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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第12章 渦巻く災禍と彼女の箱庭
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幕 間 その21 とある闇姫の友情

     -とある闇姫の友情-


 『氷の闇姫』


 わたしがそう呼ばれるようになったのは、冒険者となって2年と経たない頃のことだ。経歴を偽り、外見年齢二十歳過ぎの姿となったわたしは、当初から期待のルーキーとして注目を集めていた。


【オリジナルスキル】“魔王の百眼”

【エクストラスキル】“血の契約者”と“黄昏の闇姫”


 これだけ高位の【スキル】を複数兼ね備えた人間なんて、そう滅多にいるものじゃない。期待が集まるのも当然と言えた。

 でもわたしは、人間じゃない。わたしの能力に惹かれてパーティを組もうという冒険者も、わたしの外見に惹かれてしつこく言い寄ってくる男たちも、わたしにとっては煩わしいだけだった。


 誰も本当のわたしを理解してくれない。わたしの抱える苦しみも、使命の大きさも知らないままに、勝手な下心だけ抱いて近づいてくる連中なんて、うっとおしいだけだった。

 臨時のパーティは組んでも、正規パーティの誘いはすべて断る。必要以上に他人の領域には踏み込まないし、他人にも踏み込ませない。そんな生き方を続けるうちに、付いた異名が『氷の闇姫』だ。


 氷のように冷たい女。闇のように暗い女。きっとそういう皮肉が込められているのだろうと思った。勝手にすればいい。何とでも呼べばいい。わたしはわたしの残された自由を、誰にも邪魔されず、ただただ一人で謳歌すればいい。


 ……でも、それは寂しくて。苦しくて。


 いつか来る、その日まで誰にも心を預けることができないなんて、わたしには耐えられない。二年目ですでに限界だった。だから、わたしが『ルーズの町』に立ち寄ったのは、最初に冒険者登録をした町に顔を出し、名残を惜しんでから『魔導都市』に戻ろうという思いからでしかなかった。


 外見年齢二十歳のわたし。内面年齢十四歳のわたし。育ちざかり、という言葉が正しいのかはわからないけれど、街に入るなり空腹を覚えたわたしは、早速町の食堂に向かうことにした。


 町の住人でにぎわう小さな食堂で、わたしはメニューを確認し、注文をお願いする。初めてここに来たときは、注文の仕方もわからず、おどおどしながら周囲の人の真似をしたものだった。そう考えると、少し懐かしい。あの頃は、これから始まる冒険の日々に、明るい未来を見ていたはずだったのにな……。


「あ、あの、す、すみません……。あ、相席しても、いいですか?」


 目の前に置かれたごった煮の料理を前にして、わたしが唾を飲み込んだその時。ふと、声をかけられた。驚いて見上げると、そこには一人の女性がいる。

 地味なローブに似合わない、綺麗な水色の髪。年齢はわたしの外見と同じくらいのようなのに、愛嬌のあるその顔は、まるで内面のわたしと同年代であるかのように子供っぽく見えた。


「あ、ご、ごめんなさい……。や、やっぱり、駄目ですよね?」


 そう言われて、わたしはこの女性が自分に相席を求めてきたのだと思い出す。混んでいるせいか、他に空いている席が少ないのだ。ただ、相席をする席が他にないということもない。要するに、彼女から見て、わたしは相席を頼みやすい人間に見えたのだろうか?


「いえ、構いません。どうぞ」


「あ、ありがとうございます!」


 びくびくオドオドした様子の彼女は、顔を輝かせてお礼を言うと、椅子を引いて勢いよく腰を下ろす。……不思議だった。人を寄せつけない雰囲気を持つはずの自分に、こんなにも気の弱そうな女性が他の人を差し置いて近づいてくるなんて。


「あ、えっと……あたしより年下の女の子ならと思ったんです……。その、シリルさん、優しそうだし……」


 食事を始めていたわたしは、その言葉に驚いて再び顔を上げる。彼女の言葉には、いくつも不審な点があった。

 自分より年下に見えた? でも、『今のわたし』よりは彼女の方がよほど童顔に見えるのに。それに、どうして初対面のはずの彼女が、こちらの名を知っているのか?

 そもそも、わたしが不思議に思っていること自体、どうして分かったのか?


 『パラダイム』に命を狙われたことのあるわたしは、当然のように警戒する。


「あ! ご、ごめんなさい……。その、警戒しないでください。あたし、命なんて狙ってないです」


「…………」


 わたしは食事もそこそこに、音を立てて立ち上がる。


「あなた、何者なの? さっきからどういうつもり?」


 内心の恐怖を押し殺し、手にしたフォークを彼女に突きつけ、わたしは精一杯の虚勢を張った。


「ち、違うの! その、……見えちゃうの。どうしてだろう? いつもはこんなことしないのに……。気味悪がられちゃうの、わかってたのに……」


「見えちゃう?」


 ──それから、わたしと彼女は食事を終えると、彼女の店だという『マーズ鑑定屋』へ向かうこととなった。食事の最中、彼女は自分の能力が本物であることを示すため、わたしの実年齢や『半魔族』であるという事実、時折わたしが抱く心の動きなどを言い当てて見せた。

 だがそうすると、今度は彼女に対する口止めが必要となってくる。その話をするために場所を変えることを提案したのだ。


「ここだよ。ようこそ『マーズ鑑定屋』へ」


 アリシア・マーズと名乗った彼女は、この時点で既にかしこまった話し方はやめていた。わたしが気安く話してほしいと伝えたからだが、元々が『年下の少女』相手ということもあってか、かなり砕けた口調になっている。


「何にもなくて、ごめんね。その椅子に座ってて。お茶ぐらいは出せるから」


「いいわよ、別に」


 わたしは椅子に腰を下ろし、周囲を見渡す。木材で造られた一戸建ての建物。こじんまりとした部屋はどうやら元々別の店として使われていたらしく、正面にカウンター、その奥の壁際に商品棚が備えつけられていた。


「はい、どうぞ」


 わたしの目の前に、湯気の立つお茶のカップが置かれる。カウンターのこちら側のわたしに対し、彼女は反対側に椅子を持ってくると自分の分のカップを置いて対面に腰を掛ける。


「ありがとう」


 わたしはカップを手に取り、お茶をすする。温かくておいしい。


「ほんとにごめんね? 色々自分のことを言い当てられたら気分悪いよね?」


 彼女は、なおもビクビクとわたしの様子を窺っている。視界に入っただけで対象の氏素性、能力、簡単な心の動きまでをも見通してしまう、稀有な【オリジナルスキル】。

 彼女の今の態度を見るだけで、彼女がその力のために、いかに苦しめられてきたかがわかる。わたしと同じく、望んで手に入れたわけでもない力に翻弄されているのだ。


「謝るのはやめて。だいたい、気を悪くしてるかどうかなんて、見ればわかるんでしょう?」


「え? 見てもいいの?」


「え?」


 そうか。彼女はビクビクしているのではなく、わたしのことを視界の正面に入れないようにしているのだ。だから、顔を横に背けて怯えているように見える。


「……いいわよ」


「あ、う、うん……」


 おずおずと、子犬がこちらを見上げてくるように、水色の瞳をこちらに向けてくるアリシア。不覚にも、ちょっと可愛いと思ってしまった。……すると、アリシアがくすりと笑う。


「うふふ、シリルちゃんの方があたしなんかより、ずっと可愛いよ!」


 顔が一気に熱くなった。きっと赤くもなっているに違いない。今まで散々、『氷の美貌』だのなんだのともてはやされたことはあったけれど、『可愛い』なんて言われたのは、冒険者になって初めてのことだ。


「ほんとに、心まで読めるのね……」


「あ、やっぱり、嫌だった?」


 心配そうにこちらを見つめるアリシア。わたしは、そんな彼女に向かって肩をすくめて見せた。


「別に。まあ、油断できないなって、思ったりはしたけれど」


「うふふ、ありがと、シリルちゃん。……優しいんだね」


 ……いつの間にか呼び方がちゃん付けで定着してしまっている。でも、不思議と悪い気はしなかった。外見ではなく、中身を見てもらえている気持ちになれるからだろうか?

 ううん、実際に彼女はわたしの中身を見ているんだ。それは、今までのわたしには望むべくもなかった経験だった。


「あたしね、すっごく嬉しいんだ。だって、みんなあたしの能力のことを知ると、気味悪がって離れて行っちゃうんだもん。だから、今までずっと寂しかった」


「寂しかった……」


「うん。だから、シリルちゃんがあたしに気を遣ってくれてるんだとしても、こうしてお話ししてくれるだけですごくうれしい」


「あのねえ、見ればわかるんじゃなかったの?」


「え? ……あ、気を遣ってる、わけじゃないの?」


「決まってるじゃない」


「で、でも……見られるだけで思っていることまでばれちゃうかもしれないんだよ? それなのに、どうして?」


 アリシアは、それがあり得ないくらい不思議なことだという顔をして、わたしを見ている。自分に見えているものを、初めて自分で疑っている。そんな彼女の顔がおかしくて、わたしは彼女以上に不思議だという顔をして、こう言ったのだ。


「何も言わなくても、自分の気持ちを察してくれるなんて、そんなのもう、親友みたいなものじゃない?」


 わたしは、その時のアリシアが浮かべた輝くような笑顔を、今でも鮮明に覚えている。


 それから、わたしたちは親友になった。今後の冒険者としての拠点についても、この町と隣町を中心にすることにして、頻繁に彼女と会った。町に一緒に買い物に出かけたり、食事に行ったり、たわいないお喋りに興じたり、すごく楽しい日々だった。わたしの冒険者としての仕事ですら、彼女への土産話になるようなものを選んでいた。


 それからさらに二年が過ぎた頃、わたしに再び『限界』が訪れる。

 ──以前とは、違う種類の限界が。


 この幸せが失われてしまうことが怖かった。いつか来る『その日』に、彼女と別れなければならないことが辛かった。わたしは自分が手に入れたもののために、前以上の苦しみを味わうことになってしまったのだった。


 もし、世界を救うことに失敗したら? 仮に成功するにしても、一時的に訪れるだろう世界の混乱で、アリシアが犠牲になるようなことがあったとしたら?


 今思えば、アリシアにはそんなわたしの想いなどお見通しだったに違いない。だからこそ、彼女は戦闘向きでもないくせに、自分の【魔鍵】を見つけ出し、わたしとともにあろうとしてくれたのだ。その気持ちが、わたしにはたまらなく嬉しい。


 二度目の『限界』は、そんな彼女を失うことへの恐怖から来るものだったのだ。

 今になって思い返せば、そうだとわかる。けれど、あの時のわたしはただ、わけの分からない不安と重圧に押しつぶされそうで、闇雲に自分以外の力にすがりたかったに過ぎない。


 あの日、わたしが【聖域】でルシアを召喚した時。

 わたしの運命は確かに変わったのだろう。けれど、すべては彼女のおかげだった。

 彼女がいなければ、あの時に至る前に、わたしは孤独に押しつぶされていた。

 彼女がいなければ、失うことの恐怖を知らず、【召喚】の儀式に挑むことなどなかっただろう。


 わたしの友達。大切な、わたしの親友。

 ……待っていて、アリシア。あなたは、わたしが必ず助け出す。

 あの日のように……ううん、あの日とは違う。あの日のような漠然とした思いじゃなく、はっきりと、わたしはあなたを失うことの恐怖を力に変えて、きっとあなたを救ってみせる。


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