第115話 ルーインズ・ブレイカー/前門の虎、後門の狼
-ルーインズ・ブレイカー-
石造りの大広間には、ぼんやりとした照明の光が揺れています。どうやら元々あった燭台に、照明用の【魔法具】を設置しているみたいです。そのせいか、この空間には何やら侵しがたい神聖な雰囲気が感じられます。
「さて、右と左に廊下へ抜ける扉があるみたいだが、どっちに行く? どっちにしても奥の広間に入ってから、さらにその奥に向かうことになるけどな」
「……そうね。正直、どっちでもよさそうね。適当に行ってみましょうか?」
判断材料がない以上、それしかないでしょう。シリルお姉ちゃんの当然の言葉に、皆が頷きます。──いえ、一人だけ違う反応を返す人がいました。
「うーん、なあエリオット。あれ、やってみないか?」
エイミア様です。
「え? あ、あれって……」
「ほら、昔、わたしとエリオットとで遺跡発掘をやったことがあっただろう?」
「え? あれをここでやるんですか?」
エイミア様に向かって驚きの声をあげるエリオットさん。いったい、どうしたというんでしょう?
「だって、その方が確実じゃないか?」
「……ええ、わかりましたよ。でも、上手く行くかわかりませんよ?」
「ま、その時はその時さ」
よくわからないままに続く二人の会話に、わたしたちは呆気にとられていました。すると──エリオットさんがゆっくりと歩き出します。それから、とある地点で立ち止まり、腰だめに槍を構え……って、まさか!!
『轟音衝撃波』
エリオットさんの【魔鍵】『轟き響く葬送の魔槍』から放たれる不可視の一撃。それは建物全体を揺るがしかねない轟音を立てながら、その『破壊力』を存分に発揮します。
「どわああ! 何やってんだ、お前!」
ルシアが乱暴な口調で叫びました。もちろん、わたしだって叫びだしたい気分です。ま、まさか、遺跡の壁を『撃ち抜く』だなんて……。
「なんだよ、ルシア。上手く行ったんだからいいじゃないか」
「い、いや、いくらなんでも無茶苦茶だろ……」
わたしたちの目の前には、無惨にも破壊され、ぽっかりと穴をあけた壁がありました。その穴の向こうには、さっきルシアが言っていた『壁の向こうの大広間』が広がっています。
「うん! 上出来じゃないか? 時間も節約できるし、どんどん行こう!」
快活な笑い声の主は、発案者のエイミア様です。つくづく非常識な人でした。ただ、その発案をためらいもなく実行に移すエリオットさんも、ただものではありませんが。
「……非常識もいいところね。遺跡発掘で遺跡の壁を破壊しようなんて、普通考える?」
「ん? でもまあ、ここには『クロイアの楔』を取りに来たんだろう? 壁ぐらいいいじゃないか」
「はあ……。大体、『魔族』の古代遺跡なのよ? そんなに簡単に壊せる壁じゃないはずなんだけど……」
シリルお姉ちゃんは呆れたようにため息をついています。
「いずれにしても、余計な道を通るより危険はなさそうだ。まさか壁を破壊して歩く人間向けのトラップなどありはしないだろうからな」
ヴァリスさんの言葉を聞くと、なんだかこの方法がすごく合理的な気もしてきますが、騙されてはいけません。ヴァリスさんだって、一般人とは感覚が十分ずれてるんですから……。
「シャルちゃん……、もう諦めようよ。このパーティの皆に常識を期待する方が無理だったんだよ」
しみじみと言うアリシアお姉ちゃんに、わたしは頷きを返しました。
〈やれやれ。構造からすれば、ここは一応『魔族』どもが『神』を崇める祈りの間として造った場所のはずだぞ? それをこうも見事に粉砕してくれるとは……〉
いつの間にかルシアの傍で実体化したファラさんも、呆れたように首を振っています。
「そうか。そこまで考えていなかったが、悪いことをしたかな?」
少しも悪いことをしたと思ってなさそうな顔で言うエイミア様。確かこの人って『聖女様』じゃなかったでしたっけ?
〈……いや、よく考えてみれば胸がすく思いだな。うん。ふはははは! どの『神』の神殿だか知らないが、いい気味だ。ざまあみろ〉
豪快に笑うファラさんは、確か他の神様に仲間外れにされていたとか言っていましたね……。だからなんでしょうか? そう思うと、なんだかずいぶんと器の小っちゃい神様に見えてきてしまいます。
〈そこ! 失礼なことを考えておるな?〉
ファラさんから鋭い指摘が。……はう、なんでわかったんでしょう? と思ってふと見れば、何やらルシアがにやにやと笑っています。どうやら彼がファラさんに耳打ちしたみたいです。
「ルシア! なに変なこと言ってるのよ!」
「いやいや、シャル。さっきお前、俺を小馬鹿にする時とおんなじ顔をしていたぞ?」
「……え! 嘘!?」
「くっくっく、語るに落ちたな」
〈まさか、本当だったとは……。わらわはこんな小娘にまで馬鹿にされているのか……〉
意地悪な顔で笑うルシアの隣で、傷ついたような顔をするファラさん。
「あ、ち、違うんです! ……も、もう、ルシアの馬鹿!」
わたしはいつもの調子で、『リュダイン』をルシアに向かってけしかける。
「げげ! ちょっと待て! し、死ぬ! 俺が死ぬから!」
……あ。そう言えば、今のあの子、大きな金獅子姿になっているんだった。わたしが気が付いた時には、ルシアは『リュダイン』にのしかかられているところでした。
「うう、殺されるかと思った……」
ルシアはそう言うけれど、『リュダイン』はちゃんと手加減しています。わたしとリンクしている以上、どう命令したところで、あの子がルシアを本気で傷つけることはありませんでした。
──それから、地下一階に降りるための階段に辿り着くまで、エリオットさんは何度か壁を壊し続け、わたしたちは道なき道を進み続けました。
「ね、ねえ、これってこの建物ごと崩れてきちゃったりしないかな?」
アリシアお姉ちゃんが心配そうな声でシリルお姉ちゃんに問いかけました。
「まあ、大丈夫よ。見たところ、補強用の【古代文字】はしっかり刻まれてるし、壁を少々壊されたくらいで全体が崩れることはないわ」
そうは言うものの、シリルお姉ちゃんは諦め顔をしていました。
「よし、ルシア。次はどっちの壁だ?」
「……ああ、えっと、そっちだよ」
嬉々として先頭に立つエリオットさんに、力無い声で答えるルシア。……納得はいきませんが、何故かこの方法は大当たりだったようです。
「うわあああ! な、なんだ? あんたら? 壁から出てくるなんて!」
ルシアの指示する最後の壁を破壊した直後、そんな声が向こう側から聞こえてきました。
「む? 誰だ?」
「そ、それはこっちの台詞だ! 見たとこ同業者みたいだけど……」
こちらを向いて尻餅をついたまま、先客の冒険者らしき男の人たちが叫んでいます。中には珍しく、二人ほど女性の姿もありました。それからどうにか気を落ち着けて、情報交換を済ませていくうちに──
「か、壁を壊して近道って……」
そう言って絶句した冒険者の人たちは、あんぐりと大きな口を開いていました。『開いた口がふさがらない』って、本当にあるものなんですね。
「そ、そんなことより! あなたたちはどうしたの?」
強引に話題を変えたシリルお姉ちゃんの質問に、ようやく我に返る冒険者の人たち。
「あ、ああ、いや、引き返してきたんだよ。ここの地下はまじで別物だ。一応、探索系の仲間も連れて行ったんだが、あれ以上は無理だ。時間がかかりすぎて食料が尽きちまう」
聞けば彼らはこの地下一階で丸三日近く、さまよっていたそうです。改めて話を聞くと、地下一階以降の難易度の高さが浮き彫りになってきます。
──まず、罠の数が異常に多いこと。それも単に多いのではなく、嫌らしいくらいに人間心理を計算しつくした配置がされているそうです。加えて罠自体、探索系の冒険者が『わかっていても』、時にはあえて引っかからないと突破できない仕組みもあるとのことでした。
「気をつけなよ。水や食料を確認して、手遅れになる前に引き返すんだ。帰りは帰りで……『帰り専用』の罠が待っていやがるからな。どんな嫌がらせだよ、まったく……」
「ええ、情報をありがとう。そうそう、ここからの帰りは近道を通るといいわよ?」
「あ、ああ、そうさせてもらうよ……」
シリルお姉ちゃんの言葉に若干顔をひくつかせながら帰っていく冒険者たちを見送り、わたしたちはとうとう地下一階へと続く階段へと歩みを進めました。
「地下一階も途中までしかマッピングできてないみたいだな。基本、進むのは勘に頼るしかないか?」
「……ええ、そうね。一応、わたしに任せてくれるかしら?」
「ああ、罠のこともあるし、頼むよ」
そんなシリルお姉ちゃんとルシアのやり取りが終わるころ、わたしたちは地下一階のフロアへとたどり着きました。
「何の変哲もない通路、だな?」
「油断は禁物ですよ、エイミアさん」
「ああ、わかってる」
降りてすぐ、左右に伸びる石造りの通路。地図上では、右に向かえば何度か通路を曲がった後に大部屋へ、左に向かえば入り組んだ迷路のような通路に向かうことができるようです。
「うーん、この地図だと、右の大部屋から先には、何もないみたいだな」
「そうなの?」
「ああ、地図には大部屋の部分全体に赤字で罠とかモンスターとか、記号がやたらに書かれてる。さんざん苦労してトラップを攻略した挙句、何にもない行き止まりの大部屋だったてんで、ほとんど落書きみたいな勢いだぞ?」
落書き? 地図を描いた人の感情が表れているということでしょうか?
「さっきの冒険者たちも迷路の方へ向かっていたみたいだし、左へ行くしかないみたいね」
と、アリシアお姉ちゃん。つまり、彼らは嘘をついていなかったということでしょう。だからここは当然そうするべきなのですが……
「──いえ、右へ向かいましょう」
「え?」
「よく考えてみて。話を聞く限り、ここを造ったのは相当性格の悪い人よ。──片方には難易度もそこそこで、一見進めそうで進むのに恐ろしく時間のかかる迷路。もう片方には高難易度で先に進みがたいけれど、進んだ先が行き止まり。そんな人なら、このどっちに物を隠すかしらね?」
「……行き止まりだな。例の隠蔽結界か何かを使えば、行き止まりに見せかけることもできるか」
ルシアが納得したように言いました。その顔はどこか呆れたようなものになっています。
「そ、それって意地悪すぎじゃない? それじゃ、迷路の先を攻略中だっていうSランクの人たちは……」
アリシアお姉ちゃんも、信じられないと言った様子で顔をひきつらせていました。
「とんだ無駄骨かもしれないわね。もっとも、確証はないけれど……なぜかそんな気がするの」
「よし、ここはシリルの直感を信じよう。覚悟を決めていくぜ」
「おう。モンスターの気配なら我が探る。罠をシリルに任せておけば、そうそう不測の事態も起こるまい」
ルシアの提案にヴァリスさんも力強く応じました。加えてわたしたちには、掟破りの『遺跡壊し』を平然とやってのける非常識な二人組──もとい、『最強の傭兵』と『魔神殺しの聖女』という最強タッグまでいるのです。
この先に何があろうと、心配するものなど何もないはずでした。
-前門の虎、後門の狼-
「こっちのルートは何回か曲がり角がある以外、完全な一本道だ。そのまま進めば問題ない。だから……そこ! 次に壊す壁を物色するんじゃない!」
「え? そうなのかい?」
ルシアに注意されたエリオットは、つまらなそうな声を出すと、手にした『槍』を抱えなおした。効率性がうんぬんではなく、壊すこと自体を楽しんでいたのではないかと疑いたくなる態度だった。
「……ったく、『壁抜き』なんて真似、普通するか? なんでもかんでも壊せばいいってもんじゃないだろうが」
「いや、ルシア。考えてみてくれ。壊してみれば案外、隠し通路が見つかったりするかもしれないんだぞ?」
何故かエイミアが、エリオットとルシアの間に割り込むように力説してくる。
「……それはないわ。あればわたしがわかるもの」
「む……そうか」
シリルの静かな指摘に、エイミアは残念そうな顔をする。普段の彼女には年上の女性──あたかも姉のような存在感があったはずだが、今は叱られた子供のような顔をしていた。
「……みんな、止まってくれる?」
通路を進み始めてすぐ、シリルの制止の言葉が聞こえた。
「どうした、シリル?」
「──その先、床がないわ」
「え?」
わらわもシリルが指差す方向を見たものの、特に何の変哲もない石床があるようにしか見えない。
「偽装よ。……見てて」
シリルは言いながら、腰の小物入れから小さなガラス球のようなものを取り出す。彼女が軽くそれに【魔力】を通すと、赤い光が中に宿った。そしてそのまま、目の前の床に向かって放り投げる。
「え? うそ?」
アリシアが驚きのあまり目を丸くする。
「消えた?」
そう、床に落ちてぶつかるかと思われたガラス球は、石材でできているはずのそれをすり抜けるように消え失せたのだ。
「信じられないな。どう見ても本物の石床なのに……」
ルシアの声。だが、その語尾に重なるように鈍い爆発音が響きわたる。
「きゃあ! な、なに、今の?」
「今投げたのは爆弾型【魔装兵器】『ファーランの烈光』の小型改良タイプよ。底にぶつかって爆発したんでしょうね」
アリシアの驚きの声に、あくまで冷静な口調で答えるシリル。彼女の見つめるその前で、石床が忽然と消え、通路の幅いっぱいに広がる大きな穴が口を開ける。今の爆発で仕掛けが解除されたのだろうか。
「つまり、それだけ深いってことか……落ちたら死にそうだな。でも、こっから先はどうやって進む?」
ルシアの言うとおり、それが問題だった。この狭い廊下では『ファルーク』に乗って飛んでいくというわけにもいくまい。
「……ねえ、ルシアの持ってる地図には、ここの越え方は書いてないの? それって行き止まりまで行った際の記録なんでしょう?」
「え? ああ、そういえば……ん? なんだこりゃ?」
シャルの質問にルシアは再び地図を見たものの、途端に顔を曇らせた。
「……無駄よ。これは今回の『罠』だもの。毎回同じ罠が作動するわけじゃないわ。……ちなみに、トラップと『幻獣』の出現が連動する仕掛けが多いはずよ」
「む! 背後から何か来る!」
シリルの言葉が終わるか終らないかのうちに、ヴァリスから鋭い警告の言葉が発せられる。驚いて振り返ったわらわたちの前には、巨大な石の壁のようなものが姿を現していた。
「『イヴィルウォール』! モンスターだよ!」
通路の幅いっぱいに広がった石壁には、よく見ればムカデのような無数の足が生えている。見上げれば、こちらを見下ろすぎょろりとした瞳。気の弱い人間なら気絶してしまいそうなほど不気味なものだ。その巨体で通路を塞ぎながら、わらわたちの背後に口を開けた大穴に皆を突き落とさんばかりに迫ってくる。これがつまり、トラップと連動した『幻獣』ということか?
「やっぱり、モンスター化しているみたいね……。シャル、空気の壁……じゃなくて、『空気の床』を造ってくれる?」
「あ! うん!」
こんな状況だと言うのに、シリルは実に落ち着いた様子で的確な指示を出す。まるで、こうなることがあらかじめ分かっていたかのような冷静さだ。
《凝固》!
シャルの使う水と風の融合属性《凝固》により、背後の大穴を塞ぐように足場が生み出される。わらわたちは慌ててその足場へと後退し、迎撃の態勢を整えた。そうしている間にも、『イヴィルウォール』は距離を詰めてくる。
「この『壁』なら壊してもいいみたいだね!」
冗談交じりに言いながら、エリオットが腰だめに槍を構える。
「上からも来るぞ!」
言いながら、ヴァリスは天井に開いた穴から出現した黒い不定形の塊に向かい、飛び上がりざまの裏拳を叩き込む。彼の手甲が青白く輝いたところを見ると、どうやら『邪霊』のような実体のないタイプのモンスターだったらしい。本来なら肉弾攻撃の通じないはずのソレも、『グランドファズマの霊手甲』の効力により、まともに吹き飛び、粉々にちぎれ飛んでいた。
遅れて響く爆発の音。エリオットの『轟音衝撃波』だ。
「やったか?」
会心の声をあげるエリオット。しかし、破壊された『イヴィルウォール』の向こう側には、様々な武器を構えた数体の骸骨が姿を現していた。
「【アンデッド】か? ったく、次から次へと!」
無言のまま飛び掛かってくる骸骨たちの前に踊り出て、相手の武器ごと斬り捨てていくルシア。
「それは、ここで死んだ人たちよ。この施設自体に死体を骸骨に変えて操る術式が組まれているの」
シリルは、初めて来たはずのこの施設について、どうしてこんなにも詳しいのだろうか? “魔王の百眼”の力だと言ってしまえばそれまでだが、彼女の冷静すぎる口調は、奇妙な違和感となってわらわに疑念を抱かせる。
「元冒険者ってことか? くそ、趣味悪いな! とはいえ、斬らないわけにはいかないか!」
ルシアはそんな解説を聞いて、気乗りしない声で骸骨たちへと剣を振るい続けた。しかし、集中力を鈍らせてしまったためか、頭上から迫る影に気付くのが遅れてしまう。
〈ルシア! 上だ!〉
わらわが叫ぶと同時、一本の光の矢がその黒い塊を貫き、消滅させる。
「頭上は気にしなくていいよ。わたしが全部撃ち落とす」
「さ、サンキュー、エイミア!」
エイミアの自信に満ちた声に、ルシアは振り向くことなく礼を言った。とはいえ、周囲に続々と集まるモンスターの気配に、ヴァリスの警告の声が絶えることがない。狭い通路での戦いということもあって、護りは固めやすいものの、敵がいなくならない限りは状況を脱することも難しいのが現状だった。
「『リュダイン』! お願い!」
シャルが叫ぶ。彼女は空気の床を維持しながら、穴の向こう側から飛来する翼の生えた化け物を見据えていた。十匹はいるだろうか? 人間でいえば顔に当たる部分を多数の眼球のようなものが埋め尽くしており、両手に血塗られた鎌を手にしている。悪趣味の極みともいうべきモンスターだが、『幻獣』だった頃はもう少しましな姿だったのだろうか?
〈グルガウ!〉
『リュダイン』──咆哮をあげた金色の獅子は、鋭い爪から稲光を発しながら一瞬で迫りくる翼の怪人へと間合いを詰め、その喉元へと喰らいつく。そして次の瞬間、バチバチという激しい音を立てながら雷光が周囲を照らしだした。光が止んだ後には、噛みつかれていた怪人が、黒焦げの姿でぼろぼろと崩れていくのが見える。
仲間をやられたことに怒りを感じたわけではないだろうが、周囲の怪人たちは標的を『リュダイン』に変え、血塗られた鎌を一斉に振り上げた。しかし、振り下ろされた直後には、『リュダイン』の姿は消えていた。いつの間にか、シャルのすぐ前で彼女を守るように構えている。
かと思えば、再び電光石火のごとく一匹の怪人に飛び掛かり、雷光の牙の餌食としてしまう。どうやら『リュダイン』は、雷の力を持つ『幻獣』だったらしい。
「よし、僕も負けてはいられないな!」
エリオットが手にした槍を振りかざし、『リュダイン』の脇をすり抜けようとする怪人たちに風の弾丸を叩きつける。
「また、湧いてきやがった! これ、冒険者だけじゃないんじゃないのか?」
ルシアはあまりにも多く湧き出る骸骨に、辟易したような叫び声をあげた。
「もう少し頑張って。今、発生源を遮断するから」
シリルは戦いを他の仲間に任せたまま、石の壁に手を当てて何事かを念じているようだった。その背中には、うすぼんやりとした輝きも見えるようだが……。
「……よし、これでいいわ」
シリルがそう言った直後、目に見えてモンスターの数が減った。新手が現れなくなったせいだろう。目の前の敵をルシアたちが倒すごとに、だんだんと戦況が改善していく。やがて『リュダイン』が最後の一体を打ち倒し、ようやく一息つくことができるようになった。
「床も元に戻ったみたいです」
その言葉とともに、シャルの青と緑の入り混じった肌の紋様も薄まっていく。全員が上に乗って戦うだけの空気の床を通路の幅いっぱいに維持するのは、中々に大変だったらしい。疲れたように息をついている。
「ありがと、『リュダイン』」
〈グルル!〉
金の獅子がシャルに頭を撫でられて、子猫のように甘えた声を出している。……むう、うらやましい。あの姿の『リュダイン』には触ったことがないからな。後で可愛がらせてもらおう。わらわがそんなことを考えた直後、びくりと『リュダイン』は身を震わせたような気もするが、恐らく気のせいだろう。うん。
「『リュダイン』のおかげで助かったな。それとシャルも。足場がない状態であんな波状攻撃を受けたんじゃ、ひとたまりもなかったぜ」
ここのトラップはかなり悪質なものだ。ルシアの言うとおり、シャルたちのおかげによるところもあっただろうが、ここまで悪質な罠を危なげなくクリアできたのは、明らかにシリルの力によるところが大きかった。
〈シリル、いったい何をした? それに、何を知っている?〉
わらわの問いかけに、皆が一斉にシリルを見る。やはり抱いている疑問は同じだったらしい。しかし、問いかけられた当のシリルこそが、一番要領を得ないと言った顔をしていた。
「……わからないわ。ううん……なんとなく、『わかってしまった』というべきかしら。わたしはここを知っているような気がする。いったい、どうして……?」
「わからないことは考えても仕方がないよ。初めて見たはずのものが見たことあるように感じるなんて、よくあることじゃない。ここが『古代魔族』の造った遺跡なら、似たようなものを見たことだってあるんじゃない?」
深刻な顔で悩むシリルを励ますように、アリシアが気遣わしげな声をかける。シリルは「そうね」と軽く頷きを返すと、改めて進行方向となるべき通路の先を見る。
「……行きましょう。原因はともかく、わたしがここのトラップを解除できるなら、好都合には違いないんだから」
彼女のその言葉を最後に、休憩を終えたわらわたちは再び通路を進み始める。