第14話 新しい人生の目的/冒険者ギルドについて
-新しい人生の目的-
今日の宿を探すべく、俺たちはツィーヴィフの町を歩く。
俺にとっては珍しい世界の風景で、初めての大きな町だ。しかし、正直なところ、街並みを見ている余裕はなかった。
俺は、あの子を救うことができたんだ。俺が、この手で、間違いなく、助けることができた。町を歩きながら俺が見ているものは、土壁に洒落た模様を刻みこんだ家々でもなければ、西日を浴びて黄金に染まる道沿いの木立でもない。ただ、握ったり開いたりを繰り返す、自らの掌だ。
奪うことしかできなかったはずの俺が、小さな命を守ることができた。
どうしようもなく人生を踏み外し、死ぬこともできずにただ、終わりつづけていた俺が、本当の意味で誰かの役に立てたんだ。
「ルシア? どうしたの?」
自分の掌を見つめながら、にやにやと笑う俺を気味悪く思ったのだろう。シリルが気遣わしげに声をかけてくる。
「ん?ああ、俺にも誰かを助けることができたんだなと思ってさ」
「何を言っているのよ。ボルゾフさんだってあなたが助けたようなものでしょう?」
「あれは、……違うよ」
あれは、ただ、かつての自分を思い起こさせる醜悪な『ゴブリン』たちを、目の前から消してしまいたかっただけだ。
あれは、ただ、かつての自分と何ら変わることもなく、無造作に、無作為に、ただ目の前にあるものを奪っただけだ。
『掠奪者』。食料を奪い、水を奪い、空気を奪い、エネルギーを奪う。
その延長線上にあるもの。俺がずっと目を背け続けていたもの。それは、『命』を奪うこと。
俺は、元の世界にいた頃、自分の『国』のためになら、どんなものでも『掠奪』した。
それが結果として相手の『国』にいる多くの人間を飢えさせ、苦しませることになるとわかっていても、俺にとっては俺自身と周囲の人間さえ守れれば、それでよかった。
けれど、『国』の人間に英雄と褒め称えられ、有頂天になって『掠奪』を繰り返すうち、俺はそんな気持ちすら忘れていた。いかに優れた『掠奪』を行うか。そんなことに躍起になっていた。
俺は、わかっていなかったんだ。自分の罪の、その重さに。
奪ったのだから、奪われて当然だ。そんな当たり前のことにも気付かず、結局はすべてを失い、何一つ守ることができなかった。
「今回の件は、あの時とは違うんだ。誰かを助けるためだけに何かをして、誰も何も傷つけず、誰かを助けることができた。なんだか、それが嬉しくってさ」
おかしなことを言う奴だと思われただろうか?
シリルは肩にかかる長い黒髪を手でかきあげながら、不思議そうに首を傾げる。
「ふうん。でも、そんなこと、これからいくらだってできるわよ? いちいち感動していたらきりがないと思うけど」
俺は、そんなシリルの言葉にこそ、感動してしまった。そうか。そうなんだ。
俺はかつて、失敗した。何が大切なのかを見失い、何一つ守り抜くことができなかった。
この世界に召喚されて、俺はこれまで自分が生きてきた『証』を失い、自分が付き合ってきた『業』を失った。
でもこれは、俺にとって人生をやり直すチャンスでもあるんだ。
今度こそ、大切なものを見失わないように。
今度こそ、大事な何かを守り抜けるように。
「うん。よかったね、ルシアくん」
俺のそんな心の動きを多少なりとも読み取ったのか、アリシアの声にはいつになく優しげな響きがあった。
「誰かのために、か。我にはよくわからない話だな。……だが逆に、もっと解せんのはあの薬を娘に投与したという男のことだ。なぜ、人間は、同族に対して、あんな真似ができる?」
確かに、ヴァリスの言うとおりだ。
『混沌の種子』だかなんだか知らないが、あんなに小さい子を化け物の姿に変えて苦しませるなんて、人間のすることじゃない。
ボルゾフさんに『薬』を売った男は、実験だとかと言っていたらしいが、それが本当なら胸糞の悪くなる話だ。
いまでも俺の手には、あの、ポーラという少女のなれの果てだった存在を斬り裂いた感覚が残っている。結局助けることはできたとはいえ、あまり気分のいいものじゃない。
『切り拓く絆の魔剣』には、鉄だろうと何だろうと抵抗なく斬り裂くだけの力があるみたいだが、それは手応えを残さないということを意味しない。
斬るときに抵抗はなくとも、斬ったという感触は手に残る。それもまた、持主にとっては重要な情報だからだ。
“斬心幻想”。『剣』としての理想形。この【魔鍵】は、剣として必要な要素をひとつ残らず体現しているかのようだ。
「なあ、シリル。あの薬を売ったとかって奴、何とか見つけられないのか?」
「どうして?」
不思議そうな顔でシリルが聞いてくる。
「どうしてって、そりゃ、あんなひどい事をする奴、野放しにはしておけないだろうが」
「でも、わたしたちには関係ないわ」
「関係ないっことはないだろ」
俺は少々憤慨しながら、シリルに食ってかかる。あまりにも冷たい言い草じゃないか。
でも彼女は表情も変えずに首を横に振る。
「正義感も大切だし、目の前で誰かが困っていたら助けるべきだと思うけど、それ以上は行き過ぎよ。世の中の悪を全て滅ぼしたいとでも言うのなら別だけど」
「う、まあ、そりゃそうだけどさ」
シリルの言うことは、いちいち正論だ。でも、どうやったらそこまで、正論だけで物事を考えられるようになるんだろうか。
俺が見る限り、シリルは感情に薄い女じゃない。初めて出会ったときもそうだったし、その後、まだ短い期間とはいえ、一緒に過ごしていた間だけでも、それは十分にわかる。
だとすれば彼女は、自分の感情を理性でもって、いつも抑えつけているんじゃないのだろうか? そんなことを続けていて、よく精神がもつものだと思う。
自分の感情や欲望のままに、周囲を顧みない行動を起こす奴より好感は持てるけれど、理性を他のすべてに優先して行動しようなんて言うのも、それはそれで、気持ち悪い。
いったいなにが、彼女をそうさせるのだろうか?
特別に感情を抑えなければならない理由でも、抱えているというのだろうか?
とにかく万事がこんな調子では、俺が彼女に本当に伝えなければならない言葉も伝えられない。伝えたとしても、理性をすべてに優先させ、俺への償いを果たそうとする彼女は、俺の言葉なんて額面通りには受け取らないだろう。
「ねえ、ルシアくん。そんなに難しく考えなくてもいいんじゃない? 時間はたっぷりあるんだから、できることから、一歩ずつ、でいいと思うよ?」
「アリシアの言う通りよ。もし今後、わたしたちがその男に遭遇することがあれば、その時こそ報いを与えてやればいいのよ」
物思いに沈みかけた俺にアリシアが投げかけた言葉に対し、シリルは同意するようなことを言うが、アリシアが言いたかったのは多分、別のことだろう。
確かに、そのとおりだ。一言で伝わらなければ、伝えるための言葉を探し、百回だって繰り返す。言葉で伝わらないなら、行動で示してやる。
俺にチャンスを与えてくれた彼女には、絶対に伝えなければならない。
悔いる必要なんてないし、悩む必要なんてない。償いなんて必要ないし、責任なんて感じる必要はないってことを。
なぜなら、たとえこの世界が彼女の言うとおり、俺が元いた世界より、はるかに酷い場所だったとしても、過ちを犯し、『終わりつづけていた』俺に再び始まりを与えてくれた彼女は、俺にとって命の恩人以上の恩人なのだから。
なら俺は、彼女のことを知らなくてはならない。彼女のために、俺に何ができるのかを知るために。彼女が俺のためにしてくれるあらゆることに、今の俺では報いることができない。俺にはそれだけの力がない。
だから、俺は冒険者になる。冒険者になって彼女の傍で、彼女の力になれるよう、強くなってみせる。
俺は今、新しい人生の最初の目的をそう決定したのだった。
-冒険者ギルドについて-
わたしたちは、今晩の宿を確保すると、さっそくツィーヴィフの町の冒険者ギルドへと向かった。
「シリルは、俺が冒険者になるのは反対だったんじゃないのか?」
「今も別に賛成はしてないわ。でも、あなたがなりたいのなら、協力する。それだけよ」
「そっか、ありがとう」
「べ、別に、いいわよ」
彼の素直な感謝の言葉に気恥ずかしくなって、わたしは歩みを速めた。アリシアがそんなわたしの様子を見て、にやにや笑っているのがわかる。彼女だけは、油断ならないわね。
ツィーヴィフの町は、前にいたルーズの町と比べると、段違いに規模が大きい。王都や商業都市ほど大規模ではないけれど、それでも街にあふれる人の数はかなりのもので、あちこちで露店や出し物が開かれている大通りもあった。
「おお、なんだ、あれ!」
ルシアはいちいち、それらの出し物の前で立ち止まり、特に初級魔法を使った大道芸などに興味津々に見入っていた。
「ほらほら、早く行くわよ。夜までには宿に戻らないといけないんだから」
「あはは。シリルちゃん、お母さんみたい!」
な! 何を言い出すかと思えば、お母さんって、どういうことよ。
わたしがアリシアの突然の言葉に、反論しようと口を開きかけたところへ、
「確かに。ルシアはシリルが【転生】させたのだから、いわばこの世界における『母親』ということになるのだろうな」
と、ヴァリスが無神経なことを言ってくる。軽々しく言えるような問題じゃないのよ? 存在ごと創り変えられてしまったルシアの前でなんてことを言うのだろう。わたしは彼の顔色を窺ったけれど、そんなわたしの気遣いは、次の一言で吹き飛んでしまった。
「そうか。じゃあ、シリルお母さんの言うことは聞かないとな」
「……この、ばか!」
わたしは、平手でルシアの頭を張り飛ばした。
この町の冒険者ギルドは、二階建ての大きな建物になっている。町の規模が大きいだけに、閑散とした酒場のようだったルーズの町のギルドと違い、入ってすぐの場所に広々とした待合場所があり、その奥には立派なカウンターが設置されている。
「おい、あれ、凄い美人だよな?」
「おう、ちょっと声でもかけてみるか」
「いや、待てって。長い黒髪の美女で、冒険者としてギルドに来るってことは、あれって噂の『氷の闇姫』じゃないか?」
ギルドに入るなり、待合場所でたむろしている冒険者たちの囁き声が聞こえてくる。
いつものことなので、わたしはそれを無視すると、カウンターへ近寄った。
「こんにちは。シリルさん。珍しくお仲間とご一緒なんですね。依頼をお探しですか?」
愛想良く声をかけてきたのは、受付嬢のリラ・ハウエル。わたしはこのギルドで何度か依頼を受けたことがあるので、それなりに顔見知りの相手だ。
波打つ金髪とくりくりとした茶色の瞳。目鼻立ちも整っているので、冒険者の中には彼女目当てでこのギルドに通うものも多いらしい。看板娘という奴だ。
「いえ、今日はギルドの登録をお願いしたいの。彼、ルシア・トライハイトのFランク新規登録とわたしとの正規パーティ登録の両方」
そういうと、待合場所の方からざわめきが聞こえてきた。
「おい!ウソだろ。あの『氷の闇姫』が正規パーティ登録だって?」
「まじかよ! おれ、狙ってたのに。男ができるなんて裏切りだぜ!」
さすがに放っておけない言葉が混じり始めていたので、わたしは声がした方に鋭い視線を向ける。すると、男たちは肩をすくめて縮みあがった。
「シリルちゃん。怖い……」
ほっといて!
リラ嬢の方は驚いた顔はしていたものの、流石にプロ意識を働かせてか、余計な詮索をすることもなく、事務的な話を進めてくる。
「それでは、まず最初に、ルシア・トライハイトさんのFランク登録から始めますね。準備をしますので、少々お待ちください」
そう言って彼女はカウンターの奥へ下がっていく。
「ねえ、シリルちゃん。あたしも登録をお願いしたいんだけど」
「我も頼む。その方がお前たちと行動を共にするには便利そうだ」
アリシアとヴァリスがそんなことを申し出てくる。アリシアはともかく、ヴァリスについては意外だった。
でも、確かに一緒に行動するなら、その方が都合がいいかもしれない。アリシアにしても登録種別を戦闘系にしなければいいだけの話だし。そう思い、わたしはその申し出を了解した。
「なあ、シリル。Fランク登録って何するんだ? そもそも、冒険者ギルドの仕組みがよくわからないんだが」
そうね。ここはひとつ、説明をしてあげた方がいいでしょう。
それでは、本日の講義は、冒険者ギルドについてです。
ここでいう『冒険者』とは、各地を旅しながら、ギルドを通じて人々の依頼を受け、護衛や失せもの探し、モンスター討伐のほか、あらゆる雑事をこなす職業のこと。
冒険者ギルドは、世界各地に支部を持っているから、国を超えた活動が可能となっていて、各国家にとっても、ある理由から、とても重宝されている組織になっている。
冒険者には国際的な犯罪者以外はどんな人でもなることができるし、ギルドへの依頼も非合法のものでない限り、どんな内容でも依頼できる(引き受け手がいるかは別だけど)
冒険者には、その能力や実績に応じてランク付けがされていて、最高がSランク、最低がFランクになっている。
ギルドの受注した依頼はだれでも自由に受けられるけれど、依頼者側が余分にお金を出してランク指定することも多く、高いランクほど高額な仕事を受注できる機会が多い。
失敗した場合は自己責任、というのがギルドの鉄則で、依頼者のいる任務で失敗した場合や途中であきらめた場合は多額の違約金を払わないとならなくなるので、自分の実力に合った仕事を見極めることも重要ね。
冒険者として任務を受注するためには、ギルドに登録する必要があるけれど、最初は当然最低のFランクで登録することになる。
ルシアもFランク登録だけれど、登録資格のある人間かどうか(犯罪歴がないかどうか)の確認を受けなくてはならないので、リラ嬢はその準備をしに行ったってわけ。
「犯罪歴の確認って、個体識別でもするのか? そりゃまずいだろ」
「個体識別? 【魔力】の波動情報登録のことかしら? まあ、犯罪者として登録されていない限り、問題ないわよ。それとも、わたしの知らない間に、犯罪でも犯したのかしら?」
「い、いや、そんなことはないけどさ。そうか、国民全員が登録されているってわけじゃないんだな」
「当り前でしょ。そんなこと、どうやってするのよ」
「あ、ああ、そうだな」
なんだかルシアはあいまいな顔で返事をする。なんだか、時々こういうことがあるわね。もしかして、元いた世界に関係のあることなのかしら?
そうこうしているうちに、リラ嬢から声がかかる。
「では、皆さん。こちらへお越しください」
通された先は、先ほどの待合場所よりさらに広い部屋。部屋の中央には台座があり、水晶球のようなものが設置されている。
「そうですか。アリシア・マーズさんと、ヴァリス・ゴールドフレイヴさんもご登録されるのですね。では、順番にこの水晶球に掌をお当てください」
言われて、彼ら三人は順番に水晶球に手を当てる。個人ごとに固有の魔力波動を確認し、登録済みの犯罪者の波動と一致しないか確認するだけのものだけれど、かつてわたしがやったときも、なぜか緊張したのよね。
いずれにしても、これでギルドには三人の魔力波動が登録されてしまった。それはつまり、何かあればすぐに個人を特定されてしまうということ。
だからどうということはないけれど、何となく、不安で不快な気持ちにはなる。
国境を越えて活動できるなんてものじゃない。ギルドの実態は超国家組織。
それだけの力を備え、それだけの技術を有しているものに、管理統制されるのが冒険者。
それがいったい何を意味するのか、知るものは少ない。
「はい、一致する情報はないようですね。それでは、お三方をFランク冒険者として認定し、あわせてシリルさんとパーティ登録いたします。ようこそ、冒険者ギルドへ」
リラ嬢は、営業用とはいえ、冒険者の男たちを何人も骨抜きにしている魅力的な笑みを浮かべ、歓迎の言葉を口にする。
「よ、よろしくお願いします!」
なんだかルシアも顔が上気しているみたいに見えて、ちょっと気に入らない。
……って、なんでわたしがそんなことで、いちいち不機嫌にならないといけないのよ!