第105話 第二のミッション/愛されるということ
-第二のミッション-
王城マギスレギアの一室で、俺は……なぜか正座をしていた。
無論、こんな窮屈な座り方、やりたくてやっているわけじゃない。正確に言えば『正座をさせられていた』が正しい。ファラはと言えば、呆れて物も言えないとばかりに俺の中に引っ込んでしまっている。
「さて、ルシア。状況をおさらいしようか?」
「……」
「あの【魔法具】『紫銀天使の聖衣』を身に着けた可愛いシリルを撮影すること。それが君へのミッションだったよね? 取引はそれで成立していた」
「……」
「返事は?」
「あ、ああ、そうだな」
「だけど、君。よりにもよってあの聖衣に、背中から銀の翼を出すような『ステキ機能』があっただなんて、僕は聞いてないよ?」
「俺もシリルも知らなかったんだよ」
というか、『ステキ機能』ってなんだそれ?
あれも一応、【魔装兵器】の機能を発動するために必要なものらしいんだけどな……。
「それにしても、シリルに天使の羽か……。いいなあ、どんなにか素敵だったことだろう……。まあ、ランディが考えそうなことだけどね」
「ん? やっぱりノエルも、レイミさんと同じでランディのことを知っているのか?」
「……え?」
ノエルは、信じられないといった顔で俺を見る。いつも理知的で隙を見せない彼女にしては珍しい、呆けたような顔。
「あれ? 俺、何かまずいこと言ったか?」
「……はあ、君って奴は。全部はわかるわけがないにしても、あの時少しぐらいは気付いたのかとも思ったんだけどね。……ちょっとだけだけど、あの決め台詞にはドキドキしたんだけどなあ。あのときめきを返せ、と言いたいよ」
何が言いたいのかよく分からないが、なぜか呆れられてしまったらしい。
「まあ、それはさておきだ。僕としても失敗だったよ。撮った『写真』を消せないように【魔導装置】を設定しておくべきだった。前もってあの聖衣の機能が見抜けていたら、そんな手も打てたんだけどな」
ぶつぶつと独り言のように呟くノエル。もはや俺は、完全に置いていかれている。っていうか、未だに俺、正座させられたままなんですけど……。
「くそ……。僕としたことが、もっとよく見るべきだったんだ! それが【魔装兵器】としての機能なら、僕に見抜けないはずはなかったのに……」
本気で悔しそうな顔をしながら握り拳を震わせるノエル。俺は彼女の様子に若干引き気味になりながらも、恐る恐る問いかける。
「えーと、そろそろ許してもらえるとありがたいんだが……」
「駄目だね。君は見たんだろう? 天使姿のシリルをさ。僕を差し置いてそんな羨ましいことをしでかしておいて、『撮影した『写真』は消されました』だって?」
「し、仕方ないだろ! それにその他の『写真』は無事なんだから、いいじゃないか」
「うん……。相変わらず可愛いよね、シリルは。これで僕の秘蔵のコレクションがさらに充実したってものだ」
初めて会った時と随分キャラクターが変わっているのは、気のせいだろうか?
「……あ、おほん。と、とにかく、君への報酬であるところの秘蔵コレクションは、その『写真』を改めて撮影してくるまで無しだ」
「なんですと!?」
それは酷い。約束違反だ。何のために俺が恥を忍んでシリルに『写真撮影』をお願いしたと思っているんだ。俺がそう言うと、ノエルは映像装置を覗き込みながら、やれやれと首を振る。
「その割には随分、いきいきと様々な角度から撮影しているみたいじゃないか」
「い、いや、それは……。で、でも、あいつ、相当恥ずかしがってたぞ? もうあの姿にはならないんじゃないか?」
「……」
俺の何気ない言葉にノエルは沈黙し、うってかわってまじめな表情に戻る。
「ど、どうしたんだ?」
「いいや、使うさ。それが有用な機能なら、使わないで済むはずがない。そんな甘いことを言っていて、生き残れるような場所じゃないんだ。『ゼルグの地平』はね」
「【真のフロンティア】……だっけか。そういや明日には行けるようになるって話だったよな?」
「……実はね、準備はもう完了してるんだ。ただ、今日一日は名残を惜しみたくて、君たちにこの城への滞在をお願いしたっていうのが、本当のところでね」
ノエルの言うとおり、俺たちは今日一日この城に滞在することになっている。今の時間は、俺だけがノエルに呼び出されて執務室にいるのだった。
「名残を惜しむって、そりゃまた随分、大仰だな」
「君たちが手にした装備、道具、『幻獣』、それぞれの機能や能力、それらをすべて完全に駆使してもなお、本当に生きて帰ってきてくれるのか、僕は心配で仕方がない。あちらに関しては、『魔導都市』のように僕があらかじめ打っておけるような手は何もない」
用意周到な完璧主義者であるノエルにしてみれば、どれだけ俺たちの戦力を補強したところで、不安は尽きないって訳か。
「そこまで心配なのに、よく北へ向かえだなんてシリルに勧めたな?」
「……それだけの理由があるんだよ。『世界の理』計画もそうだけど、特に神官長の思惑に関しては、僕の想像を超えたところにあるような気がするんだ。だからどうしても、彼の裏をかく必要がある。……僕は僕で、他にも手は打っておくけれど」
確かに、リオネルの奴は『世界の理』計画のことを指して、『自分の管轄じゃない』と言い切っていた。にも関わらず、奴には奴の思惑があるようなことも言っていたし……。
「その辺はよく分からないけど、俺たちの目的としては『クロイアの楔』とやらを見つけ出すこと、でいいんだよな?」
「ああ、そうだ。シリルならその機能を解析できるだろうし、問題がありそうな代物ならその場で破壊してもいい。とにかく元老院よりも先にそれを見つけることが先決だよ」
「でも、これまで連中が散々探して見つけられないものを、俺たちに見つけられる保証があるのか?」
「君たちにはシリルがいる。彼女の“魔王の百眼”なら、『古代魔族』の遺跡の攻略において、右に出る者もいないだろう。今までの冒険者たちとはわけが違うよ」
「なるほど。それでどうしてもシリルが行かないといけないわけか……」
ノエルとしては苦渋の決断と言ったところだろう。ただ、彼女がそこまで警戒する『ゼルグの地平』とは、どんな場所なんだろうか?
「入口付近、それから内部に設置された『1号ベースキャンプ』ぐらいまでなら問題ないんだ。それでも単体認定Aランクモンスターが、うようよいるような場所だけどね」
「うげ、十分問題じゃないか」
「……いや、問題はその奥さ。知ってのとおり誰も開拓できない【フロンティア】であるあの場所には、当然のように『魔神』がいる。これまで君らが相手取ってきた【人造魔神】なんかじゃない、天然ものの『魔神』がね。これで心配するなって言う方が無理だろう?」
「……」
それは確かに命がけだ。というかSランク冒険者の連中も、元老院からいくら高額の報酬を約束されているからって、よくもまあ、そんな場所に突入しようなんて思えるものだ。
「Sランク冒険者以外でも、自分から積極的に【フロンティア】任務を繰り返す高ランク冒険者には、ギルド本部から声がかかることもある。そういう戦闘狂じみた連中でも、あの場所で最初に経験する『洗礼』を前に、尻込みするものも多いそうだよ」
「……それでも、行くしかないんだろ? シリルを使って元老院や神官長が何かを企んでいるのなら、それを確認しないわけにはいかない」
「……そのとおり。だから君に、改めてミッションだ。──シリルを護り抜いてほしい。彼女を必ず、無事に連れて帰ってきてくれ。そうしてくれるなら、僕は僕の全てをなげうってでも、君に報いよう」
真剣な眼差しでこちらを見つめてくるノエルに、シリルを想うその気持ちに、俺は思わず圧倒されてしまう。だが、俺だって負けてはいられない。
彼女を護ること。それは、他人から指示された『やるべきこと』なんかじゃなく、俺自身が『やりたいこと』なのだから。
「言われるまでもねえよ。俺は俺の命に代えてでも、あいつを護る」
「……君は、人の話を聞いていなかったのかい?」
「へ?」
「僕は『連れて帰ってくれ』と言ったんだ。だから、君も死んだら駄目だ。彼女にとって、君はなくてはならない存在なんだ。君は自分自身の存在の重さって奴を、自覚した方がいい」
「ノエル……」
自分自身の存在の重さ……か。この世界に出自を持たない俺が、この世界でその存在に意味を見いだせるのは、シリルや他のみんなとの関わりがあるからだ。
人は皆、『独りきり』では生きられない。すべてを氷に覆われた『あの日』を境に、一人で生きていくことを決めていたはずの俺だって、例外ではなかったようだ。
〈たわけめ。他の誰がいなくなっても、お主の中にはわらわもいるということを忘れるなよ?〉
そんなファラの声が聞こえてくる。そうだ。だから、俺は死ねない。俺だって、死ぬわけにはいかないんだ。
「わかってくれたら、それでいい。……君に死なれると、僕も悲しいからね」
そう言って優しく微笑むノエルの顔に、一瞬だが俺は見惚れてしまう。
するとノエルはその微笑を意地悪そうな笑みに変えて、ぼそりと一言。
「……浮気者」
「な!!」
「ははは! この程度の言葉で情に絆されるようじゃ、まだまだ安心してシリルを任せられないな」
「う、ぐ……」
か、からかわれた……。
他でもないノエルにからかわれるのは、何故かすごく恥ずかしい気分にさせられる。
「う、上から目線も大概にしておけよ?」
「この場面で使うには、締まらない決め台詞だね」
駄目だ。彼女を相手に口で勝てるとは思えない。そう言えば、彼女はシリルの師匠のようなものだったんだ。
「そ、それより! 報いてくれるって言うんなら、約束どおり、シリルの子供の頃の『写真』だぞ? それも、とびきり可愛い奴をだ!」
「……あ」
何かに気付いたようなノエルの声。同じく、後ろで何かが開く音がした。
「何か」も何も、俺の後ろには扉しかない……。
「ねえ? ……いったい、何の話をしているのかしら?」
正座したままの俺の耳に、背後から聞こえる底冷えするような少女の声。
できればいっそのこと、このまま失神してしまいたいなあ……。
-愛されるということ-
「ほんとにもう! 信っじられない! いったい何を考えてるのよ!」
ぜいぜいと肩で息をしながら、わたしは叫ぶ。
「いや、ははは……。そろそろ勘弁してあげたらどうだい? なんていうかその、気の毒と言うか、『目に毒』だと言った方がいいぐらいの状態なんだけど……」
「あ、あなたもあなたよ! ル、ルシアと変な約束なんかして! わたしの子供の頃の写真を変なことに使わないでよね!」
わたしは両手でつかんでいたズタボロの『物体』から手を離すと、ノエルに強く抗議する。けれど彼女は、軽く肩をすくめるだけだった。
「変なこと? 君の可愛い子供時代の姿が見たいと思うことくらい、おかしなことじゃないだろう?」
「う……だ、だったら! さ、最初からそう言ってくれればいいでしょ? それを二人で隠れてこそこそと……」
確かに、さっきのルシアの叫び声の内容はともかく、写真を見たがった程度のことで怒る理由はないのかもしれない。でも、なぜかイライラする気持ちが治まらなかった。
ノエルは軽く目を細めながら、そんなわたしをしばらく見つめた後、意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「ははあ、なるほどね。僕とルシアが君を除け者にしているみたいに感じたのかい? ……ふふ。相変わらず可愛いところがあるよね、シリルは」
「な! べ、別にそんなんじゃ……」
口ではそう言ったものの、きっと図星なのだと思う。嫉妬と言うか、疎外感と言うか、とにかくわたしのイライラの原因はそれなのだ。
「心配しなくても君は除け者なんかじゃない。僕とルシアの間には、君しかいない」
「え?」
わたししかいない? どういう意味だろう?
「だってほら、僕と彼は君を巡るライバル関係にあるんだからね。いわゆる三角関係と言う奴さ」
「ノ、ノエル……」
熱く真剣な眼差しで、とんでもないことを言ってくるノエル。
……嘘? あれって彼女の冗談じゃなかったの?
小さい頃からいつも一緒で、わたしのお姉さんみたいな人で、彼女はわたしのことを愛していると言っていて、でもそれは親愛の情なんだと思っていたけど、ルシアに向かって『性別なんて関係ない』とか言っていて?
頭の中が支離滅裂だった。思考の文脈すらまともに組み立てられない。
──気が付けば、彼女はわたしの手を両手でしっかりとつかんでいる。
「あ、あの、えっと……」
「ふふふ……温かいね。こうしていると、君と過ごしたあの家のことを思い出すよ」
「……あ」
そういえば、彼女はあの家を今も綺麗に手入れしてくれていたのだっけ?
「あの家、綺麗なままだった。……嬉しかったな。ありがとう、ノエル」
わたしがそう言うと、彼女は満面の笑みを浮かべて頷いた。微笑むぐらいならよくあるけれど、彼女がここまで相好を崩した笑みを浮かべることはめったにない。
そう……わたしの目の前以外では。
「あそこは思い出の場所だからね。君も……僕もあの時から随分変わってしまった。成長したと言うべきだろうけど、幼い少女だったあの頃には、もう戻れない。でも、だからこそ、あの場所だけは、あのままで残しておきたいと思ったんだ。結局、僕の自己満足に過ぎないんだろうけどね」
「ううん、わたしだってそう思う。だから、本当にありがとう」
そして、わたしたちは二人、黙って見つめ合う。彼女の黒瞳はわずかに潤み、わたしの目を捉えて離さない。あれ? 心なしかノエルの顔が近づいてきているような……。
「絶対、わざとやってるだろ……」
足元から、そんな声。わたしははっとなって、慌てて彼女から身を離した。
「あ、え、え?」
今、わたしは一体何をしていたのかしら?
声のした方を見れば、ようやく『放魔の生骸装甲』の治癒効果で回復を果たしたらしいルシアが、ゆっくりと身を起こすところだった。……ちなみに彼の足はノエルによって踏みつけられている。
「いい加減にどいてくれよな……」
「おや、気付かなかった。それにしても君も随分、野暮な真似をする」
「うるさい! 今のを見過ごしていたら、さすがに精神的に立ち直れなくなるわ!」
二人のやり取りを聞いているうちに、何が起きていたのかを今さらながらに理解する。もしかして、わたしはもう少しでノエルと口づけをするところだった?
「ノ、ノエル! ど、どういうつもり!」
「何を怒っているんだい? おはようからお休みのキスまで、欠かすことのなかった僕たちじゃないか」
なんて誤解を招く言い方をするのよ!
「なんだって? どういうことだ? 詳しく聞かせてくれ!」
「うるさい! 黙ってて!」
案の定、喰いついてきたルシアの頭に、拳骨を喰らわせて黙らせる。うう、叩いた手の方が痛い……。
「く、口にしたことはなかったでしょう!」
わたしは顔の熱さを自覚しながらも、抗議の声をあげた。子供時代のこととはいえ、あの時のわたしは本当にべったりとノエルに甘えていたことがあった。思い出すと少しだけ恥ずかしい。
「いや、ほら、そこは僕たちも大人になったと言うことで」
「なおさらまずいじゃない!」
「あははははは!」
ノエルの笑い声を聞きながら、わたしは荒く息をつく。
「ごめんごめん。調子に乗りすぎちゃったかな?」
「まったくよ。もう……」
「……でも、ふふふ。久しぶりに君とじゃれることができて、楽しかったな」
「……どうしたの?」
急に沈んだ声を出したノエルが心配で、わたしは彼女の顔を覗き込む。
「シリルのことが心配なんだとさ。つまりこれが、ノエルの言う『名残を惜しむ』って奴なんだろ?」
そう答えたのはノエルではなく、ルシアだった。
「え?」
「俺がついてるんだから、心配いらないってのにな」
ルシアのその言葉に、わたしは改めてノエルを見る。
「わかってるよ。わかってるんだ。でも、怖い。世界で最も危険な場所に、愛する君を送り込む。さすがの僕も平静ではいられないんだ」
顔を俯かせて落ち込むノエルを見ていると、たまらなくなってくる。わたしの身体は自然に動いた。
「え? シ、シリル?」
「……大丈夫よ。わたしは絶対に死んだりしない。この場所に、あなたのいるところに、絶対に帰ってくる。だって……わたしは一人じゃないもの」
わたしはノエルを抱きしめながら、小さく囁く。
するとそこへ──
「そうそう、あたしたちが一緒なんだから心配いらないよ」
「『魔神』だろうとなんだろうと、我がモンスターごときに後れを取ることなどあり得ん」
「うーん、これはこれでいい目の保養だな。それはさておき、今のこのメンバーなら【真のフロンティア】ぐらい、観光気分で行ってこれるぞ?」
「エイミアさん……。油断は禁物ですよ? でもまあ、他の冒険者にできて僕らにできないことなんてないと思いますけどね」
一体いつの間に部屋に入ってきていたのか、わたしの背後から聞こえてくる皆の声。
「え? ちょ、ちょっと?」
こ、この体勢はまずいんじゃないかしら? つい感極まってしまった結果とはいえ、わたしはいま、ノエルを抱きしめてしまっているのだ。それもなぜか、ここにきてノエルはしっかりとわたしを抱きしめ返してきている……。
「シ、シリルお姉ちゃんがノエルさんと抱き合ってる……」
とどめを刺すようなシャルの声。
「きゃあ!」
わたしは慌ててノエルから手を離したけれど、彼女の方はしっかりとこちらを抱きしめて離さない。
「ちょ、ちょっと、ノエル? は、離して!」
「だーめ。あと、もうちょっと」
は、恥ずかしい……。皆の視線を痛いほど感じる。
〈ほれ、ルシア。何をボーっとしている? 奪われたら奪い返せ。そのうえでギューッと抱きしめてやるのだ!〉
ちょ、ちょっと何言ってるのよ! ファラ!
いつの間にかルシアの傍に実体化して立つファラが、彼の背中を叩くようにして意味の分からない発破をかけている。
わたしはちらりと彼の方を見た。い、いったいどうするのかしら……。
緊張しながら彼の様子をじっと見守る。相変わらずノエルに抱きつかれたままではあったけれど、彼がどう動くのかが気になって仕方がない。ま、まさかとは思うけど……。
わずかばかりの沈黙の後、ルシアは黙考するように閉じていた目を開け、何かを悟ったかのように肩をすくめた。
「──いや、ファラ。そっとしておいてやろうぜ。……俺、シリルがどんな趣味を持っていても、頑張って受け入れようと思うんだ……」
へらへら笑いながらそんなことを言うルシア。目が合うとニヤリとするあたり、明らかにからかっているわね。
「ル~シ~ア~!」
腹の底からわたしが声を響かせると、ノエルがサッと飛び離れる。
「いや、ちょっとまて! それ、初級じゃなくて中級魔法! むしろ禁術級じゃないところに本気度が感じられるんだが!」
彼が慌てて『切り拓く絆の魔剣』を抜き放つのを確認しながら、わたしは《殺意の黒刃》を撃ち放つ。
「どわあああ!」
斬り散らされる闇魔法。その向こう側で涙目になりながら荒く息をつくルシアを見て、わたしはようやく気を落ち着ける。
「な、なんなのよもう! みんなして、わたしをからかって!」
さすがに疲れてしまう。
最近この手のことは、わたしばかりが標的になっている気がする。
「人気者だね、シリルは」
かすかに笑いを含んだノエルの声。
「人気者って……」
「それだけ君が、皆に愛されているということだよ」
「愛されて……」
わたしが? 道具としてではなく、人間として、皆に愛されている?
──ここにいる皆なら、確かにそうかもしれない。ここは『魔導都市』じゃないんだから。もちろん、それはわかるけど……でもこれってちょっと違うんじゃ?
「そ、そんな愛され方したくない!」
「それは仕方ないよう、シリルちゃん。シリルちゃんってすごくいじりがいがあって、可愛いんだもん」
「ア、アリシア……!」
アリシアのあまりの言葉に憤然と言い返そうとするも、周囲の皆が同意するように頷いているのを見て、言葉を失う。あれ? ひょっとしてヴァリスまで?
「いちいち反応が過剰なのだ。もう少し気楽に受け流すことを覚えた方がいいぞ?」
……ショックだった。
まさかヴァリスに、人付き合いについてのアドバイスを受ける日が来るなんて……。