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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第9章 天使と悪魔の舞踏会
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第87話 アンプリファイア/一難去ってまた一難

     -アンプリファイア-


 落下した先の食堂から廊下へと飛び出すと、散乱した瓦礫の中で倒れている数人の騎士の姿がありました。《融解メルト》を使用した甲斐もあってか、大きな怪我はないようでした。広大な謁見の間だけあって、その真下に当たる区画は一部屋だけというわけにはいかなかったみたいです。


 特に、あの時のヴァルナガンさんから放たれた衝撃波のおかげで、わたしたちと敵との距離が開いていたのは幸運でしたが、逆にそのせいで国王様に接近していたエリオットさんとエイミアさんの姿を見失ってしまったのが問題でした。


「どうしよう、シリルお姉ちゃん」


 廊下を走りながら、わたしはシリルお姉ちゃんに問いかけました。

 崩落現場へと向かう一般兵たちは事情を知らされていないらしく、すれ違うわたしたちを驚いたように見送りはしても、追いかけてはこないことが幸いでした。


「あの二人なら心配ないわ。とにかく、城の中が混乱している間に脱出するわよ!」


「ここからなら正面の城門の方が近い!」


 わたしたちが謁見の間にいる間に城の構造を調べてくれていたルシアの言葉に従い、わたしたちは出口へ向けて走り出しました。


「よし、この先が正面玄関に続く大広間だ。……ヴァルナガンが暴れた後だ。誰もいなければいいんだけどな!」


 今度はルシアが先頭に立って進みます。そして廊下の角を曲がり切り、大広間へと飛び出した、その時でした。


「一斉射撃!」


 その言葉とともに放たれたのは無数の火球。中級魔法の《爆炎の宝珠バーストボール》です。つまり、曲がってくる前から【魔法陣】を用意していたということでしょう。


「くそ! まとめて斬り裂けるか?」


「無理よ! 『楯』に隠れて!」


 剣を構えるルシアをシリルお姉ちゃんは後ろから引っ張り、『ディ・エルバの楯』を発動させます。続いて強い衝撃。ビリビリと震える大気の振動を感じました。


「く! これはきついわね!」


 シリルお姉ちゃんが辛そうに顔をしかめています。さすがに中級クラスの魔法をこれだけたくさん当てられては、『楯』も耐えられなくなりそうです。

 そして、わたしたちの目の前で立て続けに構築を終え、輝き始める赤い【魔法陣】の数々。


「時間差で第二陣ですって!? 用意周到な真似を……」


 シリルお姉ちゃんは、ずらりと並んだ魔導騎士たちを睨みつけています。


 わたしは相手の【魔法】の発動にあわせ、とっさに『差し招く未来の霊剣エレメンタル・ブレード』を構えると、風と水の属性を同時発動させるべく、周囲の【マナ】に働きかけました。


〈風に踊り、吹き降ろす水煙の舞〉


 直後、わたしの胸元で『樹精石の首飾り』が輝きを強め、多量の霧を含んだ暴風が唸りをあげて巻き起こります。そしてそれは、そのまま迫りくる火球をまとめて消し飛ばしました。


「おのれ、ここは通さん! 我が騎士団の同胞たちの無念、ここで晴らさせてもらおう」


 そう叫んだのは、きらびやかな装飾の施された鎧を着た金髪の男の人でした。油断なく【魔法剣】を構える数人の魔導騎士たち。彼はその中でもリーダー格のようでした。この城に入った時に応対してくれた、ヴェルフィン副団長です。


「ちっくしょう、やるしかないか?」


「ルシア、みんな、時間稼ぎをお願い。……彼らを無力化するわ」


 シリルお姉ちゃんの言葉に、皆が頷きを返しました。この人たちはきっと、『パラダイム』に翻弄され、操られているだけなんです。できるだけ、死なせたくはありません。


「よくもここまで我が同胞たちを殺戮してくれたものだ。セントラルの魔族め! これ以上、貴様らの思い通りになどさせるものか!」


 怒りに満ちた鋭い視線でこちらをにらむヴェルフィンさん。こちらに向けて、見慣れない漆黒の杖を掲げています。その先には、既に白と黒の二色の【魔法陣】が構築されていました。


〈滅びを招く闇の女王、血染めの旗を振りかざす〉


染血の暗黒旗(ブラッディ・フラッグ)》!


 詠唱に合わせ、杖の先に闇が集う。

 形作られたのは、長く伸びた漆黒の柄にまとわりつく、赤黒い闇の布。


「闇属性の上級魔法……いえ、増幅されている? ……【魔鍵】の力なの?」


 シリルお姉ちゃんのつぶやきが聞こえました。やっぱりあの杖は、【魔鍵】だったようです。


「死ね!」


 天井の高い大広間。巨大化し、その場を包み込むように広がっていく闇の旗。【魔鍵】を使っているとはいえ、扱いの難しい闇魔法をこうまで見事に制御するあたり、ヴェルフィン副団長の魔法の腕はかなりのもののようでした。


 不意打ちであったことも相まって、わたしたちにはこの攻撃を防ぐすべはなさそうです。

 ──するりと前に進み出て、『剣』をふるう彼を除いては。


「な! なんだと?」


 ヴェルフィンさんの驚愕の声。ルシアによって斬り散らされ、消えていく闇の旗。

 そして、さらに──


〈グルガアアアア!〉


 続いてヴァリスさんが放った“竜の咆哮”が、次なる【魔法】を放とうとしていた魔導騎士たちの動きを凍りつかせました。


「よし、いけるわ!」


〈すべての者の影を縛れ〉


拘束する陰影(シャドウアレスト)》!


 シリルお姉ちゃんの【魔法】の発動と同時に、騎士団の人たちの足元から黒い手のようなものが出現し、その足を掴みとる。この【魔法】って、わたしが皆に初めて会った時の……


「うあ! ち、力が……?」


 体力を奪う闇の腕。それはあの時よりも強い効果を発揮しているみたいでした。


「……シャル、彼らに電撃を」


「え? あ、うん!」


〈せめぎ合う劫火の先に、束縛からの解放を……〉


超電プラズマ


 ほとばしる電撃が、騎士の人たちを打ち倒します。ただ、ヴェルフィンさんだけはどうにか意識を保っているようでした。


「ぐ、うう! おのれ……」


「さすがに大した精神力ね。……悪いけど、行かせてもらうわ」


 悔しそうに歯ぎしりするヴェルフィンさんに、シリルお姉ちゃんは申し訳なさそうな視線を向けると、皆を促して出口へ向かおうとしました。


「ぬぐ、う、うああああ!」


 と、そこへ響き渡る苦悶の叫び。


「な、なに? どうしたの!?」


 ヴェルフィンさんの叫びに、わたしたちは思わず動きを止めました。


「……ククク、ふははは! さすがは『銀の魔女』というべきかな? 人形ごときでは相手にもならなかったか」


 これまでとは、まるで別人のような声を出すヴェルフィンさん。


「なんですって?」


 シリルお姉ちゃんが驚いて振り向くと、整った顔立ちを奇妙に歪ませたヴェルフィンさんが、肩を震わせて笑っていました。


「……初めまして、だな。俺は『パラダイム』の特別参謀、ラディス・ゼメイオン。今は、この『操り人形』の身体を借りて話をさせてもらっている」


 彼の青い瞳からは怒りの色が消え、代わりに人を蔑んだような光がありました。


「身体を借りて? 彼を……操っているの? なら、あなたがフェイルの『マスター』?」


「フェイル? ああ、あの『駒』か。ふん、使い勝手という意味では微妙な駒だがな」


「……あなたが何者か知らないけれど、あの男が本当に御しきれると思っているの?」


 シリルお姉ちゃんの言葉には、すごく実感が込められています。わたしもこれまでにあの人を二回ほど見ているけれど、誰かに大人しく従うような人とは思えません。


「使えないとなれば廃棄するだけだ。問題はない。……それより、俺が今回用意してやった舞台は、少しは楽しんでもらえたか?」


「負け惜しみのつもり? どうせあの【干渉結界】とやらも貴方の仕込みなんでしょうけれど、結局無駄になったわね」


 シリルお姉ちゃんの皮肉にも、ヴェルフィンさん、いえ、『ラディス』はまるで動じず、軽く肩をすくめました。


「ははは! これだから人を罠にはめるのはやめられない。もともと謁見の間にいる連中は『捨て駒』だ。あのまま捕獲に成功すればそれでよし。失敗したとしても『この場』にお前たちを誘い込んだ時点で、俺の策は成功なんだよ」


「え?」


 ラディスが指を鳴らすと同時に、広間に耳鳴りがするような甲高い音が響きわたります。それは、胸の悪くなるような気持ちの悪い音でした。身体から、力が抜ける?


「あ、う!」


「なんだ、これは!」


「きゃあ!」


 身体の自由が奪われていく中、わたしは音の発生源を確認しようと上を見ました。そこにあるのは、あの、巨大なシャンデリア。わたしたちが城に入った時に見た綺麗な宝石で飾られた照明器具です。


「く、最初に見た時には、【魔導装置】の類は確認できなかったのに……」


「それはそうさ。あのシャンデリア自体は単なる音響増幅用の道具だ。【精神干渉波】を放出する本体は、隠蔽措置を施したうえで貴様らが謁見の間に入ってから取り付けたのだからな。お前の“魔王の百眼”に、俺が何の対策もとっていないわけがないだろう? この程度の仕掛けなら、城内には山ほどあるぞ」


 耳障りな音はなおも鳴り響いていて、聞いていると意識が遠のいていくようです……。


「みんな、気をしっかり持って!」


 とはいうものの、シリルお姉ちゃんも苦しそうです。


「卑怯な真似を……」


 強靭な精神力を持つはずのヴァリスさんですら、立つこともままならない有様でした。


「『ヴァクサの歌声』──音を媒介にして精神と肉体の両面から支配を浸透させ、自由という自由を残らず奪い尽くす。つまり、ただの精神力で抗えるような力ではないんだよ」


 ラディスは高らかに哄笑していましたが、時間が経つにつれ、それまで優越感に満ちた目でわたしたちを見下ろしていたその表情が、少しずつ歪んでいきます。


「なぜ、『歌声』が効かない?」


 ラディスの見つめる先には、それまでわたしたちと同様に床に膝をついていたはずのルシアが、軽く息を吐いて立ち上がり、剣を構えている姿がありました。


「わざわざ説明ありがとよ。正体がわかれば『認識』は可能なんでね。音を媒介にするっていっても、所詮は【魔力】頼みには変わりはないわけだろ? なら、俺には効かない」


「効かないだと? 何を言っている? そんな馬鹿なことがあってたまるか!」


 『ヴァクサの歌声』という【魔装兵器】に絶対の自信があったのか、ラディスは大声でわめき散らしました。──が、そのときでした。


「黙れよ……俺は、お前みたいな奴だけは許せない。人間のことを『駒』だの『操り人形』だのと……ふざけんな! 何様のつもりなんだよ、てめえは!」


 ルシアが、すごい勢いでラディスに罵声を浴びせかけたのです。


〈落ち着け! ルシア。お主は、すぐ頭に血を昇らせるのがいかんな。音による精神干渉なんぞ落ち着いて対応すれば、最初からお主の【スキル】の敵ではなかっただろうが〉


 たしなめるようなファラさんの声。今度はよく見れば、ルシアの隣で肩をすくめて立っている女性の姿がありました。謁見の間で見た時よりはっきり見えるけど、……あれってもしかして、シリルお姉ちゃん?


「ファラちゃん? どうしてシリルちゃんの姿で?」


 アリシアお姉ちゃんが言う以上、この黒髪の頃のシリルお姉ちゃんの姿をした人が、ルシアの【魔鍵】の神様『ファラ』さんなのでしょう。


〈ええい! わらわは『神』ぞ? ちゃん付けするでないわ!〉


 ぷんぷんと怒った顔で抗議するファラさんは、かつてのシリルお姉ちゃんではありえないくらい豊かな感情表現をしていて、こんな場合なのに思わず笑ってしまいそうです。


「か、『神』だと? 嘘だ! ばかな、そんなもの、いるわけが……」


 ラディスは恐ろしいものでも見ているかのように、わなわなと震えています。


〈おやおや、『魔族』のくせに『神』を信じないと? 千年前は神様神様とうるさいぐらいだったのに、時代が変われば変わるものだな〉


 くつくつと笑うファラさん。


「う、うるさい! どんなまやかしだか知らんが、俺たちを見捨てた『神』を騙ったところで、俺が畏れるとでも思ったか?」


「うるさいな。そんなことはどうでもいいんだよ」


 ルシアはそう言うと、手にした『剣』を真上に放り投げました。



     -一難去ってまた一難-


 ああ! わらわの分身ともいうべき【魔鍵】をなんてぞんざいに扱うのだ、あの男は!

 目的が分かっているだけに文句も言えないが、それでも他にやりようがあろうと言うものだ。乱暴に宙に放り投げるなど、わらわに対する敬意が足りないのではないか?


 わらわは内心でハラハラしながら、くるくると回転しながら飛んでいく【魔鍵】を眺めていた。そしてそれは、巨大なシャンデリアと衝突すると、まるでそんな障害物などないかのようにするりとすり抜け、さらに上昇を続けた。

 そして、投げ上げられたものは当然のごとく落ちてくる。……部分的に斬り裂かれた、シャンデリアの一部と共に。


「へ? ど、わああ!」


 間抜けな声を出して剣を受け止め、続いて降り注ぐそれらから、どうにか身をかわすルシア。


〈お主の馬鹿さ加減を見ていると、頭が痛くなってくる……〉


「う、うるさい! まさかあんなものまで一緒に落ちてくるとは思わなかったんだよ!」


 格好をつけて『剣』を放ったあとの失敗だったためか、顔を赤くしている。


〈まったく、恥ずかしい奴め〉


「それを言うなよ……」


 ルシアは落ち込んだように下を向く。む、少し可哀そうになってきたかな?

 ところが、ルシアはすぐに顔を上げた。


「……さて! うんじゃ、気持ちを切り替えて、と」


 ……なかなか切り替えの早い男だな。同情して損した。ルシアは芝居がかった仕草でラディスを指差すと、こう告げる。


「操り人形ってことは、そんなに長い糸じゃないんだろうし、どうせ本体は城内にいるんだろう? どこに隠れてる?」


「な! 何故それを!?」


 驚愕の声をあげるラディスに対し、ルシアは驚いたように目を丸くし、続いて呆れたように肩をすくめた。


「策士って割には単純だな。こんなもん、かまをかけたに決まってるだろ? だいたい、『歌声』だのなんだの、わかりやすい名前を付け過ぎなんだよ。操り人形ってのも、きっとそうだと思っただけさ」


「……その程度で俺をはめたつもりか?」


 ラディスは『杖』を片手に持ったまま、腰から剣を抜き放つ。


「まだやる気か? シャンデリアなら壊れちまったぜ。俺たち全員を一人で相手することになるんだが?」


「それがどうした? なら貴様らは、この哀れな男を殺そうというのか? 操られているという自覚すらないこの男を。俺がその気になれば、痛覚も何も遮断できる。腕を斬り落とされようと足を無くそうと、死ぬまで戦わせることができるのだぞ?」


「……」


 今度こそ、この男はルシアの逆鱗に触れてしまった。魂を共有しているからこそ、わらわには理解できる。この男は自身の経験ゆえか、誰かの自由を奪い、支配し、操ろうとする存在を何より嫌う。


「……アリシア。今までの会話でわかったことはないか?」


 低く、押し殺したような声。怒りが沸点をはるかに通り越した結果、凍れる炎となってルシアの感情を固定している。そんな、熱さと冷たさを併せ持った声だ。


「あ、えっと、うん……。意識の方向は城の最上階の方に向いてるみたい……」


「シリルの話じゃ、そこに『不可侵領域』があるって話だったな。なら、本体はそこか?」


「だと思うけど……」


 他の者ならともかく、アリシアには相手の感情が感じ取れるのだ。それだけに今の尋常ではないルシアの様子に、半ば怯えたように返事を続けている。


「まさか……“同調”系の【オリジナルスキル】か? ──興味深い力だが……今は忌々しい限りだな」


 ラディスは、アリシアを憎々しげに睨みつける。


「なら、逃げるのはヤメだ。敵の本体が、目的地の傍にいるんだ。だったらさっさと、ぶちのめしに行ってやらないとな。──おい、覚悟しておけよ」


 有無を言わさぬ口調で宣言するルシア。だが、そんな彼に心配そうな声をかけたのはシリルだった。


「で、でも、ルシア。ここから最上階なんて、そう簡単には……」


「シリル。お前の前に立ち塞がるものは、俺が全部切り拓く。そう言っただろう? 行く先が城の最深部だろうが何だろうが、関係ない。俺が、ちゃんと送り届けてやるよ」


「う、うん……」


 シリルはかすかに頬を染めて頷いた。うーむ、色恋とは、げに恐ろしきかな。こんな屁理屈にもなっていないような言葉に、あのシリルが納得してしまうとは。

 ──と思ったら、それだけでは済まなかった。


「そもそも敵に背を向けるなど、性に合わん」


「そうだね。エイミアさんとエリオットくんも心配だし、ここはさくっと行っちゃおっか?」


「みんなで行けば大丈夫です。シャルも頑張ります!」


 ……まさか、他の連中にもルシアのたわけっぷりがうつったのだろうか?

 やれやれ、仕方がない。わらわも少し協力してやるとするか。


「協力? 何かしてくれるのか?」


〈忘れたのか、このたわけめ。わらわが姿を隠して偵察しながら進めばよかろう。最初からそうしていれば、ここでの罠にもかからなかったはずではないか〉


 まったく、仲間と合流した途端にわらわに頼ることを忘れおってからに。

 などと考えてると、にこにこしながら近づいてくる者がいた。


「ほら、ルシアくん。ファラちゃんがもっと自分に頼ってくれればいいのにって、すねちゃってるよ? もっと女心をくみ取ってあげなきゃね?」


〈だああああ! な、何を言い出すのだ。小娘が! 誰が頼ってほしいなどと!〉


 思わず叫んでから、気付く。はっ! ここはむきになって否定すると、余計にまずい場面だったのでは?


「ファラさん、なんだか可愛いです……」


 か、かわいいだと!? 仮にも『神』に向かって言う言葉がそれか? それもこんな年端もいかぬ少女に言われるとは……うう、情けなくて涙が出そうだ。


「なんだ、そうか。悪かったな、ファラ。もちろん、頼りにしてるに決まってるさ」


 だから、そういうことを言うな! 憐みなんて欲しくはないぞ。


「仕方ないわね。そこまで張り切ってくれているなら、偵察はファラに任せて先に進みましょ?」


 だから、張り切ってなど……。


「き、貴様ら! 俺を無視するな!」


 ヴェルフィンとかいう人間の身体を操る『魔族』が叫ぶ。

 ああ──そういえば、こいつもいたか。


「もとより貴様らは、こちらに招待する予定だったのだ。手間が省けてちょうどいい」


「人間の身体を使ってコソコソしているような奴が、強がりを言うなよな」


 ルシアは怒りに任せて挑発めいた言葉を続けたが、ラディスは逆に冷静さを取り戻したらしい。落ち着いた声で含み笑いを漏らす。


「ククク、少し予定が変わったが、貴様らに面白いものを見せてやる。途中で逃げるなよ? このまま『不可侵領域』を破壊してやるぞ?」


「そんなことをしても、意味がないわよ」


 謁見の間での話からすれば、『不可侵領域』が破壊されれば大変な問題だと思うのだが、シリルは呆れたように言うだけだ。


「ふん、それでも時間稼ぎぐらいにはなるだろう。そうやすやすと『アストラル』への帰還など、させてやるものか!」


 一声叫ぶと、『ヴェルフィン』が剣を手に飛び掛かってきた。しかし、『魔族』に操られた状態では満足に【魔法】も使えないらしく、呆気ないほど簡単にルシアたちによって無力化されてしまう。所詮、ラディスにとっては彼も捨て駒にすぎないということらしい。


「くははは! お前たちに我ら『パラダイム』の力、見せてやる!」


 意味不明な捨て台詞を残し、『ヴェルフィン』は動きを止めた。どうやら気絶しているようだ。恐らくは、操っていた『魔族』が彼を動かすのを諦めたのだろう。そのことを確認すると、わらわたちは再び城の内部へと向かって移動を始める。


〈偵察をするにしても、大広間の階段の先は床が崩れてしまっておるが……〉


「もちろん、他にもルートはあるわ。まず、中庭へ向かいましょう。そちらの方が人も少ないはずよ」


〈ああ、そうか。あちらの階段からも行けるのだな〉


 わらわはシリルの指示に従い、先行して目的の場所へと向かう。ルシアが城内を探索している際にも、城の中庭を超えた向こう側に別階段があることは確認できていた。


 ……だが、中庭の様子を確認しに行ったわらわが目にしたのは、噴水の脇に一人佇む長身の男の姿だった。黒い髪に漆黒の全身鎧。噴水を見つめたまま、つまらなそうに立っている。

 奴がなぜ、こんなところに? いずれにせよ回り道を考えるしかないと思い、わらわは踵を返してルシアたちに情報を伝えに戻ろうとした。……が、しかし。


「お前が『神』だというのなら、セフィリアを見て、何か感じるものはなかったか?」


〈!?〉


 振り向けば、奴が赤い瞳をこちらに向けているのが分かる。まさか、わらわの姿が見えている?


「いかに存在を薄くしたところで、世界に同化する『邪霊』の因子を持つ俺を前に、完全な潜伏など不可能だ。……さて、解説はこのくらいにして、質問に答えてもらおうか?」


〈……答えれば、景品でもくれるのか?〉


「ククク! あのルシアの片割れだけあって、お前もなかなか面白い。今ので答えは十分だ。『神』でありながらアレを見て、その程度の反応なら、お前はただの『神』ではあるまい」


〈意味不明な男だ〉


「さて、わかっているとは思うが、この城内で俺が移動できない場所などない。つまり、逃げても無駄だと言うことだ」


 そう言って奴は、紅い剣を軽く振る。空間に裂け目を創る『神』の【魔鍵】だ。……そう、あれは眠れる『神』の意識を宿す【魔鍵】のはず。だが、しかし……


 ────お姉様。


  ……!!

  な、なんだ、今の感覚は?


 あの【魔鍵】、少し妙だ。その禍々しい剣の姿には、何となく引っかかるものを感じたが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。


〈どうあっても倒さねばならん敵、というわけか〉


「いや、さすがに俺も、全員を相手に戦う気などない」


〈なら、何がしたい?〉


「ルシア一人と戦いたい。試してみるには、いい頃合いだ」


〈馬鹿か、貴様は。あやつが貴様の道楽に付き合う理由などない。貴様が邪魔をするなら全員で突破するまでだろう〉


 わらわは呆れて肩をすくめるが、フェイルはにやりと目だけで笑う。


「ところがだ。俺の『マスター』はどうやら怒りで我を忘れたようでな。鏡の間──いや『不可侵領域』で【人造魔神】の起動準備をしている。俺に与えられた役割は、その間の『足止め』だ。……だが、ルシアがここに一人で残ると言うのなら、他の連中は通してやろう。決断は急ぐことだ。間に合わなくなるぞ?」


 【人造魔神】だと? あの時のライルズのような存在のことか? ……まずいな。あんなものが城の中枢で出現すれば、ここの城下町に大量のモンスターが押し寄せてくる。マギスレギアはアルマグリッドと違って防衛のための軍はいるだろうが、それでもかなりの被害が出るに違いない。

 この男の言うことなど信用ならないが、真偽が定かでない以上、手をこまねいているわけにもいかないだろう。いずれにしても、時間がない。ルシアと仲間たちに今の状況を伝えに戻らなくてはなるまい。


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