幕 間 その20 とある冒険者の述懐
-とある冒険者の述懐-
真のフロンティア『ゼルグの地平』
まさにこの世の地獄ともいうべき場所だ。まともな神経の人間なら、その光景を──いや、この『気持ち悪さ』を──目の当たりにした時点で、回れ右をして二度と立ち入らないだろう。だから、わざわざこんな場所にまで立ち入って遺跡の発掘やらモンスター退治やらを続ける俺たちのような連中は、頭の螺子がイカれてしまっているに違いない。
実際、俺はかつてパーティを組んでいたメンバーを失った。そのうち、死んだのはたったの1名。残りはここにいることに耐えきれず、南部へと戻っていった。
──ならばなぜ、俺はここに残っているのか? ……決まっている。俺はモンスターどもと戦うのが大好きだからだ。帰っていった奴も、そんな俺についてこれなくなっただけ。
……そうだ。それだけなんだ。
そして、『1号ベースキャンプ』
この地獄のような場所にあって、数少ない心休まる場所──オアシスとも呼べる中継地点だ。とはいえ、外敵に襲われる危険が少ないというだけで、この場所全体に漂う『気持ち悪さ』から逃れることができるわけじゃない。それに、タダで滞在できる場所でもない。
この『ベースキャンプ』では、『南部』の通貨は意味をなさない。もちろん使えないことはないが、優れた装備、水や食料などの潤沢な補給物資を金銭で購入し、個室での宿泊を続けようとすれば、どんな大金持ちでも一か月で破産は確実だ。この地獄では、それらのものはそれだけ貴重品なのだ。
したがって、ここに来た冒険者たちは皆、『ベースキャンプ』存続のための何らかの仕事に従事し、その貢献度合いに応じた『権利』を購入しているというのが実態だった。というか、これもギルドが考えたシステムなのだろう。
まずひとつは、古代遺跡からの発掘だ。一見してガラクタにしか見えないものでも、ギルドの鑑定で認められれば、ひとつ発掘するだけでキャンプにおける莫大な権利を得ることができる。とはいえ、最近では近隣のめぼしい遺跡からの発掘品は減ってきており、2号、3号の『ベースキャンプ』に行けばともかく、この1号に留まったまま遺跡の発掘だけで滞在を続けることは困難だ。
そこで第二の手段。この1号といえど、2号、3号への物資補給のための中継地点としては非常に重要な役割が残っている。だから、遺跡の発掘でなくても、1号の存続に必要な仕事であれば重宝されるのだ。しかし、雑用的な仕事ではない。それは『元』冒険者であるギルドの後方支援員が行うものだ。
必然的に、俺たち冒険者がする仕事は、あくまで『戦い』に特化したものになる。だからこそ、俺のような戦闘狂がいる意味もある。
──今日もまた、そんな仕事のひとつ、「『魔神ヴァンガリウス』の胞子体焼却作業」という任務のため、対『魔神ヴァンガリウス』用の囮となる石のハリボテ(地属性魔法によるものだ)が設置された地点へと向かう。
「ヴィングス。アンタまた、くだらない感傷にひたっているわけ?」
癪に障る言葉が、俺の隣から聞こえてくる。だが、俺はそちらを見向きもしなかった。見たところで、彼女の姿は『見えない』からだ。
特殊な携帯用の隠蔽結界。個人ごとに姿を隠蔽してしまうため、チームでの任務には不便もあるが、ここでは必須のアイテムだ。キャンプで入手できる品物の中では比較的『価値』のあるものだが、うっかり壊さなければ末永くお付き合いできる代物だった。
「確かアンタの仲間って、『胞子体』に殺されたんだっけ?」
彼女は、俺が無視したことなど気にもせずに言葉を続けてくる。できればぶん殴ってやりたいところだが、実力的に敵う相手でもない。そもそも彼女に手を出して『焼き殺された』連中は、噂に聞く限りでも枚挙に暇がないほどだ。
「それにしても、かったるい仕事だよね。あたしはさっさと2号に戻りたいんだけどな」
彼女、レイフィア・スカーレットはSランク冒険者だ。【炎属性禁術級適性スキル】“紅蓮の女王”を当たり前のように所持し、暴力的な力を有する【魔鍵】の力も相まって、このあたりじゃ『紅蓮の魔姫』なんて二つ名まで付いている。
「魔神ヴァンガリウス──『人工物』に反応して胞子体をまき散らし、擬似生命を創ってあたり構わず生命体を侵食する……てのがギルドの分析らしいけど、そのためにいちいち囮を造って、撒かれた胞子体を焼却するなんてまどろっこしい真似、馬鹿馬鹿しくない?」
「……そうしなきゃ、いつ『1号』が侵食されるかわからないだろうが」
「お? やっと返事したじゃん。姿も見えないし、てっきり逃げ出したかと思ったぞ?」
馬鹿にした口調で言うレイフィア。……そもそも俺は、なんでこの女とコンビを組まされているんだったろうか?
──あれは確か、三か月前のことだった。
仲間を失ってから一か月。単独で受けられる仕事などありはしないこの『ベースキャンプ』で、協調性もない俺はその辺のパーティに混ぜてもらうこともできずにいた。さすがにそろそろ引き上げ時かもしれないなどと考えながら、キャンプ内をぶらついていた時だった。
「ちょっと、そこのアンタ! 暇そうね?」
そんな声をかけられた。振り向けば、そこには魔女の帽子をかぶり、人の悪そうな笑みを浮かべた赤毛の女がいる。顔立ちこそ童顔で可愛らしくもあるが、その時の俺だって、『紅蓮の魔姫』の悪名ぐらい聞いていた。実力至上主義のこの場所では、人を殺しても彼女のような優れた冒険者は罪を問われないらしい。……そんなことを真っ先に思い浮かべてしまうくらい、この女の『前科』は華々しかった。
「な、なんだよ、あんた?」
「うーん、いいね。その死んだ魚みたいな目。使い捨てにするにはちょうど良さそうな感じ?」
……関わらない方が身のためだ。俺はその場を足早に通り過ぎようとし、次の瞬間、殺気を感じて大きく後方に飛びさがった。……いや、感じたのは『熱気』だっただろうか?
「お、よくかわしたじゃん。今ので死なれちゃ、さすがのあたしも寝覚めが悪くなるところだったよ」
俺は内心の衝撃を押し殺すように無表情を貫きつつ、彼女を見る。彼女は、つい今しがた巨大な炎の塊を吐き出した『杖』を手に、ケラケラと笑っている。
……あれが有名な【魔鍵】『燃え滾る煉獄の竜杖』か。まともに戦って敵う相手じゃないが、黙って殺されてやるわけにもいかない。俺は自分の腰から『剣』の形をした【魔鍵】を抜き放つ。
「あれ? なんで戦闘モードになってんの?」
「お前が仕掛けてきたんだろうが」
「へ? なによ。ちょっと呼び止めただけじゃん」
「……」
開いた口がふさがらないとはこのことだ。この女、頭の螺子がイカれているどころじゃない。初めから頭の構造そのものがイカかれてやがる。
「実はさ、あたし仲間を探してんだよね。で、アンタの噂を聞いたんだ。ソレ、【魔鍵】なんだろ? 聞いた話じゃ、そいつの“神性”ってあたしの奴と相性良さそうなんだよ」
……確かに、この女の能力とは相性がよさそうだ。俺の【魔鍵】は『剣』の形をしているくせに、意外とサポート向きの“神性”だったりする。だが、だからといって……
「仲間を使い捨てにするような奴とパーティを組む気はない」
「ふうん。じゃあ、早速仕事でも受注して親睦を深めるとしようか?」
「お前、人の話を聞いていなかったのか?」
「え? だから仲間を使い捨てる奴とは組まないって言うんでしょ? なら、あたしは問題ないじゃん。ちょうどいいとは言ったけど、ほんとに使い捨てたりしないって。……まあ、足手まといなら見捨てたりはするかもだけどね」
「……なるほどな」
「もっとも、見捨てるのはアンタの方が得意だった?」
「!!」
どうして俺は、このときレイフィアに斬りかからなかったんだろう? 今でもそれが不思議に思えて仕方がない。
──他にも、疑問に思う点は色々ある。
どうせ、道中はやることもない。たまにはこの女と会話しながら囮地点へ向かうのもいいかもしれない。
「なあ、レイフィア」
「なによ、気持ち悪い」
「き、気持ち悪いって……ひとつ、聞きたいことがあるんだが」
「なに?」
「なんで俺とパーティを組んだ? ここ三か月はずっと胞子体焼却任務ばかりだ。そりゃ、実入りもいいし、俺たちにはぴったりの仕事だとは思う。だが、さっきお前が自分で言った通り、お前の実力なら俺なんかと組んで『1号』にくすぶっている理由はないだろ?」
俺がそう言うと、レイフィアは呆れたように息をついた。
「決まってんじゃん。アンタに惚れたからよ」
「……悪い冗談はよせ」
背筋に走る悪寒に耐えながら、どうにかそれだけ口にする。
「バレた? ってか、今さらだねえ。今にも死にそうな顔をしてた奴がそんなことを気にするようになるなんて、ちっとはましになったかな?」
けらけらと笑うレイフィアの気配。
「はぐらかすな」
「はいはい。わかったわかった。っていうか、さっき言ったじゃん」
「なに?」
「焼却作業なんてまどろっこしいってさ。だーかーら! ……あの『魔神』、ぷちっと潰しちゃいたいんだよね。でもって、さっさと『2号』に戻る」
気でも狂ってるのかこの女は? 『魔神』を倒すだって? それこそSランク冒険者がパーティを組んで準備万端整えたうえで挑んだとしても、勝てるかどうかは怪しいものだ。勝てたとしても、犠牲は避けられないような化け物──それが『魔神』なのだ。それを『ぷちっと』だと?
「アンタだって憎いだろ? アンタの仲間を殺したあいつがさ」
「……それが理由か」
「うん。他の奴はみんな怖じ気づいちゃって話になんないから」
「気でも狂ってるのか? だいたいなんで、『魔神』なんかに挑みたがる?」
「決まってんじゃん。そこに『魔神』がいるからだよ。現状、この『ゼルグの地平』で確認されてる『魔神』は全部で七体。その中の一体を倒したとなれば、すっごく目立つんだよ? あたしはね、目立ちたいんだ」
呆れた理由だ。だが、願ってもない話かもしれない。あの緑の化け物を、俺の手で殺すことができるなんて、考えただけでも夢のようだ。俺は……アイツを殺したい。
「なるほどな。だが、俺とアンタの二人だけで勝てる相手じゃないぞ?」
「お? 乗り気だねえ。だいじょーぶ! あたしが『魔神ヴァンガリウス』に目を付けたのには理由がある。あたしらの能力なら、楽勝だよ」
楽勝とは思えない。だが、勝算はあるのだろう。それならいい。たとえ負けて死んだって構わない。その時はその時だ。
そこで会話を終えた俺たちが、いつもの焼却作業の現場で見たものは、どろどろに溶けかかった状態で固まった囮の建造物モドキ。そして、その中央にたたずむ冒険者らしき一団だった。かつての俺と同じ状況でありながら、どうやら死者はいないようだ。
彼らがここにいた胞子体の集団を焼き払ってくれたらしい。俺の胸にわずかな痛みが走る。あのときの俺たちにも、彼らのような力があれば……アイツを──親友を死なせることもなかったはずだった。
「ちょっと声をかけてみようか?」
隠蔽を解き、俺に笑いかけてくる『紅蓮の魔姫』。
彼女の【因子所持者】の証たる、猫の瞳が悪戯っぽく輝いていた。
──七柱の『魔神』が一柱、『1号ベースキャンプ』を数十年に渡り脅かし続けていた『魔神ヴァンガリウス』が彼女によって滅ぼされたのは、この日からわずか一週間後のことだった。
──目立ちたい。
そんな理由だけで『魔神殺し』までしてのける女がいる。奇しくもそんな女の隣で、同じく目立つことになってしまった俺は、やっぱり頭のイカれた連中の一人なのだろう……。