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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第11章 希望の道と神の絶望
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第107話 バプテスマ/死に至る病

     -バプテスマ-


 わたしたちが降り立った『駅』には、ほとんど人気がありませんでした。ここが『世界で最も危険な場所』の玄関口である以上、それは当然のことなのかもしれません。ノエルさんの話によれば、定期的な物資の搬入部隊以外でここを訪れるのは、ごくたまにギルド本部に選ばれた冒険者ぐらいのものだそうです。


「この中だとエリオットだけがSランクね。それじゃ、エリオットを中心としたパーティという『設定』にしておきましょう」


 シリルお姉ちゃんの言葉に頷きを返すと、わたしたちは改めて『駅』を見上げました。大きく開けた通路の行き止まり。少し高くなった昇降口の石畳。その脇に設けられた小さな石造りの小屋と、その先に続く昇り階段。ただ、それだけの場所でした。


「やあ、いらっしゃい。見ない顔だな? ひょっとして『ルーキー』か?」


「ルーキー?」


 【魔導列車】の気配に気付いて小屋から出てきたらしい男性の言葉に、エリオットさんが首を傾げました。


「あんたらがSランクで指定されたんだか、【フロンティア】での実績を買われたんだか知らないが、ここに来るのが初めてなら、みんな『ルーキー』さ」


 顔に刻まれた大きな傷のためか、年齢のはっきりしない容貌の男性ですが、声の感じからすれば、それなりに歳を重ねている方のようです。

 エリオットさんがライセンス証を見せても、その男性はまともに確認しようともしませんでした。


「悪いけどここじゃあ、『南部』でのランク認定なんてまるで意味がないよ。だから、SランクだろうがAランクだろうが同じことだ。この先に進めるかどうかは、これからわかる。生き残れるかどうかは……別だがな」


 傷のある顔に皮肉げな笑みを浮かべる男性は、よく見れば腰には剣を佩いており、どうやらただの事務員というわけではないようです。


「ああ、申し遅れたかな。俺はここの『水先案内人』カール・テミオス。一応、元冒険者だ。……ようこそ絶望の地『ゼルグの地平』へ」


「……エリオット・ローグです。よろしく」


「ふうん。まだ若いじゃないか。そんな女の子までいるのか? 勘弁してもらいたいな。……ったく、命を無駄にしやがって。まあ、いい。【魔導列車】は帰しちまったみたいだが、あんたらが『洗礼』を受けて考え直すことを期待して、と。──さあ、ご案内だ」


 彼、カールさんはそういうと、そのまま階段に向かって歩き始めました。


「アリシア。あの人の【スキル】、見えた?」


 シリルお姉ちゃんが小声でアリシアお姉ちゃんに呼びかけました。


「……」


 けれど、アリシアお姉ちゃんは、返事をしようとしません。


「どうした、アリシア?」


「だ、大丈夫……。ごめんね? ちょっと気分が悪くって、よく見てなかったの」


 ヴァリスさんが心配そうに顔を覗き込んでも、そう言って弱々しく首を振るだけでした。


「いいわよ。それより本当に大丈夫? シャルかエイミアに治療してもらったら?」


「ううん、平気」


 全然平気そうには見えませんでしたが、原因が分からない以上、手の打ちようもありません。


「おい、置いてっちまうぞ?」


 階段の上からの呼びかけに、仕方なくわたしたちは歩き始めました。


「ところで、『水先案内人』ってどういう意味なんだ?」


 質問の声はルシアのもの。エリオットさんを中心にしたパーティだという演技は必要なさそうなので、遠慮するのをやめたようです。


「ん? ああ、単に『1号ベースキャンプ』への行き方を教えてやる係ってだけだ。その呼び名は俺が自分で考えた」


「じゃあ、そこまで着いてきてくれるのか?」


「いや、俺にはあそこまでたどり着くのは無理だよ。……見たところ、あんたたちは化け物と戦うスリルを求めてきた連中ではなさそうなんだがなあ」


 彼は、しきりにわたしの方を見ています。その視線にわたしが愛想笑いで応じると、ばつの悪そうな顔で目を背けてしまいました。いったい、どうしたというのでしょうか?


「さて、そろそろ出口だぜ。……いや、地獄の入口かな」


 そんな声とともに、昇り階段の終着点、その壁面に設けられた扉がぎしぎしと音を立てて開かれていきます。そして、その向こうに広がっていたのは……


「……地獄、ね。よく言ったものだな」


 いつもは余裕たっぷりのエイミア様の声も、わずかに震えています。


「い、いくら【フロンティア】だからって、こんな風になるものなの?」


 シリルお姉ちゃんもまた、驚愕に声を震わせていました。


「ルーキーはみんなそう言うが、ここはあんたらが見てきたような【フロンティア】とは、格が違うんだよ」


「……」


 わたしは、『精霊』の気配が全く感じられない『平原』に、言葉を失っていました。平原には、背の低い草木が確認できます。命の気配がないわけではありません。

 なのに、それからは『色』というものが一切失われているんです。空には低くたちこめる灰色の雲。自分たちの身に着ける装備やお互いの髪、そして肌の色だけが唯一の色彩です。


 ──そこはまさに、『灰色の世界』でした。


「こんなところに長いこといたら、目がおかしくなっちまいそうだな」


 ルシアが冗談っぽくそんなことを言いましたが、それどころではありません。なんというか、ここに来たというただそれだけで、自分の心が悲鳴を上げているようです。


 何もかもが間違った──そんな世界に立たされて。

 複雑に入り混じった──恐怖と不安を胸に抱いて。


「これが最初の『洗礼』だ。この景色……いや、違うな。この『感覚』に慣れることができない限り、あんたたちはここから一歩も進めない。『1号ベースキャンプ』はあっちの方角だ。時間にしておよそ丸1日、歩く必要がある。ぞっとするような話だろう?」


 カールさんの言葉に、わたしたちは思わず沈黙してしまう。この先の旅路がいかに困難に満ちたものなのか、改めて思い知らされてしまいました。


「……まあ、物資の補給が『ベースキャンプ』でできるというのは良かったわね。まさか、ここまで何もないとは思わなかったわ」


 シリルお姉ちゃんの声には、強い意志が込められているようでした。……そうです。行くしかありません。わたしたちは、丸一日どころか、目的を達成するまでは何日でも、この『ゼルグの地平』を探索し続けなければならないのです。


「……へえ、大したものだ。強がりだとしても、この光景を初めて目にして、そこまで前向きな言葉を吐いた奴は最近じゃ珍しい。ま、一応はギルドに選ばれただけのことはあるってわけか」


 感心したように目を丸くするカールさん。


「お褒めの言葉をどうも。それじゃ、みんな。出発しましょう?」


 シリルお姉ちゃんは、みんなを促して歩き出す。


「え? おい、まだ説明が終わってないぞ!」


 慌てたように声をかけてくるカールさん。けれど、あまり長く話しているとボロが出ます。わたしたちは、早々に歩み去ることにしました。


「大丈夫! 方向さえわかれば十分だから!」


「ああ、レクチャーぐらいは受けてきたのか。なら余計なお世話かもしれんが、この先には、ほぼ単体認定のAランクモンスター以上しか出ないと思った方がいい。複数の敵に遭遇したら、とにかく逃げることを考えるんだ。いいな?」


 挨拶もそこそこに歩き出すわたしたちに、親切にもカールさんはそんな風に声をかけてくれたのでした。


 歩いていくうち、わたしは足元の感触を確かめました。ここに生えた灰色の草は、色以外は普通の草と大きな違いはないようです。でも、これが『色』だけの問題ではないことは明らかでした。


「さすがに定期的な補給部隊が派遣されてくるだけの理由はあったんだな」


 ルシアがつぶやいたとおり、恐らくこの『ゼルグの地平』内では、まともな食料を入手する方法はないでしょう。


「ふむ。この灰色の空がずっと続くとなると、“黎明蒼弓フォール・ダウン”も使いづらいな」


「え? そうなんですか?」


 エイミア様がふと漏らした言葉に、ルシアが驚いたように反応しました。


「ああ、あの技は、わたし自身が『青い空』の存在を認識できないと使えないんだ。雲の向こう側にある空を想像することはできるだろうが、それだと威力の低下は避けられないな」


 エイミア様の説明に、シリルお姉ちゃんも渋い顔になります。


「……それは少し問題ね。戦力の低下は避けたいところだけれど……」


「大丈夫。束ねて落とす分には、十分使える威力はあるさ」


 それに関しては、そう考えるしかないのでしょう。それに、エイミア様は“黎明蒼弓フォールダウン”なんてなくても十分強いんですから。


 ……それにしても、最初の頃よりましとはいえ、この灰色の草原には、気を抜くと猛烈な不安感に襲われそうな気持ちの悪さがありました。……そう、自分の心を落ち着けるのに必死で、本当に心配しなければならない人の状態の変化に、気が付くことができないぐらいには。


 最初に気付いたのは、ヴァリスさんでした。


「おい! しっかりしろ! どうした、アリシア?」


 その声に、わたしたちは一斉にアリシアお姉ちゃんの方へ視線を向けました。


「大丈夫!? 真っ青じゃない!!」


 シリルお姉ちゃんも慌てて駆け寄り、アリシアお姉ちゃんの肩を抱えるようにして背中をさすります。でも、アリシアお姉ちゃんの様子は、全然良くはなりません。アリシアお姉ちゃんだけは、この『洗礼』に耐えることができなかったというのでしょうか?


【生命魔法】ライフ・リィンフォースは?」


 ルシアの言葉にわたしは首を振りました。体力を失っているのならともかく、恐らくこれは精神的なものです。


「うう……」


 頭を抱え、呻くようにその場にうずくまるアリシアお姉ちゃん。


「いったい、なんだというのだ? どうにかならないのか!?」


 ヴァリスさんが焦ったように声を荒げます。


「落ち着け、ヴァリス。とにかく少し休ませよう。……そうだな、あの岩場にでも寄り掛からせたらどうだ?」


 エイミア様の言葉に一同は頷くと、アリシアお姉ちゃんを岩壁を背に寄りかかるように座らせました。


「うう、……ああ、くう!」


「何が起きている?」


 ヴァリスさんはアリシアお姉ちゃんの手を握りながら、シリルお姉ちゃんを見ました。


「……外部からの干渉によるものじゃないと思う。確かにここの『感覚』は異常だけれど、少なくともわたしの“魔王の百眼”では精神干渉の類は確認できないし……」


〈……外部ではないなら、『内部』しか考えられまい〉


 その声は、ヴァリスさんのものではありませんでした。


「ファラ?」


 気づけば、ルシアの袖口を掴むように実体化したファラさんが、地に膝をついた体勢でアリシアお姉ちゃんを見つめていました。


「わかるのか?」


 ヴァリスさんの問いかけに、ファラさんは考え込むように顎へ手を当てます。


〈……内部にあるものと言えば、一つしかなかろう。【オリジン】──つまり『神』の魂だ〉


 オリジン──神の魂。

 それがアリシアお姉ちゃんを苦しめているものの正体?

 でも、なぜアリシアお姉ちゃんだけが?


〈アリシアは“同調”系の能力者だったな。その分、自分の中にある【オリジン】とも強く同調したのだろう〉


「……そういえば、アリシアは自分の【魔鍵】の在り処を自分の心を探って見つけた、と言っていたけど……」


「常人には真似できないレベルの同調能力。それが仇になったということか」


 心配そうに見つめるヴァリスさんの視線の先で、アリシアお姉ちゃんは、悪夢にうなされるように荒く息をついていました。



     -死に至る病-


 人間の魂の中に宿る【オリジン】。


 わらわには、なぜそんな状態が生じているのか、理解できない。

 そもそも【オリジン】とは、『神』が自らの信奉者である『魔族』のために、信仰ある限りその力を自在に振えるよう、『調整』して与えたものだ。だが、ルシアの仲間を含む現在の人間たちを見る限り、【オリジン】が正しく作用しているとは思えない。

 何らかの原因で『魔族』から失われ、分散して人間に宿った【オリジン】は、数百年の時を経て、人間の中でそれなりに形を取り戻しつつあるらしい。だがそれでも、こんなふうに宿主を害するなど、狂っているとしか言いようがない。……あるいは、『けがれ』ている、というべきか。


「あ、あの、アリシアさんは大丈夫なんでしょうか?」


 心配そうなシャルの声。わらわは、彼女の頭に軽く手を置く。


「案ずるな。命には別状はない。とはいえ、今は同調を抑制する方法を考えるしかないな」


 わらわの言葉に、シリルが軽く頷く。


「……アリシア? 聞こえる? なるべく自分の意識を外に向けなさい。ヴァリスのことでもなんでもいいから、自分以外のことを考えるの。わかった?」


「う、うん……」


 苦しそうなアリシアの声。しかし、ほどなくして、アリシアの様子が急変した。


「う、あああ! こ、怖いよ! いや! 違う! そんなの嘘! こんなの全部、間違ってる! わ、わたしがそんな、……そんなハズがナイ!!」


 どうやらシリルの言葉が、かえって“同調”を高めてしまったらしい。人の心とは思うようにいかないもので、『考えまい』と意識するものほど、余計に考えてしまうものなのだ。


「く! 暴れるな! 落ち着け!」


 ヴァリスが暴れ出そうとするアリシアを、必死に押さえつける。


「うああああ! なんで? どうして、こんなことに? ワタシは間違ってない!!」


「『間違ってない』?」


 わらわは胸を貫かれるような思いに襲われた。それは、かつての同胞たちの言葉だ。あれは確か、『竜の谷』の封印に際しての会合の時のこと。

 わらわの同胞たち──同族に限らず多くの『神』が口にした言葉。あのときは、我が身可愛さに自分の正しさを押し通し、『竜族』を犠牲にすることの正当化を図ろうとする言葉にしか聞こえなかった。


 ──だが、もし、それとは別の意味があるとしたら?


「……まさか、これって、『神』の意識?」


 シリルが何かに気付いたように言う。

 アリシアの中に眠る【オリジン】。

 そして、意識の媒体である【魔鍵】『拒絶する渇望の霊楯(サージェス・レミル・アイギス)』。

 この声は恐らく、『レミル』のものだ。

 ──サージェス神族の、『神』が一柱。

 これは、彼女の叫びなのだ。


「ワタシの世界は! 正しい! ワタシがどうして! こんなに醜くて汚いものを!」


 なおもアリシアは、叫び続ける。


〈これが、そうなのか? こんな意味の分からない妄執に、わらわの同胞たちは囚われて?〉


 わらわは思わず声を漏らす。まるで子供のような叫びだ。己の間違いを認めたくない。過ちから目を逸らしたい。そんなことばかりを口にしている。

 絶対にして無謬であるはずの神々が抱く、高次精神体であるがための自己矛盾。


『神の力が通じぬモノ』──『邪神』《異世界からの侵略者(アウトサイダー)

『考えまいとする意識』──【歪夢】

 まさしくそれは、狂える意識の堂々巡り……。


 この時ようやく、わらわにもおぼろげながらに、当時の彼らが『戦っていた』ものの正体が見えてきていた。


「そういえば、俺のいた世界を創ったとかいう『四柱神』の奴らも、間違った世界に絶望したとか言って、いなくなったんだよな?」


 ルシアの言葉が遠くに聞こえる。

 『神』の中でも有数の力を持ち、【異世界】という逃げ場所を創り出せた『四柱神』はまだ良い。しかし、この世界に取り残された『神』はどうだったのか?

 彼らの味わったものこそが、真の意味での『絶望』だったのかもしれない。


「いや! こないで! 来るな! くるな! くるなあああ!」


「……シリル。アリシアから【魔鍵】を外してやれ。それで多分治まる」


「ええ、わかったわ」


 シリルはわらわの言葉に頷くと、アリシアの腕からバックラー型の【魔鍵】を取り外す。すると徐々に、アリシアは落ち着きを取り戻し始めた。


「恐らくこの場に漂う『神』の残留思念に、『レミル』の意識が共鳴・増幅させられたのだろう。【魔鍵】さえ外しておけば問題はあるまい」


「でも、その分アリシアさんが危険になっちゃいます……」


「シャル。我がアリシアを護る。心配するな」


「あ、はい!」


 ヴァリスの言葉に安心したように返事をするシャル。


「でも、どうしてここに来た途端なんだろうな?」


「決まっておろう。ここには無数の【歪夢】があるからだ」


「いや、だからそれだよ。なんで北部にばっかり【歪夢】……っていうか、『神』の残留思念が多いんだ?」


 ルシアにしてはまともな質問だ。そういえば、その話はしていなかったかもしれない。


「世界の北半分は『神』、南半分は『竜族』が事実上支配していたからだ。もっとも、『竜の谷』封印後は知らんがな。実際に南部にも【歪夢】はあるようだし」


 ──もっとも封印前でも厳密に線引きがされていたわけではないし、互いの侵入を阻止していたわけでもない。わらわがそう付け加えると、納得したようにルシアが頷く。


「ア、アリシア? 大丈夫?」


「うう、シリルちゃん?」


 ようやく意識を取り戻したらしいアリシアの顔を、皆が一斉に覗き込む。


「ご、ごめんなさい! みんなの足手まといになっちゃった……」


「ばか。そんなわけないでしょ? それより、大丈夫? もう少し休んでいきましょうか?」


「う、うん。あと少ししたら動けるようになると思う……」


「無理はしないでね?」


 シリルの念押しのような言葉にアリシアが力無く頷く。

 仮にも高次精神体である『神』の強力な思念にさらされていたのだ。まともに回復するには、しばらくの時間がかかるだろう。


「……だが、ゆっくりと休んでばかりもいられそうにないぞ。──敵だ。あちらの方角から来る」


 ヴァリスに指差されて見た方角からは、ふわふわと浮かぶ奇妙な物体が漂いながら近づいてくるのが見えた。


「見たことがある奴だ。──『ファントムレギオン』だったかな」


 そうつぶやいたのはエリオット。彼はこの中では一番、単体認定Aランクモンスターとやらとの戦闘経験が多いらしい。 


「わたしとシャルで障壁を築きましょう。──エリオット。あれは『邪霊』の類でいいのね?」


「ああ、そうだよ。ただ、あいつが厄介なのは、分裂と再生を繰り返すところだ。だから、まとめて滅ぼさないといけない」


「なら、今のうちだな」


 エリオットの語尾に重なるように、言葉を発したのはエイミアだった。彼女は手にした『弓』を掲げると、高らかに宣言する。


「あ、いや、エイミアさん。待ってくださ……」


〈還し給え、千を束ねし一の光〉


 灰色の雲を貫き、天から飛来する高密度の光の束。

 それは、モンスターの身体に突き刺さる、『一本にして千本』の矢。


 その一撃で、巨大なブヨブヨとした物体に見えたそれは、確かに爆散した。しかし、直後には散り散りになった欠片が見る間に凝縮すると、十個ほどの奇怪な塊が出現する。


「……集合状態のアレに攻撃を仕掛けても、分裂するだけなんです」


「なに? そうか、早合点してしまったな……」


 エイミアが珍しく、しまったという顔をした。

 

「どの道、奴は自分から『分裂体』に変化したでしょうから、エイミアさんの失敗じゃありませんよ」


 エリオットは、エイミアに慰めるような言葉をかけながら、手にした槍を構える。

 そのまま、ゆっくりと接近してくる『ファントムレギオン』。その『分裂体』のいくつかがブクリと膨らむと、中から無数の光の弾丸のようなものが連射されてくる。


「く!」


凝固ソリッド》!


 シリルの新しい防御用【魔装兵器】『ディ・エルバの剛楯』とシャルの空気の壁の二重障壁は、どうにかその弾丸を防ぎとめる。だが、流石は単体認定Aランクと言うべきか、その攻撃は予想以上のものだったらしい。


「つ、強いです! 障壁が持ちません!!」


 シャルの言葉どおり、二重障壁は軋みをあげている。


「俺に任せろ!」


 ルシアが向こう見ずにも障壁を回り込んで、『分裂体』へと駆け寄っていく。飛来する光の弾丸をひとまとめに斬り散らして接近するが、傍で見ているわらわとしては、冷や汗ものだった。


〈ルシア! お主が『ひとまとまり』に斬断できるのは、同じ敵から放たれた弾丸だけだ!! 気をつけろ!〉


「へ? お、おう! そうだったな!」


 ルシアは、少し焦ったような声を出した。


 やっぱり意識していなかったか、このたわけめ。

 とはいえ、ルシアは多対一の戦いにも慣れているようで、同時に複数の敵の射線上に入らないように位置取りを調整しながら、一体の『分裂体』を斬り散らす。


 一方、光の弾丸を放ち続ける『分裂体』とアリシアを護るために障壁を展開させているシリルたち──その間に割って入る影があった。


「うそ? ヴァリス! 無茶よ!」


 ヴァリスは、シリルの制止を振り切るように、高速で飛来する無数の弾丸へとその身をさらす。

 直後、激しい打撃音が連続して鳴り響く。四方八方に飛び散る光の弾丸。無言のまま、腕が霞むほどの速度で拳打を放ち続けるヴァリス。……そう、あやつは信じられないことに、弾丸を『素手』で弾いていた。無論、両手にはめた青白い手甲のおかげなのかもしれないが、それ以前に、いったいどんな反射神経があればあんな真似ができるというのか? いつ見ても『竜族』のでたらめな身体能力には、呆れるばかりだ。


「喰らえ!」


 エリオットは、ゆっくりと接近する敵に向けて、腰だめの姿勢から『轟音衝撃波』を放つ。爆発音とともに、二体の『ファントムレギオン』の姿が搔き消える。


 しかし、煙の向こうから姿を現したのは、『八体』の『分裂体』だった。なんだ? 先程の二体をしとめた時点で、残りは六体ほどだったはずだが……。


「く! もう復活し始めたか! あいつらは一体でも残すと時間とともに他の連中まで復活するんだ!」


 言いながらエリオットは近場にいた『分裂体』に槍をねじ込み、その身体を内部から『干渉』して破裂させる。


「あっちにも現れたわ! 『ファルーク』!」


 シリルが障壁を展開させたまま、白銀竜の『幻獣』に指示を出し、新たな『分裂体』を切り刻む。まさか、敵の出現速度が上がっているのだろうか?


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