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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第12章 渦巻く災禍と彼女の箱庭
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第112話 信じられないもの/肩を並べて

     -信じられないもの-


 『1号ベースキャンプ』に到着した翌日。


 僕は早速キャンプ内で、この『ゼルグの地平』に関する情報収集を始めることにした。何と言っても武芸大会四連覇中のSランク冒険者の肩書は伊達じゃない。『ルーキー』とはいってもさすがに一目置いてもらえるようで、この役割は僕が適任と言えた。


「まさか、フェイルがここに来ているなんて思いもしませんでしたね」


 僕は隣を歩くアリシアさんに話しかける。ほとんど間を持たせるためだけの言葉だった。アリシアさんには、情報収集の相手が嘘をついていないかを見抜くために同行してもらっているのだが、先ほどから元気がない。


「うん。そうだね……」


 アリシアさんの返事は短い。昨夜の出来事がまだ尾を引いているみたいだ。


「アリシア、いい加減に気に病むのはよせ」


 同行するヴァリスも、気遣う様にアリシアさんに声をかける。


「で、でも、あたしがシャルちゃんの隠し事をわかってて送り出したのがいけないんだし……」


 そう、アリシアさんが気に病んでいるのはそれだった。

 昨日の晩、シャルは宿に帰ってくるなり、このキャンプ内でセフィリアやフェイルに会ったことなどを打ち明けてきた。状況が状況だけに隠すわけにはいかないと思ったらしい。

 もともと、マギスレギアの城下町でセフィリアと知り合って『友達』になっていたというのも驚きだったけれど、何よりも問題だったのは、今回はそこにフェイルが居合わせていたということだ。


 さすがのシリルも、この時ばかりは烈火のごとく怒った。手を上げたりはしなかったものの、まだ殴られた方がましだったんじゃないかというくらい、厳しい叱責の嵐だった。最後にはシャルも泣き出してしまうし、つられて怒っていたはずのシリルまでシャルを抱きしめて泣き始めてしまうしで、大変な騒ぎだったのだ。


「で、でも、さすがにアリシアさんだって、まさかシャルがセフィリアと会おうとしていることまではわからなかったわけですし……」


「でも、やっぱり駄目なんだよ。人の心がわかったような気になって、気を利かせたつもりで、結果としてシャルちゃんを危ない目に合わせたんだもの。こんなことなら、心なんて読めない方が良かったんだから……」


 駄目だ。これはかなりの重症だ。僕にはどうしようもない。……ここはひとつ、ヴァリスに任せるしかないか。僕が目配せをすると、ヴァリスがわずかに狼狽えたような顔を見せ、仕方がないとばかりに息をつく。


「む……と、とにかく、アリシア。過去を悔やんでいる暇があったら、未来に向けて行動するべきだろう。我らの役割は情報収集だ。そこで皆の役に立てばいい」


「……う、うん。わかった」


 返事はあったものの、相変わらず力無い声のままだ。……というか、ヴァリスとアリシアさんの仲だったら、彼ももう少し気の利いた言葉を言ってあげることはできなかったものだろうか? 

 とにかく、ここは気を取り直していくしかない。フェイルの存在が確認された以上、戦力の分散は危険だということで、この場には僕とアリシアさん、そしてヴァリスの三人がいる一方、宿の方には残りの皆が揃っている。つまり、情報収集は僕らが頼りなのだ。


 僕らは手当たり次第に道行く冒険者やキャンプのスタッフに声をかけ、ここでの仕事やモンスターについての情報収集を行った。


「補給部隊の護衛任務、周辺で活動が活発化した指定モンスターの排除、遺跡の発掘の三つが主な仕事かな……」


 僕は最後に立ち寄った運営本部の前で、玄関脇に設置された看板を見ながら改めて確認する。結局、僕らがキャンプ内で収集した話をまとめると、次のような状況になる。


 護衛任務は定期的な仕事だが、『駅』から『1号』までの区間と比べると、『1号』から『2号』または『3号』までの区間については、危険度が段違いであるらしい。そのため、『2号』や『3号』への護衛任務は人手不足でもあるとのことだ。したがって、今後僕らが『2号』に向かうつもりなら、この護衛任務を利用していくのが一番確実だろう。


 続いてモンスターの排除だが、代表的なのが『胞子体』の焼却作業だ。これは放っておくと周辺地域が『胞子体』であふれかえり、この『1号』まで侵食されかねない切実な問題らしい。とはいえ、今ではこの任務、もっぱらヴィングスとレイフィアの独壇場になっている。


 最後に、遺跡発掘に関してだが、この近くにある遺跡はほぼ発掘しつくされているため、もし狙うなら他の『ベースキャンプ』とは別方向に遠征して遺跡を探す必要があるだろう。だが当然、遺跡そのものが見つからなければ骨折り損のうえ、距離が長くなる分リスクもでかい。


 ──これは僕の推測だが、『魔族』とつながりのあるギルドは、遺跡の在り処にある程度のアタリをつけているのだろう。結局のところ、二百年の時を費やしながら、この広大な【フロンティア】での探索は、そのアタリに従ったごく一部でしかできていないのだ。


「つまり、この『1号』で我らができることはないわけだ。すぐにでも『2号』に向かうことを考えてもいいのではないか?」


「うーん、ヴァリスの言うことももっともだけど……でも、携帯用の隠蔽結界は入手した方がいいかもしれないよ。シャルの『額冠』に頼り切りだと、いざそれに問題が起きた時に困るからね」


 あの【魔導列車】の技術があれば、駅やキャンプ同士を地下通路でつなげるぐらいできそうなものだが、さすがにそれは叶わないらしい。そのため、『2号キャンプ』までは徒歩がメインの移動手段となるが、それだと一週間近くかかるそうだ。その間、Aランクモンスターと戦い続けていたら、到底身が持たないだろう。


「でも、ここってホントに単体認定Aランクモンスターしか出ないんだね……」


 アリシアさんが信じられないといった顔で呟く。


「たまにはBランクの奴も出るらしいけど……」


 そんな会話を続けていると、急に後ろから声をかけられた。


「よお、早速仕事の確認か?」


 振り向けば、そこには昨日僕らを案内してくれたヴィングスが立っていた。一目で【魔法具】とわかる防具を身にまとい、独特の装飾が施された剣を腰に佩いている。


「ああ、ヴィングスか。ここのモンスターのことで教えてもらいたいんだけど、いいかな?」


「ああ、いいぜ」


 快く頷いてくれるヴィングス。心なしか先日より機嫌がよさそうだ。


「ここって、どうしてAランクモンスターしか出ないんだ?」


「そりゃ、決まってる。ここが『地獄』だからだ」


「いや、求めてるのはそういう答えじゃないんだけど」


「あ、ああ……悪い。レイフィアの奴の影響かな。俺としたことが……」


 何やら自分を恥じるような顔をして、頭を掻くヴィングス。


「これから話すのは、あくまで噂話だ。そのつもりで聞いてくれ。……ここに出没するモンスターはな、元々はランクが低い奴もいるはずなんだ。だが、そいつらは生まれてすぐ、ここを徘徊する『魔神』に引き寄せられる。でもって、『魔神』に接触した途端に……『進化』するのさ」


「進化?」


「ああ、すべて例外なく単体認定Aランクモンスターになっちまうんだとさ」


 そんな馬鹿な。信じられない。モンスターが進化するだって?

 そんなでたらめな話、聞いたことがない。


「俺もでたらめだと思った。だが、考えてみれば辻褄が合うんだよ」


「つじつま?」


 と、僕がおうむ返しをしたところで、アリシアさんの声が割り込んでくる。


「【フロンティア】のモンスターは、時間が経てば経つほど強力なものになる。……そうだよね?」


「ああ、そのとおり。モンスターは進化する。そう考えれば、その現象にも説明がつくってもんだ。それと、もうひとつ。──単体認定Aランクになるとな。『魔神』に群がる奴が少なくなるんだよ。それってつまり、もう『その必要』がないからじゃないか?」


 ……確かに、ここで見た『魔神ヴァンガリウス』の周囲にはモンスターがいなかった。そう考えれば、辻褄は合う──のか?


「ま、あくまで推測だ。いずれにせよ、この『ゼルグの地平』で生き残る最大の秘訣は、『魔神』にだけは絶対に近づかないことだ。……今の俺が言えた話じゃないんだけどな」


 なんだか複雑そうな顔で語るヴィングス。推測とはいえ、これは重要な情報かもしれない。もし仮に、ここで『魔神』と戦わなければならなくなった場合において、周囲に集まるモンスターへの警戒レベルを下げられるというのは願ってもない話だ。


「少しはお役に立てたかい?」


「ああ、助かったよ。できれば何かお礼をしたいところだけど……」


「いや、いいさ。あんたたちまでレイフィア──あの女に巻き込まれることはない。……というか、エリオットは変わってるな」


「そうかな?」


「いや、Sランクにしては『まとも』だなという意味だ。頭のイカれた奴ばかり相手にしているからな。たまにでもお前みたいなのと話ができてほっとするよ。お礼はそれで十分だ」


 そう言い残し、彼は建物の中へ消えていく。


「それじゃ、帰ろっか?」


 アリシアさんの言葉に頷きを返し、僕たちはその場を後にした。


 ある程度の情報は入手できた。後は次回の『2号キャンプ』への輸送隊がくる三日後までに必要な物資を入手しておくだけだ。時間もあるし、それは他のみんなに任せるとして、ここはいったん宿に戻ろう。


 ──だが、戻った先で、僕は信じられない光景を目にすることになる。


「ただいま、シリルちゃん」


「あ、お帰りなさい。どうだった?」


 ルーキーである僕たちに与えられた宿泊部屋は、大部屋が一つだけだった。女性陣と同じ部屋に寝泊まりするのは緊張するけれど、幸いにしてそれなりの広さはあるし、ベッドの数も不足はない。

 だから、現在この部屋には僕たちパーティメンバー全員が揃っている。……はずだった。


「あれ? エイミアさんは?」


「ああ、そういえば見当たらないわね?」


 シリルはシャルと二人で、『リュダイン』や『ファルーク』たちとじゃれていたらしい。エイミアさんが部屋からいなくなったことに気付かなかったと言う。


「あれ? ルシアくんもいないね?」


 アリシアさんが、ふと気づいたようにそんな言葉を口にした。


 ……エイミアさんとルシアの二人がいない? 僕は何となく気になって、部屋を出る。そして宿の廊下を歩くうち、空き部屋であるはずの個室に人の気配を感じた僕は、その部屋をのぞき込んだ。


 ……中では、エイミアさんが、親しげにルシアの両手を握っているのが見えた。嬉しそうに笑っている。あんな笑顔の彼女は、滅多に見られるものじゃない。


 僕の中で、何かが音を立てる。


 ──うん、決めた。彼を殺そう。



     -肩を並べて-


 エリオットたちが部屋を出発してしばらく、わたしは何とも言えない気持ちを抱え、一人悶々としていた。苦難の行程を乗り越え、ようやく人心地がついたところで、出発前にメリーさんから言われた言葉を思い出してしまったのだ。

 『宿屋』という似通った環境がそうさせたのか、道中であの子が見せた成長した一面がそうさせたのか。とにかくわたしは、酷く落ち着かない気持ちにさせられていた。


 ……いったい、なんなのだろう? 部屋を見渡せばシリルとシャル、それにファラの三人(?)が、昨晩の騒ぎなどまるで嘘のように仲睦まじく遊んでいるのが見える。可愛らしくも微笑ましい光景であり、普段のわたしなら真っ先に飛んで行って混ざるところだ。


「はあ……」


 つい、ため息などついてしまった。


「どうかしたんですか? ため息なんかついて」


 ほら、ルシアまで気を遣われてしまった。どうやら彼は、男一人でペットとはしゃぐ女の子組に混ざることもできず、暇を持てあましているらしい。なら、ちょうどいいだろうか?


「ルシア、少し時間があるかな?」


「え? まあ、暇ですけど……」


「話を聞いてもらいたいんだ。……できれば、他のみんながいないところで」


 そう言うと、彼は驚いた顔になる。


「え? い、いや、でも……」


「何か問題か?」


「う、うーん、まあ、今なら大丈夫……か」


 何やら本人の中で葛藤があったようだが、どうにか承諾してくれそうだ。さすがにこれからの道中、こんなもやもやとした気持ちのままではいられないからな。この機会を逃さずに済んで助かった。


「あ、でも、そんなに遠くには行けませんよ? ファラの奴が『幻獣』に触れなくなっちゃいますから」


「なら、隣の部屋でどうだ? 幸い空き部屋のようだし」


「ああ、それぐらいなら大丈夫です」


「よし、じゃあ、行こうか」


 わたしとルシアは女の子組の邪魔をしないよう、ゆっくり部屋から外に出た。そしてそのまま空き部屋となっている隣の個室へと場所を移す。


「で、人払いまでしてする話ってなんですか?」


 何故かルシアの顔には、緊張のようなものが見え隠れしている。彼はわたしが有名人であることを意識するようなタイプではないと思うのだが、違っただろうか?


 ……だがそれより、もうひとつ気になることがある。


「その前にルシア。どうして君はわたしに敬語で話すんだ?」


「へ? い、いや、まずかったですか?」


「まずいも何も、他人行儀すぎるじゃないか。シリルはともかく、アリシアにだって敬語なんて使っていないのに、わたしだけ差別するのか?」


「あ、いや、そういうわけじゃ……」


「できればわたしにも、もっと気安く接してもらいたい」


「わかりまし……い、いや、わかったよ」


 そうは言いながら、彼の顔の緊張の色は、さらに濃くなったような気がする。


「そ、それで、その、話っていうのは……?」


「ああ、そう、その、何と切り出したものかな……」


 メリーさんから言われた通り、仲間にでも聞いてみよう。とは思ったのだが、何と言って聞いたらいいのかは非常に難しい。そもそもわたしは、この手の話が苦手なのだ。いや、人のことをからかうのは楽しいのだが。


「へ? い、いや、まさか、そんなわけ……」


 ますます狼狽したような表情を見せるルシア。うーん、どうしたのだろう?


「よし! 思い切って言おう! ルシア」


「は、はい!」


 だから何故、敬語に戻る……。


「エリオットは、わたしのことが好きなのだろうか?」


「うえ? ええ!?」


 驚きの声をあげられた。それもすごく意外そうな声だ。なんだ? わたしはかなり的外れなことを言ったのか? だとすれば、さすがに恥ずかしい……。わたしはメリーさんに担がれたのだろうか?


「い、いや、その、勘違いならいいんだが……」


「な、なんだ、俺はてっきり……」


 ルシアが何故か胸をなでおろしている。さっきから何なのだろう、彼は?


「えーと、その、もちろん、エリオットはエイミアのことが好きなんだと思うけど……」


「え?」


 なんだ? だとすれば、さっきのルシアの反応はなんだったのだ? わたしがそう言うと、彼はそのことは忘れてくれと言わんばかりに首を振った。


「い、いや、人払いまでして言いにくい話なんててっきり……いや、単なる勘違いと言うか……まあ、何でもないんだ。それより、その、どうしてそんなことを?」


 問われて、わたしはメリーさんから言われたことを、かいつまんで彼に話した。


「な、なるほど、あの婆さん。ただものじゃないな……」


「ルシア、婆さんだなんて失礼だぞ?」


「ああ、悪い。うーん……なんだか最近、俺はこんな役回りが多い気がするぞ?」


 ルシアはわたしが目の前にいるというのに、ぶつぶつと独り言を言い始めた。


「話を続けてもいいか?」


「あ、ご、ごめん! 続けてくれ」


「わたしが確認したいのは、その、あの子がわたしを『好き』だという意味だ。わたしはずっと、彼はわたしのことを恩人だとか、姉のような存在だとか、そんな風に慕ってくれているものと思っていたのだが……」


 わたしがそう言うと、ルシアは真剣な顔に戻り、考え込むような仕草を見せる。


「本当はアリシアの方が、そういうのはよく分かるんだろうけどなあ」


「わたしもそう思わなくはないが、彼女の場合は直に『見て』しまっているみたいなものだからな。それを聞き出すなんて、あの子に申し訳ない」


「相変わらず、真っ直ぐというかなんというか……そこがエイミアのいいところなんだろうけど……」


「おだてても何も出ないぞ?」


「へいへい」


「で、どうなんだ? 少なくとも君の目から見て、その……あの子は、わたしに、その、れ、『恋愛感情』を持っているという話は、本当なんだろうか?」


「うん」


 恋愛感情──わたしはやっとの思いでその言葉を口にしたのだが、ルシアはと言えば、先ほどまでの自信なさげな顔など嘘のように迷いなく即座に頷いていた。


「え?」


「いや、持っているかどうかで言ったら間違いなく持ってるだろうよ。ただ、メリーさんも言ってたとおり、アイツのエイミアを『好き』って感情は、そんなもんをとっくに超えたところにある。……言っておくけど、俺がこうしてあんたと二人きりでいること自体、命がけなんだぜ?」


「そう言えば、前もそんなことを言っていたな?」


 まさかあれは、そういう意味だったのか。そこまであの子を、自分に依存するように仕向けてしまったのは、やっぱりわたしの罪なのだろう……。


「……なんだか、悩んでいるのはそんな簡単なことじゃなさげだな?」


「ふふ……君にしては鋭いじゃないか」


「君にしては、が余計だぞ。まあ、最近の俺はカウンセリングも板に付いてきたからな。よかったら話してみてくれよ」


 言われてわたしは、彼に自分の思うところを打ち明けた。

 わたしがあの子にしでかしてしまったことを。

 悔やんでも悔やみきれない失敗を。


 ──そして、彼から帰ってきた答えは、


「うん、よくわからん」


「一刀両断か!?」


 『切り拓く絆の魔剣(グラン・ファラ・ソリアス)』並みに切れ味鋭い返答だった。というか、いくらなんでもそれはないだろう。板に付いてきたという言葉は嘘だったのか?


「いや、よくわからんって言ったのはさ。エイミアが何をそんなに気にしているのか、その理由がわからないって意味だよ」


「理由?」


「いいか? たった一人の大切な弟が死んだばかりのところに、だ。たまたま近くにいた不幸な境遇の少年に死んだ弟の影を重ねて優しくしてやったことが、そんなに悪いことなのか?」


 ……悪くない。そんな言い方をすれば、そう言うしかないだろう。だから、そんな言い方はずるいのだ。それに、自分がその時どんな状況だったのだろうと、結果として不幸なあの子を自分のために利用したことに違いはないのだから。


「ったく、悪い意味で真面目すぎるんだよな。シリルも、エイミアもさ。もうちょっと、いい加減に物事を考えられないもんかね?」


「君が言うと妙に説得力があるな……」


「ほっとけ。でも真面目な話だぜ。なんでもかんでも自分の責任にするもんじゃない。それは、あいつにも失礼なことなんだからな」


「失礼?」


「ああ、だってそうだろ? エイミアの話を採用すればだ。今のエリオットがああなったのは、全部エイミアのせいだ。あいつ自身には、初めから自分を自分で変えることなんてできないんだってことになる」


「そ、それは……」


「──なわけないだろが。あれは『そのように仕向けた』結果なんかじゃない。あくまでアンタという人間自体から影響を受けて、あいつ自身がなりたいと思う自分に、なるべくしてなったんだ」


 なるべくして、なった……か。

 そう言えばあの子は、わたしの元から去った理由を『わたしと肩を並べられる人間になりたかったからだ』と言っていた。あれはわたしに気を遣ったんじゃなく、本当にそう思ってのことだったのか? 『弟』としてではなく、『あの子』と呼ばれる存在でもなく、対等な一人の人間として、わたしの横に立ちたかったからだというのか?


「……随分、詳しいんだな」


「そりゃ、あんだけ憂さ晴らしの訓練につき合わされればな。エイミアの話だって、散々聞かされたさ。ホントにあいつ、馬鹿みたいにアンタのことが好きなんだぜ? 恋する少年の惚気話なんか、聞かされる方の身にもなってみてくれよな」


「む……」


 なぜか少しだけ、顔の熱さを自覚する。


「……あれ? 随分話が脱線しちまったな。というか……俺は結局、何が言いたかったんだ? やっぱり慣れないことはするもんじゃないな」


 首を傾げるルシア。その様子がおかしくて、わたしはクスリと笑いをこぼす。


「いや、すごく参考になった。ありがとう。ルシア」


 わたしは、目を逸らしてはいけないのだ。あの子……いや『エリオット』のことを対等な一人の人間として、男性として、見てみることから始めよう。そのことに気付かせてくれたルシアには、いくら感謝しても感謝しきれない。


 わたしは彼の手を取り、心の底から礼を言った。


 ──と、そのとき。


 部屋の扉が音を立てて開く。目の前でルシアが硬直し、顔色を青ざめさせる。横目で見れば、入口に立つエリオットの姿。そうと意識して見れば誰でも気付くような、負のオーラをまとっている。

 ……うん、大丈夫。わたしは、わたしのするべきことをしよう。恩人である彼を、こんなところで死なせる(?)わけにはいかないのだし。


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