第119話 リグレット/バッドコンディション
-リグレット-
どうしよう……。わたしのせいだ。フェイルの狙いはアリシアお姉ちゃんだったのに、わたしがセフィリアと連絡なんか取りあったりしていたから……。
どうしよう、どうしよう……。
「くそっ! 【儀式】だと!? なんなんだよ、それ!! どうしてアリシアが!?」
ルシアが悔しそうに叫んでいます。ごめんなさい、わたしのせいで……。
「アリシア……」
シリルお姉ちゃんも呆然とした顔で、フェイルたちがいなくなった場所を見つめています。いつも冷静なシリルお姉ちゃんが、ここまで辛そうな顔を見せるのはアルマグリッドでライルズさんが『魔神』と化した時以来かもしれません。
「わたしがもっと周囲に気を配っていれば……」
エイミア様もそうやって自分を責めるけれど、悪いのはわたしなんです。さっきの状況だって、恐らくフェイルがわざと作りあげたものに違いありません。
彼はわたしたちとレイフィアさんとの戦闘を監視し、わたしたちの集中力が低下した頃合いを見計らってアリシアさんを捕えたのでしょう。
それもこれも、わたしがセフィリアに自分の居場所がわかるようにしてしまったからいけないんです。でなければ、タイミングを見計らって出てくるなんて、できるはずがないんです。
「なんだよ、これ! こんなの……こんなの、全然つまんないじゃん! あの野郎、ムカつく!」
暗く沈みかけた雰囲気のところへ、金切り声にも似た叫び声が上がりました。
「……レイフィア。悪いけど、これ以上あなたと遊んでいる暇はなくなったわ。わたしたちは、一刻も早くアリシアを助けに行かないといけないんだから……」
感情の抜けおちたようなシリルお姉ちゃんの声。続いて、声の温度が一段と低くなりました。
「──だから、ここから先は本気で殺し合いになるわよ?」
「……もう、いいよ。やる気ない。っていうか、その、えっと……」
シリルお姉ちゃんの物騒な言葉に、これまでの楽しそうな様子とは打って変わって神妙な顔で首を振ったレイフィアさんは、言いにくそうに口をごにょごにょさせています。
「うーん、まさか、あんなことになるなんて思わなくってさ。ほんとだよ? あのフェイルとかいうクソヤローの言うことなんか、真に受けないでよね?」
「どうでもいいわよ。そんなこと。……さ、みんな。行きましょう?」
誤解されたくないとばかりに真剣な顔で語りかけてくる彼女に、シリルお姉ちゃんは
気のない返事をしました。
「ちょっと待って! あたしがどうでもよくないんだってば! このままじゃ、モヤモヤしちゃって面白くないんだよ!」
シリルお姉ちゃんに掴みかからんばかりに、ずかずかと歩み寄ってくるレイフィアさん。
「しつこいわね。どうしろって言うのよ?」
「あたしもあの子を助けんの、手伝うよ。そうすれば身の潔白は証明されるよね?」
「……何を言い出すかと思えば、ばかばかしい。さっきまで敵だったあなたなんか、信用できるわけないでしょう?」
「そんな固いこと言わないでさあ! あたしは自分がそんな小さい奴だって思われるのが嫌なんだよ!」
「はいはい。思ってないわよ。これでいい?」
シリルお姉ちゃんは心底うるさげに、形だけの言葉を口にします。
「よくない! あんたって……よく心にもないことを、心にもないことがわかる顔で、しれっと口にできるよね?」
「……うるさいわね。遊んでいる場合じゃないと言ったでしょう? 邪魔をしないで」
内に燃え滾る激情を隠そうとして隠しきれない。そんなシリルお姉ちゃんの銀の瞳に見つめられて、流石のレイフィアさんも鼻白んだように見えました。
「む、あたしは本気だってのに……」
食い下がるレイフィアさんを払いのけ、シリルお姉ちゃんは皆に改めて声をかけました。
「……行きましょう。アリシアが南部に連れて行かれたなら、とりあえず予定通りにキャンプまで戻るしかないわ」
「んもう! ケチ!!」
叫ぶレイフィアさんを残し、遺跡を後にするわたしたち。
その後の道中は、暗くて重苦しい雰囲気のまま、誰一人言葉を話すことさえありませんでした。わたしの頭の中にはその間もずっと、後悔の気持ちが渦を巻いています。わたしのせいで、わたしのせいで、アリシアお姉ちゃんが……。
「シャル。お前……顔が真っ青だぞ?」
しばらくして、ルシアが心配そうに顔を覗き込んできました。
「ううん、大丈夫」
わたしは首を振るけれど、他の皆まで心配そうにこちらを振り返りました。
「ああ、ごめんな。アリシアさんはきっと助かるよ。僕らが助ける。なのに、暗い顔していたら駄目だったよね」
エリオットさん……。違う、違うんです。
「アリシアから【魔鍵】を外した時、我が彼女を守ると誓ったはずなのだ。護れなかったのは我の落ち度だ。必ず我が、彼女を助けてみせる。だから、そんな顔をするな」
ヴァリスさんまでもが、わたしを気遣うようなことを言ってくれました。彼こそ、胸が張り裂けんばかりにアリシアお姉ちゃんのことを心配しているはずなのに……。それを思うと、わたしの目から自然に涙があふれてきます。
「う、うう……」
「シャル、泣かないでくれ。まだ、アリシアは助からないと決まったわけじゃないんだぞ? いや、絶対助けられるさ、な?」
「違うんです、エイミアさん。わたしの、わたしのせいなんです……。だって、わたしが……」
涙で喉が詰まるみたいに、声がなかなか出てくれない。もっとちゃんと、皆に謝らなくちゃいけないのに。するとその時──ふわりとわたしの身体を包み込むものがありました。
「……ごめんね、シャル。気づいてあげられなくて。今の状況ならシャルが自分を責めてしまうことくらい、すぐにわかるはずなのに……。わたし、思った以上にアリシアがさらわれて、ショックだったのかもしれないわ」
立ち止まり、わたしを抱きしめながらそんなことを言うシリルお姉ちゃん。そんなの、当然です。シリルお姉ちゃんとアリシアお姉ちゃんは、あんなにも仲が良かったんだから。二人はお友達で──親友同士だったんだから。
「でもね、シャル。よく聞いて。あなたのせいなんかじゃないわ。フェイルは、いつでもわたしたちを監視できる。存在さえも薄くしてしまう力があるんだからね。加えて空間を渡る力があるなら、尾行に気付くこと自体が不可能よ。……だからむしろ、あなたのおかげであいつの存在に気付けたのに、警戒が足りなかったわたしたちが甘かったの」
「で、でも、わたしが『敵』とお友達になんてなったから……」
セフィリアはどうして、あんな奴に協力しているんだろう? やっぱり、あの子とわたしは友達になんてなれないのかな? そんな関係になろうとしたこと自体が、間違いだったのかな? そんな風に考えていたら、今度はわたしの頭の上に、ふわりと何かが乗ってくる。
「友達だったら敵なんかじゃないだろ? むしろ、あんなに可愛い友達を作っておいて、俺たちに紹介一つしない方が問題じゃないか?」
くしゃくしゃと人の頭を掻き回しながら、何を言っているんでしょう、この人は?
「……前々から思っていたんだけど、あなたって随分セフィリアのこと、可愛い可愛いって繰り返すわよね? なに? ああいう子が好みなの?」
「うえ? いや、なんでそんなに怒ってるんだ?」
「別に怒ってなんかないけど?」
「いやいや、明らかに怒ってるだろう」
わたしの頭の上で、痴話喧嘩が始まっています……。そんな場合じゃないと思うんですけど……。でも、二人の気持ちはよく分かりました。
「あ、ありがとう、二人とも。うん。わかった。もう自分を責めるのはやめておくね」
わたしがそう言うと、エイミア様の呆れたような声が聞こえてきました。
「やれやれ、もう少し君は子供らしくなってもいいんじゃないか? こういう時に二人の隠していた意図にまで気付いてしまうようじゃ、一芝居打った二人の方がかえって恥ずかしいぞ?」
「うう、余計に恥ずかしいわよ、エイミア……」
シリルお姉ちゃんがわたしから身体を離しながら、恥ずかしそうに目を伏せています。いずれにしても、わたしも落ち込んでばかりはいられません。頑張ってアリシアお姉ちゃんを助けないと。
「あいつの口ぶりじゃ、すぐにアリシアを殺そうって話じゃなさそうだ。とはいえ、急いだ方がいいだろうけどな」
「でも、信じていいのかしら? 本当はこのまま『ゼルグの地平』にいるのに南部に行ったと嘘をついて、わたしたちを遠ざけようとしているのかもしれないわ」
「いや、あいつは、いつだって愉快犯だ。わざわざヒントまで寄越しておいて『嘘でした、遠くに行ってしまいました』じゃあ、あいつにとってつまらない話になる」
「……どの道、彼の言葉にしか手がかりがない以上、やむを得ないわね。結局はノエルの情報網に頼るしかなさそうだけど……」
それからルシアとシリルお姉ちゃんは『2号ベースキャンプ』に辿り着くまで、ずっとアリシアお姉ちゃんの救出について議論を続けていました。
キャンプの宿屋で眠れない一夜を過ごしたわたしたちは、翌朝には早速宿の一室に集まりました。
「ノエルには信号を送っておいたわ。今日中には『駅』に迎えが来るはずよ。だから、ここから『駅』までは、ルシアの言った方法で隠蔽しながら『ファルーク』で行くしかないわね」
ルシアの言った方法というのは、わたしの『聖天光鎖の額冠』とキャンプでの支給品でもある個人隠蔽用結界の合わせ技のことです。
「それが南部に戻る最短の方法だと言うのなら、否やはない」
ヴァリスさんは言葉少なだけれど、心に焦りを抱えているのがわかります。
──と、いうよりこの場に焦りを感じていない人なんて、いないでしょう。だからこそ、本来なら『駅』に着いてからするはずだったノエルさんへの信号発信を今の段階で済ませたのです。
「ノエルを『駅』で待たせるわけにはいかないわ。帰りは強引な手段だとも言っていたしね」
わたしたちは、シリルお姉ちゃんの言葉に頷くと、『駅』へ向けて出発するべく、キャンプから地上へと出たのでした。
-バッドコンディション-
アリシアお姉ちゃんがさらわれてしまった。
ワタシたちの心に強い動揺を与えたその出来事は、パーティの全員から例外なく、冷静さや判断力を奪っていたのかもしれない。
もし、シリルお姉ちゃんが冷静であれば、あの時、彼女に聞こえる場所でワタシたちの向かう場所についての話なんてしなかったはずだ。
もし、ヴァリスさんが冷静であれば、地上に出る前の時点で、外に待ち構えるあの人たちの存在に気付くことができたかもしれない。
もしもの話に意味はない。けれど、ワタシたちの前に立ち塞がる二人の姿を目の当たりにして、ワタシはそう思わずにはいられなかった。
「ルシエラとヴァルナガン……あなたたちが、何故ここに?」
シリルお姉ちゃんが二人へと慎重に問いかける。彼らの実力を考えれば、どうにかこのままやり過ごすのが一番だった。
「もちろん、仕事のためです。わたくしたちは仕事以外でこんな場所には立ち入りません」
「……」
事務的な言葉を口にするルシエラさん。一方のヴァルナガンさんは、つまらなそうに無言のままだ。
「……その仕事というのは?」
二人は皆の行く手を塞ぐように立っている。シリルお姉ちゃんとしては、質問を続けるしかない。
「貴女を保護することです。さあ、行きましょう。元老院が待っています」
「嫌よ。わたしには他にすることがある」
シリルお姉ちゃんが断固とした口調で拒否すると、ルシエラさんは軽く首を横に傾けた。糸のような金色の髪が、さらりと揺れる。
「従っていただけないなら、力づくになりますよ?」
「聞いて、ルシエラ。元老院にとっても大事な話よ。わたしの能力なら、この『ゼルグの地平』に隠された『楔』を見つけることができる。そうすれば、彼らの計画も大きく進展するはずなのよ」
「だから、ここは退いて元老院に話を持ち帰れと?」
「ええ、そうよ。それに、わたしの身柄を押さえることは議長が認めていないはず。もう一度、依頼内容を確認した方がいいんじゃないかしら?」
「なるほど……」
ルシエラさんは何かに納得したような顔で頷いた。よかった。これで余計な戦闘は回避できる。
「つまり、議長と元老院は別々の思惑で動いていると?」
「ええ、でも結局のところ、最終的な権限は議長にある。だから、貴女たちも先走った命令なんて受けるべきじゃないわ」
シリルお姉ちゃんが一息にそこまで言うと、それまで無言だったヴァルナガンさんが大きく息をつく。けれど、口を開いたのはやっぱりルシエラさんだった。
「そういうことなら、問題ありません。そもそも、わたくしたちの依頼主は神官長──いえ、元老院の議長ご本人ですから」
「な!!」
全員が一様に驚きの声をあげる。リオネル神官長はシリルお姉ちゃんを『魔導都市』に拘束することには否定的だったはずなのに……。
「で、でも! 『楔』の入手は【儀式】そのものに必要なのよ? そのために二百年も費やしていたんでしょう? リオネルにとっても重要な問題のはずよ!」
「わたくしは依頼を遂行するだけです。ただ、議長は貴女がそう言って抵抗することを見越していたのでしょうね。わたくしに依頼する際、こう付け加えました。──身柄の確保については、『楔』の入手の有無にかかわらず、『研究所』への探索を終えた後に行うこと──」
「どういうこと? 『楔』の入手はどうでもいいというの? ……ううん、違うわね。重要なのは、『研究所』への探索を終えた『後』という部分……なんだわ」
シリルお姉ちゃんは、ルシエラさんの言葉を吟味するかのように、ぶつぶつと考え事を口にしている。
「それでは改めて問います。わたくしたちに従っていただけますか?」
「できるわけがないでしょう? わたしの友達がさらわれたのよ? わたしは彼女を助けに行く。……もし、あなたたちが邪魔をすると言うのなら、容赦はしない」
「なるほど。言っておきますが、貴女以外の身柄については指示を受けていません。みなさんの身の安全は保障できませんよ?」
言われてシリルお姉ちゃんは、びくりと身を震わせる。けれど、そんなシリルお姉ちゃんの腕をルシアが軽く掴んだ。そしてそのまま、前に一歩進み出る。
「あんたたちこそ、覚悟しろよ? 今の俺たちは気が立っているんだ。手加減なんか、してやる余裕はないんだぜ?」
最上級の挑発の言葉。仲間の命を楯にされたシリルお姉ちゃんも、そんなルシアの言葉に落ち着きを取り戻したみたいだった。
「……なあ、ルシエラ。俺はつまんねえんだけどよ」
「馬鹿は黙っていてください。それでは、……始めましょうか?」
ヴァルナガンさんの様子がおかしい。あの人の性格なら、ルシアの挑発に嬉々として乗ってきそうなものなのに。
「く! 相変わらず、反則技を!」
ルシエラさんの周囲に浮かぶ光の球を見て、シリルお姉ちゃんは手にした小型の【魔導の杖】を構えると、黒い【魔法陣】を展開する。
〈災いには災いを、そびえる壁は汝を喰らう〉
《悪食の黒壁》!
「素早い反応ですね」
《光弾の乱舞》
闇と光。
お互いに中級魔法。
けれど、片や【魔導の杖】の力を借りて、片や詠唱も【魔法陣】もないままに。蠢く闇の壁と光の散弾は、シリルお姉ちゃんとルシエラさんのちょうど中央付近でぶつかり合い、相殺しあって消滅する。
「『リュダイン』!」
〈グルル!〉
帯電してバチバチと光を放つ金色の獅子『リュダイン』がヴァルナガンさんへと飛び掛かる。
「なんだあ? このでっけえ猫は!!」
目にもとまらぬ速さで間合いを詰めた『リュダイン』は、ヴァルナガンさんの巨腕にがぶりと喰らいつき、そこから稲光を迸らせる。
「いでででで! 痺れんじゃねえか、このやろう!」
モンスターでさえ焼き尽くす電撃を受けながら、ヴァルナガンさんは平気な顔で『リュダイン』に噛みつかれた腕を振り回し、握った拳でその頭を殴りつけた。
〈グギャウ!〉
弾き飛ばされた『リュダイン』の身体が半透明に霞んでいく。ダメージが具現化維持の限界を超えたらしい。でもまさか、たった一撃で?
「『リュダイン』!」
シャルが呼びかけたものの、その姿はどんどん薄くなり、最後にはとうとう消えてしまった。封印具の中に本体があるとはいえ、これでしばらくは、あの子を具現化することはできない。
「よくも『リュダイン』を!」
立て続けにシャルが放つ【精霊魔法】も、ヴァルナガンさんはうるさそうに手足を振るい、薙ぎ払っていく。
そこに接近するエリオットさん。けれど、彼が隙を狙ってヴァルナガンさんに魔槍を突き出そうとした、その時だった。
「く、くそ!」
エリオットさんは、何かに感づいたように大きく後ろに飛びさがる。すると、そのすぐ後を、光の奔流が通り過ぎていく。
「よく気付きましたね。さすがは最強の冒険者」
神罰の剣──禁術級魔法《舞い降りる天使の剣》を右手に持ったルシエラさん。でも、言葉とは裏腹に、その声には感心したような響きは一切ない。
続いて彼女は、自分のすぐそばまで接近していたヴァリスさんに、空いている左手を差し向ける。
《月影の鍵盤》
白くしなやかな指の先から、光の波動が放たれる。ヴァリスさんはとっさに身体を横にずらす。けれど、完全には避けることができなかったようで、右半身に直撃を受けたヴァリスさんは、独楽のように身体を回転させながら弾き飛ばされてしまう。
「ぬう!」
すぐに体勢を立て直したヴァリスさんを、ルシエラさんが不思議そうに見下ろしている。
「思ったより動きに精彩を欠いていますね。──友達がさらわれた、からですか? その程度のことでここまで冷静さを失っているようでは、わたくしたちの相手にはなりませんよ?」
彼女の言うとおり、皆の動きが明らかに悪くなっている。いくらこの二人が強くても、ここまで歯が立たないなんて普通ではない。シャルの【精霊魔法】も、いつもほどの威力が出ていない。集中力が乱れているからだ。
それだけ絶不調な状況でもどうにか戦えているのは、なぜかヴァルナガンさんが積極的に攻撃してこないせいだろう。
「貴女のような人には、友を思う気持ちなんてわからないのだろうな……」
エイミアさんは悲しげにそう言うと、手にした弓を空に掲げる。
「……これだけは人間相手に使うまいと思っていたのだけど」
〈還し給え、千の光。二重に三重に降り注げ〉
“黎明蒼弓”
空から降り注ぐ光の雨。数百のモンスターをシャルの目の前で滅ぼした集団殲滅攻撃。この『ゼルグの地平』では威力が落ちているとはいえ、それをたった二人相手に使うということ自体、エイミアさんの本気度が表れている。
“弓聖”エイミアさんの射撃術による、回避不能な三千連撃。
「無駄です」
そんな言葉と共に、二人の頭上に出現する光の障壁──いやこの場合は、『天井』と言うべきだろうか?
《霊光集う水晶の城壁》
激しい『雨音』を立てて、光の天井に降り注ぐ光の雨。
「また、禁術級? どうなってんだ、あいつ?」
「とはいえ、さすがに彼女も複数の禁術級魔法を同時に行使することはできないみたいだな」
呆れ顔のルシアに対し、あくまで前向きな言葉を口にしたのはエイミアさんだった。彼女の言うとおり、ルシエラさんの手からは光の剣が消えていた。
「それと……禁術級には禁術級よ」
と、これはシリルお姉ちゃんの声。
最初にルシエラさんの攻撃を防いだ後、ひたすら【魔法陣】の構築を続けていたシリルお姉ちゃんの前には、今にも発動しそうな複数の黒い【魔法陣】がある。前にも見たことがあるけれど、古代語詠唱を併用して発動時間を短くさせる、という離れ業だ。
「闇属性の禁術級、ですか。先ほどの光の雨と同時に使われたのでは、防ぎようがありませんね」
そんな風に言いながらも、ルシエラさんはまったく焦ってはいないようだった。
「だっからよお! 俺は時間稼ぎの戦いなんて、つまんねえんだって言ってんだろ?」
剛腕を振るい、エリオットさんの接近を退けたヴァルナガンさんがぼやく。
時間稼ぎ? どういう意味だろうか。
「彼女の身柄を確実かつ安全に取り押さえるためです。それに……レイフィア。そろそろ準備はできたのでしょう?」
その言葉と同時、ワタシたちの周囲に赤い炎の柱が吹き上がる。
「やっほー! おひさ!」
驚いて振り向いた先には、炎の柱を背にした形で、一人の魔女が立っていた。