第108話 いいコンビ/少年は成長する
-いいコンビ-
「うおおお!」
ここなら人目を気にする必要はない。オレは因子制御を解放すると、『翼』を使って『ファントムレギオン』のうち、一体の周囲を旋回するように飛翔する。そしてそのまま『槍』の先端を奴の身体に突き刺し、内部から爆散させる。
本来なら『邪霊』を相手に物理的な攻撃は通じない。オレがこの手の敵と戦うには、どうしたって【魔鍵】の力が欠かせないのだ。……エイミアさんが与えてくれた、この力が。
「次!」
オレは休むことなく次の敵へと向かって滑空する。
周囲を見渡せば、ヴァリスも上手く戦ってくれているようだ。彼は【魔鍵】を持たないが、代わりに『魔導都市』で買った『グランドファズマの霊手甲』がある。青く不気味な輝きを放つ手甲だが、精神体が相手でも素手での攻撃が可能になるものらしい。
だが、『分裂体』の数は一進一退の状況だった。倒しても倒しても復活してくる。オレが過去に戦った奴より、強い個体なのだろうか? やはり【真のフロンティア】では同じ種類の敵ですら、強さが違うのかもしれない。
「ルシア! こいつら、『ひとまとまり』に斬れないのか?」
オレが声をかけるも、ルシアは迫る弾丸を斬り散らしながら無理だと答えた。
「こんだけバラバラに動かれたんじゃ、認識してる暇がないんだよ!」
できたらとっくにやっている、と言ったところだろう。若干苛立たしげな答えだ。確かに、無意味な質問だった。オレも少し焦っているのだろうか? 因子制御は解いても精神制御は強化する必要があるかもしれない。
「にしても、こいつ異常だな。まさか、『ファントムレギオン』じゃないのか?」
オレは見た目だけで判断していたが、こいつがどんな名前のモンスターかは、アリシアさんでもない限り断言できないはずだ。
「エリオット、後ろだ!」
エイミアさんの鋭い叫び声。オレは間一髪、突然背後に出現した『分裂体』が放った光の弾丸を回避することができた。続いてエイミアさんの手から青く輝く矢が放たれ、その『分裂体』を弾き飛ばす。
この【フロンティア】では、“黎明蒼弓”の威力も落ちている。恐らく先ほどのように光を束ねて落としでもしない限り、奴らを倒すのは難しい。
エイミアさんとしても、敵が復活を繰り返す以上、ここで使っても『捧げ矢』の無駄な消費にしかならないと判断したようだ。
そのためか、エイミアさんは自身の空間把握能力を駆使して、戦場全体を見渡すことに専念している。
「右前方に新手だ! シリル、『ファルーク』をやってくれ!」
「わかったわ!」
彼女の的確な指示に従って白銀の飛竜『ファルーク』が飛翔し、出現したばかりの『分裂体』をたちまち【魔力】のこもった風の刃で細切れに切り刻む。
「くそ! 連続かよ!」
ルシアはアリシアさんを護るシリルたちの傍に移動し、障壁が手薄になる背後からの弾丸を斬り散らしていた。
考えろ、考えろ、考えろ……。こいつらは、いったい、何だ?
自分の戦闘感覚を研ぎ澄ませ。敵の弱点、特性、行動パターンを見極めろ。
「──出現の仕方に、法則性はないか?」
その言葉は、無意識のうちにオレの口からこぼれ出た。そしてそれは、こぼれ出た途端にある仮説を形づくっていく。
一体の敵が倒された時、新たな敵は他の一体から一定距離の空間に突如として出現する。よく見なければわからないが、それらの敵は身体の模様に同じような規則性があるのだ。恐らくは、『左右対称』に。
──合わせ鏡。
対になる『分裂体』がいる限り、即座に何度でも復活する。
では、どうするのか? その答えは目の前にある。
敵は現在、最大でも八体までしか出現しない。だが、元々は十体ほどだったはず。それはつまり、二体については偶然にしろ、倒すことに成功したということだ。
「みんな! オレが指示する奴を二体ずつ、同時に倒すんだ!」
「……『ファルーク』には他の敵を牽制してもらうわ! ヴァリスと貴方でやって!」
オレはシリルの言葉に頷いた。確かに『幻獣』よりはヴァリスと組んだ方が息を合わせやすいだろう。
「よし! ヴァリス。あの四角い模様が重なっている奴をやってくれ! オレは同じ模様のアイツをやる! 厳密に同時である必要はないが、息を合わせるぞ!」
「心得た!」
武芸大会で戦っていた時は、まさかヴァリスとこうして肩を並べて戦う日が来るとは思わなかったな。それから同様の連携攻撃を三回繰り返し、残りの一対をルシアとエイミアさんが仕留めたところで、ようやくすべての『分裂体』を殲滅することができた。
「予想以上にしんどいな。アリシアがいないと敵の能力もわからないし、防御も厳しい」
散々敵の攻撃を斬り散らし続けて疲れたのか、ルシアが『剣』を地に突き刺し、それに寄り掛かるようにして息をついている。
〈こら! わらわの【魔鍵】を杖代わりにするな!〉
「いて! 蹴るなっての! 女の子の姿でそんな真似、はしたないだろが!」
〈ええい! 子ども扱いするなと言っておろう!〉
「いや、今のは子ども扱いじゃ……」
ルシアとファラのそんなやり取りを横目に、ようやく因子制御を元に戻した僕は、アリシアさんの様子をうかがう。
「ほんとにごめんね? やっぱり、足手まといになるようなら、あたしだけでも『駅』まで戻っていた方がいいかな?」
「い、いや、そんな意味で言ったんじゃないぞ? さっきも言ったけど、敵の能力が分からないと、ここでの戦いは滅茶苦茶しんどいんだ。アリシアには是非いてもらわないと!」
ルシアが慌てたようにまくしたてる。
「うふ、あはは。うん。そうだね、ありがと、ルシアくん。大丈夫。もう大分落ち着いたしね。【魔鍵】をつけるのは正直怖いけど、今は【魔法具】もあるし、何とか自分の身ぐらい守れるよ」
アリシアさんは少し元気を取り戻してきたようだけど、声には少しだけ不安の色が滲んでいた。するとそこへ、近づいていく者が一人。
「我に防御の魔法が使えないのが無念だが、それでも心配するな。何があってもお前は我が護る」
力強くそう言ったのは、もちろんヴァリスだった。
「え? あ、う、うん!! ありがとう! ……頼りに、してるね?」
「任せておけ」
「ふふ……」
そんな二人の様子を、シリルが満足げに見つめている。
「それにしても、これはこれで厳しい『洗礼』を受けた感じだな。いやあ、今回は早合点もしてしまったし、あまり活躍できなかったなあ」
エイミアさんは、いたって軽い口調で言う。けれど、僕にはわかる。こういう時ほど、彼女は自分を責めている。他人に許してもらうことを良しとしない彼女は、形だけの謝罪の言葉や自分を強く責めるような言葉を、あえて他人の前では口にしないのだ。
「すみませんでした。エイミアさん! 僕がもっと早く奴の特性の話をできていれば、エイミアさんに千本もの『捧げ矢』を無駄遣いさせなくて済んだのに!」
だから僕は、逆にエイミアさんの許しを請う。そうすることで──
エイミアさんは当然のように、僕を気遣う言葉をかける。
「いや、君の話をもっとよく聞いてから動くべきなのに、あれはわたしが軽率だったんた。悪いのは君じゃないさ」
──ほら、乗ってきた。『自分を責めるような言葉』を口にしてくれた。
まさに竹を割ったような性格の彼女は、その行動もこうして誘導しやすい面がある。
「いえ、そんなことありませんよ。あの状況じゃ、誰だって急いで攻撃したでしょう。エイミアさんは『悪くない』ですよ」
「ん? むむ?」
どうしてこうなったのだろう?と言いたげな顔で、エイミアさんが首を傾げている。こういう時だけは、僕がエイミアさんの優位に立っている気がして少し嬉しい。
「ぷふ!! あは、あはははははは!」
ふとそこに、底抜けに明るい女性の笑い声が響く。
「あーおかしい。二人っていいコンビだねー」
アリシアさんは、指で目じりの涙を拭いながらくすくす笑っていた。
「別に漫才をしていたつもりはないんだけどな」
「まあ、わたしとエリオットがいいコンビなのは間違いないが、そんなに笑わなくてもいいだろうに」
「……」
エイミアさんの発言に、天にも舞い上がりそうな気持ちになる僕だった。
『いいコンビ』か。うん、すごくいい言葉じゃあないか。
「シャル、大丈夫?」
「うん、シリルお姉ちゃんは?」
「ええ、大丈夫よ。ルシアが護ってくれたしね」
シャルとシリルの方からは、お互いを気遣うようなやりとりを交わしているのが聞こえてくる。
「……やっぱり、シャルの『リュダイン』にも戦力になってもらわないと苦しいわね」
「うん。何度か練習したんだけど、なかなか難しくて……」
「やっぱり十年来の召喚獣というのが逆にネックなのかしらね? ベースキャンプに着いたら本格的に練習しましょ?」
「うん! ──頑張ろうね、『リュダイン』」
〈グルル!〉
シャルの足元で金色の子猫が勇ましく返事をしていた。
「ノエルが『幻獣』と装備の強化を勧めてくれなかったらと思うと、ぞっとするな」
「ええ、そうね。……戦闘は今後避けられないにしても、まずは『ベースキャンプ』で情報収集でもして、ここに慣れてからの方がよさそうだわ」
「でも、どうするんだ?」
「うーん、そうね。空から行こうかしら?」
ルシアの問いに、シリルは肩に止まらせた『ファルーク』の頭を撫でながら言う。
「いや、やめておいた方がよかろう。上空にもモンスターの気配がある。『ファルーク』の背の上では戦えまい」
「飛行型のモンスターか。『ワイバーン』ぐらいならともかく、単体Aランクの『デスウイング』あたりが出てきたら無理かもしれないわね」
結局、僕らはできる限り気配を隠蔽しながら地上を歩くしかなさそうだ。
「じゃあ、シャル。あなたの『聖天光鎖の額冠』の隠蔽効果を使いましょう。できるだけ敵との接触をさけるわよ」
「え? でもこれ、移動しながらじゃ使えないよ?」
「大丈夫。ルシアに任せなさい」
「え? ルシアに?」
「……なんでそこで嫌そうな顔をするかな、お前は?」
二人の会話に傷ついたような声で割って入るルシア。
「べ、別に嫌ってわけじゃないけど、どうするの?」
「ああ、そいつを『理想化』する。ま、簡単に言えば『改良』するってことでもいいのかな? どこまでできるかは、やってみないとわからないけどな」
「ふーん、だったらもっと早くやってくれたらよかったのに」
「簡単じゃないんだよ。疲れるし、俺が今身に着けてる『放魔の生骸装甲』、こいつがとんだじゃじゃ馬だったんで時間がかかったんだ」
そういえば、あの防具に関しては、ランディ店長が随分と恐縮しきりだった気がする。なんでも不良品、だったとか?
「じゃじゃ馬?」
「ああ、まあ、シャルよりは扱いやすかったかな?」
だから君は、どうしてそうやって地雷を踏むんだ……。
「げふお!」
『リュダイン』とシャルのダブルパンチを鳩尾に受け、苦悶の声をあげるルシア。
「……まったく、何をやってるのよ」
シリルが呆れたように顔を押さえてつぶやいた。
-少年は成長する-
狐につままれたような気分だ。
わたしは前を歩くエリオットの背中を眺めながら、しきりに首をひねる。
シャルの『聖天光鎖の額冠』から放射された光の鎖は、わたしたちパーティ全員の周囲を覆い、くるくると回転している。この内側にいれば気配を隠蔽できるとのことだが、七人全員が入って歩くには多少窮屈だ。エリオットの背中までの距離もかなり近い。ほとんど目と鼻の先だ。
──本当に、大きくなったものだ。
かつてのこの子は、姿こそ違えど体格自体は同年代の少年より小柄なくらいだったはずだ。この四年間で成長期を迎えただけでなく、【魔鍵】の作用による外見の変化もあるらしいが、まるで別人のようだ。
──でも、変わったのは、……成長したのは、外見だけではなかったんだな。まさかわたしが、この子にあんなふうにやり込められる日が来るとは思わなかった。自分の内面を見透かされたようで、少しだけ悔しい。……けれど、その悔しさがくすぐったくて、心地いい。
「わぷ」
「え?」
考え事をしながら歩いていたせいか、急に立ち止まったエリオットの背中にぶつかってしまった。思わずバランスを崩しかけて、わたしは彼の身体に手を回す。
「エイミアさん!?」
「あ、ああ……すまない。ぼーっとしていたようだ」
「い、いえ、大丈夫です」
再会の時には嬉しさのあまり、そんなことを考えている余裕もなかった。しかし、改めてこうして抱きついてみると背の高さだけじゃなく、体格までも男らしく、しっかりとしたものになっているのが分かる。
「あ……あの、エ、エイミアさん?」
「ん? あ、ああ、ごめん」
ようやく気付いたように彼の身体から離れる。……まったく、何をやっているのだろう、わたしは? こんな危険な場所で集中力がなさすぎじゃないか? どうにも調子が出ない。やはり、わたしにも『洗礼』とやらの影響が出ているのだろうか?
「ところで、どうして立ち止まったんだ?」
「……あれよ。モンスター」
エリオットの肩越しにシリルの指し示す方向を見れば、途方もなく巨大な蛇のようなモンスターの姿が見えた。灰色の世界の中で、漆黒に濡れ光る身体をくねらせ、木立や岩場を踏み潰しながら移動している。
「なんだ、あれは? 『魔神』か?」
わたしの問いかけに、アリシアが首を振る。
「ううん。Aランクだよ。『ダークウロボロス』」
「そんな馬鹿な。そのモンスターなら、わたしだって見たことがある。あんなに巨大なものじゃなかったぞ?」
確かに大きなモンスターには違いないが、それでも胴体の太さにして丸太二本分くらいがせいぜいだったはずだ。だがあれは……その太さだけでも人間の身長に匹敵している。長さにいたっては、小さな町なら横断できてしまえるほどじゃないか。
「……やっぱりこの【真のフロンティア】のことを外の常識で測るものじゃありませんね。さっきの『ファントムレギオン』もそうでしたけど、同じ単体認定Aランクでもここの奴はレベルが違う」
わたしの疑問に答える形で呟いたのはエリオットだ。聞いたところでは、彼は冒険者歴は短いながらも随分な戦闘経験があるらしい。……まったく無茶をするものだ。
「ありゃあ、やりすごして正解だな。倒すのはかなり骨だぞ」
ルシアが呆れたように頭を振る。
「先が思いやられるわね。『魔族』の連中が、ここに来たがらない理由がよく分かるわ」
南部とここがどう違うのか、そのあたりも今後の情報収集が不可欠のようだ。
「……どうにか行ってくれたみたいだな」
「そうね」
わたしたちは巨大な『ダークウロボロス』を見送ったあと、再び目的地へ向けて歩き出す。到着までは丸一日との話だった。どこかの時点で野宿をしないとならないかもしれないが、この様子ではぞっとしない話だ。
「でも、なんだってモンスターって奴は、あんなに喧嘩っ早いんだろうな?」
ふとルシアが漏らしたそんな言葉に、つい笑ってしまいそうになる。
「モ、モンスターが喧嘩っ早いって……」
特にツボに入ったらしいシャルが、口を押さえて必死で笑いをこらえている。
「……こうして隠れてなきゃ、真っ先に襲いかかってくるだろ? でも人間を食料だと思ってるわけでもなさそうだし。じゃあ、なんでなんだ? 『生きとし生けるものの天敵』って言葉を使っちまえば一言で済むけど、あいつらだって生き物じゃないか」
……確かに。この世界の誰もが皆、『モンスターとはそういうものだ』と当然のように考えていたが、それで済ませてよい話ではないかもしれない。『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』だが、わたしたちは肝心の敵のことを知ろうともしていなかった。これは【異世界】から来たルシアだからこその着眼点かもしれない。
他のみんなも同じことを思ったらしい。軽口が止まり、考え込むような顔になっている。
「ファラなら何か知らないか?」
〈なぜ、わらわに訊く?〉
姿は見せないままに、ファラの声が響く。
「そりゃあ、この中で一番物知りなのはお前じゃないかと思ってるからさ。なんたって女神様だもんな」
〈うむ! まあ、それほどでもあるがな!〉
……だんだんルシアもファラの扱い方を心得てきたみたいだな。
〈とはいえ、モンスターか。少なくともわらわの時代にはあんなものは存在しなかった。多少凶暴な猛獣の類ならいたが、人間とみるや襲い掛かってくるような奴らでは……〉
「それね」
ファラの台詞を遮るように言ったのはシリルだった。
「シリル?」
「ああ、ごめんなさい。モンスターは生きとし生けるものの天敵。でも、それって人間が言っているだけなのよね。まあ、歪んだ存在なのは確かだし、放置すれば世界全体にとって害になることは違いないけど……ただ、彼らが見境なく人間以外の『生物』を襲うって話は少ないんじゃないかしら」
む? そういえば……そうか? 確かに、【フロンティア】に近い村がモンスターの襲撃にあった際、家畜を残して避難した住民の話を聞いたことがある。彼らが言うには、モンスターたちは容易に食料になるはずの家畜たちを無視してまで、自分たちを追いかけてきたとのことだった。むろん、避難先から戻れば家畜も喰われていることが多いらしいが。
──だが、それが何を意味する?
〈人間にあって、動物にないもの。ならばやはり、ここも答えは【オリジン】だろう〉
ファラの言葉。恐らくは、それが正解か。モンスターは【オリジン】を持つ人間を殺す。だが、『神』の残留思念を元に生まれた【歪夢】──そこから発生したモノが『神』の魂を敵対視する。この矛盾は何なのだろう? わたしがそう言うと、シリルが頷く。
「そうね……でも、モンスターは結果であって、『神』の思念そのものではないわ」
「だが、無関係でもない。それにしては真逆の結果というのはおかしいだろう?」
「それはそうだけど……。さすがにそればかりは考えても答えは出ないわね」
ふむ、確かに『考えても仕方のない』ことにここまでこだわるなんて、わたしらしくもないことをしてしまったな。
〈……推測でよければ、わらわには思うところがある〉
──そこでふと、そんな呟きが聞こえてきた。それは、ともすれば聞き逃してしまいそうな言葉だった。
「ファラ?」
それまで幅を取らないようにとルシアの中に引っ込んでいたはずの彼女が、いつの間にかルシアの傍で実体化していた。
「推測って、どういうこと?」
〈……歩きながらでは落ち着かんだろう。野宿の場所を決めてからで良い〉
それだけ言うと、彼女は再び姿を消す。なにやら酷く思いつめたような顔をしていたが……。それからしばらく、わたしたちは何度かモンスターとの遭遇をやり過ごすと、灰色の樹木が生い茂る小さな林を見つけ、そこでキャンプを張ることにした。
「この灰色の植物ってやっぱ食えないのかな?」
「食べてみれば? ルシアだったら神経ないんだし、お腹も壊さないで済むかもよ?」
「さっきじゃじゃ馬って言ったこと、まだ根に持ってるんだな……」
ルシアとシャルは二人で薪を拾い集めながら、そんな言葉の応酬をしていた。
大陸北部にあたるこの【フロンティア】だが、それほど寒冷というわけでもない。とはいえ、夜間になればそれなりには冷える。食料にするにはともかく、灰色の木材から出る煙には毒性はなさそうだったので、火を起こして暖を取ることにした。
「さて、それじゃ料理を始めるわよ。メリーさんから教わった秘伝の味、とくと味わいなさい」
若干、シリルのテンションがいつもと違うのも、『洗礼』の影響と言っていいのだろうか?……いや、関係ないか。
それにしても、メリーさん……か。街に滞在している間、わたしは何度か彼女と話をする機会があった──いや、機会をつくった。エリオットは嫌がっていたが、わたしとしてはちゃんとお礼を言わないといけないような気がしていたのだ。
だが、わたしの礼の言葉に対し、彼女は思いもかけない言葉を口にした。というより、それは何が言いたいのか、まるで理解できないような言葉だった。……否、理解することをわたし自身が、心のどこかで拒んでいたのかもしれない。
「どうしたんですか、エイミアさん?」
エリオットは、ぼんやりと彼の顔を眺めていたわたしに、不思議そうな声をかけてくる。
「ん? ああ、いや、なんでもないよ」
わたしがぎこちない笑みを返すと、目に見えて赤面しながら顔を背けるエリオット。
……いけないな。今は余計なことを考えている場合じゃない。
焚き火の上で加熱されていく鍋の中では、街から持ってきた食材がぐつぐつと美味しそうな匂いとともに煮えている。素朴だが、しっかりとした味付けがされているようだ。
「さあ、召し上がれ」
シリルが鍋の中の料理をひとつひとつ器に盛り、全員に手渡していく。
「ほら、シャル。熱いから気を付けてね?」
「うん。ありがとう」
なんとも面倒見のいいことだ。まだ年若い少女に見えて、シリルは実に頼もしい皆のまとめ役だった。
「話は食事が一段落してからにしましょう。わたしの料理を食べている間は、余計なことは考えないこと。いいわね?」
彼女のそんな一言があって以来、全員が食事をとることに集中していた。
「すごい! シリルちゃん。これおいしい!」
「うむ。大したものだな」
アリシアはおろかヴァリスまでもが、感心したように頷いている。料理を口へと運ぶ手も、まるで休むことがない。
「うおお! これは美味い!」
ルシアにいたっては感涙にむせび泣いている有様だ。……いや、いくらなんでも感動しすぎじゃないか?
「ここまでの道中、昔を思い出してさ。……あの頃は進軍中にこんなにうまいもの、食べたことないもんなあ」
「もう……おおげさね」
ルシアの様子に、シリルは少し呆れ顔ながらも嬉しそうに頬を緩ませている。
〈…………〉
そんな中、ただ一人。食事を摂ることのない彼女だけが沈黙を保っていた。
──ファラ。
食事の後、彼女が語ったのは、無謬にして絶対たる『神』の、狂気と絶望にまつわる物語だった。