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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第9章 天使と悪魔の舞踏会
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第82話 ギルド本部の見学ツアー?/二枚看板

     -ギルド本部の見学ツアー?-


 世界全土にネットワークを張り巡らせる超国家組織『冒険者ギルド』。

 一部の例外を除いては、どんな小規模な町にでも必ずと言っていいほどギルドの拠点が存在していることを思えば、その影響力はひとつの国家を軽く凌駕している。


 翌朝になり、ギルド本部へと向かったあたしたちを待っていたのは、そんな組織の総本山にふさわしい威容を誇る建造物だった。


「……えーと、これって、お城じゃないよね? もしかして、間違って王城に来ちゃったとか?」


「そう言いたくなる気持ちはわかりますけど、確かにここで間違いないですよ」


 エリオットくんがわたしの間抜けな質問に、苦笑気味に答えてくれた。

 でもだって、仕方ないじゃない。こんなの、信じられない……。


 あたしたちがいる場所は、街の正門を入った大通りを進んだ先の中心市街地であり、このマギスレギアの一等地にあたる場所だ。

 周囲には、豪華な装飾が施された貴族や大商人の邸宅が立ち並んでいる。その一角……ううん、そのかなりの面積をごっそりと切り取ったかのように、巨大な外壁で囲われた空間がある。


 外壁の中央には立派な鉄の門扉があり、鎧をまとった二人組の守衛が立っている。

 開け放たれたままの門扉の先には、奥の建物に続く長い道とその両脇に広がる美しい庭園の風景があり、人工の小さな池や青い芝生が広がっていて、屋根が設置されたベンチやテーブルなど、休憩所のような場所まである。


「ようこそ、冒険者ギルド本部へ。どうぞお通りください」


 守衛らしき二人は、何のチェックもしないままに素通りさせてくれた。


「あれ? いいのか?」


「ああ、ギルド本部には世界で最も強力な冒険者たちが集まるからね。そんな場所で不埒な真似をするような度胸のある人間なんていないよ」


 ルシアくんの疑問に軽く答えるエリオットくん。

 あたしたちは、周囲の庭園に目を奪われながらも、木片が敷き詰められた柔らかい道の感触を楽しみつつ、歩きはじめる。


「さすがにこれこそ、壮観だな。これまでに見た人間の建造物の中では、群を抜く規模の施設だ」


「はい……。すごいです。素敵です……」


 ヴァリスは珍しく感嘆の言葉を口にしているし、シャルちゃんにいたってはキラキラと目を輝かせてながらあたりを見回している。いつか機会があったら、あの辺の休憩所でピクニックなんかもできたらいいなあ。


「今はまだ時間が早いので人も少ないけれど、この街の人たちもここに昼食を食べに来ることが多いんだ」


 すっかりガイド役が板についたエリオットくんの説明を聞きながら、あたしたちは目的の建物の前に辿り着く。これだけ広大な敷地があるだけあって、ギルドの建物は三棟に分かれていた。ひとつひとつの建物は巨石を積み上げたような武骨な造りをしていて、すごく頑丈そうだ。それらは少し離れて横並びで建っていて、お互いが連絡通路のようなもので繋がっている。


「さて、僕たちが向かうのは登録窓口と依頼確認窓口でよかったよね? それなら中央の建物だ。さっそく行こうか」


「ええ、お願い」


「実際、ギルドで何をするんだ? エイミアさんとエリオットのパーティ正規登録はわかるけど、依頼なんて受けてる場合じゃないんだろ?」


 シリルちゃんの隣を歩きながら、ルシアくんが質問する。この質問は、あたしが内心で感じていた疑問と同じだった。


「依頼を受けるつもりはないわ。ただ、高ランクの受付窓口なら、他では滅多に見かけないSランクの冒険者もいるかもしれないから、話でも聞けたらと思ってね」


 そういえば、シリルちゃんから聞いた話だとSランクの人たちの中には、『魔族』直属の人もいるって話だったっけ?


「依頼窓口に行く意味は、他にもあるぞ」


 そう口を挟んできたのはエイミア。彼女はギルドのライセンス証を指先でつまむようにひらひらさせながら、笑っている。


「ほら、前に『天嶮の迷宮』で集団認定Aランクの『レイガーゴイル』を倒しただろう?あのときにライセンス証へ討伐登録もしておいたんだ。だから、報奨金がもらえるはずだ」


「え? でもそれってギルドに任務申請をしてから【フロンティア】に行かないといけないんじゃ?」


 さすがに優秀だなあ、シャルちゃんは。冒険者ギルドの制度のこともしっかりと勉強できているんだね。


「いや、Aランク以上の場合は危険性の高さを考慮して、任務申請しなくとも登録さえできれば報奨金が出るんだよ。まあ、特例だから額は多少落ちるけどね」


「そうそう。だからこそ、僕もギルドの依頼も経ずに撃破した単体認定Aランクを認めてもらえたんだ」


 確か、エリオットくんはそうやってSランク認定を受けたんだっけ?


 ようやくたどり着いた登録窓口は、また別世界みたいに広大なスペースが広がっていた。

 まるでどこかのレストランみたいに洒落たテーブルとイスがあちこちに置かれ、実際に飲み物や食べ物を注文することもできるようになっている。パーティを組んだ冒険者らしき人たちの談笑の声が、石造りのフロア全体に響いていた。


「うわあ、すごい活気だね」

 

 あたしはそんな言葉を口にしながらも、周囲の冒険者たちの視線がこちらに集中するのを感じた。彼らが主に意識しているのは、まず、エイミアだ。彼女の鮮やかな蒼い髪はかなり目立つ方だし、青く輝く弓を背負っている姿を見れば、気付く人は気付くかもしれない。

 ──続いて、驚愕の声が聞こえてくる。


「え? 嘘だろ? あれってエリオットじゃないか?」


「エリオットって、あのSランクの? 最強の戦士系とかって奴だろ? まじかよ!」


 さざ波のようにざわざわと広がる人々の意識の波紋。

 当然、彼らの意識はその同行者であるあたしたちにも向けられる。

 いったい何者だ? 依頼者にしては冒険者のような恰好をしているし、まさかパーティメンバーか? 声に出さないそんな声が、ここまで聞こえてくるかのようだ。


「あんな雑音、気にしていても仕方ないわ。行きましょ?」


「ざ、雑音って……相変わらず肝が太いよなあ、シリルは」


「……なんか気になるから、『太い』とか言わないで」


 ルシアくんの言葉に、声を低くして文句を返すシリルちゃん。


「え? いやいや、シリルは太ってなんかいないぞ? むしろ痩せてるっていうか……」


 ああ、馬鹿だなあ、ルシアくんは。『太っている』も禁句だけど、状況と相手によっては『痩せている』だって女の子相手には禁句なのに……。


 ──と、案の定、シリルちゃんの鉄拳が炸裂する。


「いた! 痛てて……。うう、そんなつもりじゃ……」


「もう、黙りなさい!」


 シリルちゃんはぷいっと怒ったように前を向くと、足早にスタスタと歩いていく。でも、シリルちゃんは本気で怒っているわけじゃなさそうで、こんなやり取りができることを嬉しく思っているみたい。

 ずらっと横に伸びた受付窓口は、ざっと数えただけでも十か所を超えている。そのすべてに冒険者が列をなして……、と思ったら一か所だけ人のいない窓口が。


「ああ、あっちは新規登録専用の窓口ですよ」


 エリオットくんがあたしの疑問に気付いたように説明してくれる。


「え? そうなんだ。新規登録する人っていないんだね?」


「そうですね。最近は特にモンスターの活動も活発で、危険も多くなりましたからね。昔みたいに小遣い稼ぎ程度の目的で冒険者になろうとする人間は少ないようです」


 なろうとする人は、生きるために仕方なくって人か、よほど腕に自信がある人のどちらかってことね。


「ようこそ冒険者ギルドへ! どのようなご用件でしょうか?」


 受付で対応してくれたのは、ツィーヴィフの町にいたリラさんみたいに愛想のよい、可愛らしい感じのお姉さんだった。


「正規パーティ登録をお願いしたいのだけど……」


 早速シリルちゃんが説明しはじめる。

 最初は受付のお姉さんも水色の瞳をにこにこさせながら聞いていてくれたのだけど、話が進むにつれ、その笑顔がだんだんと強張っていくのが分かる。

 冒険者を引退して聖騎士団長を務めているはずの『魔神殺しの聖女』ことエイミアさんに、アルマグリッド武芸大会で負けなし破竹の四連覇中の『最強の傭兵』エリオットくん。そんな二人が揃って同じパーティに登録したいなんて言い出せば、驚くのも無理ないかな?


「そ、それでは、その、戦士系Aランク冒険者エイミア・レイシャル様と……、えっと、同じくSランク冒険者エ、エリオット・ローグ様の2名を、シリル・マギウス・ティアルーン様のパーティに、せ、正規登録させていただきます……」


 いつの間にかフロア中の視線が集中する中、受付のお姉さんは半ば泣き出しそうな声で登録終了を伝えてくれたのだった。

 ごめんね? お姉さん……。


 続いてあたしたちは、依頼確認窓口に向かおうとしたのだけれど、何人かの冒険者の人たちに呼び止められてしまった。


「うわあ! 本物だ。すげえ、聖女様だぜ!」


「うおお! エリオットだ! 俺、武芸大会見てました!」


 それを皮切りに、周囲の冒険者たちが一斉に集まってくる。さすがに二人とも、かなりの有名人なんだね。って、どうしよう? このままじゃ身動きが……。


「どいてくれるかしら? わたしたちは仕事を探しに来たの。……それとも、わたしたちの仕事の邪魔をしたいわけ?」


 シリルちゃんはいつものように、睨みを利かせて鋭い声を出した。確かツィーヴィフのギルドでは、一睨みで冒険者の人を震え上がらせていたっけ?

 ……でも、シリルちゃんは肝心なことを忘れている。


「へ? おお……、可愛いねえ、君! よかったら俺と一緒に食事でもどうだい?」


「もしかして、君も冒険者なのかい? いやあ、君みたいにかわいい子がこんな危ない稼業とはね」


「よかったら俺も力を貸すよ? パーティ組まないかい?」


 まったくたじろぐこともなく、シリルちゃんの手を取らんばかりに迫ってくる冒険者の男たち。


「え? え? な、何なのよ? どういうこと!?」


 ……だから、シリルちゃん。今のシリルちゃんは『氷の闇姫』なんて呼ばれていた時みたいな冷たい印象の黒髪美人じゃなくなってるんだよ? 誰がどう見ても、可愛らしい銀髪銀眼の美少女なんだから、その辺をもっと自覚しなくちゃ。


「ちょ、ちょっと!? わたしの言ったこと、聞こえなかった……わけじゃないわよね?」


 口に出してはそんなことも言えないので、あたしは自分の迫力が通じない男たちを前に狼狽えるシリルちゃんを、黙って見守っていた。


 だって、こういう時のナイト役は、決まっているものね?



     -二枚看板-


「ちょっと待てって、あんたら。いい加減にしておけよ。こっちはさっさと用事を済ませたいんだ。離れてくれ」


 ルシアは、素早くシリルと冒険者たちの間に割って入る。


「ああ? なんだお前は?」


「ランクの高い冒険者とつるんでるからって、調子こいてんじゃねえぞ?」


 男と女とでこんなにも態度が違うものなのか……。ある意味、立派だと言うべきかもしれんな。さて、この状況、ルシアはどうするつもりだろうか? ランクの低い冒険者だと舐められているようだが、さりとてギルドの中でのもめ事が禁止されている以上、力づくで追い払うわけにもいくまい。


「俺のことなんてどうだっていい。で? あんたら何がしたいんだ? 冒険者なんだろう? じゃあ、シリルとパーティが組みたいってことでいいのか?」


「だから、何なんだよ、お前!」


「どうでもいいと言っただろう? そんなことより──どうなんだ、違うのか?」


「え? あ、いや、まあ……」


 ルシアは相手の挑発を完全に無視して、相手の話を理詰めでまとめあげようとしているようだ。相手も力づくで何かができる状況でない以上、意外と効果的なやり方なのかもしれない。


「……よし、じゃあ、シリル。『彼』がお前とパーティを組みたいそうなんだが、どうだ?」


 ルシアは、最初に返事をした男一人を指差すようにしてシリル問いかける。


「え? えっと……」


 いきなり話を振られ、面食らった顔をしたシリルだが、すぐにルシアの考えを察したらしく、落ち着き払って口を開いた。


「仲間なら『ご覧のとおり』、間に合ってるわ。それとも『貴方』は、それだけの力がある人なのかしら?」


 無論、シリルの傍にはエイミアやエリオットの姿がある。──複数で声かけをしたところに、自分一人を指名され、最強の冒険者と比較される。これに耐えられる者はそうはいまい。

 

「うう!」


 男は狼狽え、周囲の仲間に目を向ける。だが、視線の先にいた全員が咄嗟に顔を逸らしている。彼と目を合わせる仲間はいない。巻き添えなんてとんでもない──そんな思考が目に見えるようだ。


「え? いや、そうか。えっと、いや、ははは……」


 それにしても、ルシアもなかなか大したものだ。おそらく最初から計算尽くで、相手が否定しにくい言葉を使い、相手の目的を『パーティに加わりたい』というものに無理矢理決めつけてしまうことで、この展開に持ち込んだのだろう。


「じゃ、行こうぜ」


 ルシアはシリルの手を取ると、その場を離れるように歩き出す。その姿にこれ以上声をかけられないと悟ったのか、周囲に集まっていた者どももバラバラと散り始めた


「あ、ありがと……」


 ルシアに手を引かれながら、俯き加減に小さく礼を言うシリル。


「いや、大したことじゃないって。口八丁で丸め込んだ挙句、最後はシリルに丸投げしたようなもんだしな」


 ルシアはあくまで気楽そうに言って笑ったが、そこへアリシアが感心したように声を上げる。


「ううん! すごいよ、ルシアくん! 力づくでどうにかしちゃうより、なんか余計に格好良く見えちゃったもん! あたしの予想以上の活躍ね!」 


 何が嬉しいのか知らないが、アリシアは興奮したようにまくしたてている。

 だが、我も人間社会にいる以上、ああいう対処の仕方も身に着ける必要があるのかもしれない。でなければ、いざというときにアリシアを守ってやることもできまい。


 む? ……我は今、何を考えていた?

 どうにも不可解だ。アリシアを守る?

 この状況で何故そんな発想が出てきたのだろうか? 自分の心の動きが理解できない。

 やはり一度、シャルにでも話をしてみるべきだろうか?


「──よう、ちょっといいか?」


 そんな益体もないことを考えているうちに、再び我らに声をかけてくる者の姿があった。この期に及んで随分といい度胸をした人間もいたものだと思い、そちらを見る。


 ……強い。この男、ただものではない。我は相手の姿を視界に収めるなり、そう直感した。巌のような巨躯に細い鎖を不規則に巻きつけたその男は、人間としては長身の部類に入るはずの我よりもなお、頭一つ分ほど背が高い。


「誰だ、あんた?」


「ああ、俺か? そうか、自己紹介が必要になっちまうとは、随分と普通の任務から遠ざかっちまったもんだよなあ、俺も。……なあ、ルシエラ」


 ルシアの問いかけに男は焦げ茶色をしたボサボサの頭髪を手でかき回しながら、自分の背後へと声をかける。


「自己紹介はいつだって必要です。当たり前でしょう?」


 男の巨体の陰になる場所にもう一人、女がいたようだ。ルシエラと呼ばれたその女は、針金のようにまっすぐな金色の髪を胸のあたりまで伸ばしており、全身に無数の羽飾りのついた純白の衣装に身を包んでいた。


「さて、では自己紹介を。わたくしの名前はルシエラ・リエラハート。そしてこちらの馬鹿はヴァルナガン。以上です」


 ルシエラはゆっくり前に進み出ると、お世辞にも丁寧とは言えない自己紹介とは裏腹に、優雅な動作で一礼して見せた。


「おいおい、自己紹介で馬鹿はないだろう、馬鹿は」


 ヴァルナガンという名前らしい大男が抗議の声を出すも、ルシエラは軽く肩をすくめただけだ。なんとも奇妙な二人組だが、いったい何の用が……と、そこまで考えたところで、我の後ろから大きな声が上がる。


「ルシエラにヴァルナガンだって! ……驚いた。わたしが冒険者をしていた数年前の時点では、トップクラスのSランクとして知られていた名前じゃないか」


「おうよ。『魔神殺しの聖女』様ほどじゃあないが、今でも有名なはずなんだけどな。他の連中と仕事をする機会は減っちまったんで、しゃあないか。がははは!」


 エイミアの言葉に、大きな体をゆすりながら笑うヴァルナガン。


「で? その有名人のお二人が、わたしたちに何の用かしら?」


 シリルが警戒心を声に(にじ)ませながら尋ねる。


「おいおい、そうつれないことを言うなよ。わかってんだろう? 王城内の『不可侵領域』に入るには、特別な許可が必要だ。ここの本部の連中でさえ、入れるのはごく一部の連中だしな。その点、俺たち『エージェント』なら話が早いってわけだ」


「元老院直属のエージェント……。じゃあ、彼らの命令で?」


「ん? そうとも言えるし、違うとも言える。あんたらを監視しとけとは言われたが、迎えに行けとは言われなかったからな」


「まったく、この馬鹿にも困ったものです。余計な仕事ばかり増やすのですから」


 氷の美貌に笑顔一つ浮かべず、呆れたように再び肩をすくめるルシエラ。


「しょうがねえだろう? 見てみたかったんだよ。当代で最強のSランク冒険者とかなんとか呼ばれちゃってる若造の顔をよ。なあ?」


 ヴァルナガンは焦げ茶色の瞳を大きく見開くと、エリオットの顔を覗き込むようにしながら笑う。


「俺とどっちが強いか試さねえ? ここの東棟の練兵場には十分に空きがあるし、全力で暴れても壊れないぐらいには頑丈な場所だぜ?」


「お断りだね」


 エリオットは表情一つ変えないまま、拒絶の答えを返す。


「ははは! 冗談だ。ま、安い挑発に乗るようなガキじゃないとわかっただけでも、よしとするかな」


「馬鹿は放っておくとしまして。それでは、シリルさんとその御一行にお聞きします。わたくしたちの案内で王城に向かう気はございますか?」


 あくまで冷静なルシエラの言葉。ここでの決断は、当然シリルの役目だろう。だが、彼女はしばらく黙考すると、意外にもルシアに声をかけた。


「ルシア。どう思う?」


「ん? そうだな、いいんじゃないか? 下手にギルドのお偉いさんに会ったりすると、カルナックにいたコルラドのおっさんみたいな奴の相手をしなくちゃいけないかもしれないし。それにこの人たち、腕に自信があるんだろうから、変な罠とかはないと思うぜ」


「そうね。じゃあ、そうしましょうか」


 珍しいこともあるものだ。まさか、シリルが何かを決断するにあたって他人の意見を参考にするとはな。それも、これまで保護者的な立場で接していたはずのルシアの意見を。

……いや、この場合はルシアの意見だからこそ、と言うべきなのか?


「よし、話は決まったようだな。じゃあ、早速……」


「わたしたちにも準備ってものがあるわ。明日にしてもらえないかしら」


「なんだよ、まどろっこしいな」


「ヴァルナガン。彼女の言うことももっともです。ここは帰りましょう。では明日の今ぐらいの時間に、城門前に集合ということでよろしいですか?」


「……ええ、いいわ」


「では、ごきげんよう」


 ルシエラはあっという間に話をまとめあげると、渋るヴァルナガンを促し、悠然と歩み去っていく。


「ふう……なんか、大した圧迫感のある二人組だったな」


 ルシアが安堵したように大きく息をつく。どうやらルシアにも、あの二人の強さが感じ取れていたようだ。それはすなわち、ルシア自身が強くなっているということを意味している。


「あ、あの、さっきの人たちって、どんな人なんですか?」


「ああ、そうだな。わたしも五年近く前に噂で聞いたことがあるだけなんだが、その当時では『天使ルシエラ』と『悪魔ヴァルナガン』と言えば、ギルドが誇る最強の二人組だと言われていたはずだ」


「天使と悪魔?」


 エイミアの言葉に、シャルは不思議そうに首をかしげる。コンビを組むには似つかわしくない異名だろう。


「ああ、それぞれの戦いぶりから付けられた異名らしいな。悪魔はともかく、天使というのはよくわからないが……」


「『天使』ねえ。そんな優しげな雰囲気じゃなかったけどな」


 ルシアの言うとおりだ。平坦で波のない静かな光を青い瞳に宿らせたあの女は、いざとなれば、どんなに冷酷なことでもためらいなく実行できてしまうに違いない。


「彼らのことをこれ以上話していても仕方がないわ。ここへ来た目的は奇しくも果たせてしまったみたいだから、帰りましょうか?」


「いや、シリル。討伐登録の報奨金はもらってから帰ろう」


「ああ、そうだったわね。お金なら十分にある、と言いたいところだけれど、『アストラル』でもいくらかかるかわからないし……」


「え? 『アストラル』って、こっちの通貨を使ってるのか?」


 シリルの隣を歩きながら、驚いた返事をするルシア。


「当然でしょう? 人間社会と多少なりとも接点がある以上、わざわざ違う通貨を使うより便利だもの」


「そりゃ、そうか」


 ルシアは納得したように頷く。

 と、片手を口元にあてながら、二人の傍へいそいそと近づいていく影が一つ。


「ねえ、ところでお二人さん? いつまで手を繋いでいるのかなあ?」


「へ?」


「え? あ!!」


 アリシアのわざとらしい質問に、素早く繋いでいた手を離すルシアとシリル。

 見れば二人とも、何やら顔を赤くしながら狼狽しているようだ。


「ごめんね? 余計なこと言っちゃったかな?」


「もう、アリシア!!」


 その後、我らは依頼確認窓口にて報奨金を受け取ると、エリオットの案内で街中を見て回りながら帰路につくことにしたのだった。


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