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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第13章 白亜の塔と黒鉄の城
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第125話 魔力通信伝播塔/卑劣な罠

     -魔力通信伝播塔-


〈ようこそ、『銀の魔女』。せっかくここまでたどり着いたのだ。お前たちにも特等席から世界が『変革』を迎える瞬間を見せてやろう〉


 傲慢さが鼻につく語り口。こいつは多分間違いなく、マギスレギアでヴェルフィン副騎士団長を操っていた『ラディス・ゼメイオン』だ。


「うるせえよ、今度こそ逃げるなよ? 首を洗って待っていやがれ」


〈たかが人間──などと俺は侮らない。『真眼』の観測時点よりも強化されているだろう貴様たちには、俺が全身全霊の『真算』をもって用意した策で迎えてやる〉


 俺の挑発の言葉は、ほとんど歯牙にもかけられなかった。

 こいつ、本当にあの時と同じ人物なのか? 俺が奇妙な違和感に戸惑っていると、シリルが代わりに口を開く。


「ひとつ教えてくれるかしら?」


〈なんだ? 『銀の魔女』〉


「この『塔』にいた衛士団はどうしたの? 少なくとも百人近い部隊がいたはずなのだけど」


 そう言えばそうだ。開かれた扉に足を踏み入れた先には、人影は一つもない。そもそも、人の気配自体が全くない。ただ、純白の床に純白の壁、そして淡く輝く天井に照らされた【魔導装置】らしき器材などが見えるだけだ。


〈なんだ、そんなことか。今回はお前たちがここに来る前に準備を済ませたかったからな。手間のかかる『黒酒』の類は使っていない。純粋にして最強の強硬措置を取ったまでだよ〉


「それが『ラグナ・メギドス』?」


〈なんだ、その名は知っていたか。そのとおり。過去の遺物でしかない『神』の力とはいえ、使える以上は何でも使う。くくく、傑作だったぞ? 退去に応じなければ『塔』を破壊すると脅され、あわてて逃げ惑う連中を消し炭にするのはな〉


 ……下衆め。俺は奴のこの言葉で、外にある二つの大穴の意味に気付いた。一つは威嚇射撃、そしてもうひとつは……俺の背筋に冷たいものが走り、その直後には一転して灼熱した感情が全身を駆け巡る。


〈ルシア、落ち着け。このラディスとやらは、お主を逆上させたいだけだ〉


「……ああ、わかってる。怒っちゃいるが、それでも俺は冷静だよ」


 俺はファラの言葉に軽く頷く。この世界に来てからはそうでもなかったが、もともと俺という人間は、どんなに怒り狂っても我を忘れることは少ない。怒りも憎しみも、どうやっても届かない相手を呪い続けた日々が、俺に『冷静な怒り』なるものを身につけさせていたからだ。


「あなたたちの目的がこの『塔』である限り、《解放の角笛サージェス・ホルン》は使えない。衛士団と違って、それを知っているわたしたちには脅しは効かないわよ」


〈【儀式】は順調だ。後は気長に待つだけだが、貴様らは決して間に合うまい。それだけの策が、この『塔』には用意してある〉


 その声を最後に、ラディスの言葉は聞こえなくなった。


「さて、じゃあ、気持ちを切り替えるぜ。まずは見取り図だ」


 俺は手近な台の上にノエルから貰った『塔』の設計図を広げる。


「屋上も含めて十階建ての塔だが、フロアの中央には昇降機があるみたいだな?」


「ええ、世界中との通信ともなれば、アリシアの居場所は恐らく最上階よ。ただ、さすがに昇降機には罠が仕掛けてあるでしょうね。使うのは危険だわ」


 シリルがそんな風に言えば、エイミアが残念そうに後を続ける。


「それに、さすがに『壁抜き』ならぬ『天井抜き』をするわけにはいかないか」


「当たり前だ。ったく、勘弁してくれよな」


 エイミアは遺跡の攻略となると壁抜きしか思いつかないのだろうか? 


「天井抜きは論外としてもだ。こんな図は見るまでもなく、最上階まで一直線に上がっていくしかあるまい。時間の無駄だ」


 ヴァリスの口調には、焦りの色が見える。だが、俺はシリルと二人で首を振った。


「一直線って訳にはいかないみたいだな。各フロアには物陰となる機材も多いし、どうしたって罠への警戒は必要だぜ」


 ヴァリスの気持ちはわかるが、それでかえって時間がかかったんじゃ元も子もない。

 階段室のようなところから一気に駆け上がれれば良かったのだが、外壁内側の階段も階層ごとに互い違いに設置されている。こうなると構造上、各フロアを通過しながら上がっていくしかない。もともとこの階段自体、各フロアの定期点検を行うために設置されたものであり、一階と最上階以外は、ほとんどが機材を設置するためのフロアなのだ。


「僕も同感だよ。急がば回れと言うしね。方法としてはやっぱり、ファラに偵察をしてもらいながら進むべきだと思う」


〈うむ、任せておけ〉


 エリオットの提案に頷きを返すファラ。だが、同時に不安げな表情も見せた。


〈敵の存在ならともかく、トラップの類はわらわにも見抜けないかもしれないが……〉


 『神』とは言っても、ファラは『魔族』との関わりがほとんどない。【魔導装置】については専門外なのだそうだ。


「じゃあ、目に付く物を片っ端からぶっ壊しながら行けばいいじゃん。そんぐらいなら、あたしがやったげるけど?」


「…………」


 こともなげに言うレイフィアに、言葉も出ない。エイミアと言い、レイフィアと言い、高ランクの女性冒険者には過激な短絡思考の持ち主が多いのだろうか?


 シリルが呆れたように嘆息する。


「駄目に決まっているでしょう? ここは重要な通信施設なのよ。障害が出ればギルドの機能にまで影響があるわ。修復に時間がかかれば人命にだって関わるかもしれないし、そもそも十階まで延々と破壊しながら進むなんて、かえって時間がかかるじゃない」


「ええー? じゃあ、どうすんのさ、シリル」


「トラップならわたしが解除するわ。……というより、最近その手のものは、ほとんど無意識に解除できてしまうみたいなのよ」


 そう言えば、魔導図書館の隠し部屋でもそんなことがあったな。シリルの話によれば、もともと彼女の『紫銀天使の聖衣』には、着用者が解析した【魔導装置】を無効化する機能があるらしい。


「とはいえ、他人が造った【魔導装置】なんて、そんなに簡単には解析できないはずなんだけどね」


 シリル自身、自分がなぜそんな真似を無意識にできてしまえるのか、不思議に感じているようだ。


「とにかく、それなら俺たちが注意するべきは敵の存在だけだな。チェックポイントは俺が見取り図で指示するから、ファラ、偵察を頼む」


〈うむ、心得た〉


 早速、俺たちは1階の大ホールを見渡す。中央に円筒形の昇降機搭乗口があるほかは、いくつかのデスクや椅子、衛士団が使っていたと思われる休憩用のスペースなどがある。だが、特に目についたのは部屋の各所に置かれた大小の箱のようなものだ。


「シリルお姉ちゃん、この箱、何なの?」


 知的好奇心に駆られたのか、間を持たせるためなのか、シャルがそんな質問を口にする。


「小さい箱は【魔力】の流れを調整する装置よ。常に強力な魔力波動を放つこの施設には、こうした制御装置がないと周囲に色々と影響を及ばしかねないからね」


「影響って、何か問題が起きるの?」


「【魔力】というのは、【マナ】と違って『意思を持つ力』よ。あまり強力な魔力波動を浴び続ければ、最悪、精神汚染で心が壊れるか、よくても昏睡状態に陥ってしまうかもしれないの」


 いくらこうした制御装置があるとはいえ、そんな場所にアリシアがいるというだけで不安なのだと、シリルは語った。そう考えれば、フェイルの言っていた『ジャシン』との同調とやらの危険性もわかろうというものだ。


 不安のためか、シリルの顔色も思わしくない。


「……じゃあ、こっちの大きい箱は?」


 シャルもそれを感じ取ってか、話題を変えるように次の質問に移る。


「え? ああ、そっちは【魔力】の蓄積装置よ。【魔導装置】を起動するのにも【魔力】が必要なんだけど、この全世界との通信ともなるとその量も半端じゃないわ。だから、『アストラル』で充填したものを持ってきているんでしょうね」


 なるほど。言ってみれば、これは蓄電池みたいなものか。


「ここにいた『衛士団』も警備というよりは、いざという時の魔力充填係だったのかもしれないわね」


 その彼らはすでに、『パラダイム』の手によって吹き飛ばされてしまった。その意味でもこの蓄積装置を破壊するのは極力避けた方がよさそうだ。……と、思ったところで俺は、逆の発想を思いついた。


「なあ、【儀式】を止めるなら、こいつは破壊した方がいいんじゃないのか? 言っちゃあ悪いが、通信装置の故障一つで甚大な被害が出るとは考えにくいし、目の前のアリシアの危機に優先するほどのもんじゃないと思う」


 間もなく二階への階段に辿り着くところで、俺はシリルに訊いてみた。どうやら一階には何の仕掛けもないようだ。

 だが、階段に足をかけながら、シリルは否定の言葉を口にする。


「駄目よ。上空にある『城』を見たでしょう? あそこまで巨大なものを宙に浮かせ続けるには、それこそ何千という人の【魔力】が必要なはずよ。それにルシアの世界に『終末の炎』と呼ばれるエネルギー源があったという話から総合すれば……」


「ああ、そうか。少なくとも今現在は、あの城から【魔力】を供給しているかもしれないな」


 ノエルは『ラグナ・メギドス』のことを究極の破壊兵器と呼んだが、実態は恐らく『エネルギーを生み出し続ける』装置だ。それこそ『魔導都市アストラル』にあった生命を生み出し続ける装置『ラフォウル・テナス』と同じように。


「だから、ここでこれを壊しても後に被害を残すだけで意味がないわ。そうでなければ、ラディスもこうも簡単にわたしたちを中に入れたりはしないでしょうし……」


 二階の様子をファラに確認してもらっている間、そう語るシリルの声は冷静そのものだ。急がば回れ。彼女もそう考えているのかもしれない。


〈二階を確認してきた。モンスターどもがうようよいるぞ〉


 戻ってきたファラの声。ファラが確認してきた情報をもとに、俺たちは二階への突入方法を確認する。


「故意に壊すのは避けるにしても、装置が壊れることに気を遣いながら戦える状況じゃないな」


「ええ、それは仕方ないけれど、それでも図面を見る限り、二階には特に装置類が多いみたいだし、わたしが何とかするわ」


 そう言うと、シリルは筒型の封印具を腰の道具入れから取り出し。その蓋を開いた。


〈フロエル・エデン・レン・エルヴァ。サウラス・エウラ・レリクス『ローラジルバ』〉

〈真白き世界に満ちた希望よ。汝は我が友、『ローラジルバ』〉


 シリルの流れるような詠唱と共に、氷雪を纏った半透明の女性の姿が虚空に現れる。古代語詠唱を使ったためか、前に見た時よりもはっきりとした輪郭を形づくっているようだ。だが、逆に言えば古代語詠唱を使ったにも関わらず……


「あれ? 今回は憑依させないのか?」


「あれはあれで負担が大きいのよ。ファラの話でもそれほど大したモンスターはいないみたいだし、氷の力なら装置の破壊も最小限に抑えられるわ」


「そうか、じゃあ任せた」


「ええ」


 シリルは力強く頷いた。他の皆も顔を見合わせて頷きあう。

 ここからはなるべく短時間で駆け抜ける必要がある。階段の手前で偵察を繰り返す必要はあるにしても、いったんその階の制圧を始めたら、手短に戦闘を終了させる。それが俺たちにできる最速の方法だろう。


 俺たちは一気に階段を駆け上がった。

 とはいえ、俺たちはこの時、誤解していた。ラディスの『策』というものが、どれだけえげつなくて恐ろしいものであるか、まるで理解していなかったのだ。



     -卑劣な罠-


 階段を駆け上がってすぐの場所に、『マッドオーク』の姿が見える。『パラダイム』は、モンスターまで使役しているのだろうか? 『魔神』でさえ人工的に作り上げる組織である以上、あり得ない話じゃない。


 そう思うと、わたしの胸に強い焦燥感がわきおこってくる。アリシアは無事なのだろうか? 彼女は無事で、酷い目にも合っていないに違いない……自分と周囲を安心させるためのそんな言葉も、自分自身でそれと理解していれば虚しいものだった。


〈ブシュグシュシュ!〉


〈ギヒャアア!〉


 奇声を上げながら襲い掛かってくるモンスターたち。


「『ローラジルバ』! こいつらを氷漬けにしなさい!」


 わたしの呼びかけに従い、氷雪の女王が舞う。彼女は群がってきたモンスターの中に踊りこみ、息を吹きかけ、肩に触れ、時には頭を踏みつけて、片端から氷漬けにしていく。広い室内には二十体を超える『マッドオーク』や『ゴブリン』たちがいたけれど、わたしの守護者の敵ではなかった。


「『ローラジルバ』、お疲れ様」


 わたしは、氷の彫像と化したモンスターの群れの中、凛とした佇まいで立ち尽くす『ローラジルバ』にねぎらいの言葉をかける。


 そして、さらに上の階に向けて進むべく歩きはじめた、まさにその時だった。唐突に、ラディスの声が響き渡る。


〈いいのか? 行ってしまっても?〉


「え?」


 そんな声は無視してしまえばいい。けれど、その声に含まれていた何かに、わたしたちは立ち止まらざるを得ない。


〈自分たちを捕えようとしたマギスレギアの魔導騎士たちですら、極力殺さないようにしていたのだろう? そんな倫理観の強いお前たちが、無辜むこの民を無惨にも氷漬けにして殺すのか?〉


 ……今、この男はなんて言った? 無辜の民を氷漬けに? で、でも、そんなもの……


「……嘘だろ。まさか、このモンスターたち……」


 ルシアがうめく。彼の視線は、氷漬けのモンスターたちに釘づけとなっている。よく見なければわからない。でも気付いてしまえば疑いようもない。──モンスターたちの身体には、人間の顔や体の一部らしきものが突き出して見えていた。


〈氷漬けにしたのは正解だったな。できれば二、三人は殺してから罪の意識におののいてもらいたかったが〉


「『混沌の種子』?」


 シャルが震える声で言った。彼女にとってはラクラッドの宮殿以来の衝撃的な光景だ。さすがに気を失いはしないけれど、見るからに蒼い顔をしている。


〈そんな大層なものではない。生体改造技術を使って、モンスターと人間を無理矢理繋げてやっただけさ。とはいえ、対象者に死なれては意味がないからな。モンスター側の毒素が人間側に流れ込まない方法を開発するのには苦労したものだ。……くくく。引きはがすのは難しくはないぞ? 物理的に斬りはなした後に、治癒の【魔法】でもかけてやればそれで済む〉


「なんて酷い真似を……」


 あまりにも非道なラディスの言動に、身体が震えてくるのがわかる。それは他の皆も同じだったようで、エイミアにいたっては手近な箱を素手で殴りつけていた。


「吐き気がする。外道め。今すぐ光の雨を降らしてやりたいくらいだ」


 壮絶な殺気のこもったエイミアの声もどこ吹く風、ラディスは愉快気に言葉を続ける。


〈こいつらはシャクナ系の【魔鍵】を代々伝える血族が暮らす集落の住人でな。最近、使い手の一人が我らの制御を逃れた報いとして、罰を与えたやったところだ〉


 シャクナ系の血族? 『掬い結ぶ霧氷の青衣(シャクナ・トリス・ロウム)』……まさか、アイシャさんのこと? 


〈いわば、お前たちの犠牲者だな〉


「勝手なことを!」


〈くくく、いずれにしてもさっき言った通りだ。こいつらはモンスターに連結させられているとはいえ、生身の人間だ。長時間氷漬けのままにしておけば、死ぬだけだぞ? どうする?〉


 言うまでもない。これは生きた人間を利用した足止め策だ。これだけの数の人たちを一人一人致命傷を負わないようにモンスターから切り離し、【生命魔法ライフ・リィンフォース】でその傷を治癒するなんてことを繰り返していたら、それだけで相当な時間のロスだ。


 アリシアを助けたいなら、ここは彼らを見捨てるしかない。でも、そんなことができるだろうか?


「シリル、先に行けよ。彼らは俺が助ける」


「え? でも……」


「親友を救うために、目の前の人間を見捨てるなんて器用な真似、お前にはできないだろ? 俺だってそうだ。それに俺なら、ラディスの野郎が考えるよりも短時間で彼らを救ってやれる。だから、先に行ってくれ」


 『邪神の卵』によって完全に『魔神』と化したライルズでさえ、救ってみせたルシアの力。確かに、彼なら簡単だろう。傷口の治癒も必要ないままに『斬り離せる』はずだ。

 それでもこんなに早い段階でルシアを足止めされるのは、相当問題だ。ファラの偵察だって階が離れれば困難になるだろう。合理的に考えれば、最善の選択肢とは言い難い。


「偵察なら、わたしの『リュダイン』にもできるよ、シリルお姉ちゃん」


 シャルがそう申し出てくれた。彼女が言いたいのは、『幻獣』の視覚野を利用した偵察のことだろう。確かにそれなら、わたしの『ファルーク』でもできる。


「……ええ、それじゃあルシア。あなたにお願いする。彼らを助けてあげて」


 わたしは結局、彼らの心遣いに乗ることにした。そう、これこそがむしろ、今のわたしにとっての『最善』の選択肢。わたしは一人じゃない。一人じゃないからこそ、もっと欲張りになって、何もかもを救ってみせる。


「任せとけって。何かあったら『指輪』で連絡しろよ」


 そんなわたしの決意を理解してくれたのか、ルシアはわたしに柔らかく笑いかけてきてくれた。


「う、うん……。わかった。あ、ありがとう」


 顔の熱さを自覚しながら、わたしはようやくそれだけ言った。


「すまぬ、ルシア。アリシアは必ず我が助ける。……頼んだぞ!」


「おう! いってこい!」


 言葉をかけ合うルシアとヴァリスは、腕を高く掲げ、互いに軽く打ちあわせた。


〈何の真似だ? 貴様一人で何ができる?〉


 戸惑ったような声を出すラディス。彼はルシアの【魔鍵】の力を理解していないらしい。フェイルからは何も聞いていないのだろうか?

 その場をルシアに任せ、わたしたちは三階への階段に向かい走り出した。


 ──『セリアルの塔』の三階。


「──どう、シャル?」


「うん。みんな気絶しているみたい」


 ラディスの仕掛けた『人間入りモンスター』(レイフィアの命名だけど、正直趣味が悪い)は、三階にも同じように存在していた。老若男女を問わず、村人全員を実験台にしたと言うのだろうか?


 今度はルシアもいない以上、シャルの《超電プラズマ》で気絶させることでの無力化を図った。これでルシアは、二階に続いて三階でも同じような作業を繰り返さないといけなくなるだろう。


 わたしはそのことを『絆の指輪』の念話機能で彼に伝えた。


〈ごめんなさい。あなたに色々と押し付けてしまって……〉


〈何言ってんだよ。先に進むシリルたちの方が危険だろうが。頼むから俺のことなんかに気を取られて、集中力を切らしたりしないでくれよ?〉


 明るく気遣うような気配が、彼の思念から漂ってくる。


〈今もラディスの野郎が随分と驚いているぜ。冷静を装っちゃいるが、くだらない質問を繰り返してやがるからな。──もちろん、全部無視だけど〉


〈ふふ。いい気味ね。でも、あなたこそ油断しないでね。一応、トラップの類はなかったけれど、何があるかわからないんだから〉


〈ああ、わかった〉


 そこで念話を終える。わたしの隣では、シャルが四階の様子を『リュダイン』で確認してくれている。雷の力を持つ『幻獣』の『リュダイン』の方が、わたしの『ファルーク』より殺傷能力を抑えやすいうえに小回りも効きやすいので、偵察は彼女に任せていた。


 何もかもを、わたし一人でする必要はないんだから。


「あ、危ない!」


「え?」


「『リュダイン』戻ってきて!」


 シャルの焦ったような声。続いて、上の階から『リュダイン』が駆け下りてくる。


「どうしたの?」


「うん。敵はいなかったんだけど、やっぱり罠が仕掛けてあるみたいで……」


 見れば『リュダイン』の金色の身体には、ところどころ焦げたような跡がついていた


「大丈夫? 『リュダイン』」


 シャルが【魔力】を注ぐと、見る間に『リュダイン』の傷が回復していく。


「……罠、ね。それならわたしに任せて」


 わたしは身にまとう『紫銀天使の聖衣』に意識を集中する。製作者のランディがこの『聖衣』に取りつけた【魔装兵器】としての機能のうち、主なものは次の3つだ。


 ひとつ、周囲の【マナ】を【魔力】に変換して吸収する機能。

 ひとつ、自分の周囲を銀幕の結界で覆い、一定レベルの【魔法】までなら無害な【マナ】に分解する障壁機能。


 そして、最後の一つがこの【魔法具】や【魔導装置】の無効化機能だった。

 ただし、無効化には着用者自身が対象となるモノの仕組みをはっきりと理解していなくてはいけない。【魔法具】程度ならまだしも、高度な【魔導装置】を解析するのは創り手以外には非常に困難だった。少なくとも、あの『第三研究所跡』に入る前のわたしにはできなかったはずのことだ。


「……今は、余計なことを考えている場合じゃないわね」


 わたしは四階の階段を上がりきる間際の場所で、部屋の中を“魔王の百眼”で覗き込む。……見える。これまで以上にはっきりと、術式の構成までもが簡単に見通せる。


「……随分と稚拙な【魔導装置】だわ」


 無意識にそんな言葉をつぶやく。そして、わたしの『聖衣』に銀の翼が生み出された。


「わあ! すっごい! 天使みたいじゃん! かっけええ!」


 わたしの後ろではしゃぐレイフィア。うう、後で覚えてなさい……。

 わたしの目の前に集束する光は、無数の銀の球と化した。


「行きなさい」


 言葉と同時、部屋中に飛び散った光の球。音もなく、それ以上の光もない。けれど、わたしは確信する。この部屋に存在する七十三個の設置型【魔装兵器】──そのすべてが、ことごとく無効化されたことを。


「さ、行きましょ」


「え? 今のでもう大丈夫なのかい?」


 歩き出すわたしの後ろで、エリオットが不安そうな声を出す。


「ほら、何を大の男がビビってんのさ! さっさと行きなよ!」


 そう言ってレイフィアが彼の背中を突き飛ばしたようだ。


「うわっとと! 危ないだろ!」


 勢い余ってわたしの横まで突き飛ばされてきたエリオットが、抗議の声を上げる。


「こら、人を実験台にするものじゃないぞ。相変わらず君は性格が悪いな」


「そんなことないよ。でも、よく言われるんだよねえ。なんでだろ?」


 本当にわかってないのかしら、彼女……。エイミアにたしなめられて首を傾げるレイフィアに、わたしの方こそ首を傾げたくなってくる。


〈……いったい、何をした? 今のが、『銀の魔女』の力か。……『真霊』が貴様に執着するわけだ。だが、まだ先は長い。せいぜい足掻くことだ〉


 ラディス……余裕でいられるのも今の内だけよ。あなたには、それ相応の報いを受けさせてあげる。


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