第129話 冷静なる憤怒/届け、この想い
-冷静なる憤怒-
俺は冷えた頭で考える。
まず、目の前の人間を助ける。当然だ。彼らはただの被害者だ。
俺の『切り拓く絆の魔剣』によってモンスターの肉体から『斬り離された』人々は、いたって普通の人間だった。アイシャさんと同郷の人たちらしく、やはりアイシャさんと同じ深い紺色の髪をした人が多かったのは確かだが。
年齢は老若男女様々だ。年寄りも子供も男性も女性も関係なく、全員がモンスターと結合させられる『外科的』手術を受けたのだ。恐らく【魔法】によるものだろうから、俺の世界にあった技術とは違うのだろう。それでも彼らの恐怖や苦痛は想像するに余りある。
斬り離した後も彼らの意識はなかなか戻らなかったが、どうにか彼らのうち数人の意識を取り戻させると、他の人たちの面倒を頼み、そのまま次の階へと登る。
〈それは【魔鍵】の力? それはまだ、観測できていない〉
先ほどまでの声とは違う、別の声。だが、恐らくこいつもラディスだろう。俺は何故か、冷えた頭で直感した。
「黙れよ、ラディス」
〈……我は『真眼』のラディス。名乗るより前に何故、わかった?〉
俺は答えない。こんな奴、どうでもいい。
俺が冷えた頭で考えていることは、実のところただ一つだ。
ラディスを殺す。それだけでいい。アリシアを救うのがヴァリスの役目だとして、そのために皆が一丸となって動くのだとして、それでもこれだけは他の誰にも譲らない。
『あのラディス』は、俺が殺す。アレは、それだけのことをした。だから、殺す。
そんな俺の胸中を理解してか、ファラは先ほどから俺に声をかけてこない。黙って俺の後ろを半実体化した状態でついて来てくれていた。以心伝心って奴は、こういう時、便利で良い。
『セリアルの塔』第3階層。
同じくシリルたちに気絶させられたらしいモンスターの群れ。恐らくは先ほどのモンスターたちと同じなのだろう。
「…………」
俺は何も考えず、ただ黙々と作業をこなす。
彼らは被害者だ。だから、助ける。それ以上は考えない。考えている暇はない。
すべての作業を終え、再び数人に他の人間の面倒を任せると、さらに上階を目指す。
第4階層と第5階層には何もなかった。恐らくはシリルたちがどうにかしたのだろう。俺は黙ってそこを素通りする。
〈汝は何者?〉
「……」
俺は答えない。だが、『真眼』のラディスとやらは言葉を続ける。
〈我は観測者。だが、汝ほど観測できない人間はいない。わからないのは、その感情〉
「……」
〈汝の抱く、その感情は我にはなじみ深いもの。怒り……否、そのレベルなら『憤怒』と呼ぶべき……〉
「……」
〈だが、汝はそれほどの怒りを抱きながら、なぜそこまで冷静なのか? 怒りとは、かくも静かな感情なのか? ……我にはわからない〉
そんな声を聞きながら、俺は第六階層に上がる。上がってすぐに、異変に気付く。部屋の中には凄まじい熱気が充満していたからだ。俺はその熱気を、無造作に斬って捨てる。
溶けて変形した天井や壁が見える。ごつごつとした床も、恐らくは一度溶けてから固まったせいだろう。
俺が歩く先には、赤髪の魔女がいた。彼女は床に座り込んだまま、なにやら一人でわめいている。
「どうだ、このやろー! ざまあみろ、やってやったぜ、こんちくしょう!」
その語尾に重なるように、別の声が響く。
〈見事だ。人間の魔女よ。君は己の恐怖に打ち勝ち、暴走する真実でさえ、問題にしなかった。無視してのけた。乗り越えて見せた。それは偉大なことだ。だが、残念だな。それでは、この【魔神】どもは滅ぼせない。……それに、贄となる者も来たようだ〉
その声は、先ほどまでの『真眼』のラディスとは別人のようだった。赤髪の魔女レイフィアは、俺やその声の存在に気付くことなくわめき続けていたが、しばらくするとようやくこちらに視線を向けてくる。
「あれ? ルシアじゃん。遅かったねえ。ここにいた二枚看板はあたしがぶっ壊しちまったよ」
そう言ってへらへら笑うレイフィア。だが次の瞬間には、その顔が驚愕に染まる。
「……って、うそでしょ!?」
気付けば、彼女の視線の先に見覚えのある二人組がいた。
「ルシエラとヴァルナガン?」
「まじで? だってさっき、あたしがぶっ殺したはずじゃん!」
絶望的な声を出すレイフィア。どうやら彼女はさっきまでコレと交戦中だったらしい。それならこの部屋の惨状も頷ける。
〈やはり、この二人は強者か。君ら二人が抱く『恐怖』は、共通してこの者たちの姿をとることになったようだ〉
「さっきから、何を言っているんだ?」
俺がつぶやくと、その声の主は驚いたような気配を見せた。
〈ふむ。まだ、術中にはなかったか。効きがここまで遅い人間も珍しい。だが、ここまでだ。感情を持つ人間よ。君らはその感情がゆえに、恐怖の『ギスカドメルナ』と真実の『ギスカドラテル』の前に敗れるだろう〉
俺は、目の前の二人組に向き直る。
「嘘でしょ? 生き返るとかあり得ない……」
「……レイフィア。さっさと行くぞ」
「は? なに言ってんのアンタ? いくらなんでも、こいつは無理でしょ?」
レイフィアは俺の言葉に諦めに近い声を出してくる。いつも強気の彼女がこんなことを言ってくるなんて、流石は『ヴァルナガン』と『ルシエラ』だ。
だが、それでも……
「お? 今度はルシアか? おもしれえ!」
「邪魔をするなら貴方も消すのみです」
一瞬で間合いを詰めてくる『ヴァルナガン』の巨体。放たれる剛腕の拳。
俺はそれを避けなかった。剣を振るい、その拳を薄紙を裂くように肩口まで斬り開く。
叫び声一つ上げない彼の背後から、弧を描くように放たれる光の奔流。死の閃光。
俺はそれを避けなかった。剣を振るい、その光を蚊でも追い払うように斬り散らす。そしてそのまま跳躍し、頭上から振り下ろした剣でもって、『ルシエラ』を両断する。
俺は彼らを、文字どおりに斬って捨てた。
「ええ!? うそでしょ? 一撃って……、あんた化け物?」
「化け物はあいつらだ。本物じゃない」
俺がそう言うと、レイフィアは憑き物が落ちたような顔をした。
「……あれ? そう言えばなんであたし、こんなところにあの二人がいるって思っちゃったんだろ? そんなわけないのに……」
〈……なぜだ? 対象を恐怖で侵食し、その真実を暴走させる。『真算』の最高傑作が一つを、君は何故、容易く打ち破る?〉
「決まってるだろ? 怒ってるからさ」
〈…………〉
ヴァルナガンとルシエラを恐怖の対象としているのは、レイフィアであって俺じゃない。俺は、ただ『強いだけ』のものを恐れたりはしないからだ。
「……すっげー、かっくいい!」
何やら感心したようなレイフィアの声。なんだか嫌な予感もするが、今はそれどころじゃない。先に進まないと……。
「よし、じゃんじゃん行こう。あ、あたしは疲れちゃったから、戦闘はお願いね」
「だったらここで待ってたらどうだ?」
俺はそう提案したが、レイフィアは首を振る。
「冗談! こんな面白そうなモノ、見逃せますかって」
面白そうなモノって何だよ……。
続いて『セリアルの塔』第七階層。
上がりきった先にいたのは、無数のモンスターの群れ。見たこともない不気味な姿の連中だ。
「なあ、ファラ?」
〈うむ。こやつら、おあつらえ向きに全部が全部、『同じ』連中だぞ〉
「……だな」
俺は剣を振り上げ、それを斜めに振り下ろす。
直後、ズルリと世界が斜めにずれる。
目の前にひしめく数十体のモンスター。そのすべての上半身が、一斉に床へと滑り落ちていく。続いて、残された下半身がゆっくりと倒れていくのが目に入る。
俺の心が認識したものを斬り裂く“斬心幻想” は、当然のように周囲に立ち込めていた【瘴気】までもを斬り散らしていた。
「うっひゃあ、すっごい! こんなの反則じゃん!」
後ろではレイフィアが呑気な声を上げている。やたらと嬉しそうなのはどうしてだろうか?
「マ、マさか、キミがヤッタのカ?」
ぎこちない発音で質問の言葉が投げかけられてくる。声の主は、半竜人とも言うべき姿の人だった。青銀色の鱗に包まれた身体はエリオットの因子解放時のものだが、顔の部分まで竜と化しているのがいつもと違うところだろう。
「……ああ、エリオットか。遅くなって悪かったな。さっさと行こうぜ」
「ア、ああ、アリガトウ、るしあ……」
俺は素っ気なくそう言うと、歩き出す。俺に気を遣われたと思ったのか、エリオットが礼を言ってくるが、まあ、どんな姿をしていようが、エリオットはエリオットだ。だいぶ頑張っていたみたいだし、なんならここで休んでいてもらってもいいのだが。
「うわ。何その格好、化け物?」
「……イヤ、ベツにイイけどサ」
デリカシーゼロの発言をかましたのは、やはりレイフィアだった。
『セリアルの塔』の第八階層。
そこは第六階層とは対照的に、恐ろしく冷えた空間だった。
「あ、あぶない!」
レイフィアが珍しく焦った声を出す。
見れば部屋の中央に、巨大な黒い巨人を閉じ込めた氷の柱が立っている。その目の前にはシャルが座り込んでいて、彼女の張った結界の周囲を黒い甲虫のようなものが飛び回っていた。
「シャル!」
俺は一気に彼女に駆け寄り、周囲を跳ぶ甲虫を斬って落とす。その間にエリオットが巨大な氷柱に近づき、構えを取った。
「『轟音衝撃波』で破壊スル」
「待ってくださイ。あれは『魔神』なんデす。今は氷で封じていますが……」
「ナ……!」
シャル……いやフィリスのその言葉に、エリオットは動きを止めた。いくら氷漬けになっているとはいえ、『轟音衝撃波』一発だけで『魔神』を倒せる保証はない。
「だったら俺がやるよ。氷を斬らずに中身だけを斬ればいいんだろ? 一回で倒せなけりゃ、倒せるまで何度でも斬るだけだ」
俺は唖然とする皆を尻目に、氷漬けになった『魔神』へと近づいていく。
こんなところでもたついている場合じゃない。さっさとこいつを斬り捨てて、ラディスの元へ向かおう。
人間を楯にする。人を人とも思わず、その身体を弄繰り回す。
俺が見てきた中でも、最低のクズだ。
あいつだけは、俺が引導を渡してやる。
そう思いながら、俺は『切り拓く絆の魔剣』を振り下ろした。
-届け、この想い-
怒りと焦燥で灼熱するわたしの視界に、彼女の姿が映っていた。
アリシアが……苦しんでいる。
もともと白かったらしいブラウスとスカートを、モンスターたちの『返り血』で真っ赤に染め、見るも無残な姿となってその身体を震わせている。
「アリシア! アリシア・マーズ! 我が魂の片翼よ!」
ヴァリスが必死に叫んでいるけれど、彼女は意識を失っているのか、まったく反応がない。すぐ傍で同じく柱にくくりつけられたモンスターが断末魔の叫び声を上げる。その身体が内側から爆散するように破壊され、飛び散る鮮血がアリシアの身体をさらに汚す。
「なんて、酷い……」
強制的にアリシアとモンスターを“同調”させ、世界に散らばるナニカの意識を刺激している。触媒であるモンスターは、内部に仕込まれた『邪神の卵』に対してナニカが返してくる負荷に耐えきれず、その肉体を崩壊させているのだ。
その様子は、わたしの“魔王の百眼”でもはっきりと感じ取ることができた。わたしのこの力は、それがいかに危険な力の流れであるかも、嫌と言うほどに見えてしまう。
〈さて、残りのモンスターは八体か。くくく、順調だな。すでに覚醒した『ジャシン』もいるだろう。さあ、『変革』の時が来た。我らが主が舞台に上がる──その日はもう間もなくだ〉
「ラディス! あなた!」
わたしは心が沸騰するのを感じながら、ラディスに叫ぶ。
アリシアの精神は、一刻の猶予もない危険な状態だった。
あの子は、わたしが助ける。……ヴァリスが彼女の元に辿り着くための道は、わたしが必ず切り拓く。強い決意のもとに、わたしは自分の手を結界に向かってゆっくり伸ばす。
「シリル? どうするつもりだ」
声をかけてきたのは、つい先程『ラグナ・メギドス』に光の鉄槌を叩き落としたエイミアだった。わたしは空いている方の手を口元に近づけ、『絆の指輪』の風糸機能で返事を返す。
〈アリシアの意識を戻すわ〉
〈どうやって?〉
心配げに訊き返してくるエイミア。彼女はこういうとき、実に鋭い。わたしが無茶をしようとしていることが分かったらしい。
〈……エイミア。ありがとう。今のでわかったわ……。アリシアを助ける方法が〉
わたしはそれだけ言うと、意識を集中し始める。
先ほど、エイミアの“黎明蒼弓”が『ラグナ・メギドス』に命中した直後のこと。ラディスは酷く狼狽し、不合理だと叫びながら結界を展開した。つまり彼は、あの状況で『ラグナ・メギドス』が攻撃される可能性を考えていなかったのだ。
合理的思考に基づく無駄の排除。あり得ない状況にさえ対処するなどと言いながら、結局はそうした『魔族的思考』からの脱却ができていない。彼から見て、明らかに不合理だと思われる行動に対しては、何の対策もとっていないのだ。
目の前の結界は、人の声をさえぎらない。モンスターの叫びやアリシアの苦しそうな声は、はっきりと聞こえてくる。それはつまり、空間を歪めているとは言っても、空気の通り道はあるということだ。彼女を窒息させないためにも当然のことだろう。
──ならば、そこを通せばいい。わたしの【魔力】を彼女に通す。わたしの意志を彼女に届かせる。モンスターとのリンクを遮断し、少しでも彼女の意識を覚醒させる。針の穴を通そうとする以上に困難な真似だけど、わたしが全身の【魔力】を振り絞れば、できないはずはない。
たとえ無理だと言われようと、不可能だと笑われようと、わたしはやる。それこそが、ラディスの隙なのだから。
「おい! シリル!!」
ズタズタに皮膚が裂け、血まみれになり始めたわたしの手を見たヴァリスが叫ぶ。空間の歪みにわずかにできた空気の通り道。そこに無理矢理手を入れて、そこから向こうに【魔力】を流す。わたしは手に走る激痛に顔をしかめながら、それでも手を伸ばすことをやめない。
「ヴァリスは呼びかけを続けなさい! 彼女は、わたしが起こすから!」
「わ、わかった!」
「く、ううう!」
アリシア……お願い、目を覚まして。辛いかもしれない、苦しいかもしれない。自分の心から目を逸らして、意識を飛ばしてしまわなければ、耐えられなかったのかもしれない。でも、このままじゃ、それでもあなたは死んでしまう。きっと、心が壊れてしまう。
〈何を馬鹿なことを。悪あがきはよせ。見苦しいぞ?〉
うるさい、黙れ。わたしはあの子を助けるんだ!
……わたしの【魔力】に気付いてよ。
……わたしの心を感じ取ってよ。
……何にも言わなくても、あなたはわたしの想いを感じてくれたじゃない。
……わたしたちは、親友でしょう?
【魔力】が急速に失われ、気が遠くなりそうになる。
当然だった。わたしは『竜族』じゃない。自己の『存在の余剰部分』たる【魔力】にそんな余裕なんてないのだ。
そもそも人は、世界に直接的な影響を及ぼすことのない【魔法陣】と呼ばれる魔力回路を宙に描こうとするだけで、恐ろしく消耗する。程度の大きい【魔法】ならなおのこと。
人が世界に影響を及ぼすほどの【魔法】を使えるのは、あくまで【魔法陣】によって世界から取り込んだ【マナ】を、【魔力】に融合させているからだ。
わたしは、そんな自身の微々たる【魔力】のほとんどを、そのまま垂れ流しにするような形で、アリシア目掛けて放射していた。
「ア、アリシア……」
駄目なのだろうか?
手遅れだったのだろうか?
違う。そんなこと、ない。
この思いを届かせる。どんなに無茶なことだろうと、決してあきらめない。己の心の内から湧きあがる衝動を、想いのままに相手にぶつける。それは無駄なことでも無意味なことでもない。それを無駄だと諦めることこそが、最も無意味なことなんだから。
先ほどのエイミアの『一矢』が、わたしにそのことを教えてくれた。
「アリシア! お願いだから目を開けてよ! こんなところで、あなたと別れるなんて、絶対にいや! もう一度、あなたの声を聞かせてよ! お願い!」
頭の中が真っ白になるほどの衝動。湧きあがる思い。わたしはそれを更なる【魔力】に変えて、全力で彼女に向かって叩きつける。
──と、そのときだった。
「う、あ、ああ、シ、シリルちゃん?」
アリシアが、わたしの名前を呼んでくれた。
「ヴァリス!」
「アリシア! 我の声が聞こえるか?」
「え? ヴァ、ヴァリス……?」
ぐったりとしたままでも、確かにアリシアはヴァリスの声に反応していた。
ヴァリスは力強く頷くと、意を決したかのように息を吸う。
「アリシア・マーズ。我が魂の片翼よ。汝は我が魂の全てなり。我が存在は汝のために、ここに在る。今ここに、永久の誓いを!」
「え? ……え?」
アリシアは呆けたように顔を上げ、ヴァリスを見た。
「アリシア・マーズ! 我は、お前を愛している!」
その言葉が引き金だった。世界を塗り替える強烈な輝き。黄金色の閃光は、“竜の咆哮”でさえ比較にならない威力でもって、周囲のモンスターたちを怯ませた。
〈な? なんだこれは?〉
ラディスの驚愕の声。
「ラディス、残念でした。あなたの負けよ」
わたしは傷つき血にまみれた手を結界から引きぬき、その場に腰を落とすように座り込みながら笑う。ヴァリスとアリシア、二人の全身を包む黄金の輝き。それが何を意味するのか、分かったからだ。
ヴァリスの姿が光の粒子と化して搔き消える。
次の瞬間には、歪んだ空間の障壁などものともせず、その向こう側、アリシアのすぐそばに彼の姿が出現する。
空間転移魔法《転空飛翔》
つがいを持つ『竜族』のみが可能な、自身に向けた【召喚魔法】。分解されても失われない強力な自我に基づく、つがいを媒介にした自身の存在の再構築。
そして、その真価は、単に空間転移することにあるわけではない。
ヴァリスの全身にみなぎる爆発的な【魔力】。もともと自身の体内にある膨大な【魔力】を爆発的に増幅させる『竜族』の特性を、さらに極端な形で発動させた究極の【魔法】
それはヴァリスが人身のままであっても、【竜族魔法】の使用を可能とする。
「覚悟はいいか? ラディス・ゼメイオン」
《竜魂一擲》!
ヴァリスの全身から放たれる放射状の光。それはアリシアを縛る黒縄を断ち切る刃と化し、その背に立つ柱を粉々に打ち砕く奔流と化し、周囲のモンスターを撃ち落とす光の矢と化した。
にも関わらず、その光はアリシアを傷つけない。わたしたちは愚か、モンスターと交戦中の『ファルーク』さえ傷つけない。
〈選択的な破壊の閃光だと? そ、そんなでたらめなものが……!〉
ラディスの声が震えている。アリシアでなくても、彼が『恐怖』しているのだと言うことが明らかな声音だった。
〈『竜族』だと? 今のはまさか、つがいの【魔法】? 人間と『竜族』が?〉
信じられないと言いたげに呆然とつぶやきを続けるラディス。
「今のうちね……」
わたしはアリシアの柱が壊れたのを確認すると、目の前の障壁を発生させている【魔導装置】を無力化させる。
どうにか立ち上がり、アリシアの元に駆け出そうとして……動きを止めた。
──二人が、力いっぱい抱きしめあっていたからだ。
「ヴァ、ヴァリス……来てくれたんだ……。ありがと、本当にありがとう。嬉しい……」
アリシアは、ぽろぽろと目から涙を流しながらヴァリスにしがみついている。
「すまなかった。もっと早く、助けに来られれば良かったのだが……。無事で、良かった……」
自分の頬に熱いものが流れているのがわかる。良かった……、本当に良かった。アリシアが助かって。あの子を、失わずに済んで、本当に……。
「シリル。よく頑張ったな。彼女が助かったのは君のおかげだ。後でめいっぱい、恩に着せてやれよ?」
そう言って優しくわたしの肩を叩いてくれたのは、エイミアだった。
「ふふ、恩に着せるだなんて……、友達なんだから当然よ」
「それはそうかもしれないが、ほら、あの二人があんなに熱烈な愛の抱擁ができるのも、君のおかげなんだ。少しくらいはいいんじゃないか? まったく、目の毒だぞ?」
「え?」
わたしは再び二人に目を向ける。
「え、えっと、そのヴァリス? さっき、あたしのこと愛してるって……」
「ああ、言ったぞ。我は、お前を愛している。……一人の女性として」
「ふえ? ええ?! ほ、ほんとうに?」
「本当だ。疑うのか?」
「で、でも信じられない……。ううん、疑うわけじゃないけど、でも……」
無理もない。あのヴァリスがまさか、あんなことを言うなんて。でも、わたしが本当に驚かされるのは、この後だった。もしかして、エイミアにはこの展開が読めていたのだろうか?
「ならば、証明してやろう。我がアリシアを愛している──その事実を」
「え?」
驚いてヴァリスを見上げたアリシア。その唇が塞がれる。それは見ているこちらが恥ずかしくなるような、長く熱烈な接吻だった。