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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第14章 時の楔と聖地の巡礼
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第131話 サクリファイス/雨降って地固まる

     -サクリファイス-


 アリシアお姉ちゃんを救出したわたしたちは、ようやく全員でマギスレギアへの帰還を果たすことができました。仲間の皆が誰一人欠けることなく揃っているということが、こんなにも嬉しいことだなんて、今まで思いもしませんでした。


 この嬉しさを思えば、無茶をしでかして皆に心配をかけた誰かさんが、シリルお姉ちゃんから帰りの道中の間、ありとあらゆる罵詈雑言を交えて説教され続けたことなんて、実にささいなことです。


「いやいや! 俺はあの後、冗談抜きで二、三時間は立ち直れなかったんぞ? あいつ、なんであんなに俺に厳しいの?」


 おや、幻聴が……。


「ぐ……! お前最近、性格が悪くなってきてないか? 誰の影響だ?」


 やっぱり、空耳のようですね。


「あの、もしかして……お前も怒ってる? ……シャルさん? ……あれ? 俺、やっぱり死んだ方がいいのかな?」


 むしろ死なないと治らないという感じもしますが、それはさておき──


 王城内の廊下をノエルさんの執務室に向かって歩きながら、わたしはアリシアお姉ちゃんに目を向けました。モンスターの血で汚れてしまった白い服は、間に合わせで近くの街で調達したものに着替えたため、質素で地味なワンピース姿です。


 でも、そんな服装なんて気にもならないくらいに、アリシアお姉ちゃんの笑顔は輝いて見えました。


「どしたの、シャル? 随分ご機嫌じゃん?」


 そう言ってわたしの頭をわしわしと撫でまわしてきたのは、レイフィアさんです。なんだか、当たり前のように皆の輪の中にいる人ですが、『セリアルの塔』での戦い以降、こうしてわたしにちょっかいをかけてくることが多くなってきていました。


 きっと暇なんでしょう。可哀そうですから、ちゃんと相手をしてあげないといけません。


「……なんか、酷く傷つくことを思われた気がするんだけど」


「いいえ、気のせいですよ。皆が無事でよかったって、改めて思っただけです。もちろん、レイフィアさんのおかげでもありますから、感謝してます」


「……可愛げがないねえ」


 ちょっとだけ不満そうな顔をするレイフィアさんでした。


「お帰りなさい。……みんな、本当に無事でよかったよ」


 執務室に入るなり、優しい笑顔で出迎えてくれたノエルさん。いつの間にか、ノエルさんのいる場所こそが、わたしたちが『帰る場所』になっているようでした。そう思うと、この『お帰りなさい』という言葉にも、すごく感慨深いものがあります。


「うん。ただいま、ノエル。ちゃんとアリシアも連れて帰って来たわよ」


「あたしを助けてくれるのに、ノエルさんもすごく力になってくれたって、シリルちゃんから聞きました。……本当にありがとう」


 シリルお姉ちゃんの言葉に、アリシアお姉ちゃんの神妙な声が重なります。


「いいんだよ。可愛い妹の親友を助けるのなんて、当たり前のことじゃないか」


 ノエルさんはわたしたちを室内に招き入れ、応接のソファに腰かけるように勧めてくれました。……が、今、気になることを言わなかったでしょうか?


「え? ノエル? 今、『いもうと』って……」


「ん? ああ、うん。そうだね。僕はシリルのことを大切な妹だと思っているよ。それがどうかしたかい?」


 さも当たり前のように、そんな言葉を口にするノエルさん。


「え? え? でも、性別なんか関係ないって……、ルシアのことをライバルだって言っていて……わたしにキスまでしようとしてたような……」


「え? シリルちゃん、キスされそうになってたの!? って、あ……うう」


 アリシアお姉ちゃんが敏感に反応します。さすがだとは思いますが、直後に自分が『セリアルの塔』で熱烈なキスを交わしていたのを思い出したみたいで、顔を真っ赤にして黙り込んでしまいました。


「うう、余計なことまで言っちゃったじゃない! ノ、ノエル? もしかしてと思うけど……」


「ん? ああ、うん。あれ全部、冗談だよ」


「じょ、じょうだんって! ……ねえ、どういうつもり?」


 シリルお姉ちゃんの声が、一段低くなったようでした。


「……はは、怖いよシリル。だってほら、君があんまりルシアと仲がよさそうだったから、嫉妬しちゃったんだよ。だから、ちょっとだけ意地悪がしたくなったのさ」


「な、仲がよさそうって……」


 シリルお姉ちゃんは、顔を赤くして声を詰まらせてしまいました。さすがにノエルさん、怒ったシリルお姉ちゃんへの対処方法はよく心得ているようです。


「そのために自分が同性愛者だってとこまで装うとか、やりすぎだろ……」


 ルシアも呆れたように言いましたが、ノエルさんは涼しい顔で首を傾げます。


「ん? そんなことは一言も言ってないよ? 僕はどちらかと言えば『博愛』主義者でね。言っただろ? 性別なんて関係ないって。気に入ればそれがすべてだよ。シリルを妹のように思っているのは確かだけど……『妹』だから『むしろ』ということもあるし、対象が一人だけとは限らない……ふふふ」


「いやいや! それも冗談だよな? さっき冗談だって言ったもんな?」


「さあて、どうかな? さっき冗談だって言ったことが冗談かもしれないよ?」


 ルシアの叫びに含みのある笑みを返すノエルさん。相変わらず、どこまで本気なのか、何を考えているのか、掴みきれない人です。


 と、そのとき。


「お待たせしました! レイミ特製、果実ジュースをお持ちしましたよー!」


 ドアを蹴破らんばかりの勢いで入ってきたのは、眼鏡に三つ編み、露出の多いメイド服姿のレイミさんでした。手には人数分のグラスを乗せたお盆を持っています。仮にもマギスディバイン魔法王国の執政官執務室に、扉を蹴り開けて入ってこれるメイドさんなんて、世界中探してもこの人だけでしょう。


「あ、エイミアさん! うふふ、無事でよかったですねえ。エイミアさんのことが心配で、わたし、夜も眠れなかったんですよ。うふふ、どうです? 今晩あたり、わたしを寝かしつけてくれませんか?」


 ……聞こえませんでした。聞こえませんでした。

 わたしには、彼女が何を言っているのか、さっぱりわかりません。


「ははは……相変わらずだな、君も」


 乾いた笑いを返すしかないエイミア様。さすがのエイミア様も、彼女には苦手意識を持っているみたいです。


「変態ばっかりだね、あんたの知り合い……」


「う、うるさいわね、ほっといて!」


 呆れたようなレイフィアさんの言葉は、シリルお姉ちゃんの心にぐさりと刺さったらしく、ちょっぴり涙目になっていました。


「ありがとう、レイミ。それで、首尾はどうだい?」


「はいな。完璧です。マギスレギア宮廷魔術師団総勢六十七名、その全員の【魔力】を目一杯搾り取ってあげましたので、いつでもイケますよ!」


「あ、いや……僕はそこまでやってほしいとは言わなかったはずなんだけど……」


「うふふ! 特別出血大サービスです! せっかくアリシアさんが無事で戻ってくれたんですから、精一杯ご奉仕しちゃいました!」


「『ご奉仕させた』の間違いだろうに……まったく。君を制御できないことはわかっていたんだから、自分でやればよかったよ。宮廷魔術師の皆には可哀そうなことをしちゃったな」


 よくわかりませんが、ノエルさんとレイミさんの二人には、単なる主従関係を超えた繋がりがあるようです。


「えっと、何の話だ?」


「ん? ああ、前に話していた【魔導装置】のことだよ。ようやく完成したんだ。まだ微調整が残ってるし、君たちにも休養が必要だろうから明日にでも見せてあげるよ」


 ルシアの問いかけにノエルさんはそう答えると、一転して真剣な表情になりました。


「……で、ここから先は真面目な話だ。君たちを待っている間に、シリルが持ち帰ってくれた『クロイアの楔』を解析してみたんだけどね……」


 懐から金色の小さな鍵のようなものを取り出すノエルさん。


「これを造った人はとんでもない天才だね。というか、化け物だ。僕なんか及びもつかない圧倒的な才能だ。小さな鍵に見えるだろうけれど、これこそが世界を穿ち、時間を止める『くさび』ってわけさ」


「そんなに小さなものが?」


「うん。もっとも実際に時間に楔を打ち込むには、とにかく莫大な【魔力】を集約し、この『楔』に与えてやる必要があるけどね」


「時間に楔を打ち込む……。じゃあ、やっぱりそれは《収束する世界律ラグナ・マギウス》と《顕現する世界律カルデス・マギウス》の連続使用の間の時間稼ぎをするためのものなのね?」


 シリルお姉ちゃんが言っていた、世界を救うための最大の障害──その解決策。けれど、ノエルさんはその言葉に首を振ります。


「……違うよ。違うんだ。もしそうなら、このまま元老院にこれを引き渡してもいいと思ってた。……でも、この『楔』を解析するうちに、嫌な予感がしたんだ。だから改めて【中枢情報管理装置】を探ってみた。バレるのを承知で、これまでよりもずっと深い部分にある情報にも接触してみた。そうしたら……」


「何が分かったの?」


「……元老院は、君を『生贄』にするつもりだ」


 衝撃的な言葉。即座に反応したのはルシアでした。


「なんだと? どういう意味だ?」


「僕の考えが甘かったんだ。よく考えるべきだった。『四柱神』が新たな世界を創り出したなら、単にこの世界の【幻想法則ソーサラス・ロウ】を整えただけでは、『神』が帰還するとは限らない。『神』にとって、より完全な世界を用意する必要があったんだ」


 ノエルさんはそこで、一息つくように果実ジュースを口に含みました。


「もったいぶらずに話してくれ」


「ごめん。僕も内心の怒りを抑えるのに必死なんだ。今すぐあいつら全員、八つ裂きにしてやりたいぐらいでね。……現在の【幻想法則ソーサラス・ロウ】は、【自然法則エレメンタル・ロウ】を土台としたうわべの法則に過ぎない。けれど彼らは、『クロイアの楔』で両法則をひとつに繋ぎ、固定しようとしている。『神』の【魔法】が世界の根本原理すら左右する世界を創ろうとしているんだよ。だからこそ、術者は両法則の【魔法】に秀でたシリルである必要があったんだね」


「両法則の【魔法】に秀でた? でもシリルお姉ちゃんは……」


 【精霊魔法エレメンタル・ロウ】は使えないはず。そう口にしようとして、わたしは気付きました。


「うん。相変わらずシャルは賢いね。召喚系最上級スキル“血の契約者”。彼らが『最高傑作』を生み出すにあたって、『魔族』の【魔法】とは関わりのない【スキル】を持たせた理由。それがこれだった。彼らがシリルを旅に出すことに反対しなかった理由も、召喚した『精霊』との交感の機会を増やさせるためだったんだろう」


「……それで、奴らの思惑通りに【儀式】をしたら、シリルはどうなる?」


 ルシアの声が低く、唸るようなものに変わっていました。『生贄』という言葉から連想されるものからすれば、おのずと答えは明らかでしょう。


「『楔』が抜けないよう、永遠に縛られる。そんなの、死んだも同然だよね」


 ノエルさんの声も冷静なようでいて、わずかに震えています。


「う、嘘よ……。それじゃあ、わたしは、使い捨ての道具だったの? ……そ、それだけじゃないわ! じゃあ、彼らは、二つの術の間で起こる世界の被害をどう考えているの?」


 悲痛な声で叫んだのは、シリルお姉ちゃん。


「決まってるさ。どうでもいいんだよ。人間の世界のことなんてね。どうせ『アストラル』の内部に関しては、何らかの手を打つつもりなんだろうさ」


「ひ、酷い……、そんなの、酷い」


 顔を蒼白にしたまま、シリルお姉ちゃんはつぶやき続けていました。



     -雨降って地固まる-


 二つの世界律をつなぐだと?

『魔族』の連中は正気なのだろうか?


 わらわは呆れて物も言えない。そんなことは『神』ですら考えなかったことだ。世界が生まれたその瞬間から存在する、絶対の【自然法則エレメンタル・ロウ】。『神』はそれを己の都合の良いように上塗りし、新たな法則を創り出した。


 それですら、わらわの目から見れば傲慢な所業だった。だが、それはあくまでも『幻想の法則』だ。傲慢な『神』でさえ、それだけは自覚していたはずなのだ。触れてはならない禁忌として、彼らは世界に一定の線を引いていた。


 にも関わらず……


〈己の領分をわきまえぬ無謀な振る舞いだな。だが、事はそんな簡単には済まされまい。一歩間違えれば、世界が滅んでもおかしくはないぞ?〉


 シリルの顔色が蒼くなっていくのを横目で見ながら、わらわはあえてそう言った。こんな馬鹿馬鹿しい真似に命を捧げる必要などない。なまじ『神』の力など……【神機】などを残されたばかりに増長する連中の浅はかさに、付き合ってやる理由などないのだ。


「そうだね。……だから、シリル。しっかりするんだ。君にはやらなければならないことがある。あえて言わせてもらうよ。それこそが、君の『使命』なのだと」


「え……、ノエル?」


 シリルは驚いた顔でノエルを見上げる。『使命』──その言葉は、シリルが最も傷つけられてきた言葉だったはずだ。


「わからないかい? 幸いにも僕らの手には『くさび』がある。これさえあれば、僕たちが本来あるべき【儀式】を行うことだってできるはずなんだ。君が、奴らに命令されることもなく、本当の意味で世界を救う。絶好のチャンスなんだよ。君自身が、その手でつかみ取った『使命』だ。そうだろう?」


「あ……」


 何かに気付いたように目を見開くシリル。


「でも、さっきの話じゃ『楔』には莫大な【魔力】も必要なんだろう? まずはそれをどうにかしなくちゃいけないんじゃないか?」


 それまで黙っていたエリオットが疑問の声を上げる。


「そうだな。まあ、あの『ラグナ・メギドス』とやらが使えれば簡単だったのかもしれないが、確かあれは壊れてしまったのだったか……」


 うなるように頷くエイミアを見て、ノエルは軽く肩をすくめた。


「大丈夫だよ。確かにそれは頭痛の種だったけどね。少し前に君らの話を聞いて、その問題なら解決したんだ」


「え?」


 驚く二人にウインクすると、ノエルは視線を別の人物に転じた。そこには、ソファに座ることなく壁に寄り掛かった状態で立っているヴァリスがいる。


「ほら、そこにちょうどいい【魔力】の増幅装置があるじゃないか」


「む?」


 いきなり話を振られ、訳が分からないと言った顔をするヴァリス。


「まさか、ノエル……」


「うん。彼は『つがい』を持つ『竜族』なんだろう? なら究極の増幅魔法《転空飛翔エンゲージ・ウイング》が使えるはずだ。膨大な【魔力】なんて簡単に手に入るさ」


「なるほど。『彼女』の時代には、『竜族』の協力を得られるなんて考えもしなかったでしょうね。それこそ『彼女』だって、『ラグナ・メギドス』の存在を念頭に置いていたのかもしれないけれど、ヴァリスがいるならその心配はないわね」


 ようやく、シリルの顔に明るい表情が戻ってきた。一歩間違えれば世界を巻き込む大惨事の生贄に使われていたかもしれないという状況が、一気に好転の兆しを見せたのだ。喜ぶべきことには違いない。……だが、少しだけ不満顔の者がいた。


「ちょ、ちょっと! さっきから人の彼氏をモノ扱いして! 酷いじゃない」


 アリシアだった。彼女は頬を膨らませて息をついている。場の空気が一瞬だけ静まり返り、次の瞬間には一気に湧き返った。


「うわあ、すごい! 彼氏だって! お熱いねえ、ひゅーひゅー!」


 レイフィアの型どおりともいうべき冷やかしの言葉を皮切りに、


「そこまで堂々と惚気られると、からかい甲斐もなくなるぞ。なあ、エリオット?」


「え、ええ、そうですね。……うう、ヴァリスがちょっとうらやましい」


 エイミアとエリオットが囁き合う(エリオットの後半の台詞は聞き取りづらかったが)


「も、もう……、聞いてるこっちが恥ずかしいじゃない」


〈まあまあ、シリル。ここは仲間として素直に祝福してやろうぜ〉


 赤面するシリルにルシアが念話で声をかけている。


「え、あ、ち、違うの! そうじゃないの!」


 アリシアはようやく失言に気付いたのか、慌てて弁明しようとする。

 が、そこへシャルが不思議そうに声をかける。


「え? 違うんですか? アリシアさんとヴァリスさん、お似合いですよ?」


「はうう、シャルちゃんまで……」


「……違うのか、アリシア?」


「ふえ!?」


 ヴァリスから残念そうな声で問われて、石のように固まるアリシア。


「ち、違うの! い、いや、違わないんだけど……、そういうことじゃなくて……」


「恋人同士、ではないのか?」


「……こ、恋人だよう! もう!」


 真っ赤になりながらやけくそ気味に叫ぶアリシア。状況を把握していないヴァリスへと鋭い視線を向けようとするが、あからさまに安堵の表情を浮かべるヴァリスを前に、虚しく口を開閉させて黙り込む。


「……これでようやく、ヴァリスさんの質問攻めから解放されます」


 ほっとしたようにつぶやくシャル。


〈なにはともあれ、収まるべきところに収まったみたいで良かったな〉


〈何を言っているか。結局二人に先を越されたではないか。お前も煮え切らない男だな〉


 わらわは他人の恋愛成就に喜ぶルシアに向けて、皮肉交じりに言ってやる。だが、彼からは意外にも真面目な返事が返ってきた


〈いいんだよ。少なくともシリルがこの世界を救う、その使命を果たすまではな〉


〈……余計なことで気を紛らわせたくないというわけか〉


〈余計な事かどうかはともかく、俺にとっても願掛けみたいなものでさ。ご褒美があった方が、目標に向けて張りあいも出るだろ?〉


〈ご褒美、か。くくく、最後の最後で振られるかもしれんのにな?〉


〈それを言うなよ……〉


 まあ、ルシアをからかうのも、この辺にしておこう。わらわたちは当面の目標を手に入れたというわけだ。『ゼルグの地平』での困難も、アリシアが攫われた一件も、すべてが無駄にはならなかった。雨降って、地固まると言ったところか。


 残る懸案事項は『ジャシン』とやらがどうなったのかと、それから依然として暗躍しているだろうフェイルや『パラダイム』の次の動きについてだろう。


 と、そこまで考えたところで、わらわは大事なことを思い出した。これまでは他の案件で手一杯だったこともあり放置していたが、今後のことを考えれば確認は必要かもしれない。


〈ノエル、少し話したいことがあるのだが……〉


「え? ファラからの話なんて珍しいね」


 ノエルは意外そうな顔をする。


〈この前、図書館で『ジャシン』についての調べものをしていた時の話だ〉


 わらわは、あの時見つけた古代語の本の内容を話して聞かせる。わらわには抽象的で意味が分からない部分でも、ノエルなら何かわかるかもしれない。そう期待してのことだったが、案の定、彼女は興味深そうに頷きを繰り返していた。


「ノエル、何かわかったのか?」


 ルシアがそう尋ねると、ノエルはそれまで何かを考えるように閉じていた目を開く。


「……まず、その本の著者だけど……メゼキス・ゲルニカと言うのは『魔族』の名門七賢者のひとつ、ゲルニカ家の始祖の名前だ。あの家は、今では元老院の副議長なんかも務めているね」


「始祖か……。じゃあ、話に出てきた『リオネル・ハイアーランド』は、あのリオネルで間違いないのか? 話からすれば数百年前の出来事だろ?」


「そこまではわからない。でも、『メゼキス・ゲルニカ』という名前だって、あの一族では世襲制の名前として使われているんだ。僕としては、だからリオネルもそうなのかもしれないと考えていたのだけれど……」


 ノエルは顎に手を当て、思案顔のまま言葉を途切れさせる。


「問題は、今の話の中で『リオネル』の目的が、『世界律の再構築』や『神の帰還』ではないとされている部分でしょう?」


 シリルが代わりに言葉を続けると、ノエルは我に返ったように改めて頷きを返す。


「ああ、そうだね……。天才術師による【幻想法則ソーサラス・ロウ】の融合。『惨劇の天使』と『異形の従者』。なんとなく見えてきたものはあるようにも思えるけど……肝心なところがわからないな」


 そう言って首を振るノエル。


〈済まないな。かえって混乱させてしまったか?〉


「とんでもない。すごく助かったよ。つまり、これまで以上に僕らは神官長リオネルを警戒する必要があるってわけだ。『神の帰還』以外の目的なんて、今のところは想像もつかないしね」


〈そうか。わらわの話が役に立ったなら、何よりだ〉


 やはり、話してみて良かったようだ。

 わらわから見れば、『神』の帰還のため、『神』ですら為し得なかった『新たな世界律の創造』を試みる『魔族』の矛盾には、呆れるばかりだ。


 だが、リオネルは……。

 あの大聖堂で奴を目の前にしたとき、わらわが感じたもの。『神』を『神』とも思わぬ不遜な態度。だが、あれは単に『信心が無い』などという次元を超えている。おそらく奴は、『神』という存在を心の底から取るに足りないものだと認識しているのだろう。


 それを考えれば、リオネルの目的は、元老院の『世界の理』計画に輪をかけて馬鹿馬鹿しいか、あるいは……恐ろしいものなのかもしれないのだ。


 わらわがそう言うと、皆が賛同するように頷きを返してくれた。しかし、ただ一人、ルシアだけが別の反応を見せる。


「……恐ろしいかどうかはわからないけどさ。ただ、俺としては、この世界に【ヒャクド】かもしれない連中が帰ってくる方が、まっぴらごめんだぜ」


 吐き捨てるようなルシアの言葉を聞いて、わらわの胸に痛みが走る。わらわは最も肝心なことを、未だにルシアに伝えていない。だが、真実を知ったルシアは、わらわをどう思うだろうか? それを想うと、未だに踏ん切りがつかないのだ。


 ただ、『己の為すべき理想を想う』ことが、わらわのすべてだったはず。

 誰に何を思われようと、同族から忌み嫌われようと関係ない。そう思ってきたわらわが、なぜこれほどまでにそんなことを気にするのか?


 それさえも、わかりきっている。

 ルシアは……彼女に似ているのだ。わらわと真逆の存在である彼女に。

 わらわにとって憧れの存在であり、最愛の『妹』でもあった彼女に。


「……よし、それじゃあ、後は明日だね。楽しみにしておいてほしい。僕たちの未来を紡ぐ、僕の『最高傑作』を披露するよ」


 その言葉を最後に、その場は解散となった。


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