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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第13章 白亜の塔と黒鉄の城
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第128話 加速する因子/報いるべき一矢

     -加速する因子-


 シリルたち四人が第八階層へと駆け上がる音を聞きながら、僕は目の前のモンスターの群れに目を向けた。最後にシャルがつくってくれた空気の壁も、彼女が背を向けた途端に脆く壊れやすくなる。彼らが僕に向かって殺到してくるのも時間の問題だった。


「……さて、エイミアさんにはああ言ったものの、これは少々しんどいかな」


 ここが屋外であれば問題はない。数十体だろうが数百体だろうが、時間さえかければこの程度の低ランクモンスターを相手に後れを取るつもりはない。ただ、これだけの密閉空間で戦うとなれば、先ほどもエイミアさんが心配したようにモンスターの死骸が放つ毒気が充満してしまう。


「……それでも、引き受けた以上は一匹だって逃すつもりはない」


 腰だめに魔槍を構え、空気の壁が破壊される気配と同時に鋭く突き出す。『轟音衝撃波』は、文字どおり轟音を響かせながら数体のモンスターを巻き込み、吹き飛ばしていく。

 思ったより、威力が出ない? いや、敵が密集しすぎている分、衝撃が肉の壁で分散されているんだ。


〈ブシュグシュシュ!〉


 考えているうちに間近に迫っていた豚面の魔人『マッドオーク』が、棍棒を振り下ろしてくる。僕はそれを槍で受け流しつつ、“気功”で強化した蹴り足を叩き込み、弾き飛ばす。

 けれど相手の巨体はすぐ奥にいた別の魔獣にぶつかって動きを止める。これじゃ、大して間合いを空けることもできない。


 唯一の救いは、僕が今いる場所が階段スペースへの入り口という、限られた方向からしか侵入できない構造であるという点だ。そうでなければ、たちまち周囲から圧殺されてしまったに違いない。


「つくづく、地の利って奴は怖いな!」


 再び『轟音衝撃波』を放つ。エイミアさんと【魔鍵】探しのついでに訓練してもらっていた頃には、よく言われたものだった。どんなに実力差のある弱いモンスターであろうと、油断してはいけない。その場の状況次第で、最弱と思っていた相手が最も手ごわい相手になることなんて珍しくもなんともないのだと。


 そういう意味では、ラディスは本当に策士だった。モンスターの多くは重量がある巨体で、なおかつ体内の毒素が多いタイプの連中ばかりだ。今の一撃で散った体液は、周囲のモンスターを猛り狂わせると同時に、僕の体力を奪っていく。


〈ロルロルオオオオオ!〉


 顔をしかめる僕の前に、はち切れんばかりの腹をした紫色の巨大なカエルモドキが現れる。『ヴェノムフロッグ』。蛙のような外見でありながら鋭い牙や爪を持っている。もはや蛙とは言えない外見だが、それより問題なのは、こいつには他の連中よりもさらに強い毒があるはずだという点だった。


「くそ……因子制御の解除……いや、それでも足りない。【因子加速アクセラレータ】を使うしかないか」


【魔鍵】『轟き響く葬送の魔槍ゼスト・ヴァーン・ミリオン』の神性“狂鳴音叉シンパシイ”による因子制御。ただし、抑えるのではなく、僕の中にある『ワイバーン』の因子を活性化させる方向へ。


 僕は獣じみた咆哮をあげ、変貌を遂げる。

 全身に生える青銀色の鱗。鉤爪の生えた手には、辛うじて槍を掴める形に五本の指が残っている。……そして、かつての因子制御解放時でさえヒトガタを留めていた僕の顔。


 鏡はないので確認はできないが、口には鋭い牙が並び、竜の咢が鋭く突き出すその顔は、確実に人間のものではなくなっていた。


「カクゴをキメロ」


 人の言葉を発声することさえ難しくなった喉から出た言葉は、僕自身に向けられたもの。僕がずっと、体内で飼い続けていたもう一人の自分。

 ……とはいえ、『これ』が自分自身であるという自覚はある。だからこの呼びかけは、単なる儀式みたいなものだった。


 もちろん、これまでこの『奥の手』を使わないできたのは、出し惜しみしていたからじゃない。……見られたく、なかったからだ。

 だからオレは、エイミアさんの助力を断ったのだろう。『信頼してくれ』なんて言いながら、何てざまだろうか? オレの方こそ、彼女にこの姿を知られ、拒絶されることを恐れている。


 一度これを使うと、丸一日は元の姿に戻れない。だから、結局はこの姿を見られずにはすまないだろう。それでも、今ここで、仲間のために力を振るえなくてどうする?


「カクゴなら、アル!」


 オレは咢を開き、灼熱の火炎を吐き出す。目の前に迫る『フロッガーバイト』を焼き払うために。


 オレは身体を捻り、青銀色の『尾』を振りかざす。尾の先に連なる刃のような鋭い鱗で、周囲の敵を八つ裂きにするために。


 手にした槍で、手に生えた鉤爪で、咢に生えた己の牙で。

 オレは狂ったように暴れまわった。群がる魔獣を貫き、斬り裂き、蹴り砕き、時には噛み砕いて、その肉体を細切れの肉片へと変えていく。


 血しぶきが舞う狂乱の中で、どうしてオレはこんな無茶をしているのだろうと疑問に思う。確かにアリシアさんを助けるため、ここで誰かが足止め役となる必要はある。けれど、それだけだったら、さっきの場所でのらりくらりと戦っていてもいいはずだ。


 毒のある敵なら倒さなければいい。軽くあしらってやれる程度の実力差ならあるはずなんだから。

 ……だからなにも、ここまでする必要はないじゃないか。


 周囲に満ちた毒気は、もはや【瘴気】となって漂い始めている。


「オレは、ヨワイ」


 そう、オレは弱い。最強の戦士系冒険者だなどと言いながら、肝心な時に何の役にも立てていない。アリシアさんがさらわれた時も何もできず、その後もヴァルナガン達に後れを取った。とっさのことだったから? 精神的に弱っていたから? そんなもの、何の言い訳にもならない。


 オレは何のために強くなった? 

 ……決まっている。エイミアさんに、あんな顔をさせないためにだ!


 アリシアさんがさらわれた直後のエイミアさんが、どれだけ自分を責めていたか、わからないオレじゃない。あの時、あの状況で唯一、フェイルに攻撃を仕掛けることができたのが、自分の“黎明蒼弓フォール・ダウン”だけだったのだと、そんな後悔を抱いていることを、オレが気付かないわけがない。


 でも、そんな彼女にかけてあげられる言葉なんて、思いつかなかった。目の前で、ルシアがシリルを抱きしめて、彼女の悲しみや苦しみを分かち合っている時に、オレはエイミアさんに何もしてあげられなかったんだ。


 いかにオレが【因子加速アクセラレータ】を使っているとは言っても、部屋に充満する毒気と【瘴気】は、オレの身体と心を確実に侵食し始めている。それでも、槍を振る腕は止めない。炎を吐く咢は閉じない。敵の殲滅までは間もなく。残りはもう10体程度だ。


 と、そのとき──


〈見事だ。人のカタチを捨てた戦士よ。我は君に敬意を示そう〉


 声が響く。不思議と耳に心地よい、こんな場合でもなければ、うっとりと目を閉じてしまいたくなるような不思議な声だ。男でも女でもない。どちらだってかまわないと思えるような、そんな声。


「ナニモノだ!」


〈語らずともよい。心で呼びかけるだけで我は君の想いを感じよう〉


 ラディス……じゃないのか?


〈否、我は『ラディス・ゼメイオン』。想いを感じ、心を支配する『真霊』のラディス〉


 ……オレの心を、読んだ? まさかこいつ、“同調”系のスキル持ちか。


〈否、我は“同調”しない。理解しない。ただ感じ、ただ理解させるのみ〉


 奇妙な話し方をする奴だが、オレも暇なわけじゃない。残りの十体を手早く倒しにかかる。上手くすれば、エイミアさんたちの後を追って合流できるかもしれないのだ。

 魔槍を構え、『轟音衝撃波』で残りの敵をまとめて吹き飛ばす。


〈よくぞ倒した。このフロアに集いしモンスター。そのすべてを倒すなど、並みの武勇で叶う業ではない。──が、君の不屈の闘志こそ、驚嘆に値する〉


 知ったことじゃない。さっさと行こう。オレは声を無視し、階段へと歩こうとする。


〈……ゆえに残念だ〉


 その声は、何故かオレの足を止めた。


〈君にこの事実を知らさねばならぬことが、残念でならない。……『真算』のやり方は好かないが、今回はあれの主演だ。やむをえまい〉


 ざわざわと。周囲から何かの音がする。何の音だ?


〈君は不思議には思わなかっただろうか? 第六階層にいた二体の【人造魔神】。それより『上層』の階であるこの第七階層に、ただ数が多いだけのモンスターの群れがいる。その順番の不合理さに〉


 順番だと?


〈より目的に近づけば近づくほど、障害は高く大きくなる。進むにつれて疲労する侵入者を排除する罠としては、合理的な順番〉


 すでに疑いの余地はない。周囲に散った肉片、体液、その他もろもろのものが、ずるずると蠢き、寄り集まり、形を成し始めているのだ。


〈復活するは100体のモンスター。君が倒した全数がそれだ。復活の元となる【瘴気】が存在する限り、何度でも黄泉返る……〉


 その声は、まるでオレの耳に心地よくない。ザワザワと不安を掻き立てるような気持ち悪い声だ。


〈君にはここで、永遠に100体の相手を続けてもらう。……否、永遠などありはしないが〉


 どうなっている? 復活の元となる【瘴気】だと? 

 なんだそれは? でたらめにも程がある。


〈名を【瘴気転生術】と言う。術式を展開・発動させたのはたった今だ。これが我に割り振られた役回り。不満がないと言えば嘘になるが、……せめて、不屈の闘志を抱く君が絶望するまでの戦いを見届けよう〉


 周囲には、無数のモンスターの群れ。元々のモンスターの形などない。辛うじてヒトガタに収まっただけの気味の悪い立ち姿だ。幸いにも彼らは、オレを無視して上階に向かうということはないようだった。


 やってやる。無限だろうなんだろうが、構うものか。オレは負けない。戦って戦って、戦い続けてやる。言葉でも存在でも、エイミアさんの助けになりきれないオレには、もう『力』しか残されていないんだ。ならせめて、この『力』ぐらい、最後の最後までエイミアさんのために使ってやる。


 オレは再び咆哮を上げる。腕が重く、足も動かず、目も霞む。

 そんな絶望的な状況の中、オレは周囲から襲いくるモンスターどもを蹴散らそうと槍をかざし、尾を振ろうとした。


 が、そのとき───世界が、斜めにずれた。



     -報いるべき一矢-


 エリオットは大丈夫だろうか。


 シャルを第八階層に残して、第九階層へ向かう階段を駆け上がりながら、別れ際の彼の顔を思い出す。自分を信じて、ここは任せてほしい。そう言った彼の顔には、それだけではない何かがあった。


 それが何なのかはわからない。自分の鈍さが嫌になるが、それでもわからないものはわからない。ただ、彼が辛い思いを抱えているのだということはわかった。そしてそれは、わたしが手を出していいものではないのだということも。


 だから、わたしは彼を信じて先に進むことにしたのだ。


 ヴァリスを先頭に第九階層のフロアへと飛び出したわたしたち。シリルはざっと辺りを見渡すと、【魔装兵器】の有無を確認する。


「さすがにこの先には罠の類はなさそうね。一気に行くわよ!」


 塔の太さに変化はないのに、このフロアはかなり狭い。今までのフロアに比べて半分ほどの広さもないのではないだろうか。半透明の柱のようなものが無数に立ち並んでいるせいか、余計に狭く見える室内をわたしたちは警戒しながら進む。


「第十階層──屋上階へはこの階の屋外から上がれるみたいね」


 シリルが指差した先には、一枚の扉があった。


「よし、行くぞ!」


 ヴァリスが一気に扉へと駆け寄り、蹴破らんばかりの勢いでそれを開くと、外からはひんやりとした空気が流れ込んできた。

 間近に浮かぶ『ラグナ・メギドス』によって日の光は若干遮られているものの、外はまだ明るい。


 広いテラスのような造りの屋外には、すぐ近くの壁面に一本の梯子がかけられており、どうやら十階にあたる屋上にはここから登るようになっているらしい。


「『ファルーク』、お願い」


 とはいえ、無防備になりやすい梯子を正直に上る必要はない。わたしたちは巨大化した『ファルーク』の背に飛び乗る。

 しかし、『ファルーク』から降り立ったわたしたちの目に飛び込んできたものは、想像を絶するおぞましい光景だった。

 

 床一面に広がる血。

 あたりに散らばる肉片。

 吠える獣。断末魔の叫び。

 新たにまき散らされる血と肉。

 ──その中心に立つ、真紅の衣装に身を包んだ一人の女性。


「ア、アリシア!!」


 わたしたちは、異口同音に叫ぶ。その女性は、アリシアだった。黒い柱に縛りつけられたまま力無く立ち尽くす彼女は、真っ赤なブラウスとスカートを身に着けている。……のではなかった。あれは全て、周囲にいたと思われるモンスターのからの『返り血』だ。


 どんな仕組みかはわからないが、先ほど肉体を爆散させて果てたモンスターに替わり、新たなモンスターが彼女のそばに近づいていく。どうやら、そのモンスターも柱に縛りつけられているようだ。動いているのは、縛りつけた柱そのものだろうか?


「アリシア!!」


 ヴァリスが走る。何が起きているのかはわからないが、アリシアの状態が非常にまずいものであることだけは確かだった。意識もなく、虚ろな瞳のままうつむいた彼女の姿は、微かに動く胸の動きだけが、その生存を示しているような有様だった。


「ぐあ!」


 ヴァリスが何かに弾かれたように倒れ込む。やはり、障壁か何かがあるのだろうか?


「待って、ヴァリス。わたしが今、解除するわ!」


 シリルが背中から銀の翼を伸ばし、掌に光の球を出現させる。ここに来るまでに無数の【魔装兵器】を無効化してきた『紫銀天使の聖衣』の機能だ。


 が、しかし──


〈やめておけ、巫女を死なせたくないのならな〉


 その声は唐突に響いた。


「ラディス! 彼女に何をしたの!? 今すぐやめさせなさい!」


〈そんなことより、忠告は聞くものだ。俺はやめておけ、と言ったのだぞ?〉


「なんですって?」


 ラディスの意味深な言葉に、それまで怒りで声を震わせていたシリルが動きを止める。


〈巫女の周囲には結界が張ってある。結界自体は大したものではない。多少空間を歪めているだけで、力業ではどうにもなるまいが、貴様なら簡単に解除できる程度のものだ。……だが、この結界を発生させている【魔導装置】は、とある仕掛けに連動していてな。結界が切れると同時に、巫女を縛る柱を瞬間的に爆発させるのさ〉


「な! ……そんな」


〈仕掛けは【魔導装置】そのものと連動した単純なものだ。だが、単純であるがゆえに、お前はこの結界に一切干渉できない。爆発は実にあっけないぞ?〉


「卑怯者……」


 シリルの全身が小刻みに震えている。ここまで来て、とうとうラディスはアリシアの身柄自体を人質に使ってきたのだ。恐れていたこととはいえ、こうまであからさまな手を使ってくるとは、彼もなりふり構ってはいられなくなったのだろう。


 わたしは歯噛みをする思いでアリシアの姿に目を向ける。


〈さて、これで十二体目の触媒だ。ああ、安心しろ。このモンスターどもは体内に同調のための『邪神の卵』を仕掛けると同時に、体液に含まれる毒素を可能な限り無害化してある。……少なくとも『それ』が原因で死ぬことはあるまいよ〉


 その言葉が終わるや否や、アリシアの身体が痙攣し始める。


「う、ああ、ああああ……」


 同時に漏れ出る苦しげな呻き声。かなり危険な状態に見える。


「おのれ!」


 わたしは手にした弓を構え、彼女の傍で彼女と共に痙攣するモンスター目掛けて矢を放つ。しかし、案の定、放たれた光の矢は何もない空間で弾けるように消滅する。


「アリシア! しっかりしろ! 我だ! ヴァリスだ! ……アリシア・マーズ!」


 ヴァリスの必死の呼びかけにも、まるで反応を示さないアリシア。


「……なにか、なにか手はないの? このままじゃ、アリシアが……!」


 シリルは打開策を見つけるため、周囲を見渡しながら必死に頭を巡らせているようだ。


〈くくく、少しは自分たちの心配もした方が良いのではないか? 周りを見るがいい〉


 その言葉に、わたしは気づく。この『セリアルの塔』を囲むようにおびただしい数のモンスターが集まってきている。周囲の地面はもとより、上空にも『ワイバーン』などのモンスターの姿が飛び交い始めている。


〈階下には『魔神』がいる。ゆえに、こんなことも起こるというわけだ〉


 【種族特性】“邪を統べるもの”か。しかし、『魔神』だと?


「第6階層の【人造魔神】?」


〈好きなように考えろ〉


 レイフィアが戦っているはずの二体の【人造魔神】だろうか? だが、彼の口ぶりは別のものを感じさせる。


「とはいえ、考えている暇はないな」


〈還し給え、百の光〉


 わたしは『謳い捧ぐ蒼天の聖弓カルラ・リュミエル・レイド』を掲げ、空から光の雨を降らせる。

 今にも炎を吐こうとしていた『ワイバーン』が数体、串刺しになって墜落していく。徐々に空を覆い尽くす、無数のモンスターたち。


「く、『ファルーク』! 応戦して!」


 シリルの呼びかけに従い、白銀の飛竜が空を舞った。翼から生やした風の剣ですれ違いざまに『ジャイロスネーク』たちを切り刻み、口から吐き出す風の塊で『ロックガーゴイル』たちを撃ち砕く。


 わたしは新たに飛来する骨の鳥『ボーンバード』の集団に向け、光の雨を撃ち落とす。だが、塔を破壊しないように戦う必要があるうえ、上空だけではなく地面の上のモンスターも片づけなければ階下の皆が危ない。


「上空の敵は極力『ファルーク』に任せるしかないか……」


 わたしはもどかしい思いで弓を掲げ、千本の矢を大地に落とす。これで下はだいぶ片付いたはずだ。


 一方、間近に迫るモンスターたちはヴァリスが相手をしていた。


「うおおおお! どけ! 貴様ら!」


 次々と着地してくる『ロックガーゴイル』を蹴り足で薙ぎ払い、ふわふわと漂うように接近してくる鬼火のような『ナイトゴースト』を『グランドファズマの霊手甲』で殴り飛ばす。

 だが、こんなことをしている間にもアリシアは……。


「く、どうすればいいのよ! 結界の発生装置と爆破装置を同時に抑え込む?」


〈そんなことができるものか。爆破はお前が干渉する余地のある【魔導装置】によるものではない。ただの物理的な『仕掛け』なのだからな〉


 必死に思考を続けるシリルをあざわらうラディス。人間を楯にする卑劣なやり口に、わたしは吐き気がしてくる。せめて一矢、奴に喰らわせてやらなくては気が済まなかった。


 続けて飛来するモンスターを撃ち落としながら、わたしは『ラグナ・メギドス』に目を向ける。空に浮かぶ、恐ろしく巨大な黒鉄の城。ファラが《解放の角笛サージェス・ホルン)》と呼んでいた【魔法】の射出口らしきものが数本、本体下部から突き出している。


「あれが城だと言うのなら……、本丸はあそこか?」


 周囲のモンスターを『ファルーク』が縦横無尽に切り刻んでくれているせいもあり、わたしには若干の余裕ができてきている。


「やってやる。ただでは済まさない」


 わたしはチャンスをうかがう。モンスター群の襲撃が弱まった瞬間を狙い、『ラグナ・メギドス』に向き直った。


「くらえ、ラディス」


〈還し給え。千を束ねし一の光〉


 狙いは正確に。“弓聖”たるわたしが、それでも慎重に狙いを定め、千本にして一本の光の矢を撃ち落とす。蒼天に近いこの場所で、これを受けて破壊を免れるものなどない。


 光の直撃を受け、轟音と共に揺らぐ『ラグナ・メギドス』。


〈な、なに? うわああああああ!〉


 ラディスの叫び声。見れば、黒鉄の城は天守閣にあたる部分が破壊され、もうもうと煙が上がっている。


〈な、なんだと? 『ラグナ・メギドス』を攻撃したのか? 今、この状況で? あり得ない! なんだそれは? 非論理的な行動だ! 気でも狂っているのか?〉


 支離滅裂に叫ぶラディス。非論理的だの、合理的でないだの、うるさい奴だ。


〈く、空間結界展開!! お、おのれ……この程度のことで俺が撤退するなどと思ったのか?〉


「うるさいな。こうしなければ、わたしの気が済まなかっただけだ」


〈な……!〉


 ラディスが絶句する気配があった。わたしだって、今の一撃でラディスを倒せるとも、『ラグナ・メギドス』を撃ち落とせるとも思ってはいなかった。それでも、一矢報いる。その行動に意味がないとは思わない。


 己の心の内から生じる衝動に従うことが、すべて無意味だとは、わたしは思わない。

 そして、そのことは、続くシリルの言葉が証明してくれた。


「……エイミア。ありがとう。今のでわかったわ……。アリシアを助ける方法が」


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