第11話 再会と出発と???/艱難辛苦
ここからが第2章の始まりになります。
-再会と出発と???-
「あ、帰ってきた」
あたしは、手頃な岩にのんびり腰をかけたまま、竜王様の背後の洞穴を指さした。
ヴァリスは驚いて立ち上がるけれど、竜王様はもう少し前に分かっていたみたいで、そのまま何も言わず、二人が出てくるのを待っている。
「ただいま、アリシア」
そう言ってあたしに手を振るシリルちゃんは、少し疲れた様子はあったけど、怪我とかはしていないみたい。
あたしは立ち上がって彼女の元にまで駆け寄っていき、そして、いつもみたいに思いっきり、……抱きつかなかった。
「あ、あれ?アリシア。やっぱり、人質なんてさせてしまったこと、怒ってる?」
なんだか、恐る恐るといった様子であたしのことを上目遣いに見るシリルちゃん。
いつもは冷静で大人っぽい態度のシリルちゃんが、心配そうな目でそうして見上げてくる姿は、すごく可愛い。
ほんとは今すぐにでも抱きつきたいけど、ヴァリスがいるし……、なんだか少しだけ、恥ずかしいから。
「あ、ううん。怒ってないよ?」
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい。わたしの我儘で、あなたを危険な目にあわせてしまって……。これじゃ、友達失格だよね」
「だから! 怒ってないってば!」
「嘘よ! だっていつもと違うじゃない!」
「だから、それは……」
うう、どう話せばいいのやら……。と思っていると、ルシアくんが助け船を出してくれた。
「おいおい、喧嘩してる場合か? ていうか、竜王様の迫力、半端、ないんだけど、お前ら、なんで、そんなに、普通なんだよ?」
緊張でガチガチに固まった口調で言うルシアくん。
確かに、ものすごい存在感のある人だけど、優しい人だよ?
それに、今はルシアくんに意識を集中しているからそう感じるんだろうし。
そう、今、竜王様はルシアくんをガン見していた。それはもう、穴が開くんじゃないかってくらい、見てる。
ヴァリスの方はどっちかって言えば、そんな竜王様の様子に驚いているみたい。
〈信じられない。人間よ。本当に、汝が『そう』だったのか?〉
「何が『そう』だか分りませんけど、これが『切り拓く絆の魔剣』。ここにあった【魔鍵】です。これで約束通り、アリシアを返してくれますよね?」
あたしは、目の前が真っ暗になった。
ウソ!ウソでしょ? そんなの通じるわけないじゃん!
だってそれ、どこからどう見ても、町でシリルちゃんが買った剣だよ?
信じられない! 裏切ったわねえ! どうしよう。一生ここで暮らすのかしら?
ヴァリスがいるならそれもいいかなあ……って、そうじゃなくて!
でも、ルシアくんとシリルちゃんを見る限り、二人は嘘をついてないみたい。
一体、どういうこと?
〈『ファラ』……。汝は『ファラ』に会ったのか?〉
「え? ああ、はい。えっと、『わらわは息災だと、また会える日を楽しみにしていると、グランの奴に伝えてくれ』って言われましたけど、グランって竜王様の名前なんですか?」
〈! そうか。そうであったか。ああ、よかった。我はあの日をずっと後悔していた。だが、ファラよ。そう言ってくれるのか〉
竜王様からは、すごく喜びの感情が満ち溢れているのが見えた。
〈人間よ。……いや、ルシアよ。ありがとう。感謝する。そして、我から汝に願いがある〉
「なんでしょう?」
〈『扉』を開けてくれ。真の意味で彼女を解放してあげてほしい。そのために必要な協力を我は惜しむつもりはない〉
隣ではすっかり、驚愕の表情で凍りついているヴァリスの姿が見えている。さすがにこれは、「見ればわかる」状態だね。
自分にとって神様みたいな人が、見下していた人間なんかにお礼を言ったりお願いしたりなんてことがあれば、驚くのも無理もないのかな?
「と、言われても何をすればいいのか、わかりませんけど……」
「ルシア。わたしが話すわ。竜王様。お気持ちはわかります。でも彼は、この世界にきたばかり。まずは、この世界で生きられるようになること。他のことはそれからです」
相変わらずシリルちゃんは勇気があるなあ。普通、あんな凄い迫力の人に向かって、こんなこと言えないよね。
〈世界に来たばかり?〉
驚いたことに、竜王様の疑問に対し、シリルちゃんは召喚のことを話し始めちゃった。
まあ、他の誰かに言いふらされる心配はないのだろうけど、いいのかな?
〈……『異世界人』。まさか、そんな形で『神』に穢されていない人間が生まれていようとはな。良かろう。我もファラも、これまで千年待った。あと数年、数十年かかろうと問題はない。だが、ルシアが『扉』を開く前に死なれては元も子もない。……ヴァリス〉
「は、はい!」
いきなり名前を呼ばれてびっくりしたように背筋を伸ばす彼。ああ、展開が読めちゃった。うれしいけれど、彼にはちょっと可哀そう、かな?
〈汝は彼らに同行し、彼らの身を守れ。これは、竜でありながら人の身となった汝にしかできぬ役目だ〉
「そ、それでは、このまま行けと?」
〈そうだ。その娘、アリシアについても同じことだ。汝が存在をそこまで引きずられた以上、何かある。それを見極めることも汝の役目だ〉
「は、はい…。わかりました。その役目、このヴァリス・ゴールドフレイヴ。必ずやまっとうしてご覧に入れましょう」
ヴァリスの口調は、かなり投げやりなものになってる。なんだか、親の言いつけを渋々聞いている子供みたい。
〈シリル、といったか。汝が集団のリーダーのようだ。このヴァリスの同行を許可してもらいたい〉
「構わないわよ。……本人が頼むならね」
シリルちゃん、悪魔の笑みだ。
〈ヴァリス〉
「は、はい……。小娘、く、頼む。同行を許可してくれ」
「駄・目・ね。相手にお願いする時は、ちゃんとこっちを見なくてはいけないわ。それに、人の名前もまともに呼べないの?さっきから、小娘だのなんだの、好き勝手言ってくれて。そんな礼儀知らずを連れて歩くなんて恥ずかしくってできないわ」
シリルちゃん、意地悪すぎ。
「ぐ、うう、シリル殿……ぬ、うう、どうか、我を同行させてはもらえないだろうか」
ヴァリスはすごく、屈辱をかみ殺したみたいに身体を震わせながら、やっとそう言ったけれど、目に殺意がこもってるよう……。
「ううん。まあ、仕方ないかしらね。ギリギリ合格にしておくわ」
シリルちゃんは、そんな視線なんて平気で受け流し、表情も変えずにそう言った。
……そういえば、気になることがあったんだ。
「ねえ、その【魔鍵】なんだけど、『切り拓く絆の魔剣』って言ったよね。それって、カルラ系でもゼスト系でもないってこと?」
「ああ、そういや、どうなんだ?」
って、ルシアくんもわかってないんだ。
「そうね。まあ、四系統以外の【魔鍵】が絶対にないって決まっているわけじゃないから、なんとも言えないけれど、グラン系ってことになるのかしらね」
シリルちゃんがなんだか複雑そうな顔をして言うけれど、あたしは、竜王様の方が気になった。その金色の目とあたしの視線がぶつかる。
〈気付いたか、アリシア。だが、その名の由来については、またの機会だ。『扉』を開いた時、ここに再び来るがよい。その時には、話してやろう〉
あれ? なんだかあたしの方が心を読まれちゃったみたいな?
そういえば竜王様も、いつの間にかあたしたちのことを名前で呼んでくれるようになったんだね。少しは認めてくれたってところかな。
こうして、あたしたちは再会し、新たな旅を始めることになった。
新しい旅の仲間は、酷く落ち込んでいるから、あたしが慰めてあげなくちゃ!
「ヴァリス、泣かないで? 今度、おいしいものでも食べにいこ?」
あたしの差し出した手は、何故か今まで以上に怒りだしたヴァリスに払われてしまった。
うーん、残念。
-艱難辛苦-
この世界に、我より不幸な『竜族』はいないだろう。
人間の身に貶められ、その人間に同行して、その身を守らねばならない。
しかし、それは竜王様の命なのだ。だからこそ、耐えられる。どのような苦難にも、屈辱にも耐え抜いて、必ずや竜王様の御期待に応えてみせる。
だが、同行する人間たちが大いに問題だ。
ルシアという黒髪の男は、まだ良い。一応、我に遠慮する様子はあるし、何より竜王様の親友の復活の鍵を握るというのだ。守ってやることにやぶさかでもない。
アリシアという水色の髪の娘については、これはもう、あきらめるしかあるまい。
我をこの身に陥れた張本人とはいえ、自覚は欠片もないうえに、何を言っても通じない。
竜王様に対する態度は不遜の一言に尽きるが、結果としては当の竜王様に酷く気に入られてしまっている。
この娘が死ねば、我は元の竜身に戻れるのだろう。だが、竜王様の命がある限り、見殺しにするような真似が許されるはずもない。歯痒くはあるが、やむなしと言ったところだ。
一番の問題は、シリルと言う黒髪の小娘だ。とにかくその言動が、我に例えようもない屈辱を与える。上から目線で命令してくる権利が、なぜ、この小娘にあるのか?
この集団のリーダーとのことだが、我は竜王様に命じられてこの場にいるだけなのだ。それをいちいち指図されるいわれはない。
「ヴァリス。あなたは、人間社会の常識を身に着けないといけないわ」
こうして、先ほどから人間社会での常識などの下らぬ話を続けてくる。
「我には必要ない」
「わたしたち人間と一緒にいるからには、必要なの。あなた、郷に入っては郷に従えって言葉、知らないの?」
と、いちいち正論をぶつけてくるのも、なんとも気に入らない。
日も暮れてきたとのことで、これから野営とやらを行うとのことなのだが、黄金竜たる我に近くの小川での水汲みをさせようというのだ。だいたい、ここに来るときに使ったという召喚獣とやらで空から行けばよかろうに。
「『ファルーク』は鳥目なの。それに、あなたに常識を少しでも身に着けてもらわないと、町になんて入れないしね。わかったら、さっさと行ってきて」
止むを得まい。このままでは、夜の食事にもありつけそうもない。屈辱的なことだが、我の肉体は人間のものだ。人間と同じように食事を取らねば動けなくなるらしく、今も『空腹感』という得体のしれない感覚に苦しめられている。
『竜族』は常時世界から【マナ】を体内に取り入れ、爆発的に増幅させてエネルギーとして使用しているため、ほとんど食事を必要としないはずなのだが。
「ああ、ヴァリスさん。待ってたぜ。さすがに俺一人じゃ、この水桶を持っていくのはきつかったところだ」
河岸へ到着したところに話しかけてきたのは、ルシアである。どうやら先に小川に行き、水を汲んだまま、我を待っていたようだ。
「ふん。速く持って行くぞ」
そういうと、我はその場にあった四つの桶をすべて持ちあげた。
「おお、すごい! さすがはドラゴンだな!やるぜ!」
この程度のことで驚かれても困るが、このルシアという男、なかなか見所があるではないか。
「いや、でも悪いな。全部持ってってもらったんじゃ、申し訳ない」
「ふん。早く食事にしたいだけだ」
「そうかい。じゃ、そういうことにしておくか。でも、ありがとよ」
礼を言われた。何か、おかしな気分になる。我は我のための行動をしているにすぎない。
「でもさ、それで俺が助かってるなら、やっぱり俺は礼を言うべきなんだよ、そうだろ?」
ルシアという男の考え方は、我にはよくわからないものだったが、これが『人間社会の常識』なのだろうか?
野営地に戻ると、女二人が料理の準備をしていたらしい。持ってきた食材を並べ、切り分けているところだった。
そうした作業もすべて、リーダーであるシリルが皆に命令するものかと思ったが、シリル自身も調理に加わっている。というより、中心となって動いているのは彼女のようだ。
「ああ、水を持ってきてくれたのね。ありがとう。後はわたしたちがやるから、そうね、あなたたちは、戦闘訓練でもして待っていて。ヴァリスも今の身体に慣れる必要があるでしょうし」
「……ああ、わかった」
「? 素直ね?」
まさか、この女からも礼を言われるとは思わなかった。
基本的に自らの力でなんでもできる『竜族』の仲間は、自分のために何かをしてもらうという経験がない。ゆえに仮にそうした事態があっても、礼など言わない。それは単なる偶然だからだ。
だが、人間の世界では違うということだろうか? 我には理解しがたい慣習だが、不思議とそれは、悪い気はしないものだった。
「ようし、じゃあ、いっちょ、やろうぜ!」
ルシアは無駄に威勢のいい声を張り上げている。確かに、この身体での戦い方は、早急に覚える必要があるだろう。
そして、我とルシアは少し離れた森の中で、向かい合っていた。
なぜ、こんな場所を選んだかと言えば、「障害物があった方が実戦っぽいだろ?」との言葉からだ。我にも別段、異論はない。
目の前のルシアが『切り拓く絆の魔剣』を構えた。
一部の隙もない、完成された構えだ。我は注意深くそれを眺め、腰を落とした。
実のところ、われは人間の姿での戦いをまったく知らないわけではない。『竜の谷』そのものにはともかく、周辺の『魔竜の森』に訪れる人間の冒険者たちはよく目にしていた。
我としても『外敵の排除』の任といえば聞こえはいいが、実際に『竜族』の外敵となるものなど、そういるはずもない。そうなると必然的に周辺の上空を飛び回るぐらいしかやることがないため、彼らとモンスターの戦いぶりを見張っていることがほとんどだった。
長年そうした観察を続けた結果、人間の身体の動かし方や闘い方は、頭の中にイメージできるまでになっている。
その我からみても、ルシアには隙がない。だが、ここはあえて先手を打つことにした。
我は、魔法ではなく気功による身体強化を行いつつ、ルシアに猛然と飛び掛かった。
竜身の時とは比ぶべくもない体内の【魔力】を有効に活用するには、【竜族魔法】ではなく、【魔力】を【気功】に変換する闘い方がベストだと判断した。
しかし、思った以上に決着は早かった。気付けば、我の目の前にはルシアが仰向けで倒れている。
ルシアは、我の気を纏わせた掌打を手にした剣でいなすようにして回避したものの、なぜか続く蹴りの一撃には全く反応できなかったのだ。
「なんのつもりだ?」
「そういう言い方はないだろ?俺だって、まだ剣を使い始めて大して経っていないんだ」
我は「なぜ手加減したのか?」と聞いたつもりだが、どうやらそうではないらしい。
しかし、いかに体内の【魔力】を身体強化の“竜気功”に変化させて、速さを高めた攻撃を放ったとはいえ、あの構えの隙のなさからは考えられない反応の鈍さだ。
と、そこまで考えて思い当たる。むしろ、隙が「なさすぎる」構えに問題があるのではないか? 攻める側からみて隙のない構えとは、すなわち、防御のみに偏った構えだともいえる。
そして、当然のことながら防御だけでは戦闘に勝つことはできない。本来なら、ルシアはこちらの初撃を回避した時点で攻撃に移るべきだったのだ。しかし、防御偏重の構えからでは咄嗟に動くことができず、結果として中途半端な動きとなり、二撃目を避けることができなかったのだろう。
我が放った攻撃にしても、逆にいえば攻撃に特化しすぎていた面も否めない。相手がルシアでなければ、逆に返り討ちにあったのは我かもしれない。
そこまで考えが及んだ時、我は決めた。一刻も早く、この身体を使いこなし、力を取り戻し、再び高みから人間たちを見下ろせるようになってみせる。
己の肉体のありようがどうであれ、変わらず我は最強の種族、『竜族』なのだ。
「もう、一本だ!」
「望むところ」
それから、我とルシアが食事にありつけたのは、いつまでたっても戻ってこないと痺れを切らしたアリシアが我らを呼び戻しに来た後のことだった。