第85話 元老院のエージェント/予期せぬ救援
-元老院のエージェント-
〈ルシア。やっぱり、罠だったみたい……〉
城の中を適当に散策するふりをしていた俺の心に、直接呼びかけるような声が響く。
〈今、どんな状況だ?〉
俺の問いかけに返ってきた言葉は、予想以上に厳しい状況を示していた。
【魔法】を封じて体力を奪う結界? そんなもの反則もいいところだ。さすがは魔法王国ってとこなんだろうけど、ぐずぐずしてもいられない。
すぐに皆のところに向かう必要がある。だが、城を歩く使用人に聞いたところでは、謁見の間は現在人払い令が出されていて封鎖中だということで、見張りの目もあり、迂闊に近づくことができない。
用心のために別行動をとっていたのが功を奏したとはいえ、一人だけではいかんともしがたい状況でもある。
〈かといって、二人以上なら逆に警戒されてたんだろうけどな……なあ、どこかに裏口とかないのか?〉
〈……あったとしても、王族しか知らないような抜け道の類でしょうね〉
シリルからの返答が遅れてきている。消耗してきているのか?
早く、なんとかしないと……。
〈シリル。待ってろよ? すぐ助けに行くからな〉
〈……うん。信じてる〉
相変わらず、『絆の指輪』で話をする時のシリルは素直で可愛い。
〈ルシア。鼻の下を伸ばしておる場合ではないぞ?〉
〈伸ばしてねえよ!〉
俺は、傍らに立つ黒髪の美女にむきになって言い返す。くつくつと笑うその姿は、かつてのシリル、そのものだ。
〈それじゃ、ファラ。大階段の近くの様子を偵察してきてくれよ〉
〈むう、面倒だな〉
普段のファラは、俺とシリル以外には見えない。俺からあまり遠くには離れられないし、物を動かしたり壁抜けしたりはできないようだが、近場を偵察するくらいなら十分だ。
しぶしぶ偵察に行ってくれたファラの報告を聞いた俺は、あまりの敵の多さに途方に暮れた。可能なら正面から強引に突破してでも助けにいければとも考えていたのだが、そんなに簡単な話ではなさそうだった。
ライルズさんを例に出すまでもなく、剣と槍、魔法を使いこなす魔導騎士ってのは実に厄介な相手だ。
──と、そのとき。どうしたものかと考え込む俺の背後から、野太い声がかかった。
「よお、お困りかい、坊主?」
「うわ!」
「おっと、声出すんじゃねえよ」
いきなりの声に驚いた俺の口を、でかい男の手が塞ぐ。
「今のは、不意に声をかけたあなたが悪いのです。──驚かせてすみません、ルシアさん」
続いて聞こえたのは、平坦で抑揚のない女の声だ。そこでようやく男の手を振りほどき、振り向いた俺の前には、見覚えのある二人組がいた。元老院のエージェントにしてSランク冒険者、ヴァルナガンとルシエラだった。
「いや、えっと、どうしてあなたたちがここに?」
確か二人とも、ヴェルフィン副団長の言葉に従って、すんなり帰ったはずだ。
「ん? なんでだっけ、ルシエラ?」
って、おい。あんたもわからないのかよ。
「馬鹿は無視して結構です。今回のわたくしたちの本来の仕事が、国王レオグラフトの素行調査だったといえば、おわかりでしょうか?」
王様の素行調査? 随分な言い方だな。だが、言いたいことはよくわかる。やっぱり『セントラル』も国王の動きが怪しいことぐらいは掴んでいたわけだ。
「ちょうど貴方たちは囮として使えそうだったので利用させてもらいましたが、その様子では何か進展があったようですね?」
「あんた、随分と歯に衣着せない言い方するんだな……」
俺は彼女のあまりの物言いに、敬語を使う気もなくなってしまっていた。
「よく、言われます。何故でしょうね?」
本気で不思議そうに首を傾げるルシエラ。その動きに合わせ、さらりと流れる金色の髪。……多分俺より年上だろうに、まるで少女のようにさえ見える可愛らしい仕草だ。
「……いや、もういい」
俺は現在の状況を二人に話して聞かせる。少なくとも、今この時に限っては、この二人は味方だと判断してもよさそうだ。どの道、何人もの魔導騎士や宮廷魔術師を俺一人で相手にするわけにもいかないのだし。
「【相互干渉結界】……ですか? 聞いたこともありませんね。ですが、わかりました。それだけ証拠と状況が揃っていれば、十分です」
「十分って何がだ?」
「状況を終了させるのに、です」
「終了?」
俺は意味が分からず首をかしげる。すると、ヴァルナガンが俺の肩をどん、と叩いてきた。はっきり言って、かなり痛い。
「がはは! ようは『皆殺し』ってことだ。ついてきたけりゃ構わんが、巻き込まれても文句言うんじゃねえぞ?」
「み、皆殺しって!」
物騒な言葉に、俺は思わず目を剥いてしまう。
「極端に言えばです。反逆者は見せしめに殺すとしても、本当に皆殺しにしては、王の首のすげ替え後の国家経営にも影響が出るでしょう」
「何? 殺さねえのか? ったく、つまんねえな」
「依頼内容から逸脱する行動を取れば、報酬も減らされます」
「まあ、そういう難しいことはお前に任せるわ」
い、いや、俺が言いたいのはそういうことじゃないんだが……。唾をごくりと飲み込みながら二人のやり取りを見守る俺に、ルシエラがようやく気付いたように声をかけてくる。
「可能かどうかを疑ってらっしゃいますか? なら、目の前でご覧になるとよろしい。わたくしたちのような『エージェント』を抱える元老院に、万が一にも逆らえばどんな目にあうか、学習しておくには良い機会でしょう」
──それは、静かな言葉。
だが、時々シリルが放つような『冷たい』言葉ではない。
なのに、聞いているだけで心が凍えてくるように感じるのは、そこにあるべき『感情』が感じられないからだろうか? ……可愛らしいだなんて、とんでもない。
「で、何か作戦はあるのか?」
「一応ありますが、馬鹿がいる以上、無意味です」
「え?」
「ようし! じゃあ、一丁、派手に暴れっかね!」
ひときわ大きな声をあげたヴァルナガンが、足音を響かせながら一階大広間の大階段へと向かう。声出すなって言ったくせに……って、おい! 正面から行く気か?
「さ、わたくしたちも向かいましょう。毎度のことながら、馬鹿のフォローは疲れますね」
どこまでも底の知れない二人組だ。俺はこの時そう思ったが、二人の真の恐ろしさを知るのは、まさにこの後だった。
ファラの報告にあった通り、大階段前の広場には、十人ほどの魔導騎士と五人ほどの魔導師らしき連中が集まっていた。たかが人払いに、大した警戒の仕方だ。
「そこで止まれ!」
「この先は謁見の間、許可なく立ち入ることは許さん!」
当然のような牽制と警戒の声。だが、俺たちに先行するヴァルナガンはそれを無視し、騎士たちに向かってずんずんと歩み寄っていく。
「止まらねば撃つ!」
彼らは【魔法剣】や【魔導の杖】の先に素早く【魔法陣】を構築する。大きさからして中級クラスの【魔法陣】まであるところを見ると、少なくとも上級以上の属性適性持ちが混じっているみたいだ。
「気でも狂っているのか?」
「構わん! 撃て!」
小隊のリーダーらしき騎士の声に、一斉に発動する各種攻撃魔法。火属性や風属性、その他さまざまな属性の【魔法】がヴァルナガンを襲う。
「危ない!」
俺は思わず声をあげるが、ヴァルナガンは獰猛な笑みを浮かべるだけだ。
「はっはー! 効くかよ、んなもんが!」
飛来する炎の矢を右手で打ち払い、襲いくる鋼鉄の牙を左腕で粉砕する。荒れ狂う風の刃を胸板で弾き返し、せり上がる氷柱さえも蹴り足で割り砕く。初級魔法はおろか、中級魔法までもが無造作に薙ぎ払われていく。……信じられない。でたらめにも程がある。あいつ、ほんとに人間か?
あっという間に接近戦に持ち込んだヴァルナガンは、手近にいた魔導騎士へと拳を振り上げる。だが、騎士の方もその動きを黙って見ていたわけではない。手にした剣を鋭く突きだし、ヴァルナガンの喉元を貫いた……かに見えた。──騎士の顔が、驚きに染まる。
「う、あ……、そんな馬鹿な!」
それがその騎士の最後の言葉となった。唸りを上げて振り下ろされた剛腕により、騎士の身体は吹き飛ばされ、鈍い音と共に壁へと叩きつけられる。おそらくは【魔法具】であろう騎士の胸部装甲が大きくひしゃげていることが、拳の威力を物語っていた。
「歯ごたえがねえなあ!」
ヴァルナガンは、『噛み砕いた』剣の刃を吐き捨てながら叫ぶ。──その、直後。
《爆炎の宝珠》!
至近距離から放たれた火炎の球がヴァルナガンの頭部に命中し、爆散する。
「いってえな! 誰だこら!」
通常なら丸焦げになりかねないはずの一撃だが、ヴァルナガンは元々焦げたような色の短髪を縮れもさせず、煙の中から無事な姿を現す。そして、そのまま驚愕する周囲の魔導騎士や魔導師たちを獣じみた腕力で薙ぎ払い、叩き潰していく。鮮血が飛び散る陰惨な戦いぶりに、俺は彼の異名を思い出していた。
『悪魔』ヴァルナガン……。
「うわ、ああ、ば、化け物!」
残る三人の騎士たちは恐怖のあまり、その場を逃げ出そうと踵を返す。が、しかし、うち一人が頭を掴まれ、凶悪なまでの握力によってそのまま……嫌な音と共に絶命した。
「ひ、だ、だれかあ!」
ヴァルナガンの手を逃れた二人の騎士は、階段脇の左手にあるドアに向けて、死に物狂いで走り続けている。
が、そこへ──
「仕留め損ないはいけませんね。あまり早くに増援が来ても面倒です」
《妖精の魔弾》
《妖精の魔弾》
まともな詠唱もなければ【魔法陣】の構築もないままに、ルシエラの手から立て続けに放たれた螺旋状の光は、逃げようとする騎士を正確に追尾し、その背中から心臓を貫いた。
「……本当に皆殺しかよ。容赦ないな」
俺がぽつりと呟くと、ルシエラがある方向に指をさす。
そこには、まだ生き残りがいた。五人の魔導師のうち、離れた場所から遠隔射撃をしていた魔導師と、至近距離から《爆炎の宝珠》を放った魔導師の二人だ。
恐怖のあまり、腰が抜けたように後ずさる魔導師を一人、ヴァルナガンはあっさりと踏み潰す。
「お、おい! 戦意のない奴を……」
「ああ? 俺を殺そうとした奴を、生かしておく理由なんざ、あるとすりゃ俺が決める」
「な……!」
思わず絶句する。彼が正しいかどうかは別として、俺が何かを言えた義理ではないのかもしれない。つい、そんな風に思ってしまった。とはいえ……
「う、あ、ああ……」
もう一人の魔導師は、ヴァルナガンに《爆炎の宝珠》を当てた奴だ。だが、ヴァルナガンは何を思ったか、その魔導師に近づくと目の前にしゃがみ込み、目深にかぶられたフードを取り払う。
現れたのは金色の長い髪。怯えた瞳には涙がたまり、ぶるぶると身を震わせながら、尻餅をついた体勢で固まっている。
「ひ、い、いや、こ、殺さないで……」
その魔導師は女性のようだった。さすがに止めに入ろうとする俺の目の前で、ヴァルナガンは意外な行動に出る。彼女の顔に自分の顔を近づけると、ベロリと舌を出してその目の周りあたりを舐めたのだ。
「ひ、ひい!」
あまりの恐怖に気絶し、バタリと倒れこむ魔導師の女性。
「思ったとおり、うまい涙だったなあ。かかか!」
……へ、変態か?
俺が呆然としていると、ルシエラがゆっくりと階段へ向けて歩き出す。
「今度の理由は、『涙の味』ですか」
「ああ? いいだろうがよ。何を理由にしようが俺の勝手だ」
『涙の味』が生かしておく理由? 相手が女性だったからか、それともただの気まぐれか、いずれにしても意味が分からない。
「さて、それじゃあ、突入しますよ?」
ルシエラは軽くそう言うと、扉の前に立った。
-予期せぬ救援-
風糸を介さないで連絡が取れるルシアを残してきたのは、やっぱり正解だったわね。この【結界】内では単なる『風糸の指輪』が使えたかは怪しいところだ。
きっと彼は来てくれる。でも、この状況を覆すには手が足りないのも事実だ。
「さて、もう一度聞こう。我が配下となり、この世界を『魔族』から人間の手に取り戻す。真の覇業の力となる気はないか?」
玉座から降り立ち、わたしたちに向けて手を差し伸べるその男には、確かに王者の風格がある。獅子の鬣に、豪奢な甲冑とマントを身にまとう長身の美丈夫。
「……真の覇業とやらには、随分とせこい手段が必要なのね?」
「くだらん挑発だな。気が変わらぬのなら、そのまま気絶してしまえ。続きは牢の中ででも聞いてやる」
国王の言うとおり、全身を襲う脱力感は気を抜けば倒れてしまいそうなレベルになりつつある。みんなの様子を見る限り、まだ余裕がありそうなのはヴァリスとエリオットの二人だけ。エイミアでさえ、膝こそついていないものの、不快そうに顔を歪めている。
「……だが、防御魔法もない状況では迂闊に動けぬ、か」
ヴァリスが悔しそうにつぶやく。爆発の可能性がある【結界】の中では、わたしやシャルの存在が足かせになってしまっているのだ。
「レオグラフト国王」
低く、絞り出すような声で国王の名を呼んだのは、エリオットだった。
「どうした、『最強の傭兵』よ。我が配下となる決心でもついたか?」
「──オレは、お前を殺す」
それは、殺気に満ちた、背筋も凍るような声だった。
「な、なんだと?」
「彼女を傷つける奴は、許さない。お前はもう、おしまいだ。このオレに命を狙われて、死なずに済むと思うなよ?」
一瞬だけエリオットが向けた視線の先では、エイミアが驚いた顔をして彼を見ている。
レオグラフトは彼のあまりの気迫に息を飲み、二、三歩ほど後退した。そして、そんな自分に気づいたかのように舌打ちをし、憎々しげに彼をにらみつける。
「……ならば、余は貴様を『処刑』する。余は王だ。貴様ごとき、恐れるものではない!」
レオグラフトは声高に叫ぶと、腰から剣を抜き放った。
一瞬でも気圧されたことがそこまで屈辱だったのか、レオグラフトは怒りに満ちた視線をエリオットに突き刺している。
しかし、そんな一触即発の空気は、全く別の理由で破られることになる。
──突然、何かが砕け散るような音と共に、謁見の間の巨大な正面扉が弾け飛んだのだ。
「はっはー! おもしれえことやってんじゃねえか! 俺も混ぜろや!!」
舞い散る破片を追うかのように、巨大な人影が室内へと飛び込んでくる。
「な、何奴!」
新たな闖入者に対し、魔導騎士たちが構えていた【魔法剣】を向けて誰何の声をあげる。さすがに訓練されているだけあって、宮廷魔術師などより反応が速い。
「お? 俺とやろうってか? じゃあ、かかってきなあ!」
「ま、まさか、ヴァルナガン?」
「あ、あれはルシエラだぞ!?」
元老院のエージェントである彼ら二人は、何度もこの城を出入りしているのだろう。騎士たちが驚きの声をあげている。……でも、なぜあの二人がここに?
「──さて、国王陛下。こたびの件、納得のいく説明をしていただけますか?」
拳を打ち鳴らして戦闘態勢をとっているヴァルナガンの隣に、しなやかな足運びで進み出ながら、ルシエラが問いかける。彼女は相変わらずの氷の双眸で、国王をまっすぐに見据えていた。
「説明などない。貴様ら『セントラル』は今日で終わりだ。……何をしている! やれ!」
「二人とも、よけなさい! その【魔法】は、【相互干渉結界】が!」
わたしの警告の声に、のんびりとした調子で首をかしげるヴァルナガン。
「ん? そういやなんか言ってたっけ?」
「ルシアさんから聞いたでしょう。頭に何を詰めているのですか、この馬鹿は。まあ、問題はありません。【結界】ごとき……」
ルシエラが優雅に手を持ち上げ、構えを取ろうとしたその脇を、すり抜ける影が一つ。
「させるか!」
その影が手にした剣を振り下ろすと、彼らに向かって殺到していた初級魔法の束があっさりとまとめて消え失せる。やっぱり、ルシアだ。来て……くれたんだ。
まとめて【魔法】を斬り裂くことができたのは、個別の【魔法】を認識したのではなく、【相互干渉結界】を発動するためのひとつの【魔法】であると認識した結果だろう。
「ルシア!」
「悪い、遅くなった。でも、もう大丈夫だ……って、どわあ!」
頼もしい彼の返事は、ヴァルナガンに背中を突き飛ばされたことで中断される。
「てめえ、俺の見せ場を勝手に取ってんじゃねえよ」
「そんな無茶な!」
よろめきながら抗議の声をあげるルシア。
「冗談だ。がはは! やるじゃねえか坊主。でも、こっから先は俺の狩場だぜ。邪魔だから下がってろ」
「そうはいかない。捕まっているのは俺の仲間だ!」
ルシアは魔導騎士団の精鋭たちすら怯えるほどのヴァルナガンの迫力に、まったく気圧されることなく言葉を返す。
ルシアが彼らを呼んでくれた? ……いや、それにしては時間が短すぎる。
「へえ、いい度胸だ。気に入ったぜ、坊主……いや、ルシア! なら、せいぜい巻き込まれないように戦いな!」
「何をしている! 攻撃を続けろ! Sランク二人だろうと、この数で押せば恐れるに足らん!」
叫んだのは王ではなく、マギスレギア魔導騎士団の団長らしき壮年の男性だった。彼の言うとおり、この場には全騎士団員の半数以上にあたる五十人近い騎士たちがひしめいている。けれど、あくまで冷静な声が、そんな事実をあっさりと切って捨てた。
「わたくしたちに、数は無意味です。思い知りなさい」
ルシエラのそんな言葉をきっかけに始まった乱戦は、けれど、戦いなどと呼べるような代物ではなかった。その中心で荒れ狂うヴァルナガンには、技も【魔法】も一切ない。ただ、純粋な力だけですべてを駆逐してしまう。
信じられない光景だ。相手は世界最強の国家、マギスディバインの精鋭たる魔導騎士団。それをまるで、子ども扱いするだなんて……。
「ごがあ!」
「ば、化け物め!」
中には“支配者”級の属性適性を持つ上級騎士もいるはずだけど、接近戦で使用可能な中級クラスまでの【魔法】が一切通じないヴァルナガンには、ただの戦士と変わらない。
そして、その巨体から繰り出される拳の一撃は、確実に一人以上の命を奪っていく。
一方のルシアは自分めがけて放たれる【魔法】を斬り裂きながら、わたしたちへ向かって駆け寄ってくる。彼の【魔鍵】『切り拓く絆の魔剣』なら、こんな【結界】程度、簡単に斬り散らせるだろう。
「ここは通さん!」
しかし、あと一歩というところで、ルシアの前に魔導騎士団の騎士団長が立ち塞がる。手にしている輝く剣は、おそらく【魔鍵】だろう。となれば、ルシアの『剣』でも容易には突破できない相手になる。
「そこをどけ!」
ルシアが鋭く叫びながら騎士団長と切り結ぶ。“剣聖”の【エクストラスキル】を所持するルシアは、ここ最近ではエリオットとの訓練などを通じて格段に剣術の腕を上達させている。歴戦の戦士であるはずの騎士団長を、彼の剣技は完全に圧倒していた。
「う、ぐ、馬鹿な!」
“魔導騎士”である団長に対し、ルシアはまったく【魔法】を使わせる隙を与えていない。左右へのフェイントを駆使してギリギリまで間合いを詰め、体当たり気味に鍔迫り合いに持ち込んで、離れ際に相手の身体へ剣の刃を軽く添わせるようにしながら強く引く。
ただそれだけで、騎士団長の鎧は斬り裂かれ、ところどころに鮮血が散る。この分なら騎士団長が倒されるのも時間の問題かもしれない。
彼の戦いを、わたしは安心して見ていられる。最初に見た『竜の谷』の洞窟での戦いとは、段違いに成長した彼の姿がそこにはあった。
再びヴァルナガンに視線を転じれば、すでに二十人を超える騎士団員たちの亡骸が、彼の周囲にまき散らされている。
「く! くらえ、化け物!」
敵わないと悟った騎士たちが遠巻きに距離を置く中、物足りなげな顔で次の獲物を物色するヴァルナガンに、後方に控えた宮廷魔術師たちが【魔法陣】を発動させる。
〈荒れ狂う不可視の竜よ。その鋭き爪をもって、万物を斬り裂け〉
《暴竜の斬鉄爪》!
〈水流を紡ぎ束ねし剛槍よ。幾重にも重なりて、万物を貫き砕け〉
《流水の方槍陣》!
流石に魔法王国の宮廷魔術師だけのことはある。彼らは風と水に属性を限定したうえで、複数の上級魔法を放っていた。対個人向けにしては明らかに威力過多な、巨大竜巻と無数の水の槍がヴァルナガンに襲い掛かる。
「さすがに、少々うっとおしいですね」
そんな絶体絶命の状況でも、平坦に響く女性の声。
《霊光集う水晶の城壁》
穏やかに紡がれた言葉が表す意味は、禁術級の光属性魔法。持続時間こそ短いものの、単純な防御力でいえば、あらゆる【魔法】の中で最強を誇る光の壁を構築するものだ。
「うそ?! まともな詠唱も【魔法陣】もなしに禁術級を?」
愕然とするわたしの目の前で、巨大な竜巻や水の槍が、突如として現れた光の壁に触れた途端、砕け散るように消滅していく。
「な、なんなのだ、今のは!」
驚愕の声は当然、魔術師たちからも聞こえてくる。わたしが『見た』限りでは、彼女は【魔鍵】すら手にしていないはず……。ならいったい、どうやって?
「サンキュー、ルシエラ! さあて、じゃあ、メインディッシュだ! レオグラフトさんよお! あんた強いんだろ? 俺と殺しあえ!」
「下賤の者がつけあがりおって……。『魔剣ギリアム』の力、思い知るがいい」
レオグラフトが手にした『剣』を構える。見たところ、【魔鍵】ではないようだけど、込められている【魔法】の術式は恐ろしく高度で複雑だ。古代文字を利用した【魔装兵器】でもないのにあれだけの複雑な術式を込めるには、相当腕のいい何人もの“魔工士”が長時間【魔力】を注ぎ続ける必要があるだろう。権力に物を言わせて作った【魔法具】と言ったところか。
「じゃあ、いくぜえ!」
ヴァルナガンは嬉々として、レオグラフトに飛び掛かっていく。