第15話 あたしも晴れて冒険者?/試験開始
-あたしも晴れて冒険者?-
これであたしも晴れて冒険者の仲間入り!
と、思っていたところに、リラさんから忠告が入る。
「皆さんは現在、Fランクの冒険者です。これはいわば仮登録のようなもので、Fランクでは町の中での雑用などの他は、通常の任務を受けることはできません。通常の任務を自由に受けられるようになるためには、種別登録とランク認定試験でE以上のランクを獲得する必要があります」
ええ! 仮登録なんだ。がっかり。
それにしても、リラさんってわたしよりも若そうに見えるのに、初対面の相手にもあんなに堂々と話ができるなんてすごいなあ。うらやましい。
その後のリラさんの説明によれば、種別登録っていうのは、一口に冒険者って言っても専門とする分野が違うから、それを区分けしたうえでランク付けをするためのものみたい。
Fランクには種別がなくて、Eランクから上が種別に分かれていて、種別ごとに上位のランクに認定される条件が違うんだって。
種別については、戦闘系のものとして、戦士系と魔導師系。非戦闘系のものとして支援系と探索系があるらしくって、ランク認定試験の前にこの中から挑戦する系統を選ばなくっちゃいけないんだけど、あたしはどれにすればいいのかな?
少なくとも戦闘系じゃないよね。
後は支援系か探索系ってことになるけど……。
「あ、あの、リラさん。支援系と探索系ってどんなものなんですか?」
あたしは勇気を振り絞って聞いてみた。するとリラさんはふわりと笑って説明してくれる。やっぱり、こういう質問をする人は多いみたいで、リラさんからは特にこの質問に対する特別な反応(感情)は読み取れなかった。ああ、よかった。
「はい。支援系は主に仲間をサポートする能力に優れている方にお勧めです。特に戦闘で味方の回復や身体強化を行う【生命魔法】が使える方や後方からの援護射撃の得意な方、警戒索敵系【スキル】をお持ちの方などですね」
うう、何か違う気がする。
「探索系はその名のとおり、探索系【スキル】を所持していたり、トラップ回避【スキル】を所持している場合などですね。他にも、奪われたものを取り返すための奪取系【スキル】なども場合によっては、こちらにカテゴリされるかもしれません」
あれ? ひょっとして、あたし、冒険者向きじゃない? ううん、こうなったら【通常スキル】“鞭術適性+”を活かして……。
「アリシアは支援系にしたら? 【スキル】的にもその方がいいわよ」
とシリルちゃんが助け船を出してくれた。え?でもそれでいいの?
「それでは、アリシアさまは支援系で認定をお受けになるということで、よろしいですか?」
「あ、はい」
あたしは思わず返事をしてしまったけれど、どうなるんだろう。
他の二人は言わずもがな、戦士系で問題ないだろうけど、あたしは【生命魔法】なんて使えないし、援護射撃なんて無理だよ?
「それでは、試験の前に皆さんには【スキル】登録をしていただきます。その【スキル】の内容次第で試験内容が変わりますので、ご了承ください」
【スキル】登録? あたしが首をかしげていると、シリルちゃんが説明してくれた。
「ギルドでは所属するメンバーの【スキル】を把握することになっているのよ。ギルド本来の目的【フロンティア】系の任務については、ランクだけじゃなくて【スキル】内容から開拓メンバーを選抜することもあるからね」
「で、でも……」
【スキル】ってあまり人に話すようなものじゃないんじゃ……。
「御安心を。当ギルドには守秘義務があります。皆様の生命線でもある【スキル】の内容を他に漏らすようなことは決してありません。むしろ皆様の身の安全のためにも、【スキル】把握をさせていただいているのです」
「じゃあ、シリルちゃんも登録しているの?」
あたしは驚いた。シリルちゃんだって【オリジナルスキル】もあるし、それに……。
「ギルドには『亜人種』の登録者も多いから、それだけ特別な事情を持つ人への対応もしっかりしているし、秘密は厳守されるわ。登録はスキル名だけだから、【オリジナルスキル】の詳細までは知られずに済む形にはなっているしね」
そう言いながらも、シリルちゃんは、ためらいを感じているようだった。ああ、そっか。
ルシアくんのことだね。あたしはまだしも、ルシアくんは『異世界人』。いくら秘密厳守でも、あまり知られたくはないことだもんね。だからシリルちゃんは、ルシアくんに冒険者になることを勧めていなかったのかもしれない。
あたしたちは、順番にギルドの鑑定装置の前に立って、水晶球に手を当てた。
これで、あたしたちの【スキル】は、ギルドのデータベースに登録されるんだって。
普通なら【スキル】“鑑定者”を持っている人でも使うところを、こんな特殊な装置まで開発するなんてやっぱり、守秘義務は徹底しているのかも。
装置に映し出された結果を確認したリラさんは少し、ううん、凄く驚いた顔をしてる。
「さすがは、シリルさんが仲間と認めた方々ですね。驚きました」
そう言いながらも、それ以上余計な詮索をしてこないところは、やっぱりプロなんだね。
「では、さっそく、試験を始めましょう。まずは戦士系の方から。試験の内容は簡単です。ギルドの試験官と一対一で戦闘をしてもらいます。勝てなくても結構です。戦いぶり次第でランクが決定されますから、頑張ってください」
あたしたちは、闘技のための部屋に案内された。
-試験開始-
通された先には、かなり広い部屋が拡がっている。先ほどの鑑定用の部屋も広かったが、この部屋は天井も高く、広さはかなりのものだ。恐らく建物の一階の大半のスペースを今の2部屋が占めているだろう。
リラと名乗った娘は、そのまま真っ直ぐ部屋の中央まで行くと、突然足を持ちあげ、そのまま振り下ろした。
「ぐげ!げほげほ!」
見ればどうやら、一人の男が仰向けになって寝ていたらしい。
「ライルズ試験官。受験者がきました。とっとと準備なさい」
先ほどまでの口調とうって変わった話し方で、再度ライルズと呼ばれた男の腹をけりつけている。
「いた、痛いってば。わかったよ。わかったから。いやはや、我が妹ながらこの凶暴さは如何ともしがたい。そんなんじゃ嫁の貰い手がなくなるぞ? まあ、そんときは兄ちゃんが……、ぐぎゃ!」
「馬鹿なことを言っていないで、気を引き締めてください。ただのルーキーとは訳が違いますから」
どうやら二人は兄妹らしいが、今のリラの一言でライルズという男の気配が変わった。
「へえ、リラがそこまで言うなんて、よっぽどの【スキル】持ちなんだな」
そう言って立ち上がった男は、よく見ればかなり均整の取れた体つきをしていた。
日焼けした肌に要所を守る金属製の鎧を纏い、腰には2本の短剣を下げている。
妹と同じ金色の髪は短く切っており、顎の下あたりには若干の髭が生えているのが見てとれた。
茶色の瞳には、好戦的な光が宿っている。我が『魔竜の森』で見かけた冒険者の中にも、こういう光を目に宿す人間は多かった。目の前の状況が困難であればあるほど、喜びを感じるかのような、不敵な輝き。人間の冒険者というのは、皆こうなのだろうか?
「さてと、はじめまして、だな。俺はライルズ・ハウエル。ここの試験官だ。最初の登録にここを選ぶなんて、目のつけどころがいいぜ、あんたら」
そしてライルズはリラの手から、我らに関する資料を受け取って目を通す。
「おいおい、まじかよ。【オリジナルスキル】の他に、【エクストラスキル】“剣聖”まであるってか? まったく、とんでもないな」
どうやらルシアのことらしい。しかし、彼が『異世界人』であることを理解した様子はない。
「おろ? もう一人の奴、【通常スキル】なのに見たことない“竜気功”ってのがあるぞ。まさか、『竜族』の【因子所持者】なのか? いや、『ワイバーン』の奴なら俺の知り合いにもいるけどよ、『竜族』ってのはあり得ないだろ。びっくりだな」
【因子所持者】というのは『亜人種』のことだろう。なるほど、そう捉えたわけか。
「よし、そんじゃやるか。最初は竜の奴からにしよう。面白そうだ」
「ヴァリスさんです。失礼な言い方をしないでください」
「おろ? まさか妹よ。ああいう美形が好みなのか?」
「そういう問題じゃありません」
「むう、まあいいか。なら俺の【スキル】も紹介しなきゃ、不公平だよな。ま、俺のスキルは一つだけだ。“烈火の魔導騎士”。じゃ、準備ができたら始めよーや」
“烈火の魔導騎士”? なんだそれは? そんな疑問に答えるようにシリルが説明する。
「【エクストラスキル】の中でもかなり戦闘向きの能力よ。【融合魔法】と槍術と剣術の【アドヴァンスドスキル】“魔導師”、“螺旋の槍術士”、“舞剣士”のほかに、【火属性上級適性スキル】“烈火の支配者”をあわせた複合的スキル。1つの最上級スキルというより、4つの上級スキルを持っていると考えた方が早いわね」
なるほど、相手にとって不足はないか。
「まさか、あのライルズが試験官だとは思わなかったわ。普通は試験官なんて、せいぜいBランクまでの冒険者がやるものよ」
「御安心ください。どちらにしても戦いぶり次第で判断します。試験官の強さが試験結果に影響しないように公平な審査が行われますので」
シリルの言葉にリラが答える。
「でも、俺に勝てりゃ、Aランク以上もあるかもだぜ。まあ、無理だけど」
「大した自信だが、負けても過信や油断を言い訳にしないことだな」
なぜか我の口からは、そんな挑発の言葉が出た。ライルズの顔がにやりと笑みに変わる。
「では、試験開始!」
リラの掛け声とともに、我はライルズに接近する。“竜気功”により速度を上げはしたが、攻撃に偏り過ぎないよう、敵の動きを確認しながらの突進だった。
案の定、その警戒は功を奏する。
〈踊れ、輝く火柱〉
《塔の燈火》
奴の正面に赤く明滅する【魔法陣】が浮かぶや否や、目の前の足元から炎が噴きあがる。我はとっさに身をひねり、炎の塔に突っ込む愚を避けることに成功した。
初級とはいえ、ほとんど一瞬で【魔法】を発動させるあたり、かなり侮れない相手だ。が、息つく暇もなく、奴はこちらの回避行動を読んだかのように短剣を突き出してきた。
「ぬうう!」
我はとっさに“竜気功”で皮膚の強度を高め、左手でそれを弾く。
しかし、その左手がいつの間にか炎に包まれていた。恐らくあの短剣の力だろう。通常なら驚き、動きを止めるところだが、我は構わず、ライルズに向けて回し蹴りを放つ。
「おお、まじかよ!」
驚いて大きく跳び下がるライルズ。我はその間に左手の炎を振り払い、火傷を『治癒』した。
「すげえ回復力だな。確かに自身の治癒力強化は気功術でもできるけどな。本領は肉体強化だろ? 【生命魔法】じゃあるまいし、普通はそこまで劇的に回復しないはずだぜ。それが“竜気功”って奴か?」
「ふん。貴様の武器、さっきの発火能力といい、それは【魔鍵】だな?」
「あたり。ま、あんたの能力が特殊で名称だけじゃわからない分、こっちもひとつ秘密にしといたってわけだ。俺が持つ二つの短剣。これが俺の【魔鍵】『静寂なる爆炎の双剣』だよ。神性は“炉心火速”。詳細は、まあ、その身で体験してくれや」
〈舞い散り集え、燐光の炎〉
《炎弾の乱舞》!
奴は会話の最中に【魔法陣】を構築していたらしく、炎属性の中級魔法を放ってくる。
後からシリルに聞いた話では、いかに【火属性上級適性スキル】“烈火の支配者”があろうと、数秒で中級魔法を完成させるには魔法補助具が必要であり、恐らく奴の【魔鍵】の神性である“炉心火速”には、その効果もあるのだろうとのことだった。
我の周囲に無数の赤い光点が生まれ、一斉に殺到してきた。我はすかさず、瞬間的に体内の気功を高め、光点が迫るより早くライルズに向かって再度突進する。
それでもいくつかの光点が我に当たる。熱に焼かれ、身体が悲鳴を上げそうになるが、気功で回復しながら、どうにか耐えきり、奴の懐に潜り込む。
我が繰り出した掌打は身をひねって回避され、その身体を掠めるにとどまった。すかさず、お返しとばかりに奴の短剣が我に向かって振り下ろされてくる。我は上半身をそらせてその一撃を回避すると、身を低くして足払いを放った。
奴はそれを飛び下がってかわすと初級魔法《炎の矢》を放ってくる。我は地に転がってそれを回避すると、石床を気を纏わせた拳で叩き、奴めがけて破片を弾き飛ばした。
「ああ! 施設を壊す奴があるか! 畜生、俺の寝床をよくも!」
奴はなおも余裕がありそうな声でそう叫ぶと、我の視界から掻き消えた。
「なに?」
驚いて周囲を見渡すが、どこにも姿が見えない。となると、上か!
人間業とは思えない高さに飛びあがり、急加速して落ちてくる奴の姿が見える。
「遅いぜ!」
奴の剣が頭上から振り下ろされる。我はそれを後方に下がって回避するが、奴は着地と同時に身を沈めた体勢から一気に短剣を突き上げてくる。
凄まじい加速だ。タイミング、速さともに、これはかわせる攻撃ではない。そうと悟った我は腹部に“竜気功”を集中させ、いわゆる『硬気功』の技法でもって、その一撃を受け止めた。ガキン、という金属音が響き、鈍い衝撃はあったものの、その一撃は我の皮膚1枚も傷つけることはなく、止まっていた。
だが、『その一撃』に関しては、だ。鋭い痛みに気がつけば、もう一本の短剣が、我の太ももに突き刺さっていた。
「おれの勝ちだな。やろうと思えば、このまま身体の中を焼くこともできるぜ?」
「……参った」
この男は、想像していた以上の使い手だった。我が『魔竜の森』で見た者たちの中にも、これほどの使い手はいなかったはずだ。
それでも最強の『竜族』である我にとって、敗北は屈辱だ。
屈辱ではあったが、負けを認めざるを得なかった。