第114話 演技派ルシアくん/古代遺跡
-演技派ルシアくん-
地下に造られた街並み。【魔法具】の明かりに照らされた空間を歩いていると、少しだけ円柱都市アルマグリッドを思い出す。もちろん、街と言ってもそんなに本格的なものじゃなくて、特に建物に関しては一部を除けばテントに毛が生えたようなものが多かったけれど。
あたしたちは運営本部での登録と護衛任務の完了報告を済ませ、情報収集のために冒険者が集まりそうな場所を探しているところだった。
「一応、酒場の場所は聞いたけど、行ってみるか?」
「そうね。ベタだけどそうするしかないでしょうね。あまりガラの悪いところにシャルを連れて行きたくはないけれど、別行動は危険だし……」
ルシアくんとシリルちゃんが今後の方針を話し合っているのを聞きながら、あたしはふと思った。いつの間にか、あたしたちは二人の意見に従って行動しているような気がする。
もちろん、シリルちゃんはわかる。彼女はすごく頭がいいし、あたしたちがここに来ている理由の大半はシリルちゃんに関することなんだから当然だ。
でも、ルシアくんはどうだろう? 彼の言うことは、思いつきで突拍子もなくて目が点になることもしばしばなのに、気付けば何故か、それがすごく大事な結果に繋がっていることが多い。
「こんなところにまで来て酒とはね。俺には理解できないな」
だから、酒場に向かって歩きながらルシアくんがそんな言葉を漏らした時、あたしは気になって聞き返してみた。
「そんなにおかしいかな?」
「え?」
まさか独り言に返事をされるとは思わなかったのか、ルシアくんは驚いたような顔であたしを見た。
「ほら、これだけ殺伐とした場所だからこそ、お酒を飲みたくなることだってあるんじゃないかな?」
「まあ、そうだけどさ。ここは戦場だぞ? 護りは固めてあるのか知らないけど、『魔神』みたいなのが攻めてくればそうも言っていられないはずだろ? 酒なんか飲んでたら、いざという時に困るじゃないか」
言われてあたしは言葉に詰まる。まるで街みたいな場所だから安心していたけれど、ここは『南部』とは違うんだ。街は街でも、【フロンティア】のど真ん中にある街なんだよね。
「……じゃあ、なんでなのかな?」
「ん? ああ、そうだな。……いや、そんなの考えたってわかるわけないか」
そこであっさり諦めちゃうんだ……。それもまた、ルシアくんらしい。
「その辺も含めて、酒場の連中に訊いてみようぜ」
辿り着いた酒場は、大きなテント内に机と椅子が置かれていて、奥に簡易式のカウンターと厨房が設置されたものだった。ギルドの支援員の人が用意した料理や飲み物をカウンターまで取りに行く仕組みになっているらしい。
テント内に入ると、中で飲み食いしていた冒険者らしき人たちの視線がこちらに集中してくる。あたしは、その視線から、大きく分けて三種類の意識を感じ取っていた。
「……どう、アリシア?」
シリルちゃんが『風糸』でこっそりあたしに尋ねてくる。通信は中継されていて、みんなに繋がっているみたいだ。
「……うん。女性に対する物珍しさ、新参者に対する興味や警戒心、……それから最後が『無関心』かな?」
「無関心? とてもそうは見えないが……」
実際、冒険者たちはほとんど全員が全員、ジロジロとこちらを見ている。だから、ヴァリスがそう思うのも無理はないけれど、確かに彼らは『無関心』なのだ。こちらを見てはみたけれど、何も感じるものはない……みたいな?
「なあ、『どれ』が無関心な奴かわかるか?」
ルシアくんの声。『風糸』を介しているにも関わらず、奇妙に低く抑えた声だ。
「え? う、うん……えっと、あれ? もしかして……多分だけど……」
「酒を飲んでる連中か?」
あたしが答えるより早く、ルシアくんは自分で答えを出してしまう。どうしてわかったんだろう?
「あれは多分、酒じゃないな。……いや、酒だとしても、ただの酒じゃない」
ルシアくんはそう言うと、テントの奥にある注文用カウンターへと歩き出す。あたしたちは、訳が分からないながらもその後に続くしかない。
「よう! 実は俺、初めてこの『2号』に来たんだが、お勧めの酒はあるかい?」
威勢のいい声に、あたしたちはびっくりしてしまう。今のって、ルシアくんの声? これまでのイメージより遥かに粗野で、ガサツな男性の喋り方だったけど……。
「ああ、いらっしゃい。威勢がいいな、あんちゃん。お勧めの酒か……その前に訊いてもいいかな?」
カウンターにいたのは五十代くらいに見える男の人。やっぱり元冒険者なのだろうか、すごく太い腕をした口髭の男性だった。
「おう、なんだ?」
「この『2号』じゃ、遺跡発掘に行かない奴はすぐにクビだ。発掘に行く予定はあるか?」
「ああ、なるほど。ここでも『貢献度』って奴が重要なのか。悪いが、護衛任務ついでに到着したばっかなんだ。だから、ここには遺跡の情報収集に来たんだよ。酒が出せないなら、情報をくれよ。最近じゃ、何処が狙い目なんだ?」
ルシアくんって、実は結構演技派なんだね。まるで荒くれ者の冒険者みたいだ。もっとも、顔が厳つい訳じゃないから限界もあると思うけど。
「……くくく。がははははは! いいねえ、威勢のいい若造は好きだぜ。……今のところのお前さんにゃ、コイツは必要なさそうだな」
そう言って支援員のおじさんは、手にした緑色の瓶を軽く振って見せる。
「必要ないってどういう意味だ?」
「ああ、コイツにはな、人間の恐怖心を麻痺させる成分が入ってるんだよ。ギルド御手製の【魔法薬】だ。ここでの遺跡発掘は、通常じゃ考えられないくらいに危険だからな。外でおっかない目にあって来た連中も多い。そういう奴らがクビになりたくない一心で使うんだよ。これをな」
「へえ、便利なものもあるもんだな」
「だが、お勧めはしないよ。生き残るのに恐怖心って奴は大事なんだ。それに副作用もある。ちっとばかり感受性全般が鈍くなるのさ。そっちにいる綺麗どころのお嬢ちゃんたちが来ても、関心を持てなくなるくらいにな。人間、ああなっちゃあ、おしまいだぜ」
おじさんは、詰まらなそうに肩をすくめてそう言った。ルシアくんは、『やっぱりか』と言いたげに同じく肩をすくめている。
「……ったく、『バトルジャンキー』なんて冗談で言ったはずなんだけどな。どころか、まんまジャンキーじゃないか。でも、強制されてるわけでもないのに、どうしてそんなにまでして遺跡に行きたがるんだ? とっととあきらめて帰っちまえばいいだろうに」
「ここにいる連中、特にAランクの奴はな、大概『引き返せなく』なってるんだよ。一時のバトルの高揚感に浮かされて、止める仲間も振り切って、刺激を求めてやってきたはいいものの、この『ゼルグの地平』の『深淵』に触れて心底ビビっちまった。──そんな奴らに帰る場所なんて、あるわけがないだろう?」
そう言って皮肉げな笑みを浮かべるおじさんには、何故か自嘲するような感情が見えている。……もしかして、この人もそうなのかな?
「『深淵』って何だ?」
「『ゼルグの地平』には、とんでもなく危険度の高い遺跡があるんだ。ある意味じゃAランクがウヨウヨいるこの灰色の平原でさえ天国に思えるような、悪意に満ちたトラップ満載の遺跡がな。そういう一部の遺跡を指して、『深淵』って呼んでるのさ」
「へえ……そりゃゾッとしないな。せいぜい気を付けるとしよう」
「ふん。如何にもSランクって感じの落ち着きだな。だから俺としては、普通の料理をお勧めするよ。なあに、普通に金を払ってくれりゃあいい。それと、堂々と探りを入れてきた態度が気に入った。だから特別に情報も教えてやるさ」
「そりゃ、ありがたい。じゃあ、腹いっぱい食わせてもらうぜ」
「がははは! ありがたいのはそっちかよ!」
ルシアくんの言葉に、おじさんはすごく楽しそうに大声を上げて笑ったのだった。
──それから、あたしたちはこの『2号』で新たに確保した宿の一室で、手に入れてきた情報を整理する。
「いやいや、まさかルシアにあんな才能があったなんてな。わたしも驚いた」
感心したように笑うエイミア。こんなとき、エリオットくんは褒められたルシアくんに嫉妬深い視線を向けるのがいつものことだったけれど、何故か今は違っていた。ちらりとエイミアを見たかと思うと、すぐに自分の手元に視線を戻している。
そう言えば、エイミアも少しだけエリオットくんに対する態度が違うような気がするし……。何かを意識して、わざと距離を置いているような? うーん、よくわからない。
「【ヒャクド】は力尽くの戦争以外にも、いろんな方法で俺たちに資源の奪い合いをさせていたんだ。その場の雰囲気を読み取って、そこに溶け込める人間に成りすますってのも、潜入作戦には重要な技能だったからな」
「……聞けば聞くほど、その【ヒャクド】って奴の目的がわからないわね。ひょっとして、そいつ、馬鹿なのかしら?」
ひどく真面目な顔をしたまま、シリルちゃんが一言。
「──ぶは!! く……くはははは! ひゃ【ヒャクド】が馬鹿って……。ぶはははは! だ、駄目だ……腹が痛い……」
こらえきれずに吹き出したルシアくんは、涙目でお腹を抱えて爆笑を続けている。思わぬツボに入ったみたい。
「な、なによ! そんなに笑わなくったっていいじゃない……」
ふくれっ面で顔を赤くするシリルちゃん。あれ? てっきり暗くなりかけたルシアくんを気遣って冗談を言ったのかと思ったけど、珍しく天然だったのかな?
「いや、悪い悪い。一応、俺の世界じゃ絶対者だった奴なんだけどな、アレ。そこまでこき下ろしてくれると、なんだかすごく気分爽快でさ。つい笑っちゃったよ」
目の端の涙を拭いながら弁解するルシアくんを見て、シリルちゃんはそれまでのふくれっ面が嘘みたいにふわりと優しげな笑みをこぼしている。
「それじゃ、そろそろ本題に入ろうか? と言っても、もう目的地は決まったようなものだけどね」
エリオットくんが口を挟んだ言葉どおり、今回得た情報は『とある遺跡』へと、あたしたちを誘うものだった。
……そしてその先に待つものを、この時のあたしはまだ、知らなかった。
-古代遺跡-
「……で、ここが情報にあった『シェリエル第三研究所跡』か。随分賑やかなところだな」
エイミアがぼやいた通り、我らが辿り着いた遺跡には先客がいた。それも一人や二人ではない。十人、二十人という規模だ。
研究所跡などと言いながらも、目の前に広がる光景は、さながら荘厳な神殿だ。建造物の手前に広がる石畳の空間。その中央には石造りの祭壇。それを囲む巨大な石柱。その奥にある本殿。その中央には、真っ黒な口を開いたままの巨大な正門がある。
「一応、前線基地みたいなものなんでしょうね。『魔族』が今、一番力を入れて発掘を進めている遺跡のようですから」
「つまり、それだけ内部は奥が深い……ということだろうな」
エリオットとエイミアは、お互いに顔も合わせず会話を続けている。何故かはわからないが、二人の間には微妙な距離感があるように見える。
「やあ、君たち。見ない顔だね? 支援物資の応援かい?」
我らが近づいていくと、祭壇付近でキャンプを張っているらしい数人の冒険者たちが声をかけてきた。彼らは皆、一目で手練れとわかる連中だった。装備品も良く手入れがされているようであり、身のこなしも悪くはない。
「いや、これから発掘に入らせてもらおうと思ってね」
「え?」
エリオットの言葉に、その場にいた全員が驚いた顔をしている。
「あれ? 何かおかしなことを言ったかな?」
「い、いや、その、そっちの子たちもか?」
どうやら、シリルやシャルのような年若い娘がいることを不審に思っているらしい。
「馬鹿にしないでもらいたいわね。わたしはこう見えても魔導師系Aランク冒険者よ」
シリルの機嫌が心なしか悪くなっているようだ。見た目のせいか、かつての頃より侮られることの多くなった彼女は、そんな状況が気に入らないのかもしれない。
「あ、ああ、いや、まあ、人は見た目によらないってのは、この業界じゃあ、よくあることだが……」
リーダー格らしい口髭を生やした中年の男が、頬を掻きながら弁解の言葉を口にする。
「とにかく、ここに入るんなら注意点がある。悪いことは言わないから、聞いていくといい」
そう言って祭壇のすぐ脇に設置されたテントの一つへと手招きする男。我らは仲間内で顔を見合わせると、軽く頷きあい、男の後についていくことにした。事前に情報なら仕入れてはいるが、前線での情報というのは別の意味で重要かもしれない。
ヘンリー・モンテールと名乗ったその男は、我らの自己紹介を聞いて顎が外れんばかりに大口を開けていた。彼はどうやら、エイミアやエリオットだけでなく、シリルのことも知っていたらしく、信じられないと言った顔で首を振った。
「いや、まさか音に聞いた『氷の闇姫』が、こんな可愛らしいお嬢さんだったとはね」
その言葉にヘンリーの周囲にいた冒険者たちも、うんうんと頷きを繰り返している。どうやら彼らは同じパーティらしい。大きめの作戦会議用テーブルを挟むように、我らと向かい合って座っている。男所帯のパーティといったところだが、全員が全員、シリルたち女性陣の姿に鼻の下を伸ばしているようだ。
……我は、そんな不躾な連中の視線が何となく不愉快だった。
「おい、そろそろ本題に入ってくれないか? そもそも、どうして俺たちに注意点なんて教えてくれるんだよ? 先に発掘されたら困るんじゃないか?」
ルシアも我と同じ苛立ちを感じたようで、先を急かすようにヘンリーに声をかけた。アリシアがくすりと意味ありげな笑いを漏らす。
「え? ああ、悪い。まあ、俺たちの仕事は後方支援だからな。こうして、遺跡に乗り込む無謀者どものために、少しでも物資や情報を与えてやるのが役割なのさ」
問われて、ヘンリーがようやく我に返ったように答えを返してきた。
「無謀者ども?」
「まあな。これもひとつの前情報だが、中に入って出てきた連中の多くは、地下一階で音を上げてきているんだよ。その先の地下二階に進んだ連中で帰ってこれたのは、一握りのSランクたちだけだ」
「地下二階? ここって結構深いのか?」
「まあな。こうした遺跡は他にも発掘されてるが、地上の構造物が一階しかない場合、地下が深いのはよくある話だ。にもかかわらず、地下二階でその有り様だぞ? ここの難易度はこれまでとは桁違いだよ。ギルドもなりふり構っちゃいられないみたいで、後方支援の任務もかなり増やしているんだ。あんたらも、てっきりそうだと思ったんだが……」
恐ろしいものでも語るような口調で、けれども態度だけは人を食ったように手を広げながら笑うヘンリー。
「……難易度とは言うけれど、何が問題なの? 強いモンスターがいるわけ?」
今度はシリルが低い声で問いかける。
「いや、一部を除けば『深淵』に潜むモンスター自体は、外よりマシなんだ。だから、問題はそこじゃない。トラップが山のようにあるんだよ。でもって、この『シェリエル第三研究所』のトラップは、これまでの場所と比べても桁違いに性質が悪いのさ」
「……トラップ、ね。この遺跡を造った人は、よっぽど大事なものをここに隠したのかもしれないわね」
それこそが、『クロイアの楔』なのかもしれない。『魔族』がこのあたりの発掘に力を入れている以上、その可能性は高いだろう。
「何が厄介かって、ここを突破するには探索系の最上級クラスの【スキル】が必要なんだ。──いや、それでも少し厳しいらしい。そのうえ、そういう奴は大概、戦闘能力が低い。でもこの下はな、そんな足手まといを抱えて進めるほど甘い場所じゃないんだ」
ヘンリーは言外に、我らパーティに足手まといになる人物がいるなら、連れて行かない方が良いと忠告しているようだ。彼がチラリと向けた視線の先には、シャルがいる。
「シャルは、足手まといじゃありません!」
それを敏感に感じとったらしいシャルが、反論するようにヘンリーを睨み付ける。さらにそれだけにとどまらず、胸に抱いた子猫姿の『リュダイン』をひと撫ですると、近くの床にそっと降ろした。──何が始まるのかと怪訝そうな顔をする男たちの前で、『リュダイン』は金色の輝きを放ち、見る間に巨大な獅子の姿へと変身していく。
「どわあ! げ、『幻獣』!?」
「すげえ……こんな『幻獣』、初めて見たぜ……」
突然の出来事に、ざわめき出す男たち。
「……ま、そういうわけだから、貴方たちに心配される謂われはないわ。罠に関しても『私』たちには、何の問題ない。これまでの連中なんかと、一緒にしないでほしいものね」
シリルは話はもう終わったとばかりに、椅子を蹴って立ち上がる。ここに着いてからの彼女は、少しばかり機嫌が悪いようだ。……というより、様子がおかしい。もともと人当たりの優しいタイプの人間ではないが、それにしても態度に刺がありすぎる。
「そ、そうか。まあ、あんたたちみたいな嬢ちゃんに死なれちまうのは寝覚めが悪いもんだからさ。つい、変な気を回しちまった。すまないな」
申し訳なさそうな声を出すヘンリー。すると、シリルが何かに気付いたように目を開き、軽く息を吐くと首を振った。
「……ごめんなさい。わたしもちょっと神経質になってたわ。心配してくれて、ありがとう」
先ほどまでとは、うって変わって神妙に頭を下げるシリル。ヘンリーたちは、そんな態度の変化を緊張しているせいだと思ったらしい。それから我らがテントを出て、遺跡本殿の入口に辿り着くまでの間、いろいろと助言めいた言葉をかけ続けてきた。
「これを持って行ってくれ。地下一階までの地図だ。……地下二階以降の地図はSランクが独占しちまってるからな。こんなものしかないが、少しは違うはずだぜ」
「ええ、ありがとう」
「ただ、無理はするなよ? 回復なら俺たちに任せてくれ。入口近くまで来てくれれば、何とでもしてやる」
「そうさせてもらうわ」
このやりとりを最後に、我らは本殿の中へと足を踏み入れたのだった。
本殿内部は、外と同じ石畳に装飾の施された石柱が立ち並ぶ空間が広がっており、到底『研究所』などと言う雰囲気の場所ではなかった。
「なんつーか、だだっ広い空間だな。手近な部分の構造を地図で見る限りじゃ、この大広間の左右に廊下があって、いくつかの小部屋に繋がってるって感じだな。他は……ほら、あの正面にある壁の向こうにも、ここと同じ広間があるみたいだぜ」
「ええ、いくつかモンスターの残骸が転がっているところを見ると、先に進んでいる冒険者のグループもありそうだし、このあたりは罠も大体解除されているみたいね」
ルシアの言葉に、シリルがあたりを“魔王の百眼”で確認しながら答えている。落ち着いた様子で会話しているように見えて、その実、緊張感が感じられる声音だった。気になってアリシアの方を見れば、金獅子姿の『リュダイン』に寄り添って不安そうな顔をしているのがわかる。
……ヘンリーたちとの会話の中で、『足手まとい』を連れて行く余裕はないとの話が出たが、その時に我の頭をよぎったのはアリシアのことだ。
特に彼女が身を護るための【魔鍵】が使えないのが痛い。この『ゼルグの地平』に来てから我らに苦戦が続いたのには、彼女を護りながら戦う必要があったという理由もある。
無論、彼女の“真実の審判者”の能力は重要であり、現に『ガリウス胞子体』を倒すのは彼女の力抜きでは難しかっただろう。
……それでも、ここから先の危険を考えれば、彼女は先ほどの前線基地にでも残しておくべきではなかったのか? つい、そんなことを考えてしまう。我は彼女を、アリシアを──失うことが怖いのだ。彼女の身にもしものことがあれば……、そんなことを考えるだけでも身を焼かれるような思いがする。
「……ヴァリス? 大丈夫?」
「む? あ、ああ……問題ない」
そんな我の胸中が見えたわけではあるまい。だが、アリシアから心配そうに呼びかけられ、我は内心の想いを見透かされたかのように焦ってしまった。
「……大丈夫だよ。あたしだって、戦える。ちょっと怖いけど、ヴァリスがくれた『これ』があるからね」
そう言ってアリシアが我に示して見せたのは、護身用にと『魔導都市アストラル』で購入した『赤眼魔のイヤリング』……ではなく、首から下げたネックレスだった。
──絡み合う金と銀の鎖。その先に取り付けられた青く澄んだ宝石のペンダント。
何の【魔法具】としての性能もない、綺麗なだけのただの装飾品。だがアリシアは、これを『アルマグリッド』で我から首にかけられた時、『一生大事にする』と言ったのだ。
「そんな、ものでいいのか?」
何故か言葉に詰まる。胸の奥が熱くなるような、不思議な感覚。
「うん! これはあたしにとっての勇気の源だよ。これさえあれば、あたしはいつも、ヴァリスと一緒なんだって思えるもの……」
そう言って笑う彼女の顔は、これまでになく魅力的に見えた。
そうだ。何の問題もない。彼女は我が、全身全霊をかけて護る。それでいい。