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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第10章 魔導の都市と繋がる世界
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第92話 不良メイドがいるホテル/夜這いと夜回り

     -不良メイドのいるホテル-


 結局、取引とやらにあたってはリオネル側からまず先に、僕たちがこの魔導都市で安全に滞在できる場所を与えてもらうことから始めることになった。そのうえで、リオネルがルシアから話を聞き、その後、さらにこの街での便宜──装備の充実や『幻獣』の調整など──を図ってもらうという運びだ。


「つまり、お互いが相手の裏切りを心配しなくても済むよう、段階を踏んでいくってわけか。……ルシアの方も、聞きたいこととやらを全部一度に話す必要はないんだろ?」


 僕は改めて状況を整理するついでに、物思いに沈むルシアに声をかけた。


「……」


 けれど彼は、黙ったままだ。

 あれから、僕らは魔導都市の中にある一軒の宿屋を案内された。

 『宿屋』という言い方をするとマギスレギア城下町にあったメリーさんの宿屋を連想してしまうけれど、とんでもない。綺麗で近代的な街並みの中にあってなお、頭一つ抜き出た高さと壮麗な内装が整えられた、超がつくほどの高級ホテルである。その名も『中央迎賓館』。僕たちの部屋にいたっては、専属のメイドまで付くほどの賓客待遇だ。


「ルシアくん? 大丈夫?」


 今度はアリシアさんが心配そうに声をかける。僕たちにあてがわれた部屋は、四階建てホテルの最上階にある特別室であり、複数の寝室や広大な応接間などは、ちょっとした貴族の屋敷の間取りと比べても遜色のないものだ。

 巨大な大理石のような建材でできたテーブルを囲み、今後の打ち合わせをするつもりで集まったのに、さっきからルシアはずっと、こんな調子だった。

 

「……悪い。少し、頭の中を整理する時間をくれ。理解が追いついているようで、追いついていないんだ。ちょっと、風に当たってくるよ」


 申し訳なさそうに言って、ルシアはテラスへと歩いていく。それ以上、かける言葉も見つからず、僕らは黙ってその背中を見送る。……異世界から来たというルシアに、『魔族』の最高権力者ともいうべき人物が聞きたいこととは何なのだろうか?


「みなさーん! よく冷えた果実酒をお持ちしましたよー! え? お酒は飲まれないんでしたっけ? あ! でもでも、未成年の人向けに果実ジュースも持ってきましたから、だいじょーぶです!」


 場違いな声と共に、キッチンと応接室をつなぐ扉が勢い良く開かれる。お盆を抱えたその人の姿を目にした途端、僕は全力で顔を背けていた。


「あらら? エリオットさん? いい加減に慣れてくださらないと、困りますう!」


 そう言いながら足音がずんずんと近づいてくる。


「あ、あはは……。ありがとね、レイミさん」


「いえいえ、メイドさんですから当然です!」


 アリシアさんに向かって無駄に元気のいい返事をしているこの人は、僕たちの泊まる特別室専属メイドのレイミさん。長い黒髪を二つに分けて三つ編みにし、眼鏡をかけた彼女は、一見しただけだと理知的な女性に見える。でも、何が僕を悩ませているかと言うと……


「はい、エリオットさんの分。ジュースで良かったですよね?」


「うう! は、はい……」


 彼女の服装だ。メイド服のはずなのに、胸元の部分だけがなぜか布地がない形状をしているので、大きな胸の谷間が否応なしに見えてしまう。スカートこそ標準的な長さだが、召使の制服とも言うべきものに、あんなに大きな露出が必要なのだろうか?


「ふふ! 十六歳って話、本当なんですねえ。かーわーいーい!!」


 じゅるりと涎をすするような音を立てるレイミさん。明らかにわかっていながら、からかっているのだから性質たちが悪い。


「それでは、なんだか深刻そうな話をしてらっしゃるみたいなので、邪魔にならないよう、わたしは控室に戻ってますね。──え? 大丈夫ですよう。盗み聞きなんて、絶対にしません! 何かあったらいつでもお呼びください。なんでもご奉仕しちゃいますから!」


 そう言ってパタパタと歩き去っていくレイミさん。何なんだろう、このホテルは?

 あんなに無駄にテンションの高いメイドがいていいのだろうか?


「すっかり気に入られてしまったみたいだな? エリオット」


「エ、エイミアさんまで、……やめてくださいよ」


「だが、君はまだ若いとはいえ、いつかは女性にも慣れないと結婚だってできないぞ?」


「い、いや、僕は、べ、べつに、そんな……」


 ──結婚か。そういえば、エイミアさんは時々自分の婚期の話をすることがあるけれど、結婚したい相手なんているんだろうか? 聞いてみたいけれど、聞くのはすごく怖い気がする。


「うーん、エリオットもわたしが相手なら平気なのにな?」


「え? あ、相手ですか!?」


 相手って、まさか結婚の? ──って、そんなわけないか。


「まあ、わたしのことは姉のように思ってくれているから平気なんだろうけれど、まさか、会う女性はみんな姉だと思えってわけにもいかないしなあ」


 いや、エイミアさんが相手だって全然平気じゃないんですけど……。レイミさんのように露出が多いのが特に苦手というだけで。

 エイミアさんは、なおも思案顔で首をかしげている。それを見ていると少しだけ悲しくなる。つまり、彼女の中には『僕と彼女が』なんて選択肢は、最初から無いんだ。


「……エリオットくん。関係を変えたければ、自分から勇気を出すしかないんだよ?」


「ア、アリシアさん……」


 そのとおりだろう。でも、それをして拒絶されたら、僕はきっと生きていけない。どんな形であれ、彼女との今の関係が壊れることは、僕にとって絶望と同義なのだ。


「流石はアリシア。いいことを言う。エリオット? 君にいつか好きな女性ができたら、勇気を出すんだ。わたしも応援するぞ」


「はあ、エイミアさんてば……」


 アリシアさんは痛いほど僕の心情を分かってくれているみたいで、呆れた目でエイミアさんを見つつ、僕に同情の視線を向けてくれた。


「ルシア、大丈夫かな……」


 シャルの視線の先には、開け放った窓からテラスに出て、柵に腕をかけたまま街の様子を眺めるルシアの姿があった。


「……今は、そっとしておいてあげましょう?」


「シリルお姉ちゃんは、ルシアが元気がない理由、わかっているの?」


「そうね。なんとなくだけど、推測はできるわ。わざわざ第二礼拝所を面会場所に選んだリオネルの目的は、わたしではなくて彼だった──そう考えればね」


 シャルの質問に答えながら、シリルもまた、気遣わしげにルシアの後姿に目を向けていた。


「第二礼拝所に何の意味が?」


 シリルは、僕の質問に振り向くことなく答えを返す。


「詳しいことは、彼に聞かないとわからないわ。わたしだって……、でも、可能性があるとすれば、それぐらいしか……」


 シリルは、支離滅裂な言葉をつぶやき続ける。彼女自身、考えに整理がついていないようだった。結局、何一つわからないまま、僕らの間には長い沈黙が訪れる。


「本人の話を、本人を抜きにするのもどうかと思うぞ? 彼も頭の中を整理したら話してくれると言っているんだ。大人しくそれを待つとしよう」


 そんな沈黙を打ち破るように口を開いたのはエイミアさんだった。彼女はレイミさんが持ってきてくれた果実ジュースを手に取ると、ゆっくりと口をつける。


「ん? これはなかなか美味いな。皆も飲んだらどうだ?」


 エイミアさんという人は、普段は空気なんてまるっきり読んでいないようでありながら、こういう時に限って絶妙なタイミングでその場の空気を変えてしまうところがある。


 結果、それまでの沈黙が嘘のように皆が動き始めた。


「いただきます」


「あ、おいしい!」


「……そうね。後でレイミさんに作り方でも教わろうかしら?」


 シリルがそういうと、再び開く扉の音。飛び込んできたのはもちろん、レイミさんだ。


「はいはーい! お呼びですかあ?」


「って、聞いてたのかよ!」


「おやあ? エリオットさん? 今のはもしかして、『素が出ちゃった』って奴ですかあ?」


 うう、つい口が滑ってしまった──というかお願いだから、両腕を前に揃えて胸を強調するような姿勢をとらないで欲しい……。本当にこの不良メイド、何者なんだろうか? 

 だいたい、盗み聞きも何も、念のためにシャルが【精霊魔法】エレメンタル・ロウで僕らの周囲に防音遮蔽膜を作っているはずなのに……。


「えー? なに言ってるんですか? そんなのわたしがホテル中に仕掛けている、とうちょ──あ、いや、もとい『防犯装置』にかかれば意味ないですよ?」


「…………」


 『不良メイド』どころではなかった……。

 犯罪者がここにいる! ホテル中を盗聴って……ここの管理者は何をしてるんだ! 

 真っ先にこいつをクビにしなくちゃだめだろう!


 ……との心の叫びをかろうじて口に出さずに済んだことに、胸をなでおろす僕がいた。


「あ、でも盗撮まではしてませんよ? わたしにも良心がありますから」


「……今、『までは』って言わなかったかアンタ!」


 暗に盗聴を認める発言だった。


「それに撮影装置って、基本、見えるところに設置しないとですから、リスクも大きいんですよねえ……」


「しみじみと言ってんじゃねえよ! アンタの良心はどこにいった!?」


「エリオットくーん、声に出てるよ?」


 ……もう、いいです。アリシアさんの親切な指摘にも反応する気力をなくした僕は、ぐったりと項垂れた。


「そ、れ、じゃ、シリルさん? 果実ジュースのレシピなら後であげますね? エリオットさんもからかい終わったことだし、わたしはお仕事にもどりまーす!」


 そうして今度こそ、部屋を出ていくレイミさん。僕らは全員、あぜんとして見送るほかはない。


「あ、あはは……、『魔族』にもいろんな人がいるんだね」


「さ、さすがにあれを標準だと思わない方がいいわよ」


 アリシアさんとシリルが引きつったような顔で言葉を交わす。


「あやつ、ただものではないな……」


 そんな中、レイミさんが出て行った扉を見つめながら、ヴァリスがぽつりともらす。

 真面目な顔して何を言ってるんだろう、彼は?

 意外と天然ボケなところでもあるのかもしれないな。



     -夜這いと夜回り-


 結局、ルシアからの話は、明朝聞かせてもらえることになった。


 わたしたちの滞在するホテルは、流石に『魔族』の都市にあるだけあって、従業員のほぼ全員が黒い髪に黒い瞳をしている。ただし、それはここが高級ホテルであるからであり、都市全体で見た場合には、少なからず人間もいるらしい。

 とはいえ、人間のこの都市における立場は総じて低いものであり、個体数のあまり多くない『魔族』のための使い勝手の良い雑用係として、一定数の人間がこの都市で生まれ、この都市で死んでいくのだ。


「つまりー、家畜なんかと同じで労役のために飼っているってことですねー」


 そんな声の主は、寝室でわたしと椅子に座って向かいあう一人の女性。露出過多なメイド服を違和感なく着こなすメイド、レイミはあっけらかんとした口調でわたしの質問に答えてくれた。


 就寝までの暇つぶしに付き合ってくれたのは良かったが、人間を『家畜』と言い切り、それを笑顔で語ってみせる彼女には、さすがのわたしも正直言ってドン引きだ……。


「あ、でも皆さんは別ですよ? 『外』から来る『エージェント』の人たちなんかは特に、元老院の直属部隊なんですから」


 あまりフォローになっていない気もするが、一応彼女も気を遣ってくれたのだろうか?


「まあ、『エージェント』も力だけの野蛮な人種だってことで、嫌悪の対象だったりはするんですけどねー。わたしも『戦いが好き、血を見るのが大好き!』……なーんて輩は願い下げですしー」


 そんな気遣い、このメイドもどきに期待するだけ無駄だったか……。


「うーん、わたしも人のことは言えないけれど、歯に衣着せない物言いも時と場合を考えた方がいいのではないか?」


 思わず柄にもない忠告の言葉が口から出てしまったけれど、それに対し、彼女は「ん?」と可愛らしく首をかしげて見せた。ついでにわざわざ胸の大きさを強調して見せるのは、同性に対する嫌がらせなのだろうか?


「皆さんは別だって言ったじゃないですか。このお部屋にお泊りになる限り、たとえモンスターだってわたしのご主人様です!」


「……なるほど、大した職業意識だな」


「うふふ、それほどでもありませんが、そう言っていただけると嬉しいです! 今のわたしには、皆さんの顔がお金に見えていますから!」


「…………」


 照れた顔をしながら生々しい言葉を吐く彼女に、わたしは絶句するしかない。

 

「ぷっ! ククク! あは、あはははははははは!」


 わたしはとうとうこらえきれず、胸の奥からこみあげてくる笑いを吐き出した。


「え? え? 何が可笑しいんですか?」


 きょとんとした顔でわたしを見つめるレイミ。それを見て、わたしはようやく笑いを収める。まだ油断はできないが、わたしの心配は杞憂なのかもしれない。

 わたしたちの会話に割り込んでくる絶妙なタイミングの取り方と言い、盗聴装置の設置と言い、怪しいことこの上ない彼女ではある。しかし、眼鏡の奥にのぞく彼女の瞳は、無邪気さの中に何かが隠れ潜んでいるような、奇妙な意思の光を感じさせるものの、それは少なくとも害意などではなそうだ。


「なら、もう少し、わたしの話に付き合ってもらっても?」


「はい、もちろんです!」


 リオネルとの約束の日は明日だ。ルシアも明日の朝にはみなに話を聞かせてくれるそうだが、それまで手をこまねいているよりも、この『魔導都市アストラル』と元老院、そして大聖堂という組織について、少しでも情報を整理しておこう。


「わたしはこの街には初めて来たんだが、なんというかその、思ったより普通だな?」


「ふつう、ですか?」


「ああ。前に見た『魔族』の施設なんかは、見たこともない銀色や半透明の建材で造られていたし、デザインなんかも随分と独創的だったんだが……」


「ああ、なるほど。それはですねー、えーと、何て言ったらいいか……。あ、そうだ!」


 いきなり声を大きくしたかと思うと、わたしたちが座るテーブルセット──その中央にある机に掌を乗せた。


「見ててくださいね?」


 彼女の言葉が終わるか終らないかのうちに、目の前の机に劇的な変化が起こる。

 それまで、純白に塗装の施された高級木材で造られているように見えていたそれが、銀色の鈍い輝きを放つ金属製の机へと姿を変えたのだ。


「な! これは?」


「これがこのテーブルの元々の姿です。さっきのテーブルの方が綺麗ですよね?」


「ま、まあ、それはそうだな」


 目の前にある机は、まさに実用一本槍と言ったデザインだ。


「外から本物の木材を持ってきて加工するより、【古代文字(エンシエント・ルーン)】を刻んで見た目や質感を変えた方が遥かに理想的な外見にすることができますし、耐久性や実用性自体はこちらの材料の方が断然上ですからね」


「……それだけのために【魔法】で道具を加工すると?」


「はい。少なくともこの手の技術なら、この都市ではありふれたものです。なので、街全体がこんな感じでできてるんですよ。……どうです? 惚れ惚れするほど『合理的』ですよねー」


 本心では全くそう思っていないことが明らかな口ぶりなのに、朗らかな笑顔で笑う彼女の意図は、全くつかめない。


「──なので、この都市にあるものは全て、見た目通りのものだと思わない方がいいですよ? ……必要なときはどなたか、『目』の良い方に確認してもらうといいかもしれませんね?」


 その言葉に、はっとして顔を上げる。しかし、眼鏡の奥にある彼女の瞳は、レンズに反射する光の加減のせいか、よく見てとることができなかった。


「他に聞きたいことはないですか?」


 にこにこと笑いながら、片手で眼鏡をくいっと押し上げ、質問を促してくる彼女。わたしはひとつ頷くと、口を開いた。


「君は何者だ?」


「メイドさんです」


 即答だった。間髪入れず、こちらの語尾に重なる勢いで返答された。


「い、いや、でも……」


「メイドさんです。メイドさんって言ったらメイドさんなんです。このわたしが、他にいったい、なにに見えるっていうんですか?」


 相変わらず胸を強調しながら、いつになく強い調子でまくしたててくる彼女。言いたいことはたくさんあったが、埒があかないので質問を変えることにする。


「君の目的はなんだ?」


「それはもちろん……」


「わたしが聞きたいのは、ここへきて忠告めいたことを言う、その目的だ」


「……」


 押し黙るレイミ。彼女が数秒とはいえ、沈黙したまま考える姿は初めて見た。やがて彼女は、口元に人差し指を当てるという可愛らしい仕草をしながら、一方でぞっとするほど物騒な笑みを浮かべる。


「エイミアさんって、まっすぐな人ですよね。わたし、そういう人って大好きです! で・も……だからこそ、エイミアさんには秘密です」


「どういう意味だ?」


「人に『秘密にしてね』って言われたこと、うっかり話しちゃったことないですか?」


「む……」


 いかん、心当たりがありすぎる。

 重要な機密をぺらぺら喋るようなことはさすがにしたことがないけれど、昔は弟ともよくそれで喧嘩をしたし、若手の騎士団員がデートのために門限破りをしたのを見つけたときだって、秘密にしておいてやると言いながらその翌日にはサイアス副団長に話してしまい、当人から恨みがましげな眼で見られたものだった。


「わたしはメイドさんで、わたしの仕事は皆さんにこの場所で快適に過ごしていただけるよう、ご奉仕すること。……この言葉の中に嘘はありません」


 これまでの態度からは想像もできないほどに、真剣なまなざしでわたしを見つめてくるレイミ。さすがに、これ以上踏み込んでも得る物はなさそうだ。

 わたしは机に置かれたカップを手に取り、彼女が注いでくれた鎮静効果があるというハーブティーを口にする。


「よし、じゃあ今度こそ、話題を変えよう」


「うふふ! その切り替えの早さも大好きです!……ねえ、エイミアさん?」


「ん? なんだ?」


「抱きついてもいいですか?」


「ぶ!?」


 危なかった。お茶を口に含んでいる最中なら、間違いなく吐き出しているところだった。──っていうかそうじゃなくって……彼女は今、何と言った?


「ほらだって、エイミアさんって男の人に興味なさそうじゃないですか。だったら、『そっち』の方が好みなのかなあって」


「い、いや、何でそうなる!?」


「うふふ。これもメイドさんのご奉仕の一環です──ってことはないですけれど、エイミアさんは特別です。わたしのズバリ、好みのタイプ……」


 言いながら立ちあがり、机を回り込んでわたしの傍まで近づいてくると、相変わらず大きな胸をこれ見よがしに見せつけながら、身体ごとしなだれかかってくる。


「綺麗な蒼い髪……。『魔族』ってみんな黒い髪だから、こういうのもまた『嫉妬』の対象なのかもしれませんねえ……」


「ひゃ! 耳に息を吹きかけるな!」


 わたしの髪を弄びながら、耳元でささやきを続ける彼女に息を吐きかけられ、思わず声が裏返る。


「いやいやいやいや! ちょっと待ってくれ! わたしにはそんな趣味はないぞ!」


 彼女の身体を押しのけながら必死に抵抗するわたしに、レイミは未練がましい顔をしながら、ようやく身体を離してくれた。


「うふふ。冗談ですよ、冗談。エイミアさんってば、顔を耳まで真っ赤にして可愛い……」


 冗談という割には、随分残念そうな表情をしているのが気にかかるが……。


「まったく……おふざけにもほどがあるぞ。君はホントにメイドなのか?」


「メイドではありません。メイドさんです」


 ……よくわからないが、両者は違うものらしい。


「でも、なんだってわたしがそんな趣味だなんて勘違いを?」


「え? だってエイミアさん。あんなに可愛い男の子から熱視線で見つめられて、まるきり無反応なんですもの」


「熱視線? 何のことだ?」


 いまいちレイミの言っていることは要領を得ない。


「だ・か・ら……『そういう』ことか、と思って夜這いに来たんです」


「夜這い!? さっき冗談だっていったはずじゃ……」


「え? いえいえ、単なる言い間違いですよう。うふ……夜這いじゃなくで、夜回りです」


 そんな言い間違いがあってたまるか。わたしは疲れたように肩を落とす。

 これ以上彼女と話すのは貞操の危機を感じないでもないが、せっかくなのであと二つ三つは質問してから寝ることにしよう。


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