第138話 愛のパワーで変身です/竜族魔法
-愛のパワーで変身です-
レイフォンくんとルフィールさんの住まいは、建物こそ小さいけれど、むしろその分だけ余計に幸せで満ち溢れているように感じる。毎日二人で作っているという夕食は、とてもおいしくて、会話を交わす中で滲み出る二人の仲の良さにも、思わず嫉妬しちゃいそうなぐらいだった。
「それにしても、いつの間に結婚なんてしたんだ?」
「つい一か月ほど前だよ。『精霊の森』の警備計画の中で、いっそのことここに移り住んではどうかという話があったんだ。……実はあれ以来、僕たちと同じように精霊騎士団と『妖精族』との関係を改めようとする仲間も増えていてね」
つまり、この集落に暮らしているのは、そうした新しい考えを持つ人間と『妖精族』の人たちということみたい。
「それで、その、そのまま……流れでと言うか……」
「一緒に暮らそうってことになったって?」
「あ、ああ……」
まるで犯罪者に尋問をしているようなルシアくん。あたしはそんな彼に呆れてしまう。まったく、人のことを気にしている場合じゃないでしょうに……。気になってシリルちゃんの様子を窺えば、ルシアくんの方を盗み見ては、溜め息をついている。
あたしにしかわからないことだけど、彼女の中では今、劇的な変化が起きている。それはあたしにとっても嬉しいことのはずなのだけど、その原因を思うと、ちょっと恥ずかしい。
きっとシリルちゃんは、今の今まで世界を救うことの重圧と、救ったとしても世界に大きな被害をもたらすことになる責任に、他のことを考える余裕はなかったのだと思う。だから、ルシアくんに好意を抱いても、傍にいたいと願うことはあっても、それはそれだけで、その先までは考えていなかった。
けれど今は違う。自分でも気づいていないみたいだけど、彼女は今の関係に満足できなくなってきている。それこそあたしが自分で言うのもなんだけど、あたしとヴァリスの……恋人同士となった姿を見て、彼女の中に生まれた感情がある。
それはつまり──
「ルシア、いい加減にしたら? 二人が困っているわよ」
「むう」
一方のルシアくんは、二人のことを羨ましくは感じているみたいだけれど、そのことをシリルちゃんに結び付けてはいない。もちろん、彼女をそういう対象に見ていないわけではないけれど、呑気に悠長に時期を待とうとでもしているみたい。
「……女の子は、そんなに気が長くないんだからね」
『風糸の指輪』を使い、あたしがぼそりと言った一言に、ルシアくんがびくりとその身を震わせる。
「え? ア、アリシア?」
「後悔しても知らないんだから」
呆気にとられた顔でこちらを見るルシアくんに、あたしはこっそりと舌を出す。何が言いたいかわからないみたいで、目を白黒とさせているけれど、いい気味だった。シリルちゃんみたいな可愛くて素敵な子を待たせるなんて、許せないもの。
「どうした、アリシア?」
「ううん、ヴァリス。なんでもないよ?」
「そうか?」
「うん」
あたしの様子を気にして声をかけてきたヴァリスに、満面の笑みを向けながら今後のことを考える。よし、作戦を考えなくちゃね。
「さて、それじゃあ、本題に入らせてもらってもいいかな?」
食事を終えた後、ノエルさんがそんな風に口火を切った。手にはレイミさんから取り上げた撮影装置を持っている。さすがに、新婚家庭を激写するのは止めさせたみたいだ。
ノエルさんが事情を語るにつれ、場が深刻な空気に変わっていく。
八百年前の『魔族』により、重ねられた世界。その時に生まれた狂った世界法則【狂夢】の存在。放置すれば世界はいずれ滅びを迎えるという事実。あの【真のフロンティア】を見てこなければ、未だに実感が持てなかったかもしれない話だけれど、それでも二人は真剣に聞いてくれた。
「……そうですか。それで、この『精霊の森』も時を止める術のために必要な【聖地】なんですね?」
「そうだよ。ここは【創世の聖地】で生まれた【マナ】が集う【回帰の聖地】だ。だからこそ、『精霊』を呼び集める『創世霊樹』もこの場所に造ったんだろうね。どうかな? この場に術式を施すのを許可してくれるかい?」
「ええ、もちろんです。我々も世界に被害が出ることなんて望んでいませんから。ましてや世界律を正す儀式に必要だと言うのなら、協力しないわけにはいきません」
レイフォンくんは、力強く頷く。相手が初対面のノエルさんであるせいか、口調も丁寧で落ち着いたものになっている。それよりなにより、前に会ってから数か月しかたっていないのに、すごく頼もしい感じがするのだ。やっぱり、『愛は強し』ということなのかな?
「今日はもう遅いから、良かったら泊まっていってください」
レイフォンくんは、そんな申し出までしてくれた。
「え? そんなの悪いだろ」
「大丈夫だよ。この家だけでは部屋が足りないようなら、他の仲間の家も借りられるよう声をかけるから」
「いやいや、新婚さんだろ? そんな家に泊まるわけにはいかないって」
ルシアくんの言葉に、その場にいた全員が大きく頷く。ただでさえ、二人の夕食にお邪魔しちゃって悪いのに、このうえ泊まりだなんて申し訳なさすぎだもの。
「まあ、僕たちはその辺の空き地に適当にテントでも張るから、気にしないでくれていいよ。新婚気分でいられる時期はすごく貴重なんだから。一晩だって邪魔できないさ」
ノエルさんが言うと、レイフォンくんとルフィールさんは揃って顔を赤らめたのだった。
──そして翌日。
「やっぱり、『ゼルグの地平』で野宿した時とは、同じテントでも全然違うよね」
あたしはテントから出ると、新鮮な空気を胸いっぱいに吸う。朝の木漏れ日に木々の枝葉がエメラルドの輝きを反射し、あたしは思わず目を細める。
足元に視線を向ければ、朝露に濡れる草花の間を小さなトカゲが走っていくのが見えた。
「こんなところで暮らすのも、素敵よね」
あたしの隣で感慨深げにそう漏らしたのは、シリルちゃんだ。うふふ、よし、かまをかけてみようかな?
「全部終わったら、ここに移り住んでみる?」
「ふふ、それもいいかもね」
「これだけ素敵な場所なんだもの。ルシアくんも、きっと反対しないと思うよ」
「ええ、そうね……」
あらら、シリルちゃん。まったく気づかないや。普通に返事をされちゃった。でも、これはこれで、いい傾向なのかな?
みんなで集まって朝食を済ませると、レイフォンくんがやってきた。どうやら集落の皆には一通りの説明ができたみたい。彼はこの集落では人一倍信頼が篤いみたいで、特に大きな問題はなかったとのことだった。
「それで、ノエル。はっきり確認してなかったけど、実際にはここで何をするの? まさか先行して、ここで『クロイアの楔』を使うわけじゃないんでしょう?」
シリルちゃんの問いかけに、ノエルさんは腰に着けたポーチから、小さい何かを取り出して見せた。えっと、あれは……銀の鍵?
「なにそれ?」
「これは『クロイアの楔』を元に作った補助装置なんだ。造り方は、『彼女』の残した記録にあったんだけどね。まあ、僕じゃなかったら再現できなかっただろうな」
ノエルさんったら、さりげなく自慢してる。でも、多分本当のことなんだろう。
「ありがとうノエル。本当にあなたには助けられてばかりね」
「シリルのためだもん。当然だよ」
にこやかに笑うノエルさん。
「んで、結局どういうものなんだ?」
そう尋ねたのは、ルシアくんだった。
「うん。要するに、これは本体が発動する術式を、そのまま真似て実行するものなんだ。だから、これを各地に設定しておいて、【創世の聖地】『ララ・ファウナの庭園』で本体を発動させるのさ」
「真似て実行って言ったって、そんな遠隔地で機能するものなのか?」
「だからこその【聖地】巡りなんだよ。【マナ】の流れに乗せて装置への術式を流すのさ。世界の【マナ】が集まる【回帰の聖地】には、いわば最終的な受信機となるものを設置するんだ。設置してから馴染ませるのに時間も必要だから、最初に来れて良かったよ」
だんだん難しい話になってきたけど、とにかくここが世界を救う始まりになる場所なんだ。そう思うと、あたしの気分も高揚してくる。うん、頑張ろう!
「ねえ、難しい話はいいから、早くやらない?」
それまでつまらなそうに話を聞いていたレイフィアさんが、急かすように言ってきた。世界を救うとか、彼女には全然興味がないみたい。そんな彼女の気のない様子に、いきなり気勢を削がれた気分になったけれど、それだけでは済まなかった。
「ほら、確かその道具を使うには、アリシアとヴァリスが愛のパワーで変身しないといけないんでしょ? それを楽しみに待ってんだから、早くしてよね」
「はううう!」
そうでした! 忘れてた! あたしは思わず奇声を上げて頭を抱えた。よく考えたら、この先六つの【聖地】で計六回、アレをやらなくちゃいけないのでした。ぶんぶんと頭を振っても、その事実が消えるわけじゃない。
うう、世界を救うって大変なんだね……。
「術式はこの鍵に封じられているから、後は大量の【魔力】を注ぎ込むだけだよ。もちろん、ヴァリスの【魔力】をね」
ノエルさんは、可笑しいのが半分に気の毒なのが半分──そんな半笑いの顔であたしに言う。
「へっんしん! へっんしん! それ! 愛のパワーで変身だ!」
レイフィアさんはとうとう、変な掛け声まで始めている。猫のような金の瞳がにやにやとしているあたり、人が悪いにもほどがある。
「うう、レイフィア~。後で覚えておきなさいよう……」
もう彼女をさん付けで呼ぶのは、止めることにする。
レイフィアは、あたしの天敵に決定だ。
「では、アリシア。始めるか」
「う、うん……」
いつの日か、あたしにもこの恥ずかしい誓いの言葉を照れもせずに言える時が来るのだろうか? ……うん。来なくてもいいや。っていうか、無理無理! 絶対無理だよ、これ!
-竜族魔法-
つがいを持つ『竜族』のみに使用可能な空間転移魔法《転空飛翔》。体内の【魔力】を爆発的に増幅させる、『竜族』最強のインターナル・バーストだ。
実のところ、この術の発動にはお互いの想いを合わせ、『真名』を呼び合いさえすれば、決められた言葉を唱える必要はない。言葉ではなく、想いこそが重要なのだ。
『セリアルの塔』で口にした言葉は、単に我の想いがそのまま言葉になったに過ぎない。
しかし、気付けば、我はアリシアに嘘をついていた。アリシアが我の心を読めるのは、《転空飛翔》を使用した直後のみだ。それをいいことに、我は彼女を騙している。いや、もちろん、悪いとは思う。思っている。だが、顔を赤くしてうつむく彼女の様子は、どうしても我の目を惹きつけて離さないのだ。いつかは話さねばとは思うが、今しばらくは許してほしい。
彼女の顔を見つめながら、『誓いの言葉』を交わし合い、世界を渡る。同時に、我の体内に存在する【魔力】が、凄まじい勢いで溢れていくのを感じる。意識するまでもなく体を覆う、竜鱗を模した光の輝き。我の目の前で、髪と瞳を輝く金に染めたアリシアは、他のどんな生き物よりも美しく見えた。
「よし、それじゃあ準備完了だね。早速頼むよ」
我はノエルに手渡された銀の鍵を握る。溢れる【魔力】を流し込むうちに、手の中から鍵を握る感触が消えていくのが分かった。
「む? 消えてしまったぞ?」
「うん。成功だよ。さすがは『竜族』。大して消耗した様子もないね。レプリカとはいえ、それなりに【魔力】が必要なはずなのに」
「いったいどうなったのだ?」
「鍵に刻んだ術式が、この地の【マナ】に溶け込んだのさ。後は信号が届けば、再び『楔』として具現化する」
「なるほどな」
我が感心して頷いた、その時だった。
「レイフォン様!」
声を上げながら駆け寄ってきたは、『妖精族』の青年と人間の女性の二人組だった。
「何があった?」
光をまとう我とアリシアの姿に驚きつつも、駆け寄ってきた二人はレイフォンに何事かを伝えている。
「なんだって? そんな馬鹿な……」
「どうしたんですか?」
レイフォンの尋常ではない様子に、シャルが心配そうに声をかけた。
「……ああ、何者かがこの森の結界を越えて、こちらに向かってきているらしい」
「結界を越えて? そんなことができるんですか?」
「いいや、『妖精族』や君のような存在でもない限り、森の結界を無視することはできないはずなんだ。でも、現に空にある風の結界を無視するように、こっちに飛んできているものがあるらしくて……」
正体はよくわからないらしい。少なくとも哨戒に出ていた二人にとっては、見たことのないもののようである。敵なのかどうかも不明だ。だが、後者についてはすぐに明らかとなった。
「た、大変です! レイフォン様! 森が攻撃を受けています!」
「なんだって? どういうことだ!」
「お、恐らくですが、アレが着陸する場所を確保するために木を薙ぎ払っているようです。その中には『世界樹』も……」
「く、くそ! すぐに迎撃準備だ! 僕らの森を守るんだ!」
報告を受けて、レイフォンは矢継ぎ早に皆へ指示を出し始めた。するとそこへ、ノエルが問いかける。
「悪いけど、敵の詳細を教えてくれないか? もしかすると、僕らに無関係ではないかもしれない」
「わかりました。誰か! 敵の姿を確認した者は?」
「はい! その、鉄の巨人のような奴らでした。それが上空で止まったかと思うと、背中の筒から光の球を吐き出してきて……」
「爆発したのか?」
ルシアの声。
「は、はい」
「あの変人博士が使っていた『ディ・ヴェガドスの巨人兵』か。どうやら、『元老院』の手の者に間違いなさそうだな」
エイミアが苦々しげに吐き捨てる。『魔導都市アストラル』を脱出する際に、我らに攻撃を仕掛けてきたあの巨人だろう。
「でも、エイミアさん。『奴ら』ってことは、複数いるってことじゃないですか?」
「そうだな。だとすれば、ここの皆には荷が重いかもしれない。助けに行こう!」
「はい!」
エイミアとエリオットが言うとおりだとすれば、一体なぜ、奴らがこのタイミングでここに来たというのか?
「考えている暇はないわ! 急ぎましょう!」
周囲の喧騒の流れに乗って、我らは敵が着陸してきたという地点に向かう。
──着いた場所で待っていたのは、十体もの巨人兵だった。この『精霊の森』では『妖精族』の【精霊魔法】はかなりの威力が発揮できるはずだ。
しかし、水流や岩塊、真空の刃など、火属性を除くあらゆる攻撃が叩き込まれているというのに、巨人兵たちはびくともしない。
逆に巨人兵たちの方は、口の部分を大きく開き、無数の光の矢を放っていた。『妖精族』たちも、地属性で作ったらしき土塁で防御はしているようだが、あの分では長くは持つまい。
「嘘だろ? あんなものが十体も? まさか、またカシムの野郎が?」
「うふふふ……それはあり得ません。あの方ならお亡くなりになりましたから」
ルシアのつぶやきに対し、意外な言葉を口にしたのはレイミだった。カシムが死んだ? 状況はよく分からないが、今回は奴とは別の存在が『巨人兵』の背後にいるということだろうか?
「ちっ、ひとまとまりに斬り裂くにしても、一体一体が大きすぎる。まとめて認識するのは難しいかもしれないな……」
ルシアが舌打ちすれば、
「下手な攻撃魔法は周囲の『世界樹』にも被害が出るわね」
シリルも悔しそうに指をかむ。
『妖精族』たちが火属性を使わないのも、それが理由だろう。
「仕方がないさ。一体ずつ地道に倒していこう」
エイミアが落ち着いた口調で言えば、
「あの時と同じ奴なら、胸の中の【魔術核】とやらを破壊すればいいだけです」
エリオットが冷静な分析をして見せる。
我らにかかれば、あの程度の【魔装兵器】など恐るに足りないだろう。
「レイフィア、あなたも炎の魔法は禁止だからね」
「ええー! そんじゃあたし、何にもできないじゃん!」
レイフィアが不満の声を上げた時点で、我は息をついた。
「……悪いが、ここは我に任せてもらおう」
「え?」
皆が一斉に我を見る。
「要は周囲の木々を傷つけずに、あの鉄巨人どもを破壊すればいいのだろう?」
「あ」
シリルが何かに気付いたように声を上げた。
我はその反応を最後まで確認することなく、走り出す。
「アリシア! 『妖精族』の土塁が決壊する! 護ってやってくれ!」
我は“超感覚”で把握した周囲の状況を彼女に伝えると、なおも『創世霊樹』方面へ向けて歩を進める巨人兵たちの正面に躍り出る。
さて、これは練習だ。この状態で自分がどこまでできるのか、試してみるとしよう。三体の巨人兵の掌がこちらに向けられる。そこに収束する白い魔力光。だが、我には大した脅威ではない。
放たれた烈光を、我は顔の前に立てた両腕で受ける。痛みも衝撃も皆無。金色の竜鱗の前には、この程度の攻撃は通用しない。視界を染める純白の光も関係ない。我は“超感覚”で感じるままに、敵に向かって跳躍する。
軽い衝撃。そして着地。我は手にした透明な球体を握りつぶす。背後を振り返れば、胸部装甲に大穴を開けて崩れ落ちる『巨人兵』の姿がある。続いて振り下ろされる巨大な棍棒。しかし、恐らくは【魔法】で強化されているであろうその金属塊は、我に直撃してひしゃげるように形を変えた。
「さて、周囲に被害を及ぼさないとなると、……こうか」
右手に【気功】ではなく、増幅した【魔力】そのものを収束させる。我を脅威と見なしてか、さらに数体の巨人兵が周囲を取り囲んでいた。
《竜剣牙斬》!
周囲の樹木に届かない程度の長さに調節した【魔力】の刃は、斬撃型竜気功『竜の爪』より遥かに長い間合いと鋭い切れ味を発揮し、巨人兵たちの上半身と下半身を断ち切っていく。
直後に我は、別の魔法を展開する。
《竜盾翼止》!
周囲に展開した光の障壁は、飛来した光の球体を包み込むように形状を変化させ、その爆発をも抑え込む。
「ふむ。こんなものか。後は仕上げだ」
《竜魂一擲》!
選択的な破壊の閃光。我が敵と認識し、破壊を欲するものだけを破壊する。残り四体の巨人兵たちは、圧倒的な光の奔流にさらされて、外部装甲が粉々に砕け散り、不気味な内骨格までもがぼろぼろと崩れ落ちていく。
光が収まった後には、巨人兵の形を成すものは、一体も残ってはいなかった。
「……これがヴァリスの、『竜族』の全力かよ。凄まじいな」
「あちゃあ、こんなのあり? 愛のパワーって言っても、やりすぎでしょ、これ」
ルシアとレイフィアが驚きと称賛の言葉を口にする中、我はアリシアの元へと歩く。どうやら彼女も“抱擁障壁”で『妖精族』を護っていたらしく、事が終わって安堵したように息をついていた。
「……どうやら、これで打ち止めのようだな。先ほどの『楔』への魔力供給がなければ、あとしばらくは持続できたかもしれないが……」
我の身体から光が消えていく。同時に、無限に湧いてくるかのような【魔力】の奔流も感じられなくなった。
「ヴァリス……怪我はない?」
「ああ、大丈夫だ。お前こそ平気か?」
「うん。あたしは平気。レミルも一緒だったしね」
彼女の隣で頷く黒い髪の幼女。我は彼女にも労いの言葉をかける。
「かたじけない。アリシアを護ってくれて」
〈うん〉
レミルは、誇らしげに頷く。この無邪気に笑う幼女が『神』だとは、にわかには信じがたい話だ。やがてはっきり見えていたレミルの姿も、半透明なものへと変わっていく。
「本当、心強いことこのうえないね。君が仲間で本当に良かったよ」
「いや、そう何回も使えるものではないからな。使いどころは考える必要がある。むしろ、敵の方が良いタイミングで来てくれたおかげだろう」
謙遜するつもりはないが、我はノエルの言葉に首を振った。少なくとも現時点では、アリシアが嫌がるかどうかは別にしても、《転空飛翔》の使用自体、一日に一回程度が限界だろう。
そんなリミットを知る由もないはずだが、その声は、この直後に響き渡った。
「う、動くなあ! 動けば、このガキを殺す!」
振り向けばそこには、数人の『魔族』と思しき男たちがいた。彼らは、装甲と衣服が一体となった揃いの装備を身に着けている。つまりは、元老院衛士団だ。
彼らの先頭に立つ男は、手にした光の剣を『妖精族』の少年の首元に押し当てている。
顔の右半分がわずかに茶色く変色したその男は、髪を振り乱し、憎悪と憤怒の形相を浮かべている。
「おや、ルーゲントおじさま。お元気そうで何よりです。僕の愛のこもった熱い抱擁は、お気に召しませんでしたか?」
冷ややかな声。直後、目を血走らせたその男は、怒りの叫び声をあげた。