第99話 ワールドアウトサイド/ワールドイズミー
-ワールドアウトサイド-
「ルシア、あの鳥知ってるの?」
わたしは空から来る炎の鳥を忌々しげに見つめるルシアに尋ねました。
「なんだ、シャル。知らないのか?」
「え?」
ルシアはなんだか得意げに胸を張っています。
いつもわたしが知識を披露すると悔しそうにしていたけど、その仕返しのつもりなんでしょうか? ……まったくもう、今はそんな場合じゃないのに、まるで子供みたいな人ですね。
「あいつらは炎の羽を大量に飛ばしてくる。……くそ、厄介だな。一匹ならともかく、複数がまとめて攻撃してきたんじゃ、『ひとまとまり』に斬り散らせない」
冗談を言いながらも対策は真面目に考えているようで、ルシアは真剣な顔をしています。
「わたしが片付けようか?」
空から来る敵なら、エイミア様が適任でしょう。けれど、その言葉にシリルお姉ちゃんが首を振ります。
「ここで“黎明蒼弓”を使ったら民家に被害が出るわ。あれはわたしがやる。シャルの空気の壁も移動しながらじゃ設置が難しいし、エイミアは後ろから来る敵を一匹でも減らしてちょうだい」
「了解した」
エイミア様は軽く返事をすると、手にした【魔鍵】『謳い捧ぐ蒼天の聖弓』を構え、背後から追跡してくる『幻獣』たちを立て続けに射抜き始めました。
「さて……それじゃ、『ファルーク』。あなたの出番よ!」
シリルお姉ちゃんは頭上を羽ばたく『ファルーク』に命令すると、その身体に軽く手を触れました。自分の【魔力】を流してあげているようです。すると、『ファルーク』の身体がどんどん大きくなっていきます。
白銀の鱗、鋭い爪と牙。翼と腕が一体化した飛竜の姿。
雄々しくも強大な神獣クラスの『幻獣』の姿。
〈キュアアア!〉
周囲に風を巻き起こしながら空へと飛翔する『ファルーク』は、ものすごい速度で火の鳥の群れに接近し、そのままの勢いですれ違います。そして、その直後──炎を纏った鳥たちはバラバラに切り刻まれ、燐光とともに次々と消滅していきました。
「す、すごい……」
わたしには『フィリス』が宿っているせいか、『ファルーク』の操る力の正体がよくわかりました。それは──見えないけれど、そこにあるもの
翼にまとわせた『風』を鋭い刃に変え、まるで剣でも振るうように翼を振るい、赤い鳥の群れを白い飛竜が蹂躙していく。
「シャルの『リュダイン』も、あれくらいできるようになるわよ」
シリルお姉ちゃんがそう言ってくれましたが、今のところわたしには、シリルお姉ちゃんほど自在には『リュダイン』の力を解放させてあげることは難しいようです。練習あるのみと言ったところですが、今は自分にできる方法で戦うしかありません。
〈静かに凍る蒼き監獄〉
わたしは『樹精石の首飾り』に込めた水属性を利用した【精霊魔法】を発動しました。今まさに出現しようとする十数匹の『幻獣』の群れを、まとめて凍結させる。いくら倒しても無限に復活を繰り返すなら、倒さず凍りつかせてしまえばいい。わたしはそう考えたのです。
しかし、結果から言ってしまえばそれは失敗でした。発動した【魔法】はわたしが考えていたよりもかなり弱い威力しか出せなかったのです。結局、数体の『幻獣』を一時的に足止めするのが精いっぱいでした。
「え? どうして?」
驚くわたしに声をかけてくれたのは、シリルお姉ちゃんでした。
「ここは『魔族』の創った【異空間】──世界の『外側』ともいうべき場所よ。わずかな仕掛けで『幻獣』を自由に出現させることが可能なぐらい【幻想法則】が満ちたここでは、【自然法則】もかなり阻害されてしまうようね」
確かに、首飾りがなければ【魔法】そのものの発動自体、怪しかったかもしれません。融合属性なら【魔鍵】の力も借りている分だけ使いやすいのでしょうが、さっきの空気の壁もいつもより脆かったような気がします。
「シャル! 無理するな。近づいてくる奴は俺がやる!」
立て続けに襲いくる『幻獣』を消滅させながら叫んでくるルシアに、わたしは頷きを返しました。悔しいけれど仕方がない。わたしは改めて《凝固》による空気の壁を構築することに専念することにしました。
周囲に敵が少なくなったのを見計らい、再び走り出すわたしたち。時計塔のある公園はもう目の前です。
「ち! いつまでもきりがない!」
「だんだん敵の数が増えてきたみたいだ!」
ヴァリスさんとエリオットさんが苛立ったように叫びます。公園の入り口には、麻痺毒を持つたくさんの『ゾルリザード』が待ち構えていました。
「何としても逃がさないというわけか。流石にこれはレイミの言うとおり、まとめて倒してしまうしかないな」
〈還し給え、千の光〉
エイミア様は公園に駆け寄る足を止めることなく、祈りにも似た言葉を紡ぎます。祈りに応えたのは、青い空から降り注ぐ光の雨。
公園にいた無数の『ゾルリザード』たちは、次々と光の矢に貫かれ、たちどころに消滅していきました。
「よし! 入口が開いた! 一気に行くぞ!」
エイミア様は自身に強化型の【生命魔法】をかけると、灰色の小太刀を抜き放ちながら真っ先に公園へと飛び込んでいきます。当然、わたしたちも後に続こうとしましたが、その中でわたしだけが遅れてしまいました。何かに足を取られ、つんのめるように転倒してしまったのです。
「あう! く、な……なにコレ?」
転倒による痛みに顔をしかめながら右足を見ると、足首を『手』のようなものに掴まれていました。それは、地面から何の脈絡もなく突き出した──子供のような『手』でした。
「はうう!」
途端、右足首に走る猛烈な痛みに、わたしは悲鳴をあげてしまいました。万力のような力で握りしめられた足首が、みしみしと音を立てているようです。
「シャル!」
異変に気付いたルシアが、わたしの方へ戻ってきてくれました。
「くそ!」
ルシアの『切り拓く絆の魔剣』がわたしの足首を締め上げる『手』を斬り裂き、消滅させます。けれど、気付けばわたしの周囲には無数の『手』が地面から生えそろい、腕を、足を、肩を、掴んできたのでした。
「きゃあ!」
「く、しつこい!」
ルシアはわたしの身体ごと斬り裂くような勢いで、剣を無数の『手』に向かって叩きつけました。その刃はわたしの身体を素通りし、次々と『手』だけを消滅させていきます。その間にもわたしはなんとか立ち上がろうとするけれど、右足首の痛みがひどく、動けそうもありません。【生命魔法】を使おうにも、次々と生える手に翻弄されながら、痛みに耐えるこの状況では【魔力】の集中もままなりませんでした。
『手』の生える勢いは止まるところを知らないようで、わたしの心には焦りが募り始めました。いずれルシアにも『手』の攻撃が及ぶようになれば、このまま耐えきるのは難しいでしょう。
……なのに、わたしには大半の【魔法】が使えない。融合属性なら使えるかもしれないけれど、地下を自由に動く『幻獣』を相手に《融解》や《凝固》も有効とは思えません。《成長》も《枯渇》も完全な生き物ではない彼らには通じないでしょう。
《超電》も《超重》も傍にいるルシアを巻き込んでしまいます。
「だめ、どうすれば……」
「エイミアさん! シャルの治療を頼む!」
ルシアが『絆の指輪』でエイミア様に呼びかけてくれました。
「二人とも! そこを動くな!」
鋭い叫び声はエリオットさんのもの。でも、動くなとはどういうことでしょう?
狼型の『幻獣』を槍で打ち払いながら近づいてきたエリオットさんは、手にした【魔鍵】『轟き響く葬送の魔槍』を地に突き刺しました。
直後、身体の芯に響くような鈍い振動が周囲に広がりました。
「え? いったい何が?」
驚くわたしたちの目の前で、力を失ったように動きを止め、ぼろぼろに崩れて消滅してしていく無数の『手』。
「遅れてごめん。『手』の発生位置から本体があるだろう場所を割り出すのに手間取った」
「いや、助かったぜ。よくそんなことができるもんだな」
謝罪するエリオットさんに対し、ルシアはわたしを抱きかかえながら、呆れたように言いました。ルシアがいくら『手』を切っても倒せなかったのは、本体じゃなかったから? エリオットさんは、それを遠目から見ただけで見抜いたということでしょうか?
「地下に本体があるのはアリシアさんから教えてもらったことだからね。そうたいしたことじゃない」
そうは言うけれど、『手』の位置だけから本体の位置を割り出して地中に衝撃波を叩きつけるなんて、やっぱり常人には真似できないと思います。さすがはエリオットさん。【オリジナルスキル】“闘神の化身”を持っているだけあって、戦闘における観察眼がずば抜けています。
凄いです。
流石です。
驚きです。
…………。
「シャル、足、大丈夫か? エイミアさんのところまで連れてってやるから無理するな」
──うう、やっぱり無理でした。
いくら他のことを考えようとしても、今の状況は誤魔化せません……。
「い、いい……。自分で治せるから……降ろして」
「どの道、いつまでもここにいるわけにはいかないだろ? 移動しながら治せよ」
「うう……」
わたしは今、ルシアに抱きかかえられたまま、移動しています。いわゆるお姫様抱っこというもので、アリシアお姉ちゃんがヴァリスさんにされたことがあると言っていた抱き方そのものです。
……こ、これはきついです。だめです。恥ずかしくて死んでしまいそうです。まさかここまでのものとは、夢にも思いませんでした。
「い、いいから降ろして!」
「ほら、暴れるなって」
「うう~!」
……こんなときに『リュダイン』が馬の姿になってくれたら。でも、調整後の『幻獣』は仮の姿の間でも本来の姿からかけ離れたものにはならないらしく、それは無理な相談でした。
──と、そのとき
〈ワタシと替わろうか?〉
フィリスの声です。でも、自分から替わりたいと言い出すなんて珍しいこともあるものです。気を遣ってくれたのでしょうか?
〈う、ううん、いい。べ、別にこれくらい、恥ずかしくなんてないもん〉
〈シャル。ワタシにそんなこと言っても無駄〉
〈はう……〉
〈それに、そんなことじゃなくて。たぶんワタシなら、この【異空間】でも【精霊魔法】が使えるから〉
〈え? 本当?〉
わたしは、わたしには嘘をつけないはずの彼女に、思わずそう聞き返してしまいました。
-ワールドイズミー-
シャルが足の治療を終えた後。ワタシはシャルと入れ替わる。
「ルシア。もう大丈夫デす。降ろしてくださイ」
「ん? フィリスか? ああ、このへんでいいだろ。……ってか、相変わらず、すごいなこりゃ」
ルシアがワタシをゆっくりと公園に降ろしながら感嘆の声を出す。ワタシたちの前には、半壊した公園が横たわっていた。整備された石畳や噴水、ベンチまでもが何かに貫かれたように破壊され、無残な姿をさらしている。
「ふう……、どうにか殲滅できたかな? みんな! 無事か?」
その惨状を創り出した張本人、エイミア様が軽く息をつきながら皆に呼びかける。
「え、ええ。大丈夫よ。それにしても、元老院も相当な数の『幻獣』を動員してきたわね。一度にあんなに出現するなんて……。でも、これだけの戦力があればリオネルにだって対抗できそうなものなのに……」
シリルお姉ちゃんの言葉は、途中から独り言のようになっていたけれど、ルシアがそれを遮るように声をかけた。
「その話はあとにしようぜ。手早く脱出しないとな」
「ええ、ごめんなさい」
確か、ワタシたちは時計塔から出てきたはずだから……と思い、時計塔に近づこうとしたその時だった。時計塔の目の前に、ひときわ大きな影が姿を現す。また『幻獣』?
ワタシには、『彼ら』が理解できない。
世界に在りながら、【世界の法則】と繋がらない存在。
【歪んだ法則】に生み出された、異形の存在。
『幻獣』は【召喚魔法】の対象という意味で一般には『精霊』と似たようなものだと思われてしまうこともあるけれど、その実、『精霊』からはもっとも縁遠い存在だった。
それも、目の前に現れたのは『魔族』によって生み出された『擬似幻想生物』なのだから、なおさらだ。
「毎度毎度、どいつもこいつも、親玉を用意してくれやがって」
ルシアが憎々しげに吐き捨てながら、剣を構える。
それは一言でいえば、巨大な犬の姿をしていた。ただし、三つ首で口から炎と吹雪と酸を吐く、そんな犬がいればの話だけれど。
「『ゾルケルベロス』──三種のブレスを吐く不死身の怪物。三つの頭を同時に潰さないとすぐに復活するみたい……」
アリシアお姉ちゃんの言葉に、やれやれと言った顔でエイミアさんが手を軽く振る。
〈還し給え、一の光。二重に三重に降り注げ〉
空から飛来する光の矢は、違うことなく『ゾルケルベロス』の三つの頭を貫き通す。
「こんなものかな?」
「だめ!」
アリシアお姉ちゃんが鋭く叫ぶ。直後、気を抜いたワタシたちに復活した『ゾルケルベロス』の頭部から、酸のブレスが吐きかけられた。
「なに!?」
さすがのエイミア様も驚いた顔で慌てて飛びさがろうとする。けれどブレスの範囲が広すぎて回避しきれない。
〈叩きつける暴風〉
ワタシが咄嗟に放った強風がブレスの大部分を押し返し、『ゾルケルベロス』に降りかかる。さらに返し切れなかったブレスについては、シリルお姉ちゃんの『ディ・エルバの楯』で辛うじて防ぎきることができた。
〈ガロアアア!〉
跳ね返された酸に身もだえするように、咆哮をあげる『ゾルケルベロス』。
「どういうことだ? さっきは確かに……」
「駄目なの、エイミアさん。あくまで三つ同時じゃないと……」
アリシアお姉ちゃんに言われて、はっとした顔をするエイミア様。
「そうか。わたしの“黎明蒼弓”はあくまで『連続』で矢を撃ち落とすものだ。『同時に』というわけにはいかないか」
「ちょっと待て。そんなに厳密なタイミングであの大きさの頭を三つ同時に潰すなど、生半可な攻撃では不可能だぞ?」
ヴァリスさんの懸念はもっともだった。
その間にもルシアが敵の巨大な前足を斬り裂き、バランスを崩して転倒させている。けれど、消滅するのは斬られた部分とその周囲だけで、全体を斬り散らすには至っておらず、消えた部分でさえすぐに再生している。
「タイミングを合わせるとなると、『ファルーク』でも無理そうね。後はわたしの【魔法】でちょうどいいのがあるにはあるけど……完成するまで誰かが敵のブレスを防ぎ続けてくれないと……」
シリルお姉ちゃんの『ファルーク』は、周囲を警戒するように上空を旋回している。一方の『リュダイン』はワタシとシャルの区別ができているのかいないのか、未だにワタシの足にまとわりついてきていた。
「ワタシがやりマス。」
「え? えっと、フィリスなの? でも、さっきも言ったけれど、ここではあなたの【魔法】は……」
「大丈夫デす。確かにここは【異空間】ですが、元の世界とつながっていないわけではありまセン。すぐ近くに【ゲートポイント】がありマス。ワタシは『精霊』。世界そのもの。だから……世界をすぐそばに感じていマス」
こんな言い方で通じただろうか? わたしは不安を覚えながらシリルお姉ちゃんを見る。
「そうね。なら、任せたわ。……他のみんなも極力あいつを引き付けて。ただし、頭には攻撃しないこと。タイミングが崩れたら元も子もないわ」
「わかった」
「了解した」
ルシアとヴァリスさんが頷いて返事をする
一方、エイミアさんとエリオットさんは周囲を見渡しながら首を振った。
「だが、どうやら前に倒した『幻獣』の一部が復活を始めたみたいだぞ。わたしはあれをここに近づけないようにしよう」
「範囲が広いですから、僕も手伝います」
敵の気配に向けて、駆け出していく二人。上空からは『ファルーク』の声も聞こえてくる。あの炎の鳥たちも復活し始めているみたいだ。
〈グバア!〉
『ゾルケルベロス』の咆哮。そして、三つの口から三つのブレス。
それがほとんど同時に吐き出される中、シリルお姉ちゃんはワタシを信じ、動じることなく【魔法陣】の構築を始めている。──信頼には、応えなくては。
「わたしと繋がる世界はワタシ……」
〈流転して反転し、合一して消滅する。とめどなき世界の変遷〉
《万物流転》
世界は変わる。一時たりとも、とどまらない。
変わらないものなど何もない。これは世界の法則。
──絶対たる【自然法則】。
ワタシは元の世界から半ば切り離された【異空間】──『魔導都市アストラル』に来て、初めて世界を『外』から見た。それまでのワタシは、自身の内に自身が存在するという矛盾に、目を曇らせていたのかもしれない。
けれど、真の意味でワタシが『何なのか』を理解した今ならば、よくわかる。
風を呼び、火を起こし、水を流して大地に花を咲かせる。
それらはすべて、一つのもの。だから、目の前に迫る炎も吹雪も酸も、同じこと。
ワタシの発動した【魔法】は、目の前の空間に七色の大渦を生み出す。それは三つのブレスをまとめて飲み込み、かき混ぜ、融合し、分解する。そしてそのまま、『世界』に還す。
「む! ブレスが消えた……? よし!」
ヴァリスさんは地を這うように疾走し、『ゾルケルベロス』の顎の下まで潜り込むと、その喉首から腹部に至るまでを『竜の爪』で斬り裂きながら駆け抜けていく。それでも『ゾルケルベロス』は再度ブレスを吐こうとしたけれど、斬られた傷の大きさに修復が追いつかず、吐かれる前に喉元の傷から虚しく散った。
「とりあえず、動くなよっと!」
今度はルシアが近づき、再び四足を順番に斬り散らすことでその動きを封じていく。
「──ありがとう。準備できたわ!」
シリルお姉ちゃんの目の前には、純白の輝きを宿す三つの【魔法陣】が浮いている。
無属性魔法? いっさいの属性を帯びていない【マナ】の存在は、ワタシには不安定に見えて仕方がない。けれど、その【魔法陣】自体は恐ろしく安定しているようで、そのことはそのままシリルお姉ちゃんの【魔力】制御の完璧さを物語っていた。
〈ミュウル・セリアル・トード・ランカ。カルデス・レギア・リンデス・ヴァスター〉
〈運命を告げる時の鐘。訪れたるは破滅を導く凶兆の星〉
言葉とともに、白い【魔法陣】からぞっとするような冷たい輝きを帯びた光球が出現する。
〈アル・テア・トリア〉
〈第一の星、第二の星、第三の星〉
《三輝星》
シリルお姉ちゃんの詠唱に合わせるかのように、光の球は三つに分裂する。そして、そのまま『ゾルケルベロス』の三つの頭部へと飛んでいき、その頭部に直撃した。
けれど、爆発するわけでも燃え上がるわけでもなく、それは貼りつくように三つ首の上に留まっている。
《審判の日の災厄》!
そして、シリルお姉ちゃんの言葉が終わるや否や、『ゾルケルベロス』に取りついた三つの光球が一斉に輝きを強めると、突如、轟音とともに爆発を引き起こす。
「おお! なるほど。命中時に攻撃するんじゃなく、命中後にまとめて起爆したのか。これなら、同時にやれたんじゃないか?」
ルシアが感心したように見つめる目の前で、三つ首を同時に失った『ゾルケルベロス』は今度こそ、その身体を光の粒子に変えて消滅していく。
「ふむ。どうにか片付いたようだな。……それにしても、フィリス。さっきの力は何だ? 奴のブレスをかき消したように見えたが……」
『幻獣』が完全に滅びたのを確認したヴァリスさんが、ワタシに近づきながら声をかけてくる。周囲を見ればどうやらエイミアさんとエリオットさんも軒並み『幻獣』たちを倒したらしく、駆け足でこちらに向かってきているところだった。
「ハイ。簡単に言うと、属性を混ぜて相殺して消滅させ、【マナ】に還元しマシタ」
「む?」
簡単に言ったつもりだったけれど、ヴァリスさんは怪訝そうな顔をして首を傾げる。でも、何と説明したものだろうか? 話すことに慣れていないワタシには感覚的なものを言葉にして伝えるのがすごく難しい。
「まあ、それは後でもいいだろ? 早いところ行こうぜ。またさっきのが復活したら相当厄介だ」
ルシアの助け舟に胸をなでおろすワタシ。後で説明の言葉を考えておかなくちゃ。
「で、でも、どうするの? 時計塔には扉がなくなっちゃってるよ?」
アリシアお姉ちゃんの戸惑ったような声を受け、ワタシたちは時計塔の前まで駆け寄っていく。
「宿にあった隠し扉と同じだろう。シリルなら見えるのではないか?」
「……これね」
エイミア様の言葉に応え、シリルお姉ちゃんが時計塔の壁に手をつく。するとたちまち、レンガ造りの茶色い壁は白い石材に変化し、扉のようなものがその姿を現した。
しかし、その直後──
「ひゃははははは! ようやく見つけたぞ! シリル・マギウス・ティアルーン!」
どこかで聞いたことのある、気持ちの悪い叫び声があたりに響き渡った。