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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第12章 渦巻く災禍と彼女の箱庭
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第116話 渦巻く災禍/かけがえのないもの

     -渦巻く災禍-


 地図にある広間までの距離はそう長いものではない。けれど、そこに至るまでの道のりは恐ろしく過酷だった。次から次へと発動するトラップに、外では見たこともないようなモンスター化した『幻獣』たち。


 遺跡の奥がこの『ゼルグの地平』で発掘を続ける冒険者たちから『深淵アビス』と呼ばれる理由もわかるような気がする。単純なモンスターの強さなどではなく、トラップとモンスターの組み合わせが、とにかく厳しいのだ。


「実際、シリルの力がなかったら犠牲は避けられなかっただろうな」


 今もシリルによって解除された罠の脇を通り過ぎながら、エイミアさんがそんな言葉を漏らす。ここには壁から弓矢が飛んで来たり、床から槍が生えてきたりと言った典型的な罠は少ない。その多くが『魔族』が得意とする偽装の【魔法】を利用したものである以上、単なる探索系スキル持ちの冒険者程度ではどうにもならない。


「通路でこの有様だもんな。この地図を見る限りじゃ、広間の中はとんでもないことになってるんじゃないかと思うぞ?」


 ルシアの手にした地図は、先行していた冒険者たちが多大な犠牲を払いつつ、命からがら脱出して作成したものだ。広間の部分には、目も眩むほどの罠やモンスターの記号が書き込まれている。


「無限に近いパターンで罠を発動させる仕組みがある以上、その地図も役には立たないわ。……彼らも無駄なことに犠牲を払ったものね」


 僕は驚いてシリルを見た。言いたいことはわかるが、仮にも命がけで地図を作ってくれた冒険者のことを言うには、随分と冷たい言葉だ。


「……おい、どうしたんだ? シリル。らしくないぞ?」


 さすがにルシアもおかしいと思ったのか、心配そうに彼女の顔を覗き込む。


「え? あ、ああ、ごめんなさい。……少し緊張しているのかしら」


「ほんとに大丈夫か? 疲れてるんなら、少し休んだ方が……」


「大丈夫よ。心配してくれてありがとう。ほら、行きましょ?」


「あ、ああ……」


 なおも不安げな表情のルシア。だが、これといってシリルに具合が悪そうな様子はない。ルシアは黙って彼女の後に続いた。


「この先を曲がれば突き当りが目的の広間の入口みたいだな」


 ルシアが、あえて言う必要もない確認の言葉を口にする。だが、曲がり角を曲がるときが一番緊張を強いられる場面でもある。死角に当たる場所に、何が待ち受けているかわからないからだ。皆がちらりとシリルを見るけれど、彼女は何の反応も見せなかった。


「む? なんだ、何もなかったか」


 エイミアさんが拍子抜けしたような声を出した。……まったくこの人は、何かあってほしかったのだろうか? どうにもここ最近の彼女は、前にもまして天真爛漫と言うか、子供っぽいと言うか、凛とした雰囲気はそのままに、年上らしくない言動が多いような気がする。……もちろん、そんなエイミアさんもとっても魅力的なんだけれど。


「ここで一度、侵入者を油断させるためよ。気を引き締めてね」


 とことん人の心の隙を突いてくる、嫌らしい造りの遺跡だ。顔も見たことのない遺跡の設計者に対し、怒りさえ湧いてくるほどに。


「扉を開ける前に、準備万端整える必要があるわけだな?」


「いいえ、扉の前で立ち止まった瞬間に罠にかかるわ。この通路は安全だけど、扉の前だけは例外よ」


「うげ! 前もって知ってなけりゃ、間違いなく引っかかる罠だなそりゃ」


 ルシアも僕と同じ感想を抱いたらしい。嫌そうな顔で吐き捨てた。


「ここまでトラップを乗り越えてきた人の心理としては、明らかに何かが待ち受けているはずの扉の前で、立ち止まらないわけがないもんね……」


 呆れるのを通り越して感心したような声でアリシアさんがつぶやく。


「……とりあえず、あの扉はここから壊す。向こう側を見えるようにしてから一気に駆け抜けましょう」


 言うや否や、シリルが掌を正面に掲げ、【魔法陣】の構築を開始する。……って、禁術級!?


「お、おい! シリル?」


「黙ってて。集中したいの。……あの扉はそんなに簡単には壊せないし、向こう側にあるものを、ある程度薙ぎ払う必要もあるわ」


 そう言われては言葉も出ない。ルシアはぐっと口をつぐむ。

 それから数分が経過する。シリルの額に珠のような汗が見えることから、彼女がかなりの集中力を使っていることがうかがえた。

 やがて、シリルの正面に巨大な円形の【魔法陣】が『四つ』、互い違いに回転し始める。そのうち比較的小さな二つの色は黒。闇属性魔法だ。だが、禁術級でも普通なら、【魔法陣】の数は三つじゃないのか?


〈灼熱の魔王の吐息〉〈フォルボス・ハイアーランド・ニード〉

〈極寒の神々の息吹〉〈クアラド・ジークロード・ニード〉

〈永劫の闇よ、災いの渦と化せ〉〈クロイア・ラド、ヴァスター・ヴァレスト〉


渦を巻く永劫の災禍(サイクロン・カラミティ)》!


 シリルの掌から、闇色の水流が生み出された。それは音もなく、ただし凄まじい勢いで突き当りに見える扉を飲み込み、そのまま大広間へとなだれ込んでいく。扉が破砕する音すら聞こえない。無音の破壊。聞いた話では、シリルはこれを『ラドラックの宮殿』という古代遺跡の城壁を破壊するのに使ったらしい。


──いわく、終わりなき破壊の連鎖。


「……って、ちょっと待て! 遺跡が崩れたらどうするんだ!」


 叫んだのはエイミアさんだ。この【魔法】を間近で見たことのある彼女には、その恐ろしさがよく分かっているらしい。


「大丈夫。今のは【古代語魔法エンシエント・ルーン】を併用してアレンジしたものよ。部屋の中で渦を巻いて、壁や床以外のものを飲み込むだけ。壁に刻まれた【古代文字】の効果も多少は無効化できるでしょうから、事後発動型のトラップも減るわ。加減が難しい分、限界はあるけどね」


 なるほど確かに、消え去った扉の向こうに広がる空間で、闇の水が渦を巻いているのが見える。あの中にいたら、どんなモンスターでもひとたまりもないだろう。


「……よし、そろそろ収まりそうね。行きましょう」


 禁術級魔法を使いこなすだけでも十分凄いことなのに、彼女はそれをアレンジして見せたのだ。非常識にも程がある。これに比べたら、僕たちの『壁抜き』なんて可愛いものだ。

 とはいえ、流石にシリルもこれだけの【魔法】を使って息一つ上がらないというわけにはいかないらしい。肩が大きく上下している。ふらふらとした疲れた足取りは、やたらと危なっかしいものに見えた。


「ほら、シリル。肩貸すぜ」


 見かねたルシアがそう申し出るも、


「いいわよ、大丈夫」


 彼女はそれをすげなく断る。


「意地張るなって。辛いときはお互い様だろう?」


 シリルの示した拒絶の意思をするりとかいくぐって彼女に近づき、その肩を支えるルシア。……僕もあれくらい積極的な行動に出られればいいんだけどな。ちらりとエイミアさんを見てしまう。彼女は二人の姿が微笑ましいとばかりに、にんまりと笑みを浮かべていた。


「い、意地とかじゃなくて……!」


「おい、こら暴れるなって。うーん、いっそのことおんぶしてやろうか?」


「は、恥ずかしいからやめて!」


 恥ずかしい。どうやらそれが、彼女の本音のようだった。


「ほらほら、お二人さん? いちゃいちゃするのはその辺にして、早くいこ?」


「ううー! い、いちゃいちゃなんてしてないのに!」


 アリシアにからかわれて、顔を真っ赤に染めるシリル。


「……良かった」


 声がした方を見れば、シャルが安心したように胸を撫でおろしている。僕にもその気持ちは、なんとなくわかる。ちょっと前までのシリルは、どこか様子が変だった。だが、ルシアに支えられて顔を赤くする今の彼女は、ようやく元の調子に戻ったように見える。


「と、とにかく! さっきも言ったけど、中の罠は完全に除去できたわけじゃないわ。扉を駆け抜けたらいったん止まって慎重に行くわよ」


 そして僕たちは、立ち止まると発動する罠がある扉の前を走って駆け抜ける。


「相変わらず、禁術級魔法の威力というのは凄まじいな。ドラゴンブレスにも匹敵しかねないのではないか?」


 部屋の中の惨状を目の当たりにして、ヴァリスが呆れたような言葉を口にする。それも無理はないだろう。モンスターと罠の区別もつかないぐらいに粉々に砕けた欠片が、床一面にまき散らされ、その床や壁、天井までもがガリガリに削れたような有様なのだ。


「どうやら、根こそぎ払えたようね」


「そうみたいだな。でも、ここからどうするんだ? 一見ただの行き止まりみたいだけど」


「……いえ、やっぱりここで大当たりよ。ほら、あっち」


 シリルが指差す方向には、ひび割れた壁の向こうに明かりが見える。


「じゃあ、エリオット。あの壁を壊そう」


「はい」


 僕はエイミアさんに言われて、壁に近づく。うん、この分なら『轟音衝撃波』を使うまでもないかな。僕は手にした『轟き響く葬送の魔槍ゼスト・ヴァーン・ミリオン』をひび割れた壁に叩きつけ、“狂鳴音叉シンパシイ”で壁をさらに脆くしながら叩き壊す。


 壊れた壁の向こうには、ここと同じ大きさの部屋がある。


 ──そしてその中心には、白い糸が絡みつく『繭玉』が浮かび上がっていた。


「なんだ?」


「みんな! 近づいちゃ駄目!」


「え?」


 アリシアさんから鋭い叫び声がした直後、『繭玉』の中央にひびのようなものが走り、中から黒くて禍々しい何かが、溢れ出してくる。


「うわ! これって【瘴気】じゃないか?」


 ルシアが叫ぶ。


【瘴気】──それは、世界の毒。


 存在するだけで世界を蝕む災厄そのもの。渦を巻いて部屋全体に充満するように拡がりはじめるそれは、徐々にその濃度を高めていく。


「……【生体魔導装置】。たった今、孵化しはじめたのよ。ここに至る者を試す、最後の仕掛けが」


 シリルがつぶやく。あの繭玉が【魔導装置】だって?

 信じられない。いったい誰が好き好んで、【瘴気】を生み出す装置だなんて禍々しいものを造るというのか?


「【瘴気】か! 今、浄化する!」


「待って!」


 エイミアさんが光属性の浄化魔法を準備しようとしたところへ、シリルの声がそれを遮る。


「エイミア。『あれ』そのものは浄化も破壊もできないわ。余計に悪化するだけよ。だから、使うなら【瘴気】用の結界魔法にしてちょうだい」


「なに? だが、動きながら使える結界ではないぞ? どうする気だ?」


「わたしには『紫銀天使の聖衣』があるから大丈夫。【瘴気】は問題にはならないわ。この先にある『クロイアの楔』を取ってくるだけだもの。さあ、早く」


「あ、ああ、わかった」


〈邪悪なる意識、我に害なす者どもよ、去れ。ここより先は聖域なり〉


汚れ祓う聖域(サンクチュアリ)》!


 【瘴気】の濃度が有害なレベルに達するより早く、どうにかその【魔法】は発動する。


 ──エイミアさんの身体を中心に広がる、浄化の光。


 光属性上級魔法の中でも、瘴気に対して絶大な効果を発揮する結界魔法だ。本来なら光属性である以上、効果時間はそれほど長くはない。しかし、今のエイミアさんは僕があげた『護法霊玉の髪飾り』を身に着けている。この髪飾りには、自分に対して発動した補助系・防御系魔法の持続時間を大幅に延長する効果があった。



     -かけがえのないもの-



「さて、それじゃあ行くわね」


 シリルは光の結界から一歩踏み出す。途端に彼女の周囲に黒い霧のようなものが押し寄せるが、彼女に触れるより先にシューシューと音を立てて無害な【マナ】へと変化していく。あれがシリルの『紫銀天使の聖衣』の効果か。

 うーん、あの服、ただ可愛いだけではなかったのだな。とはいえ、彼女一人でこの先に進ませるなど危険が大きいのではないだろうか?


「大丈夫よ。さっきも言ったけど、この先には敵なんていないし、すぐ先の部屋に安置されてる『クロイアの楔』を取ってくるだけだもの」


 だから何故、この先に『クロイアの楔』があることを知っている? そう言いたかったが、先ほどと同じ問答になることはわかりきっている。


「シ、シリルお姉ちゃん! わたしの『聖天光鎖の額冠』なら結界を張ったまま移動できるよ」


「ありがとう、シャル。でも、その結界には【瘴気】を完全に防ぐ力はないはずよ。あくまで隠蔽と一定程度の物理的な防御が限界だもの」


「で、でも……」


「心配しないで。すぐ、戻ってくるから」


 どうにも様子がおかしい。シリルは他の皆に、この先へついて来て欲しくないのだろうか? わたしはアリシアに目配せをしてみた。すると彼女は……


「シリルちゃん、隠し事はなしだよ? あたしたちは仲間なんだからね。そうでしょう?」


 と、優しく語りかけるように言った。


「……気付いていると思うけど、わたしはここに来てから少しおかしいの。この先には、多分その原因となる『何か』がある。できれば、わたしはそれを一人で確かめたいのよ」


 やっぱりそうか。とすると、彼女は自分の隠された秘密を皆に見られることを恐れているのかもしれない。だが、そんなわたしの考えを読んだかのように彼女は首を振る。


「……あ! も、もちろん、わたしが何者であろうと、皆がわたしの仲間でいてくれることぐらい、十分わかってるつもりよ?」


「じゃあ、どうしてついて来てほしくないの?」


「う……そ、それは……」


 シリルはなぜか、落ち着かなげに『紫銀天使の聖衣』の肘のあたりをいじっている。


「あ、まさか……」


 アリシアが何かに気付いたような顔をする。


「このままじゃ【魔力】が足りないのよ。帰りは帰りでトラップが復活してる場所もあるんだから……す、少しでも回復させないといけないし……」


「なるほど」


 そこで、それまで黙って話を聞いていたルシアが割り込んでくる。


「どういう意味だ?」


 わたしは訳が分からず、ルシアに尋ねた。彼が嬉しそうな顔をしているのが、何より不思議だった。


「『紫銀天使の聖衣』には、周囲の【マナ】を【魔力】に変えて取り込む【魔装兵器】としての機能もあるんだ。でも、その機能を使うには……」


「ルシア!」


 シリルが何故か涙目で叫ぶ。ん? そういえば、あの聖衣に関することで一悶着あったような話を聞いたな?


「シリルちゃん……恥ずかしい気持ちはわかるけど、そのために一人になる危険を冒すなんて良くないよ?」


 アリシアはいかにも深刻そうな言葉を口にしているが、その声には若干の笑いが含まれているようだ。


「と、とにかく! この『瘴気発生装置』を止めるには、この先にある操作盤を使うしかないんだし、皆はここにいて!」


 そう言ってシリルは駆け出していく。


「シリルちゃん……」


「……アリシア、実際のところはどうなんだ? 彼女は、その……」


 いくらなんでもそんな理由で一人で行くとは、冗談が過ぎる。確かに他に方法がないのかもしれないが、それ以前に他の方法を考えることを放棄しているみたいじゃないか。


「もちろん、恥ずかしいからなんて理由だけじゃないよ。……シリルちゃんは怖いんだよ。『皆が自分を見る目が変わる』ことがじゃなくて、『自分がどうにかなってしまう』かもしれないことが」


「どうにかなる?」


「うん。よくわからないけど、あたしが『レミル』と同調して意識を混乱させたときみたいに、シリルちゃんもこの遺跡で、何かを強く感じてるみたい」


 それはつまり、アリシアの時のように倒れるかもしれない危険があるということではないのか? なおさら一人で進ませるわけにはいかないだろう。


「ま、俺が行くしかないだろ。任せておいてくれって」


 そう言ってルシアは、わたしの張った『聖域』から一歩足を踏み出した。


「お、おい! 危ないぞ!」


「うへ! さすがに気持ち悪いな。でも大丈夫。俺にも『放魔の生骸装甲』があるからな」


 有害な物の体外排出と治癒再生能力を持った装甲板か。だが、それはシリルと違い、体内に入る前に防ぐというものとは違う。死にはしないまでも苦しいことに変わりはないはずだ。


「おいおい、俺を馬鹿にするなよ? せっかくシリルの『天使姿』が拝めるんだ。少し苦しいぐらいなんだ。ここで行かなきゃ男がすたるぜ!」


 青い顔をしているくせに軽く笑いながら、ルシアはシリルが姿を消した通路に向かって駆けていく。


〈やれやれ、下手な照れ隠しなんぞしおって。たわけめ〉


 その後を呆れた顔をしたファラがついて行くのが見えた。


「……行っちゃいましたね」


「ああ、そうだな」


 エリオットの言葉に、頷きを返す。残されたわたしたちは、ただ待つだけだ。『聖域』は『護法霊玉の髪飾り』の効果時間延長作用のおかげでしばらくは維持できる。効力が落ちてくればかけなおす必要もあるかもしれないが、それまでは暇な時間になりそうだ。


「……あたしも【魔鍵】が使えれば、シリルちゃんに付いてってあげられたのにな」


 それから少しして、アリシアが悔しそうな声で言った。


「ルシアが付いていったのだ。心配はいるまい。だから、そう気に病むな」


「うん。そうだね」


 ヴァリスとアリシアのそんな会話を聞きながら、わたしはふと疑問に思う。この『ゼルグの地平』に来て最初に入った遺跡の中で、目的の『クロイアの楔』を発見する。そんな都合の良い話があるだろうか? まだ見つかったわけではないが、これまでの流れからすればシリルがああ言う以上、見つかる可能性は高い。


「都合がよすぎる、ですか? でも、僕たちは現在ギルドが発掘に最も力を入れている遺跡を選んで来たわけですし、可能性はあったんじゃないでしょうか」


 わたしの疑問に、エリオットが当然の答えを返してくる。もちろん、それもわかる。だが、ギルドはこれまで二百年もの時間をかけておきながら、それを見つけることができなかったのだ。そんなギルドが力を入れているからといって、見つかる可能性が高いなどと言える話でもない。


「う、確かにそうですよね……」


 今度はさすがにエリオットも、答えに窮したように黙り込む。


「あ、あの……」


「ん? ああ、ごめん。つい考え込んでしまったな」


 わたしとエリオットの会話におずおずと割り込んできたシャルに向けて、わたしは意識して笑いかける。暇にあかせて、つい難しい話をしてしまったからな。シャルと雑談でもして、少し気をほぐすのもいいかもしれない。


「遺跡の発掘についての本を読んだことがあります。遺跡って、それらが造られた時代の歴史的背景や構造上の類似点などを考察すると、何らかの関係性が見えてくるものなんです。だから、二百年かけてそれらの関係性を調べたのなら、その分可能性は高くなってるかもしれません」


「…………………………」


「…………………………」


 わたしは、自分の笑顔が凍りつくのを感じた。……なんだろう、この子。実はわたしよりずっと頭が良いのではないか? これではまるで『小さな子供と話をして気分転換でもしよう』などと考えたわたしの方が、馬鹿みたいじゃないか……。

 隣を見れば、エリオットもまた呆然とした顔でシャルを見ている。うん。わたしだけじゃなくてよかった。


「あ、あの、えと……わたし、おかしなこと言ったでしょうか?」


 おかしなことも何もない。考えてみれば当然のことだ。大体ここは、『シェリエル第三研究所』という場所なのだ。つまり、第一や第二と名の付く遺跡だってあったはずで、そこで何らかの手がかりだって得られていたはずだ。


「や、やっぱり、遺跡発掘の経験者のお二人に、本で読んだだけの知識なんて無意味でしたよね? すみませんでした……」


 いやいやいやいや! 駄目だぞ、それは。そこで自分を卑下するようなことを言わないで欲しいんだ。うつむくんじゃない。しょんぼりするな! むしろ、どんどんわたしが惨めになってくるじゃないか!


「ぷく! くふ! うふふ! あははははは!」


 アリシアの笑い声。むう、やっぱり彼女には、ばれてしまったか。


「ほら、お二人さん? シャルちゃんに何か言ってあげることがあるんじゃないのかな?」


「う、そうだな……」


「?」


 シャルは、わけがわからないと言いたげに首を傾げている。


「いや、参ったよ。シャル。降参だ。君は凄いな。僕なんか顔負けの知識だよ。考えてみればその通りだ。そこまで中々考えが及ばなかったなあ、うん、尊敬するよ」


 あ! エリオットの奴! なんてことを! 酷い抜け駆けだ。わたしより前に言うべきことを全部言ってしまってるじゃあないか!


「え、え? そうですか?」


 今度は褒められたことで、照れたようにはにかむシャル。うん、可愛いぞ。


「あれ? エイミアさんは?」


 そこに追い打ちをかけてくるアリシア。


「わ、わたしもエリオットと同じだ。うん、すごいぞシャル」


「あ、はい! ありがとうございます。気を遣ってもらって……」


 ああ、やっぱり二人目はわざとらしさが出てしまったか。気遣いの台詞として受け取られてしまった。……わたしは、エリオットの肩を軽く叩く。


「え? エイミアさん、どうしたんですか?」


「君ばっかり、シャルにいい顔するなんて……ずるい」


 わたしはジロリと彼の顔を睨みつける。


「へ? いや何を言って?」


「覚えておけよ? この借りはいつか必ず返してやるからな!」


「いいっ!?」


 慌てふためくエリオット。いかんな、ついムキになってしまった。

 ……これもわたしが、彼を『弟のように』見ることをやめた結果だろうか? だとすると、それは今回に関して言えば、エリオットにとっての災難だったかもしれないな。


「あははは! 仲いいなあ」


 アリシアが楽しそうに笑う。それに釣られてシャルも、わたしも……そして、ヴァリスでさえ、少しではあるが笑顔を浮かべていた。ただ、エリオットだけがおろおろと落ち着きのない顔をしている。


 そうしていると、いつの間にかこのパーティは、わたしにとってかけがえのないものになっているのだと気付く。この中の誰か一人でも欠けようものなら、それは酷く悲しいことに違いない。だからわたしたちは、『全員一緒に』この『絶望の地』から帰還しよう。


 ──だが、そんなわたしの望みは、思わぬ形で裏切られることとなるのだった。


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