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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第9章 天使と悪魔の舞踏会
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第86話 謁見の間は大混乱!/戦線離脱

     -謁見の間は大混乱!-


「ぬ、ぐ、う、う?」


 奇妙な声をあげながら、ヴァルナガンさんが膝をついている。まるで、王様に跪いているみたいな体勢だけれど、もちろんそんなわけがない。

 彼は確かに、拳を振り上げ、王様を殴りつけようとしていたはずだった。


 けれどその直前、彼の背後に虚空から滲み出すように影が現れた。

 長く伸ばした黒い髪、漆黒の全身鎧と顔に巻かれた白い包帯。

 ──そして何よりも、不気味に輝く赤い瞳。


「フェイル・ゲイルート……」


 シリルちゃんがつぶやく。これまで二度にわたってあたしたちの前に現れ、そのたびに、何もかもを滅茶苦茶に掻き回していった黒衣の狂人。


「……『パラダイム』きっての策士にも、エージェントの侵入は予想外だったと見える。だが、奴の策ですら想定できない事態に至ったのも、貴様のせいだろうな」


 フェイルは、【結界】に斬りつけようとしているルシアくんに声をかける。黒い手甲に包まれた手は、今もうめき続けるヴァルナガンさんの肩に置かれたままだった。

 一方のルシアくんは、横目で彼の姿を確認すると、忌々しげに息を吐く。


「また、あんたか。いい加減にしてくれよ? 今度は何が目的だ?」


 言いながら【結界】を斬り散らしてくれるルシアくん。そして、それとタイミングを合わせるように再度発動する、シリルちゃんの『ディ・エルバの楯』。


「今の俺の『マスター』にとっては、俺もそれなりに使い勝手の良い『駒』らしい。不測の事態の収拾にも、こうして一役買うというわけだ」


 肩をすくめるように答えるフェイル。でも、彼ほど『駒』という言葉が似つかわしくない人もいないだろう。


 【結界】が消えた直後、シャルちゃんがすかさず【生命魔法】ライフ・リィンフォースをかけてくれたおかげで、あたしもどうにか立ち上がることができた。とはいえ、依然として周囲は敵だらけだし、何よりフェイルの存在がこの場に一種の膠着状態を生み出している。

 比較的体力に余裕があるはずのヴァリスやエリオットくんも、事の成り行きを見守るように動かない。──エリオットくんには何か考えがあるみたいだけれど、なんだか物騒な感じもするなあ……。


「つまり、『パラダイム』の手の者というわけか? ふん、余計な真似を……いずれにせよ、余が直接手を下すまでもなかったな」


 『魔族』である『パラダイム』に助太刀されたことに、王様はあまり良い感情を抱いていないようだった。そして、一方のフェイルはと言えば、王様の言葉を受けても振り向きもせず返事もしない。そんな彼の態度に、王様は不快げに顔を歪ませる。


 ──と、そのとき


「くそったれが! 俺を無視してんじゃねえ!!」


 フェイルに肩を掴まれたまま膝をついたヴァルナガンさんが叫ぶ。その声に、フェイルは少しだけ驚いたような視線を向ける。


「ほう? まだそんな声が出せるとは大したものだ。……ふむ、面倒だ。このまま死んでもらうとするか」


「ぐ、あがああああ!」


 特に何かをしたようには見えなかったけれど、フェイルの言葉と同時にヴァルナガンさんが苦しみ出した。

 ここでようやく、ヴァルナガンさんの相棒、ルシエラさんが動く。


「いきなり現れたかと思えば、随分と状況を混乱させてくれるものですね」


 でも、あたしが見る限り、彼女はヴァルナガンさんのことをまったく心配していない。彼女が考えていることは、『この場をどうやって終わらせようか』ということだけだ。

 ルシエラさんは、ゆっくりとフェイルに向けて歩いていく。その手に、神々しい光を放つ一振りの剣を持って──って、あれ? いつの間に、あんなものを?


「な! 嘘だろう? この短時間で、どうやってあんな【魔法】を?」


 エイミアから、驚きの声が聞こえる。

 皆から問いかけるような視線を向けられて、エイミアが説明してくれたところによると、ルシエラさんの手にした剣は光属性禁術級魔法、それも歴史上使い手が一人しかいなかったとされる伝説級の【魔法】らしい。


舞い降りる天使の剣アポカリプス・ブレード


 羽飾りの多い純白の衣装に黄金に輝く剣を携えたルシエラさんは、確かに『天使』のように見えた。──それも、罪人に神罰を下す審判の天使だ。

 無造作に放たれた剣の一閃。金色の閃きは光の奔流へと膨れ上がり、後方で密かに上級魔法を準備していた宮廷魔術師たちへと殺到する。そしてそれは、脇に控えた他の魔導師がとっさに発動した防御魔法をあっさり突き破り、彼ら諸共飲み込んで、その向こう側の壁までもを粉々に打ち砕く。


「う、あああ、ひ、ひい! だ、誰か、あいつをなんとかしろ!」


 誰かが、半狂乱になって叫ぶ。

 光の奔流が去った後には、ぽっかりと開いた壁の穴の他、何一つ残されていなかった。あの場所には少なくとも、十人近い魔導師たちがいたはずなのに……。


「ふぇ、フェイル! お前ならなんとかできんのか!」


 そう叫んだのは、宮廷魔術師長のレイフ。でも、他の人はフェイルのことをよくわかっていないようだったのに、あの人はどうして彼の名前まで知っているんだろう?


「この男の生命力は桁外れに強い。殺すには時間がかかる。その女の相手までしている余裕はない」


 フェイルは微動だにしないまま、レイフの命令をあっさりと拒否する


「馬鹿が! あの【魔法】を知らんのか! このままでは貴様も死ぬぞ?」


「このままでなくても死にますよ。では、さようなら」


 ルシエラさんは優雅な手つきで、死をまき散らす神罰の剣を振り上げる。そして、振り下ろされた軌道に沿うように生み出された光の剣閃は、フェイル目掛けて収束していく。


「……セフィリア」


 フェイルは、自らに迫る光に目も向けずにつぶやく。すると彼の目前、今まさに光が迫ろうとしている空間に、突如としてふわりと何かが出現した。


 ──黄金と真紅に染まる長い髪をたなびかせ、質素なワンピースに身を包む一人の少女。


 その場にいた誰もが、次の瞬間には彼女の全身がずたずたに斬り裂かれる、そんな無惨な未来を予想したはず。けれど、彼女が掲げた手のひらは、そんな未来など最初からなかったかのように覆す。


「な、何が起こったの?」


 シリルちゃんが驚愕に震える声を出した。


 十代半ばほどの可憐な少女。そんな彼女が差し出した手に触れた瞬間、つい先程十人近い魔導師たちを蹂躙してみせた破壊の閃光が、音もなく消滅してしまう──それは、まるで冗談みたいな光景だ。


「……何者ですか?」


 必殺の一撃を無効化されたにもかかわらず、その程度の反応しかしないルシエラさん。彼女のあまりの落ち着きようも不気味だけれど、……彼女、セフィリアの存在は『不気味』だなんて次元じゃなかった。


「う、ああ……」


 誰かのうめき声が聞こえる。あたしには、この場にいる『ほぼ』全員から、同じ感情が沸き起こるのが見えていた。

 怖い、気持ち悪い、近づきたくない。こんなの、違う。こんなの、間違っている……。

 あの子を見ていると、胸騒ぎがして、不安で不安でどうしようもなくなってくる。


 ルシエラさんが手にした『剣』を二度三度と振るう。けれど、生み出された剣閃は、セフィリアの身体に届きもせずに消滅していく。


「ひゃひゃひゃ! さすがは『パラダイム』。Sランクの化け物どもですら、形無しですねえ! 素晴らしい! 素晴らしい力だ!」


 レイフ宮廷魔術師長が愉快気に笑う。あたしから見た彼は、すごく気持ちの悪い人だった。こんなに気持ち悪い人を見たのは、カルナックのギルドマスター、コルラドさん以来かもしれない。王様はそんな彼を不機嫌そうに睨みつけ、低い声で問いかける。


「レイフ……貴様、余を差し置いて、何を知っている?」


「あ、い、いえ……、何度か接触を受けたことがあるだけです。あの少女の方は知りませんでしたが……。あの男は、確か『パラダイム』の忠実な人形だとかなんだとか……」


 あわてて弁解の言葉を口にする彼には、かなり後ろ暗いところがあるみたいだ。けれど王様は、そんなことにはあまり興味がないようだった。


「人形だと? なんだそれは? ……馬鹿馬鹿しい。だが、まあ良い。『エージェント』の二人は奴らに任せるとして……そちらの黒髪の男。ロデリックを退けるとは大したものだ。貴様こそ、余が直々に処刑してやる」


 ロデリック、というのはさっきルシアくんと戦っていた騎士団長さんのことだ。ルシアくんに手酷く斬りつけられたためか、うずくまったままの姿勢で荒く息をついている。


「危ない! ルシアくん!」


 あたしは、王様の殺気がルシアくんに向けられたのに気付いた。けど、あたしのそんな警告の言葉よりも早く、王様の持つ『魔剣ギリアム』が振り下ろされる。

 刃が届く間合いではないけれど、歴戦の戦士である王様が意味のない攻撃行動なんてするわけがない。


 ……けれど、結果としては意味がなかった。


「なに? なぜ効かぬ!」


 剣を振り下ろした体勢のまま、目を丸くする王様。もちろん、あたしにも何が起こったのか、さっぱりわからない。するとそこに、今の出来事を解説してくれるような声が響く。


〈純粋な【魔力】で構成した不可視の刃を放つ剣か。属性のある【魔法】の障壁では、かえって防ぎにくい厄介な攻撃だな。だが、わらわたちに対しては、むしろ逆効果だぞ?〉


 うっすらとだけれど、ルシアくんの前に黒い髪の女性の姿が見えるような気がする。うーん、どこかで見たことがある姿な気もするけれど、良く見えない。


「まやかしか! 小賢しい真似を!」


「なんだかな……あんた、ほんとに王様か? やってることが、わがままなガキそのものじゃないか」


 ルシアくんは呆れたように言いながら、油断なく剣を構えなおす。


「へ、陛下! お下がりください!」


 生き残りの魔導騎士たちが王様に声をかける。けれど、王様はそれが聞こえていないかのようにルシアくんのことを強く睨みつけていた。


 と、そのとき。膠着状態に陥りかけていた状況が一変することが起きた。


「ゴ、ガ、ギアガアアアアア!」


 広大な謁見の間。その『とある地点』から膨れ上がる爆発的な力。それは、衝撃波となって周囲の人たちを吹き飛ばす。


「ぐあ!」


「うあああ!」


 シリルちゃんの『ディ・エルバの楯』のおかげで、あたしたちはほとんど被害を受けなかったけれど、その外側にいたルシアくんや王様、その他の騎士や少し離れた場所にいる魔導師たちまでもが吹き飛ばされ、なぎ倒されていた。


「い、一体何が?」


 あたしは『爆心地』に目を向ける。そこは、ヴァルナガンさんのいた場所だった。いつの間にか、フェイルたちの姿はない。


「え? なに、あれ?」


 ジャラジャラという音が響く。それは、ヴァルナガンさんの身体に巻かれた鎖がほどけていく音だった。ゆっくりと立ち上がるヴァルナガンさんを見て、あたしは気付く。


 ……この人、【因子所持者ハイブリッド】だ。

 一応、ヴァルナガンさんとルシエラさんの能力は前にも確認したはずなのに、なんで、今まで見えなかったんだろう? 



-戦線離脱-


「仕方がありません。予想外の相手がいる以上、状況を整理する必要があるようです。ここは一度引くとしましょう」


 どうやってか今の衝撃波を避けたらしいルシエラは、あくまで冷静な口調でそう言うと、ヴァルナガンに向かって手を伸ばす。すると、解けた鎖が彼女に向かってシュルシュルと蛇のように動き始めた。


「殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す!」


 叫ぶヴァルナガンの全身が、赤と青、茶色と緑のまだらに染まりはじめる。そして、それらの色は混じり合い、互いに侵食し合った後、すべてを塗りつぶすような闇色に変わっていく──漆黒の巨人。その姿は、かつて我が戦った【ディアブロ】にも似ているようだ。


「こんなところで力を使うとは、まったく世話の焼ける馬鹿ですね。……さて、それではみなさん。ごきげんよう」


駆け抜ける聖鎧光ライトニング・アサルト


 右手に鎖を巻きつけたルシエラは、上級クラスの光属性魔法を無詠唱・【魔法陣】なしで発動する。次の瞬間、彼女は輝く光を身にまとい、そのまま凄まじい速さでヴァルナガンの身体へと体当たりを仕掛けた。

 本来あれは、攻撃魔法なのではないだろうか? まともな人間なら全身の骨が砕けそうな威力に見える。


「え?」


 あまりにも意外な行動に皆が呆気にとられているうちに、ルシエラは勢いに任せてヴァルナガンの身体を押し続けながら謁見の間を突っ切った。そして、そのまま先ほど自分が開けた壁の穴から城外へと飛び出していく。


 フェイルとセフィリアの二人は、どうやって移動したのか、少し離れた場所にいた。衝撃波の発生源に一番近いところにいたにも関わらず、特に怪我などは負っていないようだ。 

 金と紅の髪を揺らしながら無邪気な笑みを浮かべる美しい少女に、禍々しい真紅の剣を手にした黒い全身鎧の男。これはこれで、『天使と悪魔』といったところか。

 特にあの少女、いったい何者なのか? ルシエラが手にしていた光の剣の【魔法】は、我から見てもすさまじい力を秘めた代物だった。あれだけの威力の攻撃を連発可能な【魔法】など、総合的な破壊力で言えば【竜族魔法】インターナル・バーストのドラゴンブレスにも匹敵するはずだ。


 にも、関わらず……それを片手でかき消しただと?


「ルシア! 大丈夫!?」


 先程の衝撃波で吹き飛ばされたルシアに、シャルが【生命魔法】ライフ・リィンフォースを発動させる。


「へ、陛下! 誰ぞ、陛下に【生命魔法】ライフ・リィンフォースを!」


 離れた場所にいたためか、衝撃波の影響が少なかったらしい宮廷魔術師たちが、我先にと倒れた王の周りに集まっていく。

 権力者に媚びへつらう姿とは、なんとも醜いものだ。集まった連中の中に、国王を真に心配している者など、ほとんどいないだろう。アリシアでなくてもわかろうというものだ。


 さて、これで先ほどまでよりは、随分と状況が好転した。問題があるとすればやはり、フェイルとセフィリアの二人の存在だ。


「くくく。状況が好転した、などと考えるのは早いぞ?」


 フェイルが可笑しそうに笑う。……ふん。こちらの心理を読んだくらいで優位に立ったと思われても困るな。


「さて、みなさん。そろそろ準備はできました。後は、……話した通りに動いてください」


 『風糸の指輪』は【結界】が消失した直後から使用可能になっている。エリオットから聞かされた脱出方法はかなり大胆だが、それゆえに効果的でもある。だがそれも、奴ら二人をどうやり過ごすかが、カギとなるのは違いないだろう。


「どうした、セフィリア?」


「……」


 フェイルの問いかけに、軽く横に首を傾けるセフィリア。

 さらりと流れる金色の髪には、血のように赤い髪が何房か入り混じっている。見方によっては『ワイバーン』の因子を発現させたエリオットに似ていなくもないか? などと、我が考えた直後のことだった。


「うわ!」


 エリオットが身体をのけぞらせるようにして、驚きの声をあげる。

 目を向ければいつの間にか、セフィリアの姿が我の隣、エリオットの目前に浮いていた。

 一体、何が起きたというのだ?

 シリルの『ディ・エルバの楯』の範囲内に、一瞬でどうやって侵入した?

 我らはとっさに攻撃もできず、間合いをあけるように退いた。


 結果として、セフィリアの周囲に空間が生まれ、我らが彼女を取り囲むような状態ができあがる。そこで我は、改めて間近に立つ少女の出で立ちを確認する。袖口や襟元、スカートの裾などを真紅に染めた純白のワンピース。取り立てて変わったところのない衣服に見えて、この少女が着ているというだけで、まるで禍々しい血に染められた衣装にさえ見えてくる。


 セフィリアの視線はエリオットに集中している。まさか、策を見抜かれたのか?

 ならば、先制攻撃を仕掛けるべきだ。そう思ったが、身体が思うように動かない。

 なぜだ? 少女の姿をしているとはいえ、尋常ではない力を持った相手に攻撃をためらう理由などない。……だが、その疑問には、すぐに答えが出た。

 近づけば、ただでは済まない。それを、我は本能的に察知したのだ。


「く、君はいったい、何者だ?」


 少女の紅い瞳に見つめられ続けることに耐えかねたのか、エリオットが問いかける。


「あなた、エリオットだよね? 村は喪失なくなったのに、あなたは無事だったんだ?」


 紅い瞳を輝かせ、ぞっとするほど美しい笑みを浮かべるセフィリア。


「誰だ? 村? まさか、ローグ村の?」


「そう、ローグ村。セフィリアの『すべて』。今ではあなただけが、セフィリアの喪失なくしたものを知っている……」


 少女の紅い唇から紡がれた声は、慈愛と悲哀に満ちたもの。だが、いずれの感情もエリオットに向けられたものではない。もっとほかの、その場にありながらその場にいない、そんな何者かに向けられた感情だ。


「……嘘だ。あのとき、僕以外に生き残りなんていなかった。数少ない村の皆の中に、君ぐらいの年齢の子なんていなかった! 僕を騙そうとしても、そうはいかない。村をあんな目にあわせた『パラダイム』の奴が何を言う!!」


 エリオットは怒りと憎しみが入り混じった視線で少女をにらむ。しかし、少女はそんな視線など、どうでもいいと言わんばかりに首をかしげる仕草を続ける。


「あなたはセフィリアのおかげで生きているんだよ? クスクスクス! でも、いいよね? だったら、いいよね? あなたを……喪失なくしてしまっても」


「よせ! セフィリア」


 割って入った声はフェイルのものだ。奴らしくもなく、焦りの色が見えた。


「フェイル? どうして駄目なの?」


 少女は我らに取り囲まれた状況を忘れているかのように、宙に浮いたままクルリとフェイルの方へ向き直る。動きに合わせ、一瞬だけ長い髪が弧を描くようにして周囲に広がった。我は、無意識にそれをさけるべく後退していた。得体の知れない焦燥感が心を焦がす。


 いったい、なんなのだコレは?


「……言っただろう。『反動』が大きすぎる」


「うーん……アイツを見つけて喪失なくしてあげられたのも、フェイルのおかげだし。うん、わかった。言うとおりにする」


 言うや否や、少女の姿は再びフェイルの隣へと瞬間移動する。

 セフィリアという少女の異常性に、我らのみならず、その場にいた誰もが固まったまま動けない。魔導騎士団も、回復して起き上がったはずの国王も、この異様な雰囲気に飲み込まれてしまっていた。


 ──だが、そこに唐突に響く声。


「何やってんだよ。そんな、わけのわからん女の子に構ってる場合じゃないだろ?」


「え?」


 声の主に一斉に視線が集まる。アレを指して、『わけのわからん女の子』だと?

 ……まったく、この男ときたら、これまでの緊張が馬鹿馬鹿しくなるような言葉を言うものだ。我は声の主、ルシアがこちらに駆け寄ってくるのを確認すると、足に溜めておいた“竜気功”を一気に解放し、踏みつけるように足元の石床に叩きつける。

 頑丈な石造りの分厚い床だ。本来なら、この程度では表面を砕くのがせいぜいだろう。

 だが、今は違う。エリオットが【魔鍵】の神性“狂鳴音叉シンパシイ”によって長時間に渡り『干渉』し続けた結果、脆く壊れやすくなった石材には致命的な一撃だった。

 ビキビキと石床に亀裂が走り、我らを中心とした部屋の大部分が崩落を起こし始める。


「う、うわああ!」


「お、落ちる!」


 我らと違い、何の『準備』もできていない国王の手の者たちには対処できまい。その隙に戦線を離脱する。とにかく、周囲を包囲されたこの状態から脱出するのが先決だった。

 そんななか、崩れゆく石床の上を疾駆する影が一つ。人間ばなれした身のこなしで、ありえない行動に出たのは、エリオットだった。


「お前は殺すと、言ったはずだろ?」


 なすすべもなく転倒した国王に向かい、『轟き響く葬送の魔槍ゼスト・ヴァーン・ミリオン』を鋭く突き出すエリオット。それは言葉通り、心臓を一突きにする必殺の一撃だ。


 ──しかし、今にもそれが国王の心臓を貫こうとする直前のことだった。


「エ、エイミアさん?」


 鈍い音と共に軌道を逸らされた魔槍の一撃は、王の上腕を浅く削るにとどまっていた。いつの間にかエリオットの隣には、灰色の小太刀を手に厳しい表情でエリオットを見つめるエイミアがいる。

 もちろん、その間も落下する床は止まらない。


融解メルト》!


 『差し招く未来の霊剣エレメンタル・ブレード』をかざしながら、シャルが鋭く叫ぶ。発動した融合属性【精霊魔法】エレメンタル・ロウは、崩れていく石床の瓦礫や一階の床などを軟らかくすることで、極力死者を出さないようにするためのものだ。


「みんな! 早く!」


 シリルが叫ぶ。どうやら我らが固まっていた場所の真下は、来賓用の大食堂になっていたらしい。着地した場所にあった巨大なテーブルが、シャルの【魔法】でぐにゃりと歪んでいるのがわかった。離れた場所にいた連中は、違う部屋に落ちたのだろうか?


 エリオットとエイミアの姿が見えない。


 シャルが魔法の効果を解除することで、足場を確保した我らは、食堂の出口に向かって走り出す。エリオットとエイミアがどうなったかはわからないが、確かめている余裕はない。騒ぎを聞きつけたほかの兵士たちが来る前に脱出を図る必要があった。


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