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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第14章 時の楔と聖地の巡礼
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第132話 嫉妬という名の感情/オトナの女性

     -嫉妬という名の感情-


 あの後、僕たちはレオグラフト国王に晩餐の席へと招かれた。僕としては不本意だったけれど、城に滞在させてもらっている恩義がある。メリーさんを巻き込まないためにも城下町の宿は避けたいところだったし、誘いをむげに断ることもできなかったのだ。


 王族専用の食堂に置かれた長大なテーブルには、豪華な宮廷料理の数々が並べられ、向かい合うように腰を下ろす国王とエイミアさんが親しげに会話を交わしている。


 僕としては、後で国王の寝こみを襲撃してやろうかと思うくらいの状況ではあったけれど、ここ最近では、その手の真似は慎むようにしている。


「言いたいことがあるなら、わたしに直接言いなさい。わたしはちゃんと聞く」


 その言葉が、僕の心の中で強い歯止めとなっていた。

 だが、国王としての権勢や財力に物を言わせてエイミアさんの歓心を買おうとしたって、そうはいかないぞ。僕は内心のそんな思いを鋭い視線に変えるようにして、国王の横顔を睨みつける。


「どうした、エリオット。食事が進んでいないぞ?」


「あ。はい、すみません」


「いや、別に謝らなくてもいいんだが……。ひょっとして、こういう食事は口に合わなかったか?」


 気遣わしげに尋ねてくるエイミアさんには、僕の胸中など知る由もないのだろう。それでも、こうして気にかけてくれていることが嬉しかった。


「あ、その、少しばかり僕には豪華すぎるのかもしれません」


 僕は思いついたように言葉を返す。すると、国王、いやレオグラフトの奴が嫌味な笑みを浮かべた。


「そうか。確かに庶民には少々食べ慣れない料理だったかもしれんな。よければ後で別の物を用意させよう」


 見下したような言い方に、僕は思わず立ち上がりかける。


「エリオット?」


「あ、い、いえ、何でもありません」


 エイミアさんに呼びかけられ、どうにか気を落ち着ける。再びレオグラフトを睨みつけると、奴が口元を愉快気に歪ませているのがわかった。……気分が悪い。気付けば、それまで和やかだった会食の雰囲気が、どこかぎこちないものに変わっている。


 と、そのときだった。


「うま! これは美味い! やっぱり金のかけ方が違うだけあって、美味いよなあ」


 ルシアが急に大きな声を上げた。僕の横でがつがつと料理に喰らいつきながら、感心したように頷きを繰り返している。彼は彼で、なんというか……その、遠慮がない。さすがのレオグラフトも、呆れたように顔をひきつらせている。


「ちょっとルシア、はしたないわよ」


「え? いいだろ別に。王様の方から無礼講でいいって言ったんだし」


 シリルがたしなめはしたものの、彼は一向に悪びれない。けれど、これで一気に場の空気が弛緩した。それまで豪華な料理に圧倒されて口を開けないでいたエイミアさん以外の面々も、次々と料理についての感想を口にし始める。


「ほんと、これおいしー! ヴァリス、こっちのお魚なんて生のお刺身だよ? こんなの初めて食べちゃった!」


「ふむ。食材の鮮度が違うな。保存用の【魔法具】の質の問題か?」


「もう! そこは素直に『おいしい』でいいじゃない。理屈なんてどうでもいいの。ね?」


「ああ、そうだな。アリシアが言うなら、そうなのだろう」


 アリシアとヴァリスは相変わらずというべきか、仲睦まじく会話を交わしている。


「こんなに美味いんだから、シャルだって来ればよかったのにな?」


「……仕方ないわよ。あの子はこういう雰囲気は苦手みたいだもの。まあ、生まれ育った境遇があれじゃ、無理もないけれど」


 そういえば、シャルは某国のお姫様だって話だったな。複雑な生い立ちらしいけれど、とにかく彼女は今回の晩餐には出たくないと言って、別室で食事を摂っている。同じくレイフィアも「堅苦しいのはキライ」とか言って、シャルと一緒にいるはずだった。


「ところで、陛下。ノエルからは、貴方がわたしたちのためにかなりの力を尽くしてくれたと聞いているが、どうしてそこまでしてくれるのだろうか?」


 まるきり自覚がないのか、エイミアさんはそんなことを尋ねた。

 問われた当のレオグラフトは軽く息をつくと、肩をすくめて答えを返す。


「決まっている。余が国王だからだ。ノエルから聞かされたが、お前たちはこの世界の命運を握っているのだろう? ならば協力するのは一国の王として当然だ。これまで人間をいいように操ってきた『魔族』たちより、お前たちの方が信用できる。余は、そう判断した。……それだけのことだ」


「……驚いた。本当に君は変わったんだな」


 エイミアさんの感心したような声。それを聞いていると、僕の胸に得体の知れない不安が沸き起こってくる。


「ふん。……お前の言葉が余を変えたのだ。お前のおかげで、余は真の国王になれた。だから、お前には本当に感謝している」


 それまでとは変わって、真剣な眼差しでエイミアさんを見つめるレオグラフト。まっすぐに彼女の瞳を見つめて離さない視線を、叶うことなら槍で断ち切ってやりたいぐらいだった。


「あ、ああ、そうか。うん、それはなによりだな」


 心なしかエイミアさんも狼狽えていると言うか、頬がうっすら赤くなっているようにも見える。レオグラフトは誰が見ても美男子の部類に入る男だ。そんな男から熱いまなざしを向けられて、エイミアさんも心が揺れているのだろうか?


「……失礼します!」


 ガタンと、ことさらに大きな音を立ててながら席を立つ。もうこれ以上、こんな空間にはいられない。


「エリオット? どうした?」


「代わりの食事なら、給仕の者に言いつけるがいい。口に合うものも用意はできると思うぞ」


 エイミアさんの心配そうな声とレオグラフトの勝ち誇ったような声。僕はそれを背中越しに聞きながら、黙って部屋を後にした。


 ──くやしい。なんだろう、この気持ちは?


 このやるせなさを何かにぶつけたくて仕方がない。いらついた気持ちで城内を歩く。だいたい、なんであんな奴が治める国の城になんて、いつまでも居続けなくてはいけないんだ? そう思うと、足元の床も絨毯も壁も調度品の数々も、何もかもが気に入らない。


「くそ!」


 僕は手近な壁に拳を叩きつける。因子制御中であり、【気功】による身体強化すらしていない僕の拳には、鈍くて強い痛みが広がり、じんわりと血もにじむ。


「ばか! 何をやっているんだ君は」


「え?」


 突然聞こえた声に、僕は驚いて振り返る。だが、それより早く僕の腕が引っ張りあげられ、痛む拳にそっと手が添えられていた。温かくて柔らかい、女性の手だ。


命の水ヒール・アクア


 ほとんどまともな詠唱もないまま、小さく輝く【魔法陣】が発動する。初級の【生命魔法】ライフ・リィンフォースだ。僕の手を暖かな光が包み込んでいく。


「エイミアさん……」


「まったく、心配になって追いかけてきてみれば……、自分で自分の拳を痛めるなんて、どういうつもりだ?」


 彼女は、僕の顔を見ていない。両手で包んだ僕の手を見下ろしている。


「す、すみません……」


「いったい、どうしたんだ? 食事の時からずっとそうだったが、何か悩み事でもあるのか?」


 治療を終えたエイミアさんは、ようやく顔を上げて僕を見る。蒼い瞳が僕の目を覗き込むように向けられている。


「な、なんでもありません。ちょっと気分が悪かっただけですから……」


「エリオット。いくらわたしが鈍いと言っても、それが嘘だと言うことぐらいはわかるぞ。わたしには話せない悩みなのか?」


「そ、それは……」


 話せるわけがない。レオグラフトとエイミアさんの仲のよさそうな様子に嫉妬していただなんて、口が裂けても言えやしない。


「もしそうなら無理には聞かないが、それでもあの態度はいただけないぞ?」


「え?」


「せっかく陛下が晩餐に招待してくれたのだ。気分が悪いならその場を辞するのも仕方がないとは思うが、あんなふうに立ち上がっては失礼だろうに」


 ……なんで、どうして、エイミアさんは、あんな奴の肩を持つんだ? 心配して僕を追いかけてきてくれたのは嬉しいけれど、そのうえで僕は、どうしてこんなことを言われなきゃいけないんだ?


 彼女の言っていることは正論だ。でも、今の僕に向かって、『ただの正論』を口にするエイミアさんに、僕は腹が立っていた。


「別にいいでしょう? エイミアさんには関係ないじゃないですか。放っておいてくださいよ。エイミアさんも食事の途中なわけですし、戻ったらいかがですか? ……ああ、傷の治療、ありがとうございました!」


 僕は捨て台詞のようにそれだけ言うと、急いで身体を反転させる。

 僕は今、何を言った? エイミアさんに『腹を立てる』? 僕が? そんな馬鹿な……。混乱の極みに陥った僕は、そのまま慌てて駆け出そうとした。


 自分で自分の感情が、よくわからない。だが、僕はエイミアさんという人を甘く見ていた。彼女が、こんな言葉を言われっぱなしで済ませるはずがなかったのだ。


「うわ!」


 背後から強烈な一撃を受けて、僕は勢いのままに廊下の床へと突き飛ばされる。もちろん、僕も無様に転ぶような真似はしない。その勢いを利用して前転するように体勢を整え、身体を起こして振り返ろうとした。


 が、その時には既に彼女は僕の両腕を掴み、自由を封じながら馬乗りにのしかかってきていた。【生命魔法】ライフ・リィンフォースの効果で強化された腕力を維持するエイミアさんに、僕はなす術もなく押さえつけられる。


「う、く……!」


「さて、エリオット。自分の発言をよく考えるんだ。君は今、言ってはいけないことを言ったな? わかるか?」


 これはいわば、エイミアさんの『説教モード』だ。あの頃も時々これで怖い思いをしたものだけど、四年が経った今もなお、その迫力は変わっていない。


「……わかりませんよ。僕が何を言ったって言うんですか?」


 それでも僕は、不貞腐れたようにそう言った。殴られるのは覚悟の上だ。けれど、彼女は僕の腕を抑えたまま、悲しそうに僕を見下ろすだけで、その手を振り上げようとはしなかった。


「……『関係ない』だ」


「え?」


「わたしと君は、関係ないのか? そんな寂しいことを言わないでくれ。ただでさえ四年前、君に黙っていなくなられて、わたしは寂しい思いをしたんだ。さっきの問いが君に深入りしすぎたのだと言うなら謝る。……だから、関係ないだなんて言うのはよしてくれ」


 今にも涙をこぼすんじゃないかと思うくらい、彼女の瞳には悲しみの色が揺れている。上から見下ろしてきているせいか、彼女の蒼く長い髪が、彼女の顔を包むように僕の顔の前まで垂れてきている。


「……ごめんなさい」


 僕は謝罪の言葉を口にする。


「……いや、わかればいいさ。わたしこそ、ごめん。手荒な真似をして」


 そう言って僕の腕から手を離し、立ち上がろうとするエイミアさん。

 僕は起き上がりながら、とっさにその手を掴んだ。


「え?」


「──嫌だったんです! あなたとレオグラフトの奴が、……まるで恋人同士のように見つめ合っているのが……。僕以外の誰かが、あの視線の先にいることが許せなかったんです。僕よりエイミアさんと親密な関係を持つ奴がいることが、どうしても……嫌だったんです!」


 自分でも、なんでこんなことを口にしてしまったのかわからない。

 でも口から出した言葉は、もう引っ込めることはできない。エイミアさんが、唖然とした顔で僕を見下ろしていた……。



-オトナの女性-


 エリオットがわたしを見上げている。力強い手でわたしの手を掴み、真剣な眼差しでわたしを見つめてくる。何故かわたしは、彼の瞳から目を逸らしたいと思った。見つめられていることに、耐えられない。


「……手」


「え?」


「手を離してくれないか? 少し痛いんだ」


「あ。す、すみません!」


 手が痛いなんて嘘だった。痛いのは、胸だ。鼓動が高まって、どうしようもなく胸が痛い。息が詰まる。顔が熱い。思えば、わたしはずっとこの事実から逃げていた。メリーさんに指摘され、ルシアに確認し、エリオットを弟として見るのをやめた後でさえ、わたしは現実を直視しようとしなかった。


 それと意識して見れば、明らかにわかる彼の好意。それを無理矢理、歪めていたのはわたしだった。何が『いくらわたしが鈍いと言っても』だ。……反吐が出る。


 ふと気づけば、エリオットが不安そうな顔をしている。

 どうしよう。どうしたらいい? 自分の気持ちにすら整理がついていないこの状況で、こんな奇襲攻撃を受けてしまったら、対応のしようなんてないじゃないか。


 考え込むわたしだが、考えている時間はない。せめて何らかのリアクションを彼に返さないと、彼はどんどん不安になる。少なくとも今は何かを保留して、そのうえで彼を安心させられるようなことを言わなければ駄目だ。


 何をパニックになっているんだ、わたしは……。年上の、大人の女性として、ここは上手く切り抜ければいいんだ。何も難しい言葉である必要はないんだ。


「あ、す、すみません、ぼ、ぼく……」


 まずい。まずいぞ、わたし。どうする? 考えるんだ!

 って……そんな都合のいい言葉があるわけないじゃないか! 

 うう、八方ふさがりもいいところだ。残る方策は……


「き、君の、け、怪我は治ったみたいだし? わ、わたしは、ちょっと身体を動かしてくる!」


 ──最悪も最悪、最低の選択肢だった。

 わけのわからない言い訳を言いながら、全速力で走り出す。またしても、わたしは逃げ出したのだ。


「あ! エイミアさん!」


 ごめん、エリオット。いきなりそれは、わたしには上級すぎる。もう少し前置きとか、そう言ったものが欲しかった。心の中で虚しい言い訳をしながら走る。これでさらに、彼を傷つけてしまったかと思うと、胸が苦しい。


 そしてそのまま走り続けることしばらく。広い城内とはいえ、いつまでも走り続けられるわけがないし、使用人にでもぶつかったら迷惑だ。わたしはどうにか広い場所を見つけて足を止めた。そこは、例の中庭だった。


「と、とにかく、気を落ち着けて少し休もう……」


 珍しく独り言を口にしながら、わたしは屋根付きベンチの一つに足を向ける。気が動転していて、注意力が散漫になっていたのだろうか? その時のわたしは、普段ではあり得ない失態をしでかした。


 ゆっくりと腰を下ろしたベンチの座面が柔らかい。


「うわああ!」


 驚いて立ち上がったわたしの手を、何者かの手が掴む。


「……うふふ、こんなところで、こんな時間から、こんなプレイを御所望だなんて、エイミアさんもなかなか大胆で素敵ですう!」


「レ、レイミか! こんなところで何をしてる?」


 振り向いた先には、何故かベンチで横になるレイミの姿。……いやいや、そんな露出の激しいメイド服でベンチに横になるとか、ありえないぞ?


「え? ああ、お月様を眺めていたんです。ここでこうして横になると、良く見えるんですよ」


「つ、月を見ていた?」


「いいえ、月ではなくて、お月様です」


……よくわからないが、どうやら両者は違うらしい。


「そ・れ・よ・り、わたしの準備は万端です。いつでもわたしに座ってください!」


「け、結構だ!」


 わたしに座れって……特殊な性癖にもほどがあるだろう。


「……それで、何があったんですか? 随分と慌てていたみたいですけど?」


「い、いや、その……」


 わたしは起き上がったレイミに勧められるままに彼女の隣へと腰を下ろす。問われてはみたものの、何と言って答えたものだろうか? まさか彼女に先ほどの件を話すわけにもいかないし……、などと考えている時点で、わたしは彼女の術中にはまっていた。


「メイドさんのお仕事の一つに、『傾聴』というものがあるんです。ご存知でしたか?」


「なに?」


「ご主人様のお悩みを聞いて差し上げるんです。無論、メイドさんですからアドバイスを差し上げるだなんて、大それた真似はできませんけど、聞くだけでご主人様の癒しになる。大事なお仕事です」


「……つまり、胸に溜めこんでいないで話した方がすっきりする、ということか?」


「はいな。……それに、わたしはただのメイドさんじゃありません」


 いや、それはもう十分すぎるくらいわかっているが……とは辛うじて口には出さないでおいた。


「特別なメイドさんなんです。ですから、場合によっては相談に乗ることだってできますよ? どうです? 年上のお姉さんに話してみるつもりで、おひとつ」


 年上、か。彼女は確かに年齢不詳だが、雰囲気としては、少なくともわたしより人生経験豊かに見える。かえって仲間内には相談しにくい内容でも、彼女にするならいいのかもしれない。そんなふうに、わたしは思ってしまった。


「実は……」


 事の顛末をレイミに話して聞かせるうちに、ふと気づく。もしかしてこれは、恋愛相談になってしまってはいないだろうか? いやいや、そうじゃない。大体わたしがエリオットと恋愛関係になるかどうかなんて……


「なるほどなるほど」


「え?」


「よくわかりました」


 顔にかけた眼鏡をくいっと上げると、レイミはにこやかな笑みでわたしを見る。


「そ、それで……?」


「はい。まず確認です。エイミアさんはエリオットさんのこと、お好きですか?」


「もちろんだ」


 即答だった。当たり前だ。他に答えなどあるはずもない。


「だったら簡単です。エリオットさんにそう伝えて差し上げればいいんです」


「な! い、いや、だが、わ……わたしが好きと言うのは……その、そういう……」


「うふふふ。エイミアさん、可愛い……」


 口元に拳を当てて、不気味な含み笑いをするのはやめて欲しい。


「人が真面目に話してみれば……」


「ああ、待ってください。次の質問です」


「え?」


「レオグラフトさんはお好きですか?」


 国王陛下を『さん付け』で呼ぶメイドがいた。


「え? 陛下を? うーん、まあ、以前よりは好ましいお人柄になられたとは思うが……」


「じゃあ、決まりじゃないですか」


「何がだ?」


「要するに、エリオットさんはレオグラフトさんの方が自分より好かれているんじゃないかってことを気にしているんですよ。だったら、そうじゃないって伝えてあげればいいんです」


「へ?」


 あれ? そうなのか? わたしはてっきり、エリオットから告白を受けたものだと思ってしまったが……、よくよく思い出してみれば、かなりきわどい表現はあったものの、他に解釈のしようがないほどには直接的ではなかったような……


「うふふ、お気づきですか?」


「……なるほどな」


 つまり、『そういうことだ』と解釈したことにする。そういう手か。わたしは感心してレイミを見た。


「うーん、何処からどう見ても変人キワモノメイドさんだと思っていたが、なかなかどうして……」


「…………エイミアさん? 声に出てますよ?」


「え? あ、しまった!」


「うふふふふ……、この借りは、後でステキな方法で返していただきますからねえ?」


 地獄の底から響いてくるような彼女の声に、わたしは返事をせず、あさっての方向を向いてとぼけた。


「まあ、それはおいおい考えるとして、次の質問です」


「いや、おいおい考えなくてもいいから……って、まだ質問があるのか?」


「はい。エイミアさんは、どうしてエリオットさんから告白されたと思ったんですか?」


「え? それはその……」


「どうして頭の回る貴女が、この程度の切り抜け方に気が付かなかったんでしょうね?」


「……」


 問われて、わたしは押し黙る。そんなの、動揺したからに決まっている。わたしだって、冷静になれないときはある。と、口にしたわけでもないのに、レイミはそれを聞いたかのように言葉を続けた。


「では、どうして動揺したんでしょうねえ?」


「どうして、と言われても……」


「それに、さっきの話の中で、『自分の気持ちにすら整理がついていないのに』って言いましたよね? それって『何の』気持ちの整理なんですか?」


「う、うう!」


 おかしい。どうしてこんな展開になったんだ? さっきまで希望の光を見ていたような気がしたのに、気付けば窮地に追い込まれている……。


「うふふ。今回は、ほんの少し猶予を与えられただけだと思った方がいいですよ? 次はもっとストレートな言葉が来ちゃうかもしれませんし」


「あ、い、いや、それはその……」


「真っ赤な顔のエイミアさん。素敵ですう……思わずお姉さんが食べちゃいたいぐらい……」


「食べないでくれ!」


 うっとりと目を潤ませ、人差し指を口にくわえるという艶めかしいポーズで接近してくるレイミを、どうにか押しのける。


「わたしの言いたいこと、わかります?」


「……自分の気持ちを整理しておけ、というのだろう? 次はそんな猶予はない。その時に今と同じ真似をすれば、間違いなく彼を傷つけることになる」


「はいな。それだけわかれば十分です」


 しなをつくり、艶やかな笑みを浮かべながら、レイミは良くできた弟子を褒めるような言葉を口にする。


「改めて礼を言わせてくれ。ありがとう。君に相談して良かったよ」


「いえいえ、礼なんて。お気になさらず。これもメイドさんのご奉仕の一環ですから。でも、この場合は『お姉さんとして当然のことをしたまでです』と言ったところでしょうか?」


「……わたしには、弟はいても他に家族はいなかったからな。もし、わたしに姉がいたら、こんな感じだったんだろうか?」


 こんな風に相談に乗ってもらえて、わたしはつい、彼女に気を許してしまったのだろう。言わなくてもいい、余計な感想まで口にしてしまった。


 ……彼女の眼鏡の奥にある、黒い瞳がきらりと光る。


「うふふふふ! わたしも、こんなに可愛い妹なら大歓迎です。じゅるり……おっとよだれが……姉と妹……まさに禁断の愛ですね! まさか、こんなシチュエーションをお望みとは、エイミアさんもなかなかどうして……」


「え? い、いや、違うぞ! それは違う!」


「今さら照れなくても……」


「照れてない!」


「うふふふ! 言質は取りましたので、問答無用です!」


「やっぱり確信犯か!?」


「さあ、夜はまだまだ長いですよ? めくるめく愛の営みを!」


 彼女の手に黒い縄のような物が見える。


「や、やられてたまるかあああ!」


 月に照らされた中庭で、わたしの大事な何かを賭けた、孤独な戦いが始まろうとしていた。


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