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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第11章 希望の道と神の絶望
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第101話 悪魔と取引/天使の衣装

     -悪魔と取引-


 しゃれたティーカップから立ち昇る香気が、さわやかに鼻孔をくすぐる。慣れた手つきでティーセットを扱いながら、彼女は俺たち全員分の紅茶を用意すると、自分の分の茶器を手に目の前のソファへと腰かける。


「さ、召し上がれ」


「……」


 シリルはしばらくの間、黙ったまま彼女の顔を見つめていたが、やがて諦めたようにカップを手に取り、軽く口をつける。


「どうだい? 美味しいだろう? 僕はお茶の淹れ方にはこだわりがあってね。気に入ってもらえると嬉しいんだけど」


「……おいしいわよ」


「そうか。それはよかった」


 シリルの返事に嬉しそうな笑みを浮かべる彼女。まあ、俺たちにだって言いたいことは色々あるが、ここは一応、シリルの発言を待つとしよう。


「……訊きたいことも、言いたいこともたくさんあるわ。この際、遠慮なんてしても仕方ないし、全部一度に言わせてもらうけど、いいかしら?」


「うん、いいよ」


 あっけない彼女の返事。だが、その後に続くシリルの言葉は、到底『あっけない』では済まされないものだった。


「ノエル、どうしてあなたがここにいるの? マギスレギアの執政官ってどういうこと? 一体何が目的なの? レイミって何者なの? ローナもあなたの知り合いみたいだし、どこからどこまであなたの手引きだったわけ?」


「矢継ぎ早だね。……でも、答える言葉は一つでいいかな。もちろん、君のためさ。そのためになら僕はどんなことでもするし、どんなことでもやってきた」


 ノエルは紅茶を一口、口に含んで味わうように飲み下すと、シリルに向かって微笑みかける。カップを再びソーサーの上に戻す仕草でさえ、男装の麗人といった服装に反して、どんな貴婦人よりも優雅だった。


「……まともに答える気はないってわけね。……でも、助けてくれて、ありがとう。今回のことだけじゃなく、ずっと昔からのことも含めて……ね」


 考えてみれば、いわば敵地ともいうべき『魔導都市アストラル』に正面から乗り込んでおきながら、あらゆることが順調に進み過ぎていた気がする。さっきのシリルの質問にしても、問いただしたいというよりは、そんな含みを込めてのものだろう。


「うん。肝心の『幻獣』の強化も上手くいったみたいだね。──ローナは僕の友達なんだ。彼女はどうも、僕のことを怖がっているみたいだけどね」


 ノエルの視線の先には、部屋の調度品を止まり木代わりに羽を休める『ファルーク』の姿がある。その近くのソファの隅では、金色の子猫の姿をした『リュダイン』が丸くなっていた。天下の王城『マギスレギア』の貴賓室にペットを持ち込んだのは、俺たちが初めてだったりしないだろうか?


「──まあ、くつろいでくれていいよ。ここは今では僕の『執政官室』だからね」


 とは、『鏡の間』に帰還した俺たちを真っ先に出迎え、この部屋に案内してくれた時のノエルの言葉だ。


 『向こう側』から戻る際、一番の懸念材料は『こちら側』の様子だった。俺たちはいわば謁見の間を崩壊させ、国王に怪我まで負わせたテロリストだ。だから、戦いさえ覚悟していたところに、ノエルが両手を広げて出迎えてくれたのには驚いた。というより、拍子抜けした気分だったし、一杯食わされた気分でもあった。ここまで全部、織り込み済みだったのだろうか?


「いや、あまり買いかぶらないでほしいな。さすがの僕も、君たちが王様に喧嘩を売って城内で大暴れした挙句にとんずらするなんて、予想だにしなかったからね」


 言われてシリルは、なんとも気まずそうに頬を赤く染める。半分は不可抗力だが、一部はシリルが王様を挑発したせいだったりもするんだったな。


「でも、だったらどうして『天空神殿』にいたはずのあんたが、こんなところにいるんだ?」


 うつむくシリルの代わりに、俺がノエルに続きを問う。


「君たちが『北』に行くのを助けるためだよ。それには、ここの王様にも協力してもらわなきゃならないんだけどね」


「レオグラフトに協力してもらうですって?」


 とがった声で割り込んできたのは、やはりシリルだ。

 でも、王様を呼び捨てにするって……よっぽど嫌いなんだな。


「まあまあ、そう嫌わないであげてくれよ。あれでも随分改心したんだよ?……っと噂をすれば、王様のお出ましだ」


 ノエルの声に合わせるかのように、執政官室の扉がノックされる。


「入っていいよ」


「失礼する」


 国王と執政官のやり取りとは思えない言葉が交わされ、その男は戸口に姿を現した。

 獅子王レオグラフト。その名に恥じない堂々たる体躯に、赤みを帯びた豪奢な金髪。威厳に満ちた光を放つその瞳は、とある一点に向けられていた。


「これは国王陛下。ご健勝のご様子で何よりです。こうして再びお目にかかれて光栄でございます」


 視線を受けて、エイミアが颯爽さっそうと一礼して見せる。


「……よせ。あれだけ余に偉そうな説教をしておきながら……。今さら貴様にそんな態度を取られても、背中がむずがゆくなるだけだ」


「それは失礼。ただ、わたしもあの時は少々気が立っていたからな。こう見えて、わたしも『元』騎士の端くれだ。普段なら王族相手に無礼な口を利いたりはしない。その点は誤解しないでもらいたいな」


「ふん」


 何やら親しげな雰囲気の二人。エイミアの後ろではエリオットが不機嫌そうな顔をしている。謁見の間の崩落以来、この王様とは顔を合わせてはいなかったけれど、随分と態度が柔らかくなっているようだ。


「まさか陛下にまでお越しいただけるとは思いませんでした。どうぞおかけください」


「……お前まで悪乗りをするな。気持ち悪い」


「はいはい。まあ、とにかく座りなよ。お茶を用意するからさ」


 ノエルに勧められるままに、どっかりとソファへ腰かけるレオグラフト。

 ……いやいや、いくらなんでも変わりすぎだろ。いったい何があったんだ?


「さてと。じゃあ、さっそく始めようか。簡単に説明するとね。【真のフロンティア】──通称『ゼルグの地平』に入る方法は、今の時点で二つほどある」


 ノエルは二本指を顔の前に立てながら説明を始める。


「ひとつは、『魔族』の結界を叩き壊すこと。──うん、お手軽だね。でもまあ、やめておこうか? 君たちならできちゃいそうだけど、あの結界は南部に凶悪な高レベルモンスターが雪崩れ込んでこないようにするための防波堤でもある」


 ノエルは立てていた指をひとつ、折り曲げる。


「二つ目はギルドの許可を取り、本部の地下から続く連絡通路『エルヴァ・リーク』を通って結界内に向かうことだ。でも、『元老院』が背後にある以上、ギルドの許可は出ないだろうね」


 残る一本を折りたたむノエル。


「じゃあ、駄目じゃん」


 だがノエルは、俺の言葉に肩をすくめ、再び人差し指を持ち上げてみせる。


「だから三つ目だ。『許可を得ないで地下から行く』」


「向こうまで穴でも掘るのか?」


「あはは。単純だなあ、君は。そんなわけがないだろう?」


「ぐ……!」


 馬鹿にしたような笑い方をしやがって。ちょっとしゃくに障るぞ。


「穴を掘るぐらいで突破できるような結界じゃないよ。あくまで『エルヴァ・リーク』を通らない限り、結界の通過は不可能だ。つまり君たちは、こっそりそこに侵入するんだよ」


「なるほどな。でも、そんな場所、警備だって厳しいんじゃないのか?」


「おや、自信がないかい? 安心しなさい。君ならきっとそう言うと思って、穏便な手段を用意しておいたから」


「いちいち、棘がある言い方するなあ」


「君ばかりがシリルにいいところを見せようったって、そうはいかないんだよ」


 つまりあれか? 嫉妬なのか? 

 でも、女性を巡って女性に嫉妬されるとか、なんだか複雑な気分だ……。


「もう! 話が全然進まないじゃない! いいから、それでどうするの?」


 痺れを切らしたように割って入るシリル。


「ああ、ごめんね。でも、せっかく可愛い恰好をしてるんだから、そんなに怖い顔したら台無しだよ?」


「だ、だから!」


「わかってるよ。でも少しぐらい、いいだろう? 君が向こうに行っている間、僕は凄く心配だったんだ」


「う……」


 くそう、汚い奴め。卑怯だぞ。

 そんな言い方をされてはシリルだって言葉もないだろうに。


「まあ、それはさておき、その『穏便な手段』には王様に全面的な協力をしてもらっているんだけど、完成するにはまだ少し時間がかかる。悪いけどそれまで待っていてもらえるかな?」


 結局、その手段については「完成までのお楽しみ」とのことで教えてはもらえなかった。


「城内に部屋を用意してやる。そこで待つがいい」


「お断りだね。宿なら城下町に確保してある」


 エリオットがレオグラフトの申し出をすげなく断る。なんだろう、あの二人の間に何やら火花が散っているようだ。


「エリオット、言葉に気をつけなさい。ただ、陛下には申し訳ないが、あれだけ騒ぎを起こした城には滞在しづらいのも確かだ。申し出は辞退させていただこう」


「……そうか。なら仕方あるまい」


 エイミアの言葉に残念そうな顔をするレオグラフト。まさかこの王様、エイミアに好意でも持っているんだろうか? ……いや、まさかな。


「まあ、滞在はともかくとして、できれば時々城にも顔を出してくれるとありがたいかな。執政官って実は暇なんだよね」


 ……王様の前で言う台詞じゃないよな。だが、俺たちが部屋を退出する間際、ノエルは俺にそっと近づいてくると、小さな箱のようなものを差し出してきた。


「ん? なんだ?」


「君にミッションだ。次にここに来るまでに、この記録用の【魔導装置】にシリルのあの、可愛い服を着た姿を撮影してきてもらいたい。使い方は簡単だよ」


「はあ? 何を言ってるんだ? そんなこと、なんで俺がしなくちゃならないんだ?」


「……ふふ。『アストラル』で、僕たちの家に行っただろう? 僕が過去の可愛いシリルの姿を、何の記録にも残していないと思うのかい?」


「え?」


 なんだ? どういう意味だ? 

 何故かノエルから、先のとがった黒い尻尾が生えているように見えるぞ?


「これは取引さ。そう、ギブアンドテイクだよ。君は今の彼女の写真を撮影する。僕は君に子供の頃の彼女の写真を……というわけだ」


 ……シリルの子供の頃の姿? やばい、心が揺れる。俺は決して幼女趣味なんかじゃない(何? うるさいぞ、ファラ!)が、『シリルの』となれば話は別だ。彼女なら超絶可愛い女の子だったに違いないのだ。うう、見てみたい。


 俺は結局、悪魔との取引に合意したのだった。



     -天使の衣装-


 わたしたちはそれから、マギスレギアの城下町にあるメリーさんの宿に戻ることになった。ノエルのいう『準備』が何なのかはともかく、もともと急ぐ話でもない。時間があるのなら、準備のために有効に活用することにした。


「現地は広大な【フロンティア】になるわけだし、何日かかるかわからないだろ? 保存用の【魔法具】もあるからそうそう食料が駄目になることはないだろうけど、携帯しやすい食料にする必要はあるんじゃないか?」


「かもしれないけれど、味気のない料理ばかりじゃ士気にも関わるわ。長期になればなるほど、精神衛生の重要度は高まるのよ? この料理を食べてればわかるでしょう?」


「うーん、確かに。これ、うまいもんなあ」


 帰還の翌日、宿の食堂でメリーお婆さんの作った朝食に舌鼓を打ちながら、わたしはルシアとそんな会話を交わしていた。それにしても、メリーさんの料理、本当にすごい……。なんとかここに滞在する間に少しでも極意を教えてもらおう。

 メリーさんも前に宿泊していた時には、わたしが熱心に頼みこむうちに、いろいろと教えてくれるようになってくれていた。改めて角度を変えて攻めれば、今回こそはきっといけるはずよ!


「シリルちゃん。まるで『押しに弱い女の子の口説き方』を考えてるみたいだよ……」


「え? な、なに?」


 アリシアの呆れたような声に、はっと我に返る。

 ……いけない。料理のあまりのおいしさに、つい我を忘れてしまったわ。


「あはは! シリルお姉ちゃんって、本当に料理好きだよね?」


「そうね。小さい時からノエルと一緒に作っていたせいかもしれないわね」


「それじゃ、メリーさんの料理を覚えたら、シャルにも教えてくれる?」


「ええ、もちろんよ。で・も、わたしの修業は厳しいわよ?」


「うん、頑張る!」


 わたしが悪戯っぽく口にした言葉に、背筋を伸ばして元気よく返事をするシャル。その様子が可愛くて、わたしは彼女の頭をくしゃしゃと撫でてあげた。……ノエルも昔、わたしのことをこんなふうに見ていてくれたのだろうか?


「料理もいいが、新しく手に入れた【魔法具】などの使い方も、一通り覚えた方がいいのではないか? 使い慣れない道具を実戦で使うのは危険だろう」


「そうだね。ヴァリスの言うとおりだ。ギルドの訓練施設でも使って特訓しよう。……よし、ルシア。相手をしてくれないか? 少しばかり身体を動かしたい気分なんだ」


「いやいや、勘弁してくれよ。だいたい、お前、明らかにストレス発散を狙ってるだろ?」


 ルシアが嫌そうに首を振る。確かに王城から戻ってきてからと言うもの、エリオットの機嫌がすごく悪い。いったいどうしたんだろう?


「なら我が付き合おう」


 そこへ当然のようにヴァリスが申し出る。が、アリシアがすかさず口を挟んだ。


「駄目よ、ヴァリスは。あたしと約束があるでしょ? エリオットくんはエイミアさんと訓練してきたら?」


「約束? そんなもの……む?」


 アリシアに口を塞がれ、言葉を中断するヴァリス。


「ふむ。そうだな。そういえば、まともに君と訓練するのは久しぶりな気がするなあ。じゃあ、食事が終わったら早速行こうか?」


「は、はい!」


 嬉しそうに返事をするエリオット。彼はアリシアに感謝の視線を向けていた。なるほど、そういうことね。相変わらず、他人のことに関しては随分と気が利くのよね、アリシアって。一方でヴァリスはと言えば、アリシアに口をふさがれたまま、不思議そうな顔をしている。


「わたしも、後でこの服の性能でも確かめようかしら? ランディの話だと【魔装兵器】の機能もあるらしいしね」


「じゃあ、シリルたちも一緒に来るか?」


「え? い、いいわよ別に。戦闘訓練をするつもりじゃないし」


 エイミアに言われて、わたしは慌てて首を振る。思いつきで余計なことを言ってしまった。ここで一緒に行くなんて話になれば、せっかくのアリシアの気遣いが台無しになってしまう。


「シリル、暴れたりするわけじゃないんなら、この宿の屋上だっていいんじゃないか? 何なら俺も付き合うぜ?」


「え? ああ! そ、そうね、そうしましょう! 昼食の準備前にはメリーさんの厨房に入りたいし、遠出は避けたいところだもの」


「ああ、そうか。じゃあ、やっぱり二人で行くか」


 ルシアが上手いタイミングで助け舟を入れてくれたので、なんとかフォローすることができた。


 そして朝食後、わたしとルシアは二階建ての宿の屋上部分にいた。屋上と言っても、アルマグリッドのヴィダーツ魔具工房と違って、大した広さがあるわけではない。どちらかと言えば建物のメンテナンス用に設けられた足場のようで、周囲の柵も腰の高さまでしかなかった。


「悪いな、シリル。もっといい場所を言えばよかったんだが、とっさのことだったからな」


「ううん。助かったわ。それに、ここでも十分でしょう。……この服に編み込まれた【古代文字(エンシエントルーン)】を見る限り、そんなに広いスペースが必要な機能でもなさそうだし」


 わたしは自分の着ている『紫銀天使の聖衣』を改めて見下ろす。だいぶ慣れてきたけれど、やっぱり少し恥ずかしい。着心地としては前の『流麗のローブ』に勝るとも劣らないものがある。肩口や足元に布地がないのも気にならないくらいに、熱さも寒さも服全体を覆う力場のようなものが遮断してくれる。


「そういえば、ランディさんもあんまり詳しいことは教えてくれなかったけど、機能って見てわかるもんなのか?」


「【魔装兵器】として付加された部分ならね」


「じゃあ、それってどんな機能があるんだ?」


 ルシアに言われて、わたしは淡い紫の生地に刺繍のように繊細に編み込まれた【古代文字(エンシエントルーン)】を確認する。ざっと見た限りでも、周囲の【マナ】を吸収して術者の【魔力】の回復を速める機能の他、その【魔力】で簡易的な障壁を発動させたり、他の【魔装兵器】に干渉してその動作を妨害したりといった、複数の機能が付与されているようだ。


「へえ、ランディさんって実は結構すごかったんだな」


「そうね、意外だけど。じゃあ、始めましょうか?」


 わたしは刺繍部分に軽く手を当てる。けれど、【魔力】をいざ注ぎ込もうとしたその時、ルシアが唐突に声をかけてきた。


「な、なあ、シリル。ひとつ頼みがあるんだが」


「え? なに?」


「その、実はな……」


 そう言ってルシアは、腰のポーチから小さな箱のようなものを取り出す。

 え? あれって確か……


「これ、わかるか? 『写真』が撮れる【魔導装置】らしいんだ。その、……ノエルに借りたんだけどさ。せっかく新しい服に着替えたんだし、記念に写真でもと思って……」


 なんとなくオドオドと、こちらの様子を窺うような顔をするルシア。


「……」


 わたしはじーっとルシアの顔を見つめる。


「うう……」


 ──うろたえる彼。


「…………」


 ──さらに見つめるわたし。


 そういえば、ノエルは小さい頃から『記念写真』が大好きだったわね。

 つまり、彼女の依頼なのだろうけど……それにしてはルシアが酷くびくびくしているのが気になるわね。『魔族』以外には馴染みのない『写真』の技術は、向こうの世界でも珍しいのかしら?


「あ、いや、嫌ならいいんだ……。無理に撮るもんじゃないだろうし……」


「……いいわよ別に。少し恥ずかしいけど、ノエルの写真好きは昔から慣れっこだしね」


「え? ああ、『写真好き』……か。なるほどね……」


 なんだかルシアが妙な顔をしているけれど、わたし変なこと言ったかしら?


「よ、よし! じゃあ、早速撮るぞ」


「え、ええ……」


 それからルシアに言われるがままに、何枚もの写真を撮られてしまった。


「えっと……記念写真ならそんなに何枚も必要ないんじゃ?」


「何言ってるんだよ! 同じ角度ばっかりじゃ味気ないだろ? 思い出はいろんな角度から撮ってこそだ!」


「……」


 なんだか、妙に力説しているわね……。なんとなく怪しいわ。

 わたしがジト目で睨むと、きょろきょろと彼の目が泳ぐ。


「……あ、いや、まあ、そろそろいいだろう。ごめんな。中断させて」


「え? ああ、ううん。それじゃ、試してみるわね」


 ルシアの様子が少し気にはなったけれど、わたしは改めて『紫銀天使の聖衣』に意識を集中する。


 このとき、わたしにはこの後何が起こるかなんて、まったく想像できていなかった。

 この【魔法具】の製作者ランディ・ハミルトン──彼の恐ろしさを、この時のわたしはまだ知る由もなかったのだった。ああ、わたしに背中にも目がついていれば……。せめて着替えの際に、背中の部分にある隠れた刺繍を確かめることができていれば……。


 すべては後になって気付いたこと。後悔先に立たず。


「さあ、行くわよ」


 わたしは輝き始めた刺繍の【魔力】を感じながら、まず最初に、周囲に結界を展開するようイメージしてみる。ふわりと巻き起こる風は、わたしの衣服の裾をわずかにはためかせた。


「うわっと! ……って、あれ?」


 ルシアがびっくりしたように後ずさる。少しばかり力場を広くしすぎたみたいだ。やっぱり、練習しないと細かい制御は難しい。ただ、ルシアが少し怪訝な顔をしているのが気になるけれど、どうしたのだろう?

 続いてわたしは、周囲の【マナ】を取りこんで【魔力】に変換する機能を使おうと試みた。


「……ん? なんだ?」


 再び、ルシアの声。


「え?」


 今度は、はっきりと意識できた。さっきは気付かなかったもの──背中がむずがゆくなるような、奇妙な感覚。服の表面を走る【魔力】の一部が背中の方に集まり出している?


 ──そして、『それ』は起きた。


「おお! すごい! なんだこれ!」


「え? え?」


 わたしはわけがわからない。

 背中に感じる風の息吹に、目の前で騒ぐルシアの顔。

 ……ものすごく、嫌な予感がした。

 ……うう、確認したくない。でも、確認しないわけにはいかない……。


 わたしは、恐る恐る背後を振り返る。

 ──最初に目に飛び込んできたのは、銀色の輝きだった。


「え、えっとこれって……」


 問題なのは、その輝きが形づくっているものだ。

 翼。羽根。羽毛。幻想的な淡い輝きの中に、それらのものがはっきりと見える。

 それらは、わたしの背中、肩甲骨の下あたりから巨大な双翼を形成するように生えていて……。


「て、天使みたいだ! すごいぞこれ!」


 ルシアの目がこれでもかと言わんばかりに輝いている。

 ──そんな彼に、見られてしまっている……。


「き……」


「き?」


 わたしの口から洩れる言葉を、おうむ返しにしてくるルシア。


「きゃあああああああああああああああ!」


 絶叫した。それはもう全力で。全身全霊、わたしは悲鳴を上げていた。

 

 は、恥ずかしい! 恥ずかしい! 恥ずかしい! 恥ずかしい!

 ああもう、信じられない、ありえない! どうにもならない!

 なにが? どうして? どうなってるの!?

 羽根って何? て、天使の翼? 馬鹿なの? 恥を知らないの?

 わたしはパニックに陥っていた。冷静に考えればとりあえず『翼』をしまうくらいはできそうなものなのに、そんなことすら思いつかない。

 そして、それに輪をかけてきたのがルシアだった。


「こ、これは是非、撮らねば!」


「い、いやあああああ! 撮らないでええええ!」


 ルシアが嬉々として撮影用の【魔導装置】を構えたのを見て、わたしの絶叫はさらに続く。でも、こんなところでそんな風に叫んでいれば、当然のことが起こる。


「シ、シリルちゃん! どうしたの!?」 


 開け放たれる扉から、アリシアほか、数名の姿……。


「み、見ないでええええ!」


 呆気にとられる皆を前に、わたしの絶叫が尾を引いていく。


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