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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第9章 天使と悪魔の舞踏会
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幕 間 その16 とある国王の改心

     -とある国王の改心-


 シリルたち一行が『魔導都市アストラル』に渡ってから、四日後のことだった。

 崩壊した謁見の間の修復や半数以下にまで激減した魔導騎士団の再編、その他もろもろの雑事に追われるなか、一階に設けられた即席の謁見の間に、来客が現れた。


「ご機嫌麗しゅうございます。国王陛下」


 その女はそう言って優雅に一礼して見せる。羽飾りのついた白装束はきらびやかではあるが、今の余には死刑執行人の制服のようにしか見えない。

 かつての謁見の間でこの女が振るった力を見れば、抵抗など意味があるまい。むろん、そうでなくともそんな気は全く失せていたが。


「随分と早かったな。余の後任の王を決めるのは、そんなに簡単だったか?」


 せめてこの程度の皮肉は言っておいてやろう。そう思っての言葉だったが、相手の口から出た言葉は、予想の斜め上を行くものだった。


「いいえ、陛下。貴方は、唯一この王国の正統なる支配者の権利をお持ちの方です。後任などあり得ません」


「なんだと?」


 相変わらず無表情なこの女、ルシエラの考えていることはわからない。だが、この女が『セントラル』の元老院の遣いとして来ている以上、その言葉は元老院の意志でもあるはずだ。


「このたびの事件はまことに遺憾でございます。よもや宮廷魔術師長をはじめ、主要な王国の幹部の皆様が軒並み『パラダイム』の精神支配にさらされてしまおうとは。多くの方々が犠牲になったことに、元老院も大層心を痛めています」


 その『犠牲』の大半を殺した連中が、よく言うものだ。だが、ということはつまり、余の反逆を不問に付す──そういうことなのか?


「元老院としても、このような事態が二度と起こらぬよう、手を打つこととしました。エージェントやギルド本部の人間では、『魔族』である『パラダイム』の策謀に対抗する手段がないというのは一つの反省点です。そこで、元老院はこちらに『魔族』の執政官を置くことといたしました」


「執政官だと?」


「はい」


 ルシエラは言いながら、傍らの人物を指し示す。無論、ヴァルナガンではない。ここに来るには、奴は城の人間を殺し過ぎている。ルシエラもそれは同じはずだが、暴力的に破壊をまき散らした奴の陰で、機械的に実行された彼女の行為は人々の記憶に残りにくかったようだ。……それすらも、計算の内だったのかもしれないが。


 そこで、それまで無言でルシエラの隣に立ち尽くしていた人物が、初めて口を開いた。


「初めまして、レオグラフト国王。私はこのたび『セントラル』より派遣されることとなった執政官のノエル・グレイルフォール。以後、よろしく頼む」


 女性にしては短めの、『魔族』特有の黒い髪。無数の【魔装兵器】らしきものを身に着けた男装の麗人は、これまでに出会った『魔族』と同様、王である余への敬意など微塵も感じさせない口調で挨拶してくる。


「わたくしの役目はここまでです。これで失礼いたします」


 きわめて事務的な口調でそう言うと、ルシエラは一礼して部屋を退出していこうとする。


「ルシエラ。ご苦労様」


 ノエルから労いの言葉をかけられたルシエラは、不思議そうな顔をして彼女を見る。しかし、結局は何も言わず、改めて軽く一礼すると、そのまま謁見の間を後にした。


 この場に残されたのは、余とノエルの二人だけだ。あらかじめ、人払いは済ませてある。今回は正真正銘、護衛もなしだ。ルシエラが相手では、そんなものは無意味だったろう。


「さて、レオグラフトさん。本題に入ろうか?」


「なに?」


 ルシエラがいなくなった途端、ノエルの口調が先ほどよりも砕けたものに変化した。敬意が感じられないのは相変わらずだが、距離感のようなものがなくなっている。


「まったく驚いたよ。まさか『パラダイム』の手がこんなところにまで及んでいるとはね。まあ、おかげで『執政官』の話もスムーズに進んだのだし、結果オーライかな?」


 意味不明な言葉だ。だが、彼女はこちらの疑問になど、まるで取り合うつもりがないらしく、立て板に水の勢いで話し続ける。


「まず、君が不問に付されたのは、僕が手を回したと言うのもあるけれど、何よりシリルたちが『アストラル』で君に不利になるようなことを言わなかったからだよ。だから君は、彼女たちに感謝する必要があるね」


「……」


 彼女たち、か。確かあのエイミアも、シリルの仲間であり、戦友にして親友だと言っていたか。ならば案外、彼女が余を庇ってくれたのかもしれない。別れ際の彼女の言葉からすれば、その可能性もなくはない。余は無意識に、あのとき彼女に指で弾かれた額へと手を当てる。


「……感謝してどうしろと?」


 このノエルという『魔族』の狙いが不明である以上、迂闊な発言は避けるべきだろう。余はそう判断した。


「そんなに警戒しなくていいよ。僕は、君の味方だ。……君がシリルの味方でいてくれるなら、の話だけどね」


 なんだ? この『魔族』らしくない物言いは? 普段から『最高傑作』と呼び慣わしている通り、シリルは彼らにとって道具でしかないはずだ。


「何が言いたいか、わからないって顔をしているね? でも、簡単なことだよ。僕は元老院なんて、どうでもいいんだ。僕にとって大切なのはシリルだけさ。だから、君にも元老院じゃなく、シリルの味方になってほしい」


 予想もできなかったノエルの言葉は、しかし、願ってもない話だった。

 唯々諾々と元老院に従い続けるより、『彼女』とその仲間であるシリルたちに協力する方が、遥かにましというものだろう。


 それから、余は城内に執政官室を設け、ノエルをそこに常駐させることとした。家臣たちの中には、再び余が『魔族』に平伏すようになったと陰口をたたく者もいるらしいが、それは構わない。彼等とて、元老院のエージェントの恐ろしさは身に沁みてわかっているはずである。その恐ろしさに余が従っているのだと誤解してくれるならそれでよい。


 ノエルが着任した翌日、早速余は一番気になっていた問題について相談を持ちかけたのだが……


「騎士団長と副団長のこと? ああ、それならもう解決済みだよ。体内に入っていた【生体魔装兵器】『ヴィネバの黒酒』なら、きっちり洗浄しておいたからね」


「……なんだと? いつの間に?」


「ついさっき。『パラダイム』が良く使う手なんだよ。『ルギュオ・ヴァレスト』の時も、七年前の『訓練施設侵入事件』の時も似たような仕掛けを使っていたし、僕としては最初に調べておくべきことさ」


 こちらの知らない単語をわざわざ口にするノエルには、相変わらず国王への敬意など微塵も見受けられない。


「……そうか。その『黒酒』とやらであの三人が操られていたのだな?」


 余は自分の声が弾むのを抑えることができなかった。


 忠臣だったはずの彼らが、まるで『パラダイム』の代弁者であるかのような発言を始めた時のことを思い出す。それが一人だったなら、まだ良かった。だが、時を変え、場所を変え、言い様さえも変えながら、三人が三人ともに『おかしく』なったのだ。


 誰にも頼ることのできなかった日々の中、無理矢理に誤魔化してきた不安と恐怖は、『ラディス』が余を操り人形とするための舞台を作り上げてきた。今なら、それがわかる。──わかってもなお、切っても切れなかった操りの糸。それが、ようやく切れようとしているのだろうか?


「あの【魔装兵器】はいわば『薬』だよ。集中力を鈍らせ、判断力を低下させる。思い込みを促進して、不安や苛立ちを増幅させる。本人も知らぬ間に、少しずつ人の心を歪ませる」


 いたって平坦なノエルの言葉に、余は強い衝撃を受けた。では彼らは、本当に操られていたのではなく、心の均衡を狂わされていただけなのだろうか? たったそれだけで、示し合わせたようにあんな言動を繰り返すものなのか?


「もちろん、それだけじゃない。『黒酒』は高濃度で使われると、対象者に二重人格のような状態を生み出すこともできる。結果として生まれた未成熟な第二人格部分を利用して、城内に仕掛けた【魔装兵器】で催眠誘導でもしたんだろう。──その方がより『自然に見える』からね」


「『パラダイム』め……」


「さすがは『ラディス・ゼメイオン』といったところかな? 君はアレを指して『道化師』と表現したけれど、『道化を操る存在』としてその言葉を捉えるならば、まさに正解かもしれない」


「余こそが、道化だったわけか……」


 ノエルによれば、『ラディス・ゼメイオン』は、『パラダイム』の中でも要注意人物の一人として、『セントラル』に認識されているらしい。しかし、その名は数百年も前から歴史に登場しており、そもそも一個人を指す名前ではないのかもしれないそうだ。


「──世襲制の名前、なのかもしれないね」


 ノエルはそんな推測を口にしたが、あの『ラディス』の不気味さを思えば、数百年を生きる化け物だと言われたところで納得できない話ではない。余は、つくづく関わる相手を間違えたのだと、ここで改めて痛感したのだった。

 

 ──それから、さらに翌日。同じく執政官執務室にて。


「これで大体、城内の【魔導装置】やその補助用の【魔法具】の類は残さず除去できたかな。やっぱり精神操作系の【魔装兵器】が多かったけど」


「ああ。まさか、あれほどまでに様々な仕掛けが施されていたとはな」


「仕方がないよ。『ラディス』は徹底した隠蔽を施していた。シリルの【オリジナルスキル】“魔王の百眼”でさえ、完全には見抜けなかったらしいし、僕だって自分の知識を総動員させてどうにか発見できたぐらいだしね」


「……やはり、シリルたちとは連絡を取り合っているのか?」


「連絡を取り合って、か。ああ、うん。そうだね。まあ、そんなところかな?」


 なんとなく歯切れの悪い物言いだが、あえて詮索はしない。深入りをするには危険すぎる相手だというのもあるが、触れられたくないことに触れる必要もないだろう。


「そうそう、エイミアだっけ? 彼女も元気そうだよ」


「……なぜ、そんなことをわざわざ言う?」


「あれ? 知りたくなかった?」


 ……余計な気遣いなどするのではなかった。意地悪そうな笑みを浮かべるノエルに対し、余は渋面を浮かべて黙り込む。


「ごめん。冗談だよ。それより、頼んでおいたものの準備はできているかな?」


「無論だ。まだ時間はかかるだろうが、遠からず実現できるだろう。……相変わらずのギルドの技術力には、宮廷魔術師どもも目を丸くしていたがな」


「正確には『魔族』の技術なんだけどね。いずれにしても、事を秘密裏に運ぶには、どうしてもあれが不可欠だ。向こうに入っちゃえばともかく、ギルドを通じて行かせるわけにはいかないからね」


「だが、何の意味があるのだ? 『北』に何がある?」


「それは聞かない約束だよ」


 ノエルは、いつもそんなことを言っては肝心なことをはぐらかす。何がどうあれ、結局のところ、主導権は常に相手に握られているということだ。余にとっては不愉快極まりない話だが、それでも彼女に従うことで『セントラル』の裏をかいてやれるのだとすれば、この程度のことは我慢するべきだろう。


「……お前と接するようになって、これまで感じていた『魔族』の脅威とは何だったのかと思うことが多くなってきたな」


 余は思わず溜め息をつく。肝心なことは教えてもらえないものの、それでもノエルからは『魔族』に関することを色々と聞かされている。中でも驚いたのは、あれだけ高度な魔導技術を持つ『魔族』が、自身では道具に頼らない限り、一切【魔法】を使うことができないという点だ。ある意味では、人間にすら劣ると言えよう。


「そうかい? じゃあ、僕のことなんて怖くもなんともなくなっただろう? もう少し警戒を解いてくれても良さそうなんだけどな?」


「お前自身は例外だ」


 ノエルに関して言えば、接すれば接するほど底が知れなくなっていく。

 彼女は、外交慣れした文官どもが舌を巻くほどの高い対人折衝能力に加え、無数の密偵を有する余ですら足元にも及ばないレベルの情報網まで有している。『魔族』の間でも屈指の【魔導装置】製作者なのだということだが、他にどんな切り札を持っているかもわからない。


「うーん。君とは馴れ合いをするつもりはないし、それくらいが丁度良いのかな」


「……疑問に思っていたことがある」


「なんだい?」


「そもそも、お前のような若者が、なぜ執政官などになれたのだ?」


「ああ、僕が進言したからというのもあるけれど、そもそも他になり手がいなかったんだよ。特に身分の高い『魔族』は、人間に直に接触するような仕事を名誉あるものと思わない傾向があるからね。実際、ギルド本部と接触している『魔族』も、どちらかと言えば下っ端の連中なんだ」


「……なら、この執政官という役割も、『魔族』の中では重要視されていないということなのか?」


「うん、取るに足りないものだね」


 信じられない。ギルド本部を城下に抱える国家を事実上、監視・支配可能な地位を指して、『取るに足りない』だと?


「そう怖い顔をしないでほしい。僕の心臓によくないよ」


「よくも抜け抜けと……」


「『魔族』は傲慢なんだよ──特に上層部の連中はね。いまだに人間を下等な弱い存在だと思っている。まあ、本当は『認めたくない』というのが正解かな? 少なくとも『混沌の種子』による撹乱の影響もあってか、人間たちの【スキル】自体は、シリルじゃなくても『古代魔族』に匹敵するレベルにまで達している場合もあるというのにね」


「傲慢……か。耳が痛いな。だが、それこそがつけ入る隙というわけか」


「そのとおり。でも……耳が痛い? 君は最初から謙虚だったじゃないか」


 ノエルが不思議そうに首を傾げるが、どうせ皮肉だろう。余は取り合わないことにした。


「いや? 本当にそう思っているよ。事前に聞いていた話から推測する限りじゃ、君は傲慢で、他人の意見なんて歯牙にもかけないタイプの王様なんだとばかり思っていたのに、全く予想外だったんだからね」


「言いたい放題言ってくれる」


「そうかな? まあ、それでも、僕は君という『人間』には十分に敬意を払っているつもりだよ」


 ──人間には、か。まるですべてを見透かしたかのような物言いをしてくる。


 マギスディバイン国王という地位は、覇者としての誇りと奴隷としての惨めさを、同時に味わう道化のようなものだ。余を敬ったふりをしつつ、心の中では『所詮は魔族の傀儡よ』と笑う者どもの存在に対し、余は絶対者として傲慢に振る舞うことで、どうにか精神の均衡を保っていたと言ってよい。


 だから余にとって、他人から国王としてではなく一人の人間として見られることなど、あの時、『彼女』──エイミアに会うまでは皆無に等しかった。逆に言えば、あの時まで、余は他人のことを独立した人格を持つ人間として考えたことなどなかったのだろう。

 自分が人間扱いされて初めて、自分が他人を人間扱いしてこなかったことに気付くとは何とも皮肉なものだが、その『気付き』があったからこそ、今の自分があるのかもしれない。


 そんなことを考えていると、ノエルが苦笑気味に言葉を続けてくる。


「実際、君をどう口説き落とすかが難題だと思っていたぐらいだし。……場合によってはこの『身体』を使おうかと思ったんだけどね」


『身体』を使うだと?


「余は、色仕掛けなどで籠絡されるように見えるか?」


「うん、見えるよ。……おっと! 危ないなあ。いやいや君、何を剣の柄に手をかけたりしているんだい? こんなところで鍔鳴りの音なんて響かせるものじゃないよ。──わかった、冗談、冗談だよ。今にも切り殺しそうな目で僕を見るなんて、ひどいじゃないか。……まあ、少なくとも色仕掛けって意味で言ったわけじゃない。別の意味さ」


「別の意味だと?」


 余はしぶしぶ『魔剣ギリアム』から手を離した。今度くだらないことを言ったなら、問答無用で切り捨ててやろうと心に誓いながら。


「怖い怖い。でも、どんな意味かは聞いても無駄だよ。教えないから。まあ……こうして生きて、向かい合って話ができる。それだけでもよしとするべきじゃないかな?」


 ……どうやら、余は自らが改心したおかげで、『今の自分がある』どころか、知らず知らずのうちに命拾いしていたらしい。


「ああ、そんなに怖がらなくてもいい。僕はあの子に関すること以外では、実に人畜無害な奴なんだから」


 そう言いながらノエルが秀麗な顔に浮かべた笑みは、『人畜無害』という言葉の意味を取り違えているのではないかと首をかしげたくなるほど、危険極まりないものだった。


 明日に本章の登場人物紹介、その4日後に第10章の最初の話を更新する予定です。


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