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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第14章 時の楔と聖地の巡礼
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幕 間 その25 とある精霊の祈り

     -とある精霊の祈り-


 世界は美しいもので満ちている。


 いつから、どうやって、なぜ、この世界が存在するのか?


 それは誰にもわからないけれど、それでもただ一つ言えることは、すべての存在は祝福されてこの世界に生まれ落ちるということだった。


 望まれて生まれてくる。

 愛されて生まれてくる。

 生まれてきてくれてありがとう。

 生まれてきてくれておめでとう。


 嬉しくて楽しくて、どこまでも無限に広がる喜びは、新しい命が増えるたびに、『わたし』の心を弾ませる。


 すべてのものに祝福を──


 けれどある日、世界に新たな存在が芽吹き始める。祝福されて生まれたもののうち、『神』と呼ばれるものたち。この世界に等しく生まれた、わたしが慈しみ、わたしが愛する子供たち。


 彼らは、その存在理由をもって、世界へと働きかける。

 より良き世界を、より素晴らしき世界をと。


 わたしは、それを微笑ましく見つめていた。だってそれは、誰もが抱く当然の想いなのだから。世界をより良くしたいと願う、そのこと自体に罪はない。変わりゆく世界を眺めることもまた、わたしの喜びだった。


 けれど──


 どこからが間違いだったのだろう。

 何がいけなかったのだろう。

 どうしてこんなことになったのだろう。


 悲しみは突然、世界にあふれた。

 生まれ『堕ちた』命。祝福されるはずのその命は、世界を歪めていく。間違った在り方でそこに在るモノたちは、周囲を歪めることで自己の存在を確かなものへと変えていく。


 存在するだけで害悪。

 存在そのものが邪悪。

 誰にも望まれぬ存在。


 わたしは恐怖した。驚き、嘆き、戸惑った。


 こんなにも美しい世界に、どうしてこんな哀れな存在が生まれてしまったのか?

 あの子たちを生み出したものは、『神』と呼ばれる子供たち。

 神々の願いが、世界を変えた。その結果、あの子たちは生まれた。だから、神々はあの子たちにとっての親だった。


 でも、あの子たちを生んだはずの神々のとった行動は……


「違う、違う、違う、違う! こんな醜いモノ、わたしは知らない!」


「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ! こんな間違いを我がするはずがない!」


「駄目、駄目、駄目、駄目! 来ないで来ないで来ないで来ないで!」


 己が生み出したものを否定し始めた。完全で完璧なものを求めた彼らは、自分たちの行為によって、間違ったものを生み出したという事実を受け入れようとはしなかった。


 それが何よりの悲しみ。


 生まれたばかりの赤子のような『あの子たち』は、周囲の世界を歪ませながら、必死に親へと手を伸ばす。けれど神々は、幼きその手を振り払う。汚らわしいものを見るような目、などではない。目を向けることすらしなかった。ただひたすらに、目を背けた。目を逸らした。


 でも、わたしには、彼らを責めることはできない。彼らの中でもっとも大きな感情が、嫌悪でも恐怖でも後悔でもないことを、知っていたから。


 彼らを責め苛んでいた最大の感情。それは、『罪悪感』。

 祝福に満ちた世界の中で、唯一はじめて生み出してしまった、祝福されざる命。それが自らの子であるからこそ、神々は自分たちの罪の重さに恐れおののき、逃げることしかできなかった。


 もちろん、親から否定された『あの子たち』も、傷ついただろう。生まれただけで、何もしていない。悪いことなんて何一つしていない。なのにどうして、こんなにも忌み嫌われ、存在さえも否定されるのか?


 悲しみの源泉は、ここにある。

 存在自体が間違っているとされた『あの子たち』は、実は間違ってなどいなかったのかもしれない。親の愛にさえ恵まれれば、やがては歪みも正されたのかもしれない。

 間違いごと包み込む愛さえあれば、『あの子たち』は狂わずに済んだのかもしれない。


 けれどすべては手遅れだった。

 親から否定された『あの子たち』は、孤児みなしごとなった。


 世界を呪い、憎むことで、その歪みをますます増大させていく。


 否定するものと呪うもの。

 生みの親と生まれた子供。

 血で血を洗う陰惨な争いは、世界を醜く変えていく。


 どうして、こんなことになったのだろう?

 世界は美しかったのに。世界は喜びで満ちていたのに。


「どうしてこんなに悲しいの? どうしてこんなに寂しいの?」

 

「誰かわたしを助けてよ、誰か僕を愛してよ」


 憎悪と怨嗟に混じり合う、孤児みなしごたちの心の叫び。

 そんな叫びもいつかはやがて、闇より黒く塗りつぶされる。

 

 でも、わたしには見ていることしかできなかった。

 『わたし』は、『わたしたち』は、世界そのもの。

 世界に同化し、すべてを見守るだけのもの。


 わたしたちは、孤児みなしごたちに差し伸べるための手を持たない。

 わたしたちは、孤児みなしごたちに呼びかけるための声を持たない


 それがたまらなく悔しくて。

 ……だから、わたしたちは『精霊』として世界に生まれる。


 世界に近く。世界と共に。


 すべての命に愛の手を。


 少しでも、孤児みなしごたちの傍にいてあげたくて。たとえこの身が醜く歪み、間違った存在となり果てても構わない。『邪なる霊』として生まれ変わろうとも、わたしはそれを受け入れよう。


 ──だって、わたしは、世界に生きる他の子供たちと『同じ』く、あの子たちを愛しているのだから。


 どうかどうか、彼らに癒しを。

 どうかどうか、彼らに暖かな眠りを。

 生みの親すら滅ぼしつくし、世界を呪う孤児みなしごたちを、わたしは優しく包み込む。


 さあ、お休みなさい。お眠りなさい。──わたしの胸の揺り籠で。

 

 憎しみは長く続かない。憎むべきモノを失い、世界に包まれた彼らは、やがて眠りへとつくだろう。癒せぬ傷を心に抱いて、彼らは一時の眠りにつく。『神』は眠り、彼らも眠る。


 それでもわたしは知っている。わたしたちが彼らを包み、どんなに愛で囲んだところで、それでは決して足りないのだと言うことを。


『神』は【魔鍵】の中に眠る。

『ジャシン』は【聖地】の中に眠る。


 だから、きっと、いつか再び彼らは出会う。

 だから、わたしは祈りたい。

 その再会が、どうかどうか、祝福に満ちたものとならんことを。


「生まれてきてくれてありがとう。生まれてきてくれておめでとう」


 哀れな孤児みなしごに、そんな言葉が与えられる日がくることを、『わたし』は祈る。


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