第120話 厄介な魔女/魔女の激情
-厄介な魔女-
「やっほー! おひさ!」
やっぱり、こいつのせいだったのか。
僕らが振り向いた先で、ひらひらと手を振る魔女。
魔女の帽子に魔女の服。金色に光る猫の瞳。癖のある赤毛の髪。
『紅蓮の魔姫』レイフィア・スカーレット。
Sランク冒険者にして、元老院のエージェントだ。個人隠蔽結界か何かで隠れていたのだろうか?
「そう……、あなたが二人に連絡を取ったってわけね。一緒にアリシアを助けたいだなんて、白々しいことを言っておいて……」
シリルは振り向きもせず、吐き捨てるようにそう言った。
「あはは! 仕方ないじゃん。あんたが固いこと言うから悪いんだよ?」
竜の杖を弄びながら、けらけらと笑うレイフィア。何故だか腹が立つ笑い方だ。
「さて、お喋りはこれくらいにしましょう。シリルさん。その【魔法陣】を解除してください。言っておきますが、“禍熱領域”の範囲内では、わたくしやヴァルナガンでも彼女には文字どおり手を焼きます。勝ち目はありませんよ?」
「おお、ルー姉に褒められちゃった! それほどでもあるけどねえ! あはは!」
ぐ……むかつく。『轟き響く葬送の魔槍』の精神制御があるはずなのに、彼女の態度は、僕をすごく苛立たせる。人を食ったような、人を見下したような、そんな態度がとにかく気に入らなかった。
「……嫌よ。わたしは、あの子を助けに行く。あの子はわたしの親友なんだから」
「思ったより聞き分けのない人ですね。……レイフィア」
「はーい!」
瞬間、周囲に熱風が吹き荒れる。そこかしこの地面からは、時折炎まで吹き上がっていた。
「ぐあ! くそ!」
ルシアが慌てて周囲の空間に『剣』を振りかざす。僕らの周囲に炎の魔法が来ないよう、立て続けに斬り散らしているのだ。シャルも必死に水属性【精霊魔法】で熱気の中和を図ってはいるが、顔色が悪かった。真逆の属性が荒れ狂う空間での【精霊魔法】には、相当の【魔力】を消耗してしまうらしい。
「ご覧のとおり、この領域内では彼女は無作為に初級の火属性魔法が使えます。それどころか……」
「あ、こら! ルー姉! あたしの能力勝手にばらすな!」
叫ばれて、ルシエラは肩をすくめて言葉を切った。
「ったくよお、レイフィア。もっと早く準備できなかったのかよ。だいたい、お前のために時間稼ぎをするってんじゃ、俺が完全に前座みたいじゃねえか」
親しげにヴァルナガンが声をかけているところを見ると、どうやらレイフィアとこの二人は古い付き合いでもあるようだ。一種の信頼関係さえ存在しているように見える。
「大丈夫だって! ちゃんと、ヴァル兄の活躍ぶりはこの目に焼き付けといたから。見惚れて思わず時間がかかっちゃったんだけどね!」
「おいおい……、まあ、俺にそんなに惚れたっていうんなら、一回ぐらい抱いてやってもいいんだぜ?」
ヴァルナガンは、相変わらず下品なことを口にする。エイミアさんにも同じようなことを言っておきながら、調子のいい奴だ。
「ええ? 勘弁してよ、気持ちわるーい!」
レイフィアは、『ドン引きしてます』と言いたげに顔をひきつらせる。向けられたのが僕だったなら、間違いなく殴り掛っているだろうと思うほどの見事な表情だ。
「ぬが! て、てっめええ!」
「漫才はそれぐらいにしなさい、二人とも」
「ちっ!」
「はーい」
ルシエラにたしなめられて、ようやく馬鹿馬鹿しいやり取りが終了した。
だが、それはさておき、状況はかなり厳しい。僕とエイミアさんはまだしも、精神的な問題からか、他の皆の調子がかなり良くない。どうにか戦線離脱だけでもできればと思ったところに、炎の結界と厄介な魔女の出現ときた。
とりあえず、出し惜しみはなしだ。僕が因子制御を解放してどうにか隙をつくり、その隙に皆に脱出してもらう。もはや、全員で逃げようなんて虫のいい話は通じない。
〈エリオット。一人で残ろうなんて考えるな〉
風糸を介して、エイミアさんの声が届く。僕の考えていることは、お見通しのようだ。
〈で、でも……このままじゃ〉
〈残るなら、わたしもだ。二人なら生き残れる可能性も高くなるだろう?〉
〈エイミア、さん……〉
僕は思わず泣いてしまいそうになった。彼女は、僕と一緒に命を懸けてくれるというのだ。僕を心配してということではなく、僕と共に戦ってくれることを決めてくれた。こんなに嬉しいことはない。
「さあ、シリルさん?」
「く……うう」
決断を迫るルシエラ。シリルもこの絶望的な状況を理解しているに違いない。いずれにしても発動寸前の【魔法陣】をあまり長時間維持するのも困難だ。悩んでいる時間もない。ただ、発動させれば間違いなく苛烈な攻撃にさらされるだろうことも明らかだった。
時間制限のある膠着状態。それを打破したのは、ルシアだった。
「シリル、大丈夫だ。炎の魔法なんざ、俺が全部斬り散らす。だからシリルは、前だけ見てろ。あいつらに全力でぶっ放してやれ」
言いながらもルシアは、先ほどから吹き荒れる炎の魔法を斬り散らし続けている。
「え? ちょっとまじ? 本気!?」
途端に血相を変えて叫ぶレイフィア。
しかし、いつの間にかルシエラたちの前には、透明に光り輝く障壁が出現している。しかもその壁は、上部が湾曲して彼女たちの頭上までをも覆っていた。
相変わらず、どうやってあんなものを連発しているのか、まるでわからない。いくら魔力消費の少ない光属性とはいえ、禁術級を連発するなんて異常にもほどがある。
「何を焦っているのです、レイフィア。『光の雨と同時なら防げない』などという言葉を真に受けたのですか? こうして少し、アレンジすれば防げないこともありませんよ」
「く……!」
シリルから悔しそうな息が漏れる。これでこちらは決定打を失った。逆に相手にはレイフィアがいる。
──さらに
「それとルシアさんに、あなたの【魔法】を斬る余裕など与えません」
《妖精の魔弾》
「うわっと!」
螺旋の光弾がルシアを襲う。周囲を襲う炎を斬り散らしていたルシアは、どうにかそれに反応して剣を振るう。だが、ルシエラは連続して同じ【魔法】を放ってくる。禁術級同士でなければ、同時発動も連続発動も苦にならないということなのか?
改めて彼女の恐ろしさを思い知る。あの猛攻を抑えきれるのは、恐らくルシアだけだろう。
「それより、見せしめに一人ぐらい殺してあげた方がいいかもしれませんね。レイフィア、今のうちにあなたがやりなさい」
「え? あたしがやんの? めんどくさいなあ……」
ルシエラに促されたレイフィアが、【魔鍵】『燃え滾る煉獄の竜杖』を構える。
……仕方がない。僕も覚悟を決めよう。因子制御を解除する。
全身を『ワイバーン』の鱗で強化。自分の身体で彼女の放つ【魔法】を食い止めながら、“狂鳴音叉”で干渉して軌道を逸らす。僕も無事では済まないだろうがそれしかない。
「エリオット!」
〈来る日に再生を、それは大地の恵み〉
《新緑の大樹》!
エイミアさんが【生命魔法】をかけてくれた。身体の治癒力を高める魔法だ。
「よし、じゃあ、この【魔法】で行こうかな。ちゃんとシリルを護りなよ? でなきゃ、全員死んじゃうよ?」
「レイフィア? あなた、何を……」
物騒な言葉を放ったレイフィアに、ルシエラが珍しく戸惑った声を出した。
「だって、まどろっこしく一人だけを狙うなんて無理だよ、ルー姉」
「……馬鹿がもう一人いましたか。困ったものですね」
ルシエラが呆れた──否、諦めたようにつぶやく。
〈万象ことごとくを舐めつくす、炎の大蛇のうねる舌〉
〈加熱せよ、過熱せよ、禍熱せよ〉
《蹂躙の赤熱波:増幅バージョン》!
膨大な炎の濁流。それを見たとき、僕は自分の命を諦めた。というより、あれは僕一人で防ぎきれる次元を超えている。量が多すぎて一人では、さばききれない。でも、やるしかない。
「うおおお!」
ルシアやシャルのつくってくれている安全圏を飛び出した僕は、吹き荒れる炎の中に身を躍らせながら、みんなの楯になるべくレイフィアの方へと向かう。
「エリオット! 何やってんだ!」
ルシアが周囲の炎やルシエラの光弾を斬り散らしながら、僕へ向かって叫ぶ。彼ができない以上、これは僕がやるしかない。……たとえ、この命に代えてでも。
──と、思ったその時だった。
「ぷらーす! あれんじバージョン!」
人を食ったような、人を小馬鹿にしたような、気の抜けた掛け声。
突如、僕が受け止めようとした炎の濁流が動きを変える。あたかも蛇のようにうねり、形を変化させながら、僕たち全員を迂回するように通り過ぎていく。炎の蛇が向かう先──そこには、ルシエラとヴァルナガンがいた。
「へ? なんでこっちにくるんだ?」
呆けたような顔をするヴァルナガン。
「そんな馬鹿な……!」
ルシエラの驚愕の声なんて、初めて聞いたかもしれない。
膨大な熱量を纏った炎の蛇は光の障壁さえも迂回して、ヴァルナガンの右側から彼を飲み込み爆散し、その隣にいるルシエラをも巻き込んでいく。
「え、ええ? うそ!」
シリルは驚きのあまり、【魔法陣】を解除してしまったみたいだ。
「なんだ、何が起きたのだ?」
ヴァリスもわけが分からないと言った顔をしている。
「ほらほら! さっさと行くよ? さすがにあんだけやればヴァル兄もルー姉もすぐには復活しないだろうけど、急ぐに越したことはないんじゃない?」
いつの間にか駆け寄ってきていたレイフィアが、僕らを見上げて猫の目をにやりとさせる。
「よく、わからないけど……『ファルーク』!」
シリルの声に反応し、白銀の飛竜が巨大化しながら翼を広げる。
「さあ、みんな乗って!」
慌てて乗り込む僕たち。
「あ、もちろん、あたしも乗っけてくれるよね?」
「……」
彼女の意図がわからないシリルは、困惑顔になる。味方のはずのあの二人に、攻撃を仕掛けた理由が意味不明だ。それもあそこまで強力な魔法を……。
「ほら、ここに置いてかれたらあたし、ルー姉に半殺しにされちゃうんだって!」
「……仕方ないわね。事情は聞かせてもらうわよ?」
そう言ってシリルは、レイフィアに手を差し伸べた。
-魔女の激情-
空を飛ぶ『ファルーク』の背の上にて。
シャルの『聖天光鎖の額冠』の効果と携帯型の個人隠蔽用結界の組み合わせにより、どうにか『ファルーク』自体と全員の気配を隠しながら、灰色の空を行く。
しかし、この個人隠蔽用の結界、実に不便だ。何せ発動すると個人単位で姿が見えなくなる。そのせいか、会話を交わしていないと自分ひとりで『ファルーク』に乗っているような気分になってしまう。
そのためか、空を飛んでいる間、わたしたちはひたすら会話を続けていた。とはいえ、主に話していたのはシリルとレイフィアだ。
「……それで? さっきのあなたの行動、さっぱりわけが分からないんだけど?」
会話は、シリルのそんな一言から始まった。
「え? なにが?」
「何がじゃないわよ。さっきまで散々、わたしたちと敵対しておきながら、どうして直前になってあの二人を裏切ったの? いったい何が目的なのよ?」
「前にも言ったじゃん。あの時のあれを、あたしのせいだと思われんのは心外なんだよ。だから、あたしもあの子を助けんの、手伝おうかと思ってさ」
「はあ?」
シリルが呆れたような声を出す。顔は見えないが、どんな表情をしているのかはよく分かる。レイフィアは、一体何を言っているのだろう?
「あのねえ、大体あなたがあの二人に、わたしたちの情報を漏らしたんでしょう? 挙句、協力して攻撃まで仕掛けてきておいて、手伝うって……意味が分からないわ」
「そう? シリルって案外頭悪いんだね?」
「……口の利き方に気を付けないと、突き落とすわよ?」
「じょ、冗談だってば……、なんか声がマジなんですけど」
それこそ冗談に聞こえないシリルの言葉に、少しだけ怯えたような声を出すレイフィア。
「えっと、だからさ。シリルが固いこと言うのが悪いんだよ。さっきまで敵だった奴なんて信用できないとか何とかさ」
「そんなの、当たり前でしょう?」
「うん。だから、信用してもらおうと思って」
「……」
その言葉に全員が絶句する。いや、言葉を発していたのはシリルだけだったが、それでも全員が絶句したに違いない一言だった。
「つ、つまり、あなた……自分を信用させるために、自分からわたしたちの情報をあの二人に売っておいて、そのうえであの二人に攻撃して見せたってわけ?」
「うん」
……信じられない。彼女は、頭がおかしいんじゃないだろうか。と思ったところで、シリルも同じ感想を抱いたらしく、大きく息をつきながら言葉を続ける。
「あなた、頭がおかしいんじゃないの? そんな理由で味方のはずのヴァルナガンとルシエラに攻撃なんてして、本当にいいの?」
「え? 心配してくれるんだ? 優しいじゃん。でも、大丈夫。ああ見えて、ヴァル兄は敵には容赦ないけど、『身内』には優しいからね。遊びで全身に大火傷を負わされたぐらいなら、笑って許してくれるよ」
「遊び? 増幅した上級魔法を浴びせることが?」
呆れたように聞き返すシリル。非常識の塊。Sランク──それもエージェントの連中に関しては、常識を求める方が間違っているのかもしれない。
「でもねえ、ルー姉は怖いんだよ。後で半殺しにされそうなんだよねえ……」
そう言いながらも、レイフィアの声にはむしろ楽しげな響きさえあった。
「……彼女なら裏切り者は容赦なく殺しそうなものだけど、半殺しで済むものなの?」
シリルの懸念ももっともだ。ヴァルナガンならともかく、ルシエラに関しては『身内』などと言う考えは通じないのではないだろうか?
「ルー姉はね、とにかく合目的主義者なんだよ。あたしがシリルの捕獲を妨害しようとすれば容赦なく排除するだろうけど、事が終わった後だったら、わざわざ報復めいた真似はしないんだ」
「だから、直前までわたしたちにも攻撃を仕掛けてきたわけね、あなたは」
「うん、バレるような手加減はできないし、大変だったんだよ? えっと、ルシアだっけ? 彼があんたをルー姉にけしかけた時はちょっと焦っちゃったな。本当はみんなが降参してルー姉が油断したタイミングを狙ってたんだけどね。まあ、結果としてはうまい具合にいってよかったけど」
最後の軌道を大きく変えた上級魔法。あれは彼女のとっさの判断によるものだったらしい。さすがのルシエラも、あのタイミングであれほど『ぶっ飛んだ』真似をされるとは思わなかっただろう。
「まあ、ルー姉の場合、報復はしなくても『お仕置き』はしてくるんだけどね」
「いや、それどころかあの二人、あれだけの爆発に巻き込まれて無事なのか? 全身火傷ぐらいじゃ済まないだろ?」
ここでようやくルシアが口を挟んできた。
「ん? ヴァル兄は化け物だからね。超強力な【生命魔法】も使えるし。……それにルー姉は寸前であたしの狙いに気付いたっぽいから、最低限の防御ぐらいはしたんじゃないかな?」
あっけらかんと笑うレイフィア。この子は本当に大丈夫なんだろうか? 一歩間違えれば二人を殺していたかもしれないと言うのに。
「だから、あたしとしては今さら後には引けないんだよね。アリシアだっけ? あの子を助けるのに協力できなかったら、お仕置きされ損だもん」
冗談めかした会話ながらも、この申し出をどう受け取るかは考えどころだった。先ほどの例から見れば、彼女は自分の仲間を裏切ることに躊躇などないように見える。そんな彼女に協力を頼むなど、危険極まりない話だろう。
だから当然、シリルもその結論に達するだろうと思ったのだが……
「……わかった。好きにすればいいわ」
「おっけー! うん、話が分かるね、シリル!」
「気安く名前を呼ばないでよね……」
うんざりした声を出すシリル。だが、どういうことだろう? 意外な展開だ。
「待て、シリル。そんな口先だけの約束が信じられるものか。この場にはアリシアもいないのだぞ?」
やはり同じことを感じたのか、ヴァリスが口を挟む。だが、それに応じたのはレイフィアだった。
「あははは! なに? あんたたちって、誰かを信じる信じないを決めるのに“同調”系の能力に頼ってんの? そんなに自分に自信がないんだ? ばっかじゃない?」
「なんだと? 貴様!!」
「……二人とも静かにして」
嘲笑するレイフィアと激昂するヴァリスに冷水を浴びせかけるようなシリルの声。
「……レイフィアの言うとおり、誰かを信じるかどうかは、自分の心で判断すべきことよ。もっとも、今のはそんな判断でもないけどね」
「へえ? じゃあ、なんなの?」
レイフィアはわくわくした声で面白そうに訊き返す。
「目立ちたがり屋でプライドが高く、わがままで気まぐれな割には、理性的かつ打算的。そんなあなたを『信じる・信じない』で論じること自体が間違っているのよ」
「あはは! 言ってくれるじゃん。ぶっ殺しちゃうぞ?」
言葉とは裏腹に、レイフィアは嬉しそうな声で笑う。
「ここであなたを追い払っても諦めないでしょうし、むしろ逆上して本格的に妨害してくる可能性だってある。逆に同行させた場合、あの二人を裏切った直後である以上、わたしたちをすぐに裏切る可能性は低い。──結局、『危険物を取り扱うのにどちらが安全な方法か』を判断するだけなのよ」
壮絶な割り切り方だ。ある意味では、冷静な判断とも言えるのだろう。
だが、危険物扱いされた当のレイフィアはと言えば──
「クフフ! うははははは! いいねえ、シリル。あんた最高! あたし、なんだかあんたとなら、いい『ともだち』になれそうな気がしてきたよ!」
と、なんとも的外れな感想をまくしたてている。
「……あなたって、本当によくわからないわね」
「そう? でも、あんた、あえて口にしてないことがあるでしょ?」
「……」
意味ありげなレイフィアの言葉に、シリルは沈黙したままだ。
「危険物の取り扱いってことなら、もっといい方法があるじゃん。──今ここで、みんなであたしを殺しちゃうとかさ! さすがのあたしもこの状況じゃ勝てないもんね?」
確かに、それが一番合理的で正しい方法に違いない。『正しさ』の意味を履き違えても良ければの話だが……。にしても、この状況で自分からそんな言葉を口にするとは、本当に彼女は頭がおかしい。
「でも、無理なんでしょ? 甘ちゃんだもんねえ」
「うるさいわね……」
「だってさあ、アリシアだっけ? あの子の安全を一番に考えるなら、あたしをここで殺すのが確実でしょう? ほら、裏切るかもしんないし」
「黙りなさい」
「でも、できないんだよね? あれえ? 親友のためでもできないの? あんたたちの友情って、そんなもんなんだ? じゃあ、そんな子、いなくなってもいいよね? 代わりにあたしと『ともだち』になっちゃう?」
何かが弾ける音がした。そしてその直後、わたしたち全員の姿が『ファルーク』の背に出現する。──個人隠蔽用結界が、解除された?
見れば、シリルの周囲に銀色の光の粒子が渦巻いている。あの光の仕業だろうか?
「シ、シリルお姉ちゃん?」
シリルの身体に寄り添うように座っているシャルが、驚いた顔で彼女のことを見上げている。
「あんたなんかに! ……あんたなんかに、何がわかるのよ! この世界で! 独りきりだったわたしにできた、初めての親友なのよ! だから、わたしはあの子を絶対に助ける! あなたがそれを邪魔するのなら、わたしがあなたを殺してやるんだから!」
光が弾け、絶叫にも似た叫び声があたりに響く。眼に涙をにじませ、髪を振り乱して叫ぶ彼女は、まさに半狂乱ともいえる有り様だった。
「シ、シリル、少し落ち着くんだ」
「怒りで我を忘れるなど、お前らしくもない」
エリオットとヴァリスが相次いでなだめるような言葉をかける。一方、壮絶なまでの怒気をぶつけられたレイフィアは、にやにやと笑ったままだ。いったい、どういうつもりなのだろう?
「……ったく、部外者に先に気付かれちまうなんて、情けないよな」
ぽつりと、そう漏らしたのはルシアだった。レイフィアは、そんな彼に面白そうな視線を向ける。
「あれ? 彼氏の役目を取っちゃったかな?」
「いいや、そうでもないさ」
ルシアはそう言ってシリルの傍に移動していく。
「ル、ルシア?」
突然近づいてきたルシアに、戸惑った様子で涙をにじませた目をみはるシリル。
「まだ、足らないんじゃないか?」
「え?」
「親友がさらわれて、不安で苦しくて、悲しいんだろう? その割にはお前、全然泣いたり叫んだりしてなかったもんな? 十七歳の女の子が無理するもんじゃないぜ」
「あ……」
ルシアの言葉に、とうとうシリルの目から涙があふれ出す。ルシアは、声を上げて泣き出す彼女をしっかりと抱き寄せ、その背中を優しく撫でていた。
となると、レイフィアはシリルの感情のタガを外し、抑え込まれていた想いを解放するために、わざと彼女を怒らせたのだろうか?
「あたしって、欲求不満な人間見つけるの得意なんだよね。ヴィングスの奴もそうだったしさ」
わたしと目が合うと、言い訳のようにそんなことを言うレイフィア。相変わらず読めない女性だが、思ったより悪い人間ではないのだろうか。──と、思ったその時だった。
「ほら! そこ、ぐずぐずしない! 今がチャンス! ブチュっとほら、やっちゃいなよ!」
「ふえ?」
「ええ!」
レイフィアが、抱き合う二人に下品なヤジを飛ばしている……。
「……おい、こら」
彼女の頭に、わたしの鉄拳が炸裂したのは言うまでもない。
……なんというか、色々と台無しだった。