第123話 ライブラリー/信じるものは巣くわれる
-ライブラリー-
マギスレギア王立魔導図書館。
世界の叡智が集まる場所として知られるその施設は、地上四階、地下三階の巨大建造物としての威容を誇っています。
ただし、その場所は建設時における諸般の事情により、王城から離れた街外れとなっていて、宮廷魔術師たちにとっては不満の種でもあるそうです。
そうした情報を教えてくれたのは、わたしたちの案内役を務めてくれた魔導騎士団副騎士団長のヴェルフィンさんでした。かつては王城内で敵として戦った相手でもある彼ですが、『パラダイム』の奸計にはめられていたことを深く恥じていて、謝罪の意味も込めて自分からこの役割を申し出てくれたそうです。
ところが、ヴェルフィンさんは実際にわたしたちと会うなり、様子がおかしくなってしまいました。
「相変わらずでっかい建物だよねえ、図書館。あたしってば勉強嫌いだからさ。学院に通ってた時にも、隣の建物だって言うのに一度も入ったことないんだよねえ」
図書館までの道すがら、何故か同行して来たレイフィアさんが何かを言うたびに、ヴェルフィンさんがびくびくと身をすくませています。もしかして、知り合いなのでしょうか?
しかし、レイフィアさんにはそんな素振りが全くありません。
「い、今の時間なら学院の生徒たちは授業中です。図書館も空いているのではないでしょうか」
「そう……、とにかく行きましょう」
シリルお姉ちゃんは心ここにあらずと言った顔で、実用的で飾りのない石造りの建物を見上げています。建物を囲む低い石塀に設けられた簡易式の扉を押し開け、敷地に入ると、何段かの石段を上った先に図書館の正面玄関がありました。
ヴェルフィンさんが門番らしき人に何事かを告げると、門番さんはわたしたちを敬礼して見送ってくれました。
「こんだけでっかいと、目当ての本を探し出すだけでも一苦労じゃないか?」
ルシアの言うとおり、赤絨毯が敷かれた大ホールに巨大な本棚が所狭しと並ぶ一階部分だけでも、恐ろしい数の蔵書があることが窺えます。さらに中2階まで備え付けられ、その上にも小さな本棚がありました。
「ここの司書たちはエリートですから、分類整理も完璧ですし、通常の閲覧資格では来館者が自分で本棚に手を伸ばすことも許可されていません。目当ての本は彼らが見つけてきてくれますからね」
ルシアの質問に、淀みなくスラスラ答えるヴェルフィンさん。
「あたしらには許可されてんだよね? まずどっちに向かうの?」
「う、あ、も、もちろんです……。重要度の高い書物は、地下三階の最奥に保管されています。もちろん、そこは最上級閲覧資格がないと入れない場所なのですが」
「……あんたさあ、さっきから何なの? あたしの顔になんかついてる?」
ようやくレイフィアさんも彼の態度の違和感に気付いたみたいで、不機嫌そうな声を出しました。
「い、いえ! そういうわけでは……」
「隠し事すると酷いよ?」
「ひいいい!」
ヴェルフィンさんの上げたあまりにも情けない悲鳴に、わたしとシリルお姉ちゃん、そしてルシアの三人は思わず顔を見合わせました。
「よくわからないけれど、落ち着いてもらえるかしら? 地下三階にはどんな書物が保管されているの?」
シリルお姉ちゃんは、二人の関係なんてどうでもいいと言わんばかりです。アリシアお姉ちゃん救出に必要な情報収集に集中したい。そんな様子に見えました。
「あ、す、すみませんでした。主に存在そのものが隠匿されているような『禁術』の類の魔導書や歴史資料の中でも重要度や特殊性の高いものなどです」
「それなら、わたしたちも地下に行くべきね」
シリルお姉ちゃんに促され、ヴェルフィンさんもようやくひとつ頷くと、わたしたちを先導して地下への階段に向かいました。
千年前に世界に出現した『邪神』──いえ、千年前に使用されたという【魔法】《異世界からの侵略者》とは別の、フェイルが『ジャシン』と呼ぶ存在。その手掛かりを得るためにやってきた図書館でしたが、地下三階に辿り着くなり、その前途多難さを思い知らされてしまいました。
「……おいおい、上の階を見た時点でそうじゃないかとは思ったけどさ、閲覧が禁止されてるレベルの書物にしては数が多すぎないか?」
ルシアが呆れたように言いました。それもそのはず──
地下三階、ひんやりとした空気の中に立ち並ぶ無数の燭台。【魔法具】による明かりが灯されたそれが映し出す光景は、一階で見たものと変わりないものでした。
「木を隠すなら森の中です。実際にはダミーの書籍も多く含まれています。不法侵入者への対策の一環ですね」
それは用心深くていいことですが、わたしたちが困ります……。
「……そんなの、どうやって探すんですか?」
「ああ、私もここまで入るのは初めてなんだが、隠し扉があるらしいんだ。確か、こっちの方だったかな?」
思わず抗議の声を出してしまったわたしに、ヴェルフィンさんは気を悪くした様子もなく、親切に説明をしてくれました。
そして、壁際の一角までたどり着くと、なにやら壁面の棚から本の抜き差しを始めました。ほどなくして、低い音を立てて奥に引っ込んでいく本棚。
「さあ、この中です。行きましょう」
本棚の奥は、思ったより広い空間でした。ですが何より驚いたのは、そこに使われていた建材です。純白の石材で造られた壁や床、半透明の素材でできた本棚、さらに部屋を照らす照明が銀色の天井そのものが放つ輝き、とここまでくれば間違いありません。
「『魔族』の技術ね……」
そうつぶやいたのは、シリルお姉ちゃんでした。
「え? じゃあ、なに? ここって『魔族』が造った施設だったの?」
レイフィアさんの問いかけに、反応がありません。どうやらヴェルフィンさんもまた、驚愕して固まっているようでした。
「ねえ、聞いてる? なんでアンタが驚いてんのよ。……ってこら! 無視すんな!」
「あ、す、すみません! その……聞いていたものとあまりに様子が違うもので……」
様子が違う? どういうことでしょうか?
「わたしが『偽装』を解除したみたいね。意識したつもりはないのだけど……」
シリルお姉ちゃんはそう言いながら、中へと入っていきました。つまりこれは、『魔導都市アストラル』と同じで、本来なら他の部屋と同じに見えるよう偽装されていたと言うことでしょうか。
「とにかく、手掛かりを探しましょう。千年前に関する記述がありそうな本を探すのよ」
「うん、わかった」
わたしは早速、手近にある本棚へと近づきました。古めかしいながらも保存状態の良い書物の数々。本好きのわたしとしては、わくわくが抑えきれません。
開いてみると、中にはびっしりと文字が書かれています。時代がかった文体ではありますが、読めないほどではありません。
「うへえ、こりゃ難しいな。俺も大概の文字は読めるようになったつもりだけど、これはちっときついかも……」
早くも音を上げるルシア。まったく、何のためについて来たんでしょう? と、まあ、それはもちろん、『ファラ』さんがいるからなのです。
「それらしい記述を見つけたら、ファラにも心当たりがないかどうか確認するから、よろしくね」
〈うむ、わかった。……ほれ、ルシア。もっと身を入れて探せ〉
「わ、わかってるよ」
黒髪姿で実体化したファラさんは、ルシアの隣で別の本を手に取り、ペラペラとめくっています。
「あれ? そういえばファラって文字とか読めるのか?」
そう言えば確かに、神様が文字を使っていたというイメージはあまりありませんね。
〈馬鹿にするでない。そもそも『魔族』の使う【古代文字】は、『神』が彼らに与えた【幻想法則】を利用するための道具立ての一つなのだからな〉
「え? じゃあ、ファラさんって、【古代文字】が読めるんですか?」
思わず、声が大きくなってしまいました。ファラさんはわたしの驚きに気をよくしたのか、胸を張って一冊の本を手に取り、ルシアに示しました。
〈おう、ちょうど【古代文字】の本があった。ほれ、これが何だかわかるか?〉
「ば、馬鹿にするなよ。むぐ……」
ファラさんに差し出された本を前に、うんうんと唸り始めるルシア。そもそも【古代文字】なんだから、いくら考えたってわかるはずないのに……。その姿がおかしくて、わたしはつい、笑ってしまいそうになりました。そこでふと、シリルお姉ちゃんの方を窺うと、一心不乱に本を取り出しては読み漁っています。
そう、これは遊びじゃないんです。真剣にやらないといけません。……と、わたしが一つ首を振ってから本探しに再び取りかかろうとしたその時でした。
「うう! ひ、だ、だから、駄目ですって! こっちの棚はマギスレギアで禁術指定された【魔法】に関する記録の保管庫です! 閲覧はご遠慮……」
何やら争うような声が奥の方から聞こえてきました。
「うっさいわねえ。あたしは歴史になんか興味ないの。ほら、どかないと黒焦げにするわよ?」
「か、火気厳禁です!」
相変わらず、ヴェルフィンさんはレイフィアさんに怯えているようです。それにしても、本当にレイフィアさんこそ、ここに何をしに来たのでしょうか? シリルお姉ちゃんの邪魔にならなければいいのですが。
「そうそう……いい加減、あんたが何であたしを怖がってるんだか、教えてよ。そしたら諦めたげるからさ」
「あ、う、それは……」
「燃やそうか?」
「わ、わかりました! い、言います! 言いますから!」
聞こえてきた話を総合すると、どうやらヴェルフィンさんはその昔、レイフィアさんと同じ王立魔導学院に通っていたらしいのです。そこでレイフィアさんに随分と怖い思いをさせられたことがあったようですが、今でもこの怯えようだなんて、一体何があったのでしょうか?
「なんだ、つまんない。そんなことか。さあてと、それじゃ禁術本でも見せてもらおうかなっと!」
「いや、諦めてくれるって言ったはずじゃ!?」
「ん? だって意外につまんない答えだったからさ、やっぱし気が変わったんだよ」
「そ、そんな!」
レイフィアさんはつまらなそうに言うと、慌てふためくヴェルフィンさんを押しのけて、奥の棚へと入っていきました。
よく考えたら、あのレイフィアさんに禁術関係の資料を見せるっていうのは、実はすごく危ないことなんじゃ?
そうは思ったものの、わたしに彼女を止めることなんてできるはずもなく、何も聞こえなかったふりをして本探しに戻ったのでした。
-信じる者は巣くわれる-
この魔導図書館とやらが王城から離れた街外れに建設された理由は、この隠し部屋にあったようだ。つまり、以前から存在していた『魔族』の施設の上を覆うようにしての図書館の設立。まさに、木を隠すなら森の中だろう。
隠し部屋としての機能を生かすべく、重要と思われる記録を人間たちが後から運び込んだものも多いようで、『魔族』が遺しただろう【古代文字】の本はそれほど多くない。
「情報が少なすぎて、何が『それらしい』記述なんだかもわかりにくいな」
ルシアは先ほどまで開いていた本を閉じ、本棚へと戻しながらぼやいた。確かに、わらわにしても『ジャシン』とやらが何なのか見当もつかないのだ。まるで雲をつかむような話だった。
「だいたい、フェイルの野郎。もう少し余計にヒントをくれても良さそうなものだぜ」
ルシアは、とうとうフェイルの不親切さにまで当たりだしていた。あれに親切心を期待し始めた時点で、もう終わっているようなものだ。
この図書館に来てから数刻、状況はまったく進展していなかったのだから無理もあるまい。
「おい、シリル。無理はするなよ。そろそろ昼飯にしようぜ」
「うん……」
閲覧用に設けられたテーブルに山積みにされた本。シリルは疲れた様子で手にした本をその上に積み上げた。
「いやあ、見つけた見つけた! 結構使えそうな術があって面白かったよ!」
疲れた顔のヴェルフィンをひきつれて、魔女服に身を包んだレイフィアが部屋の奥から歩いてくる。勉強が苦手だとは言っても、【魔法】のこととなると話は別なのだろうか。
「よいしょっと。んで、まだ見つかんないの?」
シリルと同じテーブルの席にどっかりと腰を下ろしながら、レイフィアが気軽な調子で尋ねてくる。
「あなたと違って遊びじゃないのよ」
「は! 笑っちゃうね。あたしに言わせりゃ、こんなの単なる遊びだよ。あんたが自己満足に浸りたいだけだろ?」
「…………」
レイフィアの言葉は、確実にシリルの心をえぐるものだ。彼女はそれを狙ってやっているのだろう。だが、それを傍で聞いているはずのルシアは、彼女を責めもしなければ、シリルをかばいもしなかった。
ただ、気遣わしげな顔で見守るのみ。
「わかってるわよ、そんなこと。遊びのつもりはないにせよ、こんな風に闇雲に探したって見つかるはずがない。そもそも何を探しているのかさえ、わかっていないんだから」
「うわ、ばっかじゃない? あたしが子供の時に読んだ『しらべもののしかた』って本にだって、まずはわかりそうなことから順番に調べなさいって書いてあったよ?」
小馬鹿にするようなレイフィアに対し、シリルはぐっと下唇を噛み締める。だが、一方のレイフィアは、彼女のそんな表情を見て、嬉しそうに目を輝かせていた。つくづく趣味の悪い女だ。
「わかりそうなこと……か。そうだな……」
ルシアがぶつぶつ言っている。何を子供向けの本の記述を真に受けているのだ、お主は。わらわはそんな風に思ったのだが、実はこれこそが突破口だった。
「『ジャシン』は『邪神』じゃないから『邪神』を調べても無駄。『ジャシン』そのものについては、情報が少なすぎて調べようがない。となると、他にフェイルが言っていたのって……」
「世界中の意識と“同調する”【儀式】。それに相応しい施設があって、それは今も使われている……だったよね?」
ルシアの言葉を継ぐように、シャルが言ったその瞬間だった。椅子の倒れる音がした。シリルが、勢いよく立ちあがったのだ。
「そうよ! それしか考えられないわ!」
「うわ! びっくりしたあ……」
レイフィアが目を丸くしている。
「でも、まさか……嘘でしょう? そんな大胆な真似をするつもりなの?」
「シ、シリル? いったいどうしたって言うんだ?」
「ルシア、お手柄よ。やっぱり、わたしたちはいいコンビなのかもしれないわね」
シリルは難問が解決したことを喜ぶ顔で、そんな言葉を口にした。
「ええ? ちょっと待ってよ。なに二人だけの手柄にしてんのよ、あんたたち。今のは、ほとんどあたしのおかげでしょうが」
「うるさいわね。ただの偶然でしょう? さっきから全然協力する気なんてなかったくせに!」
「偶然? なわけないでしょ。あんたの探し方があんまり下手くそだから、あたしがちょっとヒントを出してやったってのに、器の小さい人間はこれだから駄目だよねえ」
「見え透いた嘘を言って!」
確か、人間の世界では『図書館ではお静かに』という標語があったような気がしたが……。
「あ、あの、それでシリルお姉ちゃん。なにがわかったの?」
続く二人の喧嘩を見かねてか、シャルがおずおずとシリルに尋ねる。そこでようやく、シリルは気を落ち着けると、疲れたように軽く息を吐いた。
「あ、ごめんね。全世界の意識に同調するための施設。あなたが言ってくれたフェイルのその言葉こそ、最大のヒントだったのよ。『邪神の復活』なんて言葉のインパクトが強すぎたせいか、ほとんどそちらには意識が向いていなかったわね」
フェイルはそこまで考えたうえで、そんな言い回しをしたのかもしれない。どこまでも嫌味な奴だ
「つまり、シリルにはそんな施設に心当たりがあるんだな?」
ルシアが先を促すように問いかける。
「ええ、あるわ。でも、あの施設を『パラダイム』が狙っているとなれば一大事よ。『魔族』だけではなくて、人間たちにとってもね」
「もったいぶらずに教えてくれよ」
「ごめんなさい。その施設の名は『セリアルの塔』。全世界を結ぶ情報通信網の中心施設よ」
「情報通信網ってまさか、ギルドの?」
「よくわかったわね?」
「まあな。どのギルドに出かけても依頼情報の管理ができるシステムがあるなんて聞いた時点で、その手のネットワークがあるんじゃないかとは思ってたよ」
むう、話が難しくなってきた。よりにもよってルシアの奴に、わらわが理解できない話をされるとは、思った以上に屈辱的なものだ。
「……お前、実は俺のことを結構な馬鹿だと思ってないか? まあ、薄々は気付いてたけどさ……」
どうやら今のわらわの思考が伝わってしまったらしい。そうならないように用心はしたつもりだが、ルシアは酷く傷ついた顔をしている。
「『セリアルの塔』は『古代魔族』が造ったとされる【魔導装置】よ。魔力波動を通信波に変えて、専用の装置さえあれば、世界のどことでも情報を送受信できるの」
「いかにもって感じだな。なら、アリシアはそこに連れて行かれたってことか?」
「ええ、でも、『アストラル』とさえ通信を繋げるあの『塔』は、今の『魔族』にとっても最重要の施設のはずよ。当然、衛士団による厳しい警備も敷かれているわ」
「安心はできないな。『パラダイム』には、フェイルはともかく、【人造魔神】だなんて奥の手まであるんだからな。とにかく、ノエルのところに戻ろう」
「ええ、そうしましょう」
結局、この図書館での検索は、今回の件には役に立たなかった。だが、わらわが目を通した【古代文字】の本の中には、興味深い記述がされているものがあった。
今回の件とは関係ないがゆえに話題にはしなかったが、半透明の棚の奥に隠すように置いてあった様子からすれば、恐らくはシリルによる『偽装』の解除がなされるまで、誰も目にしたことのない書物だったのではないだろうか。
──表題『世界再生の真実』──
七賢者が一人、メゼキス・ゲルニカがここに記す。後世に生きるものに、世界の真実を伝えんがために。
争いの果てに眠りについた『神』。
絶望の果てに世界を捨てた『神』。
失われた神々と分断された世界。
我ら『魔族』が【魔法】のほとんどを失った世界。
世界を再生するため、試みられた手段は多数。主なものとしては、三つだ。
ひとつ、世界全土の【幻想法則】の解析。
世界のどの場所にどんな法則が存在するかを解析すれば、各々の場所で適切な【魔法】の使用が可能となる。
──失敗。『神』ならぬ身には解析はできても、それに見合う『イメージ』ができない。それは限られた天才にのみ可能な、まさに『神業』だった。
ひとつ、【魔導装置】の開発。
イメージができないのであれば、具体的な器物に術式を刻み込むことにより、代替は可能となる。
──成功。ただし、術式は固定され、複雑すぎる【魔法】は使用できない。成果としては不十分だ。
ひとつ、【幻想法則】の融合
神々によって分断された世界を重ね、あるべき姿へ還す。それは、一人の天才術師の考案した術式によるもの。
だが、『魔族』の名門『十賢者』のうち、三名がそれに反対した。賛成多数により方針が決定された後、反対派で組織された三賢者連合『パラダイム』は議場より姿を消す。
──彼らがその結果まで予期していたのか否かは、定かではない。だが、いずれにせよ、完璧と思われたその計画は、失敗に終わる。
それどころか、あの日からすべてが狂った。『精霊』も『幻獣』も『妖精族』でさえモンスターと化す世界。それはまさに、地獄絵図とでもいうべきものだ。しかし、我ら『魔族』には、そんなものとは比較にならない悲劇があった。
【オリジン】の消失──それはまさに、世界が失われた日であった。
我らに残された第四の手段。それは、『神の帰還』。
我らには『神』が必要だ。
絶対にして無謬の『神』が。
全てを捧ぐに足る理想の救世主が。
そのための計画。そして計画遂行のための組織として、『七賢者』により合議制の機関が設立される。それが『元老院』だった。
そして、その初代議長となった人物の名は、リオネル・ハイアーランド。七賢者ではないものを選出した意図。それは無論、賢者同士の均衡を保つという意味もあった。だが、それ以上に我らは、新星のように現れた類まれなる才を持つ、この若者に期待をかけたのだ。
……結局のところ、我らは一度ならず二度までも、『才のみを信じること』の危険に気付けなかった。そして数年後、元老院の中枢組織を完全に支配下に置いた彼の手により、一人、また一人と『元』七賢者のメンバーたちが闇へと葬り去られていく。
……だから、わたしはこれを記す。
『研究』は八割方完成している。十数年前、『妖精族』の少女に施した術式も、上手く機能しているようだ。しかし、今やリオネルの魔の手は、我が喉元にまで迫っているとみるべきだろう。ゆえに、我が『研究』が完成しなかった場合に備え、わたしの知る真実をここに記す……。
──すべての元凶は『惨劇の天使』だ。
アレの目的はわからないが、『魔族』という種族にとって、好ましからざるものには違いない。世界を覆う狂った夢。そんなものを、いったい誰が望むというのか?
世界に巣くう惨劇の天使。
魔族に巣くう異形の従者。
我が子孫、我が同胞たちよ。心せよ。
許し難くも『神官長』を名乗るリオネルは、『神』を信奉していない。
いつの日か、奴のたくらみを看破し、世界に正しき『神』の世を。
いつの日か、この本を目にする者のあることを願い、我はこの本を記す。
────本を閉じた時点で、わらわは苦々しく息をつく。
少なくとも、リオネルの目的が『神の帰還』ではないということだけは理解できたが……、このメゼキスという男も最後の最後まで『神』の無謬を疑っていない。
今の世界の在り方こそが、何よりも『神』の愚かさを証明している。それでもなお、盲目的に『神』を信じる『魔族』たち。彼らの存在もまた、『神』の犯した罪の1つなのかもしれない。




