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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第14章 時の楔と聖地の巡礼
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第139話 アブノーマル/一対一の決闘

     -アブノーマル-


「き、きさまああああああああ! 殺す! 殺す! 殺してやる!」


 気も狂わんばかりに叫び声をあげているのは、元老院の衛士団長のルーゲントという人でした。『アリア・ノルン』の中でノエルさんから聞かされた話が本当なら、この人はノエルさんの作った『人形』の爆発に巻き込まれて大怪我を負ったはずです。


「そんなに興奮しては、お身体に悪いですよ? 愛しのルーゲントおじさま」


 ノエルさんは、そんな彼を挑発するような言葉を繰り返しています。そのたびに彼の身体がぶるぶると震え、人質となっている少年──確かあの子は『妖精の森』で最初にあったテオという子じゃなかったでしょうか?──の首元にある剣が危なげに揺れていました。


「ノエル。駄目よ。彼を刺激しないで。人質が危ないわ」


 シリルお姉ちゃんが慌ててノエルさんを諌めましたが、ノエルさんは軽く笑みを返すだけでした。


「そ、そうだ! このガキを殺されたくなければ、全員武器を捨てて、投降しろ!」


 ルーゲントさんが我が意を得たりと叫びます。しかし、ノエルさんはと言えば……


「君は馬鹿かい? どうしてこの僕が、縁もゆかりもない子供のために、君のような下衆に投降しないといけないんだろうね?」


 驚愕の一言でした。ノエルさんは、あのテオという子を見殺しにするつもりでしょうか?


「ちょっと、ノエル!」


「シリルは黙ってて」


「で、でも!」


 なおも食い下がろうとするシリルお姉ちゃんにノエルさんは首を振ると、見下したような目でルーゲントさんを見つめました。


「お、俺は本気だぞ。これは脅しではない!」


「つくづく堕ちたものだね。おじさま。僕のような【魔法】の才が無いなりにも、自分の武勇で今の地位を掴みとったんじゃないのかい? でも、子供を人質にとるだなんて卑怯な真似をするところを見ると、やっぱり家柄のおかげだったのかな?」


「う、うるさい! き、貴様らこそ……人の姿をした『竜族』だと? そんなもの……聞いていない。おのれ……あの方から下賜された『巨人兵』まで失っては、もはや後には引けんのだ!」


「はいはい、じゃあどうするの? その子を殺しても僕は痛くもかゆくもないんだけど?」


 もしかして、ノエルさんは彼があの子を殺せるはずがないと見越して、ハッタリをかけているのでしょうか? でも、そうは言っても危ない賭けには違いありません。ここはどうにか、彼に気付かれないように背後にまわって倒すしか……。


「こりゃ、厳しいな。人質を取ってる奴一人が相手なら手段はあるが、あいつの後ろにいる衛士団はどうにもならない。多分、敵は見えている奴だけじゃないぜ。隠蔽装置もつかっているはずだ」


 わたしの考えを悟ったみたいに、ルシアがそんなことをつぶやきました。迂闊に動くのも危険なようです。


「くくく! 強がりはよせ。貴様はともかく、他の仲間どもはそうはいくまい」。


 その言葉どおり、ノエルさんの肩を掴む人がいました。


「あの子も僕たちの大事な仲間なんです。お願いですから、あまり刺激するような真似は……」


「わたくしからもお願いしますわ。今は膠着状態です。打開策が見つかるまで、挑発は避けてください」


 レイフォンさんとルフィールさんです。そういえば、あのテオという少年も、二人に対しては尊敬と憧れの気持ちを強く持っているようでした。もしかすると二人にとっても、親しい相手なのかもしれません。


「ノエル。君がシリルを一番に考えているのはわかるが、シリルだって自分のために他の何かを犠牲にする君のことを喜びはしないはずだぞ?」


「君がどうしてあの男を毛嫌いするのかはわからないけど、今はそんな私情にとらわれている場合じゃないはずだ。僕からも頼むよ」


 エイミアさんとエリオットさんまで説得に回るようにそう言うと、ようやくノエルさんは肩から力を抜くように息を吐きました。


「やれやれ、僕の仲間たちはお人好しが多くて困るな。……まあ、そうでなくては困るんだけどね」


「よし、わかったようだな。……さて、膠着状態と言ったな? ならば俺から譲歩してやろう。全員の投降は必要ない。貴様は殺しても殺し足りぬところだが、今は見逃してやろう。シリル・マギウス・ティアルーンの身柄を差し出せば、このガキは解放してやる。どうだ? 悪い条件ではあるまい?」


 話になりません。いったい何を譲歩したつもりになっているのでしょうか、この男は?

 わたしは思わずルーゲントさんを強く睨みつけてしまいました。


「ふふふ」


「何がおかしい?」


「いや、せっかくだから、そんなお人好しの仲間を紹介してあげようと思ってね」


「なんだと? 何を訳の分からないことを……」


「まあまあ、いいじゃないか。敵の情報を敵が教えてくれるって言うんだ。黙って聞かないとね」


 ルーゲントさんは怪訝そうな顔をしましたが、一応は自分の優位が確保されていると安心してか、先を促すように黙り込みました。


「まずは……シリルだ。彼女は、可愛いよね。僕にとっては妹みたいな存在だ。強がりで素直じゃなくて、繊細で傷つきやすくて、それでいて不思議なくらいにしたたかだ。弱さをいつの間にか強さに変える、そんな子だよ」


「ちょ、ちょっとノエル?」


「続いてこっちの彼がルシアだ。まあ、なんというか見ての通り、さえない男だね。詰めは甘いし脇も甘い。甲斐性もなければデリカシーもない。はっきり言って、彼にシリルはもったいないと思うんだよねえ」


「おい、好き放題言ってくれるな……」


「それから、こっちの子がアリシア。ふふふ。僕も驚いたけど、なんと彼女、シリルの親友なんだぜ? 信じられるかい? どうやったらこんなにわかりづらくて気難しい子の親友なんて、やれるんだろうね?」


「あの、えっと……あはは……」


 ……これは一体何なのでしょうか? ノエルさんに限って、錯乱してしまったなんてことはないのでしょうが、わけが分かりません。狙いとして考えられるとすれば、時間稼ぎなのでしょうが、ここまで脈絡のない話をしなくても……。


「い、いい加減にしろ! 何をわけの分からないことを言っている! さっさと身柄を引き渡せ! これ以上時間を引き延ばすつもりなら、このガキの耳を斬り落としてやるぞ」


 案の定、ルーゲントさんは、苛立った様子で叫ぶ。


「わかったわかった、落ち着いて。それじゃ他のメンバーは端折って、最後の一人のご紹介だ」


「なんだと?」


「一言でいえば変態だね。うん。変態の中の変態だ。正直自分でも認めたくないけど……。ありていに言えば、彼女も一種の博愛主義者なんだろうね。男女を問わず、大好きなんだ。まあ、とりわけ女の子が大好きなんだけど、彼女の好みは複雑怪奇だ。大人っぽい女性がふと見せる子供っぽい一面だとか、冷たい印象の少女がうぶで可愛い姿を見せたりするのが特に好きらしい。まあ、それだけならまだしも、性癖そのものも実に特殊でね。相手が男性なら、特殊な道具を用いて相手の身体に『いろいろなこと』をいたすのが趣味だし、女性が相手なら、いろいろな方法で自分をいたぶってもらうのが憧れだし……まさに向かうところ敵なし? だね。極めつけは、男同士の恋愛とかいう特殊なジャンルに、よだれを流さんばかりなところかな?」


 立て板に水の勢いで話すノエルさんに、さすがのルーゲントさんも呆気にとられていました。というか、最後の一言が理解できません。あり得ない言葉を聞いたような気がします。男同士の恋愛? なんでしょう、それは?


「シャ、シャルちゃん……世の中には知らない方がいいことだってあるんだよ」


 アリシアお姉ちゃんが焦ったように声をかけてきました。もしかして、何か知っているのでしょうか?


「し、知らない! 知らないから!」


 怪しいです。


 それはさておき、ルーゲントさんもノエルさんの常軌を逸したお喋りに、まったくついていけなくなったようでした。


「さ、さっきから何を言っている?」


 そんなルーゲントさんの問いに、ノエルさんは、おどけたように両手を広げてみせました。


「さて問題です。──その人物は、この中の誰でしょう?」


「なに?」


 言われて気付きました。いつの間にか、彼女がいない。『妖精の森』からここまで、時と場面を問わず視界の端をカサカサと不気味に動き回り、あらゆる写真を激写し続けていた彼女が、影も形も見当たらないんです。


「付け加えるとね。彼女は、『美少年』も大好物なんだ」


「うふふふふ……、そんなに小さくて可愛い子を傷物にしようだなんて、許せません」


「う、ひいいいい!」


 しゅるしゅるとルーゲントさんの背後から伸びる黒い縄。それは彼の首や腕、持っている剣にまで素早く巻きつき、彼の動きを完全に封じてしまいました。


「テオ! 今だ!」


「は、はい!」


 レイフォンさんの声に反応して、テオくんは素早く拘束から逃れると、こちらに向けて走り寄ってきました。それを脇目に確認しながら、今度はルシアが警告の声を発します。


「レイミさん! 気を付けろ! 他にも隠れている衛士団がいるかもしれないぞ!」


「大丈夫ですよ。全員、お仕置き済みですから」


 よく見れば、レイミさんは例の武骨な形の眼鏡をかけていました。あれは確か、隠蔽結界を見抜く【魔導装置】だったでしょうか?

 レイミさんの指し示した方向を見れば、ルーゲントさんと同じ格好をした『魔族』たちが黒い縄に縛られて、もがいているのが見えました。


「ちくしょう! 卑怯者め!」


 自分のことを棚に上げて叫ぶルーゲントさん。ノエルさんは彼に近づき、汚物でも見るような目で冷ややかに見下ろしていました。


「こんなに醜い男が僕の婚約者だったなんて、今考えても虫唾が走る」


「え? 婚約者?」


 シリルお姉ちゃんが驚いたようにノエルさんを見ました。


「そうだよ。七賢者同士の血のつながりだか何だか知らないけれど、僕が生まれる前から決まっていた話らしい。もっとも僕の両親は僕の意思を無視する人じゃなかったから、僕が一人でもグレイルフォール家を背負っていけると証明できれば、御破談にしてくれるって話だったけどね」


 吐き捨てるように言うノエルさん。今の様子からすれば、恐らく破談になったということで間違いないのでしょう。


「いやあ、ひやひやだったねえ。まったく。あたしにはどう見ても、ノエルが本気であの子を見捨てようとしているようにしか見えなかったけど、信頼のあつい他のみんなにはわかってたのかな?」


 わかってませんでした……誰も口にしませんでしたが、みんなの答えは同じでしょう。そしてレイフィアさんは、それを承知でこんなことを訊いてきているのです。意地が悪いとしか言いようがありません。



     -一対一の決闘-


 あたしの一言で、周囲に波紋が広がる。

 あたしはそれを、うきうきした気持で眺めていた。『魔族』だの『竜族』だの異世界人だの、一体どうやったらこんな面子が揃うのか首を傾げたくなる仲間たち。


 あたしは最初、シリルに興味を持った。強くてよわっちい、あたしの『ともだち』候補に。それは結局大正解で、だからあたしはこのまま連中にくっついていくことにしたのだ。


 けれど時が経つにつれ、あたしの興味は他の仲間たちにも移っていく。

 

 そのきっかけは、ルシアだった。『セリアルの塔』であたしの前に現れた二枚看板。あれは幻術みたいなものだったらしいけど、それでも確かに目の前に存在したあの化け物を、ルシアはこともなげに倒した。

 ルシアが強かったからではなく、単に彼が敵の術にかからなかっただけなのかもしれない。だけど、あの時の彼はかっこよかった。


 わくわくしながら後をついていった先で、エリオットが化け物の姿で戦っていた。あたしの『目』は、彼がそのとき、自分のすべてをかなぐり捨てて戦っていたのだと見抜いた。……それぐらい、彼の心には深い『傷』が見えたから。


 その後もその後も、シャルやエイミア、ヴァリスやアリシア、みんなの姿はあたしの心のわくわくを、ますます大きなものに変えていった。


──だから、今回仲間としてついてきた、このノエルとやらいう人が、どれだけのものなのか見てみたい。『妖精族』の少年を見捨てるような素振りまで見せつつ、結局は助けて見せたわけだけど、それじゃあ、まだまだあたしの期待を満たすことはできないのだ。


「ふふふ。意地悪だなあ、レイフィアは。僕に騙されたみんなを責めないでやってくれよ」


 あれ? あたしが『見抜いていた』ことを見抜かれた?

 ノエルに関しては、アリシアの “真実の審判者”でも、その心を見通すことはできないらしい。話によれば、彼女は同調能力を妨害するための手段を持っているのではないかということだ。


 でも、あたしの『ナイトオブダークネス』の金眼は、“同調”系のスキルではない。だから、彼女の心、その弱点ともいうべき部分が見てとれる。動きはわからなくても、傷や弱さなら、余すところなく確認できる。


 彼女の弱点はシリルそのもの。だから、彼女はシリルがテオ少年の身を案じる発言をした時点で、彼を見殺しにするという選択肢を真っ先に抹消したはずなのだ。あたしには、それがわかった。


「さて、そんなことより確認しないといけないことがあるよね?」


「……どうやってこの男が我らの場所を知りえたかだ」


「うん。そのとおり」


 ヴァリスの言葉に頷くノエル。


「さて、ルーゲントおじさま? 今回の件は誰の差し金で、どうやってこの場所を探り当てたのか、教えてくれるかな?」


「……口が裂けても言うものか」


 ルーゲントが言うと、ノエルの顔が嬉しげに輝いた。


「ほんと? やった! これで心置きなく君に拷問ができるよ」


「な!」


 ノエルの喜びに弾む声に、ルーゲントが絶句したように目を見開く。

 うわあ、怖い。あたしも大概、人のことは言えないけれど、あの人のはあたしに輪をかけて趣味が悪い。拷問するとなったら、本当に本格的に、あり得ないレベルで残酷な真似をしでかしそうだ。


「ちょ、ちょっと、ノエル……。拷問だなんて……」


「大丈夫だよ、シリル。怖かったら向こうで待っててね? ……すぐ済むから」


「だ、だから、そうじゃなくって!」


「みんな無事だったんだ。そこまでする必要はないだろうに」


 シリルに助太刀するように、ルシアも調子を合わせてきている。あの二人はあの二人で、逆に甘々なんだよねえ。


「駄目だよ。少なくとも僕らの居場所が知られていた件は、どうしたって聞き出す必要はある。……まあ、目星は付いているけど、念のためね」


「ぐ……! 何をしようと絶対に吐かぬ! ……こ、ここまで虚仮にされて、全てを失って、そのうえ裏切り者の汚名まで着れるものか! 俺は、誇り高き七賢者の末裔、セレスタ家の次期当主なのだ!」


 叫ぶルーゲント。あちゃあ、こいつマジだ。あたしの『目』には、その点での弱さなど、微塵も見えない。最後の最後で強烈な自尊心を発揮してる。これじゃあ、殺すまで拷問しても無理かもしれない。


 あたしがそう知らせてやると、ノエルはやれやれと肩をすくめた。


「じゃあ、こうしようか。ルーゲントおじさま。取引だ」


「なんだと?」


「ルーゲントおじさまの自慢の武勇、ぜひ見せてもらいたいな。正々堂々まっすぐに、真剣勝負で決着をつけようじゃないか。相手はもちろん、この僕だ。僕に勝ったらおじさまの身柄は解放するし、シリルはともかく、僕を人質にしてもらってもいいよ」


 ははあん。あたしには、ノエルの狙いが読めた。自尊心の強い相手にはその自尊心を刺激する方法で対処すればいい。そういうことか。


「僕が勝ったら、おじさまの知っていることを話してもらう。これは、七賢者の末裔同士、由緒ある魔貴族同士の決闘だ。どう? 受けてくれる?」


「…………」


 ルーゲントは考え込むように沈黙した。けれど、既に答えは出ているようなものだろう。彼に他に道はない。でも、これは危険な賭けだ。ほんとに負けたらどうするんだろう?


「……卑怯な真似をしないと誓うなら、受けて立とう。剣での勝負なら、貴様に負ける道理もない」


「それじゃあ、約束成立だね。負けた後でやっぱりだんまりというのは、なしだよ?」


「万が一にもそんなことはあるまいが、よかろう。セレスタ家の名に懸けて、そんな真似はしないと誓う」


 縛られたままでなお、強気な言葉を吐くルーゲント。うーん、こういうお偉方の根拠のない自信やら誇りやらって、何処から出てくるんだろう? 叩けば出るのかな? 埃だし。


 それはさておき、二人は用意された広場の一角で向かい合う。

 手にした武器は、『ディ・クレイドの白刃』と呼ばれる『魔族』の間では比較的ポピュラーな【魔装兵器】らしい。


 当然この決闘には、みんなが一斉に猛反対した。特にシリルは絶対に駄目だと言って聞かなかったけれど、ノエルは彼女をどうにかなだめすかしてこの場に立っている。


 よほどの勝算があるのかもしれない。

 ……やばい。ちょっとだけわくわくしてきた。


「……僕も裏方の安全な場所に立つばかりだなんて、申し訳なく思ってたところなんだ。仲間のために戦いたい。その気持ちをわかってよ」


 そんな言葉でシリルを説得してしまったノエルには、何か裏があるような気もするし、そのまんま言葉どおりの考えかもしれない。弱さを見抜くだけのあたしの目じゃ、今の状況でそこまで彼女のことは読み切れない。


「わたしが審判をしよう。部下の騎士たちの訓練にも立ち会っていた分、慣れているからな。どちらかが治療を要する傷を負ったら、その時点で敗北だ。すぐにわたしが【生命魔法】ライフ・リィンフォースをかける。いいね?」


 中央に立つエイミアの言葉に、頷く二人。白く輝く光の刃を手に構え、お互いの姿をじっくりと見据えている。あたしには剣の腕前を構えから見て判断することはできないけれど、それでも経験から言って、ルーゲントの構えは堂に入っているように見えた。


 一方のノエルは、一応構え自体はさまになっているものの、ルーゲントに比べれば見劣りするような気がする。あくまで、気のせいだけど。


「大丈夫かな? ノエルさん……」


 心配そうなシャルの声。


「そうね。わたしもノエルが剣が得意だなんて聞いたことはないし……」


「……でも、あいつ。前々から腰に剣を差してたぜ?」


 シリルとルシアのやり取りを耳に入れながら、あたしは今にも開始される決闘に意識を集中した。


「それでは、いざ尋常に。始め!」


 高く、よく通るエイミアの声。けれど、二人は開始と同時に相手に詰め寄るような真似はしなかった。慎重にお互いの間合いをはかり、剣先をゆらゆらと揺らしている。勝負の前に確認したとおり、お互いの武器には余計な細工はない。つまり、これは純粋に剣の技量を競い合う決闘だった。


「どうしたの? かかってこないのかい?」


「…………」


 ルーゲントはノエルの挑発に乗ってこない。真剣な眼差しで、彼女の剣先を見つめている。


「ふうん、中々彼女もやるなあ。隙のない構えだ」


「そうなの?」


 エリオットが呟いた言葉に、これ幸いと質問するあたし。よし、ここはこいつを解説係に任命してやろう。あたしって、あったまいい!


「うん。攻撃よりも防御を重視した構えだと思う。攻める側は迂闊に切り込めないね」


「そうなんだ? じゃあ、ルーゲントは?」


「……そうだね。正直、構えだけで読み取れる情報には限界があるけど、それなりの腕前はあると思うよ」


「えー? それなりじゃわかんないじゃん。冒険者で言ったら何ランク?」


「えっと……たぶん、最低でもBランクくらいはあるんじゃないかな?」


「おお、すごいじゃん。で、最高なら?」


「わからないって。実力者ほど自分の腕を隠すのが上手いものだしね」


「ちぇっ、役に立たない解説係だなあ」


「ええ!?」


 あ、しまった。つい、本音が出ちゃった。ちらりと横を見れば、エリオットが同じく横目であたしを睨みつけている。うーん、これ以上解説を頼むのは無理そうだね。

 そうこうしている間に、目の前の戦闘に動きがあった。痺れを切らしたルーゲントが、猛然と走り寄り、一気にノエルへと肉薄する。


 斜め下から切り上げるような斬撃は、途中で軌道を変え、横薙ぎの一撃として振るわれる。ノエルは、それを辛くも手にした剣で受け止めたけれど、衝撃までは受け止めきれず、よろよろと後退する。


「終わりだ!」


 叫ぶルーゲントは、先ほどとは反対側から斜めに斬り下ろすような斬撃を放つ。動きにキレがあるし、なかなかの実力者だ。これは流石にもう無理かなと思ったけれど、ノエルはその一撃もどうにか後方に飛びさがってかわす。


「あれじゃ、駄目だ! 重心が後ろに流れ過ぎてる!」


 エリオットが頼んでもいないのに解説してくれた。彼の言葉どおり、ルーゲントはノエルの剣を跳ね上げるようにしながら間合いを詰めると、体当たりで彼女の身体を突き飛ばす。


「きゃあ!」


 普段の彼女からは、想像もできない女性らしい悲鳴。その声に反応してか、びくりと身体を震わせるルーゲント。だが、そんな逡巡は一瞬だけだ。彼はそのまま動きを止めず、倒れたノエルへ接近しようとした。


 ──と、そこで彼は硬直する。

 でもそれは、とどめを刺すことにためらいを見せた……わけではなくて。


「が、がは!」


 その腹部には、剣が突き刺さっている。

 一方、倒れた姿勢で半身を起こしたノエルの手は前方に伸ばされ、その手には剣がない。


「剣を投げた、だと……」


 驚愕の呻き声をあげたルーゲントの腹からは、光の刃を喪失した剣の柄が転がり落ちる。

 うつぶせに倒れたルーゲントに、エイミアからの回復魔法が照射される。


 ……結構やるじゃん、ノエルの奴。


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