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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第13章 白亜の塔と黒鉄の城
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第124話 楽しいはずの一幕も/解放の角笛

     -楽しいはずの一幕も-


 マギスレギアの執政官執務室。

 シリルたちが魔導図書館から戻ってくるなり話してくれた推論は、ノエルにも驚きを与えたようだった。


「……よりにもよって『セリアルの塔』を? 」


 ノエルは、低く唸るように聞き返す。かなり深刻そうな顔だ。『魔族』の重要施設が狙われているのだから無理もない──そう言いたいところだったけれど、どうもそれだけではないようだ。


「ええ、可能性は低くはないわ。だから……」


「そこに、これから向かうって?」


 ノエルの言葉に深く頷くシリル。そして、一分一秒が惜しいとばかりにソファから立ち上がろうとする。しかし、ノエルは彼女を制するようにその肩を押さえた。


「ノエル?」


「ごめん、よく聞いてほしいんだ。僕はあれから『パラダイム』について調べてみた。……その結果、恐ろしいことが分かったよ。彼らは──『ラグナ・メギドス』を所有している」


「え? それって……?」


「……こんなことが公になれば大混乱が生じる以上、無理もないけれど、元老院もとんでもない情報をひた隠しにしていたものだよ」


 ノエルの声は重く、事態が飲み込めない僕たちにも状況の深刻さが伝わってくるようだった。あまりの鬼気迫る雰囲気に圧倒されながらも、シリルは繰り返し彼女に尋ねる。


「だから『ラグナ・メギドス』って、どんなものなの?」


「え? ああ、ごめん。それが先だね。──『終末の炎』の名で呼ばれる【神機】。ヴォルハルト・サージェスが遺したと言われる究極の破壊兵器さ。数百年前のゴタゴタで行方知れずになったとの話だったけど、実は『パラダイム』に持ち去られていたってわけだね」


 究極の破壊兵器とは、また物騒な言葉だ。


「そんなに危険なものなのかい?」


 僕の尋ねた言葉に、重々しく頷くノエル。


「その気になれば世界を滅ぼす力のある代物だよ。……もっとも『神』の力の断片でしかない以上、そこまでは言いすぎかもしれないけれど、『セリアルの塔』を常駐する部隊ごと消し炭にする程度の力ならあるだろうね」


「な……!」


 絶句するしかない。そんなものが、あんな組織の手にあるだなんて危険すぎる。というか、よく今まで何事もなく済んできたものだ。周囲を見渡せば、誰もが皆、僕と同じように言葉を失っていた。


「終末の炎、だと?」


 そんななか、低くつぶやいたのはルシアだ。


「ルシア? どうしたの?」


 目を見開いたまま身体を硬直させているルシアに、シリルが気遣わしげな声をかける。


「俺の世界にも、……同じ名前のものがあった。『国』の生命線、エネルギーコア『終末の炎』。【ヒャクド】から提供される唯一のエネルギー源……」


 呆然とつぶやくルシア。


〈……つまり、ルシアの世界にはヴォルハルト・サージェスの力が存在していたと言うことか。やはり、【ヒャクド】とやらは、『四柱神』と関わりがあるとみて間違いなさそうだな。……となると、やはり……いや、だとしたらなぜ……?〉


 実体化したファラが何かを言いかけて首を振る。彼女は彼女で何か思うところがあるようだったけれど、今はそれを語るつもりもないらしい。


「……ごめん。話を逸らしちまった。いずれにしても、その『塔』とやらに行かないわけにはいかないだろう?」


「そうね。『塔』そのものが目的である以上、それを破壊するほどの力は使わないでしょうし……」


 ルシアの言葉に、シリルが同意するように頷く。


「でも、どうする? 行ってみて何事もなかった場合、その後が問題だぞ?」


 エイミアさんの疑問も、もっともだった。その場合、元老院衛士団に守られた施設を前に、僕らは途方に暮れるしかない。


「だが、手掛かりが他にない以上、そこに向かうほかはあるまい」


 ヴァリスの声。アリシアの居場所についての情報を得られたことで、彼の声も力強いものになっている。もともと一時期よりは元気を取り戻していたようだけど、それでもこれまでの時間が、彼にとってどれだけ長く苦しいものであったかは想像に難くない。


「ああ、そうだな。それにフェイルの野郎が、自分の楽しみのために寄越したヒントだ。多分、間違いはないと思うぜ」


「ここから『セリアルの塔』までは、『ファルーク』で向かえば二日と掛からないわ。少なくとも、行ってみる価値はあると思う」


 ルシアとシリルの言葉に、ノエルは諦めたように息をつく。


「まあ、そう言うと思ったよ。相変わらず、僕は無力だな。君たちが危地に飛び込もうというのに、黙って見送ることしかできないんだから」


 するとそこに、ヴァリスが呆れたような声をかけた。


「どの口がそんなことを言う。お前が我に言ったのだろう? 『できないことより、できることを考えろ』と。今までお前のしてきたことは、我らにとって大きな助けになっている。だからお前はこれまで通り、お前のできることをすればよい。違うか?」


 ノエルに向けられたヴァリスの言葉は、彼にしては珍しく、饒舌な語り口だった。


「……ふふ、これは一本取られたね。よし、決めた。僕は僕にできることに全力で取り組もう。君たちを信じて待つことにするよ。今度こそ、全員無事に帰ってきてくれるとね」


 ノエルは吹っ切れたように笑みを浮かべる。するとそこへ──


「まかせときなって! このあたしがいるからには、大船に乗ったつもりで待ってなよ」


 ノエルの背中をどやしつけながら、けらけらと笑うレイフィア。相変わらずの傍若無人ぶりだけれど、慣れてしまうとそんな彼女が憎めなくなってくるのだから不思議なものだ。周囲を見渡しても、皆一様に苦笑しているだけだし、背中を叩かれた当のノエルも、「うん、頼んだよ」だなんて愛想よく言葉を返している。


 それだけで済まさなかったのは、やっぱりシリルだった。


「任せておくも何も、アリシアがさらわれたのは貴女にも原因があるのよ? 責任を取ってもらわなきゃなんだから、きっちり働いてもらうからね」


「なに? まだ根に持ってんの? 責任取れなんて、みみっちいこと言わないでよね。あたしが昔読んだ『ともだちのつくりかた』って本にも、『過ぎたことは許してあげましょう』って書いてあったし」


「う……、本に書いてあったことなんて、どうでもいいでしょう?」


 ここ最近のレイフィアの発言を聞いていると、彼女の読書歴は極端に幼少時に偏っているらしい。それでもシリルとしては、彼女自身の台詞ではない言葉には、多少の説得力を感じてしまうようだ。


 が、そこに控えめな声が響く。


「あの、わたしもその本、読んだことあるんですけど……」


 シャルだった。


「え? そうなんだ? へえー、奇遇だねえ。さすがはシャル。シリルと違ってあたしと気が合うんだねえ」


 言いながら自分の肩を馴れ馴れしく抱き寄せるレイフィアに、珍しく半眼を向けるシャル。


「その本には、『過ぎたことは』じゃなくって、『謝ってくれた人は』って書いてありましたけど?」


「へ? そ、そうだっけ? いや、でも、ほら、謝ったじゃん?」


「謝るときは『ごめんなさい』って言わないといけませんって、その本には書いてありましたね」


「うう! なんでそんなに細かいとこまで覚えてんのよ、あんたは……」


 レイフィアが珍しく狼狽えている。その向こうではシリルが良くやったとばかりに握り拳を作っている。


「うふふ。そう言えばレイフィア?」


「な、なによ……」


「あなたから『ごめんなさい』を聞いてないわね?」


「あ! あたし、ちょっくら用事を思い出した! それじゃ、また後でね!」


「あ、待ちなさい!」


 シリルの制止を振り切って、部屋を飛び出そうとするレイフィア。けれどその動きがガクンと止まる。


「ぐえ!」


「逃げるとは感心しないな。ともだちが欲しいなら、謝罪は必ず覚えるべき作法だぞ?」


 まるで猫でも捕まえるかのように、レイフィアの襟首を掴み、そのままシリルの前まで引き摺っていくエイミアさん。さすがです。


「ほら、『ごめんなさい』は?」


「く、苦しいから襟を離してよ」


「ほら『ごめんなさい』は?」


「うう、なんであたしが……」


「ほら『ごめんなさい』は?」


「いや、だからさ……」


「ほら『ごめんなさい』は?」


「あ、うう……」


「ほら『ごめんなさい』は?」


 エイミアさん……、容赦なさすぎです。シリルでさえ、顔を若干引きつらせながらその様子を見守っていた。


「……ご、ご、……ごめんね? その、とにかく、許してよ」


 とうとう観念したレイフィアが、たどたどしい言葉で謝罪の言葉を口にする。いや、何も謝罪ひとつで涙目にならなくっても……。


「もう、いいわよ。『ともだち』でもなんでもいいけど、これからはあなたもわたしの仲間だと思って扱うわ。だから、信頼には応えてね? わたしをがっかりさせないこと。いい?」


「がっかりさせないでって……なんだかすごく偉そうだなあ。もう、わかったよ。そう言われちゃあ、仕方ない。何だかんだ言って、あんたも計算高いよね」


 シリルの言葉は、彼女のプライドをくすぐったようだ。意外にも素直に返事をしてきた。


「うん、これでいい。ようやくアリシア救出作戦の不安材料もなくなったことだし、急いで出発の準備を始めよう」


 そう言ったのはエイミアさんだ。さっきの一幕も彼女なりの思惑があってのことだったらしい。


「とにかく、僕の方でも可能な限り『セリアルの塔』に働きかけはしてみるよ。警戒するようにってね。それと、あの施設の見取り図なんかも用意しておく。君たちの旅支度が終わるまでには用意できるから、出発前に立ち寄ってくれ」


「ええ、ありがとうノエル」


「ううん、気をつけてね。シリル」


 軽く抱擁を交わし合う二人。


 ……それにしても、僕たちが旅支度を整えるまでの間、と言ったところで大した時間はかからない。なのに、そんな短時間でどうやってノエルは施設の見取り図だなんて物を入手するつもりなのだろうか?


 僕がそう尋ねると、ノエルは当然のように言いかえしてくる


「もちろん、最初から持っているものを引っ張り出すんだよ」


「え? 持っているんですか?」


「ああ、こんなこともあろうかと『魔族』の施設に関しては、ほとんどすべての見取り図を網羅しているよ」


 ……『こんなこともあろうかと』って、どんなことがあると考えたら、それだけのものを用意しようと思えるのだろうか?


「ノエルって完璧主義者を通り越して、万全主義者なところがあるのよね」


 シリルがおかしそうに笑う。ノエルの『万全主義』も、彼女には慣れたものなのかもしれない。


「まあ、俺たちもそれで助かっているんだから、文句を言うところじゃないけどな」


「それはそうなんだけど、わたしが小さい頃は大変だったのよ? 家から外出する時なんて、出発前に何回持ち物の確認をさせられたか、わからないんだから」


「ははは、一緒に生活するには苦労しそうだな」


「本当よ。過保護にも程があるって、何度文句を言ったことか……」


 掛け合いを続けるシリルとルシア。


「……楽しそうだね、二人とも? 僕の話題で随分盛り上がってくれちゃってさ」


 拗ねたように目を細めるノエルの言葉に、皆が笑い声をあげた。

 

 それは楽しい一幕ではあったけれど、この場にアリシアさんがいないことだけが、僕らの心に影を落としている。今度こそ、再びここに、全員揃って戻ってこよう。このとき、そう感じたのは僕だけではなかったはずだ。



     -解放の角笛-


 旅支度を終えたわたしたちは、ノエルに別れを告げると早速、『ファルーク』に乗って目的地『セリアルの塔』へと向かった。


 白銀の飛竜の背で、状況を改めて整理するべく言葉を交わす。

 今の『ファルーク』には風を操る力があるらしく、周囲には風の結界が張られている。そのためか空を飛ぶ竜の上とは思えないほど風もなく、揺れもせず、安定した姿勢で話を続けることができた。


「ノエルの話によれば、少なくとも『セリアルの塔』の通信機能は問題ないみたい。ギルド間の情報通信も『アストラル』への連絡にも支障は出ていないみたいだし、今のところは無事なのかもしれないわ」


「でも、そう思わせるために、あえて通信施設を生かしている可能性もあるだろ?」


「そうね。そこまではわからないわ」


 ルシアの言葉に頷きを返すシリル。


「問題は、アリシアをどうやって助けるかよ。『パラダイム』がどんな手段で『塔』を攻略するつもりなのかはわからないけど、わたしたちが奴らと接触する際には、彼女を人質に取られないような方法を考えないといけないわ」


「人質ったって、連中にもアリシアに使い道があるからさらったんでしょ? 心配しなくても殺されたりはしないんじゃない?」


 レイフィアが気楽に言うが、わたしはその意見には賛同しかねた。


「命以外を人質にとることならありうるさ。彼女を何に利用するかはわからないが、五体満足である必要はないのかもしれないんだからな」


 わたしの言葉にシリルとヴァリスがびくりと身を震わせる。酷なようだが、現実の可能性から目を背けるわけにはいかない。


「……我の声が、彼女の耳に届く場所にまで近づければ問題ない。それですべて片が付く」


「え? ヴァリス、それって……」


 ヴァリスが小さく漏らした言葉に、シリルが驚いた顔をする。


「彼女の『真名』を呼ぶ。《転空飛翔エンゲージ・ウイング》さえ使えれば、救出は可能だ」


 ヴァリスは決意を込めて断言する。

 ──『真名』を呼ぶ。

 『竜族』にとってそれは、婚姻にも等しい行為だという話だった。


「だったら、ラクラッドの宮殿の時みたいに『風糸の指輪』を使ったらどうだ?」


 ルシアの言葉に、わたしは変わり果てたアベルと出会ったあの時の戦いを思い出した。そう言えば、宮殿への突入の間際、ヴァリスの姿が唐突に消えたことがあったな。あれが、『竜族』専用の転移魔法だったのか。


「すでに試しているが、何の反応もない。距離がありすぎるのか、指輪を奪われているのかまではわからないがな」


「……まあ、普通に考えれば通信手段のある【魔法具】なんて真っ先に取り上げるか」


「気がかりなのは、彼女が気絶しているような場合だな。『真名』は、ただ呼びかけるだけでは意味がない。相手に呼びかけを意識してもらう必要があるのだ」


 そんなヴァリスの懸念に対しては、シリルが首を横に振った。


「たぶん、大丈夫よ。アリシアを何に“同調”させるつもりかはわからないけれど、“同調”には、使用者側の精神が安定していることが大事なの。……だから、酷い目には合っていないと思うわ。」


「安定……か。うーん、だが、シリル。正直に言わせてもらえば、彼女は情緒豊かというかなんというか、少なくとも安定、という言葉とはほど遠いタイプに見えるんだが?」


 わたしは率直な疑問を口にする。シリルの隣では、シャルも同意するようにうんうんと何度も頷いている。やや過剰な頷き方だが、アリシアの破天荒な振る舞いに色々と振り回されている立場なだけに無理もない。


 けれど、シリルの口からは意外な言葉が発せられた。


「……アリシアほど強くて安定した精神を持っている人間は、そうはいないわよ。彼女はいつだって他人の感情の波にさらされ続けてきた。それでいて、自分の力がばれないように、心の動揺を表に表さないようにしてきたんだから」


 親友の心の痛みを代弁するかのように、銀の瞳が揺れている。


「……わかる? それがどういうことかなのか」


「……他人から何を言われても、まるで動じない人間でいなければならない……か。いや、もっと酷いな。相手が言葉に出さない想いなんだ。抑えが利かない分、より耐え難いものだったに違いない」


 わたしには想像もできない話だ。憎まれても妬まれても、疎まれても蔑まれても、疑われても嫌われても、そのことを手に取るように理解できてもなお、何食わぬ顔でその相手と接しなければならないなんて、いったいどれだけの苦痛だろうか?


「……だからね、ヴァリス。わたしは、アリシアが貴方の感情を読めないと知った時、本当に嬉しかったのよ。彼女が自分の素の感情を、恐れることなくそのままに表せる相手が現れたんだから。あなたと出会って、彼女は『本当の彼女』になった。わたしはそう思う。あの子は否定していたけれど、ね」


「シリル……」


「ふふ。最初はね、まさか竜王様が繋がりの破棄を認めないなんて思ってもみなかったし、面倒なことになったなって思いもあったの」


「…………」


「でも、今は違うわ。どんな形であれ、あの子と繋がりができたのが、他の誰でもない貴方でよかったって思ってる。だから、お願い。あの子を助けて。そこに至るまでの道は、わたしが切り拓く。約束するわ」


「……ふん、言われるまでもない」


 ヴァリスの言葉は素っ気ないが、彼が深く感じ入っているだろうことは、誰の目にも明らかだった。


 それから、『ファルーク』での飛行を続けること二日。竜となってからは鳥目ではなくなったらしいが、夜通し飛んでいたのでは乗っている方の体力が持たない。何度か小休止を挟みつつ、しかしそれでもとうとう、目的の『塔』へとたどり着く。


 魔力通信伝播塔『セリアルの塔』


 それは辿り着いてみればなんてことはない。わたしたち冒険者にもそれなりに見覚えのある場所だった。


「通信施設だという話は聞いたことがなかったが、ギルドの管理する特別区域の一つだったな。この場所も……」


 世界各地に存在する特別区域。それは各国の領土内にありながら、ギルドが特別にその国に自己の所有を認めさせている場所だった。


「ええ、世界各地の『魔族』の施設は、【フロンティア】内にある『天空神殿』のようなところを除けば、大概こういう特別区に存在するわ」


「なるほど、それもそうか」


 ──大地に深く穿たれた巨大な穴。

 ──吹き飛ばされたかのように放射状に広がる瓦礫の山。

 理解不能の現実を前に、つい関係のない会話をしてしまった。


 だが、いつまでも目を背けてはいられないだろう。わたしたちは改めて『塔』を見た。

 高くそびえる白亜の塔。その威容は変わらず天に伸びている。それとは対照的に、地の底まで続いているかのような大穴が『塔』のすぐ傍に存在していた。そして、もうひとつ。ここからさらに離れた場所に、二つ目の『穴』があるのも見える。


 そして、さらに信じられないものが一つ。本来なら日も高いこの時間帯のこと、白亜の塔は陽光に純白の輝きを見せるだろうに、今では暗く翳っているのだ。──宙に浮かぶ、巨大な城のような物体が生み出す影によって。


「なんだよ、あれ?」


「【魔導装置】? 嘘よ! あり得ない。あんなに巨大なものを宙に浮かせるなんて、一体どれだけの【魔力】があれば……」


 その物体は、マギスレギアの王城そのものに匹敵しかねないほどの大きさだった。下から見上げる限り、楕円形の塊にしか見えないが、実際には大小様々な凹凸もついているようだ。


 その突起物の一つ。円筒形の物体がこちらを覗き込むように角度を変えた。


〈いかん! あれは、《解放の角笛サージェス・ホルン》だ!〉


 そう叫んだのは、呆然と空を見上げるルシアの傍で実体化したファラだった。


「禁術級? ううん、それどころじゃない! なんて力なの!?」


「シリル、いいから走れ! 『塔』の中へ避難するんだ!」


 ルシアの声に慌てて走り出すわたしたちの上空では、既にわたしですら感じとれるほどの猛烈なプレッシャーを伴う力が集束していた。


 そして、わたしたちが『塔』に辿り着くや否や、後方から凄まじい轟音とともに激しい爆風が押し寄せてくる。


「きゃああ!」


「ぐううう!」


 視界を染める閃光のなか、シャルが展開した空気の壁に大小さまざまな岩塊が直撃し、雨音のような音を立てている。地響きが『塔』を揺るがし、まともに立っているのも困難なほどだ。


「嘘だろ? 氷壁爆破用の【ブラスト・ボム】どころじゃないぞ、こんなの……」


「これが『ラグナ・メギドス』? まさか、こんな……!」


 もうもうとたちこめる土煙が晴れていく中、ルシアとシリルはその先に広がる光景に呻き声を上げる。


 深々と大地に穿たれた穴。わたしたちがそれを目にするのは、これで三つ目だ。そして、疑いようもない。それを生み出したのは、上空に存在する巨大な城──そこから生える筒状のものから放たれた極大の閃光だった。


「ファラ、君には心当たりがあるのか?」


 ファラは先ほど、あの円筒形の物体を指して《解放の角笛サージェス・ホルン》という言葉を口にしていた。


〈うむ。……サージェス神族が好んで使った【魔法】だ。周囲の【マナ】を強引に集束して超高密度に圧縮し、それが解放されるときの力を利用して対象を破壊する〉


「『神』の【事象魔法コマンドオブルーラー】か。だとするとあれはやはり、ノエルの言う【神機】『ラグナ・メギドス』で間違いなさそうだな」


 わたしの言葉にシリルも頷きを見せた。青ざめた顔をしているが、無理もない。今さらながらに、これから相手どる敵の強大さを思い知らされてしまった。


「『神』って、やっぱとんでもないんだな。でも、こんなに凄い力を使ってたんじゃ、お互い自滅するようなもんだぞ? 戦争にもならないんじゃないか? 俺の世界でだって【ヒャクド】が使用を認めていた爆撃兵器は、守備側の使う携行用【グレネード】ぐらいだったぞ」


 それでだって俺は何度か死にかけたんだが、とルシアは呆れたように言う。


〈戦争?〉


「だって、サージェス神族ってのは『闘争』を司る神なんだろ?」


〈それは人間の誤解だ。実際に彼らがもっぱら己の“神性”としていたのは、『活性』だよ。『闘争』というのは、その最たるものではあるだろうがな。実際、彼らがあの『角笛』で行っていたのは、地形の改変──まあ、山を削ったり、川を造ったりといったところだ〉


「スケールが違いすぎるだろ!」


 こともなげに言うファラに、ルシアが叫ぶ。【魔法】で地形を変えるだなんて、お伽話でしか聞いたことがない。……だが、実際に目の前の地形は、大きく変わっていた。


「まさかここまでのものだなんて……」


 と、そのとき。


〈ようこそ、『銀の魔女』。せっかくここまでたどり着いたのだ。お前たちにも特等席から世界が『変革』を迎える瞬間を見せてやろう〉


 呆然とつぶやくシリルの声に重なるように、響き渡る声があった。


 そして、『塔』の扉が音を立てて開く。


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