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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第10章 魔導の都市と繋がる世界
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第91話 ゲートポイント/不退転の決意

     -ゲートポイント-


 気が付けば、わたしたちは透明な円筒状の容器のような物の中にいました。『容器』とはいっても、わたしたちが前にいた応接室ぐらいの広さはありますが、家具などがあるわけでもないので、部屋とも呼べず、そう呼ぶしかない──そんな構造物です。その透明な壁を透かした向こう側には、白くて無機質な石の壁に囲まれた空間が広がっています。


 でも真っ先に気になったのは、この容器を取り囲んでいる兵士のような人たちの姿でした。ただし、統一されたものを身に着けているからこそ『兵士』に見えるだけで、彼らの装備は鎧と服が一体化したような見慣れないものでした。


「……着いたわね。さ、出ましょう?」


 シリルお姉ちゃんは、なんとなく溜め息でもつきそうな風情でそう言うと、円筒形の容器に取り付けられた扉をゆっくりと押し開きます。その間にも周囲に立つ『兵士』の人たちは、一定の距離を保ちながら油断なくわたしたちを見つめているようです。


「なんか、随分と物々しい雰囲気だな」


 シリルお姉ちゃんの後に続くルシアは、そんな騎士たちの様子に肩をすくめているようです。


「ここ、【ゲートポイント】は外界と『アストラル』をつなぐ、数少ない特別な場所なの。だから、警備も厳しくて当然よ」


 ルシアの疑問にシリルお姉ちゃんが答えていると、兵士たちの中から一人、こちらへと歩み寄ってくる人がいました。黒髪黒目なのはルシアやかつてのシリルお姉ちゃんと同じですが、鼻の下と顎に綺麗に整えられた髭を生やしています。


「その姿、シリル・マギウス・ティアルーンで間違いないですね?」


 語りかけられた口調は、予想に反して比較的穏やかで礼儀正しいものでした。シリルお姉ちゃんを道具扱いする『魔族』で、あの『パラダイム』と同じ『魔族』だという思い込みがわたしの予想を下方修正していたのかもしれませんが、それにしても彼の態度にはシリルお姉ちゃんを見下すようなところはなさそうでした。


「……ええ、そうよ。ノエルから連絡が来ていたりはしないかしら?」


「いえ、上層部からは、近いうちに帰還されるだろうとの通達は受けておりましたが」


「……そう、じゃあ、わたしたちをどこに連れて行くかも命じられているのね?」


「はい。申し遅れましたが、わたくしは『元老院衛士団』の第1ゲートキーパー小隊隊長、レンドル・ガバナーです。ご案内はさせてただきますが、その前に……」


 そう言ってわたしたちへと視線を転じる彼の目には、明らかな侮蔑の色が見えています。彼が周囲の部下に目配せをすると、わたしたちの周囲に数人の兵士が進み出てきました。それぞれが【魔装兵器】らしき刃の無い槍のようなものを手にしています。


「武器を出せ」


 高圧的な態度で手を差し出してくる彼らは、レンドル隊長さんと同じく黒い髪に黒い瞳をしているようです。やっぱり、これが今の『魔族』の特徴なんでしょうか?


「何様だ、あんたら? 俺たちは、あんたらに武装解除されるいわれはないぜ?」


 ルシアの口調は、かなり喧嘩腰でした。乱暴でいい加減な言葉遣いはいつものことですが、それでも初対面の相手に対し、ここまで敵意をむき出しにするルシアは初めて見るかもしれません。


「なんだ、貴様は? その髪の色、『魔族』か?」


「いいや、人間だ」


「やはり、貴様らが『最高傑作』殿の護衛を命じられた冒険者か。ふん、下等な人間どもが……。だが、ここにいる間は我ら『元老院衛士団』がその任にあたる。わかったらさっさと武器を出せ!」


 レンドル隊長さんは、語気を強めて迫ってきます。


「うーん、シリル。もしかしてこれは、蹴散らしてしまってもいいのだろうか?」


「ちょ、ちょっと、エイミアさん! それは乱暴すぎますって!」


「いや、でもほら、礼儀を守らない相手に礼儀で応じてやる必要はないしな」


 エイミアさんとエリオットさんのやり取りを聞きながら、わたしは思わずため息をついてしまいました。前から思ってましたけど、エイミアさんって実はものすごく気が短いんですよね……。よくこれで、聖騎士団長なんて職が務まったものだと思います。

 ──かつてのサイアス副団長の苦労が、目に浮かぶようです。


 すると、それまで黙っていたシリルお姉ちゃんが口を開きました。


「命令の内容を、復唱してみてくれる?」


「え?」


「できないの? 貴方たちが、誰から何て命令を受けているのか、その内容を一言違わず教えてほしいって言ってるの。難しいことじゃないでしょう?」


「あ、う、それは……」


 途端にうろたえたように言葉を詰まらせるレンドル隊長さん。


「なあに?」


 可愛らしく先を促すシリルお姉ちゃん。


「う、く……。元老院議長からは、『シリル・マギウス・ティアルーンとその一行を大聖堂の第二礼拝所まで丁重にお連れするように』……と」


「なら、その通りにお願い」


 シリルお姉ちゃんの言葉は素っ気ないものだったけれど、レンドル隊長さんの方は、まるで痛烈な皮肉でも言われたかのように悔しそうな顔をしていました。

 それから、わたしたちはレンドル隊長さんの案内で大聖堂へと向かうことになりましたが、『丁重に』の言葉どおり、武装解除はされずに済むようです。


「これが『アストラル』? なんなんだ、これ……」


 石壁に囲まれた部屋を出たところで、ルシアが周囲を見回しながら驚きの声をあげています。わたしたちの足元には半透明な材質でできた床があるものの、周囲には壁も何もなく、ただ不気味に色を変える空間が広がっていました。


「シャル、気を付けて。通路から落ちると戻ってこれないから」


 シリルお姉ちゃんの言葉に、わたしは通路の端から慌てて離れました。──そう、ここは通路になっています。不思議な空間にまっすぐ伸びる半透明の床でできた一本の通路。片側の端は今出てきた何の装飾もない白い立方体の建物に、反対の端はかなり遠くに見える巨大な壁面に設けられた大きな扉に続いているようです。


「ここは【異空間】そのものが剥き出しの場所なのよ。だからこそ、【ゲートポイント】になるのだけれど」


 シリルお姉ちゃんの説明が続く間、レンドル隊長さんたち『元老院衛士団』のメンバーは苦虫をかみつぶしたような顔で、一言も口を利こうとはしません。


「……それにしても、大聖堂に案内するだなんて、おかしいわね」


「おかしい? どうしてだ?」


 シリルお姉ちゃんがぽつりとつぶやいた言葉に、敏感に反応するルシア。シリルお姉ちゃんはその問いに直接は答えず、かわりに『絆の指輪』で全員に通信をかけたうえで言葉を続けました。


〈ええ、てっきり元老院に呼ばれるものと思ったんだけど〉


〈その大聖堂とか元老院ってなんなんだ?〉


〈元老院は『セントラル』の最高意思決定機関よ。一応、複数の議員による合議制になっているわね。大聖堂の方は、どちらかと言えば宗教的な組織でしかないわ。ただ、『魔族』の『神』に対する信仰心を思えば、影響力は後者の方が上かもしれないわね〉


〈うーん、わかったような、わからないような……。で、結局はどっちが偉いんだ?〉


 そんなルシアの子供っぽい質問に対し、シリルお姉ちゃんがくすりと笑う気配がしました。


〈そんなに単純なものじゃないわよ。彼ら『元老院衛士団』は元老院が配下に置く警備・護衛などの役割を持つ部隊だけど、大聖堂にもそれと対をなす形で『聖堂騎士団』と呼ばれる武力があるわ。言ってみれば、両者は互いに牽制しあう組織なの。──あくまで表向きは、だけどね〉


 シリルお姉ちゃんは、そこでいったん意味深に言葉を切る。


〈……ずっと昔から、元老院議長と大聖堂の神官長は同じ人物なのよ。しかも、数百年の時を生きていると言われる謎多き人物で、男か女かすらはっきりしないわ〉


〈数百年? とんでもないな……。まあ、そいつが実質的な最高権力者ってわけだ。でもそれなら、大聖堂に呼ばれても不思議はないんじゃないか?〉


〈わたしの処遇は元老院の管轄よ。なのに議長ではなくて『神官長』として大聖堂に呼ぶだなんて、いったい何の意味が……〉


 途中から独り言のようになってしまったシリルお姉ちゃんの言葉に、わたしは初めて気がつきました。……シリルお姉ちゃん、ものすごく緊張してる。


 話を聞いた限りでは、シリルお姉ちゃんにとって、ここは嫌な思い出が多い場所なんです。きっと不安で、心細い思いをしているに違いありません。──もしかすると、ルシアがここの人たちに強い敵意を見せていたのも、シリルお姉ちゃんを護ろうとする気持ちの表れだったのかもしれない。

 なのに、わたしときたら珍しい景色に舞い上がって、そんなことに思いも至りませんでした。わたしが一人、反省と後悔の気持ちで悶々としていると、背後から軽く肩を叩かれました。


〈大丈夫。みんなが傍にいてくれるだけで、シリルちゃんはすごく心強く感じているはずだし、助かっているはずだよ?〉


〈アリシアお姉ちゃん……〉


〈ところで、『元老院衛士団』とやらはどの程度の戦力なのだ? 味方であるにせよ、敵となるにせよ、我らは知っておく必要があるだろう〉


 それまで一言も発さずにいたヴァリスさんが、話題を転換するように言いました。


〈え? ああ、そうね。だいたい二百人前後の守護連隊が四つで、約八百人と言ったところかしら。ほぼ全員が【魔装兵器】の使い手よ〉


〈【魔装兵器】か。ならば個々の戦闘能力は?〉


〈装備の力もあるし、一人一人がマギスレギアの一般的な魔導騎士団員以上の力があると考えるべきでしょうね〉


〈それが八百人か。まともに戦うのは無謀だな〉


〈心配しなくても、わたしたちは戦いに来たんじゃないわ。『セントラル』にとって、わたしは『最高傑作』なんだしね〉


〈……〉


 シリルお姉ちゃんの安心させるような言葉に、ヴァリスさんはあえて何も言いませんでした。

 ──シリルお姉ちゃんと『セントラル』の関係がどうあれ、『わたしたち』から見てそれがシリルお姉ちゃんの害になると言うのなら、わたしたちは『セントラル』とだって敵対関係になるつもりです。

 シリルお姉ちゃんの使命である『世界律の再構築』は、確かに重要で必要不可欠なことかもしれません。でも、だからといって、『セントラル』がすべての責任と犠牲をシリルお姉ちゃんに押し付けようとするのなら、わたしたちは断固としてそれと戦う。


 それが、シリルお姉ちゃん以外のみんなで決めた1つの約束事なのです。



     -不退転の決意-


 『魔導都市アストラル』は【異空間】にある。


 そんな言葉を聞かされて、わらわは正直驚いたものだった。そもそも、【異空間】というものの存在自体が信じられなかった。

 【亜空間】ならば、まだわかる。わらわが眠りにつく前の時代から存在する空間の歪み。それはいわば、世界の隙間。まともな生物は生きることもできず、現在では『精霊』のような存在の避難所代わりに利用されるに過ぎない。


 だが、【異空間】と呼ばれるここは、人間や『魔族』といった生物が生きることのできる、れっきとした一つの空間だ。世界の隙間ではなく、世界そのものの在り方を変えなければ生み出しえない、高度な技術だといえよう。


 そんなことができるのは『神』ぐらいのものだと、わらわは思っていたのだが……。


「さあ、ここが『魔導都市アストラル』の本当の入口よ」


 わらわたちの目の前で、巨大な門扉が音もなく開いていく。その先に開けた世界は、紛れもなく人の暮らす街並みが存在していた。外の世界と寸分違わぬ青い空の下に、木材や石材で造られた大小さまざまな建築物が並ぶ。


「あれ? 思ったよか、まともだな」


 ルシアが拍子抜けしたような声を出している。


「うん。すごくきれいな街だけど、普通の街だよね」


 アリシアがきょろきょろと周囲を見渡す。現在、わらわたちが立っている場所は、公園のような緑豊かな広場に建つ大きな時計塔の前だった。わらわたちが出てきた扉は時計塔の壁面にあったはずだが、振り向いた時には既に消えていた。

 ここの街の様子は、これまでの経験から言って少々意外なものだ。確かに、隙間なく敷き詰められた石畳や正確に時を刻み続ける時計塔などは、高度な技術ではある。

 だが、天空神殿のように特殊な建材を使っている様子はない。まるで人間の世界にある街並みをそのまま、技術的な面のみをさらに精密かつ高度に練り直して造り上げたかのようだ。


「……こちらです」


 相変わらず仏頂面で案内を続けるレンドルの後をついていく。道行く黒髪の『魔族』と思われる連中は、これまた外部の人間たちとさして変わらぬ服を着ている。

 そんな彼らが珍しそうにわらわたちを見送る中、一般的な商店や民家のような建物が並ぶ区画を過ぎ、七色にきらめく水をたたえた噴水や貴族の屋敷を思わせる豪奢な建物などが立ち並ぶ区画に入る。


「この先か? この分だと大聖堂とやらは随分儲けているんだな? ああ、でも、君たち衛士団とやらには関係ないのか」


「……」


 元老院衛士たちは、皮肉にしか聞こえないその言葉に憎々しげな顔をした。だが、当のエイミアは気付いた様子もない。──いや、どちらかといえば意図的に鈍いふりをしているのだろうか?

 どうやら彼女も元老院衛士たちのこれまでの態度に対し、随分と腹に据えかねているらしいな。


 ──やがて見えてきた大聖堂は、想像通りの巨大建築物だった。

 全体的に建物の上部はすべて尖塔の形状となっており、一見するとただの石材で造られたと見える壁面には、かなり細かく紋様が彫りこまれている。どうやら建物全体が【魔導装置】になっているようだ。


「第二礼拝所はこちらです」


 一番背の高い建物である中央の聖堂を素通りし、わらわたちは左手の建物に通される。中に足を踏み入れ、まず最初に目についたのは、無数の燭台と長椅子が並び、正面には『神』をモチーフにしたらしい巨大な石像と巨大な金属管の束がある──そんな光景だった。

 荘厳な音楽が流れている。音楽を奏でているのは、その金属管の束のようだ。実際の奏者は、石像の脇に配置された鍵盤装置を叩く人影だろうか?


「では、我々はこれで」


 元老院衛士団のメンバーがその人物に何かを告げ、そのまま逃げるように退出していく。その場には、わらわたちと一心不乱に鍵盤を叩き続ける人影だけが残った。


「──石像? あれって、まさか……いや、そんなわけが……」


 ルシアが愕然とした様子でつぶやきを口にすると同時、唐突に演奏が中断する。そして、奏者らしき人物がゆっくりと立ち上がり、石像の前へ歩いたかと思うと、そのままその台座へと腰をかけ、石像に背を預ける。


「随分と神様に失礼な聖職者だな。それとも、それが『魔族』の信仰の仕方なのか?」


 呆れたようなエイミアの言葉に、その人影は軽く肩をすくめたようだ。

 その姿は、金糸で装飾の施された白い法衣によって身体の線が覆い隠され、薄絹で作られたヴェールによって顔立ちも見通せず、男女の別すら確認できない。


「あ、あなたが元老院議長、リオネル・ハイアーランド?」


 シリルが恐る恐る尋ねた言葉に、頷く気配を見せる法衣の人物。


「今のわたしは『神官長』だ。同胞たちの指導者としてではなく、『神』に仕える一人の下僕しもべとして、わたしはここにいる」


 どんな仕掛けがあるのか、男女の声が二重に響くように不気味な声が聞こえてくる。


「……わかりました。では神官長。ここまでわたしをお呼びになった理由は何でしょうか?」


「その質問に答える前に、確認しよう。シリル・マギウス・ティアルーン──汝は世界から、何を感じた? この世界を……理解したか?」


 抽象的で意味の分からない質問をリオネルは口にする。質問の意味すら分からないのなら、意味などない。そう考えているかのような投げやりな調子だ。


 シリルはその問いに、間髪入れずに切り返す。


「この世界の今の状況が、貴方たち『魔族』の失敗によるものだということは理解しています。わたしは、その後始末をするための存在なのですよね?」


 まさに、返す刀で真正面から一刀両断。身も蓋もない物言いは、わらわから見れば胸がすく限りだが、流石に少しやりすぎではないだろうか? しかし、対するリオネルの反応は実に淡白なものだった。


「──わかった。今の汝には用はない」


 突き放すような無機質な言葉。だが、その言葉でシリルの感情に火が付いた。


「ふざけないで! 何がわかったと言うの? わたしはもう、貴方たちに利用されるだけの存在でいるつもりはないわ!……それを言うためだけに、わたしはここに来たんだから」


 ……この街について以来、ずっとシリルが思いつめた顔をしていたのはそのせいか。本来なら騙され、従っているふりをする方がよほど動きやすく、『合理的』であるはずだ。なのに、彼女はあえてそうしなかった。それが意味するものは──


「わたしは一人じゃない──心を殺して正しいだけの道を選ぶ。そんな生き方はもう必要ない。思うままに生きて、それで過ちを犯しても、助けてくれるみんながいる。……支えてくれる──人がいるから!」


 決意を込めた叫び声が、礼拝所内に響き渡る。


「シリル……おまえ……」


 ルシアが驚いたように彼女を見る。あのアルマグリッドの地下での戦い。その最中にルシアが言ったその言葉を、シリルはしっかり受け止めていたのだ。そしてまた、この場にいる誰もが、彼女の決意を受け止めている。


──ただ、目の前にたたずむ一人を除いて。


「汝には心を与えた。だがそれは器に過ぎぬ。それ自身に意味などない。──世界を理解せよ。『彼女』の声を聴け。それこそが、『世界の理』なのだから」


 リオネルは無感動な声色で、誰にも理解されない言葉を紡ぐ。ただ一人、奴だけが別の世界に生きているかのようだ。


「ったく、話にならないな。上から目線も大概にしておけよ? それこそあんたの思惑なんて、俺たちにはどうでもいい。やりたいようにやらせてもらうだけだ」


 ルシアは言葉の内容とは裏腹に、挑むような調子でそう言った。

 その袖口を、わらわが掴む。ひとつだけ、確認したいことがあった。最近分かったことだが、ルシアの身体に触れていた方が実体化はしやすいらしい。わらわは、黒髪を長く伸ばしたシリルの姿で実体化し、リオネルに問いかける。


〈リオネルとやら、わらわがわかるか?〉


「……『神』か? これは驚いた。今の世界に実体化できる『神』が残っていようとはな」


 その声には、相変わらず感情の響きがない。だが、これではっきりした。


〈やはりな。貴様、下僕だなどと言いながら、その実、『神』に対する信仰心など欠片も持ち合わせてはおるまい。なら、貴様らの言う『世界の理』計画とはなんだ?〉


 神像に寄り掛かるなどという不遜な態度は、過去の『魔族』たちにはあり得ないものだ。ノエルの語ったとおり、『世界の理』計画の目的が『神』の帰還なのだとすれば、リオネルがそんな態度を取るのはおかしい。王城でまみえた『パラダイム』の手の者でさえ、わらわを前に動揺を隠せなかったのだから、なおさらだ


「計画? わたしはそんなものに興味はない。それは元老院の管轄だ」


〈だが、貴様は元老院の長でもあるのだろう? 興味がない、とは理解に苦しむな〉


 だが、リオネルはわらわの疑問に答えようとはせず、代わりに別のことを言い出した。


「……そうだな。ならば取引をしよう」


〈取引だと?〉


「そうだ。元老院の議員どもは、汝ら護衛の存在を快く思っていない。ゆえに汝らはこれから様々な妨害を受けるだろう。……すでに心当たりがあるのではないか?」


「……さっきの元老院衛士団の連中だな。だが、あなたは元老院議長でもあるんだろう? 衛士団はあなたの支配下にあるんじゃないのか?」


「元老院は評議制の機関だ。わたしは絶対の支配者ではない」


 エリオットの問いに答えたリオネルは、神像の台座のうえに立ち上がり、両手を広げて言葉を続ける。


「だが、取引に応じるならば、今後はわたしが『元老院の長』としても、汝らに可能な限りの待遇を約束しよう」


〈取引とはどういう意味だ? 貴様はさっき、わらわたちに用はないと言ったはずだが?〉


「否、シリル・マギウス・ティアルーンには、だ。……ルシア・トライハイトには、用が──というより聞きたいことがある」


 ルシアに聞きたいことだと? その場にいる全員が、思わずルシアの方を振り向くと、彼は呆けたような顔でリオネルを──いや、奴の後方にある神像を見つめていた。 

 わらわが訝しく思っていると、シリルがさりげなく口元に手を当てる。風糸を人前で使う時、不自然に見えないようにするための姿勢だ。


〈……アリシア? リオネルの意図がつかめる?〉


 シリルからの呼びかけに、アリシアが首を振る。


〈ごめんなさい。あの人、まったく見えないの。ヴァリスみたいに感情だけが見えないんじゃなくて、まるで何かに邪魔されているみたいに……〉


〈そう、流石は神官長というわけね。いずれにしても、相手の狙いが分からない以上、こんな取引には乗るべきじゃないわ〉


 『絆の指輪』による全員への呼びかけに一同は頷きを返すが、一人だけ首を振る者がいた。ルシアである。


〈あいつが聞きたいことなら想像がついてるよ。……俺も、はっきりさせたいことがある。だから悪い、ここは乗ってくれないか?〉


 想像がついている──か。ルシアの様子が少しおかしいのは、それと関係があるのだろうか?


「うーん、まあ、いいんじゃないか? ここで拒否したとしても、足元が曖昧な状態が続くだけでかえって良くないと思う。リオネルさんとやらが罠を張ろうが嘘偽りを語ろうが、わたしたちがそれに惑わされなければいい。そういうことだろう?」


 いつもならルシアが言いだしそうな気楽な言葉を、風糸を介することなく口にしたのはエイミアだ。明らかにリオネルに聞かせることを狙っての言葉に、他の皆は苦笑せざるを得ない。


「僕もそう思います。実害を加えようとするような罠があるとしても、力づくで打ち破ればいいだけですしね」


「うむ。そのとおりだ。元老院衛士団全軍を相手取るならともかく、この場を脱するくらい、今の我らなら容易だろう」


「うう、二人とも始まる前から物騒なことを言わないでください……」


 頷きあうエリオットとヴァリスの二人に、シャルが溜め息をついていた。


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