第113話 悪い冗談/やりたいこと
-悪い冗談-
ああ、俺の人生、長いようで短かったなあ……。
そもそもこれは、俺にとっては第二の人生だったんだ。だから、ここははっきりと『短い』と言うべきなのかもしれない。
──思い起こせば、いろいろなことがあった。向こうの世界で辛い目にあった分だけ、こちらの世界では嬉しいことも多かったと言っていいんじゃないだろうか? そして、たくさんの出会いがあった。忘れられない思い出もある。心を通わせた掛け替えのない仲間たち。そして何より……彼女に会えた。
短い人生で、俺は俺なりに精一杯、完全燃焼することができただろうか? ……わからない。だが、俺には悔いなどない──
「って、俺はいったい何を考えて!?」
……いかん。今までの人生をこんなところで総括してどうする。冗談じゃない。
エリオットからの凄まじいプレッシャーに耐えかねて、意識が飛んでしまっていたらしい。時間にすればほんの数秒だが、よく考えればその数秒の内に、俺は全力で両手を掴むエイミアを振りほどいて距離を置き、床を陥没させるレベルの土下座でも決めるべきだったのかもしれない。……いや、それでも無理か。
死んだ! 俺、死んだ! 絶対死んだ!
だってあいつの目、すでに死人を見る目になってるし!
「エリオット」
俺が全身全霊、これでもかと言うくらいのパニックに陥っているところで、エイミアが立ち上がり、エリオットの方に向き直る。
「……エ、エイミアさん」
エリオットは、なぜか狼狽えたような声を出す。先ほどまで俺に眼光鋭く殺気を放っていた彼の目は、親に叱られた子供のように揺れている。俺からは角度的にエイミアの顔は見えないが、エリオットは彼女の声や言葉ではなく、彼女が浮かべているであろう表情に対して驚きを隠せないでいるようだ。
エイミアが一歩踏み出す。エリオットが一歩後退する。また一歩。また一歩。──当然、部屋の入口に立つエリオットの背後は廊下だ。幅の狭い廊下のこと、そんな動きを繰り返せば、あっという間にエリオットの背中は壁にぶつかる。
俺は呆気にとられて、エイミアの後姿とその奥に見えるエリオットの様子を窺う。
「ど、どうしたんですか? エイミアさん」
「ん? どうしたとは、わたしの台詞じゃないか? 仮にも仲間であるルシアに、随分と凄い殺気を放っていたみたいだが?」
「え? い、いや、そんなことは……」
どうやら、エイミアは俺を助けてくれるつもりのようだ。
……いやいや、でも、待ってほしい。
あんなストレートなやり方じゃ、後で俺がエリオットに恨まれるのに変わりはないんじゃないか? むしろ俺とエイミアの仲について、余計な疑いを持たれることになりかねない。そうなれば、それこそ俺の命が無いぞ……。
おそらくこのままじゃ、仮にこの場は切り抜けられても、きっと後で殺される。くそう、死んでたまるか。よし、俺は最後まで戦うぞ。
俺はそんな奇妙な覚悟まで抱きつつ、事の成り行きを見守った。と、そこへエイミアの静かな声が響く。
「……なあ、エリオット。もう、そういうのはやめにしないか?」
「え?」
「言いたいことがあるなら、わたしに言ってくれ。わたしは『ちゃんと』聞く。……これは前にも言った。でも、今度は意味が違う。わたしは『本当に』ちゃんと聞くよ」
「あ、うう……」
エイミアの突然の変化に相当驚いているようで、エリオットはさっきから全身を硬直させている。
「ルシアとは、その話をしていたんだ。わたしは、今まで君のことを『ちゃんと』見ていなかった」
「そ、それはどういう?」
「だから、エリオット。……これが最後だ」
「え?」
最後、という言葉にエリオットは不安げな声を出す。
エイミアは、すでにこれ以上後退できないエリオットへと近づくと、彼の身体に両手を回し、そのまま優しく抱きしめる。
「あ、え、エイミア……さん?」
「君を『弟のように』扱うのは、これで最後。……ふふ、わたしはこう見えて、身持ちが固い女だぞ? 家族でもない男性に、軽々しくこんなことはしないさ。……だから、これが最後なんだ」
そう言ってエイミアはエリオットから離れ、照れくさそうに彼に微笑みかけたかと思うと、そのまま足早に歩み去っていく。後には、呆然とした表情で立ち尽くすエリオットだけが残る。そして、エイミアを見送った状態から一転、俺に向かって鋭い視線を向けてくるエリオット。
だが、しかし──
「……おいおい、そんな泣きそうな顔をするなよ」
いくら鋭い目つきをされても、今にも涙がたまりそうな有様では、怖くもなんともない。
「だ、だって、これが最後って、何なんだよ! 何があったんだ? 僕はエイミアさんの気に入らないようなことでもやったのか?」
「お前も大概、人の話を聞いてない奴だな」
「え?」
「エイミアは、お前を『弟のように』扱うのは最後だって言ったんだ。そんでもって、『男性』には軽々しく抱きついたりはしないってさ」
「あ……!」
ようやく気付いたか。まったく、今度は今度で随分と嬉しそうな顔をする。かつての無表情っぷりが嘘のような変わりようだ。何はともあれ、何とか俺も命拾いできたようだった。
──それから俺たちは、一階の食堂に集まって席に着くと、エリオットたちが仕入れてきた情報を元にして今後の方針を決めた。
それは、4日後に予定された『2号ベースキャンプ』に向かう補給隊の護衛任務に参加することだ。『1号』周辺には発掘されていない遺跡がほとんどない以上、それは当然の結論だった。
「シャルの広範囲隠蔽結界は実績のない僕たちにとって、かなりの『売り』になる。ギルドのものは、個人単位で着用者の姿が見えなくなるらしくて、不便が多いみたいだしね」
「任務への参加自体は問題なさそうね。あと問題は、護衛の冒険者のメンバー構成かしらね……」
シリルは思案顔でつぶやく。Sランクエージェントの中には俺たちの情報を知っている者もいるかもしれない。特にルシエラやヴァルナガンに会うことだけは、絶対に避ける必要があるだろう。
「それも確認したが、問題はなさそうだ。あの二人は護衛任務のように隠れて移動するだけの『つまらない』仕事は受けたがらないらしい。恐らくSランク冒険者も似たようなものだろう」
「つまらないって……バトルジャンキーかよ、Sランクってのは」
ヴァリスの言葉に、俺はやれやれと首を振った。
「……ねえ、ルシア。前にライルズさんと戦った時も言ってたけど、その、『バトルジャンキー』ってなに?」
「え? ああ、えっと、そうだな……」
突然のシャルの質問に戸惑い、言葉に詰まる。急に話が横道に逸れたせいもあるが、なにより子供には話しづらいことだ。だが俺は、自分がかつていた【異世界】のことについては、なるべく隠さず話をしようと決めていた。それがどんなに自分の恥をさらすことになろうともだ。
「ジャンキーってのは、薬物中毒のことだ。確か【魔法薬】の中には、習慣性の強い副作用のあるものなんかもあったよな?」
「うん、悪用を防ぐために、国際的に栽培が禁止されているものもあるって聞いたことがあるけど」
流石はシャル。物知りだ。俺はひとつ頷くと、言葉を続ける。
「俺の世界では、他国への『掠奪戦争』ってのは男の義務だったんだ。逆に女は『防衛戦争』が義務だ。もちろん、男女どちらも両方に参加できるから、実際には防衛にも男の姿が多かったけどな。ただ、義務である分、この役割分担だと男だけが圧倒的に危険が大きい」
「え? どうして?」
「【ヒャクド】が何を考えて決めたことかは知らないが、『掠奪戦争』では敵国の兵士を殺すことは禁止されている。というか、殺傷能力のある兵器は待たせてもらえなかった。俺が使ってたのも、ちょっと特殊な電撃を使う【スタンガン】だったしな」
言葉を続けながら、俺は自分の『腕』を見つめる。俺が直接人を手にかけたのは、ほんの数回、『防衛戦争』に参加した時ぐらいのものだ。
だが、俺の『かつての腕』は、そんな『防衛戦争』参加者とは比べ物にならないぐらいに血塗れていたはずだ。なぜなら俺はその腕で、無数の人間を飢えさせ、苦しめ、『殺して』きたのだから。
「逆に防衛側は殺傷能力のある兵器を多数、使用できた。男女差なんか関係ない。どうやったって圧倒的にこっちが不利だ。そんなもん、誰だって行きたがらないだろう? そのための『処置』が【バトルドラッグ】って奴さ」
「ばとるどらっぐ?」
「ああ、この場合は『薬物中毒者』ではなくて、『戦闘中毒者』をつくりだす薬物って意味だけどな。出撃を拒否する『臆病者』の男を強制的に『勇者』に変える。まあ、使った奴は見境なく突撃する分、間違いなく死ぬ。だから、たいていの男は、そんなもののお世話にならないよう、自分から進んで『掠奪』に参加する。……笑える話だろ?」
「……」
──まずい。さすがに皆、ドン引きだ。無理もない。自分で語っておきながら『どんな悪い冗談だよ』と言いたくなるような話なんだから。
「……で、そんな話は置いておくとしてだ。『クロイアの楔』についての情報はなかったのか?」
俺は強引に話題を切り替えることにした。
「う、うん……。エリオット君がそれとなく言葉に出して、あたしがその反応を読んだ限りでは、ここにはそれを直接知っている人はいなかったよ。やっぱり重要な発掘拠点は『2号』か『3号』みたい」
唐突な振りに乗ってきてくれたのは、アリシアだった。こういう時、彼女の能力は非常に助かる。シャルの件では随分と自分を責めていたみたいだが、それだってシャルにしてみれば有難い話だっただろう。それに、結果論だがフェイルの存在が分かったというのは、むしろ大きな収穫だった。
……それにしてもフェイルの奴、なんでこんなところに? もし、俺たちと同じ目的だとしたら、あいつに空間移動能力なんてものがある以上、悠長にはしていられない気がするな。
「……なあ、一週間もかかるんじゃ持ってく食料も水も馬鹿にならないし、やっぱり『ファルーク』で行くわけにはいかないかな? ……たとえばなんだが、シャルの『聖天光鎖の額冠』と個人用隠蔽結界を組み合わせれば、『ファルーク』込みで全員隠れられるんじゃないか?」
「馬鹿ね、無理に決まっているでしょう? わたしたちだけじゃ、『2号』の場所が分からないもの。聞いた話じゃ、やっぱり地下にあるみたいだし、『1号』の目印だってわかりづらかったんだから」
「あ、そうか」
シリルにあきれられてしまった。
「それに補給隊の護衛中だって、多少の物資は報酬代わりに分けてもらえるかもしれないでしょう?」
「いやまあ、それはわかるんだが……」
畳み掛けるような彼女の言葉には、まったく反論の余地がない。
「もっと言えば、護衛任務で『貢献度』を上げておくことで『2号』でも活動しやすくなるはずよ」
さらに駄目押しまでされてしまった。……うん、思いつきで適当なことを言うものじゃないな。シリルはそんな俺のことを、出来の悪い弟子でも見るような目で見つめてくる。
-やりたいこと-
「あなたが焦る気持ちもわかるわ。でも、大丈夫よ。『クロイアの楔』は、きっと私にしか見つけられない。……そんな気がするの」
私はある種の確信を持って、そう断言する。
「え?」
「だって、そうでしょう? この『ゼルグの地平』で開拓がはじまったのは二百年も前からなのよ? 確かに拠点を築くだけで相当の年月がかかっているでしょうけど、それでもいまだに見つからないのは、通常の方法では難しいからよ」
それでもあの時のガイエルの口ぶりからすれば、現在の発掘ポイントは『魔族』がアタリをつけている場所に大分迫っているのだろう。ただ、それでもなお……
「“魔王の百眼”か?」
「ええ。探索系の冒険者でもできなくはないでしょうけど、『古代魔族』の遺跡なら、私の方が断然有利よ」
──私はルシアに胸を張って返事をする。そもそも、私と人間の冒険者ごときとでは、その性能が違いすぎるのだ。残りカスの寄せ集めごときに、この『私』が負けるはずはない。だいたい『アレ』は『私』が──
「シリルちゃん?」
「え?」
『わたし』は、アリシアの声に我に返る。……え? 今のは一体?
「大丈夫? なんだか心がここにないみたいだったけど……」
アリシアが心配そうにわたしの顔を覗き込んでくる。
「ううん、なんでもないわ。大丈夫」
わたしは頭の中の霞を払うように、軽く首を振った。ふと見れば、ルシアが少し落ち込んだような顔をしている。……そう言えばさっき、わたしは随分ときつい言い方をしてしまっていたような?
どうしてだろう? ルシアの世界の話を聞かされて、そのあまりの酷い内容に心がささくれ立ってしまったのだろうか? 少なくとも、そのあたりからの記憶があやふやだ。
「ル、ルシア? ごめんなさい。あなただって良かれと思って言ったのに、酷い言い方をしてしまったわ」
「……いや、いいんだ。もう完璧にシリルの言う通りなんだからさ。俺なんかが思いつきで、いい加減なことを言うもんじゃなかったんだ。うん、ごめんな?」
なんだか、かなり卑屈になっちゃってるわね。……もう、仕方がないなあ。わたしは『絆の指輪』の念話機能を発動させる。
〈そんなに落ち込まないでよ。わたしは、あなたの『思いつき』って、悪くないと思うわ〉
〈え? どういう意味だ?〉
〈前に『モンスターが喧嘩っ早い理由』を話し合ったことがあったでしょう? あれだっておかげで皆、ずいぶん助かったんだし。今回の件も、あなたの考えは帰りの道についてなら十分使えるものだと思うもの〉
〈慰めはいらないぞ〉
〈もう……そんなにいじけなくてもいいじゃない。あなたが思いついたことを、わたしが現実に即して考える。そ、それがいいんでしょう? わ、わたしたちは案外……いいコンビ、だと思うわよ?〉
念話にもかかわらず、最後の言葉を発するのに随分とつっかえてしまった。なんだかすごく照れくさくて、背中がむず痒くなってくる。
〈いいコンビ……か〉
念話なのに、しみじみとした『声』で繰り返すルシア。
〈いい言葉だな。ありがとう。こんな俺でもすごく必要としてもらえているみたいで……なんか、すげーうれしい〉
相変わらず少し卑屈な言い回しは残っているけれど、まるで子供のような喜びの思念が伝わってくる。微笑ましいというべきか、少しだけ庇護欲がそそられるようなこの感じ。……なぜだろう? ずっと昔に感じたことがあるような?
でも、わたしのこんな言葉ぐらいで、こんなにも喜んでくれるなんてね。恥ずかしかったけど、言ってみて本当に良かった。
……わたしが彼にしてあげられることは、結局はこういうことなのかもしれない。
彼の語る【異世界】の話は、聞けば聞くほど酷いものだ。彼の背負ってきたものは、わたしがこの世界で背負わされてきたものとは、まるで真逆のもの。
世界を救うことだけを、定められたわたし。
故郷を救うことさえも、許されなかった彼。
使命に従うしかないわたし。
運命に抗うしかなかった彼。
──だから
彼はわたしの中に、『自分』の存在理由を求めた。
わたしは彼の中に、『世界』の存在理由を求めた。
彼はわたしの手を取って、呪われた運命を切り拓く。
わたしは彼の手を取って、祝された未来を創り出す。
そんな風に考えるだけで、わたしの心は暖かいもので満たされる。彼に助けられるだけじゃなく、わたしも彼を助けてあげたい。いつかそんな日が来ることを願って、わたしはこの世界を救おう。
『やるべきこと』なんかじゃなく、それがわたしの、『やりたい』ことだから。
──それから四日後。
わたしたちは予定どおり、輸送隊の護衛任務に参加することができた。『2号』への輸送にあたる護衛任務は比較的人手が不足しているらしく、わたしたちの申し出は輸送隊のリーダーから大歓迎された。
隠蔽結界のおかげでモンスターと遭遇する回数は少なく、旅路は順調に進んだ。
たまに隠蔽の効かない敵や荷駄そのものに襲い掛かるタイプの敵もいたけれど、護衛の人数もそれなりに多かったため、特に苦戦することもなかった。
輸送隊の編成は荷馬車が約十台といったところで、馬車を引くのは召喚系の【スキル】を持つ冒険者が用意したらしい『幻獣』だった。
おかげで徒歩というより馬車に乗っての移動が大半だったのだけど、同行してくれた冒険者や輸送隊の隊員たちは、わたしたち女性陣に随分と気を遣ってくれていた。
道中、いやらしい目でこちらを見つめる連中がいたため、わたしが『制裁』を加えてあげたのも理由かもしれないけれど。
「いやあ、明日にもシリルさんたちとお別れだなんて寂しいなあ」
旅も終わり間際になって、若い冒険者の男性が慣れ慣れしく話しかけてくる。この殺伐とした世界には、当然ながら女性が少ない。多少迷いはしたけれど、ここまでの道中でそれなりに世話になった相手でもある。純粋に話がしたいだけなのだろうと判断し、少しはまともに応対してあげることにした。
「向こうには滞在しないの?」
「まあ、少しは休むかもだけど、俺たちは基本『1号』が活動拠点だからなあ。こっちに来るのは『駅』からの物資運搬があるときぐらいだよ」
彼は召喚系【スキル】持ちのAランク冒険者で、かつての仲間と死別したため、輸送隊の任務を続けているのだとか。
「それにしても、君たちみたいな可愛い子が『2号』に挑むだなんてなあ」
「その言葉は何度も聞いたわ」
「あはは。まあ、それだけ意外だってことだよ」
わたしがいい加減うんざりした口調で言うと、彼は快活に笑い声をあげる。一見軟弱そうな見た目の男性だが、文字どおり『絶望』の名を冠するこの『ゼルグの地平』にありながら、そんな笑い方ができること自体、南部にいる普通の冒険者とは違うのだろう。
「俺も大概、ここでの経験が長いけどさ。『2号』には長居したくないんだ。……あそこは化け物の巣窟だからな」
「化け物? 『魔神』のこと?」
「いや、俺が言ってるのは『ベースキャンプ』内の話だよ。つまり、Sランクの連中のことだ。あいつら、まじで人間じゃない。能力もそうだけど、なにより頭の中がぶっ飛んじまってるんだ。会えばわかるさ」
身震いするように言う彼の顔からは笑みが消え、うすら寒そうな表情に変わっている。そんな彼の様子に、わたしは少しだけ悪戯心を起こしてみた。
「……そうね。わたしもヴァルナガンやルシエラには会ったけれど、彼らも随分と変わりものだったわ」
「え!? まさか、君ってあの二人の知り合いなのか?」
「ええ、そうよ」
「……やっぱり、ただものじゃないな、君たち」
目を丸くする彼に、わたしは追い打ちをかけてみる。
「そうそう、Sランクって言えば、他にもいたわね。……レイフィアって知ってる?」
試しに訊いてみた程度のつもりだった。けれど、わたしがそう尋ねた時の彼の反応は、あまりにも劇的なものだった。
「げげ!! 『紅蓮の魔姫』も知り合いなのか!? な、ちょ、ちょっと、待った!! 俺が『頭がぶっ飛んでる』とか言ったって話、彼女には内緒にしてくれないか? な? 頼む!!」
……あの女、一体何をやらかしたのよ。ヴァルナガンたちよりも怖がられてるじゃない。
何度も念を入れてくる男にうんざりしながらも、わたしは思考を切り替える。恐らく『2号』には、レイフィアのようなSランクが多いはずだ。恐らくその中には、『元老院』のエージェントもいるに違いない。
リオネルの意がある以上、わたしたちへの捕縛命令は出ないはずだけど、『衛士団』の小隊長レンドルのように個別の議員の息がかかっている可能性ならある。気を引き締めるに越したことはない。
──そして翌日、わたしたちは『2号ベースキャンプ』に到着した。
外観は『1号』と大差ない。最大でも二階建てぐらいの石造りの建物がいくつか並ぶほか、多くはテントを設置して休憩所や物品販売・交換所などにしているらしい。
ただ、『1号』と大きく違うのは、その徹底した防護策だった。外を徘徊する高ランクモンスターの目を避けるために地下を使ってはいても、ここでは絶対安全とは言い難いようで、周囲の壁面はかなり強化されており、隠蔽結界の類も強力に施されている。
「よし、早速ここの運営本部に仕事の報告と登録を済ませてこよう。それができたら周辺の遺跡についての情報収集もしないといけないし、やることはたくさんあるぞ」
やけに張り切っているわね、エリオット。どうしたのかしら?
『2号』のキャンプ内を歩いていると、時々冒険者らしき人とすれ違う。わたしたちを値踏みするような不躾な目で見る輩も多いけれど、こちらから見ても『Sランク』は一目でわかる。ルシアの言う『バトルジャンキー』ではないけれど、好戦的な光を目に宿らせた連中が多分そうなのだろう。
「やっぱり、ライルズさんが言ってたけど戦士系のSランクには【因子所持者】が多いみたいだな」
ルシアのそんな言葉どおり、目についた何人かは、モンスターの因子を持っていると思しき人間だった。もちろん、人数からすれば圧倒的にAランクの人が多かっただろうけれど。
『化け物の巣窟』なんて輸送隊の男性は言っていたけれど、中には狂気じみた雰囲気の冒険者もいる。彼が身の危険を感じるのも無理はないかもしれない。
「……フェイルのこともあるわ。ここでの情報収集は、全員で回りましょう」
わたしの提案に全員が頷く。やはり皆もこの場所に漂う、ただならぬ気配を感じ取っているようだ。