第100話 ルシアの殺意/シリルの安心
-ルシアの殺意-
「ひゃははははは! ようやく見つけたぞ! シリル・マギウス・ティアルーン!」
唐突に空気を震わす、狂気じみた笑い声。胸の悪くなるようなこの声は、研究施設とやらで聞いたものにそっくりだ。僕たちは声のする方に顔を向ける。するとそこには、巨大な鉄の塊のようなものがあった。
「【パワードスーツ】? ……いや、【ロボット】か?」
ルシアは耳慣れない単語を口にする。ルシアの世界にはあんなものがいたのだろうか? 大きさにすればさっきの『ゾルケルベロス』に勝るとも劣らない。見上げるほどの巨人という奴だ。巨大な筒のようなものを背負い、鋭い刃で全身を覆ったかのような攻撃的な姿。全身鎧の騎士のように見えなくもないが、明らかに内部は空洞ではない。だが、声はそこから聞こえてきた。
「道具の分際で逃げようなどと考えるな! お前はわたしの研究に黙って使われておればいいのだ!」
あの巨人の中に人がいる? そうとしか思えない声の反響の仕方だ。
「カ、カシム博士……」
シリルが顔を青ざめさせながら、一歩二歩と後ずさる。
「まったく、間の悪いタイミングで現れてくれるものだな。……いや、間が良すぎるというべきか?」
「ヴァリス、何か気になることでも?」
「『幻獣』どもの復活が途切れたタイミングで『幻獣』以外の敵が来る。だが、元老院の連中は証拠が残る手段を嫌っていたはずだ。──ならば、『こいつ』は何だ?」
彼の言うとおり、これは想定外の事態だ。これまでの流れからすれば、この出来事は、つじつまがあっていない。この『噛み合わなさ』には、いったい何の意味がある?
「ひゃははは! ニンゲンどもめええ! よくもわたしを虚仮にしてくれおったな! まずはわたしを殴った蒼髪の女! 貴様からだ!」
鉄の巨人は腰の鞘から巨大な刀を抜き放つと、公園の入り口から一足飛びに間合いを詰めてくる。──言葉のとおり、敵の狙いはエイミアさんだ。唸りを上げて振り下ろされる重い一撃。
だが、エイミアさんは軽く横へ身体をずらしながら灰色の小太刀『乾坤一擲』を抜き、力の方向を逸らすようにその刀へと叩きつける。
今のエイミアさんには、装備している【魔法具】の効力により、常に強化型の【生命魔法】がかかっているような状態だった。
──そしてその直後、刀の砕ける鈍い音がする。
「誰かと思えばこの前の下衆か。刀の脆さは持ち主の心に似たのかな? なんならもう一度、鍛えなおしてあげてもいいぞ。……もちろん、鉄拳でな」
流石はエイミアさんだ。突然の奇襲にも関わらず、そんな憎まれ口まで叩く余裕がある。
「ぐ! おのれえ!」
鉄巨人は怒りに狂った様子で逆の腰から巨大な棍棒を取りはずすと、それを滅茶苦茶に振り回してきた。
「うお! 危ない!」
僕たちは慌てて後ろに飛びさがり、鉄巨人との間合いを取った。見苦しい醜態をさらす敵を前に、僕らは攻撃することも忘れて呆気にとられる。しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。僕は気を取り直すと、手にした槍を構えた。
そうして間合いをはかり、振り回される棍棒の内側に飛び込もうとした、その時だった。唐突に暴れるのをやめた鉄巨人から、再び呼びかけの声が聞こえた。
「ぐ! シリル・マギウス・ティアルーン! 何をしている! そんな奴らなどお前が片付けろ! わたしの指示通りに動けんのか!」
「……」
シリルは黙ったまま、その声に身を震わせている。気丈な彼女がここまで怯えるなんて、幼少の頃のこととはいえ、どれだけトラウマになることをされたのだろうか?
「もう元老院のカスどもに任せてはおけん。お前は研究には欠かせない最重要の『研究資材』なのだ! このわたしの元で厳重に管理されるべきなのだ! さあ、来い! 二度と逃げたいなどと思わぬよう、新しい『首輪』も用意してやったぞ! はははは!」
「い、いや……!」
──実験だ、研究だと称して人を人とも思わない非道な真似をする『魔族』たち。
組織は違えどかつて『ローグ村』を蹂躙した、そんな彼らの傲慢さを前に、僕は苛立ちを抑えきれない。
……でも、今は僕の出る幕じゃない。あの鉄の巨人がどんな力を持っているか知らないが、そんなことはまったく関係ない。──僕は、自分のすぐ隣に立つ人物から放たれる凄まじいプレッシャーに、さきほど自分が感じた怒りすら忘れて身震いする。
ルシアは一人、奴の目の前まで進み出ていく。鬼気迫るその後ろ姿に、誰一人として声をかけることすらできない。そして彼は、不気味なほど静かな口調で語り始めた。
「俺も大概、いろんな目にあってきたよ。【ヒャクド】の奴に弄ばれて、奴を死ぬほど憎んだこともあった。……でも、『機械兵』をぶっ壊してやった時でさえ、俺は奴そのものに、殺意まで抱いたことはなかったんだよな」
「なんだ、貴様? 下等生物は引っ込んでおれ」
鉄の巨人から響く声に、一切の危機感はない。どこまで鈍い奴なんだろうか?
──正直言って、僕にだって今の彼を止める自信はないと言うのに……。たとえ僕がどんなに強かろうとも、そんなことは関係ない。強いとか弱いとか、そんな次元の問題ではないのだ。今の彼は、そんな『強さ』などまるで無意味にしてしまう。
「考えてみれば、【ヒャクド】は自分から何かを傷つけたりはしなかった。どんな意図があったにせよ、奴はただ舞台を用意しただけだ。俺が苦しみ俺が足掻いた結果、そこに酷い結末があったとしても、俺は自身の過去の選択を悔やむことから始めなきゃならなかった。──だからこそ、俺はやり場のない怒りに狂うしかなかった」
「気でも狂ったか?……まあ、いい。ならば我が研究の成果【魔装兵器】『ディ・ヴェガドスの巨人兵』の実験もかねて、貴様から殺してやるか」
声とともに、鉄の巨人は掌をルシアに向ける。その掌の中心には、目に見えて収束する白い【魔力】の光。
「ル、ルシア、危ない!」
ルシアの背中にシリルが叫ぶ。けれど、彼は動かない。白い光の奔流が彼を包む。
「だから今回は、俺はお前に、礼を言おう」
手にした剣をまっすぐ前に突き出したまま、光の中から姿を現すルシア。その姿は、まったくの無傷。破壊的な力をまき散らすはずの閃光は、何の痕跡も残さず消滅している。
「なんだと!? どういうことだ!」
「ありがとう、カシム。俺に憎まれてくれて。──俺の、殺意の対象になってくれて」
「ふざけやがってええ! これならどうだ!」
鉄の巨人が背負った筒を肩に担ぐ。今度は筒の中へと集中していく【魔力】の閃光。続いて筒の中から現れたのは一抱えほどもある巨大な光球だった。
「ルシア! 避けろ!」
僕の戦闘感覚が、あれは爆発を引き起こすものだと警鐘を鳴らす。斬った瞬間に爆発したのでは、いくらルシアでも防ぎきれない。だが、咄嗟に口をついた僕の助言は杞憂に終わる。僕が直感した通り、飛来する光球は、ルシアの剣に触れるや否や轟音とともに爆発した。──しかし、それは一瞬のこと。次の瞬間には、爆発そのものが細切れに斬断され、衝撃波も軽い突風レベルにまで軽減されてしまったのだ。
「爆発そのものを斬ったのか?」
認識したものを斬るのが彼の【魔鍵】の力だ。だとすれば、ルシアはあれが最初から『爆発するものだ』と見抜いていたのだろうか?
「──いま、何かしたか?」
ぞっとするほどの殺意を秘めたルシアの言葉。そのまま、一歩、また一歩と巨人兵とやらに接近していく。
「うあああ! 死ね死ね死ねえ!」
カシムの叫び声と同時に、巨人兵の口が大きく開き、そこから無数の光の矢が飛び出してくる。恐怖で錯乱したのか、シリルにまで当たりかねない広範囲攻撃だ。でもそれも、ルシアの剣の一振りで、すべてまとめて消滅する。
『ひとまとまりの斬断』
ルシアは僕との訓練の中で、自分が持つ【魔鍵】の神性について、そんなふうに話してくれた。改めてみれば、実に反則ともいうべき力だ。
「ば、馬鹿な! なんだ貴様! どうして、こんな! 人間風情がこんな……! 元老院のカスめ! こんな奴がいるなんて聞いてない!」
そういえば、この男。いくら【魔装兵器】に自信があったとはいえ、こんな状況で僕らの前によく現れたものだ。まるっきり自殺行為じゃないか?
「……あの人、元老院に騙されているんじゃないかな? きっと元老院は、今回の件をみんなあの人のせいにする気なんだよ」
僕の疑問に気付いたのか、アリシアさんが小さな声で囁きかけてくる。つまり、リオネルには『シリルに執着する博士の暴走』という形で説明するつもりなのか。従う気もないくせに、その割には神経質なまでにリオネルに気を遣う元老院。そのパワーバランスの理由が、さっぱり見えてこないのが不思議だった。
「来るなあ!」
その一声で、巨人兵の周囲に半透明の分厚い障壁がそそり立つ。
ルシアはもう、何も言わない。ただ無言で、それをあっさりと斬り散らす。
「な……『ディ・エルバの剛楯』が! く、近づくな! わたしの『最高傑作』を、研究の成果を破壊する気か!」
『最高傑作』? それはシリル自身のことじゃなかったのだろうか?
「……おのれ、まだ試作段階だが仕方ない。わたしにこれを使わせたことを後悔するがいい!」
棍棒を腰にしまった巨人兵が、両手を拍手のように打ち鳴らす。
──腹の底に響くような、鈍い金属音。
「魔剣アウラシェリエル!」
打ち合わされた両手の間から、漆黒の刃が生まれる。長さも形も不安定で歪んだ刃。だが、紛れもない致命の刃だ。あれに触れたら命がない。それだけは僕にもわかる。
「まさか……《命貫く死天使の刃》? そんな、馬鹿な……」
シリルが驚愕に声を震わせている。
「これがお前という実験体を元にして生んだ偉大な力だ! お前の力を、『魔族』誰もが使用可能なモノへと昇華する。──我が研究の偉大さがわかるか? これができれば、世界は変わる。我らはかつての力を取り戻すのだ!」
黒い刃を振りかざし、鉄の巨人は咆哮をあげる。みしみしとその巨体が軋んでいるのは生み出した力の負荷に耐えかねているのだろう。そのまま待てば自滅しかねない様子だが、もちろん敵も待ってはくれない。巨人兵は振り上げた剣を振り下ろす。
僕たちはただ、それを黙って見つめるのみだ。心配することすら、無意味だ。恐らく彼は奴を殺す。何をどうしたところで、カシムは結局殺されるだろう。
極大の刃が、ルシアの頭上に迫る。彼は面倒くさそうに見上げると、それを『無視』した。『切り拓く絆の魔剣』すら使わないつもりだろうか?
〈たわけめ。そんな紛いものが効くものか。構成が雑すぎて、わらわたちに触れることすら叶わぬわ〉
不意に聞こえてきたファラの言葉どおり、ルシアに触れる直前で、黒い刃は形を大きく歪ませ、そのまま音もなく消滅した。
-シリルの安心-
「ア、アウラシェリエルが!」
カシムが叫ぶ。ルシアはなおも無言のまま、鉄巨人へと近づいていく。
「く、来るな! わたしの最高傑作に手を出すな!」
〈諦めろ。お主はわが相棒の逆鱗に触れた。少なくとも、『それ』は完膚なきまでに斬断しよう〉
艶やかな長い黒髪を垂らした女性の姿。半透明の身体をした彼女は、その瞳に凄絶な光をたたえ、にやりと笑う。
「擬態時のシリルだと? な、なんだ貴様は?」
〈わらわの正体が見抜けぬようでは、二流もいいところだな〉
彼女、ファラは呆れたように肩をすくめる。
……それにしても、これがルシアの怒り方なのか? 過去に何度か激昂した様子を見せたことはあったが、今のこれは、それらが可愛く思えてくるほどに凄まじい。
「さて、やるか」
ただ一言。『ディ・ヴェガドスの巨人兵』の前に立つルシアは、それだけを口にした。
振り下ろされる棍棒を斬断し、光線を放とうとする右腕を斬断して弾き飛ばす。
手近にある右足を斬断し、転倒する相手の腰部装甲を斬断してちぎり飛ばす。
胸に飛び乗って胸部装甲を斬断し、口から吐かれる光の矢を斬断して消し飛ばす。
「うああ! やめ、やめ、やめろお! わたしの研究が!」
悲鳴のような声の発生源。胸部装甲の中に剣を差し込み、中身を散々に掻き回すように斬断してから、ルシアは透明な球体を中から取り出した。
「うーん、残念。やっぱ、【パワードスーツ】じゃなく【ロボット】みたいなものだったか」
ルシアはさして興味もなさそうに、『それ』を真上へ放り投げる。
「よ、よせ! 【魔術核】が破壊されてはアウラシェリエルの術式が!」
「知らねえよ」
高く澄んだ音をたて、真っ二つに切断される球体。それを最後に耳障りな男の声はぷっつりと途絶えた。
「す、すごい。ルシアくん、ほんとにすごい……」
「手が付けられない戦いぶりだな。人間は、感情の変化でも強くなれる。そういうことか」
アリシアとヴァリスの感心したような声に迎えられ、ルシアはゆっくりとこちらに歩いてくる。その顔は「らしくもないことをした」と言いたげに照れくさそうなものになっていた。
「シリル、そんな顔するなよ」
ルシアは先ほどまでの怒りが嘘のように、優しい口調でシリルに声をかける。
「え?」
「あいつなら、もういない。だから、もう怖がる必要なんかないよ」
「あ、あ……」
ルシアのその言葉に、ようやくシリルの身体の震えが止まる。
「あ、ありがとう……」
「いや、いいって。それより……わかっただろ?」
「え? なに?」
「見てのとおり、さっきの奴なんて話にもなりゃしない。あっさりと片が付く。『幻獣』だろうが『魔族』だろうが、俺にかかれば一刀両断だ。だからお前は、もっと堂々としていろよ。自分の『剣』に、斬れないものなんてない。そう思えば、足を止める必要なんてないだろ? 信じた道を進めばいい」
そう言われて、シリルは、はっとしたように目を見開く。
あえて相手との力の差を見せつけるような戦いぶりをして見せた彼の意図が、ここに来てわたしにも見えてきた気がする。怒りに身を任せているように見えて、彼はただ、『シリルを安心させる』、そのためだけに戦っていたのか。
身も凍るような殺意ですら、そのためのもの。
そして、そんな彼の気持ちが、彼女に伝わらないはずもない。
「そっか。うん。そうよね。わたしには、貴方がいるんだもの……」
嬉しそうに、そして、何かを確認するように小さく頷くシリル。
「うーん、ラブラブだね!」
アリシアがそんなシリルの背中を勢いよく叩く。
心が読める割には、空気を読まない女だな……。
「も、もう! ……いいでしょ、別に」
もじもじと身をよじらせながらも、否定の言葉を口にしないシリル。
ふむ、新しい服と相まって、見事に『女の子』をしているな。
そんなシリルの様子に、一番先に反応したのはルシアだった。シリルの顔をちらちらと盗み見しながら、だらしなく顔を緩ませている。何を考えているかはわからないが、どんな気持ちでいるのかだけは、もろわかりな顔だぞ、それは。
遅れて、アリシア。彼女の反応はもっと直接的だった。
「きゃーん! 可愛い!」
感極まったとばかりにシリルに抱きつくアリシア。
「え!? ちょ、ちょっと、いきなり何よ! 離してってば!」
「ふっふっふ! 離してほしかったら、『可愛い』のをやめることね!」
言ってることが無茶苦茶だな。だが、シリルは何を思ったか、がっしりとアリシアの肩を掴むと、引き離すようにしながらこう言った。
「……じゃあ、やっぱり前のローブに着替える」
効果てきめんだった。
「ああ!! うそうそ! 離れる! 離れるから、後生だからそれだけはー!」
微笑ましい光景だとは思うが、そろそろ移動しないと『幻獣』がまたぞろ復活しかねない。わたしは気が進まないながらも、二人にそう声をかけた。
「そ、そうね。早く行きましょう」
時計塔に仕掛けられた隠し扉。シリルの手によって開かれたその先には、例のごとく剥き出しの【異空間】が広がっている。扉を閉め、向こう側から開けられないように封印までかけてから、歩き出す。
星の海に浮かぶかのような半透明の通路を歩いていると、向こう側の白い建物【ゲートポイント】の中から複数の人影が姿を現す。
「あれは、レンドル小隊長かしら?」
シリルの言葉どおり、数人の『魔族』と思しき彼らの先頭にいるのは、わたしたちがここに来た際に案内をしてくれた小隊長のようだ。ここが持ち場なのだから当然だろうが、彼には良い印象はない。元老院の息がかかった衛士だとすれば、『敵』であるとさえ言える。
武器を構え、慎重に距離を詰めていくわたしたちに対し、意外な声がかけられる。
「お、お持ちしておりました。さあ、どうぞこちらへ……」
レンドル小隊長はどこか怯えた表情で、わたしたちを案内しようとする。
「ちょっと待って。悪いけれど、貴方を信用する気にはなれないわ。理由は、自分が一番よくわかっているでしょう?」
シリルの声には明らかに棘がある。それを敏感に察してか、レンドルは腰を低くして弁解を始めた。
「ま、待ってください! その、わたしはガイエル議員に従うしかなかったのです!」
「どうして?」
「え? い、いや、それは、その、か、家族を人質にとられていて……」
そんな言い訳の言葉に、シリルは表情一つ変えず、アリシアへと声をかける。
「アリシア?」
「うん、嘘だよ」
絶妙の呼吸で即答するアリシア。このあたりは流石に親友同士といったところか。
「くだらない嘘はつかないことね。それより、どうして前とそこまで態度が違うのかを聞きたいわね」
「そ、その……みなさんには、到底敵いませんから。ここからは公園内の様子が映像で確認できるのです」
なるほど、それで力の差を思い知ったと言うわけか。
「みなさんは『エージェント』ではないと聞かされておりました。で、ですが! 『エージェント』の皆様だと知っていたら、前回のような無礼な真似はしておりません! 誓って本当です!」
「……うーん、本当みたいだね」
アリシアが言う以上、間違いないのだろう。だが、確かレイミから聞いた話では『エージェント』も力だけの野蛮人だと『魔族』からは軽蔑されているはずではなかったか? しかし、わたしがそんな疑問を口にすると、彼らは一様に首を振った。
「と、とんでもない! 一般人はどうかわかりませんが、我々のような衛士やその他の武力組織にあるものからすれば、『エージェント』の力は畏敬の対象です。人でありながら人を超越した存在。それが彼ら『エージェント』なのですから」
『エージェント』の力を間近で見たことでもあるのだろう。彼は何かを恐れるかのように、身震いまでしてみせた。
「ひとつだけ聞かせなさい」
「は、はい!」
「外にいたカシム博士の【魔装兵器】を見たでしょう? あれも元老院の差し金なの?」
そう、それだけが最後に残った疑問である。
「そ、それは……」
「嘘をついても無駄なことは教えたわよね?」
「は、はい! その、我々はよく聞かされていないのです。ただ、巨人兵が現れても見て見ぬふりをしろとのみ、指示を受けておりまして……」
「……そう。ならやっぱり、あいつはまんまと元老院に乗せられてきたって訳ね。公園の惨状の責任をあいつ一人に取らせようなんて、あいかわらずガイエルの考えることは汚いわね」
顎に手をあて、状況を分析するように語るシリル。カシムやガイエルのことを口にする間も、怯えの色はまったくない。ここで彼女が過去のトラウマや恐怖を克服できたことは、今後『セントラル』の連中を相手取るにあたっては大きな利点になるかもしれない。
「まさかノエルは、ここまで計算して僕たちを『魔導都市』に来させたんでしょうか?」
わたしと同じことを思ったのか、エリオットが小声でささやきかけてくる。
「だとしたら、本当に油断ならないのは、ノエルかもしれないな」
「……彼女は味方ですよね?」
「だと思うが、あくまで『シリルの味方』だ。彼女がわたしたちを『シリルの敵』だと認識する日が来ないことを、祈るばかりだな」
おそらくは、あのレイミにもノエルの息がかかっているに違いない。そう考えれば、わたしたちは彼女の掌で踊らされているのかもしれない。
……それは流石に、考え過ぎだろうか?
「とにかく、さっさとこの【異空間】から抜け出そう。早く娑婆の空気が吸いたいぜ」
まるで囚われの牢獄にいたかのような言葉を口にするルシア。だが、考えてみればシリルにとって幸せな時間もあったにせよ、この『魔導都市』は牢獄のようなものだったのかもしれない。
わたしたちは、【ゲートポイント】から元の世界へと帰還する。
しかし、そこに待ち受けていた人物を見て、わたしは先ほどの自分の発想が、決して考え過ぎなどではなかったことを確信するのだった。