第88話 聖女の説教/手酷い嫌がらせ
-聖女の説教-
僕とエイミアさんは、王城マギスレギアの一階にある来賓室のひとつにいた。
残念ながら、二人きりというわけではない。部屋には僕たち二人の他に、人質として同行させてきた国王レオグラフトがいた。
ただ、「残念ながら」とは言ったものの、今の僕の心境としては、彼のような存在でもいないよりはいてくれた方が良い。……そんな気分だった。
「…………」
ち、沈黙が辛い。どうにか追手を振り切ってこの部屋に隠れること、数分。エイミアさんは怖い顔をして僕を見つめたまま、一言も口を利いてくれない。
僕が先走って国王を殺そうとしたことを咎めているのだろうか? でも、あんな卑劣な【結界】なんかでエイミアさんを苦しめたりするような奴、生かしておいても仕方がないと思うのだけれど。
「…………」
いや、あの、……そろそろ一言ぐらい話してもらえないでしょうか?
僕はそれまで意図的に目を逸らしていたエイミアさんの方へ、恐る恐る視線を向けてみる。
ジロリ──と、切れ長の瞳から放たれる鋭い眼光。
うう! 文字通り射抜かれている気分だ。僕は慌てて視線を背けた。
「……今からでも遅くはない。余に従い、余の手足となって世界を正しく導くことこそ、貴様らのような力あるものの役割だと、何故気づかん」
まったく、この王様はこの期に及んで随分と偉そうな口を利く。武器を奪われ、手足を拘束されてなお、王としての威厳を忘れないのは立派かもしれないが、僕から見れば馬鹿馬鹿しい限りだ。
とはいえ、ようやくこれで何らかの会話のきっかけができるかもしれない。そう思い、僕が口を開きかけた時だった。
それまで来賓室のテーブルに足を組んで腰かけていたエイミアさん(そういう行儀の悪い恰好をしていても何故か絵になる人だ)が先に答えを口にする。
「陛下。わたしたちは冒険者です。あなたのおっしゃるような、世界を導くなどという大それた話にはついていけません」
こんな奴に敬語なんて使う必要ないのに。けれど、レオグラフトはエイミアさんの丁重な言葉遣いに少しだけ気分を良くしたようだ。
「だが、貴様は田舎の一小国とはいえ、一国の騎士団長だったのだろう? ならば民を導くことの何たるかはわかるはずだ。だからこそ、そこの若造の弑逆を止め、余を助けたのではないか?」
こいつ、頭がおかしいんじゃないのか? よくも、そこまで自分に都合のいい解釈ができるものだ。ほら、エイミアさんも呆れているじゃないか。
って、あれ? 何故か僕の方を見ているような……。
「エリオット。どうしてわたしが君を止めたか、わかっているか?」
鋭く、凛とした厳しい声。でも、直接声をかけられた以上、向き合わないわけにはいかない。僕は、勇気を振り絞って彼女の方を見た。湖水の輝きを宿す青い瞳と目が合ってしまい、心臓が止まりそうなほどの緊張感が僕を襲う。
「も、もちろんです。仮にも一国の王たるものを殺したりすれば、僕たちは完全にお尋ね者です。今後のことを考えれば、実に馬鹿なことをしたものと反省しています」
必死に頭の中で文章を構成し、しっかりと反省の言葉を口にする。僕は一息に言い終えた息継ぎをする間もなく、彼女の顔を窺った。
すると、どうだろう。彼女は厳しかった表情を緩めると、やれやれと言った顔で息を吐いた。よかった。どうにか許してもらえたみたいだ。
「エリオット。こっちに来なさい」
「え?」
エイミアさんはテーブルに腰かけたまま、僕を手招きする。なんだろう? 僕はいぶかしく思いながらも、吸い寄せられるようにエイミアさんに近づいていく。
「よし、そこでストップ。──ああ、君は随分背が高くなったな。少し屈んでくれないか?」
「こ、こうですか?」
い、いったいどういうことなんだ? 何が始まろうとしている?
僕は、混乱の極致にあった。
なぜなら、たった今、僕の目の前にはエイミアさんの胸があるのだ。
屈んだせいでさらに距離が近くなったため、騎士服の上からでもわかる確かな膨らみを、嫌でも意識してしまう。……もちろん全然、いやじゃないけれど。
〈みなぎる力、戦士は揺るぎなき信念とともに〉
《戦士の剛腕》
ん? 今のは強化系の【生命魔法】じゃないか?
「えい」
「いっ!? たあ!!」
その一撃に、僕は上半身をのけぞらせて後ろに倒れこんだ。額の辺りがズキズキする。
い、一体何が? 起き上がった僕の目に映ったのは、テーブルに足を組んで腰かけたまま、掌を下に向けて手を伸ばし、僕を見下ろすエイミアさんの姿だった。──額を指で、弾かれた?
「全っ然!! わかってないじゃないか、君は!」
「ふええ!?」
エイミアさんの怒号に、思わず僕は情けない悲鳴を上げてしまった。すごい形相だ。頭の後ろでくくった蒼い髪が、怒髪天を突くかのごとく逆立っているような気がする……。
「いいか? 彼が国王だろうが平民だろうが関係ない。君は、『なに』を殺そうとしたと思っているんだ?」
「え? 何をって……?」
「『人間』をだ!! モンスターを殺すのとはわけが違うんだぞ? わたしはそのことを、ちゃんと君に教えたはずじゃないか!」
え? え? 何を言い出すんだろう、エイミアさんは。僕だって、そんなことぐらいわかっている。人間とモンスターが違うことぐらいわかっていて、それでもなお、許せないと思ったからこそ殺そうと思ったんだ。
僕がしどろもどろにそう言うと、エイミアさんは勢いよくテーブルから飛び降り、尻餅をついた僕の前に屈みこむと、がしっと頭を片手で抑えるようにして僕の顔を覗き込んだ。
うう、顔が! 顔が近いです、エイミアさん! でも、彼女の瞳は真剣そのものだ。
「……君はあのとき、『わたしを傷つける奴は許さない』と言ったな?」
「ええ、言いました」
少し気恥ずかしいけれど、紛れもない僕の本心だ。否定するようなことはしない。
「──はっきり言って、迷惑だ」
え?……今、なんて? 僕は奈落の底に突き落とされたような気持ちになった。迷惑?
僕のことが、迷惑? エイミアさんには、僕なんて必要なくて、それどころか僕には彼女の隣に立つ資格そのものがないのだろうか……。
「……そんな顔をするな。君がわたしを大事に思ってくれる気持ちは嬉しい。でも、わたしはわたしの信じるもののために戦う。そのためになら、傷つくことなんて厭わない。──なのに君は、わたしの意志を、信念を、想いの結果を、よりにもよって君の『人殺し』の理由に使うというのか?」
「あ、いえ、ち、違います! 僕はそんなつもりじゃ……」
僕は首を振って必死に否定する。
……そうだった。彼女は、戦うひとなんだ。彼女の傷は彼女自身のものであり、他の誰のものでもない。なのに僕は、それを『自分のもの』のように扱おうとしていた。
なんて、傲慢さだ。人のことなんて言えないじゃないか。
「ご、ごめんなさい……」
他に言葉が出ない。ふと気が付くと、うつむく僕の頭を掴んでいた手の力が抜け、わしゃわしゃと髪を掻き回すように頭を撫でてくれるのがわかった。
「もう……いいよ。迷惑と言ったのは、ただの方便だ。わたしのことは、どうでもいい。わたしは君に、誰かに自分を押し付ける、そんな人間になってほしくないだけだからね」
やっぱり僕は、まだまだだな。エイミアさんの笑顔に見とれながら、僕はしみじみと自分の未熟さを痛感する。
「余の言葉を無視した挙句、随分な茶番劇を見せつけてくれるものだな」
和みかけた雰囲気に、水を差すような言葉を吐くレオグラフト。やっぱりこいつ、殺してしまおうか?
「いいえ、陛下。今の話は貴方にも聞いてほしかったのです。貴方は『世界を導く』などと言いながら、その実『世界に生きる人々』を見ていない。自分の理想を他人に押し付け、自己満足に浸っている。それが王たる者の姿とは思えません」
「……言うではないか。ならば貴様は、『魔族』どもに牛耳られ、人間たちが実験台のように扱われるこの世界の在り方が、正しいとでもいうつもりか? 余がやらねばならんのだ。他の者に何ができる!」
どこまでも傲慢な言葉を吐き続けるレオグラフト。
さあ、エイミアさんは、何と言って彼をやり込めてくれるのだろうか? 僕は期待しつつ、彼女が続けるであろう、次の言葉を待った。
彼女は僕の前からゆっくりと立ち上がり、縛られたまま椅子に腰かけている国王に近づいていく。
そして、ゆっくりと手を伸ばし──
「つあ!」
……えーと、エイミアさん? 仮にも一国の国王に『デコピン』を喰らわせるのは、いかがなものでしょうか?
「……!」
レオグラフトは恥辱のあまり顔を真っ赤にしているが、ぱくぱくと口を開け閉めしているだけで言葉も出ないようだ。
「いい加減にしろ。君一人で何ができる? だいたい、人の助けを借りようというのに、頼み方がなっていないだろう。初対面の相手に配下になれとか手足となれとか……君は、馬鹿なのか?」
「ば、馬鹿だと? き、貴様……」
そういえば、この国王。シリルにも「馬鹿じゃない?」なんて言われてたな。
そう思えば少しだけ、彼が気の毒になってくる。
「みんなが少しでも幸せになれる方法があるのなら、わたしたちだって協力するさ。そんなの、当たり前だろう? なのに、導くだのなんだのと御大層な言葉ばかりを使っていたら、誰もついていけないぞ?」
言いながらエイミアさんは、腰の鞘から抜いた小太刀で彼の拘束を切り解いた。
「あれ? いいんですか?」
「エリオット。わたしと君がこの程度の状況から脱するのに、人質なんかが必要か?」
呆気にとられる僕とレオグラフトの前で、蒼い髪の聖女は自信に満ちた笑みを浮かべた。
-手酷い嫌がらせ-
「ま、待て! まさか貴様ら、余を解放すると言うのか?」
「聞こえなかったかな? そう言ったつもりだ」
国王陛下は、信じられないといった顔でわたしを見た。実際、これ以上時間を無駄にはできない。シリルたちがどうなっているかも心配だ。
「人質にするつもりがないなら、何故殺さない?」
「わたしは意味もなく、『人間』を殺したりはしないよ。それに、やり方に問題があるとはいえ、世界の在り方に疑問を持ち、それを正そうと考えた貴方のその志までをも否定するつもりはない」
「……」
わたしの言葉に沈黙する国王陛下。
「さて、まずは状況の確認だな。『風糸の指輪』で連絡を取ってみるか」
「でも、向こうが戦闘中だと集中を乱す恐れがありますけど……」
「アリシアなら問題ないさ」
わたしはエリオットの言葉にそう返すと、『指輪』を口元に近づけ、アリシアへと呼びかける。すると、すぐに返答があった。
〈あ、エイミアさんだ! よかった。無事だったんだ。……シリルちゃん、エイミアさんたち、無事だったみたい!〉
どうやら向こうは戦闘中ではないみたいだ。とはいえ、『指輪』越しに感じる声は何やら焦っているようにも思える。
〈こちらは現在、来賓室の一室に隠れているところだ。そちらの状況を教えてくれないか?〉
わたしは急いだ方がよさそうだと判断し、手短に話を進めることにした。
〈えっと、実はね……〉
アリシアから聞かされた話は、確かに急を要する事態を示すものだった。ラディス・ゼメイオンという『魔族』の存在、そして【人造魔神】の起動。それが如何なるものかは不明だが、『魔神オルガスト』の恐ろしさを知るわたしからすれば、『魔神』と名のつくものを警戒しないわけにはいかない。
〈それで、ルシアくんがフェイルのところに一人で残るって言い出してて……でも、あんな危ない奴が相手じゃ危険だし……〉
アリシアの言葉は歯切れが悪いが、どうやらそのことでルシアと皆の意見が割れているようだ。確かに、あのフェイルという男、何をしてくるかわからない雰囲気はある。
〈よし、シリル〉
〈エイミア? どうしたの?〉
突然、呼びかけの相手を変えたからか、シリルは驚いたように聞き返してきた。
〈あの男が自在に気配を消したり、空間を渡ったりできるというなら、誰かが奴の足止めをする必要はあるんじゃないか?〉
〈わかってるわ。でも別に一人でやる必要はないでしょう? フェイルが一対一だなんて約束を守るとも思えないし、わたしも一緒に残った方が……〉
すると別の声が割り込んでくる。シリルの『絆の指輪』に対して、中継の割り込みをかけてきたルシアのものだ。
〈相手は【人造魔神】になるかもしれないんだろう? 一人でも多く向かった方がいい。……それに、約束違反にはもっと手酷い嫌がらせをしてくるタイプだぜ、あいつは〉
〈……同感だ〉
〈エイミアまで! ルシアの命がかかってるのよ? 少しでも安全な方法を考えないと!〉
〈落ち着け、シリル。そのまま大人しく中庭に行って、ルシアを一人残せば約束は成立だろう? その後、わたしたちがルシアの助けに入る。それでどうだ?〉
〈え? で、でも、そんな詐欺みたいなこと……〉
〈いつも一方的に騙されてばかりじゃ、つまらないだろう? まあ、本当に一対一の勝負なら、危なくなるまで手出しは控えるさ〉
努めて明るくわたしがそう言うと、シリルが笑う気配があった。どうにか安心してくれたようだ。それから、とりあえずの詳細を打ち合わせてから通信を終えた。
「どうでした? エイミアさん」
「ああ、大体の状況は掴めた。わたしたちのするべきこともな」
エリオットに先ほど聞いた状況を説明すると、早速部屋を出ることにした。まず、中庭へのルートを確保する必要がある。
「ま、待て、貴様ら」
部屋を出ようとするわたしたちに、後ろから声がかかる。
「なんだよ、まだ何か用か?」
「こら、エリオット。乱暴な口を利くんじゃない」
わたしは不機嫌そうなエリオットをたしなめつつ、国王陛下へと向き直る。
「なんでしょうか? あまり時間はないのですが」
「……貴様らは、あの『エージェント』どもと同じ『セントラル』の手の者ではないのか? 元老院の命を受け、『銀の魔女』を監視・護衛しているものと考えていたが……」
なるほど、確かに彼にしてみれば、ヴァルナガンやルシエラと同じ冒険者であるわたしたちを、そんなふうに誤解してしまっても無理はないか。
「わたしたちはシリルの『仲間』です。どんな時も決して裏切らない、戦友であり親友です。貴方の考えているようなものとは違いますよ」
「……そうか。貴様らが『魔族』の側ならば黙っているつもりだったが……ならば忠告しよう。先ほどの話に出ていた、ラディス・ゼメイオン──奴には気をつけろ」
「どういう意味です?」
わたしは国王陛下の言葉に聞き逃せないものを感じて、訊き返す。シリルの話を聞く限り、ラディスとやらは『特別参謀』などという大層な役職の割には、そんな忠告に値するほど大した存在ではないと思うのだが……。
「今の余には、味方と言える人間はいない。……宮廷魔術師長レイフ、騎士団長ロデリック、副団長ヴェルフィン。みな元々、余と共に戦場を駆けた戦友たちだ。が、彼らはいつからか、『おかしく』なった」
「おかしくなった? ……操られていることに気付いた、と言う意味ですか?」
ヴェルフィンが操られていたとの話は聞いた。だが、しかし──
「違う。操られていたのは、彼らではない」
国王陛下は頭を振った。
「『操り人形』──それはむしろ、余のことだろう。アレは本当の意味で『人を操る』のに、【魔導装置】など使わない。己で選んだはずの選択肢は選ばされたものに過ぎず、己の信念ですら信じ込まされたものに過ぎない。どこまでが自分の意志で、どこからがアレの意図なのか、それすらもわからない。巧妙に張り巡らされた糸に、余は踊らされ続けてきた……」
国王陛下の顔には、深い苦悩が刻まれている。
「誰かが『おかしい』時は、他の者は正常だった。ゆえに余は、それを気のせいだと思いたかった。──楽な方へと流れる思考。それこそがアレの思惑通りだと言うのにな。……気付いた時には手遅れだった。だから、奴らの恐れる『銀の魔女』を手に入れることで、状況を打開できないかとも考えたのだが……」
シリルを配下にしたいという言葉の裏には、そんな考えがあったようだ。まったく、それならそれで、この王様もちゃんと言えば良いものを。
──だが、そんな王の思考や行動すらも、ラディスとやらの手の内だったとしたら?
「間違えるな。──アレは策士ではなく、『道化師』なのだ」
「道化師、ですか?」
「外見に騙されるな。言葉に騙されるな。事実に騙されるな。そして何より……感情に、己の心に騙されるな。迷いも油断も警戒すらも、アレにとっては格好の餌食でしかない。貴様らがアレと対峙するつもりなら、それだけは忘れるな」
「……まさか、貴方からそんな忠告をいただけるとは思いませんでした」
「……」
国王陛下は、ばつが悪そうに顔をうつむかせた。この王様は少しばかり傲慢だが、悪い人間ではなさそうだ。
「ああ、もう、エイミアさん! 早く行きましょう!」
再び声を張り上げるエリオット。なぜだか機嫌がどんどん悪くなっているような?
確かに彼の言うとおり、ゆっくりしてもいられない。わたしたちは部屋を飛び出すと、城の中庭に向かって走り始めた。
先ほどの国王陛下の忠告は、気になるところではある。だが、考えてみればアリシアがいる以上、『騙される』なんてことはないだろう。わたしはこの時、そんな風に思ったばかりに、シリルたちに再度連絡を取ることを怠ってしまった。
「貴様ら! 陛下はどこだ!」
途中、魔導騎士たちの一団に遭遇したが、まともに相手をしてやる暇はない。
「エリオット! 強行突破だ!」
「はい!」
騎士たちは各々が手にした【魔法剣】を構え、その先端に構築した【魔法陣】から初級魔法、中級魔法を次々と放ってくる。
しかし、エリオットが手にした『魔槍』を振りかざすと、“狂鳴音叉”によって効果を狂わされた火球は騎士たちに向かって火線を伸ばし、次々と飛来する石槍も細かい砂へと姿を変えて散っていく。
〈みなぎる力、戦士は揺るぎなき信念とともに〉
《戦士の剛腕》
わたしは強化系の【生命魔法】で腕力を強化すると、グレゴリオから託された灰色の小太刀『乾坤一擲』を抜き放ち、なおも散発的に飛んでくる初級魔法を打ち払いながら騎士たちへと肉薄する。
「【魔法】が!?」
「そんな馬鹿な!」
『乾坤一擲』の素材である『乾坤霊石』には、地水風火の四属性に強い耐性がある。わたしは、一番手前の騎士に向けて正面から小太刀を振り下ろした。
「ぐあ!」
わたしの攻撃に反応し、【魔法剣】を防御のために掲げた騎士の顔が驚愕に染まる。
強化した腕力で真上から振り下ろされた超重量級の小太刀は、生半可な武器で耐えきれる威力ではない。その一撃は【魔法剣】をあっさりと打ち砕き、騎士の頭をかすめて肩口に直撃する。鎧の上から骨まで浸透する衝撃に崩れ落ちる騎士を払いのけ、わたしはさらに前進した。
「これは、剣と言うより棍棒だな」
わたしは続く騎士に横殴りの一撃を叩きつけ、構えた楯ごと弾き飛ばす。
「死にたくなければ、そこをどけ!」
遅れて飛び込んできたエリオットは、狭い廊下での乱戦という槍使いには不利な状況などものともせず、縦横無尽に暴れまわり、次々と騎士たちを蹴散らしていく。改めて見ると彼の成長ぶりがよくわかる、すさまじい戦いぶりだった。
彼の活躍もあって、行く手を塞いでいた騎士の一団は、やがて戦線が限界を迎えたかのように散り散りに逃げ去っていく。
「よし! 中庭までもう少しだ!」
「でも、どうするんです? すぐにルシアに加勢に入りますか?」
「いや、フェイルには空間を渡る力があるらしい。すぐに介入して逃げられてしまえば、次はどこに現れるかわからないんだ。少し様子を見てからの方がいい」
「わかりました」
わたしたちはそんな会話を交わしながらも、通路壁面の扉を開ける。
王城マギスレギアは、巨大な城の中ほどに、これまた巨大な中庭を有している。
位置的には、謁見の間やその真下にある食堂よりもさらに奥にあたる場所だ。周囲を囲む廊下の扉から中に入れば、天井のない石床づくりの回廊が、青い芝生に花壇の備えつけられた美しい庭園を囲んでいる。
中には低木の類も生えていて、休憩用の屋根付きベンチまで備え付けられているところからすれば、ここもやはり城内の人間にとっては憩いの場になる場所なのだろう。
「どうやら他に人はいないみたいですね」
「まあ、謁見の間の床が崩落するような騒ぎだ。さすがに中庭でのんびり昼寝をするような奴は、いないだろうからな」
言いながら、ルシアの姿を探す。
どうやら、中央の噴水の傍で黒い全身鎧の男と対峙しているようだ。なにか会話をしているようでもあるが、ここからではよく聞こえない。とりあえず、もう少し近づいてみるか?
──と、そのとき、進もうとしたわたしの袖を引っ張る気配があった。
「エリオット?」
「エ、エイミアさん……。あ、あれ……」
エリオットが動揺を隠せない声で言いながら指差した先を見る。そこには、屋根つきのベンチの一つに腰かけたまま、すやすやと気持ちよさそうに寝息をたてる金と紅の髪の少女──セフィリアの姿があった。
「『約束違反にはもっと手酷い嫌がらせをしてくる』か。……確かにな」
一見、可愛らしい美少女が眠っているようにしか見えないが、とんでもない。
謁見の間で見せた不思議な力もさることながら、何よりその姿を視界にとらえただけで心に募る焦燥感や不安感は、とても『恐怖』の一言では片づけられない。複雑で、気持ちの悪い感覚だ。
これでわたしたちも迂闊には動けなくなった。仮に一対一が三対二になるのだとしても、敵に加わるのがこの少女である限り、それは状況の悪化以外の何物でもないだろう。