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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第14章 時の楔と聖地の巡礼
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幕 間 その26 とある少女の願い

     -とある少女の願い-


 生まれた時からわたしには、何でもできた。


 わたしがしたいと思うことを、邪魔するものは何もない。地を駆けたいと願えば、何処までだって駆けることができた。空を飛びたいと願えば、どこまでだって飛ぶことができた。


 でも、わたしは、それをしようとは思わなかった。それをすることが、わたしをどれだけ寂しくするか、幼心にわかっていたから。


『ローグ村』


 わたしが生まれ、わたしが育った小さな村。

 山間に設けられたその村は、山で採れる木の実や山菜、狩りで獲ってくる獣の肉で生活を成り立たせている。小さな畑もあったけど、山の恵みこそがこの村の生命線だった。


「セフィリア。今日もお願いね」


「うん」

 

 わたしは山で山菜を摘むのが得意だ。そういうことになっていた。本当は、何でもできるけど。どんなものでも獲ってこれるけど。でも、それをしてはいけないのだと、わたしにはわかっていた。


 何でもできるということは、他の人とは『違う』ということだから。他の人にできないことができてしまうのは、いけないことだから。『違う』ということは、一人ぼっちだということだから。


 寂しいのは嫌。一人は嫌い。


 村にいる同年齢の子供たちと遊ぶときは、特に気を遣った。手加減をした。仲間外れにされないように、わたしはみんなと同じであろうと頑張った。お父さんもお母さんも、わたしを『出来の良い子』だと褒めてくれる。友達もみんなわたしを凄いと褒めてくれる。村の大人たちは優しくて、わたしはみんなが大好きだった。


 みんなと『同じ』でさえあれば、わたしの世界はこんなにも幸せなんだ。わたしのやり方は間違っていないんだ。そう信じていた。


 ──山に入り、わたしはいつもの通りに山菜を探す。ざっと見た限り、近くには見当たらない。


「気を付けてたはずだけど、最近ちょっと採りすぎちゃったかな?」


 そんな独り言を言う。近場に無ければ、別の場所を探せばいい。他の人には無理な場所でも、わたしに辿り着けない場所なんてないのだから。


「うん。周りには誰もいないし、行ってみようかな?」


 わたしは跳ねる。木々の間を、梢の上を、岩場の陰を、跳ねていく。


 村のお爺さんが「最近身体が重くてねえ」なんて、口にしていたのを聞いたことがある。でも、わたしにはその気持ちがわからない。身体が重い? 身体はこんなにも自由に動く。


「うん、きっとこの辺ならありそうね」


 わたしは深い谷底の上に浮かびながら、あたりをきょろきょろと見回した。


「あった」


 はやる気持ちがわたしを動かす。いっぱい山菜を採って帰り、お父さんやお母さんに褒めてもらいたい。目を付けた場所まで、目測で百歩分の距離。わたしはそれをほぼ一瞬で駆け抜ける。


「うふふ、いっぱい」


 わたしは心の中で摘み取られる山菜にお礼と謝罪の言葉を言いながら、背中の籠へと詰めていく。


「うん。こんなものね」


 誰もいない山の中では、わたしは本当に自由だ。飛び回り、跳ね回り、時には川で泳ぎまわって、遊び続ける。別に怠けてるわけじゃなくて、早く帰りすぎては不審に思われてしまうから。


「そろそろ帰ろうかな? 今日もいっぱい採れたしね」


 わたしは夕暮れ時の空を見上げ、帰路につく。


「お帰り、セフィリア。今日はどうだった?」


「ただいま、お母さん!」


 わたしは玄関から勢いよく中に飛び込み、お母さんのお腹に抱きついた。


「あらあら、この子ったら……」


 困ったような、でも優しい声でお母さんはわたしの頭を撫でてくれる。わたしはお母さんのことが大好きだった。


「おお、すごいじゃないか。セフィリア」


 後ろからお父さんの声がする。


「あら、お帰りなさい。ちょうどいいタイミングね」


「うん。ちょうどセフィリアが入っていくのが見えたからね」


 お父さんは、わたしを抱えたままのお母さんと軽く抱擁を交わす。いつ見てもラブラブな二人は、わたしの自慢の両親だった。


「それにしても、本当に大したものだな。セフィリアは。最近山菜の収穫量もめっきり落ちているんだが、よくこんなにたくさん採ってこれるものだ」


「うふふ。頑張って探したんだよ?」


 わたしが笑うと、お父さんは優しく微笑んでわたしの頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。


「うんうん。僕はいい娘を持った。こんなに可愛くて器量よしで、山菜採りまで得意な娘なら、どこに嫁に出しても恥ずかしくはないな」


「あらまあ、嫁に出していいの?」


「いや! 駄目だ! セフィリアは僕の大事な娘だぞ? そう簡単に、どこの馬の骨とも知れない男にくれてやるものか!」


「さっきと言ってることが逆よ? お父さん」


「いいんだよ」


 照れたように笑うお父さんも、わたしは大好きだった。


 わたしの大好きなローグ村。

 わたしの大好きな人たち。

 わたしの……『すべて』。


 けれどある日、山菜採りから戻ったわたしは、村の皆が困った顔で集会場に集まっているのを見た。普通の人では聞こえないだろう距離から、わたしは聞き耳を立ててみた。


「最近の収穫量は減る一方だ。このままじゃ村の食料が……」


「どうにか畑を増やせないか?」


「増やしてもろくに育たないじゃないか。最近の日照りが原因かもしれないが……」


「山の獣も少なくなってる。これはただ事じゃないぞ」


 遠くから見つめるわたしの目には、お父さんの姿も映っていた。


「まさか、山の蛇神様がお怒りになっているのではないじゃろうか?」


 村一番の長老様の声。その声に、全員がはっとなって長老様を見る。


「蛇神様がですか?」


「うむ。そうじゃ。ここ最近、村の若者どもは蛇神様をたたえる儀式をしておらんではないか」


「狩りをした獣を捧げる儀式、ですよね?」


「うむ。山の蛇神様は文字どおり、山の恵みを支配する神様じゃ。わしらが蛇神様をないがしろにしたことを、お怒りになっていてもおかしくはない」


 蛇神様。そう言えば、わたしも聞いたことがある。この山には山の恵みを授けてくださる蛇の神様がいる。たくさん獲物がとれた時は蛇神様に感謝の気持ちを込めて捧げ、山の恵みが少ない時は蛇神様に祈りをささげるのがこの村の風習だった。


「で、でも、だったらどうすれば……」


「山の獣自体が獲れないのに、どうしようもないだろ?」


 戸惑う大人の人たちに対し、長老様は難しい顔をした。


「こんなことは言いたくはないが、お怒りになった蛇神様を鎮める方法は一つしかないのじゃ。……つまり、人の生贄を捧げることじゃよ」


「い、いけにえ? そ、それって随分昔に廃止した決まりごとじゃないか!」


「それも原因かもしれんのじゃ。どの道、このままでは皆飢えて死ぬだけ。考えてみてくれんかの」


 長老様の声に、皆が暗く沈んだ顔になっていく。


 ──それから。日に日に収穫量は落ちていく。村人の皆は痩せこけ、お父さんやお母さんもあまり笑わなくなった。わたしは頑張ってたくさんの食糧を採ってこようとしたけれど、『みんなと同じ』でいるためには、やりすぎることができず、どうしても限界があった。


「い、いけにえを出そう……」


 集会場で誰かが言い出す。


「で、でも、誰を?」


 皆が黙り込む。口を開いたのは長老様だった。


「……山の恵みに最も愛されている者。それが生贄の条件じゃ」


 その言葉が出た瞬間、その場にいた全員が、会議に参加しているお父さんの顔を見た。


「……確かにうちの娘は、この状況でも多くの山菜を採ってきてくれます。でも、あの子は村のために必死で頑張ってくれているんです! それを……」


 わたしのために、必死で訴えるお父さん。そんなお父さんに、村のみんなは……


「わかってるさ。あんないい娘を犠牲にしてまで、助かろうなんて思わない」


「そうだよ。セフィリアちゃんは村の宝だ。こんな飢饉ぐらいで生贄にするだなんて酷い真似ができるものか」


「……ああ、大事な村の仲間を蛇神様が御所望だと言うのなら、我々は死を覚悟してそれを拒否しよう」


 ……びっくりした。うれしかった。

 まさか、そんな風に言ってもらえるなんて思わなかった。涙があふれた。みんなは、こんなわたしを村の大事な仲間だと言ってくれた。


 でも、だからこそ……


 わたしは思う。わたしは皆を騙している。わたしの力があれば、村を救うことができるはずだった。わたしなら、どこからだって大量の食糧を手に入れてくることができる。そうすることで、今みたいに皆を苦しめなくても済んだはずなのだ。


 なのにわたしは、自分のことばかりを考えて、みんなと『同じ』であることばかりを考えて、皆を苦しめている。わたしは悲しかった。


 ──だから、わたしは覚悟を決めた。


「なあに、セフィリア? そんなに甘えて」


 その日、わたしはお母さんと同じ布団に入り、しっかりとその暖かい体に抱きついた。このぬくもりを感じられるのも……これで最後。それでもいい。わたしは皆のために『独り』になろう。


「ねえ、お母さん」


「なに?」


「お母さんは、わたしのこと、好き?」


「好きよ。決まってるじゃない。大好き」


「えへへ。わたしも……わたしもお母さんのこと大好き」


 涙があふれる。身体を震わせて、わたしは泣いた。


 そして翌日。


「だ、駄目だ! そんなこと、僕は許さないぞ!」


 お父さんが必死の形相で叫ぶ。でも、わたしは首を振った。


「大丈夫だよ、お父さん。わたしが生贄になれば、皆が助かるんだもの」


「違う! そんなものは迷信だ! 馬鹿なことを考えるのは止めなさい!」


 そう言ってわたしに縋り付こうとするお父さん。食料が少ないせいで、痩せていて、力のない腕。でも、仮にそうでなかったとしても、その腕でわたしを止めることなんてできない。わたしはみんなと『違う』のだから。お父さんも……『この人』も、わたしとは違うのだから。


 わたしは笑う。

 わたしの家族でいてくれた人たちを、最後に悲しませたくない。そう思って精一杯笑う。

 わたしの身体は宙に浮く。始めて見せる、わたしの力。


「え?」


 目を丸くするお父さん。呆然とわたしを見上げるお母さん。


「今までわたしを育ててくれて。ありがとう。お父さん。お母さん」


「な、何を言って?」


 わたしは、精一杯の嘘をつく。


「わたしはね。もともと山の神様のものなんだよ? だから他の人よりいっぱい山菜も採ってこれたし、お腹だって空かないの。それに、見ての通りこんなことだってできる」


「う、うそ……、そ、それじゃあ!」


「今までだましていてごめんね? でも、わたし、お父さんとお母さんと一緒にいられて楽しかったよ。これからも山から皆を見守ってるから。だから、安心してね?」


 わたしはそう言うと、蛇神様の祠があると言われる場所に目を向ける。奥深い林の中だ。

もう振り向くのは止めよう。そう思って動き出そうとした、その時──


「それでも! あなたはわたしの自慢の娘よ!」


「そうだ! お前は、僕たちの大切で掛け替えのない娘だ! だから、だから、行かないでくれ!」


 駄目だった。この人たちは、どうしてこんな……。わたしは泣き濡れた瞳で彼らを見下ろし、もう一度だけ微笑んで、祠へと飛び去った。


「セフィリア~!」


 その声は、いつまでもわたしの耳に残っていた。


 ──蛇神の祠。


 正直、わたしは信じていなかった。そんなものがいるだなんて思わなかった。だから、生贄になると言いながら、わたしは自分自身が『蛇神』になるつもりだった。そうしてわたしが村の皆に食料を届ければいい。そう思っていた。


 けれど──


〈イケニエ? 醜い。人間は醜い。自分が生きるために他人を殺す……〉


 一応念のためと思って呼びかけてみた自分の声に、答えが返ってきた時は本当に驚いた。


〈わたしはここから動けない。憎き『神』の呪いがゆえに。イケニエなど無意味。わたしは世界を呪うのみ。微睡みの中、目覚めるたびに世界を呪う……くふふ〉


 その声を聞いて、わたしは理解した。この化け物が、本当にこの山に飢饉をもたらす元凶なのだと言うことを。


「どうしてそんなひどいことをするの?」


〈酷い? これは異なことを。己が命のため、汝を犠牲にした村の者どもの方がよほど酷かろう。戯れにわたしに殺されたくなくば、去るがいい。くふふ、それとも帰る場所などないか? そうだろうな、そうだろうな〉


 不気味に笑う蛇神様。


〈汝ら人間はいつもそうだ。わたしはここで何人もの生贄が絶望し、村の者を呪い、怒り狂って自殺を遂げるのを見続けてきた。神のカケラ。醜い者ども〉


 どうしたらいいのだろう? これではわたしが食料を運ぼうとしても、この蛇神様が山を呪い続ける限り、状況は改善しないだろう。


 ……意を決して、わたしはお願いする。


「蛇神様。わたしはあなたの生贄になりに来たの。……ううん。わたしに『できる』ことなら、どんなことでもします。だから、村の皆を助けてあげて」


〈……!〉


 驚く気配。わたしは、そんなにおかしなことを言っただろうか?


〈なぜだ?……『そんなふうに』生まれながら、どうしてお前はそんなことが言える〉


「わたしのことがわかるの?」


〈……わかったのは、今だ。……お前は、わたし以上に独りきり。なのに、どうして世界を呪わずにいられる?〉


「……だって、わたしは大好きなんだもの。お父さんやお母さん、村の皆。そして何より、この世界が……大好きだから」


〈大好き……? 世界を、愛していると言うのか? お前を孤独に追いやったこの世界を? わかっていないのか? お前はこの世界のどんな存在とも相容れない。真の意味での無法者だ〉


「うん」


 知っていた。わかっていた。それでも、一人でいたくなかった。


〈お前が愛する世界は、お前を見てはいない。お前を束縛しない代わりに、お前に何も与えはしない〉


「そんなこと、ないよ。わたしには家族がいたし、友達もいたし、村の皆がいたもの」


〈そんなものは偽りだ。そやつらは、『わかっていない』だけだろう。それは汝が誰よりわかっていよう〉


「……でも、それでも、嬉しかったの。仲間だって言ってくれて、娘だって言ってくれて。本当にうれしかった。彼らが『わかっていない』のだとしても関係ない。だからわたしは、皆を救えるのなら、今ここで、貴方に食べられて死んでもいい」


〈……なんと愚かな。なのに、汝を見ていると……胸が痛い。心が苦しい〉


 泣いている? 蛇神様が?


〈頼みがある〉


「なに?」


〈どうかどうか、わたしをあなたと共にいさせてほしい〉


「……そんなことでいいの?」


〈ええ、そうしてくれさえすれば、わたしはあなたに代わり、あなたの村を、大好きなものを……守ってあげる〉


 ──わたしが蛇神様の『生贄』となった翌日、山の恵みは息を吹き返した。収穫量はみるみる戻り、村の皆にも平和な暮らしが戻っていた。


 蛇神様……彼女は、わたしとの約束を守ってくれた。だから今度は、わたしが約束を守る番。滅びた『神』の呪いのせいで、彼女はほとんど動けない。だから彼女とともにあるわたしも、そこから動くことができない。……動いては、いけないのだ。


 わたしはこの『目』で村の様子を眺め、この『耳』で村の声を聞く。お父さんとお母さんも、いずれは悲しみから立ち直り、たくましく生きていくだろう。わたしの弟や妹だって生まれるかもしれない。


 だから、これでいい。二度と会えなくても、一人ぼっちでも、わたしはわたしの大好きなモノさえ守れれば、それでいい。未来永劫、いつまでもいつまでも、村の皆やその子供たちを護れるなら。


 わたしのすべて。わたしが愛したローグ村。

 それだけが、わたしのただ一つの願いだった。


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