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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第14章 時の楔と聖地の巡礼
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第133話 深夜の押し問答/大船に乗った気持ち

     -深夜の押し問答-


 結論から言えば、俺たちはマギスレギア城で朝を迎えることはできなかった。


 その日の深夜。俺は眠い目をこするようにして寝台から起き上がる。俺を起こしてきたのはヴァリスだった。


「どうした、ヴァリス。トイレにでも行きたくなったか?」


「……なぜ我が生理現象を理由にお前を起こさなくてはならんのだ」


 おお、俺のボケにツッコミを入れてくるなんて、ヴァリスも進歩したものだなあ。って、そんなことを言っている場合じゃないか。こんな時間に起こす以上、ただ事じゃないはずだ。


「城内の気配が急激に増加している」


「増加? 侵入者がいるってことか?」


「いや、そのままの意味だ。外からの侵入ではない。“超感覚”で把握していた城内の人間の数が、明らかに増えている。正確には『26人分の気配』が突如として、この城の最上階に出現した」


 人数までわかるとは、ヴァリスの“超感覚”も本格的に元の力を取り戻しているみたいだな。でも、城の最上階? 確かそこって……


「うん。『鏡の間』だろうね。きっと『アストラル』側から何かが来たんだ」


 割り込むように声をかけてきたのはエリオットだった。俺より先にヴァリスに起こされたらしいが、まったく眠そうなそぶりがない。


「エイミアさんたちも心配だ。とにかく合流しないと……」


 その言葉に慌てて身支度を済ませた俺は、二人の後に続いて部屋から出る。まさかこんなに早く『魔族』の連中が手を打ってくるなんて。

 女性陣の部屋に向かおうとした俺たちは、廊下でちょうどシリルたちに落ち合う形となった。


「あれ? シリルも気付いたのか?」


「ええ、“魔王の百眼”で『鏡の間』にある【魔導装置】の起動魔力が確認できたわ。多分、出てきた連中は全員が【魔装兵器】で武装しているはずよ」


 シリルたちも全員、すっかり身支度は整っているようだったが、シャルは半分寝ぼけ眼のようだ。まあ、成長期の子供なんだし、無理もないな。


「……眠くなんてないもん」


 俺の考えていたことがわかったのか、頬を膨らませてくるシャル。


「じゃあ、シャル。皆を囲むように隠蔽結界をお願いできる?」


「うん!」


 さすがはシリル。シャルの扱いが上手いな。シャルは早速、額に着けた『聖天光鎖の額冠』から結界を発動させる。これで『魔族』の連中と鉢合わせする可能性は減っただろう。


「でも、なんだってこのタイミングで?」


「……ノエルが言っていたでしょう? バレるのを覚悟で最深部の情報に接触したって」


「それで手を打ってきたって訳か」


「グレイルフォール家の令嬢を逮捕するにはそれなりの理由が必要だし、今回の件は格好の材料だと思ったのかもしれないわ」


「じゃあ、早くノエルを探そうぜ。さすがに心配だ」


 改めて全員で頷きを交わしあうと、俺たちは深夜の城内を疾駆する。【魔法具】による照明に照らされた廊下は不気味なほど静まり返っているが、向かう先からは徐々に喧騒に満ちた声が聞こえてくる。


「貴様ら、何者だ! このような夜更けに無礼であろう!」


 そう叫ぶのはいつか俺と剣を交えたこともある、魔導騎士団長のロデリックさんだ。その隣では年若い鋭い目つきの騎士、副団長のヴェルフィンが杖と剣を構えている。


「我らは『魔導都市アストラル』の元老院衛士団。下賤な人間どもに用はない。そこをどけ」


 鎧と服が一体化した【プロテクトスーツ】のような装備を身に着けた男たち。奴らが元老院衛士団なのだろう。全員が黒い髪で、先端に光の刃が付いている槍を手にしていた。


「ここは、我らがマギスディバイン魔法王国が王城マギスレギアである。……『魔族』といえど、最低限の礼を守ってもらおう」


「元老院に刃向うと?」


「そうは言っていない。だが、我らは『魔族』の奴隷ではない!」


 かつてのレオグラフト国王の思想に最も強く共鳴していたのが、このロデリック団長だ。だからこそ、思うところがあるのだろう。武器を構える連中に対し、一歩も引かずに立ちはだかっている。


 まさに一触即発の状態。俺たちも割り込むべきかと考えた、その時だった。


「……何事だ。騒がしい」


 数人の魔導騎士に護られるように姿を現したのは、レオグラフト国王。同じく寝起きだろうに、その威厳にはいささかの衰えも見られない。


「陛下! お下がりください!」


 ヴェルフィン副団長が慌てたように叫ぶ。


「お前が国王か。ならば話が早い。ここに滞在しているはずの執政官ノエル・グレイルフォールの身柄を引き渡してもらいたい。……まあ、要するに我らの邪魔をするなと言うことだがな」


 衛士団の先頭に立ち、レオグラフト以上に偉そうな口調でふんぞり返っている一人の男。どうやらこいつがこの一団のリーダーのようだ。


「……仮にも誇り高き『魔族』の者ならば、一国の王たる余に、礼節をもって応じる程度の余裕は見せたらどうだ?」


「……生意気な。だが、よかろう。ならば名乗らせてもらう。我は元老院衛士団長、ルーゲント・セレスタ。由緒ある七賢者が末裔、セレスタ家の次期当主だ」


 黒い髪を短く刈り込み、いかにも武闘派といったごつい顔立ちの男だが、ノエルと同じような貴族(『魔族』の場合、魔貴族という言い方をするそうだ)だということらしい。


「余はマギスディバイン魔法王国が国王、レオグラフト・レギア・マギスディバインだ。貴殿らのいうノエル執政官だが、いったい何の咎で逮捕となるのか聞かせてもらいたい」


「人間どもには関係ない」


 侮蔑の表情で吐き捨てるように言うルーゲント。


「関係ないかどうかを確認する必要があると言っている。執政官と言えば、事実上、この国のまつりごとにも関わりのある立場だ。それが逮捕されるとなれば、国政に与える影響は、その罪状次第で変わる可能性もあるのだからな」


「……」


 ルーゲントは忌々しげな顔を見せたが、国王の言い分にも一理あると思ったのだろう。すぐにそんな表情を消して見せた。


「『アストラル』で禁忌とされる情報への接触。それが奴の罪状だ。わかったら、さっさと道を開けろ」


 ルーゲントは苛立ちを募らせていた。


〈ルシアくん、中継お願い〉


 アリシアの声が風糸を伝って響く。俺は振り向かずに頷くと、『絆の指輪』の中継機能を発動させる。


〈たぶん、王様は時間稼ぎをしてくれているんだよ。だから早くノエルさんを探さなきゃ〉


〈……陛下が時間稼ぎを? そうか、ならばそのお心づかいを無駄にするわけにはいかないな。行くぞ!〉


 エイミアの言葉を受けて、俺たちはその場をそっと離れるようにノエルがいる寝室へと向かおうとした。──が、そのとき。


「おや? こんな夜更けに何の用かな?」


 のんびりとした声を出しながら、隠蔽結界で隠れる俺たちのすぐ近くを通りすぎ、衛士団へと近づいていく一人の女性。


「ノ、ノエル・グレイルフォール!」


 驚きの声を上げたのは、ルーゲントだった。


「おや、ルーゲントのおじさま。お久しぶりです。衛士団の団長とは、随分と出世されたものですね?」


 怒りにわなわなと身体を震わせる彼は、自分より十歳は若いだろうノエルを憎い仇でも見るかのように睨みつける。


「う、うるさい! き、今日こそは貴様も終わりだ! 貴様の罪状は、情報深度『不可侵領域』への接触。ことによれば死罪も免れまい!」


「うん、そうだね。僕が死んだら嬉しいかい? そうだろうねえ、何せおじさまは僕と同じ七賢者の末裔に生まれながら、僕よりずっと才能がなくて、武術で出世を図るしかなかったんだから。妬みの対象たる僕の不幸は蜜の味かな?」


 心をえぐるような言葉だ。まるで周囲の人間に状況を説明するかのような語り口は、間違いなく意図してのものだろう。


「ぐ、ぎぎ……! と、捕えろ!」


 号令するルーゲント。


「馬鹿が! なぜ出てきた!」


 叫ぶレオグラフト国王。


「なぜって? そりゃあ、今まで元老院の命令だなんて言って、君を騙してきたことに対する罪悪感のなせる業……ってわけじゃないよ。まあ、無能なおじさまに嫌がらせを言いにきただけさ」


「騙して……だと?」


 『これまでノエルに協力してきたのは、騙されたせいだ』ということにしろと、彼女は言っているのだ。


「だ、だが……ぐ……」


 反論しかけて口をつぐむ国王。国のことを考えれば、表立って『魔族』と敵対するわけにはいかない。苦渋の決断だったのか、唇を強くかみしめるようにして黙り込んだ。


 ノエルの周囲を武器を持った衛士団員が取り囲む。だがノエルは、軽く肩をすくめただけだ。


「仮にも魔貴族令嬢に対する振る舞いとは言えないね。で? このあとどうするの?」


「き、決まっている! 貴様を投獄の上、上層部の沙汰を待つのだ!」


〈待てって! シリル〉


 俺は念話で呼びかけながら、隠蔽結界から飛び出そうとするシリルをどうにか押さえつけた。


〈離して!〉


〈落ち着けよ。彼女のことだ。何か考えがあるんだろう〉


〈か、考えって何よ? もしかしたら、自分が犠牲になればいいんだとでも考えているかもしれないじゃない!〉


 俺はその言葉に首を振る。そんなわけがない。いみじくも彼女が俺に言ったように、彼女自身だって、シリルにとって自分がどれだけ重い存在かをわきまえているはずだ。その自分が死ぬことが、彼女を不幸にするのなら、彼女が自分から死を選ぶはずがない。


「うふふ、みなさんはこっちへどうぞ」


「な!」


 背後からかけられた声に、思わずこちらも声が出てしまった。向こうとはそれなりに距離もあるうえ、会話の声も続いていたためか、気付かれずには済んだようだ。


「レ、レイミか?」


 エイミアの言葉どおり、そこには自称『メイドさん』のレイミの姿があった。何故か手には黒い手袋をはめ、眼鏡がゴーグルのようなものに変わっている。


「はいな。彼女なら心配いりません。後でちゃんと合流できますよ。さあ、行きましょう」


 俺たちは彼女に言われるがまま、彼女に続いて動き始める。


「でもさあレイミは、どうやってあたしたちの姿を見つけたの? シャルの『かくれんぼ結界』って、かなり性能がいいと思うんだけど」


 移動しながらレイフィアがそんな疑問を口にした。彼女のネーミングセンスには言及しないこととして、確かにそれは疑問だった。


「ああ、これです。『ラテルスの眼鏡』。偽装や隠蔽を見抜く強力な【魔導装置】なんですよ。彼女の製作した一品ですけど、見た目もカッコいいでしょう?」


 彼女は顔に着けたゴーグルを、くいくいと眼鏡のように動かしながら説明する。いや、メイド服にゴーグルというのは、すごくミスマッチな気がするんだが……。


「ね、ねえ、本当にノエルは大丈夫なのかしら?」


「もちろん。彼女は、絶対にシリルさんを置いていなくなったりはしませんよ。だから、大船に乗ったつもりでいてください。……ってあら、うふふ」


「ど、どうしたの?」


「いえ、ちょうどおあつらえ向きな言葉だったかな、と思っただけです」


 意味深な言葉を口にしながら、彼女が俺たちを案内した先は、城の裏門だった。



-大船に乗った気持ち-


 わたしは後ろ髪を引かれる思いで城の裏門から外に出た。ノエルのことは心配だけれど、彼女と深いつながりがあるらしいレイミが大丈夫だと言う以上、信じるしかない。


「さあ、こっちです」


 言いながら彼女は走る。追手に追われているわけではないけれど、『元老院』がわたしの身柄を確保したがっている以上、足早にここを離れる必要があった。


「目指すは魔導学院の訓練用第二グラウンドです。迷わずついて来てくださいね」


「へ? 第二グラウンドって、確か学院から遠すぎるのが不便で使われなくなったとこじゃなかったっけ?」


「ですから、もってこいの場所なんです」


 走りながらレイフィアの疑問に答えるレイミ。つまり、わたしたちは『利用者のいない広い空地』に向かっているということだろう。それから、さっきの彼女の言葉やノエルの様子。これらから推測すれば、この先にあるものが何なのか、わたしにはおぼろげながらもわかり始めていた。


 月明かりに照らされた夜の街並み。時間帯が深夜であるせいか、人の姿はほとんどなく、わたしたちの足音や息遣いだけがあたりに響いていた。ところどころに設置された【魔法具】の照明により、駆け抜けるわたしたちの長い影が石畳の上に踊る。


「さあ、この先の角を曲がればすぐですよ」


 そうしてようやくたどり着いた第二グラウンドには、何もなかった。


「え?」


「だいじょーぶです! 見えないように隠蔽されてるだけですから。本当は、彼女が自慢しながら皆さんにお披露目したかったのでしょうけど、やむなしといったところですね」


 レイミはそう言ってグラウンドの外壁に設けられた門をこじ開けると、中へとずんずん進んでいく。


「さてと。それじゃあ、偽装隠蔽結界、解除です!」


 彼女がそう言って「何か」に触れた瞬間、何もなかったはずの空間に突如として大きな影が出現した。


「うお! びっくりしたあ!」


 ルシアがのけぞるように驚きの声を上げる。


「す、すごい……」


 わたしは思わず息を飲んだ。わたしたちの前に姿を現したもの。それは、一言で言えば『帆のない船』だ。大きさは貴族の邸宅ぐらいはあるのではないだろうか。さすがに以前に見た『ラグナ・メギドス』の空中要塞よりは格段に規模が小さいけれど、それでも個人で製作するには無理がある【魔導装置】に思えた。


 恐らくレオグラフト国王にもかなりの協力をしてもらったのだろうけど、それでもこれだけのものを短期間で製作してしまうノエルの手腕には、相変わらず驚かされる。


「さ、入口はこっちです」


 レイミが差し招く先には、『船』の甲板らしき場所から地面へと伸びる階段のようなものがあった。


「こ、この階段を上がるの?」


 シャルが恐る恐る問いかけの言葉を口にする。実際のところ、これだけの規模の『船』となれば、辺境で暮らしていたシャルに馴染みがないのも当然だった。世界中を旅していたわたしでさえ、一度か二度、見たことがあるかどうかの代物なのだ。


 けれど、レイミはそんなシャルの問いかけにきっぱりと首を振る。


「いいえ、シャルちゃんはわたしが……うふふ、お姫様抱っこで運んであげますから、安心してくださいね?」


「え? で、でも……」


 奇妙な形の眼鏡を額にかけたまま、満面の笑みを浮かべるレイミにシャルが戸惑ったような声を出す。いけない! この変態メイド、とうとうシャルにまで手を出す気だわ……。


「シャル! わたしが手を引いてあげる。早く上がるわよ!」


「あ、う、うん!」


 さすがにシャルも身の危険を感じたらしく、わたしの手に縋りつくようにして階段を登りはじめる。


「あーん、いけずう……」


「いいから貴女も上がってきなさい! 中のことはわたしたちにはわからないんだから」


「はーい」


 わたしの荒い口調もなんのその、間の抜けた返事をしながらゆるゆると上がってくるレイミ。


「ちょっと待ってくれ。シリルはわかっているのかもしれないが、我らにはこれが何だかわからんのだぞ? 得体の知れないものにひょいひょいと乗り込めるか」


 ヴァリスの言い分はもっともだった。ただ、彼は未知のものだからと言って尻込みするようなタイプでもない。どちらかというと、『得体の知れないものにアリシアを乗せられるか』と言いたいのだろう。


「あ! ちょっとずるい! あたしが先だってば!」


「順番なんか決まってないだろ? 早いもん勝ちだぜ!」


 そんなヴァリスの気遣いをよそに、ルシアとレイフィアの二人が、先を争うようにして上がってきている。


「え? 乗っちゃ駄目だったか?」


「なによ、もんくある?」


「……いや、もういい」


 二人の呑気な言葉にヴァリスは呆れたように息をつくと、アリシアの手を自然な動作でつかみ取る。


「あ、ヴァ、ヴァリス?」


「行くぞ。足元に気を付けろ」


「う、うん。ありがと」


 まるで、お姫様をエスコートする騎士みたいね。そんな感想をわたしが抱くぐらい、ヴァリスのそれは洗練された動作だった。もしかしてあれも、『勉強』の成果なのかしら?

 ルシアから聞かされたところでは、ヴァリスがシャルに恋愛関係の本を借りて読み始めたという例の件も、そういう理由があったらしい。


「ひゅーひゅー!」


「あんたは同じ冷やかししかできないの?」


 口笛でも吹くように甲板の上から二人をからかうレイフィアに、一応のたしなめの言葉を口にしてから、わたしは改めて周囲を見回した。

 広く平らな甲板の上には、船室の入り口となる構造物が建っていて、一見すると大きな小屋のように見える。けれど、わたしの“眼”で見る限り、船全体が単なる木材では済まされない材質で造られていた。黒光りする鉱石に、七色に輝く魔法金属、特殊な加工が施された白い硬化木材。すべてがすべて、人間の技術力では精製不可能なものだろう。


「さて、疑問はたくさんあるでしょうけど出発です」


「出発って、これ動くのか?」


 最後に甲板へと上がったきたエイミアが、信じられないといった顔をしている。


「ええ、もちろん」


「だ、だが、聞いた話では大きなものを動かすには莫大な【魔力】が必要らしいじゃないか」


 エイミアの当然の疑問に、レイミは含み笑いをして見せた。


「ご心配には及びませんよ。マギスディバイン魔法王国が誇る魔導師の精鋭『宮廷魔術師団』総勢六十七名、その全員の【魔力】を目一杯つぎ込んでいますから!」


「そ、そういえば昼間にそんな話をしていたな……」


 エイミアは、何かを思い出したように顔をひきつらせた。

 つぎ込むって言うか『搾り取った』って言ってたわよね?

 ……わたしは六十七人の冥福を、心の中で祈る。まあ、さすがに死んではいないだろうけどね。


「ですから、まあしばらくは平気でしょう。補充が必要になったらその時は……」


「【魔力】増幅装置、の出番ってわけか」


「もう! ルシアくんまで!」


 ヴァリスを装置扱いする発言に、再び頬を膨らませるアリシア。


「残念ながら緊急事態ですので、この『魔導船アリア・ノルン』の内部構造や性能については、後ほどご説明します。さて、それでは……風防障壁展開!」


 彼女の言葉と同時、甲板の上を透明なガラスのようなものが覆う。


「ああ、すみません。皆さん少し下がってくださいね。……そうそう、床に走っているその溝より後ろまでお願いします。それでは、操縦装置及び搭乗装置、起動!」


 突如として甲板に四角い穴が開き、中からは複数の座席がせり上がってきた。わたしたちに着席を勧めたレイミは、自らは運転席と思われる最前列に腰を下ろす。ごつい眼鏡をかけなおし、黒い手袋をきゅっと引き絞ると、同じく床から出現した操舵輪のようなものをしっかりと握る。


「ではでは、出発です!」


 次の瞬間、ふわりと宙に浮かび上がる『魔導船』。


「うふふ、この日を楽しみにしていました。彼女はわたしに操舵輪を預けるなんて、命がいくつあっても足りないとか言っていましたけど……それが杞憂であることを、今ここに、証明して見せますよお!」


「え? ちょっと?」


 このメイド、何かものすごく気になることを言わなかっただろうか? などとわたしが考える暇もなく、『アリア・ノルン』は大きく揺れる。身体に感じる圧力は、この船が猛烈な速度で動き出したことを意味していた。


「のわ!」


「うおお!」


「きゃああ!」


 胃の中が掻き回されそうなほどの激しい揺れ。この速度なら、あっという間にマギスレギアの外にまで飛び出せるだろう。けれど……


「アリシア! 大丈夫か!?」


「う、うん! だ、大丈夫……」


 真っ先にアリシアの無事を確認するヴァリス。『セリアルの塔』での一件以来、ヴァリスの態度は過保護なまでに彼女を気遣うものになっている。


「ちょ、待てこれ! 絶対、スピード違反だろう!」


 同じく叫ぶルシア。……わたしのことは心配してくれないのかしら? なんて、そんなことを考えてしまう。少しだけ、アリシアのことが羨ましかった。


「いやあああ! 怖い怖い怖い怖い!」


 一方、気も狂わんばかりに叫んでいるのはレイフィアだ。意外なことに、いつもは人を食ったような態度を見せる彼女こそ、この中でもっとも酷い悲鳴を上げている。


「死ぬう! 死んじゃう!」


「……あんたはちょっと騒ぎ過ぎじゃない?」


 呆れつつもわたしは、彼女の弱点を発見できたことが少しだけ嬉しかった。


「シャ、シャル? 平気?」


 わたしは気持ちを切り替えると、シャルの安否を気遣った。けれど、彼女から返ってきた言葉は……


「うん! これ、すっごく楽しいね! シリルお姉ちゃん!」


 シャルが……楽しんでいた。


 障壁の外を凄まじい速さで雲や星々が過ぎ去っていく中、彼女が嬉しそうにはしゃぐ姿は、可愛らしくはあれど意外過ぎて言葉も出ない。


「……そ、そう、よかったわね」


 どうにか、それだけを口にする。

 一方、エリオットとエイミアの二人はといえば、さすがに歴戦の冒険者らしく落ち着いているようだったけれど、シャルの顔を呆然と見つめたまま、固まっていた。


「あははははははは!」


「怖い怖い怖い怖い!」


 シャルの笑い声とレイフィアの悲鳴。普段と違う二人の様子。よく考えてみれば、レイフィアはともかく、シャルについては深夜に起こされて寝不足だったところへ、この騒ぎなのだ。テンションがおかしくなっても仕方がないのかもしれない。


 と、それはともかく──


「レイミ! ノエルはどうするの?」


「はいな! 落ち合う場所は決めてあります。大船に乗ったつもりで、ご安心ください!」


 こんな大船に乗ってたんじゃ、命がいくつあっても足りないわ。ノエルに会ったら文句の一つでも言ってやろうかしら? わたしはぐらぐらと揺れる船内で、流星のように流れていく星の光を見上げながら、そんなことを考えたのだった。


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