第136話 誓いの言葉/妖精の国
-誓いの言葉-
僕たちがこれからめぐるべき【聖地】は、次の六か所だ。
火の聖地『フォルベルド』
風の聖地『ラズベルド』
地の聖地『エルベルド』
水の聖地『クアルベルド』
回帰の聖地『精霊の森』
創世の聖地『ララ・ファウナの庭園』
食堂兼会議室の壁面に表示された地名を見て、シリルたちは驚きの表情を浮かべている。話によれば、僕と出会った鋼の街アルマグリッドに来る直前に、彼らは『精霊の森』で起きた事件の解決に一役買っていたらしい。
それだけならまだしも、風の聖地『ラズベルド』に至っては、シリルがルシアを召喚した【聖地】なのだそうだ。彼らは互いの顔を見合わせ、照れ臭そうにはにかんでいる。
「ああ、そうか。そういえばルシアは召喚されたその場で、シリルのことを押し倒したんだっけ?」
「もう、しつこいわよ」
ノエルのからかいの言葉をどうにか受け流すシリルだったけれど、その頬は少し赤い。
「まあ、あの【聖地】に目を付けたシリルは流石だったってわけだね。僕だって、『彼女』の残した資料から推定して場所を割り出しただけなんだから」
「それで、順番はどうするんだ? 近いところから回るか?」
ルシアの問いに、アリシアさんが手を挙げる。
「あ! できれば『精霊の森』は早めにいきたいな。レイフォンくんとルフィールさんにも会いたいし」
「わたしとフィリスも、『妖精の森』のソアラ様に久しぶりにお会いしたいです!」
知らない名前が出てきて戸惑う僕に、アリシアさんが話してくれたところによると、エルフォレスト精霊王国の『妖精族』や『精霊騎士団』の人たちなのだそうだ。
「確かに、あの国を出てもう数か月にはなるからな。一度挨拶には行ってみたいところだけど……」
ルシアも同意するように頷く。
「うん。実はそのつもりだよ。四属の【聖地】は順不同だけど、回帰と創世の【聖地】に関しては、回帰を最初にして創世を最後にする必要があるからね」
「よし、じゃあ決まりだな」
「うん。楽しみ!」
結局、僕たちの次の目的地はエルフォレスト精霊王国にある回帰の聖地『精霊の森』に決まった。
「……さて、悪いけどヴァリスとアリシアには、ちょっと協力してもらいたいことがあるんだ」
話もまとまり、皆が腰を上げかけたその時、ノエルさんが二人に声をかける。
「何だ?」
「どうしたの?」
「実はね。ここにいる変人キワモノメイドがとんでもない速度オーバーをしでかしてくれたおかげで、『アリア・ノルン』の貯蔵魔力の残りが心許ないんだよ。まだ余裕がないわけじゃないけど、念のため満タンにしておきたくてさ」
「うふふ、わたしはヴァリスさんがいることも、ちゃんと計算していましたよ?」
「必要以上に速度を出しておいて、後で補給ができるからいいやって? 随分だね、君も。補給装置扱いされる身にもなってあげなよ……」
呆れたように言うノエルに、レイミさんは含み笑いを返す。
「うふふふ……」
なんだろう? 不気味だな。
いずれにしてもこの巨大な乗り物の動力源まで案内してくれると言うのだから、これに乗らない手はない。僕たちは解散する前に揃ってそちらへ向かうことにした。
中央通路の昇降機をさらに一階層降ると、そこにはかなり広い空間があった。
「ここが『アリア・ノルン』の動力室兼トレーニングルームだよ」
全面板張りの道場のような部屋。遠くに見える壁面には格子付の小さな窓が並んでいて、確かにここなら思う存分動き回れそうだ。……というか、これは少しおかしい。船の構造から言っても、上層階より下層階の方が狭くならなければ変だ。
「この部屋だけは、少し空間をいじってあるんだ。『魔族』お得意の技術でね。ほら、『天空神殿』にもあっただろう?」
「……そういえば、塔の中に洞窟があったりもしたな」
ヴァリスが何かを思い出すように頷く。
「動力源が近い場所だから、この手の加工もしやすかったんだ」
そう言ってノエルが指差した先は、船の後方部分に当たる壁面だ。そこには、人の背丈を超えるほどの大きな箱がある。箱は透明な材質でできているようで、中に稲光のようなものを迸らせた白い球体が浮いている。
「あれが動力源か? でも、そんな場所にトレーニングルームっていうのは危険すぎるだろうに」
箱へと近づきながら、ルシアがそんな不安を口にした。
「危険? なんでだい?」
「え? ほら、衝撃とか火気とかで引火したりするんじゃないか?」
「ああ、心配ないよ。爆発するような性質はないし、むしろ訓練で漏れ出た【魔力】も多少は吸収するから一石二鳥なんだ。一応結界で囲ってはあるけど、船体そのものにダメージを与えるような火力の大きい技や魔法を避けてくれれば問題ないさ」
見上げるほどの距離まで近づいても、その箱からは一切音が聞こえなかった。確かに、爆発しそうな感じはない。
「うふふ。思い出します。宮廷魔術師の皆さんを一人ずつここに案内して、わたしが順番に搾り取ってあげた時のことを……」
恍惚の表情で両手を頬にあてるレイミさんに、一同が顔を引きつらせる。そんな尊い犠牲(?)の果てに、この光の球が存在しているのだと思うと、それをあっさり無駄遣いしてしまったレイミさんがますます恐ろしくなってくる。
「それで、何をすればいいのかな?」
アリシアさんは、興味津々な顔で装置を見上げている。
「うん。この箱に手を当てて【魔力】を流し込んでほしいんだ。もちろん、ヴァリスに《転空飛翔》を使ってもらった状態でね」
「ふえ!?」
裏返ったような声を出し、身体を硬直させるアリシアさん。
「どうしたの、アリシア?」
「大丈夫?」
シリルやシャルに心配の声をかけられても、彼女は固まったまま動かない。かわりに、動いたのはヴァリスだ。
「なんだ、そういうことか。わかった。協力しよう」
「ちょ、ちょっと、協力しようって……ヴァリス」
アリシアさんは、なぜか赤面しながらヴァリスの袖を引っ張っている。
「どうした? 我らの拠点ともいうべきこの船の動力となれば、協力しないわけにはいかないだろう。《転空飛翔》さえ使えば、【魔力】の枯渇については心配もいらないはずだぞ?」
「そ、それはそうなんだけど……」
なおも口ごもるアリシアさん。いったい、どうしたんだろう? と、そのとき、シリルが何かに気付いたように手を打った。
「レイミ。あなたもしかして、これが狙いだったのね?」
「うふふ。さすがはシリルさん。察しがいいですねえ」
二人の間では話が通じているようだったが、僕にはさっぱりわからない。すると、エイミアさんも同じことを思ったようで、僕の代わりに質問をしてくれた。
「シリル、どういうことなんだ?」
「えっと、アリシアに訊いてみた方が早いと思うわよ?」
「アリシア?」
エイミアさんに問いかけられて、アリシアさんは目に見えて顔を真っ赤に染めていく。
「……そ、その、できれば皆には上で待っててもらいたいんだけど」
「うふふ、駄目です。みなさんにも【魔力】の補充がどんな仕組みなのか、知っておいてもらう必要がありますからね」
「はうう……」
レイミさんにすげなく却下されて、ぐったりとうなだれるアリシアさん。
うーん、さっぱりわからない。だが、そんな僕の疑問も、実際にヴァリスが《転空飛翔》を使うのを目にした時点で氷解することとなる。
「さて、それでは始めようか」
「や、やっぱりやるの?」
アリシアさんは、なおも乗り気ではない様子だ。けれどヴァリスは、意にも介さず
『言葉』を続ける。
「アリシア・マーズ。我が魂の片翼よ。汝は我が魂の全てなり。我が存在は汝のために、ここに在る。今ここに、永久の誓いを」
よどみなく、真っ直ぐに力強い言葉を口にするヴァリス。
「うう……ヴァリス・ゴールドフレイヴ。あなたはあたしの心の片翼。あ……あなた、の心は……あたしの、すべて……。今ここに、永遠の誓いを」
赤い顔で涙目になりながら、つっかえつっかえ、どうにか言葉を口にするアリシアさん。うわあ、これは恥ずかしい。シャレにならない。まさか、《転空飛翔》にこんなに厳しい『使用条件』があるなんてね。
ただ、そんな僕の感想は、少しばかり早かったようだ。
「我は汝を……」
「あ、あたしはあなたを……」
「愛している!」
「うう……あ、愛してます……」
力強い声と消え入りそうな声。二つが唱和した次の瞬間、ヴァリスの姿が光に包まれる。
「うわ、まぶしい!」
「きゃあ!」
まばゆい輝きが収まり、閉じていた目を開いた僕たちの前には、金色の鱗を模した燐光をまとうヴァリスと、もともと水色だった髪と瞳を金色に染めたアリシアさんがいた。
「おお! かっくいい! これが愛を誓った二人の真の姿なんだね!」
相変わらずレイフィアは、的確に人の心をえぐる一言を口にする。“抱擁障壁”でさえ、まるで用を為さない攻撃だ。今のでアリシアさんが受けたダメージは甚大だった。頭を抱えてしゃがみこみ、ぶつぶつと独り言を言い始めていた。
「うう……恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。なんで? どうして? あの塔ではここまでしなくても良かったじゃない……」
「あれはあれで不完全な《転空飛翔》だったからな。アリシアは元の姿も十分綺麗だが、我の鱗と同じ色の髪と瞳も、また一段と綺麗に見える。そんなに嫌がることはあるまい」
「また、そういうこと言って……」
僕は心の中でため息をついた。なんというか、その、うらやましい。完全に恋人同士の甘い会話じゃないか、これ。僕はちらりとエイミアさんの様子をうかがう。この前の僕の発言は、どうやら例のごとく鈍感なエイミアさんが違う形で受け取ってくれたみたいで、事なきを得た。……得た、はずだった。
でも、エイミアさんは僕と目が合うと、慌てたように視線を逸らす。やっぱり、何かがおかしい。僕は心の中ではなく、現実においてもため息をついてしまったのだった。
-妖精の国-
わたしの前には、神々しいまでの輝きをまとうヴァリスの姿がある。その輝きは、肉眼で確認できるまでに濃密な、【魔力】そのものだった。
眩しいほどではない光だが、それでもその【魔力】そのもの目がくらんだわたしは、二人から視線を外す。すると、間の悪いことにエリオットと目が合ってしまった。
うあ、まずい。どうしよう。と思った時には、わたしは彼から視線を外していた。だが、今のは良くない。あの時の告白を無かったことにした以上、わたしが彼を意識しているように思われる振る舞いは避けるべきだ。
それはわかってる。それはわかってるんだ。でも、どうしようもない。少し目が合ったと言うだけなのに、わたしの心臓は早鐘のように鳴っている。あんなことがあって、意識すまいと思うようになったからこそ、余計に意識してしまうだけなのだとは思う。
そうに決まっている。それ以外に何があると言うのか?
わたしは心の中で首を振る。それじゃあ、駄目だ。わたしはまたも、自分の心に蓋をしようとしている。ちゃんと向き合って、自分の気持ちを整理しなければならない。かつて、無意識にエリオットを弟に重ね、自分に依存させてしまった時の轍を踏む気はないのだから。
「流石は『竜族』ですねえ。まさか六十七人の宮廷魔術師ですら、半分も溜めることのできなかった貯蔵装置を一瞬で満タンにしてしまうだなんて……うーん、搾り甲斐がありません」
「何を楽しみにしてるんだよ、君は……。まあ、確かに驚いたよ。ヴァリスがパーティにいてくれて本当に良かった。この船を懸念無く動かせるのも、『クロイアの楔』を正しく使う作戦が実行できるのも、ヴァリスとアリシアが『つがい』になって、その力を使ってくれるからなんだからね」
ノエルがねぎらいの言葉をかけた相手は、アリシアだ。彼女は、いつの間にか姿を現した黒髪の幼女と戯れている。だが、金色に輝く彼女の瞳は、どことなく焦点が合っていない。……うん、あれは完全に現実逃避をしている目だな。それでも、間もなく彼女は我に返ったように顔を上げた。
──が、しかし
「そこまで褒められては面映ゆいな。だが、アリシアが生きるこの世界を護るため、我が力が役に立つなら、我にとってもこの上ない喜びだ」
ヴァリスの一言で再び撃沈する。
「……ねえ、レミル。追いかけっこでもしようか?」
〈追いかけっこ?〉
「うん。全力で走るのよ」
彼女の目は、焦点が合っていないどころか、ぐるぐると回っているように見える。
〈でも、わたしはアリシアを護るものだよ? どっちが逃げてどっちが追うの?〉
屈みこむアリシアの目の前では、黒髪を足首の辺りまで伸ばし、白一色の長衣をまとう幼女が首を傾げている。どうやら彼女がアリシアの中にある【オリジン】の元となったレミルという『神』らしい。
「うん……。どっちでもいいよ。ここならいっぱい走り回っても良さそうだし、とにかくあたし、何もかも忘れられるぐらい全力疾走したいんだよね……」
〈でも……そっか。うん、じゃあ、最初はわたしが逃げてあげるね〉
あの幼女は幼い話し方の割に、相手の気持ちを察するのが上手いらしい。唐突で意味の分からない追いかけっこに、『付き合ってあげる』つもりのようだ。あれでは、どちらが子供かわからないな。
わたしたちは走り始めたレミルとアリシア、そしてその様子を不思議そうに眺めるヴァリスを置いて、その部屋を後にした。うん、頑張れアリシア。
──その翌日には、わたしたちの乗る『アリア・ノルン』は、エルフォレスト精霊王国上空に到達した。わたしは部屋に設置された小さな端末を操作し、船の撮影装置から届く下界の様子を眺める。
だらしないようだが、寝台の上で腹這いとなったまま眺める景色は、それはそれで楽しいものだ。
「へえ、すごいじゃん。もうそんな道具の使い方覚えちゃったんだ?」
新たに加わった重みに、ぎしりと寝台がきしむ。同室のレイフィアがわたしの手元を覗き込んできている。
「ああ、前に似たようなものを操作したことがあってね」
わたしがそう返事した時には、レイフィアの赤毛が視界の端に映り込んでいた。ほとんどわたしの真横まで顔を近づけてきた彼女は、金の瞳を輝かせて映像を見つめている。
「にしても、綺麗なところだよねえ。最近じゃ、こんなに生い茂った森って珍しいんじゃない?」
「そうだな。それも『魔族』のいう【狂夢】から漏れ出る狂いとやらが影響しているのかもしれない。そう考えれば、わたしたちの責任は重大だな」
わたしがそう言うと、レイフィアが軽く鼻を鳴らす。
「なんだ?」
わたしが身を起こすと、彼女はくるりと体を反転させ、寝台の端に腰を落ち着けた。
「いや、エイミアって、どうしてそんなに生真面目なんだろうと思ってさ」
「今のはそんなまじめな発言だったか? 当たり前のことだと思うが」
「それが生真面目だって言ってんの。綺麗な森を見たら『綺麗だな』でいいじゃん」
首を傾け、へらへらと笑いながら、悪戯っぽくわたしに視線を送ってくるレイフィア。
なるほど。彼女の言いたいことはわかる。だから、わたしは別に反論もしなかったのだが、レイフィアはなおも、その猫のような瞳でわたしを見つめてくる。
「ふふん。わかっちゃいないね。いい? 綺麗なものを見たら綺麗、美味い物を食べたら美味い。そんでもって、好きな男を見たら好き。それだけでいいんだってば。難しい理屈なんて考えなければいいのに」
「……随分と見透かしたようなことを言うじゃないか。何が狙いだ?」
「ほら、また」
「う……。わ、わかってるさ。だが、その……」
どういうことだろうか? レイミと言い、レイフィアと言い、わたしの恋愛事情なんかにどうして首を突っ込みたがるのだ?
「ひひひ! ようし! エイミアの困った顔、いただき!」
「なに!?」
「その顔、あたしの大好物! にゃははは!」
「あ! こら! 待て!」
転がるように部屋を駆けだしていくレイフィア。
「ふう……。まあ、いいか。彼女の言うこともわからなくはないし……」
彼女のように直感だけで動けたら、どんなにか良いだろうか? かく言うわたしも、他人からは直感で動いていると思われがちなのだが、実はそうでもない。わたしこそ場合によっては、誰よりも理屈っぽくなることがある。特にこの問題に関しては、その傾向が顕著のようだ。
物思いにふけるわたしの耳に、ノエルからの艦内放送が入ってくる。
「みんな、そろそろ『妖精の森』の近くまで到着するよ。降りる準備をしてほしい」
「着いたか……」
わたしは一言つぶやくと、支度を整えて部屋を出た。
『アリア・ノルン』には、高度な隠蔽機能があるらしい。森の傍の草原に着陸した後、一緒に降りてきたノエルが軽く手をかざしただけで、周囲の気配に溶け込むように船体が消えていく。
「本当は、レイミにでも留守番を頼みたかったところなんだけどね」
「うふふ、生の『妖精族』に会えるチャンスを逃すわけにはいかないのです!」
レイミは何故か、首からベルトのついた小さな箱を下げている。
「ああ、これですか? もちろん、撮影装置です!」
わたしの視線に気付いた彼女は、無駄に力の入った声で断言する。いや、何も聞くつもりはないし、聞きたくもないんだが……。
「ふふ、聞きたいですか? いいでしょう! 『妖精族』って聞いた話だと美形のオトコノコ揃いだって話じゃあないですか。うふふ、そんな彼らの『写真』を使って、あんなことやこんなことを……」
実際には垂れてもいないよだれを拭うような仕草をするレイミ。周囲を見渡せば、わたしの掛け替えのない仲間たちは、一人残らず引いていた。わたしに彼女の相手を任せるつもりのようだ。……おのれ、覚えていろよ。
「……それ、壊そうか」
「ああん、勘忍ですう!」
低い声でわたしが言うと、ぶんぶんと三つ編みの頭を左右に振るレイミ。
「い、いいから行くわよ!」
そこでようやく、シリルが話を打ち切るように割って入る。
本来のわたしたちの目的地は、もちろん『精霊の森』だ。だが、守護者である『妖精族』への断りもなく立ち入ってよい場所ではないし、無許可で入ったところで巡視中の彼らに発見されれば戦闘沙汰にもなりかねない。
とまあ、そんな理屈は別にしても、シリルたちは懐かしい相手に会いに行きたいのだろうし、初対面となるその他の面々も『妖精族』には興味があったのだから、『妖精の森』に向かうのは当然の流れだろう。
こんもりと生い茂る森は、命の輝きに満ちた楽園のような場所だった。一歩足を踏み入れるだけで、柔らかい落ち葉でできた土の感触、その匂いに心まで癒される。木漏れ日が差し込む景色の中で、小鳥たちが羽ばたく様は本当に美しい。
「うわあ……」
いつもは騒がしいはずのレイフィアも感嘆の声を漏らしたきり、絶句している。
「いつ来てもいいところね。ここが【聖地】だって言われてもおかしくないくらい」
「そうだね。ふふ、『アストラル』に閉じこもっている『魔族』の連中は、こんな景色も見ることができないんだから、勿体ない話だよね」
「ええ。わたし、旅に出ることができて、本当に良かったわ。その点だけは、リオネルに感謝してもいいくらい……」
ノエルとシリルの会話を聞きながら、わたしは大きく深呼吸をした。肺にしみわたる清涼な空気。自分の顔に、自然と笑みが浮かぶのが分かった。
「エイミアさん。嬉しそうですね」
エリオットの声。なんてことはない一言なのに、わたしの身体はびくりと震えた。いけない。過剰に反応しすぎては駄目だ。
「……驚かさないでくれ」
「あ、す、すみません……」
思わず、非難するような言葉となってしまった。エリオットは、落ち込んだようにうつむいてしまう。
「ああ、いやいや! 謝らなくていい。その、ちょっと考え事をしていただけなんだ」
「考え事、ですか?」
うう、しまった。これでわたしは、ありもしない『考え事』の中身を話さなくてはいけなくなった。と、わたしが内心で頭を抱えたその時だった。
「何者だ、お前たち! 人間がこの『妖精の森』に何をしにきた!」
若い男の声がした。いや、若いというより、むしろ子供の声と言ってもいいような声だ。シリルたちから聞いた話では、この『妖精の森』には貴重で高価な『世界樹』が数多く生息しており、それを狙う密伐者が後を絶たないのだとか。
おそらくこの声の主も、わたしたちをそんな人間と思って、警戒の声を発したのだろう。
──振り返れば、耳の尖った白髪の子供が小さな弓を構えて立っていた。