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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第13章 白亜の塔と黒鉄の城
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第127話 ピュアホワイト/アンノウンブラック

     -ピュアホワイト-


「シャル?」


「どうしたんだ?」


「いったい何が?」


 シリルお姉ちゃん、エイミア様、ヴァリスさん、それぞれの声が聞こえる。でも、それはまるで彼方から聞こえてくるような、遠くぼんやりとしたものでした。


 わたしは生まれてからこれまで、こんなにも怒りを感じたことはありませんでした。いつだって明るくて、楽しくて、優しかったアリシアお姉ちゃん。少しわたしを猫可愛がりしすぎるところもあったけれど、そんなところも嫌いじゃなかった。……ううん、本当は恥ずかしかっただけで、……大好きだった。そんなアリシアお姉ちゃんを傷つけ、苦しめ、殺そうとする人がいる。


 ……そう言えば、『精霊の森』でルシアが死んじゃったかもしれないと思った時も、わたしの気持ちは昂ぶりました。目の前が真っ赤に染まるような怒りが、普段なら決して使わないような残酷な融合属性【精霊魔法エレメンタル・ロウ】となって発現したことを覚えています。


「……でも、今のわたしの視界は真っ白なんです」


 誰にともなく、つぶやくわたし。


『白』


 何物にも染まらない。原初の色。究極の色。


 【魔鍵】『融和する無色の双翼マーセル・アリオス・クライン』の神性“具現式彩カラークリエイト


 あらゆる色を創り出すその神性でさえも、この色を創り出すことなんてできない。だってそれは、最初からわたしの中にあるものだから。


 ただ、創り出すことはできなくても、その白を取り出すことならできる。余計な色をそぎ落とし、脱色する。まっさらな、わたしの色を世界に描く。


 分離属性《純粋ピュアホワイト


 鏡はないのでわかりませんが、恐らくわたしの髪は、白く染まっているでしょう。


「【魔力】を薄める力? ……でも」


 シリルお姉ちゃんは、わたしが身にまとう純白の光の正体に気付いたようです。それでもなお、浮かない顔をしているのは……


「いくらなんでも無理よ。あの乱流じゃ、少しくらい薄めたところで……」


「うん、わかってる……」


 シリルお姉ちゃんの不安げな言葉に、わたしは軽く頷きを返しました。もちろん、こんなのじゃ全然足りない。アリシアお姉ちゃんへの道を阻む、この憎むべき障害を取り除くには、わたしの力だけじゃ不十分でした。


「……『フィリス』。力を貸して」


〈うん……〉


 シリルお姉ちゃんは《純粋ピュアホワイト》を指して、『魔力を薄める力』と言いましたが、正確には少し違います。その本質は、複雑に入り組んだものを解くこと。角を取り、柔らかくすること。荒れ狂い、歪み、暴れる力を馴染ませること。


──融和する、原初の色。


〈我は馴染むものにして、全ての色を包むもの……〉


純粋ピュアホワイト》!


〈わたしに繋がる世界はワタシ……〉


万象流転チェンジ・ザ・ワールド》!


 どんなに荒れ狂っていようと、どんなに膨大で強力な力であろうと、そして──どんな【法則】に基づく力であろうとも、絶対に変わらない、ただ一つの事実。


 この世界に生み出されたモノであるという事実。

 この世界に存在を続けるモノであるという事実。

 

 ならば、純粋にして世界そのものである『わたしたち』は、それを受け容れよう。それを愛して、それを慈しみ、それを抱いて、世界に還そう。


 永遠に生まれ続ける力? 

 それが何だと言うのでしょうか? 

 世界なら──最初から『永遠』です。


〈そんな……まさか……?〉


 ラディスの呆然としたつぶやきが聞こえてきました。遠かった音が近くに戻って来たかのように、周囲の皆の声がはっきりと聞こえ始めています。


「シャル……? 今のはいったい……」


「……説明は後です。他の皆が来るまで、わたしはここから動けません。だから、行ってください」


 驚いて声をかけてくるヴァリスさんに、説明する時間も余力もありませんでした。


 ──フロアに吹き荒れていた力の乱流は、ぴたりと止んでいます。先ほどの嵐が嘘のような静けさでした。


〈【魔力】の乱流を相殺しただと? 馬鹿な! こんなことがあり得るはずがない! 『ラグナ・メギドス』の調整装置ですら、そこまで細かい操作などできぬというのに……〉


 実を言えば、『ラグナ・メギドス』を発生源とする力の流れは、依然として外まで含めた八階フロア全体を覆っています。ですが、このフロア内一帯だけは、複雑な力の乱流がお互いを打ち消し合い、飲み込み合って、いわば完全な無風状態を作り出しているのです。


「……シャル、ありがとう。後は任せて。アリシアは、必ずわたしたちが助け出すから!」


 シリルお姉ちゃんはわたしの肩を軽く抱き寄せると、そう約束してくれました。


「うん、待ってる」


 わたしもしっかりと返事をすると、シリルお姉ちゃん、ヴァリスさん、エイミア様の三人の後姿を見送りました。


「なんだか、疲れちゃったね。フィリス」


〈うん……、でもよかった〉


 これだけ絶対的な罠を超えた先に、ラディスがさらに罠を仕掛けている可能性は少ないはずです。後は、アリシアお姉ちゃんの無事を祈るだけ……。


 ──と、そこにラディスの声が響き渡りました。


〈【儀式】はまだ半ばだと言うのに……。どの道、奴らが巫女に近づくことなど叶うまいが、万が一と言うこともある。……貴様を人質に取らせてもらうぞ?〉


 言葉と同時、天井から何かが垂れ下がってきました。ドロリとした黒い粘液のような物。わたしは咄嗟に自分の周囲に風の結界を展開しましたが、強い脱力感に襲われ、結界内で尻餅をついてしまいます。


〈どんな小細工を弄したかは知らんが、やはりそれなりに消耗しているようだな〉


 ぶくぶくと泡立ちの音を立てながら、周囲の床を覆い尽くす黒い粘液。


〈『ヴィネバの黒酒』、その原液だよ。本当は貴様らが絶望に暮れている間に使うはずのものだったのだがな。いずれにせよ、流石の『銀の魔女』も『絶対結界』の中にまで、このような罠を仕掛けてあるとは気づきもしなかったようだ〉


「……違います。シリルお姉ちゃんはアリシアお姉ちゃんのことが心配だったから……」


 わたしは声のする方を強く睨みつけました。


〈無論、そうだろうな。だが、そうした心の隙を突くことさえ、我が『真算』のうちなのだよ〉


 ……おかしい。どうしてラディスはわたしなんかに構っていられるのでしょうか? 今にもシリルお姉ちゃんたちがアリシアお姉ちゃんの元にまでたどり着きそうだと言うのに。


〈言っただろう? 全身全霊の『真算』だと。あり得ないケースですら想定して万全を期す。ゆえに、最初から俺に負けはないのさ〉


 そんなやり取りを続けている間にも、周囲には次々と黒い粘液が垂れ続け、わたしの周囲を覆う風の結界を取り囲むように押し寄せてきました。


「この程度で……!」


 圧力は強くなってきてはいても、耐えられないほどではありません。この粘液に触れればどうなるかなんて考えたくはありませんが、このまましのぎきることは難しくなさそうでした。


〈原液のままなら対象の心をドロドロに溶かし、廃人同然の人形へと作り替える『薬』。この原料が何だかわかるか?〉


「え?」


〈……出でよ、『魔神ギスカドヴィネバ』〉


 それは、唐突に起きました。フロアの中心部分にムクリと起き上ったヒトガタ。周囲に禍々しくも圧倒的なプレッシャーを放つソレに、先ほどまでわたしの周囲に押し寄せていた黒い粘液が集束していきます。


 ヒトガタは徐々に巨大化し、集まった粘液は硬質化して形を変え、やがてそれは高いフロアの天井に頭がつかんばかりの巨大なモンスターへと姿を変えたのでした。


「『魔神』!?」


〈いかにも。我ら『パラダイム』が制御下に置いている、数少ない天然ものの『魔神』だよ。【ヴァイス】の研究も【生体魔装兵器】の実験も、コレなくしては成り立たない貴重なものだ。これを引っ張り出せたこと自体、光栄に思うことだな〉


 甲冑を思わせる黒い外骨格、爛々と輝く紅い瞳。黒い甲虫を無理矢理ヒトガタに立たせたかのような趣味の悪い外見に、わたしは怖気を抑えきれません。何よりも、本物の『魔神』という存在を目の前にして、わたしは気づいたのです。


 これは『違う』のだと。自らを生み出したモノを憎み、自らが生み落された世界を呪う。

 これまでに見た【人造魔神】などとも、まるで別物です。実力的なものではなく、根本的な存在そのものがまるで違う。モンスターとは、『似ても似つかない』化け物。


〈【人造魔神】は単なる副産物に過ぎない。『邪神の卵』の本来の製作目的は、『ジャシン』復活の供物なのだよ。……いずれにせよ、これが本物の『魔神』だ。さて『精霊紋』の娘よ。俺は降伏を勧めよう。一度戦いが始まれば、殺さぬような制御はできない。大人しく人質になれば命は助けてやるが、手向かうようなら『銀の魔女』には、お前の生首を待っていくことになる〉


 非情で冷たい言葉。わたしに恐怖を与えようとする言葉です。でも、わたしはそんなものには負けない。わたしが皆の足手まといになるわけにはいかないんだから。


「……冗談じゃありません。わたしを洗脳してシリルお姉ちゃんたちを攻撃させるつもりの癖に」


〈聡い娘だ。その賢しさのために命を落とすとは皮肉だが、まあいい。その疲労しきった状態で、どこまで足掻けるかな?〉


 目の前に立つ、巨大な黒い甲虫人『魔神ギスカドヴィネバ』。ソレは、自分の外骨格の隙間からボタボタと落ちる粘液をすくい上げるように手につかみ、いきなり勢いよく投げつけてきました。


「く!」


凝固ソリッド》!


 単なる風の結界では防ぎきれないと判断したわたしは、咄嗟に空気の壁を構築しました。飛来した黒い粘液は塊となって壁にぶつかり、力無く地に落ちていきます。


 ……空気の壁を粉々に破壊しながら。


「そんな……!」


 無造作に放たれただけの攻撃がこの威力だなんて。


凝固ソリッド》!


 続く第二波を防いだ壁も、同じように破壊されていく。《凝固ソリッド》はわたしのイメージで構築する壁です。それが破壊されえば、単に構築した時以上の【魔力】の消耗があるのです。こんなことを繰り返していられる余裕はありませんでした。


「く、強い……」


 続いて、『魔神ギスカドヴィネバ』は滴り落ちる粘液を手ですくい、昆虫のようにはっきりしない口元に持って行くと、息を吹きかけるようにして細かい霧に変え始めました。


「いったい、何を?」


〈終わりだな。『魔神ギスカドヴィネバ』は、その能力を知らなければ、絶対に勝てない存在だ〉


 その言葉が証明されるのは、この後間もなくのことでした。



     -アンノウンブラック-


「はう!」


 シャルが胸を押さえるようにして、うずくまる。

 得体の知れない黒い霧。それを吸い込んでしまったからだ。


〈シャル! しっかりして!〉


「う、くうう……」


 その『霧』は、風の結界をまるで無視するかのように入り込んできていた。量はそれほどでもないけれど、シャルはかなり苦しそうだ。


〈シャル、わたしが替わるから!〉


 この『霧』は、肉体よりも精神に作用している。ワタシはシャルの状態をすぐ側で認識しながら、敵の攻撃の正体を考える。……心の隙間に入り込み、中から心をかき乱すもの。


 これはいったい何なのだろう? そう考えた瞬間だった。全身を鳥肌が立つような気持ちの悪い感覚が包み込む。気づけば、ワタシが再構築したはずの風の結界を無視するように、黒い粘液が手足をまとわりついてきていた。


「ぐ、うあああああ!」


 蝕まれているのは、身体ではなく心だ。イキモノが憎い。世界が憎い。全てが呪わしい。ワタシという存在を構築するものすべてが、どうにもならないくらい否定すべきものに思えてくる。


 手足が黒く染まっている。皮膚の中まで黒々と。

 どうしてこんな? わからない。理解できない。防ぎようのない攻撃に頭が追いついていかない。ワタシは『精霊』であるはずなのに、どうして世界を憎もうだなんて思うのか?


 一番理解できないのは、そんな自分自身の心だった。一寸先も見通せない、暗黒の心。


『黒』


 何物にも染まらない。原初の色。究極の色。


 黒く染まる。溺れていく。

 何もかもが暗黒に閉ざされて、この衝動に身を任せれば、どんなに心地よいだろうか? 


 そんな風に心が闇に沈みかけた、その時だった。


 ──周囲の『黒』が、急速に“減衰”していく。


「……教えておいてやる。奴の能力は“未知侵食”アンノウン・イロージョン。『知らない』『わからない』という心の隙間を侵食する力だ」


 ……え? ワタシは、その声を信じられない思いで聞いた。どうして彼が?


「頭で行動しそうなお前の相棒には無理だろうが、幸いにも『精霊』であるお前には対抗策がある。……『知ったかぶり』をすることだ」


 知ったかぶり? 何をふざけたことを……


「信じられなくとも、信じろと言うほかはないな。上手くすればルシアが来るまでは持ちこたえられるだろう」


 どうして、あなたが助けてくれるの?


「仲間だと思っていたモノからさえ拒絶されたあの『二人』にとっては、『セフィリアの友達』であるお前だけが唯一の枷だ」


 わけがわからない。セフィリア? あの子にいったい何があったの?


「今回の【儀式】の結果、アレが得たモノ──いや、『喪失なくした』モノは、予想外に大きかった。もとから制御するつもりなどないが、このままお前が死ねば、間違いなく『セフィリア』は絶望を深くする。そうなれば、『アレ』は『セフィリア』と共に世界を滅ぼしかねない」


 世界を滅ぼす? まさか、そんなことが……


「アレの『同類』が世界に蘇るというのであれば面白いと思ったのだがな。そんな次元の問題ではなかった。俺でさえ、事ここに至るまで、アレ……いや、『セフィリア』の本質を完全には理解していなかったのだと思い知らされた」


 セフィリアの本質……? 


「面白半分に拾い上げた綺麗な石が、実は極上の宝石だったことがわかった時のような気分だよ」


 フェイルの声は実に愉快気だ。楽しくて楽しくて仕方がない、そんな子供のような響きさえある。彼は何故、今、ワタシにこんなことを語っているのだろうか?


「ジャシン──世界の邪悪。貴様らが、そして世界が恐れるべきは、そんなものではない。世界の欠陥ヴァイス──それこそが最も恐るべきものだ。ジャシンですら取り込み、同化してしまう深淵の闇。セフィリアには、全てが欠けている。最初から何もない。関係が無く、制限が無く、身も蓋もないまでに不可能が無い。それがゆえに、何よりも救いがない。くくく……矛盾と言うには愚かしいばかりで、そして──最高の存在だ」


 『セフィリアと友達になってくれて、ありがとう』


 彼女は確かにそう言った。シャルと言葉を交わすとき、時々だけどあの子は自分のことを『セフィリア』ではなく、『わたし』と言った。『わたし』と言うのがセフィリア自身なら、彼女を『セフィリア』と呼んだのは……。


 本当は、ワタシにはわかっていた。

 いえ、むしろ『憶えていた』と言うべきかもしれない。


 『神の孤児みなしご』と『世界の孤児みなしご

 『あの子』と『セフィリア』


 『世界精霊』として、ワタシはそれを嫌と言うほどに知っていた。


「アレは自身の存在すら顧みず、決してヒトには成りきれない少女のために、ヒトならぬ仲間を求めた。……結果は無惨なものだったがな。だから後は、世界を救うも滅ぼすも、お前たち『ともだち』次第というわけさ。滑稽なものだな」


 自らを生み出した『神』にさえ否定された哀れな子ら。

 嘆き悲しみ絶望に暮れる彼らを、ただ見ていることしかできなかった世界ワタシ

 『あの子』が、そして『セフィリア』が、あの時の彼らと同じく苦しんでいると言うのなら、今度こそ手を差し伸べてあげたい。


 今の『わたしたち』には、差し伸べるための手があるのだから。


「フェイル……、あなた、いったい……」


 ようやく声に出して、ワタシは言った。まるで彼の言葉は、セフィリアのことをワタシたちに頼むかのようなものだ。その言葉にも、嘘はないように思える。


 けれど、返ってきた言葉はワタシの想像を超えるものだった。


「ククク、だから俺は、俺自身がこの世界に『飽きた』時にこそ、お前を殺しに来るだろう。ルシアに伝えておけ。せいぜい俺を退屈させるな──とな」


 おそらく彼は、実体化していない。ラディスに見咎められることを恐れてかと思ったけれど、今の言葉を聞いて分かった。彼にとってこれは、賭けであり、遊びなんだ。だから、ここでワタシが助からなかったとしても、究極的にはどうでもいいのだろう。


 そう思うと、ワタシの心に怒りのようなものが湧いてくる。『精霊』にはあるまじき感情かもしれないけれど、シャルやワタシ、セフィリアのことまで含めて弄んでいるかのような彼の態度は、いくら何でも許しがたい。


 フェイルの声は、先ほどの言葉が最後だった。今もワタシは、闇の中にたゆたう魂。でも、負けてなんかやるものか。ワタシは奮起する。重いまぶたをこじ開けながら、対象をはっきり見据える。

 知ったかぶり? 何を言っているのだろう、彼は。この世界に存在するものを、ワタシが知らないなんてはずはない。


「ワタシは知っていマス」


 あえて言葉にする。するとそれまでワタシを取り囲んでいたはずの黒い粘液は、潮が引くように離れていく。


『魔神ギスカドヴィネバ』はそんなワタシに驚いた様子も見せず、再び手で黒い粘液をすくい上げる。ただ、今度はそれを投げるのではなく、細長い棒状にこねくり回し、剣のようなものを造り出した。


 長くて禍々しくて、捩じれたような黒い剣。

 物理的な攻撃は、物理的に回避するしかない。


〈風よ、我を運べ〉


 横なぎに振り回される一撃を、風に乗って飛んでかわす。巨体の『魔神』にしてみれば、剣の大きさに比べて天井が低いせいか、真上に振りかざすことができず、攻撃はほとんどが横薙ぎに繰り返される。


 さっきのフェイルの話では、もうすぐルシアが来るとのことだったけれど、それがいつになるかは分からない。それに防戦一方では時間稼ぎでもいつかは限界が来る。


〈……シャル、まだ駄目?〉


〈うう……〉


 シャルと力を合わせなければ『魔神』に有効な攻撃なんて難しい。下手に中途半端な攻撃は却って【魔力】の無駄になるだけだ。

 シャルは先ほど、『自分自身』の存在を属性に変える《純粋ピュアホワイト》を使い、それだけでもかなりの【魔力】を消耗していた。


「く、埒があきませン!」


 【精霊魔法】エレメンタル・ロウで風を操り、敵の攻撃を回避し続けることしばらく。『魔神』の方こそ埒が明かないとでも考えたのか、再び黒い霧を放ってくる。


「だから、それは『知っていマス』!」


 ワタシの周囲に展開された風の結界が、それを阻む。

 続いて今度は、空中に数十本の黒い錐が生み出され、一斉に飛来してくる。


「もちろんそれも、『知っていマス』!」


 回避し、よけきれない分を結界で防ぐ。

 信じられないけれど、本当に『知ったかぶり』には効果があるみたいだった。


 けれど、天然ものの『魔神』というものが、この程度の力しかないはずがない。余裕のあるうちに先手を打たなければ、戦況はますます厳しくなってくる。


〈フィリス、ごめんなさい。もう大丈夫だから……〉


〈シャル!〉


 待ちに待ったシャルの声。とはいえ、本調子には程遠そうだ。シャルよりもワタシの力を中心に使い、シャルにバックアップしてもらうべきだろう。


〈それなら、選択する【魔法】はひとつよ〉


〈うん!〉


 ワタシは引き続き『魔神』の攻撃を回避しつつ、シャルによる準備が整うのを待つ。大丈夫、ワタシたちは一人じゃない。こうして二人で戦える。一人じゃなく二人でなら、たとえ相手が最凶最悪の『魔神』であろうと、ルシアが来るまで頑張れる。


〈ブブブブブブブブ!〉


「え?」


 羽音? 耳障りな音が聞こえる。風に乗って宙を舞うワタシの真下、床いっぱいに広がる黒い粘液。それは今や、粘液なんかじゃなくなっていた。


「虫……」


 床中に無数にひしめく虫、虫、虫。黒い甲虫を思わせるそれは、今にも飛び上がらんばかりに羽音を立てている。

 シャルと感覚を共有するワタシは、それに思わず嫌悪感を抱いてしまうけれど、気を取り直して首を振る。


〈フィリス! 準備できたよ!〉


〈うん!〉


〈命の始まりを知らぬ氷河よ。孤独に震える哀れな子らに、祝福と安らぎの眠りを〉


|《永久氷晶》(エレメンタル・ゼロ)!


 瞬間氷結魔法。『樹精石の首飾り』の四連石全てを水属性増幅にあてることでようやく使用が可能になった、シャルとワタシの水属性最上級攻撃魔法。


 虹色の剣から生まれる、銀の輝き。ダイヤモンドダスト。それはワタシたちの周囲に渦巻くように広がり、振り下ろした剣の動きに従って、『魔神』目がけて収束していく。


 対象の周囲の空間をまるごと氷結し、有無を言わさず一瞬で凍結させる。生命活動はもちろん、あらゆる力を鎮静化させ、氷の内に押し固める【魔法】。


「う、く……」


 全身に襲いくる猛烈な脱力感。たぶん、【魔力】の使いすぎによるものだろう。

 けれど、それだけの価値はあった。黒い甲虫型の巨人は、周囲の虫たちと共に天井から床までをつなぐ巨大な氷のオブジェとなって固まっている。


 ……けれど、


〈ブブブブブブブブ!〉


 どこからか、虫の羽音がする。氷に閉じ込めきれなかった敵がいた?

 朦朧とする頭では、その判断さえつかなかった……。


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