幕 間 その22 とある魔姫のゆうじょう
-とある魔姫のゆうじょう-
『紅蓮の魔姫』
あたしがそう呼ばれるようになったのは、炎の【魔法】を自在に操り、戦場を華麗に舞う姿を見た冒険者仲間たちが、畏怖と憧れの念を込めて自然にあたしをそう呼ぶようになったのが始まりだった。……なーんちゃって!
それはさておき、マギスレギア王立魔導学院。
そこには、強力な魔導師系【スキル】を所持する子供たちが集められる。宮廷魔術師や魔導騎士団の登竜門ともいうべき施設なんじゃなかったかな?
少なくとも子供をそこに入学させられたなら、親としては将来安泰だと胸を撫で下ろすこと必至の教育機関だった。
かくいうあたしも、ほんの一時期、そこに所属していたことがあった。けれど、きっとあたしの親たちは、あたしをそこに入学させることで、別の意味で胸を撫で下ろしたんだろうね。
『ようやく、厄介払いができる』ってさ。
金色の、猫の目をした【因子所持者】。
紛れ込んだ因子の名は、『ナイトオブダークネス』。
黒い猫と見紛う姿のEランクモンスター。
滅多に見かけることのない希少な魔獣ではあるけれど、大した力があるわけではない。そうでなくとも、もともとマギスレギアは【因子所持者】への理解が高い地域だし、特に迫害を受けたり、疎まれたりする理由にはならない。
──だからきっと、あたしが厄介者だと思われていたのは、あたし自身が原因なんだろうね。
昔っから何かを燃やすのが大好きだった。もちろん、あたしは親から怒られないよう、燃やしても問題にならないものを燃やしていた。
……人間とかね──なんちゃって、うそうそ! ゴミとかだよ。
あれ? でも人間って、燃えるゴミじゃなかったっけ?
「お前には優れた【魔法】の才能があるのだから、学院に入学しなさい」
「全寮制で衣食住まで面倒を見てくれるし、【火属性禁術級適性スキル】“紅蓮の女王”があるあなたなら、学費は全て免除されるのよ?」
熱心にそう勧める両親の言葉に、あたしは元気よく頷いて返事をしてあげた。
「おっけー! すっげー楽しみ! ともだち百人できるかな?」
そんなあたしに、乾いた笑いで応じた両親の顔は、今ではあんまり思い出せない。
──入学してから、あたしはせっせと、ともだち作りにいそしんだ。
学院には、一つの学年に大きく分けて三つのクラスがある。
主に貴族階級の子弟たちで構成される上流教養クラス。
高い【スキル】を備えた連中が集まる特別育成クラス。
その他、十把一絡げの有象無象が集う一般実践クラス。
もちろん、あたしは特別育成クラスだったわけだけど、入学して一か月で、クラスの連中はあたしを恐れるようになった。でもまあ、仕方ない。あいつら、特別とか言っちゃってる割には、遊び相手としては物足りなかったんだもん。授業中に何人か丸焼きにしてやったら、誰も近づいてこなくなった。……ああ、先生にも怒られちゃったっけね?
ちなみに、上流教養クラスは別棟で教育を受けているらしく、あたしが連中と接する機会はなかった。
だから次にあたしは、一般実践クラスの連中をともだちにしようと思った。
え? 特別育成クラスが物足りなかったのに一般実践クラスの連中なんて、もっと駄目だろうって? あはは、それは違うんだよねえ。
──自慢じゃないがこのあたし、よわっちい奴が大好きなのだ。中途半端に強い奴よりよっぽど好きだ。だから、ある日のお昼休み、あたしはワクワクしながら連中に声をかけた。
「やっほー! あたしと遊ばない?」
食堂でかたまって昼食をとっていた一般実践クラスの生徒たち。ビシリと固まる。
「あ、れ、レイフィアさん……?」
「うわあ! 『紅蓮の魔女』だあああ!」
……紅蓮の魔女って何よ。この当時、自分につけられた仇名が気に入らなかったあたしは、冒険者となってから、もっと良い二つ名を無理矢理流布させることになったのだけど、それはまあ、別の話。
とにかく、一般実践クラスの連中にもあたしの名前は広まっていたらしい。蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく生徒たち。ただ、やっぱり鈍くさい奴はいるもので、座席に足を引っ掛けて転んだまま、ぶるぶる震える少年が一人。どうやらあたしより、年長組の男子みたいだ。
あたしはその子の肩に手をかけて、顔を覗き込むようにしながら、できるだけ優しく笑いかけてみた。
「ねえねえ、逃げないでさあ、遊ぼうよお」
「ひ、ひい!」
その子は、泡を吹いて気絶しちゃった。なによ、年上の男子のくせに……。結局このとき、あたしは学院でともだちを作るのは無理っぽいことに気付いたのだった。
──それから数か月後。
王立魔導学院の学院長室は、見た目は質素でありながら高級な家具を揃えているという、『一周まわって嫌味になっちゃいました』的な感じの部屋だった。
「え? た、退学すると言うのかね?」
「うん、ここじゃあ、ともだちできないっぽいし」
あたしはソファに腰かけ、髭を生やしたおっさんと向き合いながら、そんな言葉を口にした。
「だ、だが、ご両親はどうする? 君に期待してここへの入学を勧めたはずだろう? それにここを卒業すれば、き、君の才能なら間違いなく……宮廷魔術師にもなれる……はず、なのだが……」
いや、自信無さげに言うのはやめてくれないかな? 才能はともかく……って、顔に書いてあるんですけど。とは、あたしも言わず、代わりに『これ以上引き留めるようなら学院を燃やしちゃうぞ?』と可愛らしく言い残し、その場を去った。
あたしは、この時13歳。家に帰るわけにもいかないし、行くあてなんかなかったけれど、幸いにもうってつけの仕事があった。そう、『冒険者』だ。
確か冒険者には、『パーティ』という仲間の集まりをつくる仕組みがあったはずだし、ともだちも増やせるかな? なんて考えた。
15歳未満で冒険者登録するには後見人が必要ならしいので、その辺の人を脅し……っじゃなくて『お願い』して、後見人になってもらい、あたしの冒険者生活はスタートした。
何はともあれ、ともだち探しだ。けれど、その条件が難しい。あたしの大好きなよわっちい人間は、どいつもこいつもあたしに近づいて来てすらくれないのだ。うーん、何がいけないんだろう? あたしはすっごく優しくしてるはずなのに……。
冒険者を初めて10年もしないうちに、あたしはSランク冒険者とやらになっていた。憂さ晴らしにモンスターを焼き払いまくってただけなんだけど、近年まれに見る優秀な戦績だとか褒められちゃった。
それから、あたしはあの『二人』と出会う。
天使と悪魔。ルシエラとヴァルナガン。ルー姉とヴァル兄。
あたしの目から見てもぶっ飛んで強い二人は、あたしの大好きなよわっちい奴とはほど遠かったけれど、遊び相手にはちょうど良かった。何度か半殺しにもされたけど、負けじと二人にくっついて回った時期もあったほどだ。
「あなたは本当に変わっていますね。まだ懲りないのですか?」
ルー姉は抑揚のない声であたしに言う。
「物好きな女だぜ。でもよお、もうちっと素直になれよ。俺に惚れたんだろ?」
ヴァル兄は野太い声で豪快に笑う。
二人とも、あたしをちっとも恐れていない。だから、ルー姉にエージェントの仕事に誘われた時も、迷いもせずに引き受けた。
それからの日々は、それなりに充実していた。遊び相手にも事欠かず、手強いモンスターとの戦闘も面白い。でも、言うことなしの日々に思えて、何かが足りない。
あたしの胸の中で、何かがずっと『うずうず』している。
うーん、とりあえず『計画』のひとつを実行に移しちゃおうか? とにもかくにも目立つのだ。『まずは自分を知ってもらうことです』とかなんとか、あたしが小っちゃい頃に読んだ『ともだちのつくりかた』って本にも書いてあったし。
『魔神ヴァンガリウス』の撃破。
そのために必要な仲間として目を付けたヴィングスという男。あたしはアイツを見て、気が付いたことがある。そうか、あたしが求めていたのは『これ』なんだ。
仮にもAランク冒険者として『ゼルグの地平』に居続けることのできる男。なのにとっても、あたし好みの『よわっちい』奴。つまり、戦闘能力の問題じゃあなかったわけだ。
あたしの金色の瞳、『ナイトオブダークネス』の目には、ちょっとした性質がある。
それは、『獲物』を見極める能力だ。もともと脆弱な力しか持たないこの猫型モンスターは、自分より弱い相手しか襲わない。無差別攻撃が信条みたいなところのあるモンスターには似つかわしくない性質だけど、低ランクならよくあることだ。
ヴィングスには、トラウマがあった。親友の男と想い人の女とを含むパーティメンバー。いわゆる三角関係だったらしいんだけど、『魔神ヴァンガリウス』の『胞子体』に運悪く遭遇し、親友の男は女を庇って死んでしまい、二人だけが生き残った。
ここで恋のライバルがいなくなったと喜べれば大したもんなんだけど、あいつはむしろ自責の念に駆られたらしい。このまま彼女と結ばれることはできないとかなんとか言って、南部に彼女を帰した後も、仇を取るため、一人残ったんだって。馬鹿だよねえ。
あたしの『瞳』は、心の弱った人間を見つけるのが得意なのだ。だからこそ、よわっちい人間だとあたしがみなした連中は、あたしが『優しく』接してやった程度のことで怯えて逃げ出したのだろう。
ヴィングスが逃げなかったのは、単に自暴自棄になっていただけなんだろうけど、それからしばらく、あたしはことあるごとにアイツの心の傷をえぐってやった。
結局、『魔神』を倒してからは、晴れ晴れとした顔になっちゃって、つまんなくなったけど。今頃、南部で恋人さんとイチャイチャしてんだろうなあ。
──それはさておき、あたしはとうとう、あたしの『ともだち』に相応しい人間に会った。さいっこうによわっちくて、その癖ぜったいにあたしから逃げないだろう、そんな奴に。
シリル・マギウス・ティアルーン。
元老院の話では、半分『魔族』だとかいう変な女だ。
一目見ただけで分かった。彼女の心は傷跡だらけだ。傷ついては癒し、癒しては傷つけられ、よわっちい癖に強がって見せるから、余計に傷を増やしていく。あたしの言葉にいちいち激しく反応する彼女の様子は、それはそれは面白くて、だからあたしは決めたのだ。
うん。今度はこいつに付きまとおう。
幸いにも元老院から捕縛指令なんてものが出たところで、なおさら運命めいたものを感じたあたしは、意気揚々と『第三研究所跡』に向かった。ルー姉とヴァル兄の到着を待てなんて話もあったけれど、そんなの無視だ。だいたい、間に合わなかったらどうする。
そう思って一人で行ったのだけど、ちょっと厄介な問題が起きた。くそムカつくフェイルとかいう男。あいつのせいで、シリルに付きまとうのが難しくなったんだ。
……そりゃあ、『さっきまで敵だった奴なんて信用できない』とか言われたのは自業自得だし、ちょっとばっかし戦闘を楽しみすぎちゃったのも確かだけど、それでもあそこまで険悪な状態になるなんて予想外だったんだよねえ。
一応気を遣って戦えなさそうな子を逃がしてやったのが仇になるとか、あり得ないよ。本当なら最後の最後に「なーんちゃって!」って言うはずだったのに……。
おかげであたしは、ルー姉とヴァル兄を敵に回すことになった。シリルたちにはああ言ったけど、流石に今回は『やりすぎ』だろう。万が一、あの二人がこれでも許してくれちゃうようなら、あたしの方が目が点だ。まあ、あの二人には読めないところもあるから、その可能性も無くはないけどね。
──ただ、それはそれとして、すっごく良かったこともある。
さらわれちゃったあの子、どうやらシリルの親友だったらしい。友達をさらわれて、悔しくて、怖くて不安で仕方がないはずなのに、あくまで強がってみせる──とってもよわっちい彼女。
ああ、すっごくゾクゾクする……。
ほんとにシリルは最高だ。一人では立つことも覚束なくて、男に支えられてやっと生きているところなんて、まさに好みのどストライクだ。
これからの日々が楽しみ。次はどうやって、いじめてやろうかな?
あたしに目をつけられたのが、運の尽きってやつ?
意地でも、あたしの『ともだち』になってもらわなきゃね!




