第106話 未知なる世界へ/連絡通路
-未知なる世界へ-
マギスレギアの王城は、あの時の騒ぎであちこち傷んでいたみたいだけれど、あたしたちが城下町で過ごした数日の間にも、かなり補修が進んでいた。
今はちょうど、謁見の間の修復工事が行われている。工事用の【魔法】を駆使しているとはいえ、崩落した床を直すのはすごく大変そうだった。
「なんだか、申し訳ない気分になってくるね」
エリオットくんは自分が崩壊の原因を造ったことを気にしてか、工事の様子を見ながらそんなことをつぶやいた。
「いや、工事に携わる彼らにしてみたら、おいしい仕事と言うものだろう。君が気に病むことじゃないよ」
エイミアがそんなエリオットくんの肩に手を置きながら、冗談めかして言う。そんなやり取りを耳に入れつつも、あたしは目の前を歩く一人の人物の背中を見ていた。
──獅子王レオグラフト。
世界最大の国家である魔法王国マギスディバインの国王様。
赤みがかった豪奢な金髪を垂らし、颯爽と歩くその姿は、誰が見ても威厳に満ちた覇王のものだった。……ただし、あたし以外が見たのなら。
あたしから見える彼の感情は、『苛立ち』の一言に尽きる。そして、原因もはっきりしている。あたしの後ろを歩く二人組へと向けられた、彼の意識が何よりそれを物語っていた。
「まさかとは思ったけど……ほんとにそうなんだ……」
あたしは、思わず小さくつぶやく。
彼──レオグラフト国王陛下は、恋をしている。
お相手は、『魔神殺しの聖女』エイミア・レイシャル。
たぶんきっかけは、謁見の間の崩落時に彼の命をエイミアが助けたことだろうと思うけど、あまりにも意外な展開に驚きを隠せない。
「やっぱり、アリシアさんも気付いたかい? まったく彼ときたら、彼女がここに泊まってくれないものだから、随分とご機嫌斜めでさ」
隣を歩きながら声をかけてくるノエルさん。明らかに聞こえる声で言うのはやめてあげようよ……。ほら、王様の背中に怒りが見え隠れしているよ?
「いい歳なんだし、政略結婚とはいえ王妃様だっているだろうにねえ」
うわ、そこまで言う? ノエルさんって実は、サディストなのかな?
「……黙ってついて来い」
──ほら、怒られちゃった。でもノエルさんは、軽く舌を出して肩をすくめてみせるだけだった。理知的に見えて、意外と彼女にはこういうお茶目なところもあるんだよね。
ただ、一つだけ気になることがあった。それは、あたしの“真実の審判者”で見ても、彼女にはよくわからない『もや』がかかっているように見えること。リオネル神官長やレイミさんを見た時にも感じたことだけど、『魔族』の中にはあたしのような“同調”系能力を阻害する手段を持った人が多いのかな?
「……なあ、いい加減教えてくれてもいいんじゃないか? いったいどこに行くんだよ」
ルシアくん……王様に向かってその口の利き方はないんじゃあ……。
「城の地下だ。詳しい話はノエルに訊け」
「へいへい。で、ノエル? どうなんだ?」
ルシアくんは王様の声に含まれた怒気にまるで気付かない。……うう、見ているこっちがハラハラする。
「堪え性がないね、君も。もう少しだから我慢しなさい」
そんなノエルさんの言葉を最後に、あたしたちは会話をやめ、目的の場所へと歩を進めていく。これから向かう場所を思えば緊張が高まってくるのも当然だった。
地下へ続く階段を下り、倉庫や地下牢が並ぶ場所を通り過ぎた先に、その扉はあった。
「──ここだ。ノエル、封印を」
「了解」
ノエルさんは王様の言葉に一歩前へ進み出ると、扉に手をかざして目を閉じる。すると、それまで物々しい鉄の扉のように見えていたそれが銀色の光とともに消滅していく。
もしかして、『魔族』の隠蔽技術?
「これでよし、と」
「随分厳重に封印していたわね?」
どうやらシリルちゃんから見ても、今の扉は厳重なものだったらしい。
「まあね。理由は中を見ればわかるよ」
言われてあたしたちは、扉のあった場所の奥をのぞき込む。
するとそこには、目を疑うようなものがあった。
「【スノークロウラー】なのか? いや、似ているだけか……」
ルシアくんのつぶやきに、一斉にみんなが彼の方を見る。ルシアくんの世界には、これに似たものがあるのかな?
「ああ、いや、俺の世界……っていうか故郷には似たようなものがあったんだよ。少し離れた『国』への掠奪戦争の際に、【ヒャクド】から使用が許可された車両なんだが……これも自動で動くのか?」
「……君の故郷の話は興味深いね。そう、これは自動で動く【魔導列車】さ」
「じゃあ、これに乗っていくの?」
シャルちゃんが目を輝かせて話に割り込んできた。シャルちゃんって実は、相当新し物好きだよね。
「そのとおり。ここは城の地下だけど、途中からギルド本部との地下通路『エルヴァ・リーク』に合流するようになっているよ」
「ふん。急ピッチで工事をやらせたが、『エルヴァ・リーク』とつながる部分の破壊だけは迂闊な者に任せられなかったせいで、時間がかかった。『魔族』の技術だけあって、向こう側の内壁も硬い鉱石で覆われていたからな」
「そうそう。だから彼の苦労をねぎらってあげてね。エイミアさん」
「おい……」
余計なことを言うなと言いたげな顔をする王様。でも、わざわざ工事の苦労を語ってみせるあたり、やっぱりエイミアさんに聞いてほしかったんだろうな。
「ん? そうか。済まなかったな、面倒をかけて。ありがとう。感謝するよ」
鈍感なエイミアさんは、まるでそんなことに気付かない様子で、にっこり笑ってお礼を言っている。
「……礼などいらん。借りを返したに過ぎないからな」
ああ、照れてる照れてる……。
「いいから、さっさと行こう。こんなところで悠長にしているわけにもいかないだろう?」
そこへ不機嫌そうに割って入ったのは、エリオットくんだった。
「……そうだね。ちなみにこの【魔導列車】だけど、向こうに着いたらそのまま置いたままにしてくれて構わないよ。一度道を覚えれば自動操縦でこちらに戻れるから」
「自動操縦? そんな高度な真似までできるのか?」
ルシアくんが驚きの声をあげる
「仕組みは単純だよ。往路の時と逆回転、逆方向転換で戻らせるだけさ。まあ、万が一事故でも起きた場合には、証拠隠滅で車体そのものを砂に還す仕組みもあるしね」
「一人でこの【魔導列車】を造ったの? そんな面倒な仕組みまで? ……相変わらず凄いわね」
さすがのシリルちゃんも、感嘆の声をあげている。
「……つくづく用意周到だな。でも、それ以前に到着した先に、見張りだか番人だかがいたら、どうするんだ?」
「大丈夫さ。考えてみてよ。『ゼルグの地平』には、ギルドを介さず辿り着く方法なんて普通はないんだ。そもそも潜入するメリット自体が皆無なんだよ? 向こうだって、まさか車両を自前で用意する者がいるなんて夢にも思わない。これで行けばまず怪しまれないさ」
「俺たち自身の素性はどうする?」
質問を繰り返しているのは、珍しいことにシリルちゃんじゃなくてルシアくんだ。どうやら彼は、こういう潜入作戦みたいなものの経験が豊富みたい。やっぱり、元の世界での経験かな?
「今日明日は、ギルドの物資搬入定期便は出ない。でも、冒険者を派遣するための臨時便はその限りじゃないからね。君たちは通常どおり、ギルドの依頼を受けた冒険者を装えばいい。……少なくとも向こうに潜入するまでの間は抜かりはないさ」
だから、潜入した後が問題。ノエルさんはそう言いたげだった。
「なるほどな。でも、車両を戻してしまったら、帰りはどうする?」
うん、確かにそれが心配だよね。
「ああ、はいこれ」
ノエルさんは、シリルちゃんに小さな箱のようなものを手渡した。
「え? これって、通信装置?」
「そうだよ。あまり遠距離だと信号を送るぐらいしかできないけど、帰るときは連絡をくれれば僕が自分で迎えに行く。事が済んだあとだったら、少しぐらい強行軍でも構わないだろうからね」
今までほとんど裏方に徹していたのに、今回に限ってこんなことを言い出すなんて、ノエルさんはよほどシリルちゃんのことが心配みたい。
「ふん。そんなに心配なら、貴様も同行すればよかろう」
王様が面白くもなさそうに吐き捨てる。
「そうもいかないよ。僕の役目は、執政官としてこの城に陣取って、ギルドから『元老院』にシリルたちの情報が伝わるのを少しでも遅らせることだ。……そもそも僕じゃあ、足手まといにしかならないだろうしね」
よく考えてる。自分の気持ちを抑えてでも、シリルちゃんにとって何が一番安全で、何が一番利益になるのかを常に考えているんだ。すごいな、ノエルさん。これはルシアくんも、うかうかしていられないかも。
「よし、そろそろ時間だね。さあ、乗った乗った」
ノエルさんに促されて、あたしは改めて【魔導列車】を見た。
黒光りする金属製の箱に車輪が付いた乗り物。乗り込みやすいように脇には収納式のステップがついていて、そこを上がると金の縁取りがされた片開きの扉がある。中に入るとかなり広く、十人くらいは乗れるんじゃないかって思うくらいだった。
大きさを除けば馬車に似ていなくもないけれど、牽引する馬はいない。やっぱり、ほんとに自動で走るんだね。
「操作は必要だけどね。さっき教えたとおりにやれば、シリルならできるだろう。まあ、帰りの自動操縦のためにも、できるだけ方向転換は少なめにしてもらえると助かる」
「それにしても、随分と大きいですね!! 座るところもたくさんあります!」
最初に飛び込んだシャルちゃんは、すごく興奮した様子でシートの張られた椅子に腰かけると、床や天井をしげしげと眺めている。
「これが実際の一両分のサイズだよ。北部に向かうのは実戦部隊の冒険者だけじゃない。この前説明した『ベースキャンプ』への支援物資を輸送したり、後方支援を担当する人材を送り込んだりするから、一両あたりでもこのくらいの大きさはあるのさ」
「よーっし、これで全員乗り込んだか? 点呼を取るぞ?」
「ルシア……。そんなことしなくても大丈夫よ?」
「あ、悪い。つい昔の癖で……」
ルシアくんとシリルちゃんがそんなやり取りをしている中、王様がエイミアに近づいていく。
「ここまで手間をかけたのだ。生きて戻ってこい。あれだけ偉そうなことを言った貴様に、余が『魔族』に頼らない、正しき世界の在り方を実現させるの見せてやる」
照れ隠しなのか、王様は憮然とした顔で言ったけれど、あたしからは感情がもろ分かりだから、見ていてこっちが恥ずかしくなっちゃうよ……。対するエイミアはと言えば、やっぱり全く気付いていないみたいだった。
「ははは、それは楽しみだ。お土産くらいは持ってくるから、そちらも楽しみにしていてくれ」
天真爛漫を絵に描いたみたいに、朗らかに笑うエイミア。あれじゃ王様が惚れちゃうのも無理はないか。
「終着駅は『ゼルグの地平』の南端だ。危険すぎてそれ以上は掘り進められなかったらしい。だから、そこから先は大変だけど徒歩になる。……シリル、みんな、どうか無事で」
「うん。本当に何から何まで、ありがとう。……待っててね、ノエル。わたし、他の誰かに押しつけられた使命なんかじゃなく、自分の意志で、自分の選択で、この世界を救えるようになってみせるから」
シリルちゃんのその言葉を最後に、あたしたちは未知なる世界に向かって出発したのだった。
-連絡通路-
【魔導列車】は音もなく走る。
通路の中は壁に明かりが設置されているため、それなりに視界はひらけている。窓の外に見える岩壁が流れていく速さからして、この列車がそれなりの速度で移動していることは間違いない。にも関わらず、地面を転がる車輪の音すら聞こえてこないというのは不思議だった。
「ノエルが車輪にも細工をしているんでしょうね」
とは、先ほどから操作用制御盤の前に陣取っているシリルの言葉だ。
「なんだか、あたしたちだけ楽してるみたいでごめんね?」
そんなシリルに、アリシアが申し訳なさそうに声をかける。車内の座席は左右の壁に並ぶように設置されており、シリル以外の六人(ファラ殿も入れれば『七人』か?)は、全員が中央を向く形で腰かけていた。
「いいのよ。運転はわたしにしかできないんだし、……それに不謹慎かもしれないけれど、眺めはいいし、ちょっと楽しくもあるしね」
運転席に腰かけたまま、振り向くこともなく返事をするシリル。ちょうどその背後に、一人の人影が近づいていく。
「へえー、確かに眺めはいいな。でも、ハンドルどころかアクセルもブレーキもなさそうに見えるんだが、どうやって操作してるんだ?」
そう言ったのは、興味津々にシリルの隣に立ち、操作盤を覗き込むルシアだ。
「ほら、座りなさいよ。立っていると危ないでしょ?」
シリルはルシアの腕を掴むと、引きずり下ろすように自分の隣に座らせた。
「うお? おお……」
戸惑いながらも満更ではなさそうな声を出し、腰をかけるルシア。
「うわあ、シリルちゃん。今ではああいうことするのに、何のためらいもないみたい。……うふふ、『危ない』だなんていい口実だよねー」
我の隣でアリシアが感心したような声を出す。狭い運転席に二人腰かける様は、ぴったりと寄り添っているようにしか見えないが、確かにシリルがあそこまでルシアの接近を自分から促すのは、初めてのことかもしれない。
「わかっているとは思うけど、余計なことを言ってはいけないぞ?」
エイミアがアリシアをたしなめるように言う。
「うん。ついからかっちゃいたくなるけど、ここは温かく見守らないとねー」
そう思うなら、もう少し声を抑えた方が良いと思うのだが……。
我でなくても聞こえそうなものだ。気になって運転席を見れば、心なしかシリルの背中がぷるぷると震えている。だが、どうやら出発前の我の忠告を聞きいれようと努力しているらしい。無視を決め込むことにしたようだった。
「うう……そ、そんなに難しい操作じゃないのよ。ここに刻まれた【古代文字】がそれぞれ曲がる方向や加速・減速を意味していて……」
「なるほどな。ちなみに俺の世界で使ってた車両にはそもそも【エンジン】って奴がついていて、それが要するに乗り物を動かす動力源だったんだが、こいつはどうなっているんだ?」
そんな会話を続けている。
「……いいなあ」
ふと声のする方を見れば、シャルが今にも指をくわえそうな風情で二人の後姿を眺めていた。どうやら運転席の様子を見てみたいらしい。とはいえ、シャルも二人の邪魔をしてはいけないと思っているようで、どうにも残念そうな顔をしている。
「……そろそろ『エルヴァ・リーク』との合流地点ね。道も湾曲しているし、減速しながら行きましょう」
そんなシリルの声がした後、しばらくして急に周囲が明るくなった。
「おお、すごいな、これは! まるで別世界だぜ!」
運転席で真っ先にその原因を目にしたらしい、ルシアの声。
「もう外に出たってわけじゃないよな?」
「いいえ、『エルヴァ・リーク』に出ただけよ。……わたしも見るのは初めてだけど、まさかここまで大きく地下をくりぬいた道だとは思わなかったわね」
窓の外を見れば、先ほどまで王城マギスレギアの地下から掘られていた即席の地下道とは、全く異なる景色が広がっているのが分かった。
『エルヴァ・リーク』とは、古代語で『希望の道』を意味する言葉らしい。それにあやかってと言うわけではないだろうが、通路内は明るく、壁や天井、床に至るまでが手入れの行き届いた石材で造られているように見えた。
車両が通るだけにしては、かなり広い空間。かなりの数の光源が煌々とあたりを照らしている。
「ああ、そういえば……ギルドの臨時便とやらが通らないとは限らないんだろ? そいつらから見れば、俺たちの車両も怪しまれるんじゃないか?」
「大丈夫。到着までは姿を隠蔽する【魔法】もかかってるわ。音もなく走る分にはばれないわよ」
「……つくづくノエルの奴、本当に抜かりがないんだな」
「ふふ、彼女は昔から心配性なのよ」
まあ、そんなノエルの『心配性』に我らが随分と助けられてきたのは間違いない。
……だからこそ、ここから先は気を引き締める必要があるだろう。向こうに着けば、そんな助力は期待できないのだ。
なおも運転席の二人の会話は続いている。
「あと、どれくらいかかるんだ?」
「そうね。地図を見た限り、マギスレギアは南部の中心でしょう? 『駅』のある地点まで、このペースなら半日もあれば行けるんじゃないかしら」
「それでも半日か。……その間、シリルはずっと休めないのか?」
「うーん、そうね。道はここからひたすら真っ直ぐだし、念のため他の車両がないかどうかは確認するにしても、ずっと運転席にいる必要は無いんだけどね。でも、結局見張っていないといけないし……」
と、そこまで会話が進んだところで、我の隣でアリシアが勢いよく立ち上がる。
「シャルちゃん!」
「は、はい!?」
いきなりの呼びかけに、驚いて裏返ったような声を出すシャル。彼女はどうやら窓の外の景色に見惚れていたらしく、目を丸くしてこちらを見ている。
アリシアは、そんなシャルに目配せすると、シリルたちに向かって声をかける。
「見張りなら、あたしとシャルちゃんが替わってあげるよ? 長丁場なんだし、今のうちに一度休んだ方がいいんじゃない?」
……なるほど、シャルに運転席を見せてやるつもりだな。
アリシアは、こういうところでさりげない思いやりを示すことがある。人の心の機微に疎い我としても見習いたいものだ。そんな風に思いつつ感心してアリシアを見上げていると、何を誤解したのかアリシアが申し訳なさそうな顔をした。
「あ、ごめんね。ヴァリスも行きたかった? ただ、さすがにあの運転席じゃ三人は座れないかも……」
……何を言うかと思えば、随分と的外れなことを。
同じ感想を抱いたのか、エリオットが口を挟んできた。
「い、いや、アリシアさん。ヴァリスをシャルと同じに考えなくても……」
──まったくだ。馬鹿にしないでもらいたいものだ。
「え? あ、そっか。ごめんね? 別にヴァリスは……」
アリシアの謝罪の言葉など、みなまで言わせる必要はない。我はその語尾を遮るように口を開く。
「当然だ。我なら座らずとも、この程度の揺れでバランスを崩したりはしない。シャルと同じに考える必要はない。わかったら、さっさと行くぞ」
「え?」
「へ?」
「ええ!?」
シャルとアリシア、それにエリオットが何やら間抜けな声を出す。
なんだ? 我は何かおかしなことを言っただろうか?
「こんな鉄の箱にしか見えないものが、どのように動いているのかは、大いに気になるところだ」
そんなことを言いながら、立ち上がる。シリルたちには場所を譲ってもらう前に、改めて装置の解説をしてもらうことにしよう。
「え、えっと、僕としてはヴァリスって『魔族』のことを嫌っているようだったから、こういう【魔導装置】の類には興味がないかと思ったんだけど……」
「それとこれとは話が別だ。確かに自分でもなぜ、こんなにもこの【魔導列車】の機構に心惹かれるのかはわからないが、気になるものは気になる」
我はエリオットの言葉に胸を張って答える。この乗り物に乗って以来、なんとなく胸が躍る気分は我にもあるのだ。
「うーん、その気持ちはわからなくもないけど……よりにもよって、どうしてヴァリスがその『気持ち』を持っているのかが、よく分からない……」
我は意味の分からないことを言うエリオットを置いて、アリシアたちとともに運転席へと向かったのだった。
それからしばらく、我らの乗る【魔導列車】はギルドの【魔導列車】に遭遇することもなく進んでいく。
後はこのまま向こうに着いて降り、空の車両を自動操縦で送り返すだけでいい。便利なものだ。
だんだんと目的地が近づいてきたところで、ルシアが全員に念を押すように呼びかける。
「俺たちは『正規のルートでやってきた冒険者』だ。偽装を伴う潜入の際には、自分で自分を騙すくらい『設定』を頭の中で繰り返しておくものなんだぜ」
「……我には難しそうだな。せいぜい黙っているとしよう。……それにしても随分詳しいな?」
我の問いかけに対し、ルシアは軽く苦笑する。
「まあ、こういうのには慣れてるからな。敵兵に偽装しての潜入なんかなら、経験がある──前に言っただろ? 『敵国』に侵入して物資を奪うのが俺の仕事だったって」
そういえばそんなことも言っていたか。
──『神』の掌の上で踊らされる『掠奪戦争』か。
「ふん。『神』のやることは理解に苦しむな。自分の支配下にある人間を苦しめて、悦に入っていたのだとすれば、おぞましい限りだ」
我が思わず口にした言葉に、思わぬところから声がかかった。
〈まあ、そう言うな。すべての『神』がそんな者どもだったわけではない〉
「……ファラどの。これは失言だった」
〈いや、よい。……『四柱神』の中にも一応まともな奴はいたはずなのだが、ルシアの世界でいったい何があったのやら……〉
いつの間にかルシアの傍で実体化していたファラ殿は、半ば独り言のようにつぶやく。
「もうすぐ到着よ。気を抜かないでね」
シリルの言葉に運転席の正面窓を見れば、『エルヴァ・リーク』の終着点であろう施設が遠くに見えた。
『希望の道』のその先に、いったい何が待ち受けているのか。
我らはまだ、知る由もない。




