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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第2章 冒険者ギルドと新たな出会い
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第13話 悪い夢なら早く覚めて/玉石混淆

     -悪い夢なら早く覚めて-


 あたしは、今までにこんな酷いものを見たことがない。ソレは、人の形を成していなかった。頑丈な鉄格子の中で、もがき暴れるその姿は、もとが5歳の少女だったなんて思えない。

 毛むくじゃらの手足は6本。鱗の生えた身体からは、蛇の頭のようなものが複数生えている。少女の顔も猿のように醜く歪んだものになっていて、なにより辛いのは、彼女がそれでも両親のことを呼んでいること。


〈ママああ、パパああ〉


 とても少女のものとは思えないくぐもった低い声。あたしは目を閉じて、耳を塞ぎたくなった。彼女の辛さ、苦しみが流れてくる。彼女は自分の身に起きていることを理解できないまま、わけもわからず泣いて、……ううん、『吠えて』いる。


「うう、ポーラ、ポーラ……」


 ボルゾフさんは鉄格子の目の前で、涙を流しながら身体を震わせていた。


 あれから、あたしたちは、ボルゾフさんに話を聞いた。

 彼の娘、ポーラの話を。

 彼女は生まれつき、『亜人種』だったけれど、身体の一部に鱗がある程度で、そのほかはどこにでもいる少女だった。

 もちろん、今の社会では『亜人種』も、その存在を認知されているけれど、一部に根強く偏見は残っていて、ボルゾフさんも奥さんも、胸の奥に刺さる棘のように、いつもそのことを気にしていたらしい。


 無理もないよね。大事な一人娘なんだもの。

 

 でもそこに、とある男がやってきた。

 彼は『亜人種』を元に戻す方法を知っていると言って、ボルゾフさんに話を持ちかけてきた。

 ボルゾフさんの娘を思う気持ちを利用して、言葉巧みにお金を巻き上げ、彼がやったことは、『混沌の種子』をポーラちゃんに投与すること。

 男は、事態に気付き激昂するボルゾフさんを振り払うと、こともなげにこう言った。


「もとからの『亜人種』に、吾輩の改良版『混沌の種子』を投与するとどうなるか、実験したいと思っていてね。まあ、案の定、こんな結果になったわけだが、これもいいサンプルだ。協力には感謝するよ」


 そうして、その男はいなくなってしまった。

 後に残されたのは、化け物同然の姿になって、もがき暴れるポーラちゃん。ボルゾフさんは止むなく、店の地下に鉄格子を作って彼女を入れた。そうでもしないと、外に飛び出して、町の人に殺されてしまうから。


 その話を聞いて、あたしにはボルゾフさんが嘘をついていないことが分かったから、助けてあげたいって提案をした。ツィーヴィフの町は、あたしたちの目的地だし、護衛ついでに町まで行って、なにかあたしたちにできることがあればって思った。

 ボルゾフさんが『混沌の種子』を持っていたのも、ポーラちゃんを元に戻す手段を探してのことだったみたいだし、何とか助けてあげたかった。


 シリルちゃんは、あたしの提案にまったく乗り気じゃなかったけれど、その理由がここにきて、わかっちゃった。

 これはもう、どうしようもない。混ざっちゃったものを、混ぜるための薬でどうにかできるわけがないんだから。


「こんな、こんなのって酷いよ。どうしてこんな酷い事が出来るの?」


 そんなふうに呟いたって、何にもならない。ポーラちゃんを救ってあげることはできない。あたしは、なんて無力なんだろう。


「これ以上、苦しませるべきではない。ひと思いに殺してやるべきだろう」


 そう言ったのは、ヴァリス。本当なら、心ない発言を責める場面なのかもしれないけれど、あたしにはできなかった。だって、そのとおりだったし、ヴァリスの顔はみんなと同じように辛そうだったから。


「そ、そんな! お願いします。ポーラはわたしたちの一人娘なんです。まだ、5歳なんです! お願いします!」


 ボルゾフさんと奥さんは泣きながら、訴えてくる。どうしよう、こんな状況になるなんて、思わなかった。


「な、なあ、シリル。【魔法】とかで何とかしてやるわけにはいかないのか?」


 ルシアくんは【魔法】を万能の力だと思っているみたいだけど、【魔法】にだって、できないことはいっぱいある。


「無理ね。恐らく先天的に発芽したモンスターの因子と、後から投与した『混沌の種子』の因子が彼女の身体に融合したまま、お互いに拒絶反応を起こしているのよ。どちらの因子を排除するにしても、あるいは両方をどうにかするにしても、彼女を傷つけずに、殺さずに実行することはできないわ」


「何か方法はないのかよ。見てられないぜ、正直」


「できるとすれば……」


シリルちゃんはためらいがちに、思いもよらないことを口にする。…え?方法があるの?


「ルシア。可能性があるのは、あなただけね」


「なんだよ、驚かせるなよ。じゃあ、とっととやっちまおうぜ」


「幼女殺しの覚悟があるならね。言っておくけど、成功率は高くないわ。失敗すれば、確実に彼女は死ぬ」


「それでも、やらないよりはましなんだろ?」


「わかってるの? あなたが彼女を殺すことになるのよ?」


「そんなことかよ。……もういいんだ。俺はやっぱり、【転生】したところで何も変わっちゃいないんだからな。どこまで行っても『掠奪者』だ。人の命を奪うなんて、いつでもどこでもやっていたさ。だから、今更それが一つ増えたところで変わらねえよ」


 ……嘘だ。あたしじゃなくてもわかるような、あからさまな嘘。それでも、その決意は揺るがない。5歳の幼女を殺すなんて、怖くて仕方がないくせに、それでも、前に進むんだね。強いなあ、ルシアくんは。


「……あなたの【魔鍵】『切り拓く絆の魔剣グラン・ファラ・ソリアス』の神性である“斬心幻想ソード・オブ・ファンタジー”なら、あなたが斬ろうと認識したものだけを斬ることができるかもしれない。だとすれば、複数同時には無理だとしても、一つの因子に集中すれば、それを断ち斬れる可能性はある。……ただし、どうやって因子と彼女を区別するのかが問題ね」


「なるほどな。なら話は早い。要は化け物の部分だけを斬ればいいんだろ?」


「見た目の話じゃないのよ?」


「わかってる。感覚的に理解したさ。任せておけって」


 そう言うとルシアくんは、鉄格子に向けて『切り拓く絆の魔剣グラン・ファラ・ソリアス』を二回、振り下ろした。

金属同士がぶつかり合う音すらしなかったけれど、ただそれだけで、頑丈な鉄格子は断ち斬られてしまう。そして、その隙間からゆっくりと中に入っていくルシアくん。


「よし、そんじゃポーラちゃん。すぐに元の可愛い姿に戻してやるからな」


 なんだか言い方がいやらしいけど、あたしは彼の成功を強く祈った。

 皆が固唾を飲んで見守る中、ルシアくんは何の気負いも感じさせない軽い足取りで、ポーラちゃんに近づいていく。

 すると次の瞬間、ポーラちゃんの猿の腕が、勢いよくルシアくんに向かって突き出された。たぶん苦し紛れの攻撃行動だったはずで、かわそうとしてかわせないほど速い動きじゃなかったはずなのに、ルシアくんは動かなかった。

 猿の爪がルシアくんのお腹に突き刺さっているのが見える。


「きゃあ!」


 あたしは思わず声をあげてしまった。隣ではシリルちゃんとヴァリスが息を飲んでいるのがわかる。どうやら傷は深くないようだけど、いったいどうして?


「よう、化け物。俺を殺そうっていうのかい?俺は俺を殺そうとするものには容赦しない。だから、『お前』を殺す」


 そう言って、彼は『切り拓く絆の魔剣グラン・ファラ・ソリアス』を振りかざし、紙でも裂くようにあっさりと、ポーラちゃんを斬り捨てた。


「ポーラぁぁぁ!」


 ボルゾフさんの絶叫がこだまする。



     -玉石混淆-


 人間という存在は、まったくもって度し難い。理解不能な存在だ。

ポーラと言う少女の姿を見たとき、我が感じたのは、人間種族に対する侮蔑の念だ。かつてより我が抱いていた、矮小にして醜悪なる種族のひとつであるという認識そのままの、悪魔の所業がそこにはあった。

 同族に対し、よくもここまで非道な振る舞いができたものだ。呆れるのを通り越して感心してしまった。


 この少女の両親らしき二人は、禁止薬物の入手という禁忌に手を染めてまで、娘を救おうとしているようだが、これはもう駄目だろう。

 そもそも、『混沌の種子』などという薬の存在自体が信じがたい。同族の身体に異なる種族の因子を植え込んで、何が楽しいというのだろうか?

 聞いたところでは数百年前の『狂気の天才』魔導博士とやらがつくった薬だとのことだが、その後も使われ続けているのでは、一人の狂人のせいにはできないだろう。


 もはや殺すしかない。たとえ人間であれ、罪もない幼き命が苦しむさまを眺める趣味は、我にはない。だからそう提案したのだが、我と同行する人間たちは、少女を助けることを諦めてはいないようだった。


 一歩間違えれば、自分が幼女殺しになる。そんな状況で、ルシアは唯一の可能性、『切り拓く絆の魔剣グラン・ファラ・ソリアス』を手に鉄格子の中へと進んだ。

 その背中は、この非道な所業を行った人間と同じ種族のものとは思えなかった。

 まったくもって、わからない。

 

 その後、ルシアがやってのけたことは、理屈とすれば難しい事ではない。少女の中で拒絶反応を起こしている因子のうちで、周囲を傷つけ、暴れようとする存在は、後から投与されたらしい猿の魔獣のものだ。ルシアは、それを理解したうえで、自分を傷つけるべく振るわれた攻撃をあえてその身に受け、その殺気の出所を斬り捨てた。

 だが、見も知らぬ少女のために、わざとその身に攻撃を受け、決して小さくはない傷を負う。その行為は、なんなのか。

 人間とは、なんなのか。我にはいまだ測りきれない。


「ママ? パパ?」


 少女はそれまでの獣のような声とは明らかに異なる声色で、両親を呼び、そのままゆっくりと倒れこんだ。


「ああ、ポーラ、ポーラ!」


 両親が倒れた少女の元に駆け寄る。少女の身体は、ほとんど、まともな人間のものに戻っていた。違いがあるとすれば、額の一部と肘や膝に鱗のようなものが散見される程度だ。

 この程度の外見の違いを苦にし、怪しげな人間を頼ったことは、この二人の自業自得と言えるかもしれないが、結果が先ほどの状態では、そこまで言うのは少し酷であろう。


「あ、ありがとうございました! 本当に何と言っていいやら! このお礼はいくらでも致します。本当にありがとうございました!」


 商人の男は、顔を涙で濡らしたまま、何度も頭を下げてくる。


「いいから、キュアポーションを持ってきて!わたしの手持ちはもうないのよ!」


 シリルが腹を押さえてうずくまるルシアに駆け寄りながら叫ぶ。

 ……ふん。無理をする男だ。

 店の人間がようやく持ってきた薬で、どうにか回復する様子を見せたが、今度はシリルに絞め殺されそうになっている。


「あなたねえ! こんなやり方するなら先に言いなさいよ! あらかじめ回復薬の準備ぐらいできたんだから! それに、もし致命傷を受けたらどうするつもりだったのよ!」


 心配するくらいなら、その首を離してやれ。本当に死にそうだぞ。

 我がそう伝えてやると、シリルはあわてて手を離した。


「げほ、げほ、げほ。いやあ、猿じゃなくてシリルに殺されるところだったぜ」


「あ、あなたが悪いんでしょ!」


 今の件に関しては、シリルの方が悪いのではないか。と思ったが、通じそうもないので黙っておく。普段は冷静沈着で、憎いとさえ感じるほどに理路整然と正論を口にするこの娘が、ここまで取り乱すことがあるとは驚きだった。


「ごめんなさい。ルシアくん。あたしのせいで」


アリシアがうなだれた様子でルシアに声をかけている。


「別にアリシアのせいじゃないだろ?」


「でも、あたしが後先考えずに助けたいなんて言い出したから……」


「だから、ポーラちゃんは助かったんだ。つまり、アリシアが助けたようなもんだろ。俺の怪我なんて大したことはないって。むしろ、その後の方が死にそうになったしな!」


「うう、ルシア~、しつこいわよ。もう!」


 この連中といると、人間もまだまだ捨てたものではないかもしれないなどと、血迷ったことを考えてしまいそうになる。

 ……いや、我は、人間というものをひとくくりに考え過ぎているのだろう。

 種族は同じでも、少女を化け物にした人間と、それを命がけで救った人間がいる。

 それを同列に考えてはならないのかもしれない。


「とにかく、私どもでできることがあれば、なんなりとお申し付けください。あなた方は娘の命の恩人だ」


 商人の男が改めてそう言ってくるが、シリルは首を横に振る。


「『混沌の種子』を手に入れるのに、相当お金を使ったはずでしょう? お礼なら店を持ちなおしてからでいいわ」


「いや、しかしそれではあまりにも!」


「なら、『混沌の種子』を渡して。あなたたちにはもう、必要のないものでしょう?」


「え? いや、しかし……」


 また、理解しがたい事を言い始めた。あんなものを手に入れてどうしようというのか。

まさか、使う気があるとも思えない。売って金に換えるというのも、あり得ないだろう。


「別に悪用する気はないわよ。しかるべき国の役所に届け出れば、報奨金がもらえるの。人間に因子を植えつけるのはともかく、モンスターを引き寄せる効果については、場合によっては利用価値があるみたいで、公的な機関でも研究対象になっているぐらいだから」


なるほど、そういうことか。


「そ、そうですか。もちろん、こんなものでよければ、差し上げます。今後も何かの折には、ぜひわが商店にお立ち寄りください。お礼は必ずいたします」


「そうね。そうさせてもらうわ」


 シリルはそう言って、厳重に封がされた小瓶を受け取った。


「ボルゾフさん。ポーラちゃんが助かって、よかったね。少し鱗があるくらい、むしろチャームポイントみたいなものだよ。もう二度と、こんなことにはならないようにしてね」


「え? ええ、もちろんですとも!」


 アリシアの身も蓋もない言い方に、商人の男は面食らったように返事をしている。まあ、確かに、チャームポイントはないだろう。しかし、実際のところ、あの少女の額の鱗も、そんなに醜いものではないと思う。むしろ、強い生命力すら感じさせる。


 シリルの話によれば、モンスターの因子とはいっても、先天的に人の身に現れるようになったものは、大概、有益なものが多いらしい。あの酷い状態が生じたのは、そこに後天的な薬を投与したからだろうとのことだ。

 先天的な素質が、後から現れた害のある影響を抑え込もうとした結果、拒絶反応が出たのだとすれば、皮肉なものだが、そのおかげで魔物になり下がらずに済んだのだろう。


 丁重に見送ってくる商人の店から外に出て、今晩の宿を探すために町を歩いていると、シリルがおもむろに立ち止り、荷物から小瓶を取り出して地面にゆっくりと立てる。


「どうした?」


「え? ああ、ここまでくればいいかなと思って」


 言うや否や、彼女の手から発動した火属性の初級魔法が、たちまち小瓶を中身ごと焼き尽くす。


「報奨金をもらうのではなかったのか?」


「そんなもの、あるわけないでしょ。ああでも言わなきゃ、意地でもお礼をしそうだったから、嘘をついたのよ。それに、こんなもの、この世から完全に消滅させなければ気が済まないわ」


 呆れたものだ。まったく嘘をついているようには見えなかった。その場しのぎの作り話をあそこまですらすらと言えるとは、驚嘆に値する。

 それも、その作り話というのが『自分が利益を得ないための嘘』なのだから、ますますもって意味がわからない。


 我が本当の意味で人間を理解するのは、まだまだ先のようだった

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