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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第13章 白亜の塔と黒鉄の城
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第122話 囚われのお姫様/自縄自縛

     -囚われのお姫様-


 あたしが意識を取り戻した時、周囲には無数の気配があった。


 でも、何も見えない。あたりは暗く闇に閉ざされていて、わかるのはただ、あたしの身体が柱のようなものに縛りつけられているということだけだった。


「……う、く、駄目ね。外せない……」


 身体を縛っているのはロープか何かだろうか? いくら力を込めてもびくともしない。立ったまま、柱に背を預けることしかできないあたしは、先ほどから感じている気配を確かめようと、闇の中に目を凝らした。


 感じ取れたものは、狂気、敵意、──そして、憎悪の感情。


「誰か! 誰かいるの? ここはどこなの!?」


 あたしは叫ぶ。このまま無言でこんな気配を感じ続けていたら、それだけでおかしくなってしまいそうだった。


 すると──離れた場所で扉が開くような音が聞こえた。

 途端に室内に照明が灯る。


「やれやれ、ようやく目覚めたか。フェイルの“減衰”能力には不明な点も多いからな。どうだ? 何か心身に調子の悪いところはないか?」


 入ってきた誰かが、意外にもあたしを気遣うような言葉をかけてきた。

 フェイル? そうか。あたしはあのとき、フェイルに捕まって……気を失ったんだ。


 けれど、目の前の光景を意識した瞬間、あたしの頭の中は真っ白になる。


「ひ! きゃああああ!」


 視界いっぱいに広がるソレを見て、あたしの喉から悲鳴が漏れる。

 その部屋は、恐ろしく広かった。何もない部屋。床も壁も黒一色。その床から生える黒い石柱。そこかしこに乱立する柱には、あたしと同じように縛りつけられているものがあった。


「モ、モンスター?」


 少しだけ落ち着きを取り戻したあたしは、ようやくその正体に気付く。

 『ゴブリン』、『マッドオーク』、『ウェアウルフ』……

 人型でありながら、決して人とは相いれない、不気味でおぞましい怪物たち。それがあたしの周囲で柱に縛りつけられたまま、もがいている。


 あたしの身体を縛りつけているものは、黒い縄のようなものだった。ゆるくもなくきつくもなく、けれど決してあたしの身体を自由にすることはない。

 ……もうひとつ、あたしは気付く。『星光のドレス』がない。代わりに、あたしが身にまとうのは、白一色の簡素なブラウスとスカートだった。


「安心しろ。モンスターどもの拘束は万全だ。それから……ノイズになりかねない【魔法具】は外したが、身体には一切の危害を加えるつもりはない。大事なジャシンの巫女に、傷など負わせては問題だからな」


 言いながら近づいてきたのは、軍服のような上下一揃いの衣装を身に着けた男の人だった。男性にしては長めの黒髪。どこにでもいそうな特徴のない顔。


「だ、だれ?」


「こうして顔を合わせるのは初めてだな。俺は『真算』のラディス・ゼメイオン」


「……」


 この人が、ラディス・ゼメイオン? ヴェルフィンさんを操っていた時の話し方に少し似ている気はするけれど……なんだろう? わからない。


「“同調”系の能力など、俺には効かない。全てを欺き、虚を実に、実を虚に、ないまぜにして書き換える。俺は、『真算』の名を冠しているのだからな」


「……ここはどこなの? あたしをどうするつもり?」


「言っただろう? お前はジャシンの巫女だ。その類まれなる同調能力で巫女としての役割を果たしてもらう」


「巫女?」


「我ら『ラディス・ゼメイオン』は、唯一無二の『あの御方』のために、世界にジャシンを呼び戻す。彼らは『神』とは違う。鍵も扉も必要ない。ただ、彼らの心を癒す存在さえあれば良い。巫女とは、ジャシンを慰めるための存在だよ」


 色々な情報を一度に口にされて、あたしの理解が追いつかない。

 我ら? ラディスって一人じゃないの?

 ジャシンって何? ……慰めるって?


「え、えっと……」


 混乱のあまり、上手く言葉が出てこない。あたしはいったい、どうなるの?

 ……ううん、いったい『何を』させられるのだろう?


〈『真算』のラディスよ。それでは不安を与えるばかりだ。──巫女よ。恐れる必要はない。我らが大願の成就には、君の力が必要なのだ。大人しく協力してもらいたい〉


 突然、あたりにそんな声が響いた。男性でも女性でもないけれど、何故か耳に心地よく響く、そんな不思議な声だった。その声を聞くだけで、それまで不安と恐怖でいっぱいだったあたしの心は、凪いだ水面のように穏やかになっていく。


「……『真霊』のラディス。余計な手出しはしないでもらおう。今回の劇は、俺の主演と決まったはずだ。お前は与えられた役割だけをこなせばいい」


〈……承知している。だが、助言程度は許されよう〉


「何だ?」


〈君の『駒』。あれは、常に我らを裏切り続けている〉


「『真霊』のお前としては、それが気に食わないというわけか? だが、奴の裏切りなど俺の『真算』の内だ。それにその件については、『ラディス・ゼメイオン』の中では現状維持の方向で結論が出ているはずだろう?」


〈そうではない。『銀の魔女』だよ。……あれは必ずここに来る〉


「くくく、何を言い出すかと思えば。未だに貴様はアレにご執心と言うわけか。だが、こうして『代わり』が手に入った以上、あんなものに用はない。だからこそ、あの御方は俺にこの役目をお与えくださったのだからな」


〈……油断はするな〉


「言いたいことはわかっている。『銀の魔女』が来たところで【儀式】の邪魔などできはしない。マギスレギアにおける『真眼』の観測結果は分析済みだ。その程度の備えはできているさ」


〈……〉


 声が聞こえなくなった。なんだか仲違いしていたみたいだけど、彼らはいったい何者なんだろう? ラディスは虚空に向けていた視線を、あたしに戻す。


「俺には『真霊』のような力はないが、必要ならば人心操作など容易いものだ。……巫女よ、いいことを教えてやる」


「え?」


「『真霊』に言われるまでもない。恐らくフェイルは、お前の仲間たちにこちらの居場所についての情報を漏らしているだろう。あれの性格からすれば当然だ。──どうだ? 少しは安心したか?」


 つまり、さっき聞こえてきた声の人が言ってたとおり、シリルちゃんたちが助けに来てくれるかもしれない?

 ううん、かもしれないじゃない。居場所さえわかるなら、きっと皆が助けに来てくれる。でも、シリルちゃんもヴァリスも、すごく心配して、辛い思いをしているかもしれない。特にシリルちゃんが心配だ。どうにかあたしの無事を知らせてあげたいけど……


「それから改めて言うが、周囲のモンスターどもも恐れる必要はない。こいつらは触媒だ。ジャシンの意識に直に触れれば、人間の精神では耐えられまい。だからこその触媒。意味は分からずとも、俺がお前に最大限の気を遣ってやっていることぐらいは、理解してほしいものだな」


 彼──『真算』のラディスは、肩をすくめてそう言った。彼の真意はまるで見えない。先ほどの声の主──『真霊』のラディスとか呼ばれていた人もそうだったけれど、あたしの精神状態を落ち着かせることが、彼らにとっては大事なことなのだろうか?


「わからないよ……」


「なに?」


 怯んでいる場合じゃない。この人に“真実の審判者”の力が通じなくても、できることはあるはず。何かを語らせれば、それが嘘であれ本当であれ、一つの情報には違いない。あたしはあたしで、自分の現状を認識して、できることをする。囚われのお姫様みたいに、何もしないで助けを待つなんて……嫌だから。


「ジャシンって何なの? 慰めるなんて言われても、それだけじゃ何もわからないじゃない」


 だから、駄目元でもなんでも聞いてみる。


「“同調”とは理解ということだ。俺が話すまでもなく、その時になれば、お前はソレを理解するだろう」


 そう言いながらも、ラディスは意地の悪い笑みを浮かべる。まるですべてを見透かしたような、そんな瞳で嫌らしく、あたしのことを見つめながら。


「……だが、せっかくだ。お前の涙ぐましい無駄な努力に、少しは報いてやろう。無駄話の類になるが、到着まではまだ時間がある。聞いておけ」


「……この世に、無駄な努力なんてないわ」


 あたしは声を絞り出すように、反論する。目に焼きつくぐらいに強く睨みつけているはずなのに、彼の顔はまるで記憶に残らない。一瞬前まで見ていたものと、今見ているものが同じなのか違うのか、まるで区別が付かなかった。


「ジャシンとは、『邪なる心』だ。存在するだけで害悪。存在そのものが邪悪。『神』の所業によって、そんな歪みを抱えたままに世界に生み堕とされたモノ。事実上の生みの親たる『神』自身が、その存在さえ認めなかったモノ。生まれ堕ちた瞬間から、自分の親に否定されたモノ。だが、くくく……その自己矛盾こそが、世界を変革する」


 あたしはラディスの言葉に、かつて夢で見た『レミル』のことを思い出す。

 ただひたすらに、何かを否定し続けていた彼女。逆に言えば、彼女からは、それ以外の意識をほとんど感じることができなかった。


 ラディスはなおも言葉を続ける。


「あの御方──我らが『パラダイム』の機関長は、かの存在にこそ、世界の新たなる可能性を見いだした。ジャシンのカケラ【ヴァイス】の研究も、まさにそのためのもの」


「ヴァイス?」


「『邪神の卵』は、知っているのだろう? アキュラの死とアルマグリッド研究施設の廃棄には、お前たちが関わっていたのだろうからな。あれのモデルとなった力だ。【オリジン】と対をなす、……否、【オリジン】を超越した力」


 邪神の卵……そういえば、ライルズさんを【人造魔神】に変えた時、アキュラとかいう『魔族』がそんな言葉を言っていたような気がする。


「アキュラも『ラディス・ゼメイオン』の【刻印ブランド】を持たない割には良くやる方だったがな。お前たちごときに殺されるようでは、所詮は使い捨ての駒に過ぎなかったと言うわけだ」


 仮にも自分の仲間であるはずの人の死について、酷い言葉を吐くラディス。


 ……あれ? でも、彼の言うことはおかしい。アキュラを殺したのは、あたしたちじゃない。多分、フェイルだ。あの時、彼はアイシャさんに「とりあえずの『マスター』は俺が殺す」って言ってたはずなんだから……。


 すべてを見透かしたような『真算』のラディスにも、知らないことがあるのだろうか? この事実は、切り札にはならなくても、きっと何らかの意味がある。心にとどめておいた方がいいかもしれない。


「……お前の仕事は、ただひとつだ。生みの親から存在さえ否定された哀れな孤児を慰めてさしあげること。どうだ? 簡単なことだろう? それさえ終えれば、お前を解放してやる。『真算』ではなく、『真理』の名に懸けて、約束しよう」


 こんな甘い言葉に騙されちゃいけない。

 あたしは皆が助けに来てくれるその瞬間まで、自分のできることをするんだ。


 ……でも、やっぱり怖い。周囲に目を向ければ、唸り声を上げ続けるモンスターの姿がある。あたし、頑張るから……だからヴァリス、早く助けに来て……。



     -自縄自縛-


 心が痛い。


 彼女の無事を知る手段がない。『風糸の指輪』すら通じないのだ。敵に捕らわれ、いったいどんな目に合わされているのか。考えまいとすればするほど、余計にそんなことばかりを考えてしまう。


 我は、いつからこんなにも弱くなったのだろうか?

 自らの心を律することが、まるでできない。『竜族』としてあるまじきこと。……否。そんなことはどうでもいい。我は無力だ。彼女を助けるために何もできず、ただこうして待つことしかできないのだから。


 王城マギスレギアの中庭で、がむしゃらに身体を動かし、そんな思いを振り切ろうとするも、訓練にまるで身が入らない。


「アリシア……」


 ベンチに座り、青い宝石のペンダントを手に取った。

 

 彼女が自分の隣にいない。

 ただそれだけで、なぜこんなにも心が苦しいのか。

 彼女の笑顔が見られない。

 ただそれだけで、なぜこんなにも焦りが募るのか。


「……よう、ヴァリス。こんなところにいたのか」


 気づけば、ルシアが廊下の扉から中庭へと入ってきていた。我は一瞬だけ彼に目を向けると、再び青い宝石へと視線を落とす。


「我は無力だな。なぜ我は、今まで彼女の『真名』を呼ばなかったのだろう……」


 そんな独り言が口から洩れる。その決断さえできていたら、こんな風に彼女を失うことなどなかったのに。かつてシリルに訊かれた時、我は、彼女の人生を我の都合で縛るわけにはいかない──そう答えた。だが、そうではない。


「結局、我は怖かったのだ。彼女への想いを認めてしまえば、引き返せなくなる。結論を保留し続け、選択肢を残しておきたかった。失敗することを恐れた。どうやっても人間になりきれない我は、人間である彼女と共に生きることなどできないのではないか? そんな女々しい思いがあった」


 ルシアが勢いよく隣のベンチに腰を下ろす。同じベンチではなく、隣のベンチに。


「女々しくなんかないだろ。やり直しがきかないものなら、慎重になって当然だ。それだけお前が、アリシアのことを真剣に考えていたってことじゃないか」


「だが、それでも我が彼女の『真名』を呼んでさえいれば、《転空飛翔エンゲージ・ウイング》ですぐにでも助けに行けるはずだったのだ」


「たらればの話をしても仕方ないだろ」


「それはそうだが……」


 だが、いったいルシアは、何をしにここに来たのだろうか? 我の様子がおかしいことを心配して、という様にも見えない。大体、なぜ隣のベンチなのだ? わけがわからない。


「実はヴァリス。折り入って大事な話があるんだが……」


 訝しく思う我に、ルシアはそう切り出してきた。


「なんだ?」


「ああ、いや、その前に一つ確認かな? 今の話からすれば、ヴァリスはアリシアに恋愛感情を持っているんだってことでいいんだよな?」


「……随分、正面から聞いてくるものだな。だが、隠すようなことでもない。そうだ。そのとおりだ。情けないことに、今、この期に及んでようやく我は、それを自覚した」


 多少の気恥ずかしさはあるが、我はそう断言した。するとルシアは、小さく息を吐く。


「なら、人間同士の愛の形について、色々と学ばないとな?」


「愛の形?」


 愛とは感情だ。そんなものに形があるのか?


「いやあ、まあ、なんだ。最初から特殊な経験にはなるかもしれないが、逆にこれに慣れてしまえば、後は大概のことは大丈夫になるんじゃないかな? ほら、アリシアだって実のところ、どんな趣味があるかわからないんだし」


「さっきから何を言っている?」


 ルシアの言葉は要領を得ない。というより、あえて肝心な言葉を言わないようにしているかのようだ。……と、そこへ新たな声が割り込んでくる。


「ルシアさ~ん! どこですか?」


 弾むような、『不機嫌』な声が響き渡る。


「早いな……、もうここがバレたのか。ヴァリス、先に謝っておく。……巻き込んでごめんね?」


「なに?」


 見れば、ルシアはベンチから軽く腰を浮かせかけている。


「うふふ……、ここですね? まったく、照れ屋さんなんですからあ!」


 直後、廊下壁面の扉が吹き飛ばされる。比喩でも誇張でもなんでもなく、文字どおり凄まじい勢いで、かつて扉だったものの破片が弾け飛んできた。


「何事だ!?」


「まさかルシアさんが、本当に新しい世界に旅立ちたいと考えているなんて、このレイミ、不覚にも今まで気が付きませんでした。でも、安心してください。うふふ、痛くなんてしませんから……ね?」


 中庭へと飛び込んできたのは、黒っぽいメイド服姿の女だ。下手をすれば弾け飛ぶ破片よりも速いのではないかという速度で、我らの前まで到達する。


 眼鏡に三つ編み、胸の開いたメイド服。どこをどう見ても、今のような人間離れした動きが可能な要素はない。だが彼女は息ひとつ切らさず、手にした黒い縄のようなモノを振り回し、今にもルシアに投げつけようとしていた。


「ちょ、ちょっとまったあ! ご、誤解なんだって!」


「誤解ですかあ? 乙女の入浴シーンを覗いておきながら、そんな言い訳が通じるとでも?」


「べ、別に覗きたくて覗いたわけじゃあ……」


「なんですか? わたしの身体なんて取るに足りないものだとでも?」


「い、いやそうじゃなくてだな……」


 いったい何が始まったと言うのだろうか?

 我は呆気にとられて黙って事の成り行きを見守っていたのだが、さっさとこの場を離れるべきだったのかもしれない。


「まさか、レイミさんまで王様の大浴場を使ってるなんて思わなかったんだよ。一度どんなものだか見てみたくてさ」


「嘘を言わないでくださいな。……本当はシリルさんたちが入浴していた場所だから、興味があったんでしょう?」


「う、ぐ……。な、なんだよ。どっちにしたって覗きじゃなかったことくらい、わかってるんじゃないか」


「うふふ。でも見たのは本当でしょう?」


「不可抗力だ! ヴァ、ヴァリス、頼む、助けてくれ!」


 なんだかわからないが、ルシアが窮地に追い込まれているらしいことだけはわかる。原因は誤解のようだし、ここは仲裁した方がいいかもしれない。


「落ち着け、レイミ。たかだか入浴を見られたぐらいで、何をそんなに怒っている? べつに減るものではないだろうに」


 この発言はまずかった。完全に失敗だった。我とて、人間社会のことは良く学んできたつもりだ。こうした言葉が人間の女性にとって好ましくないものであることくらい、冷静になって考えればわかるはずだった。だが、この時の我には、そんな心の余裕などなかったのだ。


「……うふふふふふふふふふふふ」


 背筋が凍るような含み笑いを始めるレイミ。我が失敗を確信したのは、この瞬間だった。


「どうやらヴァリスさんも、カールさんと同じ世界を経験したいみたいですねえ?」


 我は驚いてルシアを見る。彼はぶんぶんと大きく首を振る。意味は分からないが、とんでもなく不味い状況だということだけはわかった。カールだと? まさか、あの悲劇が我の身に降りかかろうというのか?


 冗談ではないぞ。あんな屈辱、あり得ない。あんな目に合うくらいなら、死んだ方がましだ。それどころか、恥辱のあまり死ねるぞあれは……。


「うふふ、逃がしません!」


 彼女の手から放たれた縄のようなものは、空中で増殖するように広がると、我とルシアに同時に襲い掛かってきた。だがここで、ベンチから腰を浮かせかけた状態のルシアと深く腰を掛けたままの我、二人の間に決定的な差が生まれる。

 

 大きく飛びのき、回避するルシア。

 かわし切れず、手で縄を払いのけようとした我。


「つーかまーえた!」


「ぐぬ!?」


 我は“竜気功”で強化した腕力で縄を引きちぎろうとしたが、びくともしない。


「無駄です。その縄には特殊加工がしてあります。……さらに言うと、加わる力が上がるにつれて、強度と柔軟性が変化しますからね。力技では外せません」


 なんだ、それは? 

 そんな高度な機能を持つ道具を、どうしてこんなくだらないことに使っているのだ。


「愛ですよ、愛。だいじょうーぶです! すぐに気持ちよくしてあげますからね?」


「くそ!! やられてたまるか!」


 我は一声吠えると、身体全体に拘束が及ぶよりも早く、斬撃型“竜気功”『竜の爪』を全身の数か所に同時に発現させる。そしてそのまま身体を捩じるようにして縄を斬り裂いた。


「あ! 斬るなんて反則ですう!」


 言いながらも彼女は、再び別の縄を浴びせかけてくる。次から次へと、一体どこから取り出しているのだろうか?


「そんなもので我が縛れるものか!」


 身体に絡みつくと同時に、細切れになる黒い縄。全身に発動させた“竜気功”は、防御と攻撃を兼ね備えた技として昇華されていく。


『竜爪の鱗』。今この瞬間に編み出した、新技法とでもいうべきものだ。


「やるじゃないですか。とてもさっきまで自分は無力だ、なーんて言ってた人とは思えませんね?」


「なに?」


 どういうことだ? レイミの口ぶりは、まるでルシアと我の話を最初から聞いていたかのようだ。そういえば、ルシアは? 気になって視線を向けた先には、……何故かノエルがいた。


「どういうことだ?」


「ふふ、騙してごめんね。ルシアなら、ここにはいないよ。最初から、ここにいたのは『僕だけ』だ」


「偽装、していたのか?」


「変装、と言わないところがよくわかっているじゃないか。そのとおり。まあ、この作戦自体はルシアくんが考えたもので、彼も協力するつもりだったんだけどね。ただ、彼には他にお願いしたいことがあったから、代わりに僕が彼の役をこなしたってわけさ」


「作戦? どういう意味だ?」


 我にこんな茶番を仕掛けることに、何の意味があると言うのか。


「君にできることを、君に教えてあげる作戦だよ」


「うふふ。ヴァリスさんに使ったこの『リエダの黒縄』ですけど、人体拘束用の道具としては、一般的な物なんですよ。きっと『パラダイム』も使っているでしょうね」


 レイミの言葉は、アリシアも同じ道具に拘束されているかもしれないということを示唆しているのだろう。


「そのとおり。君の力なら彼女の拘束を断つことができる。冷静に対処さえすれば、どんな不意打ちだって切り抜けられるし、戦いの中でさえ、成長を続けることができる。君の力はアリシアを救出するのに、絶対に必要だ。無力だなんて、とんでもない」


「……ルシアさんも言っていました。ヴァリスには自分ができないことじゃなくて、できることを考えて欲しいんだって」


 ノエルとレイミが交互に我へと言葉をかける度に、我の心の枷がひとつ、またひとつと外れていく。ルシアにも、面倒をかけたようだ。後で礼を言わねばならんな。


 そして最後に──レイミが笑顔全開で新たな黒縄を掲げてみせる。


「……自縄自縛も程ほどにしておいてくださいね。そんなに縛られたいのなら、いつでもわたしにお声掛けしてください。精一杯、ご奉仕しちゃいますから!」


「御免こうむる……」


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