど……」
「えっと、これって、【魔鍵】の力?」
「うん。“抱擁障壁”。レミルのおかげでこんな使い方もできるようになったんだ」
「そう、すごいわね」
「うん。あたしだって、強くなったんだけどね……」
アリシアは抱えた膝に顔を埋めるようにして息をつく。
「もちろん、ヴァリスがあたしを心配してくれてるんだってことは、わかってるんだよ? だから、あんな言い方しちゃったことは反省してるんだ。でも……」
「だから、何を言ってるの?」
そんな彼女の様子に、わたしはあえて苛ついたように語気を強めた。
「え?」
「あなたは全然悪くないわよ! 悪いのは全部、ヴァリスじゃない! まったく、黙って聞いてれば、失いたくないだの、危険な真似はさせられないだの、勝手なことばかり言っちゃって。馬鹿みたい。あなたの言うとおり、アリシアはヴァリスの物じゃないんだから!」
「え? え? シ、シリルちゃん?」
「いい? アリシア」
「は、はい、何でしょう」
わたしの剣幕に驚いてか、なぜか敬語のアリシア。気づけばレミルまでもが彼女の傍に正座し、びくびくしながらわたしの顔を見上げている。
「この件に関しては、わたしは全面的にあなたの味方だからね。いつまでも護られてばかりじゃないって、わからせてあげるのよ!」
「う、うん」
「だから、絶対に自分から謝ったりしちゃ、駄目よ。いい?」
「え、えっと、あたし、てっきり仲直りを勧めに来てくれたんだと思ってたんだけど……」
ここまで来て、まだ見当違いのことを言うアリシア。わたしはぶんぶんと頭を振った。
「仲直りはヴァリスから謝らせるべきよ。だって、あっちが悪いんだもん。そうでしょ?」
アリシアは、何かを探るようにわたしの顔を見つめてくる。
「ふふふ!」
突然笑いだすアリシア。
「ちょ、ちょっと、人の顔見ていきなり笑わないでよね。気になるじゃない」
「ごめんなさい。でも、あたしにはそこまで見抜かれちゃうだろうことがわかってて、それも含めて、あたしを慰めに来てくれたんでしょ?」
「う……」
わかっていたことだけど、アリシアには嘘がつけない。
「ありがと。シリルちゃんがそこまでヴァリスのことをこき下ろしてくれて、胸がすっとしちゃった。だから……ふふふ、今度はシリルちゃんの番だね?」
「うう……」
今さらアリシアに向かって恥ずかしいも何もないのだけれど、そう言えば、この場にはレイミもいたような……
「お月様が綺麗ですねー」
そんな声が聞こえてくる。うう、わざとらしいわよ、レイミ。今さらながらに後悔したわたしだけれど、アリシアは止めてくれるつもりはないようだ。
「ほんとに、ルシアくんも鈍いよねー」
始まった。始まっちゃった。どうしよう。
「こんなに可愛い女の子がすぐそばにいるのに手を出さないなんて、ほんとに男の子なのかな?」
「……」
何を言い出しているのよ、あなたは。そう言いたかったけれど、言葉が出ない。
「悠長に構えちゃってるみたいだけど、シリルちゃんが他の男になびくわけがないとか思って、安心しちゃってるんじゃないかな?」
「……」
ほ、他の男になびくって……
「少しは焦らせてあげた方がいいんじゃない? 早く捕まえてくれないと、どっかに行っちゃうぞって」
「……」
は、恥ずかしい……。どうしてアリシアは、こうも的確な言い回しが出来るのかしら?
「やっぱり、コクハクは男の子からしてもらわなきゃね?」
「お願い。もう許して!」
とどめの一撃に、思わず叫んでしまうわたしだった。
わたしが彼に抱えている不満なんて、彼女にはお見通しだった。でも、的確に心をえぐる言葉を選択するあたり、アリシアもレイフィアに似てきちゃってるんじゃないかしら?
「うそでしょ!? 彼女に似ているなんて言われたら、あたし生きていけないよ!」
わたしの感想が伝わってしまったらしい。アリシアは驚愕の表情を浮かべながら、ぶんぶんと水色の髪を振り乱してわめく。
「……あなたがそこまで言うなんて、レイフィアも相当なものよね」
「うう、シリルちゃんはわかってないんだよ。彼女の性格の悪さ。凄いんだよ? いつも誰かの弱みに目を光らせててさ……それを見つけた時の喜びようったら、獲物を見つけて舌なめずりをしてる猫みたいなんだよ? その対象が自分だった時の気持ち、シリルちゃんにも教えてあげたいぐらいだよ……」
「見えすぎるのも、考えモノね」
今まさに自分の喉もとに喰らいつこうとする相手の心理が見えてしまうとなると、さすがに同情してしまう話だった。
──と、そのとき。
「……噂をすれば、ね」
わたしは甲板を歩く足音を聞き、そちらに目を向けた。
「う、ひい!」
何故か悲鳴を上げるアリシア。タイミングが悪すぎだった。
「なに? なんなのよ、二人して人の顔見てびっくりしちゃってさ」
しかし、意外にもレイフィアはアリシアをからかいに来たのではなかったみたいで、不思議そうな顔をしている。
「何か用?」
いまだにびくびくしているアリシアの代わりに、わたしが尋ねる。
「うん。ちょっと協力してもらいたいことがあってさ」
「何かしら? 人様の迷惑になったり、倫理的に許されないことだったりするようなら、協力できないわよ」
「……ふーん、シリルってあたしのことをそんな目で見てたんだ?」
さすがに言いすぎたかしら? 彼女にしては珍しく、少し傷ついたような顔をしている。
「あ、いや、その、えっと、ごめんなさ……」
「まあ、いいや。それよりさ……」
「いいのね……」
ただ謝まろうとしただけなのに、すごく損した気分にさせられた。まさか、わかっててやってるわけじゃないでしょうね?
「……おーい、聞いてる?」
「あ、ごめんなさい。何だったかしら?」
考え事をしてしまったせいで、彼女の言葉を聞き逃してしまったようだ。
「まったくもう、人の話はちゃんと聞かないと駄目だよ?」
「……なんだか、あなたにだけは言われたくない台詞よね」
気の抜けた声でつぶやくわたし。
「ほら、アリシア。聞いてたんでしょ? シリルにも教えてあげなよ」
「え? あたし? もう、すっごく偉そうだよね……」
「いいからいいから」
レイフィアに促されてアリシアが教えてくれたところによると、要するにシャルの誕生会を開きたいという話だった。シャルとフィリスの誕生日は3日後だ。もちろん、わたしもアリシアも誕生日プレゼントは用意しているし、ちょっとした催しぐらいは考えていないでもなかった。
けれど、レイフィアはどうせやるなら派手な方がいいし、本人には内緒で準備を進め、驚かせてあげた方が喜ぶだろうと提案してきた。
「どういう風の吹き回し?」
わたしは意外に思って彼女に尋ねたのだけれど、彼女はきょとんとした顔で首をひねる。
「ほえ? シャルとフィリスの誕生日でしょ? 祝って当然じゃん」
「まさか、あなたからそんな言葉が聞けるなんてね」
ひねくれ者のレイフィアにまで、こんな風に真っ直ぐ好かれるだなんて、シャルは本当に大したものだと思う。けれど、それだけで終わらないのがレイフィアだった。
「くふふふ。見てろよ、シャルめ。年下の癖にいつもあたしのことを『手間のかかる妹』みたいな扱いしてくれてからに……。今度という今度は、あたしが年上なんだということをわからせてやるんだから!」
レイフィアの意味不明な決意表明の叫びは、満天の星空の中へと吸い込まれていく。
「うふふ、今日もお月様は素敵です。明日からまた、騒がしくなりそうですねえ」
そんなレイミの声が聞こえてきた。口の軽いエイミアには秘密にしておくとしても、今回のサプライズ企画には、料理その他の面も含め、彼女の協力は必要だろう。
わたしは反動をつけて勢いよく立ちあがると、彼女の声がする場所へと歩いていく。そして、そこでわたしが見たものは……敷物も何もない甲板の上で、仰向けで寝ころぶレイミの姿。
「あら、シリルさん。お話は終わりましたか?」
「え、ええ……」
「それではひとつ、お願いがあるのですけど」
「な、なにかしら……」
嫌な予感を覚えつつも、一応訊いてみる。
「どうかこのまま、その可愛いおみ足でわたしのことを踏んでください! 最高のアングルなんですう!」
「『ファルーク』! 踏んであげなさい!」
肩にとまらせていた『ファルーク』を巨大化させ、けしかける。
「ああん! そんな殺生な! ……あれ? でもこれはこれで……可愛い女の子の可愛いペットに足蹴にされるわたし……ありかもです!」
「何が『あり』なのよ!?」
ほんとにこのメイドさん、なんとかならないのかしら……。